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フィリピンの漁師がつくる日本の夏のお中元

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Academic year: 2021

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フィリピンの漁師がつくる日本の夏のお中元

著者

野呂 忠秀

雑誌名

南太平洋海域調査研究報告=Occasional papers

31

ページ

155-161

URL

http://hdl.handle.net/10232/16914

(2)

南 太 平 洋 海 域 調 査 研 究 報 告 N b 1 3 1 南 太 平 洋 へ の 誘 い

フィリピンの漁師がつくる日本の夏のお中元

野 呂 忠 秀

お中元シーズンに贈答用の「ゼリー」がもてはやされるようになってから久しい.日本人におな じみの「水羊かん」を連想させる,いわば「洋風水羊かん」とでもいった,お中元ヒット商品であ る.水羊かんの原料は海藻のテングサ(天草).しかし,この「洋風水羊かん(=ゼリー)」は,東 南アジアの漁師が海で養殖した紅藻のキリンサイ(EzjcAezjmα)に含まれる多糖類のカラギーナン

(Carrageenan)である.日本の夏をいろどる「ゼリー」とフィリピンの漁師とのかかわりは?

1.お中元の定番フルーツゼリー お中元のシーズンになるとデパートやスーパーマーケットの食料品売り場には,プラスチックの カップに入った「ゼリー」が並ぶ.ゼリーの中味は果汁あり,シロップ漬けの果物や洋酒ありと, 実にさまざまである.化粧箱に行儀よく並べられたこのゼリーは,持ち運びに便利なだけでなく, 日持ちもよい.家庭で冷蔵庫の隅に入れておけば,急な来客時のお茶菓子として,特に夏は重宝で ある.

昔から「水羊かん」や「葛切り」に夏の涼を求めてきた日本人にとって,このゼリーは,こども

にも大人にも好まれる夏の冷菓の代表格である.いや夏だけでない.今や,子供のオヤツ向きのも のも加わり,四季を通して食品売り場に並ぶヒット商品である(図1). 図1カップ入りの「ゼリー」(鹿児島市内のスーパーマーケット)

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156 南太平洋への誘い 2.増粘多糖類力ラギーナン 日本人に馴染み深い「羊かん」は,寒天から作られた日本独特の食品である.

時は江戸時代の初頭,薩摩の島津候が参勤交代で京都の本陣に投宿した際にトコロテンを召し上

がったそうな.ご存じトコロテンとは,海藻テングサの煮汁を冷やして固めたものである.島津の

殿様が食べ残したトコロテンを料理人がそのままにしておいたところ,冬の夜の寒さで凍結し干か

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図2寒天の成分アガロース(Agarose)の化学構造

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図3寒天の原料となる紅藻のテングサ(下,Ge"伽、)とオゴノリ(上,GracjJarjα)

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フィリピンの漁師がつくる日本の夏のお中元 D R C ー U

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図4カラギーナン(Carrageenan)の化学構造

157 らびた棒に変身したのが,寒天の始まりと伝えられている.現在でも寒天の産地は,冬の寒さの厳 しい岐阜や長野の内陸部であり,この地方の農家では副業としてトコロテンを屋外で凍結乾燥させ 寒天を作っている.しかし,いくらお殿様とは申せ,真冬にトコロテンを召し上がるというのも風 邪をひきそうな話しであり,殿様が登場する昔話の常として眉唾の可能性もある.

この寒天(agar:agaroseの重合した高分子多糖類;図2)は,紅藻のテングサ属(GeJj伽、)

やオゴノリ属(GracjJarjα)(図3)を原料として作られるものであり,第二次世界大戦前までは 欧米への輸出品として,日本にとって重要な産品であった.

しかし,洋風水羊かんとでもいうべきゼリーの中に入っているのは,この寒天ではない.水溶液

にして冷やすと固まるという点では寒天に似ているが,カラギーナン(Carrageenan;図4)とい

う全く別の化学構造からなる多糖類である. 3.北大西洋産紅藻ツノマタ類とカラギーナン

カラギーナンは,同じく紅藻のキリンサイ(肋CノZeUmα)やツノマタ(CノカO7Zd7US)の類に含まれ

る多糖類である(図5‐6).

増粘多糖類カラギーナンの名前は,英国(スコットランド)のカラギーン地方に由来するもので

ある.この地方では,海岸に打ち上げられる紅藻ツノマタの一種(トチャカの類,学名Cノjo7zc池s

crjSPus,英名Irishmoss)をスープの具として食用にしており,特に飢謹の時の非常食として利

用されていた.その後,北欧やフランス,カナダでこのツノマタから粘性多糖類カラギーナンを抽

出する海藻工業が盛んになり,今日でも生産されている.

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158 南太平洋への誘い

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図5カラギーナンの原料となる北大西洋産の紅藻ツノマタの類(C/jo7zdruscrjSpus)

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錘 lLル1,リ 図6カラギーナン原料となる南太平洋産紅藻のキリンサイ(EZjcノjeumα) 4.南太平洋産キリンサイの養殖とカラギーナン カラギーナンを含む海藻として北大西洋産の紅藻ツノマタが利用されていたが,南太平洋産の紅 藻キリンサイの仲間にも多く含まれていることが知られるようになってからは,ツノマタの代替品 としてキリンサイも利用されるようになった.

これに着目したハワイ大学(マノア校)植物学部の海藻学者ドテイ(Doty)博士らは,フィリ

ピンでキリンサイのロープ養殖を1960-70年代に試み実用化に成功した.現在では,フィリピンは もとより,インドネシア,中国南部,フイージーやミクロネシアなどで盛んに養殖されるようになっ ている.

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M O N O L I N E M E T H O D 図7フィリピンのキリンサイ養殖方法

図 8 イ ン ド ネ シ ア の キ リ ン サ イ 養 殖 方 法 159 、 これら南太平洋各地で養殖されるキリンサイ属はコットニー種やスピノサム種と呼ばれるもので あり,生長速度が速く,十センチメートル程度の藻体断片をロープや糸(釣りのテグス)に荷造り テープで止めておくだけで3∼4ケ月後には一抱えもの大きさに伸長する.一般に海藻類は胞子に よって繁殖するが,これら養殖種のキリンサイは胞子ではなく,藻体(栄養体)の栄養生殖によっ て子孫を増やすことが知られており,養殖はこの方法を応用したものである. 具体的には,潮通しのよい海岸の浅瀬に木や竹の杭を建て,その間に張った糸やロープに藻体の 一部をくくりつけて大きくする方法(フイリピン方式)や,竹で四角の筏(いかだ)を作り,そこ に碁盤の目のようにロープを張って藻体を結びつけて大きくする方法(インドネシア方式)が行な われている.何れの場合も,高度な栽培技術を駆使するわけでなく,施肥の必要もない.10-20cm 程の藻体の断片は,数カ月後にはひとりでに一抱えほどの大きさに生長する.後は収穫するだけの, いたって手間のかからない養殖方法である.

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160 南 太 平 洋 へ の 誘 い 図9収穫したキリンサイの乾燥風景(フィリピンのミンダナオ島サンポアンガ) このように,キリンサイの養殖は,資材や設備に充てるための資本も必要としないことから,東 南アジアの零細漁民の手軽な現金収入としては格好な産業であり,近年,国連の世界食糧農業機構 (FAO)でも発展途上国における小規模漁業の事例として推奨している(図9). しかし,当の養殖漁業者たちのほとんどは,中国系の仲買が買ってくれることまでは知っている が,それからカラギーナンが取れることも,日本に輸出されてお中元のゼリーやペットフードに姿 をかえることも知らない. 5 . カ ラ ギ ー ナ ン の 用 途 ゼリーの製造はカラギーナンがゲル化する性質を利用したものである.この他にも,カラギーナ ンには保水性や化学的安定性などの優れた性質があり,これらの特徴を利用して我々の知らないう ちに多くの分野に利用されている. 例えば,食料品の分野では添加物としてアイスクリーム(粘性の増強),ビール(泡立ち),ハム・ ソーセージやペットフード(肉のつなぎ)に利用されている.また,化粧品としては,日焼け防止 クリーム(紫外線吸収),シャンプー(髪にシットリ感を与える),保水性クリーム(肌の保水), また農業分野ではバイオテクノロジーによって作りだされた人工種子の被膜(保水性を利用した種 子の保護),さらには工業分野の潤滑剤(高温で粘性が低くなる)などがそれである. 6 . カ ラ ギ ー ナ ン の 生 産 1970年代前半,関西の大手製菓会社を脱サラした松元正行氏は,郷里の鹿児島県出水市で,手製

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フ ィ リ ピ ンの 漁 師 が つ くる 日本 の夏 の お 中 元 161 の器 具 を駆 使 して,フ ィ リ ピ ン産 の キ リ ンサ イか らカ ラ ギ ー ナ ン を熱 水 抽 出 す る方 法 を開 発 した. そ の後,氏 は 自 ら(有)マツ モ ト産 業 を興 し,自 宅 の納 屋 を改 造 した 工 場 で 月産10ト ンの カ ラ ギ ー ナ ンを生 産,そ の 製 品 は欧 州 市 場 に まで 出 回 っ て い た. そ の後1982年 に,マ ツ モ ト産業 の経 営 は 山 口準 三氏 に移 り,製 造 設 備 の 近 代 化 が は か られ た.現 在 は,社 名 も 日本 カ ラ ギ ー ナ ン工 業(株)と 改 め られ,カ ラ ギ ー ナ ンの 生 産 を続 けて い る.し か し, 原 料 の キ リ ンサ イが 東 南 ア ジ ア で採 取 され る こ とか ら,同 社 で は 台 湾 や イ ン ドネ シ ア の 海 外 生 産 工 場 と提 携 し,さ ら に フ ィ リ ピ ンに も工 場 を 建 設 中 で あ る(1997年 現 在). 日本 で 増 粘 多糖 類 の カ ラ ギ ー ナ ンを 製造 して い る の は,同 社 の 他 に(株)中 央 化 成(兵 庫)と (株)MRCポ リサ ッカ ラ イ ド(富 山)の あ わ せ て 三社 で あ り,国 内 の 特 に 食 品 産 業 で 消 費 さ れ る カ ラ ギ ー ナ ンの需 要 を賄 う た め に輸 入 カ ラ ギ ー ナ ン も利 用 され て い る. [本 稿 の 執 筆 に あ た り校 閲 の 労 を賜 った 井 上 守 氏(日 本 カ ラギ ー ナ ン工 業)に 感 謝 の 意 を 表 し ま す.] 引 用 文 献

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