Posted at the Institutional Resources for Unique Collection and Academic Archives at Tokyo Dental College, Available from http://ir.tdc.ac.jp/
Title
水道橋病院の取り組み
Author(s)
柿澤, 卓
Journal
歯科学報, 109(2): 144-147
URL
http://hdl.handle.net/10130/1861
はじめに 平成22年,本学は120周年を迎えようとしている が,それに先駆けて平成19年には市川総合病院内に 口腔がんセンターを開設した。さらに本年より文部 科学省「がんプロフェッショナル養成プラン」に参 画し,口腔がん専門医養成コースを大学院に設置 し,歯科大学として積極的にがん医療に取り組もう としている。しかしながら,歯科特に口腔外科を取 り巻く口腔がん医療の実情はなかなか厳しいものが あり,歯科の専門領域をかけた取り組みが必要なと きである。 水道橋病院では,施設としての厳しい制約から口 腔がん治療に積極的に取り組むことが出来なかった と言っても過言ではない。しかし,冒頭に述べたこ とを踏まえた場合,大学機能の水道橋移転に関する 未知な部分は別問題として,現状の施設や人員で, 今後どのように口腔がん医療に取り組み発展させて いくか,また水道橋病院の存在意義が何処にあるの かを再考しなければならない時期にきている。 ⑴ 歴史的流れと口腔がん治療に対する取り組み 私が入局した昭和44年当時は,本学の口腔がん治 療は口腔外科長尾喜景教授と放射線科三崎釥郎教授 を中心に,手術療法と放射線療法が主に行われてい た。私の記憶では当時来院した口腔がん(口腔悪性 腫瘍と同義)は,ステージの進んだものが多く,最 新の放射線照射装置を持たなかった当時の歯科単科 大学では対応が困難であったためか,両教授が退任 された後は余り大きな症例は扱っていなかったよう に記憶する。紹介された症例の多くは,関連する国 立第二病院,癌研,国立がんセンターで対処してい たが,研究面では4NQO による発ガン実験と抗ガ ン剤研究などを行っていた。その後,野間弘康教授 (当時助教授)が,西ドイツ・マインツ大顎顔面外科 Scheunemann 教授の下への留学を終えて帰国さ れた昭和50年頃より,次第に悪性腫瘍手術を手掛け るようになった。そのような経緯で,大学が千葉に 移転する昭和57年までは,野間教授を中心にかなり の数の悪性腫瘍手術を行っていた。技術的にもレベ ルが高く進展症例はもとより,それに伴う頸部郭清 手術,顎骨再建,あるいは DP 皮弁や MC 皮弁等を 用いた再建手術など,当時としては最先端を自負し ていた。特に,手技的に難しい機能的頸部郭清手術 を可能な限り適用し,機能の温存を図る術式とその 治癒率は他施設の追随を許さないものであった。そ して,このような状態はそのまま千葉病院へ移行 し,発展を遂げて現在の千葉病院,さらに口腔がん センター設立の礎になった訳である。 しかしながら,千葉移転に伴って病院は水道橋病 院として残り,口腔外科は僅か正規スタッフ5名に 削減された。歯科麻酔科が置かれなかったために全 身麻酔手術はできず,入院も月から木(金)曜までに 制限され,腸骨 PCBM 移植すら自分らで鎮静しな がら,工夫して局所麻酔下で行わざるを得ない状況 であった。このような状態で,悪性腫瘍手術ができ る訳もなく,どんなに小さなものでも悪性腫瘍は患 者を説得して千葉病院へ転送し,野間教授の協力を 得て手術せざるを得ない非常に苦しい状況にあっ た。その後,平成2年,TDC ビル建設に伴い水道 橋病院は新病院として再出発し,小規模ながらも手 術室,病棟,その他の関連設備もほぼ完備して,歯
2.臨床の観点から
4)水道橋病院の取り組み
柿 澤
卓
水道橋病院長 144 ― 42 ―科麻酔科も設置され全身麻酔下の手術が出来るよう になった。しかし,この空白の10年間は大きく,ス タッフ数・スタッフの技量・病院機能システム等ど れをとっても,全面的に高次・高度な悪性腫瘍手術 を手掛ける状態ではなかった。したがって,悪性腫 瘍に関しては,しばらくは前述のような状態が継続 された。しかし,千葉への患者転送の困難さや術後 のフォロー体制の問題等もあって,低いステージの 局所疾患と取れるグレードの症例は,水道橋病院で 処置するような体制に次第に移行していった。ま た,転移症例あるいは放射線照射や化学療法を要す る症例は,国立第二病院(現独立法人東京医療セン ター)や都立駒込病院とタイアップして症例を共有 して対処するようになり,水道橋病院では,このよ うな口腔悪性腫瘍に対する体制で現在に至ってい る。 ⑵ 口腔がんに対する現状の取り組み 水道橋病院は,大学の千葉移転に伴って紹介患者 数・新患数が激減したが,紹介患者に頼らざるを得 ない口腔外科は,当時まだ病診連携という言葉はな かったものの,病診連携を重視して年始の挨拶状と 暑中見舞いを,同窓をはじめとする紹介医に送付し て紹介患者の増加に努めてきた。また,平成12年か ら「水道橋病院口腔外科症例報告会(現水道橋病院 症例報告会)」を毎年血脇ホールで開催し,毎回200 名を超す参加者を得ている。また,同窓会東京支部 連合会の協力を得て,歯科医療情報誌「水道橋畔 発」を首都圏同窓と紹介医に送付している。これら の情報媒体を通じて,口腔粘膜疾患と悪性腫瘍の鑑 別や悪性腫瘍の早期発見について啓蒙活動をすると 共に,紹介患者を増やす努力をしている。 このような地道な努力によって,昭和58年には 4,200人まで落ち込んだ口腔外科新患数も,最近は 7,000人(紹介率:約80%)以上に増加している。毎 年悪性腫瘍患者は,ほぼ40名前後で推移しているの が最近の傾向である。悪性腫瘍患者や悪性を疑わせ る患者には,さまざまなグレードと様相を呈するも のがあり,それらを適切に診断していかなければな らない。悪性が明らかなものはともかく,通常は ヨード・トルイジンブルー染色や細胞診によるスク リーニング,画像診断,必要に応じて病理診断を施 行し処置方針を決定していくのは他施設と同様であ る。 口腔悪性腫瘍症例年間40例は決して少ない症例数 ではない。しかし,前述したような施設やスタッフ 等の条件から,悪性腫瘍の治療は当院では残念なが らかなり限定せざるを得ない状況にある。そのよう な訳で,現状で扱っている悪性腫瘍症例は,転移の ない T1N0あるいは T2N0の早期癌に対する悪 性腫瘍切除手術に限られている。しかし,全例に対 して,病理学講座と臨床検査学研究室の協力を得 て,術中迅速診断を施行し切除範囲の完全を期すこ とを心掛けている。これ以上のグレードの症例に対 しては,主に独立行政法人東京医療センター口腔外 科および都立駒込病院口腔外科と人的交流を行いな がら,放射線療法や化学療法を含めた高次のがん治 療を依頼している。最近では市川総合病院内に開設 された口腔がんセンターにも積極的に処置依頼を心 掛けている。 このような状況で,水道橋病院は悪性腫瘍に対し て満足のいく体制が取れないのが現状であるが,悪 性腫瘍の患者の生命に対する重大さを考えるなら ば,大学病院というだけで背伸びした中途半端な対 応は,反って患者の不幸を招く医療道徳に反するも のであり,現状のような状態に置かれている当院で は,これで満足すべきであると思っている。先にも 述べたように,水道橋病院の大きな使命は首都圏同 窓を中心とした紹介医のバックボーンとなるべき病 診連携である。このような観点から見れば,歯科医 院に受診した悪性腫瘍やこれに類似した疾患の受け 皿となる施設としての使命を果たせるならば,充分 であると考えている。本学の中枢機能が存在しない 首都圏において,このような本学の受け皿がなけれ ば,かかる症例は耳鼻咽喉科や他大学へ流れてしま い,歯科の守備領域の危機と同窓に対する水道橋病 院の存在意義が極めて弱いものになる可能性が大き い。 以上のようなことから,研究面では初期口腔がん と類似病変の鑑別診断に焦点を絞り,重点的に臨床 研究を行っている。また,これらの成果を基に「水 道橋病院症例報告会」や「水道橋畔発」に反映させ て,さまざまな情報を発信し開業歯科医師の啓蒙に 努めている。 歯科学報 Vol.109,No.2(2009) 145 ― 43 ―
⑶ 今後の取り組みについて 現在本学には,大学機能の水道橋回帰という問題 が急浮上してきており,数年後にはそれが現実のも のとなるであろうが,それまでの間の水道橋病院の 取り組みと使命について述べてみたい。おそらくは その間も水道橋病院の置かれる状況は,施設とス タッフの点で今と大きな変化はないと考える。端的 に言えば,水道橋病院口腔外科の使命は,同様の施 設と人員で紹介患者を今以上に増やし,その中に含 まれる悪性腫瘍患者を如何に水道橋に集めるかと言 うことであろう。 さて,最近とみに歯科が悪性腫瘍を扱うことにさ まざまな問題が起こってきたことは,座視すること のできない事実である。耳鼻咽喉科や形成外科を介 しての医科からの攻勢は,医科歯科の一元論二元論 に大きく関連するものである。口腔領域の悪性腫瘍 は,初期には口腔の局所疾患として歯科医療の範疇 に収まっているが,これが他科領域に進展したり遠 隔転移等を起こせば,歯科の守備範囲を越えた全身 疾患となる。これが今起こっている口腔外科が口腔 悪性腫瘍を扱うについての問題点の論拠である。し かしながら,この問題についてはあまりにも根が深 く,ここで私見を述べるべきではないようである。 しかし,このことを踏まえて,今後の水道橋病院口 腔外科の口腔悪性腫瘍への取り組みを述べていかな ければならないと思う。 さて以上のような問題に端を発した事象は,既に さまざまな現象として各所で起こっている。その一 つの大きな現れとして,国公立大学の独立行政法人 化による医科病院と歯科病院の統合が各所で起こ り,これに医科歯科の領域争いや歯科医師の患者全 身管理の問題等が絡み,一部の国立大学では歯科医 師による口腔悪性腫瘍手術が出来なくなってしまっ たところや,かなりの制約を受ける施設が増加傾向 にあるようである。このような流れは,杓子定規な 資格と領域争いの問題以前に,独善的な医療側中心 思考の露骨な現れであり,より良い医療を受ける権 利を持つ国民を犠牲にしたものである。しかしなが ら,このような傾向はわれわれが好むと好まざるに 関わらず,進行しているのは否めない事実である。 かかる厳しい流れの中にあって,歯科の単科大学 でありながら,独自に口腔がんセンターを設立し, さらに国制度のがんプロフェッショナル養成プラン に積極的に参画したことは,先のような流れに歯止 めをかけ,歯科の立場を主張するものである。この ような本学の姿勢は,停滞する歯科界にあって画期 的な動きであると評価したい。 ここで,私の考えは余りに単純であるかもしれな いが,悪性腫瘍への対応の面から口腔悪性腫瘍を口 腔局所の疾患としての悪性腫瘍と,全身に波及した 悪性腫瘍に大きく二つに大別して考えてみたい。す なわち,悪性腫瘍に対する水道橋病院の対応は,口 腔局所の疾患として扱える範囲で対処していくこと と,早期発見に力点を置いて可及的全身的疾患に進 展させないことを最大の目的としたい。当然である が,早期の悪性腫瘍手術は局所的侵襲で済み,これ 自体患者に大きな福音をもたらす。進展症例に対す る広範な切除手術や頸部郭清手術,あるいは高度な 再建手術は,術者の誇りとするところであろうが, 患者にとっては最悪の事態に違いない。このような 患者主体の医療思考の下に,われわれは今後とも早 期発見早期治療に最重点をおいていきたい。このた めには,同窓をはじめとする紹介開業医に,粘膜異 常を診断し悪性腫瘍早期発見につながる素養を持っ てもらうように,啓蒙活動を展開していきたい。口 腔がん検診も有効であるが,例えば一人の紹介医 が,1日に20名の患者を治療すると同時に口腔粘膜 診査をするとしたら,当院の紹介医総数2,500名と して,当院紹介ルートで毎日50,000名の口腔がん検 診を効率的に行っていることと同じになる。紹介医 の口腔粘膜異常に関心を持つ目さえ養えば,甚だ単 純であるが,早期がんの掘り出しはさらに容易にな ることと確信する。水道橋病院は,これら開業歯科 医に受診した口腔がん患者の信頼できる二次的な受 け皿として,病診連携の下に有効に機能していきた い。 一方,進展症例や不幸にして遠隔転移を来した症 例は,高次の専門機関,すなわち従来からタイアッ プしてきた関連病院や,今後は特に市川総合病院の 口腔がんセンターに優先して依頼していこうと考え ている。このように全身疾患の一部として取り扱わ なければならないような症例は,水道橋病院のよう な極めて小規模な急性期病院で扱うには,病院運 本学におけるがん治療の取り組みに関する現状と将来 146 ― 44 ―
営・経営の観点からもさまざまな理由で得策ではな い。そのような意味で,今後このような症例は,医 科の全面的な協力とバックアップが得られる口腔が んセンターのような施設で,集約的に扱う方向へ行 くべきであると思う。 再三述べてきたがこのような流れにあって,水道 橋病院の口腔がん医療の使命は,悪性病変の早期診 断と発見が第一であると考える。重度の進展症例に 向き合うのも口腔外科医の目指すところであろう が,早期がんを最少の侵襲で完治させることこそ, 患者に与える福音は極めて大きく,これこそ医の倫 理により多く合致するものであると考える。このよ うな姿勢に立って,今後の水道橋病院の口腔がん医 療は,口腔がんセンターと今まで以上に連携を持つ と同時に,口腔がん早期診断と早期治療の面から, がんプロフェショナル養成プランにも参画していき たいと考えている。 歯科学報 Vol.109,No.2(2009) 147 ― 45 ―