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アーカイブ活用報告(女性の歴史研究会)

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Academic year: 2021

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アーカイブ保存修復研修(基礎コース)

アーカイブ活用事例 ―『女たちが立ち上がった―関東大震災と東京連合婦人会』等を例として― 2018.11.20 国立女性教育会館 女性の歴史研究会 永原紀子

はじめに

『女たちが立ち上がった―関東大震災と東京連合婦人会』(ドメス出版)は、折井美耶子・ 女性の歴史研究会編著で、2017 年 3 月に出版したグループ研究によるものである。 「女性の歴史研究会」は 1995 年にスタートし、1998~2003 年に会誌『新婦人協会の研究』 1~3 号を発行。2006 年に『新婦人協会の研究』(『歴史学研究』No.832、2007.10 で書評) を、2009 年には『新婦人協会の人びと』をともにドメス出版から刊行。 2010 年から東京連合婦人会の研究に着手し、2014 年に総合女性史学会近現代女性史部会 で中間報告を行い、2017 年に本書を出版。2018 年 1 月に総合女性史学会地域女性史部会で 研究報告を、6 月には日本女性学習財団での「ぶっく・とーく」を行った。 本日は、アーカイブ活用事例として、『女たちが立ち上がった…』を中心として取り上げ、 新婦人協会の事例についても少々報告したい。

Ⅰ 東京連合婦人会の調査・研究にあたって

関東大震災がきっかけで結成された東京連合婦人会の研究を始めた一年後、東日本大震 災が起こり、関東大震災の被害と重なって見え、震災と救援活動に注目することとなった。 関東大震災時の女性たちの救援活動は目覚ましいものであったが、公的な記録にはあまり 残されていない。災害時における女性たちの細やかな活動が、救援、復興にいかに実効を もたらしたかを明らかにすることは、社会的意義が大きいと考えた。女性の視点は、今後 の災害救援・復興にとっても不可欠であり、東京連合婦人会結成の経緯と活動を紹介する ことは、現代の災害にも通ずる貴重な記録である。 また、本書では、救援活動の協力のなかから生まれた女性たちの大同団結による東京連 合婦人会が、廃娼運動(全国公娼廃止期成同盟会)と婦選運動(婦人参政権獲得期成同盟 会)という全国組織を生み出す原動力となった経過も明らかにした。 <関東大震災> 1923(大正 12)年 9 月 1 日(土)午前 11 時 58 分、相模湾北西部を震源とする M.7.9 の大地 震で、被害は関東一円に及ぶ。死者・行方不明者 10 万 5,385 人、住居の損壊 37 万 2,659 棟で、東京市内 15 区の約 43.6%が焼失。9 月 1 日に東京府臨時救済事務所、東京市非常災 害救護事務所を設置。2 日に臨時閣議で臨時震災救護事務局(内務省焼失で内相官邸)設置。

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<東京連合婦人会> 民間団体、女性団体(愛国婦人会、日本基督教婦人矯風会、日本女子大桜楓会、自由学園 など)も救援活動に奔走するなか、市社会局から乳幼児へのミルク配りの依頼を受けた矯風 会の久布白落実は、9 月 26 日付の協力呼びかけの手紙を配る。28 日に 12 団体 34 人が集合、 大同団結しての行動を確認し、東京連合婦人会を結成。30 日にミルク配り(練乳)を開始し、 「二重救済」の布団・衣類づくり、罹災者カード調査などを行い、5 つの部に分かれての活 発な部活動を展開。活動区分は第 1 期(1923.9.28~26.2.13)、第 2 期(26.2.14~42.12.8) とし、本日の報告は第 1 期を中心とする。 1. 先行研究からのアプローチ 主なものは、千野陽一『近代日本婦人教育史』(ドメス出版、19791)中の「東京連合 婦人会と婦人の学習活動」、楊 善英「関東大震災と廃娼運動」『国立女性教育会館研究 紀要』第 9 号(2005.8)、嶺山敦子『久布白落実の研究―廃娼運動とその周辺』(関西学院 大学大学院人間福祉研究科博士論文、2013.2)の「関東大震災における女性たちの震災救 援活動」、北原糸子『関東大震災の社会史』(朝日新聞出版、2011.8)であるが、これら 先行研究は、女性の視点からの、女性たちのニーズに応えた東京連合婦人会初期の救援 活動そのものや各部の活動についての詳細な記述は少ない。 そこで、鈴木裕子編・著・解説『日本女性運動資料集成 第 1 巻:思想・政治Ⅰ』(不 二出版、1966)の「震災救護と東京連合婦人会の創立」、『第 8 巻:人権・廃娼Ⅰ』の「全 国公娼廃止期成同盟会の成立」などを参考にして調査を始めた。 2. 公的記録からのアプローチ 東京連合婦人会の活動は、公的記録にほとんど掲載されていない。唯一のものが、(6) である。 (1) 東京府編『東京府大正震災誌』(1925):女性の活動に全く触れていない (2) 内務省社会局編『大正震災志(上)(下)』(1926):女性の活動に全く触れていない (3) 東京百年史編集委員会編『東京百年史』第 4 巻「大都市への成長(大正期)」(1972) 「第 5 編 大震災とその後の東京」:女性の活動に全く触れていない (4) 内閣府中央防災会議・災害教訓の継承に関する専門調査会報告書『1923 関東大震災 第二編 救護と救済』(2006):「継承」と称するが、女性の活動に全く触れていない (5) 東京都編『都史資料集成』第 6 巻「関東大震災と救護活動」(2005):震災直後から 毎日発行の「非常災害救護情報(甲)」を収載し、これに多少掲載。これを丹念に調 べていくと、東京連合婦人会の活動の裏付けがとれたものもある (6) 東京市編『東京震災録 別輯』(1927.3)「第三章 東京市民の活動」「第二節 団体の 活動」「第十款 東京婦人連合会」:東京連合婦人会に参加の各団体の活動が詳述され ている唯一と思われるもの 【国会図書館所蔵】復刻版(2013 年)もあり ※公的記録ではないが、中外商業新報社編纂『図録 大震から復興への実状』(1924.9)に、 「東京連合婦人会の震災活躍」の掲載がある。同社は日本経済新聞社の前身。

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3. 活用できたアーカイブ 『東京震災録 別輯』を見つけるまで、公的記録からのアプローチは不発のため、婦選獲 得同盟(婦選獲得期成同盟会)と関係の深い公益財団法人市川房枝記念会女性と政治セン ター図書室(婦選会館図書室)で調査した(2011.1.20、2.17、4.28)。また、現存する各参 加団体の資料室等に赴くなどして、機関紙誌、編年史等に当たった。 * * * * * 【(公財)市川房枝記念会女性と政治センター図書室(婦選会館図書室)】 日本の婦人参政権獲得運動に関する膨大な史資料を保存。これらは戦前、運動の主 流であった婦選獲得同盟が持っていたもので、戦火での焼失を憂えた市川が、南多摩 郡川口村(現・八王子市)に疎開させて残った貴重なもの。2000 年 5 月に戦前期の一部 約 8 万点を第Ⅰ期整理分としてマイクロフィルムと検索用データベースを公開し、2005 年に『マイクロフィルムⅠ』を刊行。これは内外の大学や国会図書館、国立女性教育 会館にも所蔵。(『婦人参政関係史資料 Ⅰ(1918-1946)目録』「刊行に寄せて」等より) なお、市川は震災時には在米中で帰国は 1924 年 1 月 22 日。本格的な活動は金子し げり等の誘いで参加した 11 月 13 日「婦人参政権並に対議会運動懇談会」から。した がって、当図書室所蔵の東京連合婦人会関係資料は、政治部の金子に由来する。 * * * * * 東京連合婦人会が組織作りよりも「実行から」で始まり、連日の激務のなか、多くの団 体が関わっており、日付や人数についての混乱が多くみられ、これらの特定に苦慮した。 (1)結成の経緯と初期の活動について ① 久布白が市から依頼のミルク配り、各団体に協力依頼の手紙を届けた日の特定 「罹災者救援の呼びかけ文」…会結成の発端となった手紙 【婦選会館図書室】 久布白から金子茂子(しげり)宛の手紙の実物により、9 月 26 日と確定 ② 東京連合婦人会結成の初会合の日付・人数・団体数の特定 宮川静枝「我等は何をしたか」『婦人新報』311 号(1923.10.10)では 9 月 28 日、 守屋東「帝都の復興と東京連合婦人会」『婦人新報』312 号(23.11.10)でも 9 月 28 日で 12 団体、「久布白の日誌」『連合婦人』52 号(1933.11)でも 9 月 28 日で 34 名。 →9 月 28 日に、34 名、12 団体が集合、と確定 【『婦人新報』は矯風会機関誌】 ③ 9 月 30 日のミルク配り初日に集合した人数の特定など 冊子『東京連合婦人会 1927』により、134 名と確定 【婦選会館図書室】 内藤貞子「ミルク配給の記」『婦人之友』(1923.11) 【学校法人自由学園】 「自由学園女学生によるミルク配り」写真 【自由学園女子部卒業生会】 ④ 「一週間療院」の開院日の特定 『婦人新報』311 号(23.10.10)に「十月廿日開院」の看板掲げられる、とあるが、 『東京震災録 別輯』掲載の「日本基督教婦人矯風会の報告」により、開院は 24 年 2 月 9 日で、同年 3 月末日閉鎖、収容 700 余人と確定 【国会図書館】

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⑤ 東京連合婦人会独自の罹災者カードによる調査実施の真否の特定 ★復興記念館所蔵の「避難者カード」について休館日の資料室で調査(2012.10.15)。 全 2 万枚のうち 5 千枚を保存(北原糸子が整理)。これは大震災直後 9 月 8~12 日 に東京帝大学生によるもので、当会の調査と無関係と判明。児童生徒の「大震災 感想記」約 30 冊も保存され、これらも貴重なアーカイブ 【東京慰霊堂保管庫】 ★当初は 2 回(ミルク配り時、市社会局委嘱「罹災者ノ生活状態調査」)と思われ た当会の罹災者カード調査が、独自カードによる調査との 3 回であったと確定 「東京連合婦人会調査カード」の実物の新発掘、 【婦選会館図書室】 『東京震災録 別輯』掲載の「日本基督教婦人矯風会の報告」の「大正十二年 十一月十四日より同十三年一月三十一日迄数次に渉りて約十万戸を調査」による ⑥ 日本女子大学校同窓会桜楓会の活動の把握 2014.2.25 に日本女子大学内の桜楓会資料室で、機関紙『家庭週報』を閲覧。 震災後半年間のものに目を通したので、桜楓会を中心とした活動の詳細を把握。 特に罹災者カードの調査項目、調査の方法や当日の様子、感想など多く得た。 ⑦ 桜蔭会(東京女高師同窓会)、作楽会(東京女高師附属高女同窓会)の活動の把握 2014.5.8 にお茶の水女子大学内の桜蔭会資料室で『桜蔭会史』(1940)等を閲覧し、 作楽会事務所で『作楽会々報』関東大震災臨時号(1924.2)を閲覧。桜蔭会の罹災 者カード調査と罹災児童愛護デーの詳細を把握。 (2)部活動(社会事業部、授産部、労働部、政治部、教育部)について ① 労働部の活動 ★「労働講座設立趣意書(テウトリヤルクラス)」により、部の目的は女性労働者 全体の底上げではなく、女性の労働運動指導者を養成して社会に送ることと確認 ★「労働婦人協会趣意書・労働婦人協会申合せ」、「事務報告」「事務報告(第二回)」 により、1926.2 の組織改編により労働婦人協会と改称する経緯の詳細が判明 【婦選会館図書室】 ② 政治部(研究部)の活動 ★新発掘の「政治部」ノート 【婦選会館図書室】 全国公娼廃止期成同盟会を発足させ、婦人参政権獲得期成同盟会設立の原動力 となった政治部の活動を明らかにすることの意義は大きく、、「政治部」ノートに より、政治部の動きを手に取るように追え、部のメンバーの特定もできた。 ★宣言文「国民に訴ふ」(山川菊栄起草)、パンフレット『公娼全廃せよ』(山川) 【婦選会館図書室】 (3)機関誌『連合婦人』(1928.5.1~1942.9 まで確認、以降不明)について 2012.12~13.11 に不二出版から復刻版が刊行(1~147 号、但し 145,146 は欠号、148 号 以降不明)されるまで、もっとも揃っていたのが婦選会館図書室(33 の欠号)であった。 特に、10 周年記念の 52 号(1933.11)には、結成時の記録が掲載されていて活用できた。

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・国立国会図書館:創刊号のみ ・日本近代文学館:106~147 号の中で 15 冊のみ ・東京女子医科大学資料室、吉岡弥生記念館(静岡県掛川市):所蔵無し(2011 年)

Ⅱ 新婦人協会の調査・研究にあたって

<新婦人協会> (1919.11.24~22.12.8) 平塚らいてうが構想し、市川房枝をパートナーとして 1919(大正 8).11.24 結成の我が 国初の組織的、市民的女性運動団体。治安警察法第 5 条改正による女性の政治的権利獲 得や、花柳病男子の結婚制限による性道徳のダブルスタンダード是正を求めて運動した。 活用できたアーカイブ (1)『週刊 越後タイムス』 1920.11.7 越後タイムス社(新潟県柏崎町)創業 10 周年記念に、平塚らいてうと山田 わかの講演会を開催。平塚は、支部設立のための関西方面出張を柏崎からスタート。 2000 年当時、国会図書館への照会で、本紙は柏崎市立図書館のみ所蔵と判明。報告者 在住の東村山市と柏崎市が姉妹都市の縁で、当市中央図書館にレファランス依頼。柏 崎市立図書館より講演会前後の関係資料をコピー送付してもう。講演会の様子を把握。 ※『芸備日日新聞』『中國新聞』は、呉市史編纂室(澤原梧郎氏寄託)のみ所蔵で、劣 化のため、コピー資料をコピー。新婦人協会広島支部、「広島事件」の研究をまとめた。 (2) PR 誌『三越』 (1911.3.1 創刊の三越呉服店宣伝誌) 三越資料室を 1998.11.7 に、本書調査のため訪問。新婦人協会会員の小口みち子は 婦人運動家、歌人、美容家で、1927.4 大震災後に新築された日本橋三越本店に美容室 を開業していたため閲覧し、小伝にまとめた。当資料室は世田谷区深沢の三越エレガ ンス内にあったが、1999 年閉鎖。2018.11 に問合せ:資料室そのものは本店近くのビ ル内にあるが、現在は一般公開せず、閲覧申し込みも受け付けていない。 (3) 雑誌『飽薇 』(1925.1 創刊、広島県出身者の飽薇同好社機関誌、東京で発行) 第 42 帝国議会で 1920.2 に新婦人協会提出「花柳病男子の結婚制限に関する請願 書」の説明を行った憲政会の荒川五郎が、のちの 1934 年に民族優生保護法案提出の人 物であったため、この請願運動を日本の優生法の「議論の起点」とし、「優生法立法化 運動」とする批判的見解が示されていた(1997~2006 当時)。 国会図書館憲政資料室所蔵の「荒川五郎関係文書」分類番号 248「諸雑誌 寄稿集」 に、荒川の雑誌への掲載文のスクラップ「仏教と広島県」が保存されていた。ここに 彼の優生思想に否定的な発言を発見。手書きの掲載月日・巻号は判明(1926.5 刊の 12 巻 5 号)しても、雑誌名の判読難しく、「飽薇」が正しいかどうかの確認に手こずる。 当時、『飽薇』は国会図書館に見当たらず、NACSIS Webcat で広島大学図書館所蔵を 確認し、掲載年月と巻号で内容確認を依頼し、『飽薇(ほうび) 』と判明。1927.7 の外 の資料と合わせて、荒川は少なくとも 1927 年頃までは優生思想に懐疑的な発言が顕著 と例示し、優生法立法化運動と捉える見解に再考を促した。

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おわりに

私たち、女性の歴史研究会では、1986 年サークル女性史として出発する時から、女性史 研究者の折井美耶子氏から「とにかく、孫引きはしない!原典・原文に当たること!」と 指導されてきた。この当時、文献や雑誌等の復刻版が次々に出版され、原典・原文に当た ることが比較的容易になってきていたとはいえ、苦労した。マイクロフィルムで公開が始 まっていたプランゲ文庫の雑誌も利用した。新婦人協会の会員小伝では、ご遺族や関係者 を探し出して聞き取り調査し、多くの貴重な資料や写真などの一次資料を提供してもらい、 充実の内容とすることができた。坂本真琴、小口みち子、田中芳子は、東京連合婦人会に も参加しており、今回も人物紹介で活用することができた。 東京連合婦人会で活躍した内務省社会局嘱託の林ふく、これまで全く知られていなかっ た林について、母校の同志社女子大学(当時は同志社女学校高等学部)等での調査で、明 らかにすることができたのも収穫であった(担当:矢次素子)。また、羽仁もと子の活躍が 目覚ましかった自由学園の詳細な活動については、『婦人之友』の調査、同学園女子部卒業 生会からの写真提供などにより詳述できた(担当:織田宏子)。 『女たちが立ち上がった―関東大震災と東京連合婦人会』では、(公財)市川房枝記念会 女性と政治センター図書室(婦選会館図書室)の史資料から多くを得て、研究を進めるこ とができた。これは、会議記録、ビラやメモ紙に至るまでの一次資料保存の重要性を知っ ていた金子しげり(国民新聞社記者)や市川房枝が収集・保存し、戦火からも守り、多くの 専門家が資料整理に携わっていること、保存して公開する場所―婦選会館図書室を持って いることで、私たちは多くの貴重なアーカイブを活用できたことに感謝している。三越資 料室の一般公開中止となっている現状を知り、あらためて保存整理だけでなく、公開の必 要とその意義を痛感する。 8 人でスタートした東京連合婦人会の研究も、諸事情により、最終的には 4 人となったが、 一次資料の収集・分析は 8 人のグループ研究であったからこそ、できたことである。各人 が見つけてきた資料も共有し、討議して研究を深めることができた。 今後も、諸機関で、研究の大きな力となるアーカイブの保存と公開が続くことを願うば かりである。

参照

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