• 検索結果がありません。

自律的な学習を支援する大学教師の悩み : 新任者と経験者に対する調査から

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "自律的な学習を支援する大学教師の悩み : 新任者と経験者に対する調査から"

Copied!
14
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

─研究論文─

自律的な学習を支援する大学教師の悩み

─新任者と経験者に対する調査から─

藤田 裕子 要 旨  本研究では、大学において「自律的な学習」という新しい教育理念で行われる授業を担 当する新任者と経験者の悩みを分析し、支援のあり方を探った。両者の「自律的な学習を 取り入れた授業における悩み」に対するイメージを PAC(Personal Attitude Construct: 個人別態度構造)分析によって分析した結果、新任者はすべてを同僚に確認しないと授業 が進められないという悩みを持っているのに対し、経験者は根本的に考え方が異なる同僚 に相談されていかにアドバイスするかという悩みを持っていることが判明した。新任者で 教師の生涯発達において「前期」にある者に対しては、熟達化への動機付けが高まるよう な条件を整え、教師の生涯発達の次の段階へ進めるよう支援することが必要であり、経験 者で教師の生涯発達において「後期」にある者に対しては、管理職からの情緒面でのサポ ートが効果的な支援の1つとなると考えられる。  【キーワード】 自律的な学習、新任者と経験者、悩み、PAC 分析、同僚 1.問題の所在と研究目的  新しい教育理念で実施される授業を担当する大学教師はどのようなことに悩んでいるの であろうか。その授業の新任者と経験者には、悩みに違いがあるのであろうか。  教師の抱える悩みについては、用いる用語や研究の焦点が異なるものの、これまで多く の研究がなされてきた(伊藤 , 2000; 高木・田中 , 2003 など)。これらの研究では、悩みは 教師のメンタルヘルスを悪化させる要因として論じられているが、都丸・庄司(2005)に よれば、教師への支援は乏しく、悩みを抱えその対応に苦悩する教師も少なくないという。 一方で、悩みは教師を成長・発達させる要因として捉えられることもある。小山・河野・ 赤木・加藤・別惣・妹尾(1994)は、教師の成長の契機となる出来事の中で最も多いのは、 日々の授業実践における学習者との接触、問題のある学習者への対応など「教育実践上の 経験」であると報告している。  一方、教師の熟達化に関する研究では、初任者と熟達者に焦点を当て、熟達の様相を記 述する試みが多数行われている。八木・吉崎(1990)は、同じ単元を教える 1 年目の教師と 21 年目の教師の授業を比較し、教材内容についての知識、教授方法についての知識、学 習者についての知識に関し、両者に差異があることを明らかにした。また、木原(2004)は、 複数の実証的研究から、中堅・ベテラン教師の授業力量が重層的・統合的であることを示 している。もちろん、経験が長いほど優れているとは限らないし、経験が長いゆえに好ま

(2)

しくない変化が生じる場合もある。そのため、常に経験の長い者が優れ、新任者が同じ方 向へ成長することを前提とすることには問題がある。また、個々人の経験が異なることや、 経験から学ぶ量には個人差があることにも留意しなければならない。しかしながら、教師 は「教育実践上の経験」を通じて得られた知識に基づき、試行錯誤を繰り返しながら省察 によって自己の専門的力量を高めていく存在であることも事実であろう。したがって、本 研究では「教育実践上の経験」による教師の好ましい変化を成長とみなし、論を進める。  ただし、教師の抱える悩みや教師の熟達化に関する先行研究では、大学教師を対象にし たものは少ない。また、新しい教育理念で授業を実施する教師の悩みに焦点を当てたもの はほとんど見当たらない。藤田(2009)は「自律的な学習」という新しい教育理念で実施す る授業を担当する 3 名の大学教師を対象とし、学習者の自律性を尊重することへの理解、 教師の役割、視野において、経験年数による違いが認められたとしている。さらに藤田 (2010)は、「自律的な学習」を目指した授業を初めて担当した教師歴 21 年の大学教師を 2 年間調査し、1 学期終了時(4 ヶ月後)は教師主導型の教育観を持ち、教師の役割が見出せ ない状態にあったが、4 学期終了時(2 年後)には学習者の自律性を尊重することへの理解 を深め、教師の役割を見出し、学習者の生活や生き方にまで視野を広げたとしている。し かし、いずれも悩みに焦点を当てているわけではない。一方、藤田(印刷中)は、必修の 一斉授業に「自律的な学習」を取り入れ、2 年半の実践を行った 2 名の大学教師の悩みを調 査しているが、両者は解決できていない悩みがあってもそれほど深刻に悩んでいなかっ た。その要因の 1 つとして、授業の比重が自律的な学習よりは教科書にあったことが挙げ られる。  では、授業の比重が「自律的な学習」に置かれている場合、教師はどのようなことに悩 むのであろうか。そして、教師への支援はどのようにしたらよいであろうか。悩みが教師 を成長・発達させる要因となるならば、新しい教育理念で授業を実施する教師の悩みを明 らかにすることは、教師の成長を促す効果的な支援を考える上で意義があろう。そこで本 研究では、大学において「自律的な学習」という新しい教育理念で行われる授業を担当す る新任者と経験者の悩みに焦点を当てて調査を行う。   2.調査方法 2.1 対象授業と調査協力者  本研究の対象授業は、自律的な学習を促すべく、本校の日本語プログラムにおいて 2003 年度より開講された「チュートリアル」という授業である。本プログラムにおける自 律の定義は、学習者が自分のニーズや希望に役立つように、自分の学習をコントロールす るための能力であり、何を、なぜ、どのように学ぶかということを自分で選んで決め、計 画を立て、実行し、その結果を自分自身で評価できるような知識やスキルである(齋藤・ 松下 , 2004)。チュートリアルは週 1 回の 90 分授業であり、1 学期の授業の流れは基本的に 1) 個別ニーズの明確化、2)学習目標の設定と学習方法の選定、3)学習計画の作成・リソー スの決定、4)個別の学習、5)学習進捗状況の管理、6)学習成果の評価となっている。教

(3)

師は教授者ではなく学習支援者という立場で、学習者と学習の進捗状況などについて個別 に話し、質問に答えたりアドバイスを与えたりする。この授業では、学習者が希望すれば、 日本人大学生のボランティア(以下「クラスゲスト」)に授業に参加してもらうことも可能 である。評価基準は出席 30%・学習者の自己評価 20%・学習者の自律学習に対する教師 の評価 50%となっており、クラス一斉のテストはない。  調査協力者は、教師 S と教師 K である。教師 S は 2010 年 4 月に本校に着任した日本語教 師歴 6 年の教師であり、担当は中級レベルの短期留学生のクラスであった。相互学習型活 動をテーマに研究をしており、クラスゲストが参加するチュートリアルには関心が高かっ た。調査時点(2010 年 5 月)でチュートリアルを担当して 1 ヶ月であった。一方、教師 K は 日本語プログラム創設時から勤務する日本語教師歴 23 年の教師であり、主に初中級レベ ルの短期留学生のクラスを継続して担当している。授業開講前にはコーディネーターの依 頼で自律的な学習に関する英語文献を翻訳して同僚に紹介するなど、本校のチュートリア ルの発展に深く関わってきた。調査時点でチュートリアルを担当して 7 年であった。教師 S は調査者と同世代で、同期で研修を受けて海外に赴任した経験があり、本校着任前から の知人である。教師 K は調査者より年上で教師歴も長いが、調査者の調査に何度か協力し ており、授業やその他のことについても話す機会が多い。そのため、調査者は両者と率直 な意見交換ができる間柄であった。なお、本プログラムは自律的な学習をテーマとした実 践や研究に関わっている教師が多数おり、情報交換や相談がしやすいことが特徴である。   2.2 分析方法

 本研究では、PAC(Personal Attitude Construct:個人別態度構造)分析(内藤 , 2002) を用いる。PAC 分析とは、当該テーマに関する自由連想、連想項目間の類似度評定、類似 度距離行列によるクラスター分析、当人によるクラスター構造のイメージや解釈の報告、 研究者による総合的解釈を通じ、個人別にイメージ構造を分析する方法である。調査協力 者が 1 名でも分析でき、個々の体験に関する個別のイメージの分析に適しており、調査協 力者自身の見方に沿った変数を取り出すことや、クラスター間の関係に調査協力者のイメ ージや解釈を加えて因果関係の推論をすること、開示されるエピソードから構造全体を共 感的に理解することが可能である。落合(2003)は、日本の教師の悩みに関する研究のほと んどが量的研究によって進められているが、教師文化や学校状況が重要となるため質的研 究が必要であると指摘している。また、秋田(1997)は、教師の変容や成長に関し、自己を 振り返り省察すること、物語ることが重要であると述べている。以上のことから、教師の 悩みについて調査するにあたり、PAC 分析は有効な方法の1つであると考えられる。  PAC 分析の手順は以下の通りである。1)連想刺激を印刷した文章を見せながら、口頭 で読み上げる。「あなたがチュートリアルを実際に行ってみて、悩んだことを思い浮かべ てください。最終的には悩みが解決した・よかったと感じたことであっても、そうでなく ても結構です。その悩みはどのようなものでしたか。その悩みに対してどのように対処し ましたか。または、どのように対処すればよかったと思いますか。頭に浮かんできたイメ

(4)

ージや言葉を、思い浮かんだ順にカードに記入してください。」2)この連想刺激から連想 される項目を 1 枚のカードに 1 つずつ自由に書いてもらう。項目数は自由である。3)連想 終了後、調査協力者にとって重要であると感じられる順にカードを並べ替え、その順位を カードに記入してもらう。4)項目相互を比較し、2 つの項目が直感的イメージでどの程度 近いかを 7 段階で評定してもらう。これを全てのカード間で行う。5)調査者がカード間の 評定結果をクラスター分析(ウォード法)で処理し、分析結果(図 1・2 参照)に調査協力者 が書いた項目を記入する。6)図に基づいて面接調査を実施し、図の分け方(以下分けられ た項目の固まりを「クラスター(CL)」とする)、各 CL から浮かぶイメージ、CL 間の関係、 全体のイメージ、各項目の意味とイメージ(+/ 0 /−を感覚的に評価)1について尋ねる。 面接調査において調査者は自分の意見に囚われることなく、調査協力者が感じることを丹 念に聞き、CL のイメージや内容を共に探索する。   3.結果  分析結果を図 1、図 2 に示す。CL 数の決定は内藤(2002)に拠る。まず調査者の思案的 な CL 構造の解釈を腹案とし、各 CL の項目を順に読み上げ、それらへの調査協力者のイ メージや解釈を尋ねる。調査協力者による CL のまとまりが調査者と異なって分割された り併合されたりする場合は、調査協力者のイメージに沿って CL の数を変更し、総合的に 解釈する。本研究ではいずれも調査者の想定した CL の分割と調査協力者の解釈イメージ が一致した。なお、面接の所要時間は両者とも約 1 時間半である。 3.1 教師 S 3.1.1 教師 S による CL の解釈  図 1 は教師 S の分析結果である。図の左端の数字は項目の重要順位、横軸は項目間の距 離2、項目の後の(+/ 0 /−)は各項目のイメージを表す。以下、調査協力者の連想項目 とそのイメージを[ ]、各 CL のイメージと全体のイメージを< >に入れ、CL ごとに 項目と発話を整理して記載する。なお、本研究をまとめるに当たり、整理した発話が事実 や教師 S や K の考えと相違がないかを両者に確認している。  CL1([どの程度介入すればいいのか]からの 5 項目):  自分の外国語学習で学習目標を設定した経験はないし、そういう授業を持ったこと もないので、学習者が書いた目標を見てもコメントの加減の勘が全く働かない。それ で、授業中はあまり踏み込まないでやりとりを一旦止めて、同僚に学習目標の紙を見 せて、アドバイスをもらってから次の授業に行くという形にしてました。…学生は目 標に沿った方法までは書けても、学期末までのスケジュールは書けない。初めてこう 1 各 CL 内、また全体の+と−が拮抗するほど葛藤状態が強い(内藤 , 2002)。 2 項目間の類似度判定の際、尺度の端(1 や 7)につけるか中央(4)につけるかの傾向には個人差があるが、 他人との比較ではなく同一人物内での相対距離が意味を持つため、絶対距離よりも相対距離の方が解 釈に貢献する(内藤 , 2002)。

(5)

いう学習をするなら私でもそうなると思うので、それでいいという気持ちもありまし たが、ここで私がもう一押しして、もう少し具体的なものを出せと迫る方がいいのか 分かりませんでした。  CL2([自己評価について経験者に聞く]からの 4 項目):  初めて自己評価を書くように求められたら、一応書いたという程度になると思うん です。別にこれが絶対ではないし、第一歩であることを踏まえると、プロセスだから 完全でなくてもいいと思うんです。じゃあ、どこまで介入するのか。でも、チュート リアルの細かいことの1つ1つがよく分からない。自己評価についても、私の勘違い が後で分かったんです。自分で軸があって決められるのではなくて、既に先輩たちが 築いてる枠組みがある。それに則ってやった方がうまくいくのではと思ってます。ま ずは踏襲してみて、その上で考えることがあれば自分なりに変えていくことに意味が あると思う。だからこそ、今は人に聞かないと何もできなくなってしまうんですね。  CL3([TA さんに何をしてもらうか]からの 3 項目):  教師としてどのようにこのクラスを成り立たせるか。学生 12 人、クラスゲスト 3 人、 TA1 人が「今何したらいいんだろう」と思わないようにいつも気を遣います。特にク ラスゲストには暇な時間がないように。TA は私より経験があって自主的に動いてく れているので、本当に助けられてますが、一応の責任は感じています。毎回仕事をき っちり決めてやっているわけではないので、戸惑いはないのか気になってます。それ から、1 回の授業のうち、学習者に TA も私も全く声をかけないということがないよ うにしていますが、1 人に 20 分もかかっていると、他の人のことも気になる。その辺 0        距離 ¦‒‒‒‒+‒‒‒‒+‒‒‒‒+‒‒‒‒+‒‒‒‒+‒‒‒‒+‒‒‒‒+‒‒‒‒+‒‒‒‒+‒‒‒‒+ ¦__. ¦__¦ ¦__¦ ¦__¦_. ¦____¦___________. ¦__. ¦ ¦__¦ ¦ ¦__¦_. ¦ ¦____¦___________¦_________. ¦__. ¦ ¦__¦ ¦ ¦__¦_______________________¦______________________. ¦__. ¦ ¦__¦ ¦ ¦__¦ ¦ ¦__¦ ¦ ¦__¦______________________________________________¦ どの程度介入すればいいのか(0) 目標にどう介入するか(0) 目標設定について経験者に聞く(+) この目標はO.K.なのか(学期末までいけるのか)(0) 学習目標設定(0) 自己評価について経験者に聞く(+) 学習者の自己評価(0) 自己評価にどう介入するのか(0) どのように評価するのか自分でもよく分からない(0) TAさんに何をしてもらうか(−) 誰にどの程度声をかけるか(0) 毎回のクラスでの学習者への介入(+) これまでの流れと自分の研究・立ち位置(+) クラスゲスト(+) 共生化の過程の追及(+) どのような位置づけの参加を求めるか(+) 相互学習型活動との関連性(+) 1) 2) 3) 17) 16) 7) 13) 15) 14) 6) 8) 9) 4) 5) 10) 11) 12) 14.87 図 1 教師 S の結果

(6)

をどう加減したらいいか。    CL4([これまでの流れと自分の研究・立ち位置]からの 5 項目):  今まで日本人学生と留学生が相互に学ぶということを研究してきたので、クラスゲ ストが自分にとって大きな意味を持っているんです。彼らにも単位を与えて、対等な 立場でお互いが自分の学習を追及するのが理想ですが、これは難しい。でも、彼らが お客様で、ただ一方的に支援する側になるのは抵抗がある。どこまで理想に近づけて 現実と折り合いをつけるのか。でも、新任で分からない中で目標設定や評価でいっぱ いいっぱいなので、チュートリアルのクラスから見れば小さいクラスゲストの扱い に、どれほどの時間と労力を使うか考えますね。今回はこだわらなくていいという気 持ちと、やっぱりこだわろうという気持ちとのせめぎ合いです。  全体のイメージ:  <有意義な悩み>です。悩む価値がある。これには周りが関係してます。ポジティ ブに悩める環境がある。1 を聞くと 2 答えてくれる。聞いた時に、「教師何年もやって るんだろうから、それぐらい自分で考えなさいよ」という気持ちが感じられるときつ いですね。悩みは絶対に発生してくるから、聞きやすい人が周りにいないと深刻にな ります。ここは幸い聞ける雰囲気だから有意義な悩みです。  その他:  この授業があってよかったです。チュートリアルは枠組みが自由な分、自分が今ま でやってきたことを反映させる余地がある。それがどれだけ自分がこだわるかといっ た悩みにもなりますが。多分、どんな教師でも自分なりのチュートリアルへの関わり 方があって、自分のバックグラウンドが反映できる。これはとても健全でいいと思い ます。 3.1.2 調査者による教師 S の CL の解釈  CL1:チュートリアルでは授業の初めに学習者が個別に学習目標を設定し、学習方法を 決め、学習計画を作成してから個別の学習に入る。まず、学習者が自分の日本語学習の目 的を考え、1 学期で達成できる学習目標を考えるのであるが、教師 S はチュートリアルの ような授業が初めてであるため、学習者が決めた学習目標にどのようにコメントすればよ いか分からない。また、教師 S は 1 学期を見通して学習計画を立てることが学習者にとっ て難しいと想像できるため、うまくできなくてもよいという気持ちがある。一方で、きち んとした学習計画を提出させるのが教師としての役割なのではないかという気持ちもあ る。CL1 は、教師 S が初めてのことに戸惑う学習者に自分を重ねつつ、同僚にアドバイス を求め、教師としての役割を模索している様子が窺えるため、<新しい教師役割の模索> と名づけられる。  CL2:教師 S は、チュートリアルは自律的な学習の入り口であり、最初は自己評価がう まくできなくてもよいと思っている。一方で、「チュートリアルの細かいことの1つ1つ がよく分からない」ため、どこまで介入すればよいのか分からない。チュートリアルでは

(7)

学習者の自己評価が成績の 20%を占め、授業の初めに自己評価を行う項目とそれらの評 価割合を決定する。既存の評価用紙には評価項目が記載されているが、学習者が自分で評 価項目を考案してもよい。ただし、必須の評価項目もあり、初めて評価用紙を目にした場 合混乱する者もいる。教師 S は、チュートリアルのすべてのことにおいて既存の枠組みが あることに気づいており、まずはそれに則ってやってみようと考えているが、明文化され ていないことも多く、同僚に逐一確認せざるを得ない。CL2 は既存の枠組みが見えず、同 僚に頼らずに授業が進められない自分へのもどかしさが感じられるため、<見えない枠組 みと自分に対するもどかしさ>と命名できる。  CL3:教師 S は「日本人学生と留学生が相互に学ぶということを対象にして研究してき た」(CL4)ため、クラスゲストが何をしたらいいのか困らないよう気を配っている。また、 TA がチュートリアル経験者であるため、助かっているという意識はあるものの、教師と しての責任も感じているようである。さらに学習者に対しては、「1 回の授業のうち、TA も私も全く声をかけないということがないように」しつつ、全ての学習者に満遍なく接し ようとしている。CL3 は、初めて経験する授業でクラス運営に神経を使う姿が表れている ため、<初めての授業におけるクラス運営の難しさ>であると解釈できる。  CL4:研究者としての教師 S からすると、クラスゲストにも「単位を与え、(留学生と) 対等な立場でお互いが自分の学習を追及するのが理想」であるが、実際には大学の制度上 難しい。しかし、クラスゲストが「一方的に支援する側になるのは抵抗がある」。一方、 教師 S はチュートリアルの基本をこなすだけで自分の許容量を超えそうであると感じてお り、どこまで理想にこだわるか迷っている。CL4 は<理想と現実の間での迷い>が表れて いると言えよう。  全体:多くの人は教職生活の開始以前に学習者として長い被教育経験を持っているた め、強固な授業イメージが形成されている(秋田 , 1996)。しかし、チュートリアルは新し い教育理念で実施されるため、教師 S は教師の勘が働かない。また、既存の枠組みが見え ず、逐一同僚に尋ねなければならないため、自分にもどかしさを感じつつも、クラス運営 に気を配りながら新しい教師役割を模索している。さらに、研究者としての理想と新任教 師としての現実の間で迷いもある。教師 S はこのような状態にあるが、「ポジティブに悩 める環境」があり、「自分が今までやってきたことを反映させる余地」があるため、チュー トリアルにおける悩みを<有意義な悩み>とし、チュートリアルを肯定的に捉えている。 項目のイメージも[0]または[+]が大半を占めており、教師 S は「新任で分からない中で 目標設定や評価でいっぱいいっぱい」と述べてはいても、焦って不安になっているわけで はないと推察できる。これには同僚の存在が影響していると考えられ、新しい教育理念で 実施する授業を初めて担当する教師にとっての同僚の重要性が示唆される。 3.2 教師K 3.2.1 教師 K による CL の解釈  図 2 は教師 K の分析結果である。

(8)

図 2 教師 K の結果  CL1:([分かるけど]からの 5 項目):  自分にはあまり悩みがなくて、チュートリアル担当の辛そうな先生にアドバイスを 求められることが悩みです。彼らの悩みを聞くと、「分かるけど、そこで止まるのは だめ。それまでの経験やビリーフに囚われてるんじゃない。」と思う。チュートリア ルは複数のクラスが同時進行するから、違うことをしちゃいけないという不安は分か るけど、この授業を担当するのであればそこから変わらなければいけないと思う。で も私はこのプログラムの中で長いから、言うと押し付けになってしまう可能性もある し、どう言ってあげたらいいのか悩む。…学生への対応で困るというものの中に、常 識としておかしいものがある。クラスに来ないとか、授業中に母語のテレビ番組をイ ンターネットで見てるとか。そんなしつけみたいな部分で悩まなくていいと思う。で も、学生との関係をこじらせずにそういうことをきちんと伝えるのは実は難しくて、 教師の人間性や表現力や度量に関連してくるから、それを公の場で言っても失礼にな るし、そこが悩みの種です。  CL2:([振り返り]からの 4 項目):  自律学習の研究会などでチュートリアルについて発表すると、必ず評価について質 問される。最初のミーティングから評価についてはずっと議論になっていて、毎回み んなで悩む。でも、一番大事なのは学生との信頼関係。だから、みんなが評価のとこ ろで引っかかってしまうことに違和感がある。でも、大学における授業だから評価は 切り離せない。私は ABC ではなくて合格不合格にすべきだと思いますが、大学では 認められていないからずっと悩まなければならないということです。 2) 17) 4) 5) 16) 11) 14) 13) 15) 7) 9) 8) 3) 1) 6) 10) 12) ¦‒‒‒‒+‒‒‒‒+‒‒‒‒+‒‒‒‒+‒‒‒‒+‒‒‒‒+‒‒‒‒+‒‒‒‒+‒‒‒‒+‒‒‒‒+ ¦_____. ¦_____¦_____________________. ¦__________. ¦ ¦__________¦___. ¦ ¦______________¦____________¦__________. ¦__________. ¦ ¦__________¦__. ¦ ¦__________. ¦ ¦ ¦__________¦__¦________________________¦__________. ¦_____. ¦ ¦_____¦___. ¦ ¦_________¦__. ¦ ¦____________¦__________________. ¦ ¦__________. ¦ ¦ ¦__________¦_______. ¦ ¦ ¦__________. ¦ ¦ ¦ ¦__________¦_______¦____________¦_________________¦ 分かるけど(0) 辛そう(0) 常識(−) しつけ(−) ビリーフ(0) 振り返り 大学(0) 評価(−) 研究(0) 信じてみよう(+) 来たか(+) やってみよう(+) えっこれはすごいかも(+) 信頼関係(+) 自分のクラス(+) 学生に依る(+) 対話(+) 0        距離 8.81

(9)

 CL3:([信じてみよう]からの 4 項目):  最初にどうするか悩んだ学生のことです。彼はチュートリアル導入後最初の学期の 学生で、休みがちで斜に構えてる感じを受ける、とっつきにくそうな学生でした。彼 が「彼女」との日本語の会話を学習内容にしたいと言った時、チュートリアルでは突 拍子もないことを言ってくる人がいるだろうと思ってたので、[来たか]と思いまし た。でも、彼は帰国後日本語を勉強するかどうか分からないし、「彼女」との会話の 上達はニーズに合ってるし、他のクラスでもやる気のない顔をしている彼をこのまま 帰国させるのは悲しいと思ったので、彼を信じてみようと。彼だけでなく「彼女」に もタスクシートを渡して、彼の上達に必要だと思うことを書いてもらうようにした ら、「彼女」がいい人的リソースに変わっていった。彼も真剣に取り組んで、他のク ラスでの態度も変わって、最後に自分なりに勉強できたと言って帰国したんです。彼 にはビリーフを揺さぶられましたが、教室の壁を越える機会が得られたし、チュート リアルは一斉授業ではできないことができると認識できて、担当者として育ててもら えたと思います。  CL4:([信頼関係]からの 4 項目):  私の悩みの解決方法はここにあります。一番大事なのは学生との信頼関係。私は、 自分のクラスでは自分の責任で学習内容を認めようと思っています。できない人はチ ュートリアルで教師と一緒に宿題をしていいけど、よくできる学生は家でやればい い。チュートリアルで宿題をするのを認めることになったから誰にでも認めるという のは違う。同じ学習内容であっても学生によって認める人と認めない人がいて、アド バイスも違ってくる。学生が教師のアドバイスを聞くのが、命令だからでなくて、「こ の先生が言うなら」という信頼関係があるからであってほしいと思う。それには対話。 これも、授業中、必ず声をかけるというのではなくて、必要なときに対話をしていく。 私の基本姿勢が CL4。  全体のイメージ:  <自信>です。自信がないと悩むと思うんですが、CL3 のようなケースで嫌になる のではなく、タスクシートを思いついた自分は担当者として合ってるのかもしれない と思えました。正直に言うと、毎学期1人ぐらい、もう少し違う形でできたなと思う 学生がいるので、失敗がないわけではないですが、それは普通のクラスでもあること です。ただ、一斉授業の時にはできることが限られてますが、チュートリアルはいく らでも働きかけができるし、反省できる機会もあるから責任が取りやすい。うまくい ってるからだけじゃなくて、反省や失敗も受け入れていっているからこそ持てる自信 なんだと思います。毎学期私なりに学習している自信があるから悩みがないのかもし れません。  その他:  チュートリアルの話をしてるとよく「ビリーフを越える」と出る。それで「えっ」と 思う人もいるかもしれない。でも、それは大それたことじゃなくて、良識を持って学

(10)

生に対応して学生が変わって気づいたら越えてたということ。自分のこれまで信じて きた何かを変えるとか越えるというよりは、新しい見方が増える感じです。私も苦手 な科目はある。それと同じようにチュートリアルに向く先生、向かない先生がいると 思います。   3.2.2 調査者による教師 K の CL の解釈  CL1:教師 K はチュートリアルを開講当初から継続して担当しており、同僚に頼られる 存在である。「自分にはあまり悩みがな」いが、同僚に相談されると「ビリーフやそれまで の経験に囚われて」いてはいけないと思いつつ、「押し付けになってしまう可能性」や「失 礼になる」ことを危惧し、どのようにアドバイスをすればよいかを悩むという。CL1 は< 頼られる存在ゆえの悩み>と言えよう。  CL2:教師 K はチュートリアルだからこそできることがあるとして、チュートリアルに 価値を見出している。また、チュートリアルのような授業こそ「信頼関係」が大切だと考 えている。しかし、チュートリアルは学習内容も方法も個別であり、クラス一斉のテスト もないため、評価はプログラム内外で常に議論の対象となる。CL2 には、他の教師の関心 が学習者との信頼関係よりも評価に集まることに対する教師 K の違和感が表れているた め、<他の教師との価値観の違いによる違和感>と名づけられる。  CL3:チュートリアル導入後、教師 K が最初に出会った衝撃的な実践例についてである。 当初は学習者の希望する学習内容を認めることを躊躇したが、学習者を信じて了承し、独 自のタスクシートを課した結果、「チュートリアルは一斉授業ではできないことができる」 と認識できた。この実践例の影響は大きく、教師 K のその後のチュートリアルでの振る舞 いを決める経験となったと考えられる。そのため、CL3 は<チュートリアルでの原体験> と命名できる。  CL4:学習者と対話により信頼関係を築き、「自分のクラスでは自分の責任で学習内容 を認め」、一人一人に異なるアドバイスをする。これが教師 K の基本姿勢であり、悩みの 解決方法であるという。一切の責任を負うという覚悟があるからこそ、「違うことをしち ゃいけないという不安」(CL1)から自由になり、自分の考えで柔軟にクラスが運営できる。 それゆえ、新しい教育理念で実施する授業における悩みから解放されているのであろう。 原体験をもとに、反省や失敗も受け入れつつ確立してきた教師としての姿勢が表れている ため、CL4 は<チュートリアル担当教師として確立した姿勢>とまとめられる。  全体:教師 K はチュートリアルにおいて、学習者の突拍子もないような学習内容を了承 したり、同じ学習内容でも学習者によって了承するか否かを変えたりしている。学習者に 対する異なる対応は、対話による学習者理解と信頼関係、さらに一切の責任を負うという 覚悟に基づくものである。教師 K は自分の授業に自信があり、自分自身に悩みはない。し かし、同僚からアドバイスを求められていかに答えるかが悩みになっている。アドバイス を求めるのは、一斉授業での経験やビリーフに囚われ、「違うことをしちゃいけない」と 信じ、信頼関係よりも評価に注目している教師であろう。教師 K は彼らは新しい見方を持

(11)

つ必要があると考えているが、彼らを否定しているわけではなく、「私も苦手な科目はある」 として科目における向き不向きの問題としている。以上のような学習者への対応や同僚に 対する考え方に、教師 K の<自信>と視野の広さが感じられる。項目のイメージを見ると、 [−]と[0]は CL1 と CL2 に、[+]は CL3 と CL4 にあり、CL1 は同僚、CL2 は評価、CL3 は原体験、CL4 は基本姿勢に関わっている。同僚や評価に対しては距離を置いて見ており、 自分の経験や姿勢に対しては肯定的な感情を持っていると考えられ、ここにも自分の姿勢 を確立した経験者の<自信>が窺える。 4.考察  以上が、教師歴も新しい教育理念で行われる授業の担当経験も対照的である教師 S と K の分析結果である。教師 S はすべてを同僚に確認しないと授業が進められないという新任 者ゆえの悩みを持っているのに対し、教師 K は同僚に相談されていかにアドバイスするか という経験者ゆえの悩みを持っている。教師 S の場合は同僚の重要性が示唆されたが、教 師 K の場合は同僚が悩みとなっている。そこで、まず同僚との関係という観点からの支援 を考えたい。  同僚の援助を受けることは、教師のストレス対処のための方略として有効性が高く(中 村・神藤・田口・西森・中原 , 2007; 宮下 , 2008)、周りからのサポートが得られない教師 は教師としての達成感を後退させやすいという(伊藤 ; 2000)。実際、教師 S は同僚に気軽 に相談し、悩みを<有意義な悩み>として前向きに対処している。一方、同僚や管理職は 援助資源でもあるが、彼らとの人間関係は悩みの源でもある(赤岡・谷口 , 2009; 田村・岩 隈 , 2001)。教師 K は根本的に考え方が異なる同僚にアドバイスを求められて苦慮してい る。伊藤(2000)は、周りの教師との間で違和感を強く抱いている教師ほど消耗感に悩み やすく、関山・園屋(2005)は、教師同士で接する場面でストレスを感じているほど、「緊 張と興奮」「疲労感」「うつ感」「不安感」のストレス反応が生じる可能性が高いと述べてい る。これらは、周りに根本的に考え方が異なる同僚しかいない場合、教師 K が精神的に疲 弊するという事態も起こり得ることを示唆している。教師 K のように教師歴が長く、同僚 から頼りにされる者は、同僚に悩みを相談しにくい可能性があるが、このような場合はど のように支援すればよいであろうか。宮下(2008)は、小学校と異なり、中学校では様々 な教師が学習者に関わり、自分の行う仕事の効力感が学習者から得にくいため、管理職か ら認められ、知識や技術、情緒的な面など幅広いソーシャル・サポートを受けることが必 要になるとしている。大学も様々な教師が学習者に関わるため、この指摘は当てはまるだ ろう。ただし、教師 K の場合は、自分の授業に自信があり、知識や技術面で悩んでいるわ けではないため、管理職からの情緒面でのサポートが効果的な支援の1つとなりうると考 えられる。  次に、教師の成長という観点からの支援を考える。本研究の対象授業であるチュートリ アルでは、教師は教授者ではなく学習支援者であること、学習者が個別の学習をしている ことなどから、教授内容や教材に関する知識や、宿題の点検や練習問題のやり方など、学

(12)

校教育において熟達者が安定して用いる知識や行為の有無で教師の成長について考えるこ とは難しい。実際、日本語教師歴が 6 年あった教師 S も、チュートリアルでは教師の勘が 全く働かず、どのように学習者に接し、どのようにクラス運営を行えばよいのか分からず に悩んでいた。また、伊藤(2000)によれば、教師は同僚だけでなく、学習者との人間関 係にもストレスを感じていることが多い。したがって、本研究では学習者との人間関係に 焦点を当てる。  藤澤(2003)は、小中高校生を対象とする教員 455 名に調査を実施し、教師と生徒との人 間関係に関する教師の生涯発達を「入門期」「前期」「中期」「後期」の 4 段階に分け、好まし い変化として段階ごとに認識の飛躍と成長が見られると述べ、次のように説明している。 「前期」までは教師が自分自身の教育意図や教育理念しか見えていないが、「中期」になる とようやく学習者の生き方が視野に入ってくる。「後期」になると学習者個人のかけがえの なさがわかり、どの学習者にも無条件の肯定的感情が持てる。全体的には視野が段階的に 拡大していくという。これは学校教育における調査の結果であるが、大学教師を対象とし た藤田(2009, 2010)の結果とも重なる部分があるため、本研究でも適用可能であると考え られる。そこで、まず教師 S と K の熟達化の段階について検討を行う。  教師 S は学習者に「1 回の授業のうち、TA も私も全く声をかけないということがないよ うにして」おり、すべての学習者に平等に時間をかけたいと考えている。また、日本人学 生と留学生が「対等な立場でお互いが自分の学習を追及するのが理想」であるが、現実に は難しく、理想にこだわるか否かで悩んでいる。このことから、教師 S は「教師が自分自 身の教育意図や教育理念しか見えていない」状態よりは少し進んでいるものの、「学習者 の生き方が視野に入って」いるとは言えないため、藤澤(同)の分類の「前期」にあると考 えられる。一方、教師 K は「休みがちで斜に構えてる感じを受ける、とっつきにくそうな 学生」に対し、「彼は帰国後日本語を勉強するかどうか分からないし、『彼女』との会話の 上達はニーズに合ってるし、他のクラスでもやる気のない顔をしている彼をこのまま帰国 させるのは悲しい」と思い、学習者の希望する学習内容を認め、「最後に自分なりに勉強 できたと言って帰国」するまでにした。つまり、教師 K は肯定的感情を持ちにくいような 学習者に対し、授業外での学習や帰国後のことまで考慮して学習内容を了承し、達成感を 感じさせた。そして結果的に自分も「担当者として育ててもらえた」と考えるに至ってい る。また、「同じ学習内容であっても学生によって認める人と認めない人がいて、アドバ イスも違ってくる」と述べており、学習者個々人を理解し、一人一人異なる形で対応して いると考えられる。これらのことから、教師 K は「学習者の生き方が視野に入って」おり、 さらに CL3 の経験により「学習者個人のかけがえのなさがわかり、どの学習者にも無条件 の肯定的感情が持てる」状態にあると推察されるため、藤澤(同)の分類の「後期」にある と言える。  以上のことから、特に教師 S が「中期」「後期」へと教師の生涯発達の段階を進めるよう 支援することが必要であると考えられるが、どのようにすればよいであろうか。Hatano (2003)は熟達化への動機付けに以下の条件を挙げている。1)既存の知識がすぐには適用

(13)

できない新しい問題に頻繁に遭遇する。2)議論したり相互に教え合ったりする状況が頻 繁にある。3)緊急の外的要求から自由なため、解決に時間がかかる問題を追究できる。4) そのような行動に価値を認める同僚に囲まれている。これらの条件を教師 S の状況に当て はめると、S-1)新しい教育理念での授業で諸々の問題に遭遇し、S-2)その問題についてま だ議論したり相互に教え合ったりはできないが、教えてもらえる状況にはある。しかし、 S-3)新任で分からないことが多く、この授業だけに時間を費やすわけにはいかない。ただ し、S-4)自律的な学習を促すような行動に価値を認める同僚には囲まれている。教師 S に は 2)と 3)の条件が当てはまらないが、2)に関しては、「既に先輩たちが築いてる枠組み」 を「踏襲してみて、その上で考えることがあれば自分なりに変えていくことに意味がある と思う」と述べており、経験を積み、自分の考えが持てるようになれば、議論したり相互 に教え合ったりする状況は頻繁にあると考えられる。3)に関しても、仕事に慣れれば、 チュートリアルに時間を割くことは可能であろう。つまり、教師 S が議論したり相互に教 え合ったりする準備が整うまで、同僚が教師 S の質問に丁寧に答えるという支援が必要で あると考えられる。  本研究は新任者と経験者1名ずつの事例研究であるため、一般化はできない。しかし、 本研究から次の 2 点が示唆されよう。1つは、教師の成長を促すには、教師個人の能力や 努力に頼るだけでなく、熟達化への動機付けが高まるような条件を整え、教師の生涯発達 の次の段階へ進めるよう手助けをすることが必要であるという点である。もう 1 つは、発 達段階の「後期」にいるような教師に対しては、管理職からの情緒面でのサポートが効果 的な支援の1つとなりうるという点である。本研究では新しい教育理念で授業を実施する 大学教師の悩みに焦点を当て、教師の成長を促す効果的な支援について考えてきたが、結 果的には職場の人間関係の重要性を改めて示すものとなった。  今後は、教師の発達段階のすべてを網羅するよう多くの教師を対象とした調査が必要で あろう。また、教師として成長する過程において悩むことが重要な役割を果たすと考えら れるため、縦断的な研究も必要であると考えられる。   付記  本研究は、桜美林大学言語教育研究所より研究運営助成を受けたものである。 参考文献

HATANO, G.(2003)Expertise adaptive. (2nd ed.),Macmillan, NY: 763-765. 赤岡玲子・谷口明子(2009)「教師の対人ストレスに関する基礎的研究」『教育実践研究』14, 159-166. 秋田喜代美(1996)「教える経験に伴う授業イメージの変容─比喩生成課題による検討─」 『教育心理学研究』44(2),176-186. 秋田喜代美(1997)「教師の生涯発達」『児童心理』676, 837-845.

(14)

伊藤美奈子(2000)「教師のバーンアウト傾向を規定する諸要因に関する探索的研究─経験 年数・教育観タイプに注目して─」『教育心理学研究』48,12-20. 落合美貴子(2003)「教師バーンアウト研究の展望」『教育心理学研究』51(3),351-364. 小山悦司・河野昌晴・赤木恒雄・加藤研治・別惣淳二・妹尾順子(1994)「教師の自己教育 力に関する調査研究─第 4 次調査結果の分析を中心にして─」『岡山理科大学紀要 B、 人文・社会科学』29, 295-320. 木原俊行(2004)『授業研究と教師の成長』日本文教出版. 齋藤伸子・松下達彦(2004)「自律学習を基盤としたチュートリアル授業─学部留学生対象 の日本語クラスにおける実践─」『Obirin Today』4, 19-34. 関山徹・園屋 高志(2005)「小学校教師におけるサポート資源の利用と心理的ストレスと の関連」『鹿児島大学教育学部研究紀要 . 教育科学編』56, 207-218. 高木亮・田中宏二(2003)「教師の職業ストレッサーに関する研究」『教育心理学研究』51, 165-174. 田村修一・石隈利紀(2001)「指導・援助サービス上の悩みにおける中学校教師の被援助志 向性に関する研究─バーンアウトとの関連に焦点を当てて─」『教育心理学研究』49, 438-448. 都丸けい子・庄司一子(2005)「生徒との人間関係における中学校教師の悩みと変容に関す る研究」『教育心理学研究』53, 467-478. 内藤哲雄(2002)『PAC 分析実施法入門「改訂版」─個を科学する新技法への招待─』ナカニ シヤ出版. 中村晃・神藤貴昭・田口真奈・西森年寿・中原淳(2007)「大学教員初任者の不安の構造と その不安が職務満足感に与える影響」『教育心理学研究』55, 491-500. 藤澤伸介(2003)「クラスタ分析による教師の役割意識の変容モデル」『教育情報研究』19 (1),3-14. 藤田裕子(2009)「自律的な日本語学習を目指した授業に対する教師のイメージ─経験年数 による比較─」『桜美林言語教育論叢』5, 17-34. 藤田裕子(2010)「授業イメージの変容に見る熟練教師の成長─自律的な学習を目指した日 本語授業に取り組んだ大学教師の事例研究」『日本教育工学会論文誌』34(1),67-76. 藤田裕子(印刷中)「自律的な学習を支援する大学教師の実践的知識─授業における悩みと 対処の仕方から─」『Obirin Today』11. 宮下敏恵(2008)「小・中学校教師におけるバーンアウト傾向とソーシャル・サポートとの 関連」『上越教育大学研究紀要』227, 97-105. 八木節夫・吉崎静夫(1990)「高校理科授業における教師の知識に関する研究─ベテラン教 師と若手教師との比較を通して─」『科学教育研究』14(1),26-32.

図 2 教師 K の結果  CL1:([分かるけど]からの 5 項目):  自分にはあまり悩みがなくて、チュートリアル担当の辛そうな先生にアドバイスを 求められることが悩みです。彼らの悩みを聞くと、「分かるけど、そこで止まるのは だめ。それまでの経験やビリーフに囚われてるんじゃない。」と思う。チュートリア ルは複数のクラスが同時進行するから、違うことをしちゃいけないという不安は分か るけど、この授業を担当するのであればそこから変わらなければいけないと思う。で も私はこのプログラムの中で長いから、言うと押し付

参照

関連したドキュメント

学校に行けない子どもたちの学習をどう保障す

仏像に対する知識は、これまでの学校教育では必

○本時のねらい これまでの学習を基に、ユニットテーマについて話し合い、自分の考えをまとめる 学習活動 時間 主な発問、予想される生徒の姿

このような情念の側面を取り扱わないことには それなりの理由がある。しかし、リードもまた

目標を、子どもと教師のオリエンテーションでいくつかの文節に分け」、学習課題としている。例

自閉症の人達は、「~かもしれ ない 」という予測を立てて行動 することが難しく、これから起 こる事も予測出来ず 不安で混乱

7.自助グループ

その目的は,洛中各所にある寺社,武家,公家などの土地所有権を調査したうえ