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知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児に対する社会的相互交渉を促進する環境調整と指導

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知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児に対する

社会的相互交渉を促進する環境調整と指導

著者

岡(小山) 綾子

学位名

博士(教育心理学)

学位授与機関

関西学院大学

学位授与番号

34504甲第583号

URL

http://hdl.handle.net/10236/00025122

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2015 年度

関西学院大学 博士(教育心理学)学位論文

知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児に対する

社会的相互交渉を促進する環境調整と指導

関西学院大学大学院文学研究科

岡(小山) 綾子

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要約

本研究では,知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児に対して,社会的相互交渉を促 進する環境調整と指導について検討した。 研究群Ⅰでは,学校教育場面における2 つの実践研究で小集団活動に対する環境調整と 指導を行い,社会的相互交渉を促進する要因について分析を行った。研究群Ⅰの2 つの研 究のいずれにおいても対象児の小集団活動に対する正反応率は上昇し,環境調整と指導が 有効であったと考えられた。しかし研究群Ⅰは,学校教育場面での実践であり,様々な要 因の影響を受けた研究であることから,どのような環境調整や指導が知的能力障害を伴う 自閉スペクトラム症児の社会的相互交渉を促進するのか同定することは困難であった。 そこで研究群Ⅱでは,客観的な分析を行うために大学の療育教室において,知的能力障 害を伴う自閉スペクトラム症児に対して個別指導場面を設定し,構造化された実験環境に おいて支援者とのやりとり活動の成立・維持を目的とした環境調整と指導に関する研究を 行った。研究群Ⅱの5 つの研究のいずれにおいても対象児の社会的相互交渉を伴う標的行 動の正反応率は上昇し,環境調整と指導が有効に機能したと考えられた。 研究群Ⅰ・Ⅱの結果から,知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児の社会的相互交渉 を促進する環境調整と指導の要因として,以下の点が考えられた。 1, 他者の行動を弁別刺激とするような,他者との関わりややりとりが必要な活動を設定す ること。 他者との関わりややりとりを必要とする場面で活動する役割を対象児に設定することは, やりとりの機会を生じさせるため,参加者がそれぞれの役割を行うことで 1 つの活動が成 立する設定は,他者との相互交渉の成立が難しい知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症 児にとって,有効な支援となる。 2, 対象児の活動内容が行動として連鎖していること。 対象児に社会的相互交渉を生じさせるには,社会的相互交渉の連鎖ごとの文脈を手がか りとした対象児の行動の生起を形成しておくことが重要である。 3, 対象児が支援を必要とする時に自発的に活用できる手がかりがあること。 支援者からの一方向的な支援のように,対象児が必要とする時に自発的に活用できない 手がかりだけではなく,対象児が必要とする時に自発的に活用できる手がかりが必要であ る。

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4, 対象児が自分で内容を理解し,最後までやり通すことのできる活動を設定すること。 対象児自身がどんな活動をどれぐらい行うのかを理解でき,かつその行動が強化され維 持されるような環境の設定をすることが必要である。 本研究では,社会的相互交渉の成立・維持に伴い対象児の変化が見られた。研究群Ⅰの 対象児は,活動の成立・維持に伴い,他の児童に対する社会的相互交渉の様子が大きく変 化し,他の児童の活動を援助するとともに,相手に配慮した行動を取る等するようになっ た。また,これまで極端に避けていた相手とも物のやりとりができるようになった。研究 群Ⅱの対象児は,自由遊びの時間に自発的に研究に用いたボール運びの籠を持ち出し,友 だちと「よいしょ」と声を掛けながら笑顔で籠を運ぶ姿が見られた子どもや,家庭で保護 者とキャッチボールをして遊ぶことができるようになった子どもがいた。これは,研究場 面で成立した活動が正反応として称賛されるという経験から,「人と一緒にうまく活動でき た」「人と一緒に活動したら褒められた」という強化事態が生じ,研究場面以外の他者との やりとり場面においても自発的に人とコミュニケーションをとる行動が般化したと考えら れよう。つまり,適切な支援により他者との社会的相互交渉が成立することで,やりとり に必要な社会的なスキルを習得できるとともに,他者との新たな社会的相互交渉場面が社 会的相互交渉を生起させる好ましい弁別刺激として機能するようになったと言える。また 研究群Ⅱでポストテストとして一般的な環境設定に変更して指導を行った研究Ⅱ-3,4,5 では,どの研究においてもベースライン期より正反応率は上昇した。支援つきで社会的相 互交渉が成立した経験によりそれぞれの活動のルールや手順の理解が促進され,社会的相 互交渉を成立させるスキルの習得により,支援のない場面でも社会的相互交渉を行うこと が促進されたと言える。 加えて,本研究の対象児がやりとりを楽しんでいる様子がうかがわれたことも,社会的 相互交渉の成立・維持が困難な知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児に対して日常場 面での社会的相互交渉の機会を設定し,指導することの重要性を示している。また他者と の社会的相互交渉が成立でき,褒められたり楽しいと感じられたりする経験を積み重ねる ことで,社会的相互交渉を成立させることのできるスキルを身に付けて,社会的相互交渉 のやりとりを拡大したいという動機づけを育んでいくことも期待できよう。

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目次

第1部 序論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 第2部 研究 研究群Ⅰ 学校教育場面での実践研究・・・・・・・・・・・・・・・・14 研究Ⅰ-1 知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児に対する 小集団活動を促進する環境調整と指導・・・・・・・・・・16 研究Ⅰ-2 知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児に対する 小集団活動とやりとりを促進する環境調整と指導・・・・・28 研究群Ⅱ 療育教室場面での実践研究・・・・・・・・・・・・・・・・40 研究Ⅱ-1 知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児に対する 行動連鎖に基づくやりとりを促進する環境調整と指導・・・43 研究Ⅱ-2 知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児に対する 構造化に基づくやりとりを促進する環境調整と指導・・・・54 研究Ⅱ-3 知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児に対する 協同活動を促進する環境調整と指導・・・・・・・・・・・65 研究Ⅱ-4 知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児に対する 行動連鎖と構造化に基づくやりとりを促進する 環境調整と指導・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・77 研究Ⅱ-5 知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児に対する 条件性弁別の枠組みに基づく小集団活動を促進する 環境調整と指導・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・90 第3部 総合考察 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・100 引用文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・111 謝辞 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・121

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2 第 1 部 序論 1 社会的相互交渉とは 社会的相互交渉,つまり人と人との関わりは,社会の中で人間が生活し,発達していく ためには必要不可欠なものである。子どもは他者との関わりの中から多くのことを学び, 成長していく。特に幼児期は体全体で他者と関わり,楽しさや嬉しさ,怒りや悲しみ等豊 かな感情体験を重ねていく時期なので,この時期にどのような人との関わりを経験するか は,後の人間関係の発達において非常に重要(西村・狛巻,2010)であり,保育者の援助次第 では,子どもたちの今後の人間関係における基盤となるような経験を与えることができる (茶座・田中,2013)。また本郷(1995)は,いわゆる「二項関係」を経た後にボールのやりと りのように物を介しての人と人とのやりとりである「三項関係」が成立するような前言語 的コミュニケーションは、後の社会的技能の獲得や,とりわけ言語を獲得するための土台 となるものであることから,対人関係の発達そのものだけではなく歩行等の運動領域の発 達や言語の獲得も他者との相互作用の中で達成される,と述べている。これは他者との前言 語的コミュニケーションにより強化される事態が発生し,結果として他者との相互作用に よる学習機会が拡大したものと言える。定型発達の乳児の社会的相互交渉については,出 生直後から高度な能力を持っており,母子間で視線や発声等の行動が微妙に調整され,働 きかけの交替,ターンのやりとりがなされていることが報告されている(Kaye, 1977)。ま たチンパンジーにおいても,相手からの要求行動が明示されると利他行動を取ることが報 告されている(山本, 2011)。そして幼児の対人行動の発達は,幼児期前期の自己中心的で 周囲のものを自分に合わせようとする段階から,幼児期後期には自分の行動をコントロー ルし,相手に合わせる段階へと移行し,集団教育の場が用意されれば,その中で相手との 相互交渉の術を体験的に習得していく過程をとる(金谷,1994)。人間の発達にとって,他者 と社会的に関係を持ち適切に相互交渉を行うことは極めて重要であり(狛巻,2012),人と人 とのコミュニケーションは,社会的相互交渉を維持,進化させることでより高度なものに なっていくと考えられている。そして,相互交渉の体験が,子どもの認知発達に及ぼす影 響についての分析(Azmitia,1988;Wertsch, McNamee, McNamee, & Budwig,1980)もなさ

注:「知的能力障害」「自閉スペクトラム症」の表記について,引用文献において発表当時 の名称で表記されていたものについては,その表記を使用することとする。

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3 れており,社会的相互交渉が新たな知識や概念の獲得,問題解決方略の学習,メタ認知的 知識や社会的スキルの発達に影響を与えることが明らかになっている(藤田・阿久根・丸野・ 古城,1997)。 2 知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児と社会的相互交渉 一方,自閉症児は集団の中で複雑な社会的行動を取ることが困難であることが多く,社 会 的 行 動 と 社 会 的 能 力 に 深 刻 な 障 害 が あ る こ と が 知 ら れ て い る(Pierce & Schreibman,1995) 。 多 く の 自 閉 症 児 は , 他 者 と の 相 互 交 渉 が 難 し い (Hubson & Meyer,2005;Mundy, Sigaman, Ungerer, & Sherman,1986)。社会的相互交渉の構築が困

難であることが自閉症の中核症状であり,その性質と社会的相互作用の相関について理解す

ることが重要である(Ungerer,1989;Hauck, Fein, Waterhouse, & Feinstein,1995)。

American Psychiatric Association(2013)は自閉スペクトラム症の診断基準の 1 つが社会的 コミュニケーション及び対人的相互反応における持続的な欠陥であるとしており,相互の 対人的―情緒的関係の欠落,対人的相互反応で非言語コミュニケーション行動を用いるこ との困難,人間関係を発展させ,維持し,それを理解することの困難を特徴として挙げて いる。この社会的相互交渉の構築の困難さから,多くの自閉症児は学校や家庭等の他者が 共存する生活場面において相互交渉を自ら開始することと相手に応答することの双方に問 題をはらんでいる(井澤・氏森,1998)。中でも,知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児 は知的能力障害を伴わない自閉スペクトラム症児に比べて社会的相互交渉の構築の困難さ は顕著である。東京 IEP 研究会(2009)は,知的障害を伴う自閉症児は周囲の人との相互交 渉の少なさから,①新しいことを学ぶ経験の機会が少なく,②人を中心とした外部環境か ら示される刺激や情報の理解や処理が進まず,③社会のルールや社会で用いられている文 化的手段の獲得に失敗するため,その結果として,能力の遅れが生じてくることが多いと 報告している。また知的障害を伴う自閉症児における周囲の人との相互交渉の少なさの理 由について,本郷(1995)は知的障害を伴う自閉症児自身が持つ 2 つの課題を挙げている。 それは相手に自分の要求や意図を伝える手段が十分に獲得されていない,あるいは相手に 自分の要求や意図を伝えようとしない「発信」の課題と,相手の身振りや言語が理解でき ない,あるいは相手からの働きかけと自分の行動との随伴性が理解できない「受信」の課 題である。特別支援教育の本格実施後,特別支援学校等の教育現場においては,個の実態 に応じた環境設定や指導により,それぞれの障害のある子どもの学習や生活の質は向上し てきたと言えるものの,個別対応の“手厚さ”によって子どもが“困る”ことが少なくな

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るために,自ら要求したり援助を求めたりする必要がなくなり,自発的なコミュニケーシ

ョン機会や他の教師や子どもたちとのやりとり機会をなくしてしまっている可能性がある (藤原,2009)。一方で,Mesibov & Shea(1996)は,自閉症児が統合教育の場にいるだけで は,彼らが独力で成長することは難しいと述べている。社会的相互交渉の構築が困難な場 合,人間関係を発展させ,維持し,それを理解することが困難となり,結果的に対人接触 機会が減少することとなる。更に対人接触機会が少ないと,実際の対人場面を通してソー シャルスキルを獲得する機会を失うことになる。ソーシャルスキルは,「スキル」という言 葉が示すようにある行為を繰り返すことによって徐々に獲得される学習性のものであり, 練習やトレーニングによって変容するものである(相川,2009)。大野(1988)はコミュニケー ション行動が障害されることは,社会的交渉が障害されることであり,また社会生活を営 む上でデメリットを被ることであると述べている。実践不足は,ソーシャルスキルの不足 を更に悪化させる(相川,2009)。また,Weiss & Harris(2001)は,社会性の障害の改善は,

自閉症の専門家にとって最も困難な課題の 1 つであると述べている。しかし,日常の統制 レベルの低い場面においては自閉症児の側からの開始で始まる社会的相互交渉の生起は難 しい(井澤・氏森,1998)。知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児が社会的相互交渉を成 立・維持できるような支援が必要である。 3 知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児に対する社会的相互交渉を促進する環境調 整と指導の研究動向 3.1 これまでの知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児に対する社会的相互交渉の 指導 これまで,特別な支援を必要とする子どもが仲間関係を形成しにくい要因の一つと して言葉の遅れが注目され(池田,2014),言葉のスキルを獲得させることでコミュニケーシ ョンの発達を促す支援の在り方が検討されてきた。機能的なコミュニケーション行動の形 成を目指す指導(McGrath, Bosch, Sulliva, & Fuqua,2003 等)の多くは,話し手としての行 動の形成を狙ったものであった(大野,1988)。Charlop & Trasowech(1991)の研究では,時 間遅延による会話指導において,障害のない子どものペアの応答のバリエーションの増加

量に比べて,自閉症児のペアの応答のバリエーションの量は僅かに増加しただけであった

と述べ,更なる研究のために,応答のバリエーションを促進する必要性を指摘している。 また新井(2011)は,コミュニケーションをする上で大切なことは,子どもが何を発信し,発 信したものを大人がどう受け止め,どう返すかという「適切な応答関係」を保つことであ

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ると述べており,自身の研究も子どもにコミュニケーション情報をどう発信させるかを中

心課題としたものであった。このように,発達障害のある個人に会話スキルとして質問の

仕方を教える研究がいくつかなされてきたが,その多くは質問をすることが独立したスキ

ルとして捉えられていたため,会話の構造として双方向の交渉を教えておらず,般化や維 持が弱いことが多かった(Charlop & Milstein,1989;松岡・石田,2000)。これらの特定の複 雑な社会的行動を獲得し般化させることの失敗が,動機づけの不足や集団への注意に関連

している可能性があると考えられてきている(Pierce & Schreibman,1995)。言語能力へのア プローチだけでは,自閉症における社会性・コミュニケーションに関する能力の向上は難 しく,社会的コミュニケーション行動への指導・支援が必要である(井澤・山本・半田,2011)。

一方で,言葉のスキル指導ではなく,大人の適切な関わりや指導の下で社会的相互作用 の困難さが改善され,発達していくことが幾つかの研究で示されている(Belchic & Harris,1994;Breen, Pitts, & Gayload,1985;井澤・梶永,2001;Kasari, Mundy, & Yirmiya,1990;松岡,2009)。これらの研究は,実験場面での子どもの伝達技能のレパート リーの増加よりも,社会的相互作用をコミュニケーションの手段として使えるようになる ことが重要であることを示唆している。社会的相互作用の文脈を共有すること,子どもの 行動に対して大人が応答的に対応すること,更に共同の文脈の中で実際のやりとりを行う ことによって,子どもの社会的相互作用の発達が促されると考えられている。網谷・武蔵 (2008)は,発達障害児の社会的相互交渉を成立させるような学習環境の設定として,日常 の学校生活に位置づけられる社会的相互交渉の場の設定,教師を介在者としてフェイドア ウトしていく段階的な指導の実施,明確な役割行動の設定を紹介している。また,井澤・ 氏森(1998)は,社会的相互交渉を開始し,維持・発展,更に終結に方向づけるスキルを形 成することおよびスキルを遂行しやすい環境を提供していくことが社会的相互交渉の成立 のために必要であるとしている。 知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児の社会的相互交渉を促進するための指導方法 の一つに機軸行動発達支援法(Pivotal response treatment;以下,PRT)がある。自然 環境場面をベースにして,遊び等の子どもの好む活動を中心に指導を行うため,様々な日 常生活場面で実施ができ,般化が生じやすいとされている(Koegel & Koegel,2006)。PRT により網谷・武蔵(2008)や 井澤・氏森(1998)の挙げた環境条件はある程度整理ができるが,

一方でPRT に基づく具体的な指導や環境設定について明記した文献はほとんどなく,また

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発的に人とコミュニケーションをとる行動を形成することを念頭に置いた環境設定と指導

についての具体化が必要である。

また,PRT 以外にも自閉スペクトラム症のある人に対して社会的相互交渉の始発を促進

さ せ る 環 境 設 定 や 指 導 に つ い て の 研 究 が な さ れ て き た (Chandler, Fowler,& Lubeck,1992;Charlop & Milstein,1989;Charlop & Trasowech,1991;Hourner,1980; 加藤・井上・三好,1991;松岡,2009;Stewart, Houten, & Houten,1992 等)。例えば井澤・

山本・氏森(1998)は,行動連鎖が中断された状況において,自閉スペクトラム症児が自ら他 者に対する相互交渉を開始するかを検討した。これらの研究は,コミュニケーション情報 の発信を対象者に促進させることに重点を置いたものである。しかし,社会的相互交渉を 成立・維持するためには,コミュニケーション情報を発信するだけでなく,受信したコミ ュニケーション情報により自分の行動を調整できることも同様に重要である。これまで, 国内でいくつかの社会的相互交渉を促進するための環境調整と指導を行った研究がある。 一方で,欧米における社会的相互交渉に関する研究は対象者にどうコミュニケーション情 報を発信させるかが中心となってきた。北川(1992)は日本人と欧米人の考え方の違いについ ての研究で,「文章を読んでその内容が理解できなかった時,日本人は読み手の責任とする のに対し,欧米人は書き手の責任と考える」と述べている。また伊藤(2005)は英語の「包含 の"we"」と日本語の終助詞「ね」,「よ」を取り上げ,それらが親しさを表す手段として使われ る用法についての研究で,話し手と聞き手との間の心理的優位性,心理的距離,話し手の 権利という 3 つの概念に基づく制約が存在し,これらの制約が日本語ではそれぞれ同程度 に有効であるのに対し,英語では話し手の権利に基づく制約が他の制約に優先されて適用 されることを述べている。このように,欧米ではコミュニケーションにおいて発信が重要 であると捉えていることによるものと考えられる。文化が要求する対人反応を実行するこ とが,ソーシャルスキルの適切性に叶う(相川,2009)ことから,国内外での社会的相互交渉 に関する研究の違いに表れているのであろう。それ故,日本における自閉スペクトラム症 児の社会的相互交渉やコミュニケーションの研究は,日本の文化的背景を念頭に進めてい く必要がある。 3.2 国内論文のレビューから*1 本項では,これまでに国内で行われた知的能力障害を 伴う自閉スペクトラム症児に対する社会的相互交渉を促進する環境調整と指導についての 研究をレビューする。レビューの対象として,日本の査読付き学術雑誌に掲載されている 論文を以下の手順で選出した。Cinii 論文検索より「自閉症,相互交渉」,「自閉症,やりと

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7 り」のキーワードで検出される論文から,(1)対象者が子どもで,知的能力障害があること が記述されている,(2)言語のやりとり指導のみならず,物理的な環境調整と支援者の指導 が行われている,この2 点を包含する研究とした。その結果,8 本の論文(井澤,2000;井 澤他,1998;加藤等,1991;松岡,2009;太田・近藤・小林,1979;笹川・小田・藤田,2000; 辻・高山,2004;吉井・長崎,2002)が選出された。分類項目は,(1)対象者の年齢・性別, (2)標的行動,(3)環境調整と指導方法,(4)実施者,(5)実施場所,(6)評価,等であった。 結果をTable 序-1 に示した。幅広い年齢で研究が行われており,6 ケースは研究者が実 施していたが,2 ケースは母子のやりとりに研究者が指導をしたものと研究者の指導に続い て母子が自由遊びを行ったものがあった。実施場所は全て大学の研究室やプレイルーム, 特別支援学校の自立活動の時間等の模擬場面で実施されたが,般化評価を指導場面と違う 部屋やカラオケボックスで行ったものが1 ケースあった。評価は 8 ケースのうち 2 ケース で,対象者間の場面や課題の難易度による正反応率の差が見られたが,8 ケースとも標的行 動は高い水準で維持された。対象者と他者とのやりとりが成立し,社会的相互交渉が促進 された。 8 ケースの研究から,知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児に対する社会的相互交渉 を促進する環境調整と指導には,ボーリング等のゲームや調理活動等,支援者が環境を操 作しやすい指導場面が設定されていること,また実際の生活場面での活用をねらった模擬 場面での指導であることが共通して見受けられた。 今後の課題としては,これまでの先行研究の結果から,社会的相互交渉の生起数は増加 するが,持続やターン数の増加はあまり見られないことが明らかとなったため,その点に ついての指導方法の研究が必要であること,交渉相手がお互いに交渉を生起,成立・持続 できる環境条件や社会的相互交渉の文脈に応じたスキルを条件性弁別の枠組みを用いて指 導する方略が必要であること,研究に用いられた遊びや場面が限定的であるため,他の遊 びや場面における研究と分析が必要であることが考えられる。 4 知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児のコミュニケーションの成立 コミュニケーションは,人に訴える主張性と人からの働きかけに応じる応答性の2 つの 方向性があり,この両者のバランスを意識することが重要である(東川・東川,2007)。相互 交渉が成立するためには話し手と聞き手の両者の行動が必要となる。相互交渉が成立する ことによって,話し手と聞き手は情報の交換あるいは意思の疎通という強化子を互いに得

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8 Table 序-1 国内の知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児に対する社会的相互交渉を 促進する環境調整と指導についての研究の概要 論文 対象者 標的行動 環境調整と指導 実施者 実施場所 井澤(2000) 15 歳男 子2 名 (うち知 的障害の み診断1 名) 小集団でのボーリ ングゲームで必要 な行動が連鎖化で きる ボーリングゲームの自発的 遂行についてモデリング, 声掛け,言語指示,身体的 誘導の指導を段階的に行う 研究者 大学プレ イルーム 井澤他(1998) 14 歳男 子 相互交渉開始に相 手の名前を呼ぶ, 相手からの働きか けに適切に応じる カラオケの場面で,相互交 渉スキル指導の機会を設定 して行動連鎖を中断,相互 交渉の自発生起を高める 研究者 大学訓練 室(34 回 中 6 回は 他の部屋 やカラオ ケボック ス) 加藤等(1991) 10 歳男 子1 名と 7 歳女子 1 名 自発的にボーリン グゲームが遂行で きる ボーリングゲームの投げ手 と受け手の役割における行 動連鎖の設定と,自発的に 交代できる指導 研究者 大学実験 室 松岡(2009) 中学生男 子2 名 (うち LD 診断 1 名) ゲームや調理の場 面で相手の行動遂 行を喚起する(「ど うぞ」と言う,ま たは必要な物品を 渡す) ゲームや調理,制作活動の 場面で小集団活動を設定 し,役割交替や物品の共有 を指導する 研究者 大学模擬 場面 太田他(1979) 5 歳男子 女子各1 名と6 歳 子ども同士の相互 作用として「電車 ごっこ」「綱引き」 力の調整や相手に合わせる ことが必要な動作課題に繰 り返し取り組み,自由遊び 研究者 大学プレ イルーム

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9 ることができる(小島,2001)。子どもがある事態に対処しようとした時,どう判断して振る 舞い方を決めていくか,その判断基準を獲得することが,社会性の発達に繋がる(一松,2002)。 行動分析の枠組みから考えると,社会的な行動は相手の行動を弁別刺激とした行動だと言 える(中鹿,2004)。相互交渉を生じさせるためには,人という刺激が強化事態として機能し, 接近的な関係が形成されること,そしてそれらを機能化させるために,相互作用の連鎖ご との文脈を手がかりとした行動を形成することが重要である(東・杉山,1999)。 一方で,社会性の障害を社会的認知や対人理解・対人認知を切り口として考えた時,他 者の心的世界や社会的状況の認知が困難であるがゆえに,他者と関われない,不適切な行 動を取るという仮説をした上でのアプローチ(別府,2001)が「心の理論」である。この心の 理論の発達研究は「誤った信念課題」の考案(Wimmer & Perner,1983)に始まり,自閉症児

男子1 名 が成立する 場面に繋げる 笹川他(2000) 8 歳男子, 10 歳男 子各1 名 と7 歳女 子 1 名 動作法によるトレ ーナーとの相互交 渉の成立 動作模倣と自分の動きをコ ントロールすることをスモ ールステップで指導する 研究者(動 作法),母 親(遊び場 面) 心理リハ ビリキャ ンプ 辻・高山(2004) 3 歳男子 母親とのシャボン 玉遊びでのやりと りの成立 既得スキルの活用を促す, 間を取って注目させてから 開始する,意思表示ができ る機会を作る等の母親への スモールステップ化した文 書指示 母親 福祉セン ター 吉井・長崎(2002) 8 歳男子 ボールを「受け取 る」「投げる」行 動の生起,情動の 共有として「顔注 視」と「笑顔の表 出」の同時生起 共同行為フォーマットによ る呼びかけと,情動を喚起 する発話を伴う活動と,や りとりの始発を指さし,声 掛けを伴わせて行う 学級担任 特別支援 学校自立 活動室

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の特徴を捉え,心の発達の困難さに焦点を当てた。これが自閉症児の「心の理論」欠如仮 説(Baron-Cohen, Leslie, & Frith,1985)に繋がり,対人的な場面での自閉症児の様々な行動

を説明することとなり,物の理解と心の理解の独立性を示唆することとなった。「心の理論」 を行動分析の枠組みから考えると,自閉スペクトラム症児が相手の行動や環境条件を弁別 刺激とした行動を取ることが困難であることを説明しているものであると言える。 また,コミュニケーションが成立するためには,相手が何に注意を向けているかが分か り,相手が注意している物に自分の注意を合わせたり,自分が注意している物に相手の注 意を向けさせたりする共同注意の働きができることが前提である(藤野,2008)と言われてい る。しかしRistic, Mottron, Friesen, & Iarocci(2005)は定型発達の人は日常的に視線を特別 な手がかりとして利用するが,自閉症のある人は視線を弁別刺激として活用することは困 難なため,視線に手がかりとしての機能があると指導することが必要であると述べている。 ただ,これについては,狛巻(2010)から支援者が適切なコミュニケーション,すなわち適切 な働きかけをすることによって,ずれた注意を調整することは可能であるとの指摘がなさ れている。 5 社会的相互交渉を促進する環境設定と指導の展開を目指して 人とうまく関係を持てないことを主訴とする自閉症児に,人とうまく関係を持てるよう になることを本人の個体的能力に委ねるのは無理がある(石倉・眞保・高橋,2005)。自閉症 児を教育するには,この発達障害を特徴づけるユニークな社会性,認知,感覚,及び行動 障害を理解する必要がある(Mesibov & Shea,1996)。同時に,興味や関心,経験を人と共有 することを苦手とする自閉症児には,共有すべき対象を支援者が設定することが必要であ る(綿巻,1998)。自閉症児のコミュニケーションを拡大するためには,活動や場面の具体性 が高く,文脈やそこで求められる反応型などが明確なパターンの活動設定をすることが重 要になる(東,2002)。 社会的相互交渉を発達的観点から見ると,一般に反抗的行動や自己主張は 2 歳半頃から 見られ始めるが,4 歳頃から大人の要求に従うことや自分の欲求の満たすことのできる自己 主張の仕方ができるようになり(荒木,1989),5~6 歳では共通の遊具を持つことで,3 人以 上の集団でのごっこ遊びやルールのある遊びができるようになる(別府,1989)とされてい る。もし社会的相互交渉の成立要因を子どもの側にのみ求めるのであれば,このレベルの 知的発達を遂げることが必要不可欠となってくる。日常の生活や遊びの経験だけでも,対

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11 人関係の形式がわかり身に付けられる子どももいるが,対人関係の幅が狭い子どもには, 子ども自身が楽しめるような遊びを通して,対人関係の形式を覚え,日常の生活や遊びに 繋げていくことが必要である(無藤,2010)。 し か し , 子 ど も の 遊 び 方 は 環 境 条 件 と 子 ど も の 特 性 に よ っ て 影 響 さ れ る (Vandenberg,1981)とされており,個人の要因のみならず,人を含めた環境要因の調整の有 無は,相互作用の成立と展開に大きく関わると考えられる。自己の要求のコントロールや 他人の立場を理解し協力することが難しいと考えられる知的能力障害を伴う自閉症スペク トラム児に対しても,他者との関わりの機会を作ることができる環境を多く設定し,関わ りの経験を積み重ねれば,他者との関わり方がわかるようにすることは可能であると考え られる。環境との関わりにより強化される経験を多く設定することで,新しい環境と関わ る動機づけがより高まることが期待できよう。相互交渉の経験が,新たな知識や概念の習 得,問題解決方略の学習,メタ認知的知識や社会的スキルの発達に影響を与える(藤田・阿 久根・丸野・古城,1997)ことが期待される。自閉症のある人が社会的な手がかりを弁別する 経験を積むことで,社会的に望ましい応答ができるようになる可能性がある(Harris, Handleman, & Alessandri,1990)。

ここで重要なのは,独立した社会的行動を教えるよりも,社会的相互作用を成立させ るための環境設定を操作する方が,対象児にとっても支援者にとってもより効果的かつ効 率的だということである(Sasso, Mundschenk, Melloy, & Casey,1998)。井澤(2010)は,近 年の社会的行動の指導法研究は,発達障害児者が社会的な行動を生起しやすいような支援 的な環境を如何に設定するか,という視点を取り入れることが求められていると述べてい る。しかし,相互作用に関する要因の調査のうち,比較的遅れているのは,どのような設 定で相互作用が生起するかについてである(Hauck, Fein, Waterhouse, & Feinstein,1995)。

6 知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児の社会的相互作用が発生する設定の検討 知的能力障害のある自閉スペクトラム症児に対して学習への動機づけが促されるような 環境を整備し,適切な学習支援をできるだけ早期に実現していくことが望まれている。そ のためには,計画的に小集団を形成し,子どもや支援者との緊密な関わりの中で課題を解 決する場面の設定や,他者と関わることの意味を社会的文脈の中で理解できるような課題 場面の設定が必要となってくる(大庭・葉石・八島・山本・菅野・長谷川,2012)。 しかし,自閉症児は,日常生活場面や学習場面において自発的に小集団活動に参加し,

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12 その活動を成立・維持させることが苦手であることが多い(藤原,2009)。小集団活動におけ る対人接触経験が乏しいと,ソーシャルスキルを学ぶ機会を逸してしまい(相川,2009),人 との関わりで成功経験を積むことができず,一層自発的に小集団活動に参加をすることは難 しくなる。池田(2014)が,人と関わり合おうとする心情,及び協同によるやりとりは,日々 をともに過ごす共通経験の積み重ねの中で,時間をかけて育っていくものであると述べて いるように,人との関わりを持つことのできる活動場面設定と人との関わりを成功させる ための支援者の指導や支援と知的障害を伴う自閉症児の学習やトレーニング(相川,2009)が 社会的相互交渉を成立・維持させるためには必要であると考えられる。大庭他(2012)は,小 集団活動場面は子ども同士の相互交渉が容易であり,かつ協同学習の機会を計画的に組織 することができる場面であると述べている。そこで,子どもの小集団活動場面を設定し, 相互交渉を開始したり(井澤他,1998),他者の行動遂行を喚起したり(松岡,2009)する研究が 行われてきた。しかしこれらの研究における社会的相互交渉は大学の療育教室において, 対象児と 1 名または複数の支援者の間で行われたものである。大学の療育教室における研 究は,整備された実験環境での知的能力障害と自閉スペクトラム症のある子どもの社会的 相互交渉を促進する要因を検討するための研究として重要な意義があるが,知的能力障害 と自閉スペクトラム症のある子どもが実際の生活や教育の場面において社会的相互交渉を 促進させるための環境調整と指導について検討するには,実際の生活や教育の場面におけ る実践研究を行い,合わせて検討することが必要不可欠である。まずは特別支援学校等の 実際の生活場面において社会的相互交渉に関する実践研究を行い,次にそこで明らかとな った課題を,より統制された状況下である大学の療育教室等での研究において検討するこ とが有効であろう。 キャッチボールやバッティングのように行動が相手に向けられ,時によっては順番交代 を伴う協同遊びは,一人でやると遊びとして成り立たず,相手と一緒の時の方が一人の時 よりも面白さが増すとともに,その成立には社会性を必要とする(綿巻,1998)ため,整備さ れた実験環境での知的能力障害と自閉スペクトラム症のある子どもの社会的相互交渉を促 進する要因を検討するための研究には,協同遊びを用いることが適していると考えられる。 Magalhaes, Oliveira, & Hübner (2015)は,社会性を必要とするゲームは相互交渉や友だち

との遊びを助けることのできる活動であると述べ,自閉スペクトラム症児に対してGuess

Who?ゲームやドミノゲーム,神経衰弱を用いた指導を行っている。また,実際の生活場面 で自閉スペクトラム症のある成人に対して行われた研究としては,池田・若松(1997)がある。

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13 これは,作業所に通う成人を対象として,作業場面において自閉症のある対象者への働き かけ方を他の障害のある仲間に指導することによる対象者の社会的相互交渉の促進を目指 したものである。これは既存の作業場面において他の仲間に対して対象者への声掛けや作 業を遂行したことへの評価を促すことにより,対象者の社会的相互交渉が拡大するかどう かを検討したものであった。介入の結果,仲間からの声掛けや評価が増えるにつれ,対象 者の仲間へ視線を向ける等の反応は増加したものの,その他の社会的反応に変化は見られ なかった。この研究では対象者に直接の指導は行われておらず,主に他の仲間からの社会 的相互交渉を受けた影響を分析するというものであったため,社会的行動の変化について は限界があったものと考えられる。 そこで本研究では,知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児に対して,社会的相互交 渉を促進する環境調整と指導について検討することとした。まず特別支援学校という実際 の学校教育場面における実践研究で小集団活動に対する環境調整と指導を行い,社会的相 互交渉を促進する要因について分析を行う。自閉症児同士の相互交渉に関わる要因分析の 視点を持ち,学齢期の仲間集団における相互交渉を促進する学習環境設定や日常の指導場 面への位置づけ等系統的指導の在り方を検討する意義は大きい(網谷・武蔵,2008)。その分 析結果を基に,整備された療育教室場面において実践研究を行い,その分析結果について 併せて検証し,知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児に対する社会的相互交渉を促進 する環境調整と指導の要因について整理することを目的とする。 *1 3.2 の要旨は,日本特殊教育学会第 52 回大会で発表された。

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第 2 部 研究

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15 第 2 部 研究 研究群Ⅰ 学校教育場面での実践研究 研究群Ⅰでは,特別支援学校に在籍する知的能力障害と自閉スペクトラム症のある児童 の小集団において,自発的な活動参加による小集団活動の成立・維持を目的とした環境調 整と指導を行った。複数の人と行う遊びや活動の中には,相手に注目すること,順番を待 つこと,相手の動きにタイミングを合わせること,役割交代すること,物を受け渡しする こと等,社会性の基礎となるスキルが多く含まれている(井上,2008)。実際の学校教育場面 での学習活動において,それぞれの特性に合わせた形で環境調整と指導を行うことにより 対象児の社会的相互交渉がどのように変化するのかについて検討した。

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16 研究Ⅰ-1 知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児に対する 小集団活動を促進する環境調整と指導*2 目的と意義 研究Ⅰ-1 では,特別支援学校に在籍する知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児の小 集団において,ストラックアウトゲームに取り組んだ。このゲームはボールで数字の書か れたボードを落とす単純な個人競技に集団で取り組む遊びで,以前にテレビ番組で取り上 げられたこともあって広く知られており,ボードまでの距離やボールの数を変えることに より,幅広い集団で行うことができる等の特徴から,対象児の学習課題として適当である と考えられた。このストラックアウトゲーム活動の指導を通して,小集団活動を成立・維 持させるための環境調整と指導について検討する。併せて,小集団活動の成立・維持に伴 う対象児の社会的相互交渉の変化についても観察し,検討する。 方法 対象児童 特別支援学校小学部男児 4 名(以下,A 児,B 児,C 児,D 児)がストラック アウトゲーム活動に参加し,本研究ではそのうちA 児,B 児の 2 名を分析対象とした。研 究開始時,A 児は 11 歳 6 ヶ月,B 児は 11 歳 10 ヶ月であった。 A 児には自閉症の診断があった。12 歳 0 か月時に実施した K-ABC 心理・教育アセスメ ントバッテリーの結果は,継次処理 52 点,同時処理 58 点,認知処理過程 59 点,習得度 51 点であった。平仮名文を声に出して読むことができ,活動の経験を積んでパターン化す ることで言葉の意味と行動を繋げることができたが,言葉の意味理解は苦手で,大人との 会話のやりとりは限定的なものであった。自分の気に入らないことをされると,相手を叩 くことがあった。手先は器用で,運動や作業は得意であり,内容が明確な活動には自発的 に取り組むことができた。普段と異なる活動を求められた時の活動スケジュールの変更は 活動内容を把握するのに時間がかかるが,活動内容がわかれば変更内容に基づき活動する ことができた。支援者や保護者からの言語称賛に対しては笑顔を見せた。 B 児には自閉性障害の診断があった。12 歳 2 か月時に実施した K-ABC 心理・教育アセ スメントバッテリーの結果は,継次処理68 点,同時処理 48 点,認知処理過程 60 点,習得

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17 度50 点であった。平仮名文を読むことができ,大人との会話は成立していた。手先は器用 で,運動や作業は得意だが,自分のやり方にこだわることがあった。また課題に従事でき る時間は日によってむらがあり,普段と異なる活動を求められた時の活動スケジュールの 変更はききにくかった。B 児は研究開始の半年以上前に意図的に A 児が嫌がることをして, A 児に叩かれた経験があり,それ以来極端に A 児を避けてしまい,学習や生活の場面で支 障を来していた。支援者や保護者からの言語称賛に対しては笑顔を見せた。 なお,児童 4 名とも研究開始の半年以上前に何度かストラックアウトゲームに参加した 経験があったが,それ以降は取り組む機会はなかった。 インフォームド・コンセント 研究協力依頼については,対象児の保護者と対象児の所 属する特別支援学校の校長に対し書面にて研究協力を依頼し,同意を得た。研究結果につ いては,対象児の保護者に報告を行った。 標的行動 小集団活動の場面で対象児が活動内容の手がかりを活用して,自発的に活動 参加ができることとした。 指導場面 特別支援学校の多目的室において1 回 30 分の遊びの時間にストラックアウト ゲームを教材に1 機会につき 1~2 セッション(児童 4 名のボールを投げる順番が一巡で 1 セッション)の指導を全部で11 機会 19 セッション行った。指導期間は 201X 年 9 月~201X +1 年 3 月であった。支援者は 2 名(支援者 1 は筆者,支援者 2 は特別支援学校教員で機会 により変動があった)であった。 研究デザイン 児童 4 名が順番にそれぞれボールを 5 個投げるストラックアウトゲーム

を1 セッションとするチェンジング・コンディション・デザイン(Albelto & Troutman, 1999 佐久間・谷・大野訳2004) であった。 準備物 ストラックアウトゲームボード(縦1.5m,横 1 m の鉄製のフレームと 1~8 の数 字を書いた1 辺 30cm のウレタン性ボード 8 枚),硬式テニスボール 5 個,A4 サイズのプ ラスティック製の籠,A4 サイズの段ボールに硬式テニスボールが入る大きさの穴を 5 個開 けたもの,A~D 児の写真付き名前カード 4 枚をストラックアウトゲームでボールを投げる 順番に貼ったホワイトボード,椅子5 脚であった。 手続き 対象児はストラックアウトゲームボードの正面から2 m の距離の床に貼った名 前カードをスタート地点として1 セッションにつき 5 個のボールを投げた。5 個のボールは A4 サイズの籠に入れておいた。床に貼った名前カードの後ろ 1 m の距離に,児童 4 名が座 る椅子を置いた。ストラックアウトゲームの準備と片付けは児童と支援者で行った。準備

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18 は支援者が児童それぞれに出す道具の写真カードを渡し,児童が倉庫から写真と同じ道具 を出して多目的室の床に貼った道具の写真カードの上にマッチングした道具を置いた。片 付けは支援者が児童それぞれに片付ける道具の写真カードを渡し,写真カードとマッチン グした道具を倉庫に運び,倉庫内に貼った道具の写真カードの上に片付けた。 ストラックアウトゲームの一般的な遊び方では,落としたボードの枚数を点数にしたり, 落としたボードの数字を点数にしたりしてプレーヤー間で勝敗を決することが多いが,本 研究ではストラックアウトゲームの活動自体を円滑にできるようにすることをねらいとし たことや,参加児童のアセスメント結果から勝敗判断は難しいと考えられたため,プレーヤ ー間で点数や勝敗は競わないこととした。 児童のボールを投げる順番は,A 児→C 児→D 児→B 児で固定した。これは固定パターン にすることで活動の流れを児童にとって把握しやすいものにすることと,B 児が A 児にボ ールの入った籠を渡す場面を設定することで対象児同士が関わる機会を作ることを意図 したものであった。 指導期間を通して,児童が自発的に適切な活動ができた場合は1 回ごとに支援者が言語 称賛と拍手をした。また児童の活動内容が不適切,または 2 秒以上活動が中断した場合は 支援者が声掛けや指さし、身体プロンプトにより対象児が適切な活動ができるよう支援し た。 ストラックアウトゲーム活動の構成要素をTableⅠ-1-1 に示す。 ベースライン期は支援者1がホワイトボードを持ち,④の場面で児童が 2 秒以上次の順 番の児童に籠を渡さない場合に児童の投げる順番を指さしして視覚的に示す支援として用 いた。 介入 1 期は児童の活動に TableⅠ-1-1 の⑤~⑦の構成要素を加えた。ベースライン期と 同じく,ホワイトボードは支援者1 が持ち,④の場面で児童が 2 秒以上次の順番の児童に 籠を渡さない場合に児童の投げる順番を指さしして視覚的に示す支援として用いた。 介入2 期はボールを入れる籠に硬式テニスボールが入る大きさの穴を 5 個開けた A4 サイ ズの段ボールを取り付けた。また,ホワイトボードは児童の座席からも常時見えるように 配置した。 記録 指導場面は多目的室内に設置したビデオカメラで録画した。加えて,構成要素毎 に支援の内訳を記録した。 評価 記録を元に,ストラックアウトゲーム活動における対象児の活動の課題分析を行

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19 TableⅠ-1-1 ストラックアウトゲーム活動の構成要素 <ベースライン期> ① 前の順番の児童から籠をもらう。 ② 籠を持ってスタート地点に行き,ボールを 1 個ずつストラックアウトゲームボードに向 けて投げる。 ③ ボールを 5 個投げたら,多目的室内に転がっている自分の投げたボールを 5 個拾って籠 に入れる。 ④ 次の順番の児童にボールの入った籠を渡す。 ⑤ 自分の椅子に座る。 <介入期> ① 前の順番の児童から籠をもらう。 ② 籠を持ってスタート地点に行き,ボールを 1 個ずつストラックアウトゲームボードに向 けて投げる。 ③ ボールを 5 個投げたら,多目的室内に転がっている自分の投げたボールを 5 個拾って籠 に入れる。 ④ 次の順番の児童にボールの入った籠を渡す。 ⑤ ストラックアウトゲームボードの隣に置いた椅子に座る。 ⑥ 次の順番の児童が落としたボードを拾う。 ⑦ 拾ったボードを元の枠に入れる。 ⑧ 自分の椅子に座る。 い,構成要素ごとにストラックアウトゲーム活動の評価基準に基づき正反応か誤反応かの 評価をした。ストラックアウトゲーム活動の評価基準をTableⅠ-1-2 に示す。 観察者間一致率 多目的室内のビデオ録画記録を基に,対象児のストラックアウトゲー ム活動について全体の約30%をランダムに抽出し,1 セッションごとに筆者 1 と支援者 2 として指導に一番多く関わった教員1 名が独立して評価を行い,「観察者間一致率(%) =評価が一致した項目/(評価が一致した項目+不一致の評価があった項目)×100」で観察 者間一致率を算出した。その結果,観察者間一致率の平均は約94%であった。

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20 TableⅠ-1-2 ストラックアウトゲーム活動の評価基準 正反応 対象児が自発的に適切な活動ができた。 誤反応 対象児の活動内容が不適切,または対象児の活動が 2 秒以上中断し,活動参加 に支援者の支援を要した。 結果 Fig.Ⅰ-1-1 に A 児と B 児のストラックアウトゲーム活動の正反応率を示した。また,Fig. Ⅰ-1-2 と Fig.Ⅰ-1-3 に A 児と B 児のストラックアウトゲーム活動の構成要素毎の支援内容 と割合を示した。 A 児はベースライン期には,5 個のボールを拾う活動は自分の近辺に落ちているボールを 拾うと全てのボールを拾い終える前に多目的室の中を歩き回ったり空想遊びを始めたりし てしまうことが多く,支援者が何度もボール拾いを継続するよう声掛けをする必要があっ た。また,他の児童がボールを投げている間に椅子に座り続けることが難しく,立ち歩く ことも多かった。介入1 期当初は新規の活動が導入されたことと,そのためベースライン 期の活動パターンと違う活動パターンとなったことから指導者の声掛けを多く受けること となり,正反応率は低下したが,回を追うごとに上昇した。5 個のボールを拾う活動は A 児の近辺のボールを拾うだけで全てのボールを拾うことはなく,継続のために支援者が声 掛けをする必要があった。籠を次の順番の児童に渡す活動では,A 児から籠をもらう C 児 が受ける籠に注目できないことが多かったが,A 児が C 児の手を取って籠に触れさせたり C 児に「はい」「どうぞ」と支援者が同じ場面で口添えしていた言葉を言ったりして籠を渡 す姿が見られるようになった。介入2 期には個々の活動に取り掛かるために行動の切り替 え場面で声掛けが必要なことがあったが,「ボールを集める」活動は一旦取り掛かると段ボ ールの穴を見て人差し指でボールの入っていない穴を全て指して最後まで集め切れるよう になり,「ボードを拾う」→「ボードを枠に直す」と行動が連鎖する活動は自発的にできる ようになった。籠を次の順番の児童に渡す活動では,支援者1 を見ることで支援者 1 から 次の順番の児童を言ってもらうのを待つ傾向があったが,支援者1 が写真カードを順番に 貼ったホワイトボードを指さすことで正しく次の順番の児童に籠を渡すことができるよう になった。 B 児はベースライン期には,5 個のボールを拾う活動は自分の近辺に落ちているボールを

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21 拾うとその活動を終了しようとした。B 児は A 児に極力近づかないように A 児の位置に気 を配りながら活動し,籠をA 児に渡す場面では自分から支援者に「手伝って」と援助を求 めたり何度も立ち止まったりしながら渡していた。A 児が活動中に多目的室内を立ち歩くこ とが頻繁に生じ,それにつられてB 児も立ち歩いてしまうことがあった。介入 1 期は,ベ ースライン期と活動の流れが変わったことで戸惑った様子が見られ,正反応率は低下した。 「ストラックアウトゲームの隣に置いた椅子に座る」,「次の順番の児童が落としたボード を拾う」,「拾ったボードを元の枠に入れる」,という3 つの新しい活動内容については取り 組み始めないか,取り組み始めても中断してしまうため,全て何らかの支援を必要とした。 介入2 期に入ると戸惑う様子は見られなくなり,正反応率は上昇した。このフェイズでは, 活動途中で止まってしまった場合には支援者からの声掛けの内容は活動内容をそのまま言 うのではなく,「投げた人はどうするの?」「次は?」という言い方に変えたが,その声掛 けを聞いて正しい活動を再開できたことが数回見られた。介入2 期初期は 5 個の穴の開い た段ボールが籠に入っても,B 児はボールを 5 個拾って籠に入れる活動は近辺のボールを 入れて終わりにしようとしていた。しかし,支援者がまだボールの入っていない穴を指さ し「あと3 つ」と言う支援を数回行った後は,B 児は近辺のボールを拾った後に自発的に 段ボールの穴の数を声に出して数え,多目的室に散らばったボールを残らず拾うことがで きるようになった。また,C 児がボールを拾う場面でなかなか活動に向かわない様子を見て, B 児が自発的にボールを拾って C 児の持つ籠に入れる姿が数回見られた。他の児童の順番 の間に自分の座席から写真カードを順番に貼ったホワイトボードをよく眺め,指を折りな がら順番を呟く姿が見られ,A 児に籠を渡す活動は躊躇することや支援者に援助を求めるこ となく,自発的にできるようになった。また,B 児が A 児の落としたボードを拾って元の 枠に戻す場面で,ボードを拾う前にボードの近くに落ちていたボールを拾ってA 児が持っ ている籠に入れる姿も観察された。 考察 研究Ⅰ-1 では,特別支援学校に在籍する知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児の小 集団において,自発的な活動参加によるストラックアウトゲーム活動の成立・維持を目的 とした環境調整と指導を行った。ベースライン条件では,1 人の児童がボールを投げ,自分 の投げたボールを拾って次の順番の児童に渡す個人競技に小集団で取り組む形式であ

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22 Fig.Ⅰ-1-1 ストラックアウトゲーム活動の正反応率 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 正 反 応 率 ( % ) 介入2 BL 介入1

A 児

B 児

正 反 応 率 ( % ) (セッション) (セッション)

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23 <ベースライン期> <介入1 期> <介入2 期> Fig.Ⅰ-1-2 A 児のストラックアウトゲーム活動の構成要素毎の支援内容と割合 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 自発(プロンプトなし) 声掛けと指さし 身体プロンプト (%) 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 (%) 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 (%)

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24 <ベースライン期> <介入1 期> <介入2 期> Fig.Ⅰ-1-3 B 児のストラックアウトゲーム活動の構成要素毎の支援内容と割合 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 自発(プロンプトなし) 声掛けと指さし 身体プロンプト (%) 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 (%) 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 (%)

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25 ったものを,介入1 期は対象児の活動に Table1 の⑤~⑦の構成要素を加え,他の児童が落 としたボードを拾う活動を取り入れ,他者の活動の援助をすることで活動が成立する形式 に変更した。介入2 期は児童がボールを拾う活動をやり切ることができるようにボールを 入れる籠に硬式テニスボールが入る大きさの穴を5 個開けた A4 サイズの段ボールを取り付 けた。また,A~D 児の写真付き名前カード 4 枚をストラックアウトゲームでボールを投げ る順番に貼ったホワイトボードは,児童の座席からも常時見えるように配置した。 その結果,対象児は 2 名ともストラックアウトゲーム活動に自発的に参加し,活動の成 立・維持ができるようになった。また,ストラックアウトゲーム活動の成立・維持に伴い, 対象児 2 名の他の児童に対する社会的相互交渉の様子は大きく変化し,他の児童の活動を 援助したり,相手に配慮した行動を取ったりする等,これまで極端に避けていた相手と物 のやりとりができるようになった。以上の結果について考察する。 A 児と B 児では介入 1 期の正反応率の変化の様子が異なったが,2 名とも介入 2 期に正 反応率を向上させることができた。これにより,本研究で行った環境調整と指導がA 児,B 児にとって活動を成立・維持する上で有効に機能したと考えられる。介入1 期では他の児 童が落としたボードを拾う活動を取り入れ,他者の活動の援助をすることで活動が成立す るような,つまり活動を仲立ちとしたやりとりの成立をねらった。A 児と B 児は介入 1 期 に活動内容が変更になったことにより新たな活動に向かうために多くの声掛けを必要とし, 自発的な活動参加が困難になり,初期には正反応率は低下した。しかし,その後A 児は回 を追うごとに声掛けなしでも新しい活動である「次の順番の児童が落としたボードを拾う」 →「拾ったボードを元の枠に入れる」→「自分の椅子に座る」という一連の行動が繋がる ようになった。このことから,この新しい活動内容の行動が連鎖するようになり,A 児の自 発的な活動を促すパターンが成立したと考えられる。しかし,自分が投げたボールを拾う 活動やC 児に籠を渡す活動は途切れてしまうことが多く,多くの声掛けを要した。一方で, B 児は介入 1 期を通してベースライン期よりも正反応率が低下したままで,新しい活動内 容への参加は取り組み始めても途切れてしまうことが多く,行動の改善は認められなかっ た。この介入1 期の A 児と B 児のそれぞれの様子から,支援者からの支援のように対象児 が必要とする時に自発的に活用できない手がかりではなく,対象児が必要とする時に自発 的に活用できる手がかりが必要であると判断し,「次の順番の児童が落としたボードを拾う」 ための手がかりとしてボールを入れる籠に硬式テニスボールが入る大きさの穴を5 個開け たA4 サイズの段ボールを取り付けた。また,「次の順番の児童にボールの入った籠を渡す」

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26 ための手がかりとしてA~D 児の写真付き名前カード 4 枚をストラックアウトゲームでボ ールを投げる順番に貼ったホワイトボードを,児童の座席からも常時見えるように配置し た。その結果,A 児は「自分の投げたボールを 5 個拾って籠に入れる」活動は段ボールの 穴を見て人差し指でボールの入っていない穴を全て指して最後までやり切れるようになっ た。「次の順番の児童にボールの入った籠を渡す」活動では,介入2 期後期には自発的に C 児に籠を渡せるようになった。 B 児は自分で段ボールの穴の数を声に出して数え,多目的 室に散らばったボールを残らず拾うことができるようになった。他の児童の順番の間,自 分の座席から写真カードを投げる順番に貼ったホワイトボードをよく眺めており,躊躇す ることや支援者に援助を求めることなく,A 児に籠を渡す活動が自発的にできるようになっ た。本研究のように小集団活動でそれぞれの構成員がそれぞれの役割を持ち活動する場合, 活動成立・維持のための刺激とともに活動成立・維持を阻害する刺激が多数存在すること となる。小集団活動の成立・維持を苦手とする知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児 にとっては,指導者の声掛けや指さし,身体プロンプト等の「支援者次第で有無が決まり, 消えてしまう」手がかりだけでは様々な刺激が混在する日常生活場面での集団活動の成立 は難しいと考えられる。このことから,対象児が必要とする時に自発的に活用できるよう な手がかりが知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児の小集団活動の成立・維持に有効 であると言えよう。 小集団活動の成立・維持に伴い,対象児同士や他の児童とのやりとりにも変化が見られ た。A 児は籠を受け取ろうとしない C 児に対して,手を取って籠に触れさせようとしたり, C 児に「はい」「どうぞ」と支援者が同じ場面で口添えする言葉を言う等したりして籠を渡 す姿が見られるようになった。B 児は C 児がボールを拾う場面でなかなか活動に向かわな い様子を見て,自発的にボールを拾ってC 児の持つ籠に入れる姿が数回観察された。また, B 児は研究開始前には A 児を極端に避けていたが,A 児に籠を渡す活動が自発的にできる ようになり,日常生活場面でもA 児を極端に避ける姿は見られなくなった。また,B 児の 方から落ちていたボールを拾ってA 児が持っている籠に入れる姿も見られた。これは,小 集団活動に取り組み,自発的に活動が成立するようになることで,他の児童のボール拾い を援助したり,他の児童に籠を渡す時の配慮をしたりする機会ができ,子ども同士のやり とりが成立したためと考えられる。知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児の社会的相 互交渉を促進するためには,他者との関わりややりとりを必要とする機会の設定とそれを 成立させるための支援が必要であると考えられる。

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27 対象児がどんな支援を手がかりに小集団活動を成立・維持させ,子ども同士のやりとり を拡大させたのかについて客観的な分析を行うには、正確な指導条件場面の設定を必要と する。しかし本研究では,学校における授業場面での実践であり,対象児以外の参加児童 の影響も受けていること,様々な手がかりを同時期に実施していること,また実験デザイ ンも介入なしに戻していないことから,どのような支援が知的能力障害と自閉症スペクト ラム症のある子どもの社会的相互交渉を促進するのか同定することは困難である。そうし た手法上の限界を踏まえた上で本研究の意義を捉える必要があろう。構造化された実験環 境において更なる研究を行い、社会的相互交渉を促進する支援の方法について明らかにで きるか検証を行う必要がある。 *2 研究Ⅰ-1 の要旨は日本特殊教育学会第 51 回大会において発表された。

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28 研究Ⅰ-2 知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児に対する 小集団活動とやりとりを促進する環境調整と指導*3 目的と意義 研究Ⅰ-2 では,特別支援学校に在籍する知的能力障害と自閉スペクトラム症のある児童 の小集団において,朝の会の場面で対象児が手がかりを活用して,自発的に活動参加し, 朝の会の運営を通した児童同士の自発的なやりとりができることを目的とした環境調整と 指導を行うこととした。網谷・武蔵(2008)は,発達障害児の相互交渉を繰り返し学習できる 機会の設定として,日常の学校生活に位置づけられる相互交渉の場の設定が有効であると 述べている。また村中・小沼・藤原(2009)は,小集団指導において児童相互に関わり,育ち 合う授業作りとそれを基盤とする学級経営は,学校の本質的な教育機能の 1 つと考えられ ると述べ,相互交渉を学ぶ機会の設定の重要性を述べている。対象児が毎日繰り返し相互 交渉を学習できる機会が設定でき,指導終了後も同様の学習機会が継続できることから, 対象児の学習課題として朝の会活動が適当であると考えた。この朝の会活動の指導を通し て,知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児が自発的に小集団活動に参加するための環 境調整と指導について検討する。併せて,小集団活動の成立・維持に伴う児童同士のやり とりの変化についても分析を行う。 方法 対象児童 特別支援学校小学部男児 4 名(以下,A 児,B 児,C 児,D 児)を朝の会活動 の指導の対象とし、本研究ではそのうちA 児,C 児,D 児の 3 名を分析対象とした。B 児 は研究開始前から朝の会への活動参加を自発的にすることができていたため,分析対象か らは除外した。B 児は D 児が貼った日付カードの読み上げ,健康観察カードを見て他の 3 名の児童に「元気ですか?」と声掛けをしてハイタッチをする,給食カードを読み上げる, の3 つの活動を行っていた。健康観察で声掛けにすぐ反応しないことが多い C 児と D 児の 2 人に対して,セッション 7 から自発的に声掛けと同時に C 児と D 児の顔の指さしをする ようになった。 A 児は研究開始時 11 歳 8 ヶ月で,自閉症の診断があった。12 歳 0 か月時に実施した K-ABC

参照

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