地方自治体によるライフプラン教育
――「若い時期での妊娠・出産」奨励と、歯止めとなっていない男女共同参画
斉藤 正美
Saito Masami
1 はじめに 2 男女共同参画基本計画におけるリプロダクティブ・ヘルス/ライツの変遷 2.1 第一次男女共同参画基本計画(2000 年:森喜朗内閣) 2.2 第二次男女共同参画基本計画(2005 年:小泉純一郎内閣) 2.3 第三次男女共同参画基本計画(2010 年:菅直人内閣) 2.4 第四次男女共同参画基本計画(2015 年:安倍晋三内閣) 3 地方自治体におけるライフプラン教育 3.1 高知県――「妊娠適齢期」の強調と積み残される「望まない妊娠」 3.1.1 「妊娠適齢期」の強調 3.1.2 積み残される「望まない妊娠」 3.2 富山県――「妊娠適齢期」と「三世代同居」による家庭内自助努力の強要 3.2.1 「妊娠適齢期」の強調 3.2.2 「三世代同居」による家庭内自助努力の強要 3.2.3 「結婚支援」を推進する男女共同参画担当 3.3 ライフプラン教育の課題 3.3.1 機能していない「男女共同参画」の歯止め 3.3.2 「優良事例の横展開」と歯止めとならない男女共同参画 4 終わりに――男女共同参画の退潮と少子化対策の席巻 要旨:本稿の目的は、「ライフプラン(ライフデザイン)教育」とはどのような内容や取組な のか、特色ある取組を行っている都道府県、特に高知県及び富山県を中心に、行政担当者や学 校関係者等への聴き取り調査を行い、明らかになった現状と課題を指摘することにある。さら に取組が全国に浸透している要因の考察も行う。「ライフプラン教育」とは、国の少子化対策 の交付金等により結婚を支援する「婚活政策」の一環で、地方自治体が中学・高校・大学生や 市民に人生設計を考えさせ、若い時期での結婚や妊娠を増やそうとする取組である。 聴き取り調査の結果、ライフプラン教育には、婚活企業の関係者や国の少子化対策等の審議 会委員等、婚活や婚活政策の利害関係者が関与していること、また取組内容は、早いうちの結 婚や妊娠を奨励し、LGBT や独身、子どものいない生き方、ひとり親など、多様性の確保に課題 があることが判明した。共働きの家事・育児を自己責任で解決するよう、モデル家族に「三世 代同居」を提示するなど、性別役割分業と自助努力が強調されていることも特徴であった。こうした課題を持つライフプラン教育だが、全国の自治体に浸透し、継続され続けている。 その要因としては、「優良事例の横展開」という交付金のあり方に加え、男女共同参画との連 携が交付金の採択要件とされたものの、2000 年代前半の右派や自民党によるバッシングにより 男女共同参画が後退し、歯止めとして機能しなくなっていたことが浮き彫りになった。さらに 少子化対策として整備された少子化社会対策基本法、次世代育成支援対策推進法が、妊娠・出 産や家族の役割を強調する法律であったことも影響していた。 本稿は、2000 年代以降の男女共同参画政策の変遷を踏まえ、地方自治体におけるライフプラ ン教育の取組に関する現状と課題を提示するもので、少子化問題の解決策と個人の自由意志に よる生き方の尊重が相反しないあり方の検討に資するといえよう。 キーワード:少子化、婚活政策、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ、妊娠適齢期、三世代同居、 自助努力、富山県、高知県
1 はじめに
近年、少子化対策という名目で、全国の地方自治体において、お見合いシステムや婚活セミナー、妊 娠・出産の知識啓発など、結婚を積極的に支援する「婚活政策」が幅広く行われている。政府の少子化対 策は、従来、保育サービスの充実や仕事と子育ての両立支援が中心だったが、2013 年より晩婚化・晩産 化を問題にするようになり、「結婚・妊娠・出産・育児の切れ目のない支援」をうたい、結婚を希望する 男女への出会いの場の提供や、若い女性に「卵子の老化」を啓発することなどが加わった。毎年30-40 億 円程度の「地域少子化対策強化(重点推進)交付金(以下、少子化対策交付金)」も充てられるようにな った。2015 年 11 月安倍内閣は、アベノミクス経済政策「新三本の矢」の一つ「夢を紡ぐ子育て支援」 に、「結婚や出産の希望を叶える」「希望出生率1.8」という数値目標を示し、実現を目指した1。 内閣府の少子化対策などの交付金事業では、「先駆的・優良事例の横展開」(2015 年 9 月)という方 式が打ち出されている。内閣府が先駆性のある取組を発掘し、それを「先駆的・優良事例」として交付金 を付けることで全国の自治体にその手法を拡散していく仕組みである。その結果、多くの地方自治体で国 家の奨励する「官製見合い」「官製合コン」などよく似た婚活事業が浸透している。このように、地方自 治体が国の交付金等の税金を使って行う婚活政策及びその事業を、本稿では「官製婚活」と呼ぶ。なお、 「婚活」というと、見合いや出会いを想像する方も多いと思うが、現在の官製婚活は、それにとどまらな い。少子化対策としての婚活政策には、おおまかにいって、1)1 対 1 のお見合い・マッチングシステ ム、2)婚活パーティー・出会いイベント、3)結婚希望者を対象に行われる女子力アップやコミュニケ ーション力などの婚活セミナー、4)中高・大学生や市民に人生設計を考えさせ、20 代での結婚や出産 を増やすための「ライフプラン教育」等がある。 なお、少子化対策交付金の実施にあたっては、結婚や妊娠などが個人の考え方や価値観に関わる問題で あり、特定の価値観の押し付けとならないようにする観点から、「第4次男女共同参画基本計画」の趣旨 に沿った対応であること、そして、男女共同参画部局などとの連携・配慮事項を明記することが求められ ている(「平成29 年度地域少子化対策重点推進事業実施要領」)。 本稿では、官製婚活の中でも、中高生・大学生等を対象とする「ライフプラン教育」を取り上げ、その 実態を明らかにし、問題点を指摘したい。なお、「ライフプラン教育」(「若者のライフプランニング」、 「ライフデザイン」ともいう)には、1)キャリア教育の推進、2)学校教育段階からの妊娠・出産等に関する医学的・科学的に正しい知識の教育、3)妊娠や家庭・家族の役割に関する教育・啓発普及、の3つの側 面がある2。(内閣府『少子化社会対策白書』 2019 年度版 第二部少子化対策の具体的実施状況 第 2 章 きめ細かな少子化対策の推進 第一節 結婚、妊娠・出産、子育ての各段階に応じた支援 5 教育、pp.153-54) 「ライフプラン教育」は、2015 年 3 月「少子化社会対策大綱」において婚活政策の一環として、学校教 育で「正しい知識」を教材に盛り込み、かつ家庭や地域でも取り組むことが位置づけられた。社会学者山 田昌弘との共著『「婚活」時代』により、結婚のための活動を意識的に行うことを指す「婚活」という言 葉を広めたジャーナリストの白河桃子は、「少子化社会対策大綱」の検討会や「一億総活躍国民会議」な どの政府審議会で若い世代に「妊娠適齢期」を啓発し、ライフプラン教育を行うよう働きかける一方、自 身も全国の自治体や大学等でのライフプラン講座の講師を多数務めている3。 2013 年内閣府「少子化危機突破タスクフォース」で「卵子の老化」を啓発する「女性手帳」の作成・ 配布が提案されると、批判が殺到し、廃案となった。しかしその後も文科省は「ライフプラン教育」の一 環として高校生向け保健体育の副教材に「妊娠しやすさグラフ」を引用したが、それが「若い時期での妊 娠・出産を促す」方向に改ざんされていたことが発覚している(西山・柘植2017)。こうした失策があっ たにもかかわらず、若い世代に「妊娠適齢期」を啓発するライフプラン教育は、全国の地方自治体が中学 高校のみならず、大学や専門学校、企業まで対象を拡大し、冊子の刊行だけでなく、講座やセミナーをも 実施するなど、積極的な推進が続いている。 こうした女性に妊娠・出産を強要しかねない政策へは、懸念も出ている。少子化対策として妊娠・出 産を奨励する政策がとられている一方、国の男女共同参画計画の中でのリプロダクティブ・ヘルス/ライ ツの位置づけも次第に揺らいでおり(柘植 2016:32)、2000 年代に性教育等に対して起きたバッシングが若 いうちに結婚・出産を奨励する現在の少子化対策の政策と重なる(柘植2017:222)という指摘がある。 またバッシング後は、からだや性に関する自己決定などに触れなくなり、少子化対策になると「妊娠しや すい時期」や「早めの妊活」が言われるように変化し、もはや女性の自己決定権、すなわち「リプロダク ティブ・ヘルス/ライツが不在」であるとも指摘されている(大橋 2017:161-189)。筆者も安倍政権下 の婚活政策は、担い手と政策の方向性ともに、2000 年代のバッシングと連続しているとし(斉藤 2018a:79-116)、さらに、少子化対策の審議会には婚活業界の利害関係者が多く、婚活政策は経済政策 であると指摘した(斉藤2017:87-120)。 婚活政策と「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(以下、場合によっては、リプロと省略)」の関係に ついては、文科省など国が行っている施策についてはすでに検討が始まっている(西山・柘植2017)。 地方の自治体が行う結婚・出産・子育て政策は、「中央政府レベルの出産・子育て支援の抜本的な拡充を 伴っておらず」、「その実効性は疑わしい」という地方自治の研究者による指摘もある(平岡2015: 172)。 そこで本稿では、都道府県における「ライフプラン教育」を取り上げ、リプロダクティブ・ヘルス/ラ イツが守られ、価値観の押しつけがないかを検討する。その検討に入る前、 2 で 2000 年以降、国の男 女共同参画基本計画で「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」がどのように位置づけられてきたか、その 変遷を押さえる。そして3 では地方自治体で展開されているライフプラン教育において、リプロダクテ ィブ・ヘルス/ライツがどのように扱われているのか、中学・高校生向け用のライフプラン啓発冊子を中 心に検討する。具体的には、3-1 で高知県の事例、3-2 で富山県の事例を関係者への聴き取りを織り交 ぜ、考察する。そして、3-3 で、まとめとして、少子化対策交付金事業におけるチェック機能として書か れている男女共同参画部局との連携がどうなっているのか、ならびに「優良事例の横展開」という方式が 及ぼす影響について明らかにする。
結論を先取りするなら、「結婚や出産の希望を叶える」という名目の婚活政策であるが、調査自治体で は、ライフプラン冊子は、「卵子の老化や減少」、「妊娠適齢期」を集中的に学び、独身、子どものいな い人、ひとり親家庭は描かれず、LGBT など性的少数者の存在もない。これでは、若いうちに結婚して子 どもを持つという価値観の押しつけとなっており、妊娠・出産を奨励していることになる。本来、生徒が 子どもをもつか、持たないか、持つならいつかを考えるというリプロダクティブ・ヘルス/ライツを考え るステップはなく、性や生殖に関する自己決定権は端から想定されていない。全国でこうした類似のライ フプラン教育が実施されているのは、「優良事例の横展開」方式にという、国により発掘された「先駆的 な事例」や「優良事例」が全国の数多くの自治体に拡散されていく方式がとられていること、そして内閣 府が歯止めとする「男女共同参画」は、国の基本計画ではすでにライフプラン教育を政策としていること などから、歯止めとはなっていないことを明らかにする。 調査方法 地方自治体の婚活政策については2017-19 年度に調査を行った4。調査方法としては、政府が優良事例 としているなど全国でも特色ある取り組みを行っている自治体に出向き、行政担当者、学校関係者、講座 講師等のほか、関係団体等に聴き取り等を行った。聴き取り調査を行った自治体は富山、福井、岐阜、兵 庫、高知、愛媛、徳島、鹿児島、東京、茨城の10 都道府県、ならびに、東京都中野区、同文京区、富山 県高岡市、同黒部市、長崎県壱岐市の5 区市町村である。なお、本論文では、ライフプラン教育とリプロ の権利、性別役割分業等との関係を検討するため、婚活担当課および性別役割分業政策に関係する男女共 同参画課の双方に話を聞くことができた自治体の中で、ライフプランでも顕著な取り組みをしている高知 県、富山県を主に扱い、他の事例も参照している。 表1. 聴き取り調査対象者及びその実施状況 聴き取り調査対象者とその所属等 (性別 男 M 女 F5) 聴き取りを行 った日時 聴き取りを行った場所 高知県少子対策課A(M) 2019.5.29 高知県庁 高知県健康対策課B (F) 2019.5.29 高知県庁 高知市小学校教員C (F) 2019.5.29 高知市内のホテル 高知市小学校教員D (M) 2019.5.29 高知市内のホテル 富山県教育委員会小中学校課E(M) 2018.8.9 富山県庁 富山県内の中学教員 F (M) 2018.7.30 富山市内会議室 富山県少子化対策課・働き方改革・女性活 躍班 G (M) 2019.7.9 富山県庁 富山県少子化対策課少子化係 H (F) 2019.7.9 富山県庁 リクルート社員I (M) 2018.9.7 東京都内リクルート本社
2 男女共同参画基本計画におけるリプロダクティブ・ヘルス/ライツの変遷
日本では、1999 年に男女共同参画社会基本法が成立し、2000 年にそれに基づき、国レベルでの具体的 な政策方針が男女共同参画基本計画として決定された。ちなみに自治体の方針は、国の男女共同参画行動 プランや男女共同参画推進条例ならびに男女共同参画の行動プランなどで決定される。 「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」概念は、1994 年のカイロでの「国際人口・開発会議」の行動計 画に取り入れられた。その定義は「万人が保障されるべき性と生殖に関する健康と権利」で「身体的、精 神的、社会的に良好な状態」で「安全で満足な性生活を営めること、子どもを産むかどうか、産むならば いつ、何人産むかを決定する自由を持つ」ことを含む(原2002:826-7)。第三世界などで人口抑制政策と して、子どもの数、すなわち妊娠・出産の調節が行われることを問題にする文脈で、とりわけ女性が「自 分の望まない決定を押しつけられる際の抵抗の概念」(柘植2000:104)という意義が大きいとされた。 1995 年の北京世界女性会議の「北京行動綱領」にも書き込まれた。本節では、5年に一度改訂される男 女共同参画計画とそこでのリプロダクティブ・ヘルス/ライツの扱いが 2000 年から現在までどのように変 化していったかを、社会背景に触れつつ示す。2.1 第一次男女共同参画基本計画(2000 年:森喜朗内閣)
日本ではリプロダクティブ・ヘルス/ライツは、2000 年に「第一次男女共同参画基本計画」の中で位置づ けられた。男女共同参画社会基本法の審議過程ではリプロが一大争点となったが、政府は基本法ではリプ ロは女性の人権の一つであるとの立場を踏まえているとした(三浦2016:152)。 リプロダクティブ・ヘルス/ライツの中心課題には「いつ何人子どもを産むか産まないかを選ぶ自由」 に加え、「思春期や更年期における健康上の問題等生涯を通じての性と生殖に関する課題」などが書き込 まれるなど、議論はあるもののカイロ人口開発会議での定義におおよそ沿った解釈が付与された。こうし た女性の人権を尊重する政策が実現したのは、堂本暁子、土井たか子ら女性国会議員が野党党首として力 を持っていた、自社さきがけ連立政権が1994 年から 98 年まで続いたことが大きかった。政策の方向性 には「リプロダクティブ・ヘルス/ライツに関する意識の浸透」が挙げられ、具体的な施策には「学校に おける性教育の充実」、「性に関する学習機会の充実」等が挙がる。こうした流れを受け、2001 年厚生 労働省所轄の財団法人が作成した冊子『教えて!聞きたい!思春期のためのラブ&ボディBOOK』(以 下、『ラブ&ボディBOOK』)が全国の中学生に配布された。カラーイラストや写真満載で思春期への 対応について「自分で考える、自分で決める、やっぱりそれが大事だね」と「リプロダクティブ・ヘルス /ライツ」を説明し、「とくに妊娠や出産、避妊、ときには中絶など『産む・産まない』を自分のからだ でひきうけなければいけない女の子には大事な権利」などと説いている(斉藤2018a:93)。2.2 第二次男女共同参画基本計画(2005 年:小泉純一郎内閣)
2005 年の第二次基本計画では、これまで「女性の健康」とされてきたものが「性差医療」となり、男 女を対象とするようになった。男女共同参画社会を「身体的性差を理解し合い」「相手に対する思いやり をもって生きていくこと」を前提とするなどジェンダー視点とは齟齬のある文言が入った。リプロダクテ ィブ・ヘルス/ライツに関連することでは、人工妊娠中絶について「刑法及び母体保護法において規定さ れている」ことに反し「中絶の自由を認めるものではない」と新たに特記される一方、不妊治療の助成が女性の健康の取組として加わった。「学校における適切な性教育の推進」では「行きすぎた内容とならな いよう」周知徹底を図る、とわざわざ記すなど、リプロの権利への抑制が多く書き込まれた。 リプロの権利が後退したことには、2000 年代前半には性教育・男女共同参画バッシングが起きたこと が影響している。2002 年、山谷えり子衆議院議員が『ラブ&ボディ BOOK』を、ピルで避妊を教える 「過激な性教育」だと攻撃した。2005 年、自民党「過激な性教育・ジェンダー・フリー教育に関する実 態調査プロジェクトチーム(安倍晋三座長・山谷えり子事務局長)」は、「高校の男女同室着替え」など 事実無根のデマを多数混ぜ、極めて誘導的な設問による調査を行い、その結果をまとめ、「行き過ぎたジ ェンダーフリー」教育が行われているとした(斉藤2018a:97-8)。このようなバッシングの核心は、 「女性の性的自律性への攻撃と性別役割分業の維持」(三浦2016:163)であるため、ジェンダー平等の 進展が阻まれることになっている。 さらに、2004 年に少子化社会対策基本法、次世代育成支援対策推進法が制定されたことがリプロの後 退及び、不妊治療の助成が加わったことなどに影響した。少子化社会対策基本法は、「安心して子どもを 生み、育てることができる社会の実現に資するよう務める」ことを「国民の責務」とした。国・地方自治 体には「子育てにおいて家庭が果たす役割及び家庭生活における男女の協力の重要性」についての啓発を 行うよう求めた。
2.3 第三次男女共同参画基本計画(2010 年:菅直人内閣)
2010 年の第三次基本計画は、民主党内閣における基本計画策定であり、リプロ以外の領域では拡充し た面も見られたが、リプロに関しては、第二次計画で大幅に妊娠・出産に傾斜するなどの後退が翻ったわ けではなかった。基本的な考え方には、「子どもを産む・産まないに関わらず、また年齢に関わらず」と いう一文を入れてはいるものの、成果目標としてあげた11項目のうち8項目までが妊娠、不妊、小児に 集中しており、妊娠・出産重視の方針が堅持されている。 民主党政権が、社民党、国民新党との連立であるため、「ジェンダー平等政策に関して社民党と国民新 党は真っ向から対立して」したこと(三浦2016:166)、及び担当大臣であった福島瑞穂が途中離脱し たことの影響もあろう。また、男女共同参画会議有識者議員は、勝俣恒久東京電力会長などで自民党時代 のままであった。リプロに関しては、2000 年代に後退したリプロの定義や性教育のあり方の政策転換が なされないままであった。2.4 第四次男女共同参画基本計画(2015 年:安倍晋三内閣)
2015 年の第四次基本計画の施策の方向としては、幼少期・思春期に「ライフデザインを描き、多様な 希望を実現する」と、ライフステージ毎の取組として「ライフデザイン(プラン)」が入った。一方、 「性教育」という用語は入らず、「医学的に妊娠・出産に適した年齢」「男女の不妊」など「妊娠・出産 に関する事項」が多い。思春期の教育で「多様な希望」の実現といいつつも、SOGI(性的指向や性自 認)など人々の身体的・精神的な多様性を視野に入れていない。「妊娠・出産に適した年齢(妊娠適齢 期)」教育が入ったのは、産婦人科関連の専門家団体が誤ったデータを基に日本人は「妊娠・出産の知識 レベルが低い」というキャンペーンをしたことが関係している(田中2017:135-159)。 第二次安倍内閣は、ジェンダー平等に消極的な有村治子を担当大臣に任命し、男女共同参画会議議員及 び基本計画策定専門調査会及び重点方針専門調査会の有識者委員に保守派論客で明星大学教授(当時)の 高橋史朗を選任した。高橋は、基本計画策定専門調査会(2015 年 3 月 25 日)で、「女性の自己決定【写真1:高知県庁入口 2019 年 5 月 29 日 筆者撮影】 権」が「胎児の生命権」と対立し、家族の価値を否定しかねないとし、「家族の絆」や「家族」を入れる べきだと主張した6。これを受けて産婦人科医で同委員の種部恭子は、現状ではセックスレスが多いと し、「女性の妊孕性、医学的に適した年齢」を入れるべきだと述べた。リプロについての議論にもかかわ らず、実際には、家族の価値や少子化対策が議論されている。このように男女共同参画基本計画に書き込 まれているリプロダクティブ・ヘルス/ライツだが、自民党のジェンダー・性教育バックラッシュならび に少子化対策基本法が影響し、用語集に用語と説明だけは残ってはいるものの、政策は事実上、「身体の 自由」権のない、妊娠・出産奨励となっており、有名無実となっている。
3 地方自治体におけるライフプラン教育
地方自治体において「ライフプラン教育」は、どのように実施されているのだろうか、3-1 では高知 県、3-2 では富山県について、特に、それぞれの自治体で少子化対策交付金により制作されているライフ プラン啓発冊子のリプロダクティブ・ヘルス/ライツとの関係に焦点を当て、聴き取りなどから検討して いきたい。最後に、3-3 で、調査した他県の事例も参照しながら、都道府県においてライフプラン教育が 実施される際に見られる課題を検討する。具体的には、「優良事例の横展開」という交付金支給の際の手 法、及び、少子化対策交付金事業におけるチェック機能として置かれている「男女共同参画部局との連 携」の現状について考察する。3.1 高知県――「妊娠適齢期」の強調と積み残される「望まない妊娠」
3.1.1 「妊娠適齢期」の強調 本節では、高知県のライフプラン教育について、リプロダクティブ・ヘルス/ライツとの関係から検討 する。まず、高知県を今回の調査対象に選んだ理由は、尾崎正直高知県知事7が2011 年から 2019 年まで 8 年間、全国知事会「次世代育成支援対策プロジェクトチーム8(PT)」リーダーであったからだ。尾崎知 事は、PT リーダーとして、大手婚活支援事業者の業界団体である「一般社団法人結婚・婚活応援プロジ ェクト(当時の代表理事は増田寛也・元岩手県知事)」や、自民党が設立した婚活業界の族議員である 「婚活・街コン推進議員連盟(当時。現在は、婚活・ブライダル振興議員連盟。2013 年設立時の代表 は、小池百合子衆議院議員)」など、婚活業界及びそれを後押しする自民党政治家と連携し、国に対し て、官製婚活の推進や少子化対策交付金政策の充実及び、運用の弾力化を求めるなど、官製婚活の推進に 熱心に取り組んできた。そして安倍政権下では、3つの少子化対策審議会の委員9に任命されるなど、安 倍政権下で重用されてきた。こうして尾崎知事は、婚活政策を婚活関連企業を巻き込んだ経済政策とする ことに深く関与してきた。 高知県は、2014 年に「結婚から育児までのワンストップ相談窓 口」を開設、2015 年度に「高知で恋しよ!! 応援サイト」という マッチングシステムを導入し、2016 年 3 月には企業などを巻き 込む「高知家の出会い・結婚・子育て応援団」を創設するなど、 官民挙げた結婚・出会い支援に取組んでいる。この政策について は、高知出身タレントの広末涼子が初代のイメージキャラクター を務め、床の間を背景に尾崎知事が横に並ぶ中、「高知家」と書 いてある木の表札をもち「高知県は一つの大家族やき。」と男を 家長とする大家族CM で PR されている。高知空港に到着すると、手荷物ターンテーブルや飲み物の自動販売機についた「高知家」の木製表札に出迎えられ、高知県庁 の正面には立派な木製の「高知家」表札がかかっていた【写真1】。 高知県は、日本の自治体の中でも人口千対の出生率が全国43 位、婚姻率が 42 位と他自治体に先行し て人口減少が進んでいた(いずれも2008 年(出典:「日本一の健康長寿県構想(2010 年 2 月)」)。高 知県少子対策課A 氏によれば、人口の自然減が他自治体に先駆けて平成2年(1990 年)から始まってお り、「地域の課題として早くから取り組んできた中で、国の交付金事業が始まった」と、国に先んじて少 子化対策を進めてきたと話す。 高知県健康政策部健康対策課の担当B 氏によれば、高知県は、2003 年自治体による「思春期相談セン ターPRINK(プリンク)」を全国で初めて設置し、思春期における悩みや相談に女性の産婦人科医師に よる面談も含め応じるとともに、高知県の課題である10 代の人工妊娠中絶などに率先して取り組んでき たという。 担当の B 氏は、「始めた時は10 代の妊娠中絶は、2009 年度全国ワースト1位、2010 年は ワースト3 位という状況」であり、予期しない妊娠や性感染症など思春期の性行動に伴うリスク回避の対 策が重要と考え、2015 年度に泌尿器科医師、産婦人科医師、助産師、教育委員会からなる冊子作成検討 会を作り、『思春期ハンドブック10』(A5 版 24 ページ、カラー刷)を作成したという。担当の B 氏によ れば、この冊子は、県内すべての高校一年生に6400 部(平成 30 年度)配布し、産婦人科医、助産師な どを高校に派遣し、冊子を教材にした出前講座も行っているという。 『思春期ハンドブック』は、「思春期の性行動に対する適切な知識や情報」という側面と、「ライフプ ランを考えるうえで必要な情報、卵子の老化、男性不妊、不妊の知識、具体的な日常生活での留意点も含 めた啓発」という2つの側面を持っている。冊子には、思春期の性行動に関する情報として、思春期の男 子・女子のからだの変化、悩み相談、10 代の人工妊娠中絶の現状、性感染症、性被害・性犯罪等が 16 ペ ージ掲載される一方、ライフプランのための啓発は、「すこやかな妊娠・出産に向けてPART 1,PART 2 」という4ページだ。ライフプランについては、「すこやかな妊娠・出産に向けて〜妊娠・出産には適 齢期があります〜」というカラフルなイラスト図見開き2 ページには、「妊娠の適齢期は 20 歳から 34 歳頃」というバナーが真ん中にある。その上には、男女のカップルとその<未来予想図>として夫婦と子 ども2 人がいるイラストや、男性が女性に求婚しているかのようなイラストも添えられている。右上に は、「子どもを持つことを望んでいるのなら」「妊娠には適齢期があるということを頭の隅に置いてくだ さい」と説明がある。「妊娠には適齢期がありますよ〜!」という看板を持つ女性も描かれ、「妊娠適齢 期」が4回登場するなど「妊娠適齢期」という概念が強調されている。 さらに、「妊娠適齢期」を説明するのに、35 歳をすぎると「2500G 未満や病気を持つ赤ちゃん」が生 まれる割合が増加する上、不妊検査や治療をうけたのは「30 代夫婦の 6 組に 1 組」という情報も示され る。妊娠・出産に関する情報を若いうちから知っておく必要はある。しかし、「卵子は老化しています」 という表記の横に、驚きおののく女性のイラストが添えられ、さらに「35 歳をすぎると、妊娠中絶や出 産時にリスクが高くなります」という表示もあり、その横には、別の、驚く女性のイラストが添えられ、 その下には「きけん!」という文字まで添えられている。35 歳以上での妊娠・出産は危険でリスキーだ と読み手の高校生を脅すような情報が示されている。 高知県では、全高校の男女高校生に、異性愛で結婚して、34 歳までに子どもを産まないと「病気を持 つ赤ちゃんが生まれる」可能性が高まるという内容の冊子が配布され、それを題材にした出前講座も行わ れているということだ。『思春期ハンドブック』には、LGBT など性的マイノリティの存在はない。また 子どもを産まない、産めない女性、子どもを持ちたくない、持てない男性の存在もない。ただ早く産むこ とだけを奨励しており、リプロダクティブ・ヘルス/ライツの概念に反する可能性が高い。
知人に紹介してもらった高知市内の小学校で教えている40 代の教員 C 氏によれば、「教えているクラ ス、38 人中 14 名がひとり親世帯」と、ひとり親世帯の多さをあげた。高知県は女性の労働力率は、25-29 歳で 84.3%,30-34 歳でも 80.92%(東京都は、70.7%)、35-39 歳で 83.1%(東京都 66.8%)(2015 年総務省 「国勢調査」)と、妊娠適齢期とされる 20 代から 30 代前半の女性の8割が就労している。妊娠に適した 時期は、仕事で成長が求められる時期とも重なるが、そうした点への対応は示されていない。 3.1.2 積み残される「望まない妊娠」 冊子の担当B 氏は、「将来どれを選ぶかはあなたたちの自由ですというのが根底にはあるんですけれ ども、まずは正しい知識をつけてほしい」という。しかし、『思春期ハンドブック』の思春期の性行動に ついては、男子に「膝の上で長時間のパソコン操作をしない」などの注意をする一方、男子が妊娠させう る存在であることには触れていない。「緊急避妊薬」についても、「どうしても子どもを産むことができ ない状態のときの、妊娠を避ける最終手段」と紹介するなど、概して「避妊」に関する情報が不十分であ る。 B 氏は、性に関する専門講師の派遣事業実施時の学校でのアンケートでは「(女子も)月経のことなど 本当は相談したいんだけどできない」という声も聞かれるものの、女子の相談は全体の3%11しかなく、 実際に悩み相談に電話してくるのは意外にも「ほとんど男子」であり、取り組みがうまく行ってない現状 を率直に語った。 B 氏の話や人工妊娠中絶が多い高知の実情からみると、『思春期ハンドブック』は、性教育としては腰 が引けており、避妊に関する情報が足りず、妊娠を奨励する婚活政策としての側面が強く打ち出されてい る。尾崎知事が、政府の少子化対策の審議会委員を務め、かつ全国知事会のPT リーダーとして長く婚活 業界団体や自民党の族議員との関わりを持ち、「高知で恋しよ!! 応援サイト」というサイトを作り、 独身向けマッチングや独身者向けイベントなど婚活政策全般に熱心なことも関係しているように思われ る。 小学校教員C 氏は、小学校4年の「総合的な学習」の時間で取組んでいる「命の学習」について語っ た。「小学校は2分の1成人式12で命の大切さをやる。ひとり親家庭が多いけど、ほんとにみんなは生ま れた時、望まれて生まれてきたんだから、愛情たぁっぷりに。生まれた時すごくうれしかったんだよ と。」「自分たちの未来。20-30 年後どうやっていきていくか学んで、キャリア教育じゃないけどやって いきます。自分の命だけじゃなくて相手も大切にする。女の子、男の子、人として大事にしていこうね」 と授業をしているという。高知の中学では避妊も中絶も教えているから、高校になって急に「妊娠適齢 期」では「アンバランスやと思う」といい、高校で「妊娠適齢期」を教えることは「もろに産めよ 殖や せよみたいだ」と小中学校の授業とのギャップに困惑を示した。 さらにC 氏は、「高知県は自由民権運動発祥の地であり、人権教育を大切にしてきた歴史がある」と 語った。そうした背景から、「国や社会の問題を自らの問題として捉え、自ら考え、自ら判断し、行動し ていく」という「主権者教育」にも熱心な土地柄だといい、教員仲間の 30 代男性D 氏を、校内の人権教 育主任だと紹介した。教員D 氏は、小学校で同和、LGBT、外国人などの人権教育に取組んでいること を語り、『思春期ハンドブック』を見せると、「子どもを産むことを前提としている。少子化対策みたい な感じですね」と人権を欠いているさまを評した。 高知県の政策に関する行動計画である高知県男女共同参画プラン(2016 年)を見ると、「自己決定の 尊重」が書き込まれており、「子どもの発達段階に応じた性に関する教育」も政策として入っている。同 プランには、10 代の人工妊娠中絶の高さへの危機感が示され、「女性自らが自分の身体や健康につい て、正しい知識や情報を基に判断し、健康を維持できる力を身につける」として「リプロダクティブ・ヘ
ルス/ライツ」も書き込まれている。しかしながら、実際に県が行っているライフプラン教育は、同プラ ンの趣旨とは全く異なっており、高校生に「妊娠適齢期」を啓発し、早い年齢で結婚、子どもを持つよう 誘導している。性の多様性を認めず、女性の自己決定権を形骸化している上に、同県の課題である「望ま ない妊娠」という問題も積み残されている。自治体の男女共同参画プランが形骸化しており、実際には機 能していないことを示している。
3.2 富山県――「妊娠適齢期」と「三世代同居」による家庭内自助努力の強要
3.2.1 「妊娠適齢期」の強調 筆者の居住地である富山県のライフプラン教育を見ていこう。富山県では、ライフプラン冊子として、 2016 年度に高校生向け『とやまの高校生ライフプランガイド 自分の未来を描こう』(以下、『高校生 ライフプランガイド』)を作成。翌2017 年 3 月に中学生向け『とやまの中学生ライフプラン 自分の 「未来」を描こう』(以下、『とやまの中学生ライフプラン』)も刊行した。高校生向け及び中学生向け は、現在まで同じ構成と内容のまま、統計資料を刷新した改訂版を発行している。高校生向けは2016 年 度に作成以来2020 年まで 4 度改訂・刊行され、中学生向けは、2017 年度作成の後、2020 年 10 月に改 訂された。 ライフプラン教育を所管するのは教育委員会である。県の教育委員会によれば、中学では、保健体育、 技術・家庭科、特別活動等を通し、早いうちから結婚・出産・子育てを視野に入れた人生のビジョンを描 くよう指導する。一方高校では、家庭科等でライフプラン冊子を用いた指導とともに、保育所の乳幼児と 触れ合う保育体験を実施するという。さらに富山県では大学生向けの「ライフデザイン支援」事業も手掛 けており、2017 年度以降毎年 NPO 法人ファザーリング・ジャパンから講師を招き、県内の大学等で出 前講座を行っている。 『高校生ライフプランガイド』、『とやまの中学生ライフプラン』の双方の冊子で、少子化対策として の婚活政策に関係するのが「いのちを育む」という項目と「富山さん家族の一日(三世代同居7 人家 族)」という項目である。『高校生ライフプランガイド』の「いのち育む」という項目では、結婚して子 どもを持つという生き方が描かれ、「富山さん家族の一日(三世代同居7 人家族)」では、「三世代同 居」家族で夫の両親に家事・育児を助けてもらう、という特定の家族観およびライフスタイルのみが提示 されている。 「いのちを育む」という項目で、「妊娠には適齢期がある」と説くのは、富山県在住の産婦人科医で、 自民党・富山県会議員でもある種部恭子だ。種部は、国の男女共同参画基本計画専門調査会委員、重点方 針専門調査会委員、女性に対する暴力に関する専門調査会委員等の多数の委員を務めるなど国の委員とし て重用されている。「子どもを欲しいと考えるなら何歳までに何人産み育てたいのか」、妊娠の時期を考 えるようにと促す。種部は、「35 歳以上で出産数(≒妊娠数)が急速に減る」と説明し、女性は卵細胞 数の減少により「37 歳をすぎると」「なかなか妊娠しにくくなる」と解説する。だが、「なかなか妊娠 しにくくなる」という年齢帯が37 歳であることがわかる図は示されておらず、種部が富山県の 2016 年 度『高校生ライフプラン』冊子に用いた女性の年齢と妊孕性を示すグラフは、20 歳から 50 歳女性の千人 あたりの出生数を、17 世紀から 20 世紀まで 1 世紀ごとに、時代が現代に近づくに従って、また女性の年 齢が上がるに従って出生数が減ることを示している。しかし、どこの国でどのような条件下の数値である かなど一切の説明がないどころか、出典も書かれていなかった。翌年、差し替えられた「女性の年齢によ る妊孕力の変化」というグラフも、17-20 世紀のアメリカ、ヨーロッパ、イランなど 10 ヶ所のデータを 元にまとめた1961 年刊行論文を元にしたもので、日本生殖医学会 HP を出典とする。しかし少子化対策としての「卵子の老化」キャンペーンで使われてきた「年齢と妊娠のしやすさ」グラ フとその元論文を調査した田中重人によれば、キャンペーンでは「多くのあやしげなグラフがつくられ」 ているが、その元になった論文自体、国よって対象者の集め方が異なるなどしており、それをさらに改ざ んしたものが多く、その大半には科学的な根拠がないという(田中2018)。さらに、地方自治体による ライフプランニング支援事業で使われるグラフも「多くは原典を参照せずにつくられています」と指摘 し、「専門家が監修についている事例が多いのですが、にもかかわらず、この種の事業は、非科学的知識 の温床になってしまって」いると述べている(田中2018:11)。こうした視覚的インパクトの強いグラフ は、高校生に早く産まないと、子どもができなくなるというメッセージとなり、妊娠・出産への圧力とな りかねない。種部は、富山県男女共同参画審議会(2007-19)および富山市男女共同参画審議会(2005-19) の委員も歴任しており、国と富山県の双方で「妊娠適齢期」の奨励に深く関わっている。国と地方が同一 の専門家を重用し、思春期生徒に「妊娠適齢期」を啓発する施策を円滑に行っている。 さらに、冊子には、産む方向への情報が豊富な一方、産むか産まないかを自分で決めるという視点もな く、性暴力や避妊の情報も全くない。結婚して子どもを持つという、特定の生き方のみが推奨され、独 身、子どものいない人、ひとり親家庭は描かれない。性的少数者の存在もない。 『中学生のライフプラン』の「いのちを育む」では、「中学生に知っておいてほしいこと」で高校生向 けと同一の「妊孕力」グラフが掲載され、種部恭子による「『なりたい自分』を手に入れよう」という中 学生へのメッセージが添えられる。だがその内容は、「30 歳をすぎるとだんだん妊娠しにくくなり、35 をすぎると妊娠のための治療(不妊治療)をしても妊娠しにくく、出産にも危険が伴うようになります」 というものだ。これでは中学生に、若いうちでの妊娠・出産を強要する圧力となりかねない。これについ て聞いた県教育委員会小中学校課E 氏は、冊子は単に、「なりたい自分を考える一つの材料」であり、 少子化対策とは特段考えていないというだけであった。中学は市町村の教育委員会が管轄なので、県教委 としては市町村に提案し、学校に下ろしていくだけであり、モデル授業をやったりしているわけではない し、直接には管轄していないということのようだった。 そこで、知人に紹介された県内中学教員のF 氏にも話を聞いた。すると F 氏は、冊子を見て、「中身 が多種多様なので膨大な量は1 時間では終わらない。最低でも 4-5 時間かかる。現場で(時間を)どう確 保するか。」という課題があるという。そして「研修があったという話も聞いたことがないし、ぽんとや ってと言われても正直わからない。」と困惑気味だった。さらに、「違和感感じたのは,何歳で結婚して 何歳で子どもを持つというのだと、子どもたちがLGBT だったらどうするんだろうな」と述べた。そし て「現場は物とか情報で溢れている。普通に授業させてほしい」と語った。翌2019 年に偶然に F 氏に会 ったが、同氏は他県の教員からもライフプランが広がってきていることを聞いて、1年前より危機感が増 してきたと筆者に話しかけてきた。このように富山のライフプラン冊子は、性的指向、産む・産まないと いう選択の自由なども知らされないまま、妊娠できる年齢のグラフを示し、高齢になれば産めなくなると 中学生、高校生に伝えているという点で、リプロダクティブ・ヘルス/ライツという考えと齟齬をきたし ているといえよう。 富山県が刊行した同種の冊子を遡ると、富山県が1999 年に刊行した高校生向け「新世紀を拓くあなた へーとやま男女共同参画プラン副読本(以下、「とやま男女共同参画副読本」と略す)」(天野正子監 修・1999 年 3 月初版、2001 年 3 月第 3 版、全 21 ページ)は、高校で同級だった 3 人の男子、4 人の女 子の高校卒業10 年後の人生を描くものだが、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ、性別役割分業の見直 し、多様な家族像等など多元的な個人や家族のあり方を推奨していた。結婚したが仕事にかかりっきりで 妻から離婚された男性が描かれるなど、職業、結婚、妊娠などに関し多様な選択例を出し、夫婦で協力し て保育園の迎えや食事の支度をするという内容だ。2000 年当時の内閣府男女共同参画計画(第一次)を
みると、「女性の健康支援」の方向性には、1)リプロダクティブ・ヘルス/ライツに関する意識の浸 透、2)女性の主体的な避妊のための知識等の普及、がある。当時の国の方向性を受けて、リプロダクテ ィブ・ヘルス/ライツを実質化する冊子を作成したことが推察される。 2005 年に作成された「男女共同参画副読本」『自分発見ノート 平等な社会ってなぁーに』(天野正 子監修、A4版 20 ページ)も、「多様な生き方」「仕事も家事も」というスタンスを堅持している。こ れらの冊子から、富山県行政では少なくとも2000 年代半ばまでは、国の方向性に沿って、性別にとらわ れない職業選択や性別による固定的な役割意識を変えようという方向性が持たれていた13。こうした冊子 の変遷からは、国が示す方向性が変われば自治体政策も変わる可能性がある一方、冊子を絵に描いた餅に しないようにするためには、意識改革にとどまらず、仕事と子育て・介護が両立できるような労働及び育 児環境の整備といった政策を伴う必要があることがわかる。 3.2.2 「三世代同居」による家庭内自助努力の強要 次に、中学生及び高校生向け双方の冊子に掲載されている「富山さん家族の一日」について見てみよ う。中学生向けと高校生向けでは、子どもと祖父母の年齢が若干異なるが、ほぼ同じ内容である。中学お よび高校のライフプラン冊子に共通して示されている家族は、いずれも、夫の親との三世代同居である。 なお、富山県における三世代同居の実態は、2017 年には 13.2%(全国 5.7%)で 8 人に1人と全国第 5 位 であるものの減少傾向にあり、決して多数派とはいえない。 この人生設計を考える冊子では、「富山さん家族」一つしか示されていないため、生徒に「富山さん」 という三世代同居の「モデル家族」を示していることになる。「富山さん」家族は、38 歳の夫は住宅メ ーカー、同じ年齢の妻は看護師の共働きで30 代前半までに子どもを3人(小 4 男子、小 2 女子、5歳男 子)出産し、夫の両親と同居し家事育児を助けてもらっている。夫の父はアユ釣りや囲碁クラブの趣味を 楽しみつつ、保育所の迎えをする一方、夫の母は自家菜園で野菜を作り、その野菜で夕食に漬物や煮物を 作り、片付けを担当している。妻には月4 回夜勤があり、夫は夕食を作ったり片付けたりをせず、実母に 任せ、「夕食を一人で食べるのは寂しいな…」と呟く、強固な性別役割分業三世代家族が描かれている。 こうした三世代家族は、2013 年度内閣府少子化対策交付金で優良事例として取り上げられた岐阜県のラ
イフプラン冊子『未来の生き方を考える Life Planning Booklet』(2014 年)がモデルとなっている可
能性が高い。この冊子は、高校生に向けて「結婚や家庭をもつこと」を奨励し、「早いうちの妊娠・結婚 を」と促し、三世代同居家族での助け合いをモデルとして取り上げているものだ。 さらに、文科省も、全国の自治体に周知した高校生のキャリア形成支援教材「高校生のライフプランニ ング」(脚注2 参照)での家族のイラストとして、3 人の子どもを持つ夫婦と祖父母という異性愛三世代 家族を選定している。こうしてライフプラン教育では地方や国が事例として取り上げていることから、三 世代の家族像は全国の他の自治体でも登場している可能性がある。 さらに、この富山さん家族の性別役割分業にも問題がある。妻もフルタイムで働いているのに、夜勤に 行く日は子どもにおやつを作る一方、夫は子どもと入浴、絵本を読むが、それ以外の家事・育児はまった くしない。住宅メーカー社員である夫の帰宅は7時であるが、「設計をしたり現場に行ったり、お客さん と話をするために時間が不規則になることも」という一文が添えられ、夫のケア責任は不問に付される。 だがこうした不規則な働き方は女性のフルタイム就労でも起きうるものだ。夫について妻は「お父さん が、もう少し家のことを手伝ってくれればいいのだけれど、帰りが遅いからあまり無理は言えないよね。 仕事を続けられるのは、じいちゃん、ばあちゃんのおかげ」とつぶやき、妻は夫の非協力を許容するもの だ。共働き妻の場合、家事・育児責任が夫婦に重くのしかかり、深刻な問題となるはずだが、富山さん家 族は夫の母親の手助けにより、不問に付される。
『高校生ライフプランガイド』には、休日に長時間家事をする夫のほうが第二子を持っているという全 国データが示され、「僕も将来は家事や育児をしっかりするよ」という男子のつぶやきが添えられる (p.14)。これは、三世代同居の「富山さん家族」のあり方とは矛盾する。共働き率が全国 4 位と高い富 山の男性の家事分担は、全国平均よりも少ない14(平成28 年度社会生活基本調査 生活時間に関する結 果の概要(富山県分)、p.5)。社会学者の平山亮(2020:46-47)が指摘するように、夫婦共働きの夫は 妻に稼得責任を分担してもらっても、「男であること」を理由にケア責任を分担することが免除されてい る15。両親世帯も同様に、夫の父は、魚釣りと囲碁という趣味に時間を多く割く一方、夫の母は息子家族 の家事・育児に動員されており、旧来の性別役割分業がより強化されて堅持されている。そして子育ての 負担を軽減する方法として富山県が提案するのは、夫の母親を無償ケア労働者として搾取し、家父長制支 配をさらに強化することだ。これは、県が保育所、学童保育などでケアを社会化するのではなく、県民が 「自助努力」することを強要するものでもある。 社会学者の江原由美子は、性別分業家族では「女性の居場所=家庭」という発想があるため、女性「身 体の自由権」は、一部の男性にとって「男性アイデンティティの基礎を直接揺るがす『危機』」と感じら れ、「家族の否定」と解釈されてしまうという(江原2013:567-8)。江原にならえば、富山のモデル は、妻が働きに出ても「女性の家族責任」を自身の母親で代替するため、保守的な男性にとっても自らの 「家族=女性」観が維持できるため、脅威にならないジェンダー秩序なのだといえよう。 さらに、同居する女親のサポートは、ケアを家族の自己責任とし、自助努力に任せ、福祉国家的政策を 縮小するという点でネオリベラリズムの発想といえる(ハーヴェイ2007:36; 菊地 2019:4)。社会学者の 菊地夏野は、現在進められている、女性に妊娠・出産の「知識」を学習させ、早いうちから出産に導こう とする」やり方は、「国家による人口・生殖の管理として戦前の「産めよ増やせよ」政策の復古と捉えら れることが多いが、その連続性と、新自由主義による非連続性の両面から理解する必要がある」と述べて いる(菊地2019:62)。 3.2.3 「結婚支援」を推進する男女共同参画担当 ところで、国は、「平成 30 年度地域少子化対策重点推進事業(優良事例の横展開支援事業)実施要 領」で事業の実施における「基本的考え方」を示しているが、その中で繰り返しあげられているのが「特 定の価値観を押し付けたり、プレッシャーを与えたりすることがあってはならない」という配慮事項であ る16。内閣府は、2016 年 12 月「結婚の希望を叶える環境整備に向けた企業・団体の取り組みに関する検 討会」の提言骨子案を発表した際に、野党議員やマスメディアから「結婚を推進する施策を押し付ける」 などと激しく批判されたこともあり、同検討会による「提言」やその「参考指針」でも、「特定の価値観 を押し付けたり、プレッシャーを与えたりすることなく、多様な選択肢があることを示」すとした17。こ うした際に歯止めとしてあげられるのが、第4 次男女共同参画基本計画の趣旨を踏まえること、男女共同 参画部局との連携や助言を得るなどの「男女共同参画」条項である。そこで、チェック機能として言及さ れる男女共同参画の担当部局が実際にどのような役割を果たしているか、を見ていきたい。 「第4次男女共同参画基本計画」の趣旨に沿うかどうかという点については、すでに2-1 項で見てきた ように「第4次基本計画」では、リプロダクティブ・ヘルス/ライツは概念として書き込まれて入るもの の、具体的な取組として「ライフデザインを描き、多様な希望を実現する」が書き込まれている以上、ラ イフプラン教育は、基本計画に添った取組であり、何の問題もないということになる。むしろ配慮事項と すること自体、アリバイ的な意味と言えよう。 男女共同参画部局のあり方を見ても、富山県の男女共同参画担当課は、2017 年に「男女共同参画・県 民協働課」から「少子化対策・県民活躍課」に変わった。そして男女共同参画担当は、少子化対策・県民
活躍課の中の「働き方改革・女性活躍班」となっているのは、少子化対策課の中の班という独立性の低い 位置付けに後退したということであろう。富山県には男女共同参画推進員という制度があるが、同推進員 黒部市連絡会は、「イイ恋みつけよう!!! 婚♥活 スイーツパーティ」(2018 年 9 月 30 日)などの 婚活支援活動を熱心に行っている18。富山市は、男女共同参画講座として、結婚相談所所長を講師とした 「結婚力アップセミナー」(2015 年 7 月)を開催した(『富山市男女共同参画白書』2018 年等)。この ように富山県が率先して「男女共同参画」事業として「婚活」イベントや婚活セミナーを行っており、富 山市などの市町も男女共同参画と婚活が矛盾なく両立しているという危うい状況にある。 富山県少子化対策・県民活躍課女性活躍・働き方改革推進班のG 氏に担当班の所轄する範囲について 聞くと、「結婚支援と子育て機運の醸成」だという。「男女の固定的な役割分担意識を解消するつもりで いろいろと啓発を行っている」とも述べた。当初筆者は、G 氏の語りは男女共同参画の任務と矛盾するの ではないかと感じたが、後日、「平成31 年度男女共同参画推進にかかる主な政策」の体系図を確認する と、結婚支援でもある「とやまの中・高校生ライフプラン教育」は、「男女共同参画の視点に立った制 度・慣行の見直し、意識の啓発」の中の一つの項目として書かれており、結婚支援と男女共同参画が、矛 盾なく両立する図になっていて、驚かされた。早いうちの結婚・妊娠・出産を奨励し、三世代の家父長制 的な家族像を提唱するライフプラン教育が、県の政策としては「性別による固定的な役割分担等を反映し た制度又は慣行の見直し」(富山県男女共同参画条例4 条)となっている。妻が専業主婦ではなく、男女 共働きで働き家事育児を分担し子どもも育てる、ということが性別役割分担の見直しとされているのであ ろうか。しかし、そのために三世代同居で女親をケア労働に動員する点や、若いうちに結婚して子どもを 持つように啓発することは、「男女の固定的な役割分担意識を解消する」、「男女共同参画の視点に立っ た」取組とは、紛れもなく齟齬があるように思われる。 男女共同参画担当が「結婚支援」を行うという中、同席していた富山県少子化対策課少子化係のH 氏 に、内閣府のいう男女共同参画との連携について尋ねると、「国の指針は見ましたが、傷ついてしまわれ る人がいるかもしれないということで、そういった表現がないかなどはチェックしながらやってきてい る」と述べた。さらに「価値観の押しつけにならないようにというのはとても大事ですので、そこは慎重 にやらなければと考えております」とし、「共働きで子どもを多くもってもらうために、少子化対策も女 性活躍や働き方改革の観点から考える必要がある」と述べた。しかしH 氏は「子どもを多くもってもら う」という発想が「特定の価値観の押しつけ」になるとは想定していないようだった。 富山県は、少子化の解消という国家的課題の解決に向け、婚活政策に取組み、その一環であるライフプ ラン教育を積極的に推進している。国では、「男女共同参画」という歯止めが形式的には置かれているも のの、男女共同参画担当が積極的に結婚支援策を進めており、教育現場においては、国が示す「妊娠適齢 期」が教えられている。中・高・大学生が、将来の生き方を考える際に、性の多様性や、個人の産む・産 まない選択、特定の生き方を強要しないなどが抜本的に抜け落ちてしまったまま、「若いうちに結婚・子 どもを」という啓発が学校で行われていることが見えてきた。
3.3 ライフプラン教育の課題
高知県、富山県の事例が浮き彫りにするのは、ライフプラン教育では、国の方針に添った「早めの結 婚・妊娠の奨励」が進められそのために「妊娠適齢期」が教え込まれることだ。ライフプラン教育では、 結婚や出産など家族生活を中心に据え、子どもをたくさん持つライフプランを立てるように、学校教育な どで、行政主導で、しかも教員のみならず、医師会やブライダル業界など一部の団体をも担い手とした教育が行われている。こうした教育で、リプロダクティブ・ヘルス/ライツの考え方がどこまで考慮されて いるかは心もとない。
ライフプラン教育は、本稿で取り上げた高知、富山県の他にも、筆者が調査した岐阜県、東京都中野区 など多くの自治体が冊子作成を作成し、さらに講座を行ったり、大学での授業を行ったりなどを行ってい
た。その中で、最も早く取り組んだのは岐阜県であった。岐阜県の『未来の生き方を考える Life
Planning Booklet』(2014 年度、A4,60 ページ 監修:岐阜県医師会)は、交付金事業初年度に「地域 少子化対策強化交付金の事例集」(2013 年度事業)にライフプランに関するプロジェクトとして唯一選 定されている19。ここでは高校生に向けて、「結婚や家庭をもつこと」を奨励し、「早いうちの妊娠・結 婚を」を促す内容であり、三世代同居家族も取り上げている。岐阜県は、2015−17 年の3年間でこの高 校生向けの冊子の作成のほか、大学・短大・専門学校など17 校、延べ 20 回のライフプランについての 講義やセミナーなどの開催を行っていた。 こうした現状に対して、内閣府がチェック機能として示す男女共同参画は、どのように働いているの か、疑問が湧いてくる。そこで次に、男女共同参画部局のチェック機能について確認する。 3.3.1 機能していない「男女共同参画」の歯止め 国の交付金では、「男女共同参画」部局との連携や配慮事項などを歯止めとしたが、それがどのように 機能しているかを知るために、それぞれの自治体で男女共同参画担当にも話を聞いた。 富山県の担当課は、結婚支援を担当していると言い、それが子育て機運の醸成や、性別役割分担意識の 解消につながるという認識であった。男女共同参画の意味が曖昧になっていた。実際、ライフプラン冊子 では、異性愛で子どもを多く持つという特定の価値観の「押し付け」となりかねない内容で、リプロダク ティブ・ヘルス/ライツの考えが無視されていた。 高知県では、男女共同参画担当課に婚活政策との関係を尋ねたが、明確な回答が得られなかった。筆者 が男女共同参画担当課も訪問し婚活政策との関係を尋ねた高知、富山、愛媛県、富山県高岡市では、「所 轄ではない」「少子化対策担当に聞いてください」という反応が帰ってくるか、驚いて「ちょっと待って ください、調べてみます」と言われるものの、結局はっきりした答えは得られないか、であって、男女共 同参画担当として婚活政策にどう対応しているかを明確に答えたところは、結婚支援を推進しているとい う富山県以外にはなかった。 実施報告書で男女共同参画との連携をしていると答えている自治体の男女共同参画部署に確認しても、 その事実を実際には把握していないと見える反応を示すところも複数あった。そして実際に高知、富山の みならずいくつものライフプラン冊子内容で確認しても、富山のように積極的に結婚支援を進めるか、あ るいはそこまでいかなくとも「男女共同参画」がブレーキとはなっておらず、リプロダクティブ・ヘルス /ライツが無視されていることが明白な内容であった。 国は、官製婚活を進める際に「特定の価値観を押し付ける」ということがないようにと、「男女共同参 画」条項を金科玉条のように持ち出す。しかし、ライフプラン教育を推進する自治体の現場では、それは まったく活かされていない現状だ。このように少子化が「国家の危機」と位置づけられる中で、個人の私 的な領域に属すると考えられていた「婚活」が、自治体が事業化し支援するなど「公的機関によって後押 しされてよい『活動』」に変容している状況については、前出の菊地は、「国家や公的存在が個のセクシ ュアリティを明示的制度的組織的に管理することへの違和感のなさは、現在のジェンダー秩序の重要な特 徴であろう」という(菊地2019:180-81)。こうした教育上のジェンダーやセクシュアリティに関する問 題点が関心を持たれないのであれば、繰り返し指摘していく必要があると言えよう。
3.3.2 「優良事例の横展開」と歯止めとならない男女共同参画 では、なぜ「男女共同参画」チェックが機能しないのだろうか。同じ内容のライフプラン教育が全国 津々浦々で展開されているのは、内閣府が少子化対策交付金事業を「優良事例の横展開」という、先駆的 な取組を交付金により全国に拡散するというトップダウンによる手法で進めていることの影響が大きいだ ろう。本稿の冒頭であげた国の審議会委員を務めるジャーナリスト白河桃子、NPO法人ファザーリング ジャパンの役員など特定の個人や団体が、全国の地方自治体や大学・専門学校及び企業等を回り、「ライ フプラン」のセミナーや講演の講師を務めている。高知や富山のような内容が全国に「横展開」されてい るということだ。 他にも婚活関連企業の社員や役員、各種コンサルタント、NPO法人の役員等の同じ人物が全国で繰り 返し、ライフプラン等の講演やセミナーを行うなど、婚活政策を広く浸透させる役割を担っている。岐阜 県の大学等で授業などとして行っているライフプラン教育で最も多く講師を務めたのは、株式会社リクル ートマーケティングパートナーズ社員I氏だった。同社は、結婚情報誌『ゼクシィ』を発行し、マッチン グサービスも運営する婚活企業最大手の一つである。I氏は、筆者がインタビューした2018年9月時点で はこれまで大学等で講義を行った自治体として滋賀、鳥取、岡山、京都、奈良県、長野市等を挙げ、延べ 5,000人程度に講義や講座を行ってきたと語った。しかし2020年5月に確認した時点では、講義や講座を した対象総数は7,000人と急増していた。 その内容については、I氏および授業を行った学校関係者からの聴き取りによれば、「妄想婚姻届」や 「人生ワゴン」などI氏の会社が独自に開発したキットを使い、就職、結婚、出産など人生のイベントに シールを貼るなど簡便な方法で学生に考えさせるのだという。I氏が所属するリクルートのサイトでは、 「ポジティブな結婚観を形成」し、「未来のマーケット発展・創造に繋がる各種活動」を行っているとす る20。こうした活動自体が彼らにとっては未来のマーケットに繋げるという意味で重要な経済活動になっ ているであろう。白河、ファザーリングジャパン、I氏のような婚活企業、産婦人科医業界、あるいは婚 活政策とつながりの強い講師が、早い時期の結婚・出産を奨励する「ライフプラン教育」を全国津々浦々 に「横展開」で広げていることのリスクは真剣に考える必要がある21。 では、なぜ「優良事例の横展開」が「男女共同参画」チェック条項を無効にしてしまうのだろうか。 「優良事例の横展開」は、それまでは先駆的な取組が選ばれていたのに対し、「2016 年度から、これま での取組から見出された優良事例の横展開を対象」とするように変わって生まれた方式という(『少子化 社会対策白書』2016 年版 1 章 重点課題 2 節 結婚・出産の希望が実現できる環境を整備する コラ ム「地域における結婚支援の取組 〜地域少子化対策強化交付金等の活用事例」)。そして「平成29 年 度地域少子化対策重点推進事業(優良事例の横展開支援事業)実施要領」のように、「横展開」は、交付 金の実施要領に組み込まれ、特定の事業が全国津々浦々に波及させることになり、その影響は甚大にな る。 2014 年の岐阜県のライフプラン冊子が「ライフプラン啓発」の最も早い事例であったため、2015 年の 高知県、2016 年の富山県などが岐阜県の冊子を「優良事例」として「横展開」することになった。その 後、批判があったために、国が「特定の価値観の押し付け」とならないようにという「大義名分」とし て、あるいは批判をかわすための「免罪符」として「男女共同参画」条項を加えたと思われる。しかし、 2-4 で示したように、第4次男女共同参画基本計画がライフプラン教育を政策として書き込んでいること が大きく響き、後続の自治体にとって岐阜県のモデルは、「優良事例」である以上、すでに「男女共同参 画」条項をクリアしているものとして受け取られたのではないだろうか。調査自治体における男女共同参 画部局担当者の、想定外と言わんばかりの数々の反応からは、少子化対策交付金事業には、少子化対策課 の中に担当部署がある富山県以外は、特段「男女共同参画」部局が関係していないように筆者には見えた