「ネットワーク論」による13世紀世界史教育内容の再構成
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(2) . 北海道教育大学紀要 (教育科学編) 第53巻 第1号. 平 成1 4年 9 月. lo fHokka i do Un i Journa i fEduca i I t 1 t ver s on (Educabon) VO yo . .53 .No. Sept ember ,2002. 「ネ ッ トワ ー ク 論」 による13世紀世界史教育内 容の再構成 中島. 陽 子*. 豊 **. 安藤. *渡辺学園帯広北高等学校 **北海道教育大学旭川校社会科教育教室. は じめに. 「同時代的な見方」 年の新学習指導要領では, このー 「文化交流圏」をさらに発展的に継承し 「文化圏 」 ,. 近年, 米ソ冷戦構造の崩壊ととも に, 国際化, 国際交流の進展が進み, 従来の国際関係を規定し. 概念にかえて 「地域世界」 という 概念が導入され. てきた様々な枠組が崩れ, 世界の一体化が進んで. 分し,それぞれの時期に主要な役割を果たした「地. いる. しか し, そ の一 方 で 東 欧, バ ルカ ン半 島,. 域 世 界」 に 着目する と いう も の であ っ た.. た. こ の 概 念 は, 世 界 史 を大 きく 4 つ の 時期 に 区. 中近東をはじめとする世界の諸地域において, 民. こ の よう に, 世 界 史 教育 でも 国家 や 国民 のみ ,. 族・宗教・文化など, 様々な社会的側面にお ける 対立が顕在化し, 既存の国家秩序の動揺が拡大さ. を基礎概念とする歴史が見直され, 歴史を横 断的. れ, 近代世界を形作ってきた国家や国民, 民族と いっ た基本的な概念が見直されてきている‐. 想は, 様々なアイディア (思考方法, 歴史の見方) を密接に関連させて, 世界史を把握しようとする. このような世界の動きは, 教育現場にも影響を. ものだっ たため, 逆に確固とした世界史構成原理. 与え, 国際理解教育など, グローバルな視座 での. を築 いて いる と はい え な か っ た.そ こ で本 論 で は ,. 教育 が求 め ら れる よう に な っ てき て いる.. それに答えるもののひとつとして, 都市を核とす. 世界 史教 育 の領 域( 1 )にお い ても, 国家 や 国民,. に見る よう にな っ てき た‐ しか し, こ のよう な発. る ネ ッ トワーク の広 がり と, そ れを安 定 的 に機 能. 民族を基礎概念とする視点だけでは世界の複雑な. さ せ る シス テ ム の 発達 によ っ て 説 明 しよう とす る. 情勢を理解することが困難であると考えられ,「文 化圏」 や 「文化交流圏」 といっ た大きな枠組で世. 「ネ ッ トワ ーク 論」 を構 成 原 理 と して 取り 上 げ ,. モン ゴル帝国を核とする1 3世紀世界史に限定して. 界史を総合的に見ようとする動きが現れた. しか. 教育内容再構成を試みる.. し, こ れら の枠 組み でも, し ば し ば一 定の 地域 に. 視点が固定されてしまい, 広範な地域 で展開され る多様な歴史を統一的に把握するのは困難である と思 わ れた.. 1. 「ネ ッ トワ ーク 論 」 「ネ ッ トワ ー ク ( 2 twork) 論」( )と は, 宮 崎 ne. そ こ で平 成元 ( 1989 ) 年 学習 指 導 要領 で は, 新. 正勝が命名 したもので, 伊藤俊太郎の文明交流圏. たに 「同時代的な見方」 と 「文化交流圏」 のふた. 理 論や ウ ォ ー ラス テイ ンの 近代 世 界 シス テ ム 論の. つの構成原理が導入された. このふたつの構成原. 影響を受けたものである.. 理は, 歴史を時系列 に沿って把握するという従来 の方法とは異なり, 文化の伝播や人々 の交流に着. と いう 意 味で 使 わ れる 言葉 で 「ネ ッ ト ワ ー ク 論」. 目し, 文化圏相互の横断的つながりを重視すると. で は, こ れを さ ら に, 人 間 関係 の 結 びつ き を生 み. する も の であ っ た.. 出す た め の 経 路と して捉 え て いる. 具 体的 に は ,. 平成15( 200 )年に全面実施される平成11( 3 1999 ). ネ ッ ト ワ ー ク と は, 「網 状 のも の」 「網 状組 織」. 交通 (道路・水路・ 海路) , 権力関係, 諸サービ. 47.
(3) . 中島 陽子・安藤. 豊. ス (道路, 水道の建設な ど) の授受, 宗教的な結 びつき, 官僚による支配, 交易関係, 依存関係な. ものだが, 指導要領に取り入れられたネッ トワー. どの様々な形態を取り,相互に影響しあいながら, 様々な形状を形成してきたとされる.. のみで, 都市を核とする世界史の構造を説明する. ク 論 は, ネ ッ ト ワ ーク と いう こ と ばを使 っ ている も の ではな か っ た.. こ のよう に, 人類 は多 種多 様なネ ッ トワ ーク を 地 球 規模 に拡 大 してき た. こ のネ ッ トワ ーク の 発. 展の延長線上に, 現代社会が存在すると考えるの. 2 学習指導要領における モ ン ゴル 帝国 史 の 取り 扱 い. が, 「ネ ッ トワーク 論」 であ る.. で は,モ ン ゴル 帝 国を核 とする13世 紀 世 界 史 が,. 1年度新学習指導要領におい この理論は, 平成1 ては, 「諸地域世界の交流と再編」 という狭い範. 学習指導要領で どう取り扱われてきたか, 下表に. 囲 で使 わ れる に止ま っ て いる が, 実 際 には, 次 の. した が っ て 説 明す る.. ような段階で世界史を説明するものである. まず, 食料を生産する農耕や牧畜技術の出現を 人類史における最初の画期的なできごととして捉 える. この結果, 人類は, 諸地域の特性に合わせ た生産様式を作り上げ, 狩猟採集に頼っていた時 代よりも効率的な生活を送ることができるように な っ たと いう‐ 次 に, 都 市 の 誕 生を 「ネ ッ ト ワ ーク 革 命」 と位. 置付ける. なぜなら, 食料生産に直接携わらない 人々の生活を維持する ために交易というネッ ト ワークが必要であり, さらにそれを安定的に機能 させるためにシステム化する必要があるからであ る.. このネ ッ トワーク の シス テ ム 化 が進 む につ れ,. 強力な指導者が必要になってくる.そこで「国家」 が誕生したと説明する. この国家が膨張し, 多く の民族を含む大領 域をその首都を中心にして政 治 ・宗 教 ・ 経 済的 に シス テ ム 化 さ れる こ と で,「世. 界帝国」 が生まれるようになったとする.. 学習指導要領にお けるモン ゴル帝 国時代の取り扱い. の変遷 年. 度. 内. 容. .. 昭和22年度 ・東洋諸国とモン ゴルの対立 ・モンゴルの征服活動による東洋諸国への影響. 6年度 ・東西交流に果たした役割 昭和2 ・モン ゴルの歴史的役割. ・漢民族との接触 0年度 ・東西交流に果たした役割 昭和3. ・ ・中国王朝のひとつ として説明. 昭和35年度 ・東西交流に果たした役割 ・北アジア諸民族の勃興 ・中国征服王朝 ・アジア諸民族に与えた影響. 5年度 ・東西交流に果たした役割 昭和4. ・東アジア文化圏にf立置付ける. ・中国征服王朝 ・アジア諸民族に与えた影響 昭和53年度 ・東西交流に果たした役割 ・東アジア文化園に位置付ける. ・中国征服王朝 ・アジア諸民族に与えた影響. 平成元年度 ・ユーラシア大陸征服を学習の中心にする ・東西世界の接触と交流 世界史A ・1 3世紀前後の世界の全体像の把握 平成元年度 ・東西交流に果たした役割 ・東ア ジア文化圏に1立置付ける 世界史B ・中国文化と北方遊牧民族の融合. ・アジア諸民族の文化形成への影響. 平成11年度 ・風土・民族・宗教に着目 . .ユーラシア交流圏の成立 世界史A. 1年度 ・モンゴル帝国の興亡 平成1 ‐ユーラシア諸地域の交流に果たした役割 世界史B. やがてこの世界帝国が, 山脈など地理的限界を 超 え て広 がり, ネ ッ トワ ーク の結 びつ き が強 め ら. ま ず, モ ン ゴ ル帝国 の歴 史的役割 と して, 昭和. れ,さらに商業活動や遊牧民の征服活動によって,. 26年度から現在に至るまで, 東西交流の発達に果. 複 数 の 地 域 の ネ ッ トワー ク が 統 合 さ れる こ と に. たした役割をあげていた. しかし, 中国王朝のひ. なった. この帝国を世界帝国と区別して 「ネッ ト. とつ と して説 明さ れて いる ため に,.ユー ラ シア 全. ワ ーク 帝 国」 とす る. こ のネ ッ ト ワ ーク 帝 国と し. 体を巨視的な視点で見る所までは至っていなかっ. て宮崎はアッパース朝やモン ゴル帝国をあげてい. た. この点については, 平成元年度版から見直さ. る.. れて き てお り, 平成11年 度 版で 「ユ ー ラ シ ア交 流. こう してネ ッ ト ワ ーク 論と は, ネ ッ トワ ーク の. 圏」 と いう 概 念 を設 定する に至 っ た. しか し, モ. 広がりとそのシステム化で歴史の過程を見ていく. ン ゴ ル帝 国の 政治 ・経 済な どの シス テ ム にま で は. 48.
(4) . 「ネットワーク論」 による13世紀世界史教育内容の再構成. 言及 さ れてお らず 「陸の ネ ッ トワーク の成 長と モ ン ゴ ル によ る ユ ー ラ シア の一 体化」 を 学習 する と いう 示 唆 で しかな か っ た. そ の た め に, 結局 はモ. ン ゴルの軍事活動にのみ力点をおいた学習に陥る 危険性が大きいと考える.. 教科書構成の分析のチェッ ク項目 目次構成 a‐ 大項目の区分の仕方. b‐ モンゴル帝国の位置付け (4段階) c. 東西交流の位置付け (4段階) d‐ モンゴル帝国と東西交流を同じ項目で扱っ ているも α ) ‘ ページ量 e. 近代以前の分量 近代以後の分量 t f‐ モン ゴル帝国の分量/ 総ページ数 g‐ 東西交流の分量 総ペー ジ数. ま た, モ ン ゴ ルの征 服 活 動 と 中 国およ びア ジア. 周辺地域の対立的図式を設定していることがわ. の 起 こ り」 「東 ア ジア 文化 圏 の 形 成 と 発展」 等 を. か っ た. こ の点 につ いて は, 間違 いと はいえ な い. 順に①②③…として, その順番と, それぞれの教. が, 上述 の 論点 と 同 じく, モ ン ゴルの 統 治 シス テ. 科 書 の 目 次構 成 を比 較 す る. こ こ で, 「東 ア ジ ア. ム にま で言 及 して いな けれ ば, モ ン ゴルのユ ー ラ. 文化圏の形成と発展」 「西アジア・南アジア文化. シア世界の一体化に果たした役割について, 具体. 圏 と 東 西 交流」「ヨーロ ッ パ 文 化 圏 の 形成 と 発展」. 的なイ メ ー ジを つ か むこ と はで きな い し, 何よ り. につ い て は, 一 つ と して 扱う. さ ら にこ の前 近代. も建設的な見方ではないと考える‐. で扱 わ れる 地 中海 ・イ ン ド洋 ・ 中央 ア ジ ア な どの. このように学習指導要領の取り扱いには, いく つかの問題点があり, それを改善することが今後. 文化交流圏については, 指導要領の内容項目にあ げられてはいないが, 交流圏が各社教科書でどう. の 課題 であ る と 考 える.. 位置付けられているか見るために,独立して扱う. 以 上 をま と める と, 次 のよう になる.. 3 高等学校世界史B教科書の分析 次に, 平成元年度学習指導要領に基づいて出版 された世界史B教科書, 計1 4冊( 3 )の分析を行う.. ①文明の起こり 「東アジア文化圏の形成と発展」 「西 ②文化圏 ( ア ジ ア ・ 南 ア ジ ア 文 化 圏 と 東 西 交 流」 「ヨー ロ ッ パ 文化 圏の 形成 と 発展」). こ れによ っ て, 世界 史教 育 にお ける モ ン ゴル帝 国. ③文化交流圏. の位置 づけを確認し, これからの展開に結び付け. ④近代と世界の変容. て い く。. ⑤20世紀の世界 ⑥現代の課題. 1. 分析枠組み. b ・ C で は, 教科 書 の構 成 にお い て, そ れらの. 教科書分析は, 教科書構成の分析・記述分析・. 位置付けを見る. 4段階とは目次でそれぞれ, 編. 資料分析の 3 つ の 枠 組 み で 行 っ て い く。こ れ に. ( ) 3 4 ) 2 ) 1 )の どれ に相 当 する か を見る. , 部( , 章( , 節(. よって, 各教科書におけるモンゴル帝国時代の取. これも, モン ゴル帝国と東西交流が, 重要視され. り扱い方を比較検討することができる. それぞれ. て いる か, さ れて いない かを見 る ため である.. につ い て説 明す る‐. d で は, モ ン ゴ ル帝 国と 東西 交流 を同 時に扱 っ ている も の がある か どう かを見 る. こ れ は, モ ン. ① 教科書構成の分析 教科書構成の分析とは, 指導要領と構成の仕方. ゴル帝国の時代が, 東西交流の最盛期であるとい う認識の有無を見るためである.. を比 べ る と いう こ と と, ペ ー ジ の 分量 を 分析 す る. eでは, 指導要領が近代の始まりを「市民革命」. も の であ る. こ こ で は, 以下 の チ ェ ッ ク 項 目を 設. にお い ている の で, こ れに従 っ て, 頁 数を 計算 す. けて, 分析 する‐. る‐ f・ gも 頁 数 を 計る こ と によ っ て 各社 にお ,. aでは, 指導要領の内容構成の仕方と, それぞ ・ れの教科書の目次構成の方法を比較する.. けるそれらに対する軽重を数量的に計る.. 世界史Bは, 指導要領の内容項目である 「文明. 49.
(5) . 中島 陽子・安藤. ② 記述分析. 豊. ネ ッ トワーク を どのよう な シス テ ム で支配. l v. 記述分析とは, ある歴史事象に関する記述の有. し た か.. ネ ッ トワーク を移動 する 人や 物.. 無 ・量 ・質 を 分析 する も の であ る.こ れによ っ て,. v. その歴史事象がどう描かれているか, どれだけ重. こ れら5点 か ら, 実 際 に次 表の 9 点 のチ ェッ ク▼. 要 視さ れて い るか, 見る こと がで きる.. 項目を設ける.. ここでは記述の有無を単純に評価するのではな く, その 記述 の仕 方 で, こ れか ら示 す チ ェ ッ ク 項. ③ 資料分析. 目を生徒に伝達できるかできないかを, 5 (十分 伝達可能), 4(ややできる) , 3(ふつう), 2(や. 資料分析とは, 教科書に掲載されている資料と して何が使われているかを抜き出し, どんな傾向. や難しい) , 1 (記述がない, もじくは記述がま ち が っ て いる) と いう 5段階で評価する. これに. がある か, 分析 する も の であ る. 後述 する が, モ. ンゴル帝国の領域図を全社が使用しているので,. よっ て, それぞれの教科書の総合評価を点数化す. その領域図内に示されている内容も同様に分析す. る こ とも 可 能 であ る.. る.. 以下が記述を分析する観点である. ここでは本 論のテ ー マ である ネ ッ トワ ーク 論に従 い, 以下 の. 以上, ①~③の3つの分析方法を使って, 教科 書分析を行う.. ような5点の分析枠組みを設けた. 2 i モンゴル帝国が世界史上, 果たした役割. u. ユー ラ シ ア 世 界 を 一 体 化 さ せ た, モ ン ゴ. ① 教科書構成の分析 まず, 教科書の構成分析を行う. 結果は下表の 通り である.. ル ・ ネ ッ ト ワ ー ク.. m. 世界史Bの教科書分析. モ ン ゴ ル・ネ ッ トワ ーク の 中心 と なる ネ ッ. 世界史B教科書構成分析 a. 教科書分析のチェック項目 項 a. b. C. d. e. f g. 目. モンゴル帝国が. 遊牧民の軍事力によっ てイスラーム世界・ 東アジア世界・中央ア ジアを一体化させたという ことの世界 史上の意味を伝達できるか. 1 3・1 4世紀になると, モン ゴル帝国の支配下のもと, 海のネッ トワークを往来する商品が, 交易規模で陸のネッ トワークを 往来する商品をはるかに凌 ぐにいたり, それが近現代の海の 時代につながることを伝達できるか‐ 泉州な ど中国東北部の海港都市とペ ルシア湾のホルムズを中 心とする西ア ジアの諸港を結ぶ海上ネッ トワークが, 陸の交 易ネッ トワークや元の運河と結 びつき, ユーラシア世界交流 圏 (アジア循環交易路) を完成させたということが伝達でき るか. モンゴル帝国では, 運河や駅伝制な どで東アジア海域世界や 西ア ジア と結 びつ いた元 の大都 が政治, 経済 の新た な中心 (ネッ トワーク・センター) と して機能 したことについて伝 達できるか. モンゴル帝国の征服・支配が, 無計画な破壊活動ではなく, 交易路や都市を中心にネッ トワークをおさえ, さらにイスラー ム商業ネッ トワークをもおさえよう と したものであることが 伝達できるか‐ チンギス・ハー ンののち, 各ハン国が元朝を宗主国とするゆ るやかな連合体に再編されたということが伝達できるか. 元の大都から帝国の各地に通ずる陸姑・水靖・海靖という3. i. 50. ①②③/②④⑤⑥. 東害B②. ①②③/④/⑥⑥. 三省堂B① ①②③/ ②④/①⑤/⑥. bc d. e. g. I2. 2 3/ 3 5 91 8 3 5 9 1 9 4/ 1 5 /. l2. 7 1 49 3 1 4 1 8八3 5 3/ 3 /. 2月5 I3O 1 6 6 6/ 3 3 64 3 / 3 3 6. 三省堂B② ①②/②③/②/④/④⑤ ⑤ Il W. 1 9 9 5/ 6 6 5八6 3 52 / 3 5. 一橋B. ①/②④/⑤⑥. I. 9 7月6 7 6/ 3 6 5 1. 清水B. ①/②③/④/⑤⑧. l2. 1 9 6 35 / 3 6 3 8月5 3 5/ 3. 第一B①. ①/②③/④/⑤/⑥. II. 7 7 6/ 3 1 9 4/ 3 1 9 1 4/ 1 3. 第一B②. ①/②③/④/⑤/⑥. II. 2 0 8月3 6 7/ 3 5 66 / 3 5 6. 実教B. ①②③/②④/⑤⑥. I2. 2 2 0 6/ 5 85 5 8 1 / 1 4 3 / 3. 山川B① 山川B②. I2 ①②③/②④/④⑤⑥ ①③/②③′②④/④⑤⑤ I 王. 1 7 0 / 1 6 3 5/ 3 4 14 / 3 4 1. 山川B③. ①/②③/③④⑤⑥. l2. 96 0 4/ 1 5 6 4/ 3 6 / 3 6 9 2. 山川B④. ①/②/③/④/⑤/⑥. I2. 7八5 3 1 6 2 6/ 3 2 85 / 2 8. 7月5 8 1 9 4 7/ 3 5 85 / 3 5. ①②③/③④/⑤⑥. 7 9 7/ 7 3 23 O1 9 / 1 6 3 6 67 / 6 6 「 主 とは また aのスラッシュ 「 は 目次の区切りを示している / 」 . ‐ . 」 .主 題学習の略‐ 帝国B. 上 表a で は,区分の違 い があ っ ても ① ②③ …と,. 順番通りに なっているものは, 構成において指導 要領をそのまま踏襲 していることを意味してい. 種類の駅伝路が伸び, 約1 0里ごとに宿駅が設けられ, 安全な. る. 順不 同 にな っ て いる 帝 国B な ど8つ の教科 書. 物資や人の流れが理解できる か. 特にイスラームとのつなが りが強いことが伝達できるか. 学術や科学の交流について, それがその時代の特徴としてだ けではなく, 世界史上で どんな役割を果たしていたか, 伝達 できるか‐. は,近代の区分の仕方が,指導要領の区分と異なっ ており, 近代を指導要領におけるように 「市民革. 交通が可能になっ たことが伝達できるか.. h. 束: 書B①. ‘ 1. ト ワ ー ク セ ン タ ー.. 命」 以 後 に す る の で は な く, 「大 航 海 時 代」 に お.
(6) . 「ネットワーク論」 による1 ‐世紀世界史教育内容の再構成 3. いてい る. 特 に帝 国B は, ③ の 「文 化 交流 圏」 の. 世界史B記述分析. 発達 の 後 にヨー ロ ッ パ の 大 航 海時代 をおく こ と に. 世界が一体化した流れをつかむことができるよう. を独立して扱わず, 各章に交流に関する内容を盛 して扱 わな いも の がある 一 方 で, 山川 B ② のよう. る‐. 3I3. I4 33I. 33333. について言及する. 三省堂B① 3 I 4 4 4 2 4 4 4. に は 至っ て い な. 三省堂B② 4 I 3 4 4 4 3 4 4 344. か っ た. そ のな か. 443. で比較的詳しい記. 一橋B. II3II. 清水B. 4 34 I4. 第一B①. 3I444 I44 3. 第一B②. 4 3444 334 2. 実数B 山川B① 山川B② 山川B③ 山川B④ 帝国B. 443 I3 34. 23444 I344 344 3I33 2. 述があっ た帝国B の記述を次に示 す.. 4333I4334 1 1. よう に, 時代 ごと に 区 分 して扱 っ て いる も のもあ. 東書B②. 1 1. に, 古代での東西交流, 中世での東西交流という. 3. 1 1 1 1. り 込ん で いる. こ のよう に 「文 化 交流 圏」 を独 立. 東書B①. 1 11 ム. にな っ て いる. ま た, 一 橋B は③ の 「文化 交流 圏」. abcde fghi 1 1T i 1 1 1 1. よっ て, 異なる文化圏同士の接触や交流によっ て. ても, それが世界 史上果たした役割. 34I3 I434. 444 443443. 次 にb ・ fで は, 頁 数, 位 置付 け とも に, 各社. 13~14世 紀 は, 世. 界史を区切る時代と. にそれほどの相違はなく, 平成元年度学習指導要 領に準拠し, モン ゴル帝国を各国史の中に位置づ. なっ た. モ ン ゴ ル世 界 帝 国 が出 現 じ. けて いる と考 える. しか し, 世 界史 A の 頁 数 と比 べ ても さ ほ ど違 い はない 分量 にな っ て いる.. 広 域の世界 が一 国の支配のもと にお かれたの である.(略). 次 にc ・ d・ g で は, 東書 B ①と, 三 省 堂B ①,. モ ン ゴル 時代 にい たっ て は じめ て 一つ のま と まっ た 姿 で. 帝国Bで, 他者と比べても東西交流に関する頁数 が, 抜きんでて多い. 特に三省堂B①と帝国Bで. 東 は日 本 海から西. は ドナウ 河 口・ ア ナ トリ ア 高 原・ 東 地 中 海 沿岸 に至る 超. 長 い 間, 独 自 の歴 史の 歩 み をた どっ てき た 人 類 は, この. 描か れるよう にな っ た‐. の取り扱い方は3 (部) 扱いで, 東西交流に関す. こ のよう に, 帝 国B の教 科書 で は, モ ン ゴ ル帝. る 問 題意 識 が高 い こと がわ かる. ま た こ のふ たつ. 国の時代を世界の一体化の過程の一つの区切りと. の教 科書 で は, d で 表示 した よう に, モ ン ゴ ル帝. して 重 要 な 位 置 に お い て い る. た だ し, 「超 広 域. 国と東西交流を同じ項目で扱っ ており, 東西交流. の 世界 が一 国の 支 配の も と にお か れた」 という こ. に果たしたモン ゴル帝国の役割を意識したもので. とが, なぜ世界史の中で重要なのかが明確に記述. あると考えることができる. ただし各社教科書が 東西交流に関する認識が甘いというわけでなく,. さ れてい ない. ま た, 次 のよう に記述 する‐. c で見る よう に, ほと ん どが2 (章) 扱い で, 文. モ ン ゴル 帝 国 の 大 領 域 は, さま ざま な 集 団 を 「準 モ ン. 化圏同士の接触や交流を重要視する教科書が増え. ゴル」 と して 取 り 込ん だ結 果 であ っ た の で モ ン ゴ ル帝 ,. て いる ことカミわ かる.. 国と いう わく 組み が崩 壊 した後も そ の影 響 下 に, ア ジ ア. 最後にeでは, 圧倒的に前近代の方が頁数が多 く, 近代を重視する構成になっている世界史Aと. 各地では大型の国家や政権が形成された. 中央アジアの. は異 な っ て いる.. 西 ア ジ ア の オス マ ン 帝 国, そ して ロ シア 帝 国な どはその. ティ ム ー ル帝 国と そ の 後進 であ るイ ン ドのム ガル 帝国,. 例 である.. ② 記述分析 次に, 記述分析を行う. 結果は次表である. そ れぞれについて考察する.. ネ ッ ト ワ ーク の崩 壊 後, そ のネ ッ ト ワ ーク を 継 承. ま ず, aにつ い て考 察 する. ここ で一 橋B, 実. し, 発展 さ せ た 国々 を ポス ト・ モ ン ゴ ル 時代 と し. こ のよう に, 帝 国B の 教科 書 で は, モ ン ゴル ・. 教B, 山川 B ②, 山川 B ④ の4つ は, 記述 が なか っ. て位置づけ, 諸地域間の歴史を関連づけている.. た. また, 他の教科書も, 東西交流の規模の拡大 や広大な地域の政治的統一に関しての記述があっ. しか し, ティ ム ー ル帝 国 やオス マ ン帝 国′な どが , なぜ ポス ト・モ ン ゴ ルなの か, こ の記述 か ら理解. 51.
(7) . 豊.. 中島 陽子・安藤. する こと は難 しい. 次 に, b につ いて 考 察する. こ のこ と につ い て. 少なくとも記述があるものは, 7冊のみである. 記述があるものも, 宋代と明代の海運の発達に着 目 し, 元代 につ い て言 及 する も の は少 な か っ た.. 少なくとも記述があるものは, 三省堂B①, 清水 B, 第 一 B ②, 山川 B ①, 帝 国B の5つ の み であ. る. 帝国Bの記述を示す. 中国の南北が史上 は じめて海運で結 ばれただけでなく,. その中で元代の海運の発達に関する記述があった. インド洋上を通る東西交易ルートとも結合した結果, 世. 帝国Bの記述を示す.. 界 史上 は じめ てユー ラ シア と北 アフリ カ を 陸路と 海路の. 両方で循環する交通体系が成立した. モンゴル帝国が世界史上果たした重要な意義は, それ までの 人類 史の主 要 な舞 台 であっ たユーラ シア と 北 ア フ. こ のよう に, 帝 国B の 教科 書 で は, モ ン ゴル帝. リカを陸海の両方でまとめたうえ, 主として海洋を舞台. 国の時代のユーラシア世界交流圏の成立が記述さ. とする西 ヨー ロ ッ パ の 拡 大と いう 新 しい時代 へ のと びら. れてい る.. を ひらいたこと である. 15世 紀前 半 に は, 明 の鄭和 によ. 次に, 第一B②の記述を示す.. る大航海が行われるが, それもモンゴル帝国の海洋政策 の続きである‐. 13~14世 紀, ヨー ロ ッ パ からア ジア にまた がる 史上最 大の モ ン ゴ ル帝 国が成 立 し, 分裂後も ゆる や かな結合 を. こ のよう に, 帝 国B の 教科 書 で は, モ ン ゴ ル帝. 維持 する と (タター ルの平和), ユーラ シア大 陸をおおう. 国の時代が, 陸から海の時代に移り変わる結節点. 駅伝 制や 交通 路 によ っ て, ム スリ ム 商 人の活動 がさ らに. であ っ た こ と が記 述 さ れている. しか し, なぜ元. さ か んと な っ た. ヴェ ネツィ ア の商 人マ ルコ‐ ポーロ が. 代の海運の発達が鄭和の大航海につながるのか,. オア シス の 道によ っ て 元 の大都 を訪 れ, 大運 河 を通り,. この 記述 か ら, 理解 する こ と は難 しい.. 海 の 道によっ て帰 国 した よう に, こ の 時代 の 陸 路と 海路. 帝 国B は, つ づ けて 次 の よう に記述 す る.. はす で にユーラ シア大 陸 をめ ぐる大 き な環 と なっ てつ な がっ ていた‐. フ ビライ は,1279年に南 宋を征服する と,海軍を建設 し, 政府 主導による 海上貿易 を 開 始 した. こ こに, モ ン ゴル. こ のよう に,第 一B ② の 記述 で は,マ ルコ・ ポー. 帝国は陸上だけでなく, 海上も支配する巨大帝国へ発展. ロ な ど人々 の移動 を記 述 する こ と によ っ て, より. した. 中 国の南北 が 史上 は じめて 海運 で結 ばれた だ けで. 具体的にユーラシア大陸を覆う交流圏の発達を記. なく, インド洋上を通る東西交易ルートとも結合した結. 述 している.. 果, 世 界史上 は じめ てユー ラ シア と北ア フ リカ を 陸路 と. 海路の両方で循環する交通体系が成立した.. 次 に, dにつ いて 考察 する. 大都 の機 能 につ い て 記述 がある も の は, 山川 B ①, 帝 国B の 二つ だ. けである. 帝国Bの記述を示す. こ のよう に, 帝 国B の 教科 書 で は, モ ン ゴ ル帝. 国が海に向かって発展しよう としたことが理解で. フ ビ ライ は, あ ら たに 冬都 の 大都 と 夏都 の 上都をつく. きる. 以上の記述を総括すると, 帝国Bの記述の 仕方として, 世界史上果たした役割に注意を払っ. り, 季節により両京の間を宮廷・政府・軍団ごとに移動. ている こ と がわかる. しか し, モ ン ゴ ル帝 国の 時. の各種の都市がつくられ, 全体で, 一種の首都圏の役目. 代の海運の発達は, もちろんフ ビライらの政策の. を 果 た した. こ のエリ ア 全 体を 帝 国の 中核 地域 と して,. 成果でもあるが, それよりも言及しなけれ ばなら. 陸海の 交 通・ 運輸 網 がユー ラ シア の 東西 に広 がっ た‐ 計. な いの は,イ ス ラ ーム の商業力 の 成果 だと 考 える.. 画都市としてつくられた巨大首都大都は, 物資の集散基. 次 に, c につ い て説 明する. この こと につ いて. 地 でもあ っ た. 陸上 交通 の 発着 点 と なっ た ほ か, 都市内. 52. した. 300km にわたる楕円形の移動圏の中には, 多機能.
(8) . 「ネットワーク論」 による1 3世紀世界史教育内容の再構成 部に 港 がつ く ら れ, 通 恵 河 と いう 運 河 で50km 東 方 の通. ン 国は協 調 して相 互 の 交 通・ 貿 易 を 進 める 一 方, 各民族. 州 とつな がれた. 通州 は大 運 河の 北の 終着 点 であ り, 同. の宗教や文化には寛容な態度を示した.. 時に天然の運河の白河 によっ て 海港の直活 (天津の前 身) に通 じていた. 直活 か ら は, 海運 によ っ て 当 時世 界最 大. このよう に, 山川 B ③ は, モ ン ゴル帝 国 が, 交. の100万都市であ っ た杭州 と結 ばれ, さらに慶元(寧波) ・ 福州・泉州・広州 を経 て, 東 南ア ジア・イ ン ド以西 と連. 易路を維持するために協調し, それだけでなく, 支配下の民族やその交易‐路を往来する民族に対し. 結 した‐. て寛容の態度を示すことによっ て, その地域の支 配 を 円滑 に したと いう 記述 にな っ て いる. こ の記. この よう に, 帝 国B の記述 で は, 特 に経 済・ 交. 述についても, モン ゴル帝国の商業政策重視とい. 通の面において,大都の機能を記述しているため, 物資の消費地としての機能を理解することができ. う 視点 が 欠 けて いる.. る. しか し, 政治 の 中心 地 と しての 大都 の 機能 に. 記述 がある も の は, 第一B ① だと 考 える. 第一B. ついての記述は浅い‐. ①の記述を示す.. 次 に, g につ い て 考察 する. こ の こ と につ い て. 次 に, e につ い て考 察する. こ の こ と につ い て 記 述 がある も の は, 第 一B ② だと考 える. 第一B. ②の記述を示す.. モ ン ゴ ル 帝 国・ 元 は, 東 西 に わ た る 大 領 土 に 駅 伝 制 (ジャ ム チ) を 設 けて 交通 路 を 整 備 した. 元 はさ らに,. 江南から華ゴ ヒヘの物資輸送のため大運河を整備し, .同時 当時の 中央 ア ジア地 域 で は, 打 ちつ づ く 抗 争 によ っ て. に 長江 デルタ 地 方 か ら 山東地 方 を 回っ て 天 津 にい たる 海. 通商を妨げられた隊商商人たちが, 安定した統一政権の. 運の開発にも力 を入 れた-(略)かれは(オ ゴデイ のこと),. も とでの 不安の ない 商業 活動 を待 ち 望 ん でい た. このよ. カ ラコ ルム を首都 と し, 領内各地へ通 じる道路をつくり,. う な中央ア ジ ア情勢 と, 隊 商 商 人の 支援 を 受 けて, チ ン. 駅伝制を設けて, 使節・役人・軍隊の往来, 貢物その他. ギス・ハ ンはア ジア内 陸部の東西通商 路に進撃 し, (略). の物 資の運搬の便を はかっ た‐ (括 弧内引用 者). ハイ ドゥ の乱の後, チ ャ ガタイ ・ ハ ン国 はオ ゴタイ ・ノ、 ン国 を併 合 し, (略) キ プチ ャ ク ・ハ ン国 は, (略) 黒海. こ のよう に, 第 一B ① は, モ ン ゴル帝 国がそ の. 地方の東西交易路を 支配下 におき, (略) ま たイ ル・ハ ン. ネ ッ トワ 一ク を安 全 に機 能さ せる た め に, 駅伝制 ,. 国はイ ラ ン高原の交 易 路をお さ え, 東 西の 文 化・ 経 済 な. を設け, さらに運河・海路を開拓することによっ て, 交通を円滑に機能させるよう にしたという記. どの交流 につとめた.. 述 にな っ てい る. しか し他 の 教科 書 で は, ジ ャ ム こ のよう に, 第一 B ② は, モ ン ゴ ル 帝 国の 支 配. チだけを記述して, 東西交流が円滑になっ たと書. は, 経済面の支配を重視し, 交易路をおさえるこ. い たり, モ ン ゴ ル帝 国 が諸 シス テ ム を駆 使 して,. と を重 視 して いた こ と を記述 している. しか し ,. 陸と海の巨大なネッ トワークを維持したことが読. これはモンゴル帝国時代全体を通して言うことが. み と れない.. で きる も の であ り, モ ン ゴ ル帝 国の 政策 が, 商 業. を重視したものであるという記述が必要となる. 次 に, f につ い て 考 察する. こ の こ と につ い て. 次 に, hにつ いて 考 察する. こ の こと につ いて. 記述があるものは, 清水Bである. 清水Bの記述 を示す.. 記述 がある も の は, 東 書 B ① と, 山川 B ③ である‐. 山川B③の記述を示す.. こ の ルー トを 使っ て宋 の 青磁 や 元の 染付 けな ど大量 の. 中国産陶磁器が世界の各地へ運ばれた. (略) この時代, 諸ハ ン国 は遊牧 に 固 執 して いっ た ん離 反 した が, 1301. 揚 州 ・杭 州・ 泉州・ 広州 な どの貿 易 都 市 に は多 く のイス. 年のハイ ドゥの 死後 は 元朝 と和 議を 結 ん だ‐ 元朝 と 諸ノ・. ラム 教 徒 (ム ス リ ム) が住 み つ き, イ ス ラム 文 化 が流入. 53.
(9) . 中島 陽子・安藤. 豊. した.(略)ヨー ロ ッ パ 人の来訪も活発になり, ヴェ ネツィ. を つく っ た. この授 時 暦を 受 けてつ く ら れた日 本の 貞享. アの商人マ ルコ・ ポーロ は陸路を通っ て, (略) 海路をた. 暦 は, 1872年 ま で 使 わ れた‐ 元 はティ ペ ッ ト文 字 を原型. どっ て帰 国 した. (略) また, ローマ 教会 はイス ラム 勢力. と してパス パ 文字をつくり, 公用 文字と した.. と の 対 抗 上 か ら も モ ン ゴ ル 帝 国 の 存 在 に 注 目 して プラ ノ・カ ルピニを 派遣 し, フ ラ ンス 王 も ル ブルク を 派 遣 し ‐. ,. た‐ さ らに現代 に入る とモ ンテ・ コ ル ヴィ ノ が来訪 して. 大都 に教会を建 てる な ど, カ トリ ッ ク が伝 来 した のも こ の時代である‐. こ のよう に, 清 水B の記 述 では, マ ル コ・ ポー ロや モ ンテ ・コ ル ヴィ ノ な どの 人の 移 動, とく に. このように,三省堂B①をはじめ他の教科書も, 元朝 (中国) に伝わっ た文化や科学について記述 しているが, その反対の元朝から他の文化圏に伝 わった文化や科学についての記述がない. また, 科学史上, 当時の中国がどの程度発達していたか わからないので, 中国の文化や科学が遅れている かのような印象を受ける.. イ ス ラ ーム と の 交流 がさ か ん だ っ た こ と が記述さ. れている.また,同書から脚注の記述を紹介する. たとえ ば, 1912年以 来 発掘・ 調 査さえ て いる エ ジ プ ト のフス ター ト遺跡 から60~70万 片 にも 及ぶ 中 国産 の 陶 磁 器が出土 して いる. そ こ に は唐 三 彩, 宋 の 青 磁・ 白磁,. ③ 資料分析 次に, 資料分析を行う. それぞれの教科書で ど のような資料が掲載されているか, 表に示した通 「世界史B資料分析」 ). りである ( こ れによる と, 全ての 教科 書 で掲 載 して いる も. 元の染付, 明の赤絵などが大量に含まれ, それらの産地. の が,モ ン ゴ ル帝 国の 領域 図である こ と が わかる.. は華中・華南の重要な窯を網羅しているという.. そ して, こ の 地 図 に示 さ れてい る 内容 を 表 に して. 「世界史B地図分析」 ) みる と ( , その内容がモン こ のよう に, 染付 な ど, 交易 によ っ て多く の物. ゴ ルの遠 征 路 に 関する も の に偏 っ てい る こ と が わ. 資 が移動 して い たこ とも 記 述 さ れている.しか し,. る. 反対 に 陸海 の交易 ネ ッ トワーク に関する 表記. 他の教科書では, イスラームとの交流が省かれて いたり, 人や物の移動について記述がなかったり. は少 な いと いう こと である.ま た,モ ン ゴ ル・ ネ ッ. と, モ ン ゴ ル 帝 国時代 の ネ ッ トワーク の具 体 的な. ンテ ・ コ ル ヴイ ノ な どヨ ーロ ッ パ 出 身の 人物 が多. ト ワ ーク を往 来 した 人物 も, マ ルコ ・ ポー ロ, モ. 姿 が見 え てこ な い.. 世界史B資料分析. 騎 I E ・ 兵. 朝秘史 東西交渉史年表 代の交妙 駅伝通行証 文字 現代の万. オ. 艦 船. 堂B①の記述を示す.. 代の文化物 代の建造物 大都 カラコルム. 移動図 征史年表 襲来絵尉 ールシユタツトの綾= ーロの肖像 イ ・ハーンの肖像 ギス・ハーンの肖像 園の領域 国の系図. 最後に, i につ いて 考 察する. こ の こと につ い て記述している教科書は三省堂B①である. 三省. 長 城. 宗 教ではラマ 教 (ティ ペ ッ ト仏 教) を 国 教 と して保 護 した が, キリ ス ト教やイ ス ラ ム・ 道教 な ど他 の宗 教 に対. しても寛容であった. (略) 木版印刷はいっそう発展して 書物の普及を助け, 火薬や羅針盤も実用化された‐ これ ら の 技 術 は当 時 の ヨー ロ ッ パ の は る か 先 を い く も の で あっ た‐ (略) 元朝 は宗 教 に寛大であ っ たので, 道教 (全 真数) やラマ教以 外 の仏 教 も栄え, キリス ト教 やイ ス ラ ム も広 ま っ た. ま た 西 方 か ら は 天文 学・ 数学・ 医学 な ど のイ ス ラム 科学 が中国 に伝 え ら れ, 郭 守敬 はそ の影響 の もとで, 1年を365 .242日とする 精度の高 い暦 (授時 暦). 54. O. 東書B隻 . OO 、 1B( : - 束 1 … 三省堂Bも. OOOO. ‐橋BL. OO. OO. 第‐BI O O O O 実教Br l ノ OO ′ 山川B I OO OOOO 山川B『. . OO. O. O O O. O O. OO. O. O. OO OO. .. OOO O. OO OO. O O. O. OOO. O O. 山川B1 ‐ OOOOOO 三 国B『 帝ー. OOO. O O. l 清水Br ノ OOO l OO OOO 第-Br. . 山川BI. O. OOO. O. r 三省堂B 二 r OO. O. O. OO O. O.
(10) . 「ネットワーク論」 による1 3世紀世界史教育内容の再構成. 世界史B地図分析. 皿 二. 路. 征征 謄 テ路. I OO 坪BL 束二 ‐ 1 : 束 BI 1 , . OO. O. OOO. O. O. i ;省. : .O O O ‐ [Bi 三省堂BI O. OO. ‐橋BI . O. O. 清水Bi. OO. 行 路. OOO. O. O. O. O. 較 的詳 しい 記 述 があ っ た. しか し, 次の よう な 問 題点 も 明 らか に な っ た.. ・モン ゴル帝国の時代に対する世界史的な視野 での評価 が少 ない.. ・モン ゴル帝国が広大な領土を治めるために施 行した諸システムに対する記述が少ない. ・ 大都 の 機 能 に対する 記述 が少 なく, あ っ ても. O. 経済的機能の記述に偏っ ている.. O. 第一BI. OOO. O. OO. 第‐-B・ 1. OOO. O. OO. 実教BT. O. ・ モ ン ゴ ル とイ ス ラ ー ム と の つ な が り に つ い O. OOOO. 山川BI. O. OOO. 山川B I 、. O. OOO. 山川BI. O. OOO. . 山川B 1 . O. OOO. 帝国BI. OOO. O. ルブルックの行路 イブン・バトゥータの行路. 欝. ポーロの行路. 主要ふ 侵略路 日本 トゥの西征賂. 帝国の遠征路 勢力が及んだ国 要被征服国 国の境界 国の領域. む す 愛. 他. 史の中に位置付けているため, 世界史Aよりも比. O. て, 正 しい評価 を与 えてい な い.. O. 資 料 分析 では, 世 界 史A とお な じく, モ ン ゴル. 帝国が広大な領土を支配したことに注目している OO. こと がわ か っ た. ま た ここ でも, モ ン ゴ ル帝 国の 強 大 な 軍 事力 や, ヨ ーロ ッ パ と の 交流 にこ だわ っ. く, モ ン ゴ ル帝 国と深 い 関 わり を持 っ たイ ス ラ ー. た 資 料 が多 いこ と が明 らか にな っ た.. ムの人々の往来を表記している教科書は東書B① の み だ っ た. 資 料 分析 の 表 に戻 る. こ れによる と, モ ン ゴル. 最後にこのような分析結果から明確になった問 題点を述べる. ・モン ゴル帝国が世界史上果たした役割につい. 帝 国の領域 図,モ ン ゴ ル帝 国の系 図,マ ルコ・ ポー. て, 軍事的な側面に偏る傾向がある.. ロの肖像, 元代の交秒 (紙幣) が多くの教科書で. ・ モ ン ゴ ル帝 国 が広 大 なネ ッ トワーク を どのよ. 掲 載さ れて い た. マ ルコ ・ ポ ーロ につ い て は, 東. うなシステム (海洋政策, 商業政策など) で ′機能さ せ たか 記述 さ れて いな い . ,. 西交渉の象徴として, 掲載されたと考える. しか し,マ ルコ ・ ポー ロ の記 述 に関する 信 悪性 や,ヨ ー ロ ッ パ と の 交渉 よ り もイ ス ラ ーム と の交 渉 の 方 が. ・大都の首都としての機能について記述されて. はる か に濃密 であ っ た こ と か ら, この掲 載 に は疑. ・ モ ン ゴ ル とイ ス ラー ム と の つ な が り に つ い. 問が残る. また, 元代の交秒( 4 )は, 中国でも貿易 港のあっ た泉州など限られた範囲でしか流通して. し・力 まし1.. て, 正 しい 評価 を与 え て い ない.. 以上の問題点が今後の課題になると考える.. いな か っ た こ とも 考慮 に入 れる べ き だと 考 える.. 「ネ ッ トワーク論」 を取り入れた. 5. 4 教科書分析の総括 最後に, 数量・記述・資料の分析を総括する. 教科書構成の分析 では, 世界史Aとは異なり, 前 近 代 に か なり の ペ ー ジ量 を割 い てい る こ と が わ. i3世紀世界史教育内容構成 ここ で は, 生 徒 に世 界の 全 体像をイ メ ー ジする こ と が で きる も の と して, 「ネ ッ トワー ク 論」 を. 用いた13世紀世界史教育内容構成を提案する‐. か っ た.しか し,モ ン ゴ ル帝 国の 時代 に 関する ペー ジは, 世 界 史A と さ ほ ど変 わ らず, ま た, 東西 交 流 に関する ペ ー ジは, 世 界 史 Aよ り, 圧 倒 的 に少. 1 13世紀世界史の教育内容構成. な か っ た. ・. 史の概要. 記述分析では, モン ゴル帝国の時代を中国王朝. 1 ) (. 「ネ ッ ト ワ ー ク 論」 にも と づ く13世 紀 世 界. 「ネ ッ トワーク 論」 と は先述 したよう に 都 市 ,. 55.
(11) . 中島 陽子・安藤. 豊. を核とするネッ トワークの広がりを世界史構成の. 中央 ユー ラ シ ア の 雑多 な 民 族 を 「モ ン ゴ ル」 と い. 主軸 と して 据 える も の である. この 「ネ ッ トワ ー. うひとつの集団に再編成した. この千戸を自分の 子弟や功臣に配分し, 広大な領域を守らせた. こ. ク 論」 を用 い る と, 13世 紀 世 界 史は, 大 略 次のよ. うに説明できると考える. モン ゴル帝国が誕生する以前の中央ユーラシア 世界は, 遊牧民・オアシス都市民・農耕民という 生活手段の異なる 3 つ の タイ プ の 集 団 が 存 在 し. れ は, 後 に, 「大 ハ ー ン の 統 治 ‐ 各ハ ー ン 国」 の. 統治とする二重構造の土台となった‐ そしてこの支配体制を支えた基本精神となっ た の が,大ヤサ と シ ャ ー マ ニ ズム であ っ たとさ れる.. 遊牧民の移動は, 常に外敵や獣に襲われる危険. この大ヤサの実体は明らかにされていないが, 遊 牧民の慣習法を法令化したものであるいわれてい. につ きま と わ れている た め, 集 団 で行動 す る の が. る. お そ らく は慣習 法も 含 め, チ ン ギス ・ハ ー ン. 普通である. この集団は, たいてい共通の祖先を もつ氏族である. 通常の遊牧生活を行うには, こ. の諸訓令が広く集大成されたものだろうといわれ. の氏族集団で十分であり, そのため, 大規模な遊 牧民国家は生まれにくかっ た.. を超越する天 (テングリ) という観念を持ってい. まれに, 強力な指導者を得て, 近隣の氏族を融 合し, ひとつの社会単位 (部族) を成立させる場. た. チ ン ギ ス ・ ハ ー ン の 側 に も コ コ チ ュ と い う. 合があっ た. さらに他の諸部族を結びつけて遊牧. 「王の 中の 王」 になる という 神 託を 伝 え たと いう.. 民国家を形成しても, 諸部族を結びつけるための 富や力を失うと, 容易にその国家は瓦解した.. こ の よう に, モ ン ゴ ル帝 国初期 は, ハ ー ンを 中 心 と する 強力 な軍 事 シス テ ム を背 景 に, シ ャ ーマ. オアシス都市民は, 経済的文化的に遊牧民より. ニ ズム な ど, ま だ素朴 で単 純 な シス テ ム でゆる や. た.. も 豊 か な 人々 だっ た が, 点在 する オ ア シス をすべ. .モ ン ゴ ルの 人々 は, あ らゆる 存 在 て いる. ま た,. た. 人々 はシ ャ ー マ ンを通 じて, 天の啓 示 を受 け. シ ャ ーマ ンが仕 え てお り,チ ン ギス の即 位 の 際に,. かに結びつけられていた. チ ン ギス ・ハ ー ン1代 で, モ ン ゴ ル帝 国の 領域. て融合するようなオアシス国家は現れず, 遊牧民 の軍事力に屈服し続けた. しかし, オアシス都市. は, 東は高麗・金に接触し, 北はバイカル湖周辺. 民の中には, 逆にそれを利用し, 商業面などで利. ま で, 西 はカ ス ピ 海 沿岸, 南 は西 夏 に至 っ て い た.. 益を上 げる も のも い た.. こ の 広 大 な 領 域 を 受 け 継 い だ の は, チ ン ギ ス ・. 農耕民は, 東西交易による利益を獲得するため に, 絶えず遊牧民やオアシス都市民を脅かした.. ハ ー ンの 第3 子 である オ ゴ デイ だっ た. 1229年,. こ のよう に, 中央ユ ー ラ シ ア世 界 で は, 生活 手・. オ ゴ デイ はクリ ルタイ を召 集 し, 第2代 のハ ー ン. に即位した.. 段が異なる民族が互いに桔抗しあいながら, 歴史. オ ゴ デイ は, チ ン ギス の事業 を継 承 し, 1235年. を 形成 して い た. そ して, モ ン ゴル帝 国の 誕 生直. に は, 首都 カ ラ コ ルム を建 設 し, 行 政制 度や 税 制,. 前の1 2世紀には, ケレイ トや金, 南宋などの国家. ジ ャ ム チ の施 行 を 決定 し, 帝 国 シス テ ム の基 礎 を. が抗争し, 政情が不安定だっ た. そのため, 通商. 作 っ た.. 活 動 を主 とするイ ス ラ ーム や ウイ グルな どは, こ. オ ゴ デイ の死 後, ハ ー ン位 を め ぐっ て, モ ン ゴ. の交易ネッ トワークの交通を円滑にするために. ル帝 国 が2 分さ れた. そ れを一 旦制 したの は, オ. も, 中央ユ ー ラ シ ア の 政治 的統一 を望 んでいた.. ゴ デイ の子 息 の グユク であ っ た が, グユク の 治 世. こ のよう な 中 で, 遊 牧 部 族 の統 一 を果 た した チ. は短 命 で終 わり, モ ンケ が次 のハ ー ンと して即 位. ン ギス ・ハ ー ン が,1206年 にク リ ルタイ を 開催 し,. した. モ ンケ は, このよう なハ ー ン位 をめ ぐる 抗. 全遊牧民の王として即位した. 即位を境に彼は, 国家の土台作りに着手し始めた.. 争によっ て中央権力の弱まった帝国を立て直すた. ま ず, チ ン ギス ・ ハ ー ンは, 千 戸制 を施行 して,. 56. めに, 次々と新政策を打ち出した. そして, 軍事 面においては, 新たな領土拡大のための戦争開始.
(12) . 「ネットワーク論」 による1 3世紀世界史教育内容の再構成. を宣 言 した. こ れ によ っ て, イ ス ラ ーム ・ネ ッ ト. い っ た.. また, 自然災害や疫病の蔓延, 白蓮教徒の乱,. ワー ク がモ ン ゴ ル・ネ ッ トワーク に統 合さ れた. こう して, チ ン ギス か らモ ンケま で に, モ ン ゴ. 各地 の 軍閥 の勃 興 によ っ て, 自 らを 支 える ネ ッ ト. ル帝国システムの基礎が形作られたが, それらは. ワ ーク が 断絶 さ れ,元 はモ ン ゴ ル 本土 に後 退 した.. す べ てハ ー ンを 中 心 とする 強 固な 軍事 シス テム に. モ ン ゴ ルの後 退 後 はそ れを引 き継 ごう とする 明. よ っ て 支え ら れてお り, こ の 軍 事 シス テ ム が崩 壊. や清, テd ム ー ル帝 国, オス マ ン朝, ロ シア 帝 国. することがあれば, 容易に帝国が崩壊する危 険性. などの諸国家が誕生した. ま た,モ ン ゴ ル・ネ ッ トワ ーク の解 体 によ っ て,. をも っ て い た. そ の た め, フ ビ ライ はモ ン ゴルの 軍 事力 の み で. ユ ー ラ シア 大 陸 を覆 っ た商 業 ネ ッ トワーク も 同 時. なく, 中 国の 経済力, イ ス ラ ーム の 商業力 を融 合. に崩壊し, その影響を受けて各地で貨幣収縮が見. さ せ よう と した‐ つ ま り, そ れま での軍 事力 に頼. られた. モ ン ゴ ル帝 国 と の交易 による 銀 の供 給 が. り き っ た モ ン ゴ ル帝 国 シス テ ム と はま っ たく 異 な. ス ト ッ プ した か ら である. しか し, モ ン ゴル 帝国. るものとして元帝国システムを形成しよう とした. によ っ て広 げら れた銀 経済 は, や がて, ヨーロ ッ. の である.. パによる大航海時代に受け継がれ,それによって,. こ の3 つ の力 を背 景 と して, フ ビ ライ は大都 に. ユーラシア世界を越え, 地球全体に広がっ た. モ ン ゴ ル帝 国 は, 個々 の歴 史 を作 り 出 して い た. す べ て の ネ ッ トワーク を結 合さ せ た. す な わち, オ ゴ デイ によ っ て 整備 さ れたカ ラ コ ルム を 中心 と. 中 国や 西 欧, イ ス ラ ーム な どを ひとつ にま と めあ. する陸上交通網と大都を結 びつけ, 陸上ネッ ト. げた. こ れ によ っ て, ユー ラ シア の歴 史 は統 一さ. ワ ーク を完 成 さ せ た. そ して, 海上 交通 は, 南 宋・. れた 全 体像 を結 ん だ. つ ま り, モ ン ゴ ル・ネ ッ ト. 東南ア ジアへの侵 略によっ て, 海洋への道を手に. ワークの完成は, 世界の一体化の起点であり, 世. 入れた. さらに主要な港湾都市を監督下におくこ. 界 史の 始ま り であ っ た と いえよう.. と によ っ て, モ ン ゴ ル帝 国シス テム 下 のも と で交. 易を行わせ, その交易による利益を獲得した. こ の海上交通を運河もしくは海路で大都に直結させ. の. 単. 元. モ ン ゴ ル・ ネ ッ トワーク の完 成 と13世 紀 世 界史. る こ と によ っ て, 物 資 が大都 に集ま っ た. こ のよう な 交易 ネ ッ ト ワ ーク で活躍 したの が,. 3 ( ) 理解目標. イ ス ラ ー ム 商 人 であ っ た.イ ス ラ ーム 商 人 は,ハ ー. ①モ ン ゴ ル帝 国 の成 立 によ っ て, そ れま でそ れ. ンやモン ゴル王族らの保護を受け, 彼らの望む商. ぞれの地域がそれぞれ独自の歴史を作っ ていたの. 品 を買 い付 ける と とも に, モ ン ゴ ル帝 国の税 制 ・. が, ハ ー ンを 中心 と した 強力 なモ ン ゴ ル帝 国シス. 貨幣制度の施行に大きな役割を果たした.さらに,. テム のも と, ユ ー ラ シ ア規模 での 全体像 を結 ぶ こ. このよう なモ ン ゴル 帝 国 とイ ス ラ ーム 商 人と の結. と が可 能 にな っ た. モ ン ゴ ル・ ネ ッ トワ ーク の 完. びつきによっ て, ユーラシア諸地域に銀経済が伝. 成 を背 景 に, ユ ー ラ シア 大 陸を 一つ の世 界 史と し. わ っ た と いえる.. て 把握 し, そ の シス テ ム の構 造 につ いて 考 える.. そ して フ ビライ は, この 陸と 海 のネ ッ トワ ーク. ② チ ン ギス ・ ハー ン か ら モ ンケ・ ハー ンま で. をハ ー ンを 中心 と して, 中 国風 の 行政制 度とモ ン. に, 中央 ユ ー ラ シ ア 世 界 をハ ー ンを 中心 とする 強. ゴルの側近政治を合体・融合させた統治システム. 力な軍事システムで統合することに成功 してい. で安 定的 に機 能 させ た. しか し, フ ビ ライ 以 後,. た. ま た 未完成 な が らも 統治 シス テ ム ・ 交 通 シス. ハーンの権力が弱体化し, 反対に側近であるケシ. テ ム な どの サ ブシス テム も 機 能 し始 め, 首都 カ ラ. ク 長の力 が 強く なる につ れ て, この 統 治 シス テ ム. コ ルム を 中心 に, 諸民 族 がゆる や か に結 びつ け ら. の力 の バ ラ ンス が崩 れて い き, 機能 しなく な っ て. れた と いう こ と を 理解 する.. 57.
(13) . . 中島 陽子・安藤. 豊. ③フビライの時代に, モンゴルの軍事力のみで. チンギス・ ・ ‐ 千戸制とケ ハーンの綾 シク制を施行 治 してハーンを 中心に中央 ユーラシアの 雑多な民族を 「モンゴル」 という‐ 一つの 集団に再編成 した.. なく, 中 国の 経 済力, イ ス ラ ーム の 商業力 を融 合 さ せ, 軍事 シス テ ム ・ 経済 シス テ ム ・ 商業 シス テ. ムを基幹とする元帝国システムを形成したことを 理解する. ④ フ ビ ライ の 時代 に, モ ン ゴ ル・ ネ ッ トワ ーク. が完成し, 大都を中心に陸上・海上・運河のネッ トワーク が広 がり, 人 と物 の 交流 がこ れま でにな い ほ ど盛 か んに な っ た こ と を理 解 する.. ⑤ハーンの相続問題や有力部族集団の勃興など に よ っ て ハ ー ン が 弱 体 化 した こ と な ど, モ ン ゴ. ハーンや有力部族集団を中心とするモンゴル帝国. 帝 国. にどんな影響を与えたかを考える.. ク. どのような役割を持っ たか考え, その後の世界史. ー. ⑥モ ン ゴル ・ネ ッ トワーク の完成 が, 世 界 史上. ワ. システムの構造上の問題点について考える.. ト. ル・ ネ ッ ト ワ ー ク の 崩 壊 の 要 因 に つ い て 考 え,. モンゴル帯 国誕生直前 の人々と世 界の様子. 都 市 と 国 家 の 形. 央. ・遊牧民‐オ アシス指十市 民・定住民が 結抗. ・ケレイト . ナイマン. 夕 タールな ど 様々な部族が 抗争を繰り返 していた. そ のため陸上交 髪 ソネットワー クカや衰退し ▲ た‐. 中. 玉 ー l. ・遊が金に滅 ぼされ. 亡命 した王族が中 リ モアジアに西 避を建国し た. ・北部を金 . ー館部を南宋が 治めた. ・金は . 中央 ユーラシアに 大きな国家を 作らせないた めに, 諸族の 抗争に介入し た.. イスラーム. 周辺諸地域. 了ツパース朝時 代( 7 ) 5 0~1 2 5 8 , は. イスラーム イスラーム商業 に対するト字軍 ネットワークが が始まっ てい 発達し . インド た‐ 洋沿岸地域. 北 ・H本では. 鎌 方ユーラシア T幕府が開か . f ビザンツ帝国, れ. まもなく北 地中海沿岸部 . 条執権政治に移 サハラ前縁の二 行していた. ジエール川流域 ‐アッパース鴨 まで広がってい 時代に . イス た. ラーム商業ネッ また. アッバ トワークと, ース朝は.7 5 1 ヴォルガ用など 年. タラス河畔 ロシアの諸河川 の戦いで唐に勝 を経由してバル 利し. これを ト海に至るロシ きっかけに. 陸 ア交易ネット と交易ネッ ト ワークとが連結 ワークにイス した.ここから. ラーム商人が参 鞘や.リス.ピー パーな どの毛 入した‐ ・イスラーム商 皮.劇 Rや矢 .棒 人は陸上交通 の樹皮,毛皮前L ネットワークの にかわ. 班用. 安定化を図るた 蜂蜜, スラブ人 めに. 中央ユー 奴隷などが ,イ ラシアの統合を スラーム因にも たらされた. 望んでいた. ・トルコ化が辿 み, セルジユー ク朝が成立して いた.. トワークの崩壊. 成 58. 中. オゴデイ・ ・金を征服し 美人(女真・ .i 読 契丹・高麗人を含む ハーンの煮 う をモン 治 ゴルの戸籍に編入した. ・ ・中国風の行政制度を導入し l て, 中 r省を設けた. . 」 ・カラコルムを建設し . 統治 システムの機関をそこに集中 させた. .駅伝制を施行し . カラコル ムを中心に交通ネットワーク を広げた. ・課税制度を捺価し .遊牧民. 定住民別に税制を設けた.. ・イスラーム商 ・第4回十字軍 人がチンギス・ ( 1 2 0 2~1 2 0 4 ) [ 」 ハーンの利秀把 業を担うように なる. ・マムルーク朝 が成立した‐. ・イスラーム圏 の地方統治を任 されるように なった. ・モンゴル王族 の保護を受け. 高利貸や商品を 買い付けた.. ・ローマ法王や フランス王がモ ンゴル各国に使 者を送った. ‐ポーランド・ ハ ン ガリー・ オーストリアが モンゴル軍の侵 入を受けた‐. ‐新たな領土の拡大を=指し . イスラームの商 ハーンの続 業ネットワークを完キ も ご掌握した(イル・ハー 治 ン園の成立) - に 1シ . これによって. モンゴル帯1 ステムにイスラームの商業力を統合する素地が できた. ・高麗を完なに服属させた‐ ー ・アムノ !・ピシュパリク・ヒタイに総督府をお き, 地方統治の拠点とする.. ‐キプチャク・ ハーン国が成立 し . ロシアの諸 侠が服属した.. フビライ・ ・イスラームの商業力と中国の経済力を利用…・モンテ・コル ハーンの続 し , モンゴル帝国システムの強化を図った. :ヴィノを派遣 1 』 ・中, 治 }省・枢密院・御史台をつくり. …し F省.尚, . 大都にカト その‐ 一 二にケシクの代表など有力部族集団の長をキリック教会を 参加させるi 軸前会議をおいて, 遊牧民の制度とげ去った. 中国制度を融合させた. …‐金などの細工 ・地方には行省をおいて. 中央の命令を行き渡;師が大都に焔聡 らせた. :された‐ ・塩課と商税を大部分とする課税制度と銀と父…・マルコ.ポー 換できる紙幣制度を整えた. イスラーム商人の:ロなど商人が往 活動によって. ユーラシア世界に銀経済の概念…来した‐ が広がった‐ ・新たな首部として大都を建設し も ≠: t・す . 陸ー 1 二・運河のネットワークを大都に連結させた… (ネットワークセンターの戒‐ 章 ) . ・交通ネットワークの整備によって, 人と物. : 文化や科学技術の交流がさかんになった. ・港湾都市には.交易を担当する部署r b縞司); i をおき, 交易による利益を掌握した.. ( 4 ) 13世紀世界史の教育内容構成 」 q 単元 教育内容. ・西夏を滅ぼ し . 金と接触 する. ・道教の長春 真人がチンギ ス・ノ 、ーンの 招暇に応じ , 中国からサマ ルカンドまで 旅をした.. モンゴル帯 .ハーンのノ J ー dの崩壊 の弱体化. 有 1 ; 力部族集団の 横行. 地方の 軍閥の勃興. 自然災害. 疫 病の蔓延 鎖さ 犯病含む)な ど様々な因 ‐ 子 によって, モ ンゴル帝国シ ステムが機能 しなく なっ た. ・明 雄に破 れ. モンゴル 本土に後退し た‐. ・r l連教徒の 乱がさかんに なった‐ ・米元球が呪 を建[ ‐ 嚇し .モ ンゴル軍を破 り. 中国をF 中に入れた. .明はモンゴ lシス ルの} o l l テムや地方続 治制度を導入 し. 中国を治 めた.. ・1 3 4 8年. エジ プト ブ , シリアメ 面で黒死病が大 流行し. 人11が 激減した. ・各ハーン国が 衰退し . トルコ 系などの諸部族 が乱立する状態 になった. ‐ティムールイ 音 国が一時. 詔部 族の乱立を治め るが. すぐに後 退. インドへ逃 れてムガル帝国 を作った. ・トルコ系のオ スマン朝が勃興 した.. ・黒死病が広 まった. ・銀の貨幣収縮 が起こった. ‐ロシア帝国が 拡大を始めた. ・モ ン ゴ ル. ネットワークに よって銀経済が 広まり. それが 後の大航海時代 につながった..
(14) . . 「ネットワーク論」 による1 3世紀世界史教育内容の再構成. 6) 単 F P 単元. 主なを習 内容項目. 元. 構. 成. 都 市 と 国 家 の 形 成. ・プラノ.カルピニ, ルブ ルック, モンテ・コルヴイ ノなどの宗教者. マルコ・ ボーロやイスラームの商 人, イブン・パトゥータな どの旅行者. ・商人はハーンの保護に よって. 大きな商業的利益 を得ることができる‐ ・各国の使節団は. モンゴ ル帝国と友好的な関係を結 ぶことによって. 他国より も政治的に優位な立場にな ろうとした‐ ‐宗教者は, 宗教の伝道湖 という顔と. 各国の使節団 の顔という2面性を持ち. ハーンやモンゴル王族の信 仰を得ることで. 宗教的保 護と政治的利益を得ようと していた‐ ・中国・東南アジア産の陶 磁器,絹織物,香料,生薬, ペルシア湾‐マラバール座 の矧板. 真珠, 宝f i , 西ア ジア産のガラス. 毛織物, 目本産の銀や刀剣がモンゴ ル帝国の諸都市で取り引き された‐ ・技術交流が行われた‐ 特 に青磁は, 中国の伝統技術 である磁器生産技術と,イ ランのコバルト顔料を用い て絵付けする技術が結合し て生まれたものだった. ・天文学や数学の分野の交 流も行われた. 特に天文学 では . 中国とイランの交流 によって. 発達し. 授時層 が生まれた. ・それまで互いに争い. ば らばらだったユーラシア世 界がひとつに結ばれ. それ によって人と物の交流がさ かんになった. ‐陸上・海上‐運河のネッ トワークが広がり. 安全な 移動が可能になった. ‐文化交流によって. 新し い科学技術が生まれた.. ・人々の交流がさ かんになったこと で. どんな物が移 動したか.. ク 帝 国 ‐モンゴル・ネッ トワークの完成 は, 何をもたらL たといえるか-. ・モンケ・ハーン は. モンゴル帝国 システムをどのよ うに整備したか‐. ・モンケ・ハーン までの歴代のハー ンが構築したモン ゴル帝国システム はどんなものだっ たといえるか.. 国. ・モンゴル帝国 ‐どんな人々が, ネットワー の領域 モンゴル帝国の郡 クの完成 ・人と物の交流 市を訪れたか. レ. ・モ ン ゴノ ネットワークの 完成の意義 ‐人々は, どんな 目的があってモン ゴル帝国の都市を 目指したか.. ・オゴデイ・ハー ンは, チンギス・ ハーンが築いた帝 国システムをどの ように発展させた か‐. 帝. ・遊牧民国家やオアシス都 市国家など . 性質の異なる 1し 様々な国家が乱 ・ , 政情 . がイ安定だった.そのため, 隣」 ・交易ネットワークの安 定化を望も テ帝人を中′”こ . それらの諸国家の統合が望 まれていた.. ク. モンゴル市 中央ユーラシア ・モンゴル帝国庭 生直前の中央ユー 国誕生の前 世界の政情 史 ラシア世界は. ど んな状態だった か.. ー. ー. ・3者の生活手段やそれぞ れの国家の性質の違い. ・3者が捨抗して, 中央 ユーラシアの歴史を形成し ていた‐. 人々の様子 遊牧民・オアシ ス都市民‐農耕 民それぞれの生 活の様子と3者 の関係. ワ. ワ. ‐モンゴル帝国が 誕生する中央ユー ラシア世界には, どんな人々が存在 したか. ‐彼らは. どのよ うな関係にあった か‐. 小単元. 初期モンゴ ・ハーンを中心 .ユーラシア世界 ル帝国シス とLた] 刊[シス の統合は 1 , どんな テム基幹とした システムに支えら モンゴル帝国シ れていたのか. ステムの形成 .チンギス.ハー ンは. 征服した遊 牧民をまとめるた めにどんな方法を 用いたか. ・それはどんな意 味をもっていた か・. ト. ト. 学習の課題. 学習者に獲得 させたい歴史認織. ・このシステムの 弱点はどこにある と考えるか.. フビライに よるモンゴ ル帝国シス テムの完成. 軍事システム・ 経済システム・ を機関とLた帯 国システムの形 成. ・システムの弱点 を補うために, フ ピライは何を利用 したか. ・フビライは. 中 国の制度を導入し て. どのような続 治システムを作っ たか.. ・フビライによっ てシステム化に組 み込まれたイス ラーム商人は. 何 を行ったか. ・フビライは .新 たに大都を建設 し ,首都としたが. その目的は何か.. ‐逃法に基づいた千戸制 ・1 度を用いた.. ・ハーンを中心に . 中央 ユーラシアの雑多な民族を 「モンゴル」という‐-つの 集団に再編成したことに意 味がある. ‐カラコルムを建設し ,統 治システムの基幹をそこに 集中させた‐ .駅伝制を施行し , カラコ ルムを中心にネットワーク を広げた. ・課税制度を整備し. 遊牧 民. 定住民別に税制を設け た. ‐新たな鎖仁の拡大を目指 し, イスラームの商業ネッ トワークを完全に掌握し た‐ これによって. モンゴ ル帝国システムにイスラー ムの商業力を統合する素地 ができた. ‐軍事力を土台に. 征服し た民族を「モンゴル」 とい う ‐つの集ー 打にシステム化 した. ・中国の制度を導入してい た・ ・カラコルムを中心に地方 を結びつけた. ‐イスラーム商人. キタイ 人など様々な民族が帝国シ ステムの創造に1 購わってい た. ・システム自体は単純なも のなので、 ハーンの権力や 強大な軍事力が弱体化すれ ば, 広大な領域を支えるこ とができなくなってしま ・イスラームの商業力と中 国の経済力を利用した‐. ‐中, 苧省‐尚書省・枢密 院・御史台をつくり, その 上にケシクの代表など有力 部族集醸の長を参加させる 御前会議を置いて. 遊牧民 の制度と中国制度を融合さ せた. ・塩課と商税を大部分とす る課税制度と銀と党換でき る紙幣制度を整えた‐ イス ラーム商人の活動によっ て, ユーラシア世界に銀経 済の概念が広がった‐ ‐遊牧民世界と中国定住民 世界を結びつけるため-. 59.
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