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イギリスにおける少数言語(ケルト語)と英語の二重表記 -ケルト系言語の使用状況と言語政策を中心に-

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(1)Title. イギリスにおける少数言語(ケルト語)と英語の二重表記 -ケルト系言語 の使用状況と言語政策を中心に-. Author(s). 手塚, 順孝. Citation. 北海道教育大学紀要. 人文科学・社会科学編, 57(2): 147-159. Issue Date. 2007-02. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/839. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 北海道教育大学紀要(人文科学・社会科学編)第57巻 第2号 JournalofHokkaidoUniversityofEducation(HumanitiesandSocialSciences)Vol.57,No.2. 平成19年2月 February,2007. イギリスにおける少数言語(ケルト語)と英語の二重表記 −ケルト系言語の使用状況と言語政策を中心に−. 手 塚 順 孝 北海道教育大学旭川枚英語教育研究室. DualLanguageSignsintheUnitedKingdom −CelticLanguagesandtheirLanguagePolicies−. TEZUKA Yoritaka. DepartmentofEnglishEducation,AsahikawaCampus,HokkaidoUniversityofEducation. 概 要 本研究では,2006年7月12日∼22日において行なった「ケルト系言語の使用状況と言語政策に関するフィー ルド調査1」の結果を報告すると共に,イギリスにおけるケルト語(アイルランド・ゲール語,スコットラ ンド・ゲール語,ウェールズ語)への言語政策の相違点について論じていくことを目的とする.フィールド 調査では主に英語との二重表記が使用されている場所や使用方法の調査を,日程の許す限り行なった.そし てその結果から,(1)アイルランドでの言語政策は公共機関に限定された政治色の強いものであること,(2)ス コットランドでは,まだ一部の地域にしか言語政策の影響が出ていないこと,(3)日常生活に生かすための言 語政策として一番有機的に機能しているのがウェールズでの言語政策であることが確認された.. 1 はじめに 本稿では,2006年7月12日∼22日において行なった「ケルト系言語の使用状況と言語政策に関するフィー ルド調査」の調査結果を中心に,イギリスにおける少数言語であるアイルランド・グール語(以下アイルラ ンド語),スコットランド・ゲール語(以トゲール語),ウェールズ語の使用状況と言語政策を分析していく 上で述べたケルト三語は,ゲルマン人が侵入してくる遥か前からグレートブリテン島に居住していたケルト. 1 本調査は,北海道教育大学旭川校英語教育講座の井筒勝信氏との共同研究である.今回のフィールド調査では,アイルラ ンドではゴールウェイ,ダブリン,スコットランドではインバーネス,グラスゴー,スカイ島,ウェールズではカーデイフ 周辺の地域を調査した.. 147.

(3) 手 塚 順 孝. 人たちによって使われていた言語である.しかし時代を追うごとに英語に駆逐され,今では絶滅に瀕した言 語(endangeredlanguages)として,ユネスコで報告されている. この絶滅に瀕した言語を救うため,色々な分野での言語復興活動が実戦されてきた.アイルランドでは民 族の独立,またはアイデンティティー確立のためアイルランド語を公用語として定めており,スコットラン ド,ウェールズでは議会などで使う言語としての地位が言語法などで保証されている.他にも教育への積極 的導入,法律による言語権の確立,英語との二重表記なども積極的に行なわれている.しかし残念ながら, 各々の地域での言語政策の実態報告や比較した研究はあまり行なわれていない.本箱では,特に「英語との 二重表記」に焦点を当て,二重表記の浸透率や傾向を観察する.そして,その政策が言語復興に何処まで役 に立っているのか,コミュニティーにどれだけ浸透しているのかを考慮し,各々の地域で行なわれている言 語政策の特徴づけを行なう.. 2 イギリスにおけるケルト語 ケルト語は元々インド=ヨーロッパ語族から分化した言語であり,上で挙げた三言語の他に,コーンウォー ル語(Cornish),マンクス語(Manx)などがケルト語に属する.ケルト語話者がイギリスに始めて入って きたのは紀元前2000年ごろといわれているが,彼らの使った言語の性質から主に二つのグループに分けるこ とが可能である.一つはウェールズ語,ブルトン語(Breton),コーンウォール語のグループである.この タイプのケルト語は,インド=ヨーロッパ語における/kw/の音を/p/の音で使っていたため,Pケルト語と 呼ばれている.一方,アイルランド語,ゲール語,マンクス語は,/p/の音の代わりに/q/の音を使ってい たためQケルト語と呼ばれている.例えば,“thepicts(ピクト人)’’を表す“*kWritenT’’はウェールズ語 では“Pryden’’となるが,“Pict−folk(ピクトの人々)’’を表す“*kWriteno−teuta’’は古アイルランド語で は“Cru(i)then−ttiath’’となる. これらのケルト語は,グレートブリテン島がイングランドによって支配された時代に,絶滅または絶滅の 危機にさらされてきた.アイルランド語の場合,17世紀中頃によるクロムウェルの支配によって,アイルラ ンド語の勢力が急速に衰えていった.さらに1801年にイングランドに併合され英語使用が禁止されてから, アイルランド語はさらに衰退し,19世紀初めに約50%いたアイルランド語話者が,19世紀中期になると23% に激減,さらに1911年には17.6%になるという状態であった.しかし一方で,19世紀噴から「アイルランド 語(ゲール語)復興運動」が起こり,1893年ダグラス・ハイドが中心となってゲール語同盟が結成されてか ら,グール語復興活動がさかんに行われるようになった.そして民族自立を求める動きが活発になり,1922 年アイルランド自由国(イギリス連邦自治領)として独立すると,政府はアイルランド語を第一公用語に, 英語を第二公用語に定めた.憲法には,アイルランド語について以下のように記されている. Article8[Language](1)TheIrishlanguageasthenational1anguageisthefirstofficiallanguage. (2)TheEnglishlanguageisrecognizedasasecondofEicial1anguage.. 2007年の1月1日より,ゲール語がEUのofEicialandworkinglanguageになることが2005年6月13日の議 会で決まった.現在では,およそ10%強の国民がアイルランド語話者であるといわれている2.. 2 アイルランドでも国勢調査は行なわれているのだが,その結果ヤデータの採集方法に関して研究者の間で賛否両論があり, 信憑性にかけるとされているため本稿では載せていない.. 148.

(4) イギリスにおける少数言語(ケルト語)と英語の二重表記. アイルランドと異なり,スコットランドやウェールズは,早い段階からイギリスに併合されていた.1536 年にウェールズがイングランドに併合されると,ウェールズ語が英語よりも劣った言語と見なされ,法廷で は英語使用が義務づけられた.さらに1870年の教育条例により,ウェールズ語使用を禁止する運動(Welsh Not)も起こり始める.同時期の産業革命の影響と相侯って,19世紀中盤からウェールズ語話者が急激に減 少し,その後20世紀に入っても減少傾向は止まらなかった. 表1:ウェールズ語話者の割合(1901年∼2001年) ウェールズ語話者(%) ウェールズ語話者(人口) 1911. 43.5. 977366. 1921. 37.1. 922092. 1931. 36.8. 909261. 1951. 28.9. 714686. 1961. 26. 656002. 1971. 20.8. 542425. 1981. 18.9. 5035493. 1991. 18.6. 508098. 2001. 20.5. 575640. しかし1980年辺りから横ばいになっており,最新の国勢調査の結果(2001年)では,話者が僅かながら増え たのも事実である.いくつかの理由が考えられるが,WelshMediumSchoolが盛んに開設されるようになっ てきた1970年代にウェールズ語で教育を受けてきた子供たちが,国勢調査の結果に反映され始めたことが大 きな要因としてあげることができる.話者の割合の変化を年代別に見ていくと,小,中学校生の話者増加が 顕著であることが分かる. 表2:ウェールズ語話者の割合の変化(年齢別)4 1921. 1931. 1951. 1961. 1971. 1981. 1991. 3−4. 26.7. 22.1. 14.5. 13.1. 11.3. 13.3. 16.1. 5− 9. 29.4. 26.6. 20.1. 16.8. 14.5. 17.8. 24.7. 10−14. 32.2. 30.4. 22.2. 19.5. 17.0. 18.5. 26.9. 15−24. 34.5. 33.4. 22.8. 20.8. 15.9. 14.9. 17.1. 25−44. 36.9. 37.4. 27.4. 23.2. 18.3. 15.5. 14.5. 45−64. 44.9. 44.1. 35.4. 32.6. 24.8. 20.7. 17.3. 65+. 51.9. 49.9. 40.7. 37.2. 31.0. 27.4. 22.6. 教育の分野だけではなく,法律の面でも,ウェールズ語を推進する動きが1990年台から盛んになった.1993 年に制定された「ウェールズ言語法」(WelshlanguageAct1993)では,ウェールズ語が英語と同じ公用語 として認定された. 3 この数字は研究者により異なる.Davies(1999,69)では5O352O人となっているが,PryceandWilliams(1988,17O) ヤAitchisonandCarter(2000b,98)の1981baseの数字,そしてCensusそのものでは503549人になっている. 」 AitchisonandCarter(2000a,91)を参照(網掛けは筆者による).. 149.

(5) 手 塚 順 孝. 第5条 2.上記第1項で言及される目的は,ウェールズにおいて英語とカムリ一語が公的業務の遂行と裁判の 執行に際して同等に扱われるという原則にのっとって,状況に適合しなおかつ無理なく実行可能な限 りにおいて,効力を与えるためのものである.. 『カムリ一言語法(1993年)』5. この法律のもと,1993年12月にはウェールズ語委員会(BwrddyrIaithGymraeg,英語でWelshLan− guageBoard)が設立され,今では50人以上のスタッフがウェールズ語復興のための活動を活発に行なっている. 一方,1707年に併合されたスコットランドでは,18世紀中盤にゲール語の使用が禁止された影響でゲール 語話者が減少し続けた.話者が減少したため書き言葉としてのゲール語も同時に廃れていっが.ゲール語 復興のため,今まで英語とのバイリンガル教育7などが行なわれてきたが,話者が増える兆候は,国勢調査 からは確認することができない. 表3:スコットランド・ゲール語話者の割合の変化(年齢別)0 ゲール語話者(%). ゲール語話者(人口). 1911. 4.3. 202398. 1921. 3.3. 158779. 1931. 2.8. 136135. 1951. 1.9. 95447. 1961. 1.6. 80978. 1971. 1.6. 84580. 1981. 1.6. 79297. 1991. 1.3. 65978. 2001. 1.2. 58652. 2001年の国勢調査では,ゲール語話者は58652人という結果が出ており,1991年の調査の結果(65978人)と 比べて12%減少している.BBC(英国放送協会)でゲール語番組が放送され,スコットランド議会がゲー ル語を公文書に使用することになったのは,つい最近(2005年)である.ウェールズに比べ,ゲール語保護 活動は数段遅れをとっている.. イギリスの中で英語が推進されていく歴史は,正にケルト語が衰退していく歴史でもあった.しかし上で 述べてきたように,今ではその衰退した言語の復興のため,それぞれの地域の社会事情を考慮しながら,試 行錯誤の試みが行なわれている.本稿では,今回のアイルランド,スコットランド,ウェールズにおける二 重表記に実態調査での報告を参考に,三つの少数言語を保持するための活動がどのように行なわれているの かを考察していく.. 5 渋谷(2005,92)を参照.. 6 MelchersandShaw(2OO3,61)参照. 7 スコットランドのバイT)ンガル教育については,MurrayandMorrison(1984)を参照. 8 中尾(2002)を基に作成.. 150.

(6) イギリスにおける少数言語(ケルト語)と英語の二重表記. 3 アイルランドにおける二重表記の現状:ダブリンとゴールウェイ 今回アイルランドでは,ゴールウェイ(Galway)とダブリン(Dubrin)の二箇所での調査を行なった. ダブリンはアイルランドの首都であり,人口もアイルランド全体の約八分の一(約50万人)である.一方ゴー ルウェイは,アイルランドで四番目に大きく(約18万人),ダブリンの約三分の一規模の都市である.この 二つの都市を選んだ理由は,言語復興のための二重表記において,アイルランド東部と西部,またアイルラ ンド語使用地域(グールタハト)である都市とそうでない都市に遠いがあるのかを確かめるためである.グー ルタハト(Gaeltacht)とは,日常的にアイルランド語が使われる場所として政府が定めた地域で,およそ85000 人が暮している. ウェールズでの調査でもあったことなのだが,都市部と農村部では少数言語の保存状況が異なる.都市部 は一般的にイングランドからの人口流入が多く,それに伴い英語が支配的な位置を占めるため,少数言語保 存が難しくなる傾向が強い.ダブリンはアイルランド東部に位置するだけでなく,アイルランド最大の都市 であるため,多くの観光客が訪れる.そのためダブリンでは英語がほとんどの地域で使われていることが予 想された.一方,ゴールウェイも大きな都市であり,最近では観光客も多く訪れる.しかしダブリンと比べ ると,西部海岸沿いに位置するのに加え,ゲールタハトにある都市である.これらの点から,今回の調査当 初は,ダブリンに比べ,ゲールタハトのゴールウェイでは,よりアイルランド語使用が推進されていること が予想された.. まずダブリンの傾向としてあげられるのが,アイルランド譜表記が,主に公共の機関などに限られている ことである.交通機関において,路面電車の中にある停留所を知らせる掲示板や,停留所にある駅名にアイ ルランド語を見つけることが可能である.他にもモールの中での表示では電話(英:telephones,アイル ランド語:. teileaf6in)9,案内(英:touristinformation,アイルランド語:oifigfailte)などの一部の標識,. 街中では郵便局(英:post,アイルランド語:OifiganPhoist),ダブリン国際空港では,壁にあった “WelcometoDublinAirport’’という表記の下にアイルランド語(“Failte caig aer Foirt Bhaile atha cliath”)が併記されていた.しかし街中を観察した結果,それ以外はほとんど英語での表示のみとなってい た.. 一方ゴールウェイの場合,ある程度の表記が確認された.例えば道路標識に限ったとしても,前方駐車場. ありという標識(アイルランド語:PairceailDioscaArAghaidh,英:DiscParkingZoneAhead),駐車 違反の車は移動することを告げる標識(アイルランド語:BardasnaGaillimhe,英:Illegallyparked vehicleswillberemoved),街中であることを告げるサイン(アイルランド語:CuarInmheanoch,英:. InnerCityRing)などの色々な二重表記を確認することが出来た.さらに,駐車禁止のサイン(アイルラ ンド語: ランド語:. Luan−DomhnachAggacham,英:Mon.−Sun.Ata11times),歩行者道路のサイン(アイル CoisitheAmhain,英:PedestrianZone),段差注意のサイン(アイルランド語:Rampai,英. :RampsAhead),シートベルトを締めるように告げるサイン(アイルランド語:DoChriosSabhala!,英. :YourSeatBelt!),波止場のサイン(アイルランド語:Dainsear!CeibheannaOscailte,英:Danger! OpenQuays),夜に自転車の電気をつけることを促すサイン(英:AIwaysuselightsatnight,アイルラ ンド語:. tTsaidsoilseIgc6naisanoiche)など,道路には数多くのアイルランド語が存在する.. 道路標識に限らず,他の場所でもアイルランド語を目にすることが出来る点がダブリンと異なる.例えば 町の中にあるゴミ箱には,一つの面に英語,別の面にアイルランド語(アイルランド語:Bruscar,英:. 9 括弧内では,表記上優先されている語の訳が先に善かれている.. 151.

(7) 手 塚 順 孝. Litter)で善かれている.また英語が先に善かれてはいるが,車のパーキングチケットを買う機械には,「取 り消し(英:Reject,アイルランド語:ArCea11)」,チケット購入(英:PressforTicket,アイルランド 語:Br也igc6irticeid)」,「おつりなし(英:NoChangeGiven,アイルランド語:NiThugtarSionseail)」, 「キャンセルボタン(英:PresstoCancel,アイルランド語:Br也ChunCeallh)」の一つ一つが二重表記 になっている.また大学にも二重表記が多かったのも特徴的である.例えば,「予約車(アイルランド語: Inairithe,英:Reserved)」,「有料駐車スペース(アイルランド語:P&D,英:i&T)」などが,道路 の路面に善かれている.他にも駐車方法を説明した看板も,全てアイルランド語と英語が併記されている.. ■. 【一 丁′ J rT ゾ ・−=r− I【. ℡ つ†−「. −. _. _、、. ′. ‥. 図1 ゴールウェイでのアイルランド語と英語の二重表記. これらはダブリン市内ではほとんど見られなかった傾向である.. 他にもダブリンからゴールウェイに向かうモーターウエイにおいても,行き先の表示(図2参照)と「バ スレーン(アイルランド語:Lana,英:bus)」を示す道路路面の表記にはアイルランド語を確認すること が出来た.しかしそれ以外の道路標識,例えば「この先工事中(majorroadworkahead)」,「この先横断 歩道あり(pedestriancrossingahead)」,「右折禁止(norightturn)」などの標識にはほとんどアイルラン ド語を確認することが出来なかった.. し﹂ ↓︰トト. 図2 ゴールウェイとダブリン間でのアイルランド語と英語の二重表記. 確かに二重表記されている数は限られているが,アイルランド語と英語が併記されている場合,アイルラン ド語が先に来ることがしばしばあった.例えば路面バスの中で,次に止まる停留所を電光掲示板で知らせて いたのだが,まずアイルランド語で紹介され,後に英語で紹介されていた.. 152.

(8) イギリスにおける少数言語(ケルト語)と英語の二重表記. l r ■. ∼. ノ〃 汐rトトト. _. 丁. ;=ニ ー ̄−=二. 図3 ダブリンの路面バスにおけるアイルランド語(左)と英語表記(右). ゝ、・・t一 二∵.t− 号. ノーー. 路面電車はその点を徹底して行なっており,他にも停留所にある駅名や,路面電車の中にある注意事項を述 べた表示のほとんどがアイルランド語を先に導入したものになっている.他にも,一部ではあるが,「路面 電車以外立ち入り禁止(アイルランド語:AchamhainTramanna,英:excepttrams)」,「両側確認(ア イルランド語:F昌achgachtreo,英:lookbothway)」など,一部の道路標識にもアイルランド語を上に 書いたアイルランド語・英語の併記を確認することができる.ウェールズの報告のところでも述べるが,ど ちらが優先されているかによって,その地域がどの程度言語復興に興味があるのかを計る指針となる.アイ ルランド語を第一言語とする意思は確認することができる. ダブリン,ゴールウェイ両都市でアイルランド語が優先された併記方法がとられていたことを考慮すると,. 二重表記を通して言語維持を腐心した言語復興の政策がかなり推進されているように思える.しかし実際の 生活の中ではほとんど使う必要性が見られないため,広範囲での使用を確認することが出来なかった.特に ゲールタハトのエリアでは,日常的にアイルランド語が使われていると言われているが,ゴールウェイ市内 でアイルランド語を聞くことはまずなかった.Williams(1999)では,アイルランド語に関して知ってい る人の数は増えているが,コミュニティーの中での使用はむしろ減っていると述べている.. これまでの歴史の中で,アイルランド語を推進する大きな要因となったのは,イングランドからの政治的 独立である.もちろん民族独立のためのシンボルとして,アイルランド語復興がなされてきたはずである. しかし,もし経済的に不利な立場に立たされてしまう場合,現実路線として,英語を排除できないことも事 実である.民族の自立としてのアイルランド語復興は必要不可欠である.しかし同時に,アイルランド語だ けを推し進めても,列強との経済的な競争に勝つことが出来ないのも事実である.日常生活への浸透があま り推進されていないのは,この様な矛盾を抱えたまま言語保持,復興の政策を行なっているからではないだ ろうか.. 4 スコットランドにおける二重表記の現状:道路標識と大学訪問の報告を中心に 今回のスコットランドでは,スカイ島を含めたスコットランド北西部とグラスゴーにおける二重表記の現 状を調査した.またSabhalM6rOstaig大学を訪問し,そこで使われている言語の調査も行なった.まず二 重表記の状況についてであるが,アイルランドともっとも違う点は,二重表記が存在する地域とそうでない 地域の差がはっきり分かれている点である.調査旅行では,まずネス湖からスカイ鳥に向かったのだが,そ の途中で,A82号線からA887号線の分岐点に入った瞬間から,ゲール語と英語の併記が始まっていた.. 153.

(9) 手 塚 順 孝. 図4 A867とA87におけるゲール語と英語の二重表記. 上にゲール語があることは,アイルランドと同じである.異なる点は,ゲール語の方は黄色や緑の文字で書 かれている点である.アイルランドと違い,英語と別のものという意識をかなり強く持たせるものであった. また看板も比較的新しいものである.最近の政策で二重表記を推進してきた結果であることが分かる.. このようにゲール語が併記されている地域はきわめて限られている.スコットランドの他の都市であるグ ラスゴー,エディンバラ,インバーネスなどではほとんどゲール語の表記は存在していない.今回の調査で は全て明らかにすることはできなかったが,少なくとも北部では,A82号線を境にして,英語のみの表記と, ゲール語・英語の併記にに分かれることが確認された.. 図5 ゲール語・英語の二重表記と英語のみの標識の分布. しかしA87号線に沿ってスカイ島に入ると,ゲール語と英語の二重表記が増えてくる.さらに道路標識以外 の二重表記も観察され始める.例えば町に入るときの標識,または工事のために右に寄れという電光掲示板 にもゲール語が善かれていた.さらにスカイ島の道を走り続けると,ゲール語のみの標識を見つけることも できる(図6の右).. 154.

(10) イギリスにおける少数言語(ケルト語)と英語の二重表記. 図6 スカイ島におけるゲール語と英語の二重表記. もともと二重表記を広めようとする運動は,最近まで起こらなかった.イアン・ノーブル卿(Sir.ⅠainNoble). の働きかけによってスカイ島内で試験的に導入され,その後本格的に導入されることになった10のは1980年 代である.その後,スカイ島以外のハイランド地方でも二重表記の標識の導入が推進されている.しかし, 今回の調査で明らかになったことは,現時点では十分に導入されたとは言い難いという点である. 今回訪問した大学であるSabhalM6rOstaigは,ゲール語を使って教科を教える大学である.1973年に設 立され,ビジネスや情報技術などのフルタイムのコースが最初に設定されたのが1983年である.今では. GaelicLanguage&CultureやGaelic&NorthAtlanticStudies,Gaelic&MediaStudies,GaelicandTradi− tionalMusiccourseなどの学士号を取得することが出来る.またゲール語初学者も学べるような遠距離学 習(DistanceLearning)であるAnCdrsaInntrigidh,同じ遠距離学習という形で大学院も設置されている. 授業がゲール語で行なわれているので,当然ゲール語で善かれた張り紙が多い.ゲール語でしか. 善かれて. いない表記や張り紙が大変多かった.. 図7 SabhalM6rOstaigにおけるゲール語の表記. 10 詳しい内容についてはHutchinson(2005)参照.. 155.

(11) 手 塚 順 孝. しかしこのような表記はほとんどが大学独自のものであり,スコットランド全土で使われているとは思い 難い.消火器(英:FireExtinguisher,ゲール語:InnealSmえ1aidh)を現す表記まで二重表記になってい る反面,イギリス全土でよく見られる火災時の諸注意を説明したもの(図8の右)は英語のみの表記のまま であった.. 図8 SabhalM6rOstaigにおけるゲール語と英語の二重表記(2) 大学内で多くの二重表記やゲール語のみの表記を見ることが出来たが,これらはすべて大学の構内でしか見ら れないものであり,スコットランド全体で精力的に行なわれた結果のものではないことを伺わせるものである. SabhalM6rOstaigは,スコットランドから多くの資金援助を得ているといわれている.しかしその努力 に答えるだけの体制がまだ十分に整っていない可能性がある.現在ゲール語話者のほとんどが北部に偏って. いるといわれている.2005年「ゲール語法」(GaelicLanguage(Scotland)Act2005)が制定され,2006年 2月13日にはゲール語委員会(B6rdnaGえidhlig)が設立された.この委員会の目的は,(1)ゲール語を使用 し,理解することが出来る人の数を増やす,(2)ゲール語使用や理解を促す,(3)ゲール語や文化の普及を促進 することである.スコットランドもゲール語復興を支援しているが,その文化を含め,まだその復興は始まっ たばかりである.今回の調査では,まだアイルランドやウェールズでの言語復興に比べ,後れを取っている ことが確認された.. 5 ウェールズにおける二重表記の現状:優先言語の違いについて 最後にウェールズでの調査結果について報告していく.ウェールズでは多くの英語とウェールズ語の二重 表記があり,アイルランドやスコットランドのものに比べると,質,量ともに,多彩なものになっている. いくつかの例を下に示す11.. 11これらの写真は以前ウェールズでの調査で採取したものである.. 156.

(12) イギリスにおける少数言語(ケルト語)と英語の二重表記. アイルランドでは一部の機関(交通機関)や施設(大学構内)にアイルランド譜表記が限られていた.しか しウェールズ語では,交通機関や標識はもちろんのこと,上で見られるように,一般人の家の前や工事現場 の看板にまでウェールズ語と英語の両方が善かれていることがある.また図9の右の写真にもあるように, 地方によっては,歩行者信号のボタンにもウェールズ語と英語が併記されている.生活に密着しているエリ アにまで深くウェールズ語が浸透していることが分かる.他にも電話帳や,店の「開店/閉店」を表す看板 にいたるまで,ウェールズ語と英語の二重表記が多く存在する.. 日常生活にまで浸透しているという点でアイルランドとは異なるが,さらに二重表記が長く行なわれてき た活動であるという点でスコットランドと異なる.以下の「(終日)駐車禁止」を表す標識も,dimogwbl (英語でnotatallまたはnotdonothingの意味)とarunrhywadeg(英語でatanytimeの意味)とい う風に,同じ駐車禁止という標識なのに,異なったウェールズ語が記載されている.もともとはDimo gwblという表記が一般的だったが,この表現自体は英語に直訳してもatanytimeという表現にはならな い.そこでatanytimeを直訳したArunrhywadegも使われるようになったようである.. ■ら. −、‥ ・・二∴. ■ −−,−−、‥. 図10 ウェールズにおけるウェールズ語と英語の二重表記(駐車禁止の標識). 表記の多さだけでなく,一つの表記にも歴史があり,スコットランドの標識に比べると古いものも多い.試 行錯誤を重ね,継続的に二重表記を普及させてきた歴史が伺われる.. アイルランドと比べ量が多く,スコットランドと比べ質の面で充実しているというのがウェールズ譜表記 の特徴である.しかしウェールズが一番すぐれていると単純に結論を出していいかというとそうではない.. 変化に富んでいる反面,一貫した表記法になっていないことがある.例えば同じウェールズ語と英語の併記 であっても,ウェールズ語が上に来る場合と,英語が上に来る場合がある(図10の写真の右二つがそれにあ たる).なぜこの様な違いが有るのか.これは歴史的な違いではなく,むしろ地域差によるものである.一 体どの地点でどのような表記法が分布しているのか.今回の調査では,表記法の違いについての調査を行なった.. 調査はカーデイフからスタートした.カーデイフを出発し,A470号線に沿って行く段階では,また英語 が上に善かれている.しかしA465号線に交わる地点より,ウェールズ語が上に善かれた標識も見え始める(図 11の右側).. ◆ヽ  ̄. 1_. J.  ̄. ll▼:11. −. ↓. ■暮. ,■ご. 一一 ー. 図‖ A465におけるウェールズ語と英語の二重表記. 157.

(13) 手 塚 順 孝. A465号線で曲がり,そのまま西に進路をとったが,それ以降は全てウェールズ語の表記が上にかかれるケー スがほとんどであった.. 逆にモーターウエイのM4をカーデイフに向かっていくと,Swanseaの手前まではウェールズ語が上に 来ている(図12の左)のに対し,Swanseaに入ったところから,急に英語が上に来る併記法に変わってい た(図12の右).. 図12 スウォンジーに入る前の表記(左)とスウォンジーに入った直後の表記(右). この違いはきわめてはっきりとしていた.ウェールズ語優先か英語優先かを地図上に示すと以下のようにな る.. 図13 ウェールズ語・英語の二重表記と英語・ウェールズ語の二重表記の境界線. ウェールズ語委員会がどのようにして設立されたかは上で触れてきたが,それが言語法に基づいて設立され たこと,ケルト語であるウェールズ語の保護と復興を行なう機関であることはゲール語復興を目指すゲール 語委員会とよく似ている.しかし目的が若干異なる.ゲール語委員会が言語だけでなく文化にも貢献してい くことを目的として挙げていたのに対し,ウェールズ語委員会は「ウェールズ語の使用を促進する機能を果 たすこと(topromoteandfacilitatetheuseoftheWelshlanguage)」,つまり「人生において,全ての人. 158.

(14) イギリスにおける少数言語(ケルト語)と英語の二重表記. がウェールズ語をより簡単に使えるようにすること(tomakeiteasierforeveryonetouseWelshinall walksoflife.)が主目的となっている.委員会がウェールズ語を日常生活に生かすことを第一に活動を行なっ ているかがわかる.ウェールズの言語復興は,ウェールズ語を日常生活に生かすことを主目的としているた め,それが表記順の違いとして現れたのではないだろうか.. 6 さいごに 今回の調査では,アイルランド語,ゲール語,ウェールズ語の標識での言語の扱われ方を中. 心に行なって. きた.二重表記の仕方を観察することによって,それぞれに地域差があり,その地域でどれだけウェールズ 語/ゲール語を重要視しているのかということにもつながる問題であることがわかった.アイルランドでは より政治的側面が強く,中央からの復興が積極的である反面,日常生活での使用についてはそれほど推進さ れていない言語政策であった.スコットランドでは,より文化的な側面が強く,まだ言語的な側面が強調さ れていない段階であった.ウェールズでは,より日常生活に焦点を当てる言語復興がなされていることに特 徴があったが,地域によっての違いも確認することが出来た.この様な調査が有効である反面,自分達でそ の地域を訪れ,車で道を見て回ったり歩き回りながら,表記法の違いを記録していくしか方法が無いため, とても時間のかかる調査となる.今後,より広範囲の調査が求められる.. 参考文献. Aitchison,JohnW.andCarter,Harold.2000a.‘‘TheWelshLanguage1921−1991:AGeolinguisticPerspective”inGeraintH. JenkinsandMariA.Williams(eds.)‘Let’sDoOurBestjbrtheAncientTongue.’Cardiff:UniversityofWalesPress, 29−108.. Aitchison,JohnW.andCarter,Harold.2000b.Langu(聯,Econo∽ツandSocie砂.CardifE:UniversityofWalesPress. Davies,Janet.1999.The肋LghLanguage.CardifE:UniversityofWalesPress. Hutchinson,Roger.2005.A侮ing腸on:The腸dern GaelicRevival.Edinburgh:MainstreamPublishing. Melchers,Gunnel.andPhilipShaw.2003.WbrldEngliihes:anlhtroduction.London:Arnold. Murray,John.andCatherineMorrison.1984.BilingualPrimaり′Educationinthe WbsiernhlesScotland.1hverness:Acair Ltd... Pryce,W.T.R.andWillams,ColinH.1988.‘‘SourcesandMethodsintheStudyofLanguageAreas:aCaseStudyofWales” inColinH.Williams(ed.)Langu(聯inGeogYt4)hicConiextClevedon:MultilingualMatter,167−237. Williams,ColinH.1999.‘‘TheCelticWorld”inJashuaA.Fishman(eds.)Hbndboohq/Langu(聯andEthnicldenti&.New York:0ⅩfordUniversityPress,267−285. 渋谷謙次郎.2005.『欧州諸国の言語法 欧州競合と多言語主義』.東京:三元社. 中尾正史.2002.少数民族言語は生き残れるか?:多言語国家イギリスの言語政策と言語教育.『世界の言語政策一多言語社 会と日本』.pp.189−216.東京:くろしお出版.. (旭川校助教授). 159.

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参照

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