立命館大学産業社会学部 (受理 2016.9.12)
特集Ⅱ 医療・介護をめぐる情勢と展望
政策分析という学術・技法――医療政策での活用を展望して
松田 亮三
要約:
よりよき政策形成につながるような政策分析は、いかになされるべきであろうか?本論文 は、政策研究という領域の概念とその類型、特に実証主義的研究とポスト実証主義的研究を概観 し、さまざまな政策分析の潮流 ―― 政策への助言、民主制への貢献、難しい問題への折り合いの 発見、批判―とそれがもつ政治的性格についての議論を紹介した。それをふまえて、日本での医療 政策分析のあり方を検討する重要性を指摘した。 キーワード:政策分析、医療政策、実証主義、ポスト実証主義、政策分析のスキル policyanalysis,healthcarepolicy,empiricism,post-positivist,skillsofpolicy analysisはじめに ―― 現在進行型の医療政策と
学術との関係
他の多くの公共政策の領域と同じく医療政策 の領域でも、現実に進行する医療政策につい て、その背景、そこで用いられる論理、予測さ れる影響等への論評を研究者が行ってきている (岡崎・中村他, 2015; 二木, 2014)。これらは、 根拠(エビデンス)を生み出しそれによって政 策形成に関与するという池上(2014)がいうよ うな関わり方ではなく、すでに提案された政策 そのものについて、その根拠や政策そのものの 論理的整合性について研究者が検討を行うもの である。 このような論評は、根拠を創出し、それが政 策関係者に共有されることにより現実に的確に 働きかけ得る政策につながることを期待してな されるというよりは、提案あるいは実施されて いる政策をめぐる関係者間のあるいはより幅広 い社会的な議論に貢献し、それを通じて政策が よりよく修正・変更されていくことにつながる ことを期待してなされるものであろう。その意 味で、政策の解釈やその政策自身の評価に焦点 をあてた検討は、根拠を創出する研究と同様 に、何らかの回路を通じて政策がより望ましい ものとなることを期待したものである。なお、 他にも、経済学、政治学、社会学あるいは疫学 等の諸学の理論的検討のために、医療政策の具 体的事項を検討する場合があるが、それらは、 理論の構築という別の意味で社会貢献を含意し ているものの、直接的に医療政策の形成に貢献 するものと考えることは難しい。 本稿では、提案されているあるいは現に進行している政策を扱った分析について、政策科 学、とりわけ政策分析をめぐる議論を参照しつ つ、その意義と可能性について検討するもので ある。まず、政策研究(policy research)ある いは政策科学(policy sciences)といわれる研 究領域を概観する。政策研究あるいは政策科学 はその名称を冠した課程が日本の大学でもこの 20-30年間で多く設置されている。この学術領 域は、アメリカ合衆国の政治学者ハロルド・ラ スウェルが、政策を核にした諸学、すなわち政 策諸科学(policy sciences)を研究する独自の 学術領域とそれに対応する機関の必要性を提唱 してから60年以上を経て、国際的に確立した領 域となっている(Lasswell, 1951)。ただ、その 領域は現在では広範囲に及んでいるため、本稿 ではそこにおける研究の広がりを実証主義的研 究とポスト実証主義的研究という区分を用いて 示す。 次に、政策研究の中でも、特に政策分析 (policy analysis) あ る い は 公 共 政 策 分 析 (public policy analysis)が目指しているもの について検討する。政策の分析そのものは、も ちろん近年の現象ではない。たとえば、英国の 研究者Klein (1976)は19世紀のベンサム主義 者たちの議論に政策分析を認め、エドウィン・ チャドウイックをそのパイオニアとして論じて いる。ただし、学術領域としての政策科学の勃 興とともに、政策分析は独自の領域として語ら れるようになってきた。本稿では、そのいくつ かの潮流について紹介する。 最後に、医療分野における政策分析の適用さ らにはその発展に向けた課題を論じる。そこで は、現に行われている政策分析を日本の制度配 置と政策形成の状況をふまえて検討すること、 それらの政策分析を国際的諸潮流の中で位置づ けつつ、日本の状況に応じたさらなる政策分析 のあり方を検討すること、メディアを含めた政 策論のあり方を行う上で、政策分析に関わる知 識やスキルを幅広い政策関係者が共有すること が重要であること、を議論する。
政策研究における研究対象
政策には、それが実現しようとしている目的 あるいは意図があり、そのための手段がある (Bemelmans-Videc, Rist, & Vedung, 2011)。別 の言い方をすれば、実現しようとする目的・意 図の設定を定めることを含めて、どのような手 段によってそれを実現しようとするか、誰がど のようにしてその実現を推進・実施するか、と い う 政 策 デ ザ イ ン が 問 題 と な る(Howlett, 2011; Peters, 2015)。この目的や手段はその国 の法体系によって制約をうけているが、この制 約は絶対的なものではなく、立法によって変化 しうるものである。 政策は抽象的な議論の空間でも検討される が、政府がそれを形成していく決まった手順が あり、またその手順に関わる政策アクターの相 互作用の中で決められていく。この手順や関係 するアクターは政治学における政策過程論の主 題であるが、政策科学においてはむしろ一定の 政策過程のもとで出されてくる政策の内容の検 討が重視されてきた。 政策は、課題設定、審議会での議論、法案の 策定、国会での審議、法律の公布・施行、政省 令の告示などを得て実施される。すべての政策 が立法を必要とするわけではないが、新たな政 策はしばしば立法を必要とする。また、政策過 程において政策は変化しうる。つまり、当初の 目的と異なる目的に変化する、新たな目的が追 加される、また、政策手段が修正されるなど、 政策は形成過程において変容しうる。アイデア が提起された議論の最初から、それが実現されていくまで同じ名称をつけていたとしても、そ こに盛り込まれる内容は同じものとは限らな い。政策形成におけるさまざまなアクターの関 与の中で、当初のアイデアがさまざまに修正さ れていくことが、むしろ普通に生じうる。
政策研究、その類型、政策分析
政策研究とはどのようなものか 公共政策の研究には、教育、医療、交通、な どの分野政策の相互関係、研究に用いる理論、 関与する公私のアクター、そもそも何を研究対 象としているのか、など、多くの複雑さがある (Peters & Pierre, 2006)。 PetersとPierreは、 公 共政策の学術的研究対象として、なされた意志 決定とそれを生み出した過程、政府がサービス を供給し社会に影響を与えるために設ける事業、 実施において政府が用いる手段だけではなく、 結果として人々がどのように変化したのかをみ ることが望ましいが、それはたとえば教育のよ うに長期間の影響を想定する必要がある分野な どがあり、実際には難しいとしている(Peters and Pierre 2006: 2)。 また、彼らは、さまざまな社会科学が活用さ れる公共政策の研究では、少なくともその実質 に関わる次元と分析に関わる次元を区別して考 える必要を述べている。実質に関わる次元と は、1980年代から政府の直接介入は少ない方向 に変化してきたなどということであり、分析に 関わる次元とは、制度に注目するのか、政策過 程の追跡(process-tracing)に注目するのかな ど公共政策を分析するアプローチに関わる次元 である。この二つを区別した上で、前者に関 わっては政策変化に影響を与える要因の検討を 探求する必要を、後者については政策分析を社 会科学の領域として発展させるという課題を、 彼らは提起している。 もっとも、Petersは公共政策研究では提出さ れる問いが多様すぎて、分析方法の検討にはあ まり力点がおかれてこなかったとしている。 「政策分析家の道具箱には、理論、モデル、枠 組みが驚くべきほどある。けれども、他の多く の社会科学の専門領域とは違って、こうしたア プローチは、競合するというよりは補い合うも のとしてみられている。これは、主に政策分析 においては学者が多くの異なる問いを立てるこ とによる。結果として、合理的選択学派と他の 理論との拮抗関係といった政治学で生じた問題 の多くは、公共政策の領域では刻まれていな い」(Peters 2006: 3)。 このように、政策科学は、政策に関する学際 的研究がなされる領域であり、そこで用いられ る方法やモデルは多様である。英語表記におい て、しばしば政策諸科学(policy sciences)と して言及される。その特徴は、学際的であるこ と、具体的な問題に即していること(problem-oriented)、そして何らかの価値に即して探求 されること(value-oriented)、である(DeLeon & Martell, 2006)。政策研究の類型
DeLeon and Martell (2006)によれば、政策 研究は大まかには、実証研究による真実の探究 を行うものと、そのような実証研究による真実 の探求という前提に疑問をなげかけ、政策過程 のリアリティを検討するものに分けられる。後 者の疑問の投げ方にはさまざまなものがある が、まとめてポスト実証主義と呼ばれる。この 区分は、統計的手法を用いる量的研究と記述を 中心とした質的研究との区分とは異なるもので ある。Lin (1998)のいうように、質的研究に も、解釈学的な研究と実証的な研究があり、そ れらがよって立つ問題設定の枠組みは異なる。実証研究による真実の探求
実証研究による真実の探究が行われる場合に は、政策科学は、政府についての知識、すなわ ち政策過程を探求するとともに、政府における 知識、すなわち政府は何をどう行うべきかある いは行っているかということについての知識を もたらすものとしてみなされる。別の言い方を すれば、政策科学が政策形成に実際に関与する 一つの考え方として、真実を語ることが力を得 ることにつながる、という想定がなされている (Wildavsky, 1987)。こうした真実の探求では、 統計学的分析が活用され、政策に関する諸要因 間の分析を行うことが主要な課題とされる。こ うした流れはランド研究所などの政策研究系の 機関によってしばしば実施されているものであ る。この伝統的な政策科学のモデルでは、でき るだけ生じうる事実を確からしく探求すること が課題となる。その意味で実証性を追求し、そ れによって政策形成に寄与しようとする。ポスト実証主義
しかし、現実の政策形成は政策の目標そのも のが価値やイデオロギーによって左右され、ま た立案・立法・実施などさまざまな場面におい て、関係者の利害にも左右される。また、洗練 された手法を用いた分析を行ったとしても、さ まざまな不確実性や考慮外の出来事などの判断 の限界のある中で、合理的な判断を下すことに は限界がある(R. Goodin, E., Rein, & Moran, 2008)。 ポスト実証主義は、このような政策過程のリア リティを描きつつ、それへの処方箋を志向してい る。これらは、熟慮(deliberative)、政策言説 (policy discourse)、 論 争( 学 )(argumentation)、 解釈学的(interpretative)、語り(narrative)、な どの概念・用語を用いて展開されている。 この潮流には、二つの大きな議論の前提があ る。一つは、集合的な予見可能な関係を引き出 す手段として扱うような実証主義的ないし行動 主義的研究態度を否定することである。ポスト 実証主義では、むしろ諸関係を理解することを 志向した分析が行われる(DeLeon, 1998)。も う一つは、価値と政策分析との関係をより明示 的に取り扱い、政策分析が内包する民主制との 緊張関係を取り扱うことである。つまり、ここ では、誰がどのように決めているかが、より関 心を持って検討されることとなる。医療政策の論点での例示
この二つの政策研究の類型について、医療政 策領域での例を示してみよう。たとえば、「混 合診療」の導入をめぐる問題を考えよう。実証 的研究の潮流では、「混合診療」の研究上の操 作的定義が行われ、これに合せてすでに「混合 診療」が行われているか、未だ行われていない ことなのかについての判断がなされる必要があ る。 もし、「混合診療」が未だ行われていないも のであれば、それを直接実証的に研究すること は困難である。したがって、「混合診療」が新 たな政策として立案される場合に、その影響の 評価をどう組み込むか、その際想定しうる「混 合診療」のさまざま実施法を試行的に―もしそ れが可能であればということだが―どのように 設定するか、といった実施に合わせた研究プロ トコールを検討することになろう。別の言い方 をすれば、一種の社会実験として「混合診療」 を行う場合の実証戦略を立てるということが課 題となる。 もちろん、「混合診療」が生じうる影響につ いて、既存の理論や知見にもとづいて議論する ことはできる。例えば、林らが行っているような一定の経済モデルにもとづき、検討可能なた めの前提を設定して、そのモデルの上でどのよ うな変化がみられるかを検討することである (林・山田, 2003)。しかし、それは既存の理論 やエビデンスに基づいた、生じうる結果の解釈 であって実証研究ではない。 もし「混合診療」のある形態がすでに導入さ れているならば、それについて実証研究を行う ことができる。この場合、利用できるデータを 考慮しつつ、また実施の形態にもよって、研究 するためのモデルが選ばれることになる。も し、「混合診療」が行われている地域とそうで ない地域があれば、それらを比較するモデルを 用いることがなされるであろう。「混合診療」 ではないが、日本の予防接種料への自治体補助 のインフルエンザ流行への効果を検討するため に、補助が行われた自治体とそうでない自治体 を比較して検討する、といった研究はこのよう なものである(Ibuka & Bessho, 2016)。 しかし、全国均一に実施がなされたならば、 地域間比較は不可能であるから、政策実施前後 の比較を行うことしかできない。その場合に は、検討している政策以外の影響をどのように して除外するかが問題となるが、これはしばし ば困難である。それゆえ、一国の制度全体が変 えられるような改革については、しばしば実験 的手法を用いた評価は困難となる。 実証研究では、ある政策の影響をどのように 評価するかが問われるが、そこで問題なのは、 何が望ましい状態なのか、ということである。 この評価基準には、常に何らかの価値判断が含 まれ、それはしばしば論争的なものだからであ る。しかし、この評価基準があまり争点となっ ていない場合には、こうした実証研究の結果に よって、望ましい状態をもたらすためのよりよ い方法が探求され、将来的な政策のあり方が検 討される。 ポスト実証主義の系譜に属する政策分析で は、たとえばなぜ「混合診療」の導入が提案さ れるのか、それは誰がどのようにして行ってい るのか、そしてそれはどのような関係者の反応 を引き出し、どのような結論(どのような政策 が結果的に決定され、実施されたか)を生み出 したのか、が注目されるであろう。そして、そ れによって、生じている政策過程を理解し、社 会的議論に貢献することが目指される。
政策分析の学術・技法
政策科学が単一の理論にもとづくものではな く、多様な潜在的には対立しうる方法論の混成 であるならば(Peters & Pierre, 2006)、ある 政策上の課題について、実証主義的な研究と、 ポスト実証主義的な研究が同時に実施なされる ことは可能である。ただし、両者が目指す方向 はかなり異なったものとなるかもしれない。 このような理論と方法の混成は、学としての 統一感を損ねるかもしれない。しかし、政策科 学は、むしろ現実の問題に即して展開していく ことに共通した価値がある。その点からすれば 対立するアプローチがあることは、むしろ現実 の課題にさまざまな角度から検討を加え、より 総合的に政策の意味・帰結・影響等を示してい くという点で強みとなる可能性もある。問題の 文脈や性質に応じてそれに応じた分析を、さま ざまな場面で提出していくことが可能ともいえ る。 とはいえ、学術の展開や人材の育成というこ とでは、この多様な方法論はなかなか多くの課 題を抱え込むこととなる。それは、高度な統計 的分析や質的分析を、どこまで、どのようにし て、どのような学生に教育していくか、という 課題である。そして、それらの方法の先端はしばしば個別的な学術の分科(政治学、経済学、 社会学等)において行われている中で、学術領 域としての政策科学の刷新性と貢献をいかに整 理するかということでもある。
さまざまな政策分析への接近
ラスウエルの問題提起から、半世紀を経て、 今日では政策分析がさまざまな枠組みの中で検 討されている。それらには、政策への助言とし て行われる政策分析、民主制のための政策分 析、難しい問題に折り合いをつけるための政策 分析、批判としての政策分析が含まれる(R. Goodin, E., Moran, & Rein, 2008)。 まず、政策への助言として行われる政策分析 である。政府やそれに近いところで政策形成に 関わっている人々の立場からすれば、政策分析 は具体的な政策形成への助言として行われるも のであり、またそのような助言を行うことが業 務である。理想的にいえば、これは研究、分 析、選択肢の検討、審議、提案、決定、などと いう過程を順にたどっていく一連の政策形成過 程において、それぞれに助言を行うということ になる(Wilson, 2008)。ところが、現実には この政策過程はこのような単純な流れでもな く、また各場面においてさまざまな想定すべき 文脈やそれが導く限界がある。 次に、民主制のための政策分析である。民主 制のもとでは政策は政府だけによって形成され るのではなく、公共の議論を含めてなされてい く。そこでは、どう問題を設定し議論を行うか によって、議論の仕方が変わり、人々がどう受 け止めるか、どの程度人々が積極的に関与する かも変化する。このようなことから、政策分析 を単にある事業の効果や効率を検討するという ものだけでなく、当該の政策に関わって政府が どのように情報を扱っているか、政府の課題設 定がどのように特徴をもっておりそこにある限 界は何か、さらにはどのような代替政策手段が あるか、などを検討することが求められる (Ingram & Schneider, 2008)。 第3に、難しい問題(パズル)に折り合いを つけるものとしての政策分析がある。たとえば 医療政策の結果において何を重視するかは、難 しい問題である。アクセスの衡平、人々の利用 時の満足、財政の安定性、医療供給全体の効率 など、多くの目標をあげることはできるが、こ れらのどれを重視するかは、医療への関わり方 によっても関わるであろう。このように政策形 成では、対立しうる複合的な目標があるのが通 常であり、そのような状況でどのように折り合 いをつけるかが問題となる。折り合いをうまく つけるためには、関係者は頑なな態度を避け柔 軟性をもち、日常業務の場面や政治的意志決定 の場面などの様々な場面での検討を行い、不確 実で方向性が定まらない中で忍耐強く進めて、 対立する目標を同時に実現する方策を探ること が重要だという(Winship, 2008)。 最後に、批判的な政策分析である。Dryzek (2008)によれば、批判的な政策分析では権力 によって苦しみを受けている人々が、そこから 抜け出るための活動につながるような光明を見 いだすことが中心課題である。これは、ある状 況において公共政策がもたらす因果関係や効果 について明らかにしようとするテクノクラート 的政策分析でもなく、為政者の参考になるべく それにそった枠組みで問題を設定し、解決方法 を与えようとする便宜供与的政策分析でもな い。それは、政策内容に含まれる支配的な意味 づけやイデオロギーを解明し、ハーバーマスの いう対話的合理性の観点から政策形成のあり方 を問うものである。 このようにさまざまな政策分析の潮流がある中で、いったい何があるべき政策分析なのかを 決めることは難しい。むしろそれは、政策分析 を通じて何を表明したいのか、それがどのよう な文脈の中で行われようとするかによって変わ るべきものともいえる。そうだとしても、もし 現実の政策を分析しようとすれば、あれこれの 学術的方法にあまりにこだわりすぎるのは得策 とはいない。むしろ、公共政策を全体として理 解しようとすれば、それらを総合することが重 要となる(Klein & Marmor, 2008)。 健康・医療政策においては、具体的な問題に ついて実践的に対応すべく簡略化した政策分析 の手法が提案されており、それらは実証主義の 系譜の中で政策の助言として構想されているも のである(Collins, 2005)。ただし、当該領域だ けに視野を限定して検討する分析は、政権を維 持しようとする政治家・政党の思惑や、それら の思惑や課題の設定が文化と歴史を、そして政 策の形成と実施が行われる理念・制度・利益の 配置を考慮せずに政策を論じても、中身のない も の に な っ て し ま う 虞 が あ る(Klein & Marmor, 2008)。 WaltとGilsonが発展途上国における保健改革 の検討という文脈の中で提案した枠組みはより 包括的なものであり、政策に関わるアクター、 政策の内容、政策が形成される文脈、そしてそ の形成過程にそれぞれ焦点をあてて分析すると いうものである(Walt & Gilson, 1994)。この 枠組みは、理論的には折衷的な側面はありつつ も、ある課題に対する政策を形成していく際 に、それが可能となるかどうかといった状況を 含めて、総合的に状況を把握し、課題に対して 行くことを可能とするという意味では実践的な ものでり、実際に多く用いられてきた(Gilson & Raphaely, 2008)。とはいえ、このような総合 的な分析が、情報があふれ、素早く流れ、また 政治的文脈もしばしば急激に変化する今日の先 進諸国では、簡易な方法で実施すること以外は 望みにくく、またその場合どの程度実際の政策 形成に関わりうるかは明らかかでない(Walt et al., 2008)。
政策分析の3つの顔
では、さまざまな理論や方法が混成している 領域である政策分析を、実際の課題に関わって どのように進めていくべきなのであろうか?こ の 点 で 参 考 に な る の が、 か つ てTorgerson (1986)が行った「政策分析の3つの顔」とい う議論である。そこでは、政策(諸)科学が、 異なる文脈で用いられている点が整理されてい る。 一つ目の顔は、知識をますことにより、政治 を知識の問題として解消しようという文脈であ り、政策分析者はテクノクラート的な動き方を することとなる。そこでの分析はあたかも社会 の外から行われるもので、政策分析という行為 が社会に与える影響は考慮されない。これは、 先に述べた実証研究において、典型的にみられ る立場である。このような文脈での政策分析 は、1950年代以降以降で展開されてきたが、こ れには第二次世界大戦、貧困戦争、ウォーター ゲート事件、1970年代のエネルギー危機などの 大きな政策課題が、その展開を促したとの見方 もある(DeLeon, 2008)。 もし、政策の目標やその測定方法が共有さ れ、対立点が手段にのみあるのであれば、よい 手段を選びとればよいだけのことになる。政治 はもはや不必要となり、状況を的確に予測でき る政策分析者の役割が重要となる。もちろん、 実際にはこのような状況は生じたことはない。 社会の目標には多かれ少なかれ簡単には解消で きない対立があり、政治の次元がなくなることは、少なくとも民主制のもとでは、考えにく い。 このような牧歌的ないわば啓蒙主義的な顔に 対して、政策分析の二つ目の顔はむしろ薄暗い 顔である。政策分析が何らかの特定の政策の実 現につながるような文脈の中で行われており、 それが背景にある政治を覆い隠しているという 側面を、この顔は示している。現実には無理の あるような前提をもとに行われる分析が政策形 成のアリバイにされてしまう、というような極 端な場合はもちろんのことではあるが、政策分 析が推進される背景には、特定の意図をもって 何らかの政策を推進するための意図があるとい う分けである。別の言い方をすれば、政策分析 には、政治をなくすというより、むしろ密やか に政治に仕えている、という面がある。なお、 この場合の政治は与党的立場であろうが、野党 的立場であろうが、原理的には変わりがない が、実際的には資源の利用可能性等から、野党 的立場からの分析には限界もあろう。政策分析 のこうした顔に関心が集まったのは、1970年代 からであった。 このような政策分析に対する2つの見方を乗 り越えるべく、Torgersonの論文では、政治に 取ってかわるものでもなく、政治に密かに仕え るものでもない3つめの顔を検討している。そ れは、知識と政治がどのように結びつくかとい う課題と、また社会の中で行われる政策分析が 民主制のもとでの参加とどのように関係づけら れるか、という課題とも関わっている。このこ とをふまえて、Torgersonは、専門家がその限 界を知りつつ、市民との対話を含めた政治過程 に関与する姿勢を政策分析における新たな顔と して提起している。 しかし、こうした顔を創り上げようとする と、さまざまな実際上の課題が生じる。政策分 析を行う主体は誰であり、そのための費用は誰 が賄うのか。政策分析はどのような手順ですす められ、その結果は誰に対してどのように公表 されるべきなのか。このような手順は、国会等 の立法機関での議論とどのように組み合わせ、 あるいは呼応されるべきなのか。これらの課題 は、むしろ民主制のあり方と深く関わってお り、単に政策分析のあり方として議論すること は難しい。このことが意味するのは、政策分析 は政治とは無関係な、あるいは政治に従属しつ つもそれとは独立した手法として扱われるので はなく、そのあり方自体が、政治過程の一面と して理解され、民主制の下での意志決定のあり 方の問題として検討されていく必要がある、と いうことである。 その意味で、Torgersonの整理は、現実に行 われている政策分析がどのような顔をもってい るかを検討するのに有用であるとともに、知識 社会の中で行われる政策分析が民主制とのどの ように関与するべきか、という理論的かつ実践 的課題を、政策分析を行うものに提示してい る。 こうした視点は、実際の医療政策に関する議 論を解釈していく上でも有意義である。例え ば、近年の医療政策においては「見える化」が しばしば議論される(近藤・J-AGESsプロジェ クト, 2014;松田, 2015;川渕, 2009)。「可視化」 や「見える化」が意味するものは、何らかの対 象について、体系的にデータを収集・整理し、 さらにそれを関係者に提示するものである。こ れは、実証主義的な政策分析の基盤を形成する ものであり、エビデンスの裾野を広げるもので ある。この意味で、地域医療の今後を考える場 合に、政治を避けて、住民の健康や満足をより 効果的にまたより安価に実現する手段を見いだ すことに寄与するかもしれない。
一方で、医療機関・患者データの強制的な収 集は、場合によっては患者へのデータを通じた 介入を行いやすくする。この点で、データの収 集は単にエビデンスを増すだけでなく、政府ひ いては社会からの規制介入をより行いやすくす ることになる。その意味では、その方向性は必 ずしも明確ではないが、隠れた政治はここにも 存在する。方向性が明らかではないというの は、具体的データをどのように収集するか、そ してそれをどのように使うかで、政策介入の方 向性は変わりうるからである。 こうした権限の変化がもたらすものは何か、 そしてそれは望ましいものかどうか、それはど のように用いられるべきものなのか、「エビデ ンス」はいかに活用されるのか、こうした点を 検討していくことは、医療に関わる政策科学の 第3の顔を明らかにしていく上で重要であろ う。
むすび
本稿で論じてきた政策分析の潮流やそれに関 わる議論は、単に具体的な政策形成の内容だけ ではなく、政策形成における民主制の機能、難 しい状況に直面している人々の立場にたった政 策の批判的検討、などさまざまな観点から、医 療の政策分析を行うものに有用なものになって いると思われる。 とはいえ、このような理論的検討だけでは、 政策分析の検討は不十分であることは明らかで あり、具体的に日本の医療に関わって行われる 政策分析について、理論と実際の両方の面から 検討しておく必要がある。この際、特に日本の 医療政策ということに関わって、以下のような 点にも留意しつつ、検討をすすめる必要がある であろう。 一つは、日本の政策形成における制度配置と それがもたらす政策過程の特徴をふまえて、政 策分析を検討していくことである。例えば、省 庁主導で行われる政策形成においては、省庁を どのようにやる気にさせるかということが政策 形成論的には重要となる。また、審議会内外に おける議論が当初の課題設定の枠を越えること は原則としてないことから、審議会や研究会が どのように設定されるのか、そこでの議論と関 わってどのような分析が行われたか、それは誰 が行い、メディアの報道を含めてどのように社 会で共有されたのかという点も検討される必要 があろう。 本稿でその一端を紹介したように、政策過程 と政策分析との関わりについては、すでに多く の研究の蓄積があり、それらをふまえ、必要な 場合には新たな理論的展開を図りつつ日本にお ける政策分析のあり方を検討していくことが望 まれる。このことは、医療に関わる政策過程の 理解を深めていくことにもつながるであろう。 例えば、近年日本においても地域包括ケア論の ように政策の鍵となる概念の形成において企業 系シンクタンクが重要な役割を果たしている場 合(地域包括ケア研究会, 2009)、研究者が継 続的に政策に関する見解を示している場合(二 木, 2014)、独自の政策構想をシンクタンクが 提出する場合などがみられ(東京財団, 2015)、 これらを政策分析の実践として検討していくこ とは有用と思われる。 最後に、特に民主制のための政策分析、批判 としての政策分析を考えるならば、政策分析に 関する理論、課題、スキル等を幅広い政策関係 者が共有していくことが重要であろう。政策形 成に直接つながるような助言としての政策分析 は一種の研究として理解されやすいが、さまざ まな政策の選択肢を熟慮し討議していく民主的 な過程を促進するための政策分析や、現状の権力構造のもとで抑圧的な状況におかれている 人々の立場からなされる政策分析は、政策過 程、民主制、批判的な社会科学の諸潮流の議論 を含めて理解される必要がある。このようなこ とを含めて、単に直接政策形成そして政治の現 場に関与する人々だけでなく、政策に関与する 幅広い市民、非営利団体、関係団体が政策分析 について学習していくことは重要であろう。 謝辞 本稿の内容は、第39回日本医療経済学会学術 研究大会での報告内容をもとにしたものであ る。報告に対してコメントいただいた方に感謝 する。また、本論文の仕上げは、筆者が英国ケ ント大学Centre for Health Services Studiesに 客員研究員として滞在している間に行われた。 自然豊かで快適な研究環境を提供いただいた同 センターに、そして受け入れの労をとっていた だいたStephen Peckham教授に御礼を申し上 げる。なお、本論文は、日本学術振興会・文部 科学省科学研究費補助金(課題番号:26285140) の助成を受けて実施された研究の成果の一部で ある。 文献 Bemelmans-Videc, M. L., Rist, R. C., & Vedung, E. O. (2011). Carrots, Sticks, and Sermons: Policy Instruments and Their Evaluation. New Brunswick, New Jersey: Transaction Publishers.
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