生涯学習における学習の必要性と意味づけ
─香港における成人日本語学習者の事例から─
三國 喜保子 キーワード 生涯学習,学習の必要性,意味づけ,日本語学習,香港,成人教育学(アンドラゴジー) はじめに IT技術が急速に進歩を遂げ,絶えず変化する現代社会において,私たちは常に新しい情 報を取り入れ学び続けることが求められている。従来,学習とは知識や技能の獲得であると 考えられていたが,変化が加速化する現代では新しい知識も数年後には古くなり,学習とは 何かということを考える必要が出てきた。ノールズ(Knowles)(2002:35)( 1 )は,「すべて の人間にとって最も重要な学習は,学び方の学習であり,自己決定的な探求の技能の学習な のである」と述べている。つまり,「生涯学習」ということばが表すように一生涯にわたり 自発的に学び続けることの重要性を訴えている。 現在,学びの場は学校教育機関だけでなく,民間のカルチャースクールや職場,地域社会 などにも拡大している。MOOCs(Massive Open Online Course)などの無料で大学レベル の講義が視聴できるオンラインコースも増加しており,年齢や職業を越え,様々な人が多様 な方法で学びの機会を得ていることは特筆すべき動向である。日本語教育の領域において も,インターネットなどを通して日本語・日本文化に触れる機会が増加したことにより,大 衆文化への興味から日本語を学ぶ学習者が増加しているなど,学習の動機づけや学習形態が 変化し,日本語学習の目的はますます多様化している。中には,正規の教育課程を終えても なお,学校教育以外の機関などにおいて長期間にわたって日本語を学習し続けている成人学 習者も存在するが,一見実用性に乏しい「趣味・娯楽としての日本語」あるいは「生涯学習 としての日本語」を学習し続けている理由はなんだろうか。自ら進んで学習し続けるために は,学習を継続しようとする意欲や学習を支える様々な要因が関係していることが推測でき るが,学校教育以外の機関で日本語を学ぶ成人学習者にとって,日本語を学ぶことはどのよ うに意味づけされているのだろうか。 本稿では,日本語学習者の 7 割以上が学校教育以外の機関で学んでいる(国際交流基金 2015)という特徴をもつ香港に焦点を当て,成人日本語学習者が日本語学習の必要性をどの ように捉え,学習を意味づけしているのかについて分析,考察を行い,生涯学習としての日 本語学習について検討する。1 .先行研究 成人の学びを語る上で重要な概念となるのが,自己決定学習(Self-Directed Learning) である。この概念は,ノールズのアンドラゴジー(andragogy:成人教育学)研究の中から 発展したもので,現在は第二言語教育の分野でも広く用いられている。自己決定学習とは, 「個人もしくは集団が自ら開始し,自らの学習プロジェクトに関して,その計画立案,実 施,評価の第一義的な責任を引き受ける学習の過程」であり,「独立学習(Independent learning)とは違い,通常,教師や友人,あるいは制度の援助を受けて行われる」(岡田 1999)ものであると言われている。 ノールズは成人学習者の学びについて,「彼らは,学習の必要性を自覚しているものごと については,より深く学習することを動機づけられている」(ノールズ2002:45),「自己診 断された学習ニーズは,外部から診断されたニーズよりもずっと,学習への動機づけを高め る」(前掲書:351)と述べ,アンドラゴジーにおいては,学習ニーズの自己判断(self-diagnosis)のプロセスに学習者自身が参加することに,かなりの重きがおかれていること を指摘している。さらに,ノールズのアンドラゴジー論をまとめた堀(2004)は,「成人は, 学習を開始するまえに,なぜその学習をするのかを知る必要がある」という「学習の必要性 (the need to know)」もアンドラゴジーには組み込まれているとし,そこでは「自分がなり たい姿」と「現在の自分」との間のギャップが診断されると述べている。成人は子供に比 べ,多様な経験や知識をもっているため,学習ニーズを自己判断し,学習に関わる決定を自 ら行う力を持っていると考えられる。また,「成人学習者は,自尊心や達成感などの内在的 な要因(=内在的報酬)によって動機づけられていることが多い」(堀 前掲書:22)とい うことからも,成人の学習は内的な過程だと捉えられており,外的要因に多く左右される従 来の子供に対する教育(ペタゴジー)とは区別されていることがわかる。 言語教育における「ニーズ」については,Hutchinson & Waters(1987:55−56)が次の ように 3 つに区分し,定義している。 1 )Necessities(学習者が目標言語を使用する環境で 効果的に機能するために必要なこと), 2 )Lacks(Necessities と学習者の現在の実力との 差), 3 )Wants(学習者が主観的な立場で求めること)。言語教育の場で一般的に行われて いるニーズ分析もこの 3 つに区分でき,学習者によく聞かれる質問としては,目標言語の学 習歴やコースに参加する理由,コースへの期待,といった言語学習の到達目標など言語学習 そのものに関わるものについて語られることが多いだろう。しかし,生涯学習における「学 習の必要性」について考える時,成人学習者がお金と時間をかけて学ぶ意義,あるいは学習 の意味づけといった広義での学習の必要性について理解することが重要ではないだろうか。 成人教育学における議論をもとに学習者ニーズについて考察を行なった牛窪(2010)は, ニーズと関心との相違点の分析から,日本語教育の場で従来言われてきたニーズとは成人教 育学においては単なる関心であることを指摘しており,ニーズが生まれる背景に着目するこ との重要性を指摘している。 香港の学校教育以外の機関で日本語を学ぶ成人学習者に関する研究としては,瀬尾
(2011)が上級の日本語生涯学習者11名を対象として,動機づけの変化についての質的調査 を行っている。この調査では,長期的に学習を継続させている上級日本語学習者の学習初期 と現在とを比較することによって,学習段階による動機づけの変化と学習の困難さを明らか にしている。この研究では主に動機づけの変化を「外発的動機づけ」と「内発的動機づけ」 という観点から考察し,外発的動機づけより内発的動機づけが強いほうが,長期的に学習意 欲が持続するという,これまでの動機づけに関する研究および上述のアンドラゴジーの考え を支持する結果を示している。さらに,香港においては,日本の大衆文化の魅力,日本語の 有用性,日本の地理的な近さなど,周囲に溢れる日本語環境が日本語の学習意欲や学習動機 に影響を与えていることが先行研究でも明らかになっている(Humphreys & Miyazoe-Wong2007;瀬尾2011;三國2013)。三國(前掲書)は,言語学習を社会文化的な文脈の中 で捉えることの必要性を明らかにした上で,香港の成人日本語学習者が学習を続ける要因に は,個人あるいは言語グループ内の日本語に対する評価や意味づけが非常に重要な役割を 担っていることを指摘している。学習の「有用性」とは経済的な面だけでなく,学習者個人 の人生やアイデンティティをも包括するものであると考えられる(三國 前掲書:60)とい うことからも,内的な過程である成人の学びを捉える上で,個々の学習の意味づけに注目す る意義は大きいと言える。 さらに,生涯学習としての日本語教育については,久保田他(2014)がカナダ,フラン ス,ポーランド,香港の日本語学習者へのインタビュー調査を実施し,「余暇活動と消費と しての外国語学習」(Kubota2011)の観点から日本語教育・学習を捉え直すことを試みてい る。生涯学習とは,「人々が自発的意思に基づいて,「自己の充実」,「生活の向上」,「職業能 力の向上」のために,自ら学ぶ内容を選び取り,充実した人生を送ることを目指して生涯に わたって行う活動である」(香川2008: 3 )と定義される。これは言い換えると,学習活動 そのものが学習者の人間形成であり,文化的かつ社会的な営み(細川2009)であると捉えら れる。生涯学習としての日本語教育・学習については,管見の限りこれまであまり議論され てこなかったが,その中で久保田他(2014)は,アイデンティティや自己実現と深く結びつ いた日本語学習の形について新たな視点を提供しており,本研究にも重要な見地を与えてい る。成人日本語教育は今後さらに重要性を増すと考えられるが,これまでの成人日本語教育 に関する研究の多くは大学などの高等教育機関で行われたものが中心となっており,学校教 育以外の機関における研究はまだ非常に少ない。学校教育機関を離れた場における学習・教 育について考える上で,個々の成人学習者が自らの学習をどのように捉えているのかを知る ことは現在,喫緊の課題であると考える。 2 .調査概要と分析方法 2.1 調査概要 本研究で扱うデータは香港の民間日本語教育機関において日本語を学習中,あるいは学習 していた経験をもつ10名の成人学習者のインタビューデータである。通常,学習を「続け
る」と言う場合,「間をおかずにする,すぐ後に再びする」(『広辞苑』)ことを指すが,言語 の学習を考えた時,仕事や家庭など何らかの事情で学習を中断し,また事情が変われば再開 する,あるいは,その言語を学ぶ意欲がなくなったり,高まったりするたびに,人は学習を 止めたり,また始めたりする。そこで,本稿では途中で学習を中止することを「学習」との 関わりの一部であるという立場をとり,現在学習を中断している人も対象とした。 インタビュー調査は,2010年 2 月上旬に行い,個別に 1 人あたり40分程度の半構造化イン タビュー(semi-structured interview,村岡2002)を行った。インタビューにおける使用言 語は基本的には日本語だったが,すべて日本語で受け答えをすることが難しいインタビュー 協力者 5 名については,語りやすさを考慮し,英語や広東語の使用も認めた。広東語で語っ た箇所については通訳をつけ,さらに文字化( 2 )作業の際にバックトランスレーションを行 い確認した。本稿では紙面の都合上,英語や広東語の箇所は日本語訳のみを記す。インタ ビュー協力者の属性は表 1 の通りである。 表 1 インタビュー協力者の属性(インタビュー当時) 日本語学習歴 性別 年齢 職業 日本留学経験 HK01 3 年 4 ヵ月 男性 40代 会社員(日系企業) なし HK02 8 年 女性 20代後半 会社員(日系企業) 半年 HK03 8 年 2 ヵ月 男性 20代後半 エンジニア なし HK04 6 年 男性 20代後半 会社員(日系企業) なし HK05 4 年 9 ヵ月 女性 20代前半 会社員 なし HK06 9 ヵ月 男性 40代 会社員 なし HK07 3 年 9 ヵ月 女性 20代前半 会社員 なし HK08 9 ヵ月 女性 30代 会社員 なし HK09 4 年 女性 20代 会社員 なし HK10 3 年10ヵ月 男性 20代後半 ティーチング・アシスタント 半年 2.2 分析方法 成人の学習ニーズに関する調査やニーズ分析などでは,統計的手法が使われることが一般 的である。しかし,本研究はカリキュラム開発やシステム構築を目的とするものではなく, また,学習ニーズを一般化して捉えることを目的としないため,個々の事例から成人日本語 学習が学習の必要性をどのように理解し,学習を意味づけしているのかについて分析,考察 を行うこととする。その際,エスノグラフィーの「解釈的アプローチ」(箕浦1999:16−20) を援用し,個人の抱える思いや背景に焦点を当て,インタビューデータの語りを重視した分 析,考察を試みる。
3 .分析結果 3.1 職場や日常生活における日本語の有用性 仕事で日本語を使用している人は,業務を遂行する上で日本語が役立っていることはもち ろん,仕事で日本語を使用していない人も生活の中で日本語が役立っていると答え,仕事 上・生活上での言語ツールとしての有用性を感じていることが語られた。HK04は「日本か ら輸入した商品の説明書も,見せたり,“翻訳してください”,使い方など。それは役に立 つ,その生活,暮らしでも。日本語を選んだのはよかった。ベトナムなど韓国語などタイ語 なども,日本語が一番,役に立ちます。」と述べ,日本語が身の回りに溢れ,日本語を見聞 きする機会が多いことを示した。また,HK03は,友人や会社の同僚に翻訳や通訳を頼まれ ることをはじめ,日本語ができることで必要とされることが多く,「私が,日本人かと言わ れました〈笑いながら〉。あ,もちろん冗談〈笑いながら〉。」と褒められた経験を嬉しそう に語った。このように,身の周りの日本語話者や身近な日本文化の存在によって,香港の成 人日本語学習者は周囲の人に頼られたり,日本語能力を褒められた経験をもっていることが わかった。このような経験が学習者に自信をもたせたり,学習を継続しようという意欲に繋 がっていることが考えられる。 さらに,次の例からは,言語ツールとしての日本語の有用性だけではなく,日本語学習の 副次的な効果として,自分の地位を高め,優越感を感じるという有用性が語られた。HK01 は,妻と一緒に日本語を学習しているが,「私の日本語は,妻より上手です。これは嬉しい 〈笑いながら〉。香港には,女性は強いですから,でも男性の,ステイタスは低い。でも私の 日本語は上手になりますは,勝ってる。」と述べ,普段は家庭の中で力が弱いと感じている が,日本語を学習していることで優越感を感じたり,自分の地位が高くなっていると感じて いることを語った。この他にも,「私の会社の香港人のガイドさんはペラペラしています(マ マ),話しています。でも彼らは話す能力だけです。やはり私の文法力は強いです。そして いつも私に,日本へメールをさせます。(HK04)」など,自分の身近にいる日本語話者と自 分の日本語能力を比べ,ある部分では劣っている,負けているなどと感じているが,一方で 「自分はこの部分で勝っている」と感じ,自信をもつことに繋がっていることが語られた。 ここにも,周囲の日本語話者の存在が影響していることが示唆された。 3.2 到達目標としての日本語 先行研究でも述べられているように,香港には日本語,日本文化が溢れ,香港の成人日本 語学習者は日本を身近に感じていることが,本研究のデータからも見られた。その中で, 「日本のニュースはわかりやすい。わかるようになりたい。ドラマはなかなか声スピードが 速いです。普通形で難しいです。ニュースはゆっくり話します。丁寧形です。わかりやすい です。(HK08)」のように,よく見聞きする日本語に対して,わかるようになりたい,理解 したい,というニーズや目標をもつことで日本語学習を始めたり,学習意欲を高めている学 習者が存在していることが明らかになった。また,「実は,えっと映画とか,新聞とか,読 める,やっと読めましたね。その時は大変喜びました。でも,えとーまだ,たくさんの読み
物は,とか,んーラジオとか,まだ聞けません,ので,今,んーチャレンジしたい,の気持 ちで,えー続けたいと思います。(HK03)」のように,学習を続けていく中でも,できない こと,わからないこと,知らないことに出会い,さらに理解したい,できるようになりた い,というニーズや新たな到達目標をもつことで「自分がなりたい姿」と「現在の自分」と の間のギャップを判断し,学習の必要性を感じていることが明らかになった。HK03は,映 画や新聞をやっと理解できるようになった,ということを言葉を選びながらも嬉しそうに語 り,学習を継続する中で達成感や自信を得ていることを示した。達成感や自信を得ることが 次の目標へ向かう原動力になったり,学習への意欲を高めることに繋がっていることが理解 できる。 同様に,HK10は「母はなぜ僕がずっと日本語を勉強している理由はまだわからない〈笑 いながら〉,だから母は”HK10はなぜ一生懸命日本語を勉強しているか,仕事は日本語を使 わないし,時間がないし,どうして?。日本語は上手じゃない?。どうして日本語勉強して る? ”,だから友達もそういう考え。仕事で日本語を使わないけどまだ日本語を勉強して る。だから。言語,ことばは必要なことがたくさんあるから,いつまでも勉強することがあ るから,僕も今までも日本語を勉強してる,そういう答え。」と述べ,「必要なことがたくさ んある」と不足感を感じており,それが学習の必要性に結びついていることを示した。ま た,多言語状況にある香港において,個人が複数の言語を使えることが一般的であることか ら,「〈日本語訳〉言語は毎日たくさん話して,使って,上手になる。そうじゃないとすぐ忘 れる。英語は小学校から勉強しているのに比べて日本語は今から。だから一生懸命勉強しな ければいけない。(HK07)」のように,英語など他の言語学習経験と比較して,日本語に対 する学習の不足を感じ,学習の必要性を感じている例も見られた。 知識や学習の不足感を感じることにより学習意欲を失ったり,学習継続を断念することも あると考えられるが,インタビューデータからは,調査協力者が学習を辞めた他の学習者と 自分とを比べ,多くの人に共通する日本語学習の困難さを理解していることが明らかになっ た。HK02は,「続けられない理由は,ただ勉強いや,とか,忙しいから。私は全然。こんな におもしろいと思うから。忙しい時があっても,あ,忙しい時はなかなか宿題が出せなく て,すごく大変になる。でも,大変でもなんとなく時間作って勉強する〈笑いながら〉。」と 述べ,周囲の日本語学習者と同様,自分にも困難を感じる時期があったが,それでも頑張っ て勉強を続けたことを伝えている。またHK04は,「諦めるの人もいっぱい知っています。 同じ歳,でも, 1 年 2 年くらい,“難しいなー私にはできないなー”と言う人も多い。途中 で諦めた人が今のクラスの人より多い,大勢です。残念ながら,彼らは自分が何を,何で日 本語を勉強しているのかわかりません,かもしれない。でも私たちは,えとー,こだわりが あります。“日本の文化を伝えたい”,“仕事をやりたい”,の,えーと,こだわりがありま すので,えー,仕方なく続けます〈笑いながら〉。」と,自分の「こだわり」によって学習を 続けていることを語った。HK04は「こだわり」という言葉の選択に少し戸惑う様子を見せ ながらも,「なぜ自分は辞めずに続けることができたのか」という学習の意味づけをしてい
るように見受けられた。 3.3 生活・人生における重要な要素としての日本語 香港の成人日本語学習者は,学習する行為そのものや日本語そのものを個人の生活や人生 に密着した重要な要素として捉えていることが明らかになった。「私は,えー,卒業して, そして仕事をして,なんかつまらない人生〈笑いながら〉。やっぱり,好きなことがあるが いいな。(HK09)」など,日本語学習が生き甲斐となっている,あるいは,人生にとって意 味のあることだと捉えられていることが語られた。HK02は,「それに日本語勉強してから趣 味がどんどん増えてる。あのー趣味ね,日本舞踊とか,もっとドラマ見るとか,そういう趣 味が日本文化に対しての趣味が増えてる。だから日本語がなかったら絶対つまらない。」と 述べ,日本語を学習したことによって趣味が増え,現在の生活にとって日本語に関わること が重要な要素になっていることを語った。さらに,HK02は自分の夢について,「留学する前 に留学は私の夢だった。その夢したら,また夢を叶えたい。日本で働く。まー,ずーっと じゃないけど,しばらく何年間か。また勉強する〈笑いながら〉。それは好きだから,終わ るのは好きじゃないでしょ。終わりない。本当にない。だからいつか終わるかはわからない ね。でもいつか家族と一緒に日本に行くという夢もある。」と述べ,日本語学習の目的と個 人の夢との関連を示した。HK02にとって日本語学習は「好きなこと」で,「夢を叶えるため のもの」であることがわかる。このことから,「何のために日本語を学ぶのか」という問い の答えには,言語の到達レベルとしての目標や目的だけでなく,学習者の人生観が関わって いることが示唆された。 さらに,仕事をしながら趣味として日本語学習を行うことについては,「香港人は, えー,こうしている人は大勢です。結構普通です。(HK09)」や,「普通。私が日本語を勉強 するのはただの趣味だから。だから他の人のダンスの趣味とか,そういう感じ。別に勉強す るという感じではなくて,趣味だけ,好きだから。(HK02)」など,仕事をしながら趣味と して日本語を学習することは「普通」であるとし,時間を作って学習することを肯定的に受 け止めていることが示された。しかし,趣味だと考えているからこそ学習の終了を考えるこ とがあることも明らかになった。HK01は,「私の勉強のコース, 6 年間のコース,あとでも う 2 年間。 7 年のはもう難しいコース,文法の何か,興味がない。もう 2 年間は大丈夫だと 思います。」と述べ,今のコースは 6 年間のコースで,そのあとのコースは「趣味としては」 難しすぎるコースなので, 6 年間で辞めることを決めていると話した。HK01にとって日本 語学習は趣味であるということが明確化されているため,それ以上のレベルに進むことにつ いては考えておらず,学習の内容や終了の時期を自律的に決定しようとしていることがわか る。 このように,日本語学習を趣味として意味づけしている学習者が目立ったが,その中でも 「どうせ学ぶなら厳しいほうがいい」という学習スタイルをもつ学習者が多く存在している ことがインタビューで多く語られた。HK06は日本語学習の目標について,「〈日本語訳〉目 標はない。興味があるから勉強しているだけなので,仕事のためというわけではない。」と
述べながらも,「〈日本語訳〉この学校は日本語を真剣に教えてくれる。だから趣味の学校と いうよりも,本当に「学校」のようである。だから試験もある。ただ楽しみでやっているよ うな他の趣味の学校とは違う。ここはとてもまじめなところ。まじめなところで勉強すれば 上達も早いのでいいと思う。」など,「勉強するからには真剣にやりたい」,「上達したい」と いうことを語っている。つまり,香港の成人日本語学習者にとって日本語を学習すること は,生活に彩を与える「趣味としての日本語」と捉えられているが,その日本語は香港の社 会文化において有用な言語ツールにもなり得るものであり,学習の成果を期待して学習に取 り組んでいることがわかる。 4 .考察 以上の分析の結果,香港の成人日本語学習者は, 1 )職場や日常生活において日本語の有 用性を感じていること, 2 )知識や学習の不足感を感じ,達成する一つの目標として日本語 学習を捉えていること, 3 )学習する行為そのものや日本語そのものを個人の生活や人生に 密着した重要な要素として捉えていること,という 3 つの点が明らかになった。 日本語の有用性については,言語ツールとしての有用性だけでなく,情意的な有用性があ ることがわかった。特に,学習を継続する中で達成感や自信を得る経験をすることは,言語 ツールとしての有用性を感じさせるだけでなく,学習意欲や自尊心を高めるなど学習者の内 面に働きかけ,さらなる学習継続への原動力となっていることが推測できる。また,学習成 果を感じたり自信をもつなどの経験をしている背景には,身近な日本語環境や日本語話者と の関連が示され,周囲に溢れる日本語環境が日本語の有用性を感じさせる重要な要因となっ ていることが明らかになった。 さらに,知識や学習の不足感を感じ,新たな目標設定を行う過程においても,香港という 社会文化的背景が強く関わっていることが明らかになった。学習者は,身近な日本語環境の 中で「自分がなりたい姿」と「現在の自分」との間のギャップを判断し,学習の必要性を感 じているが,ここには,日本語の物的・人的リソースの影響だけでなく,多言語環境におけ る他言語の学習経験の影響や,自分以外の日本語学習者との比較を行っていることも観察さ れた。香港では,趣味として日本語を学習している成人学習者が多く存在しているが,趣味 だからこそ,その時の個人の状況や意思などによって学習の中断や終了を選択することもあ る。その中で,多くの学習者に共通する学習の困難さを理解し,自分なりの学習の意味づけ を行うことによって,学習を継続することを可能としていることが示唆された。 学習の意味づけには,「こだわり」や「夢」など個人の人生観との関わりが見られたが, 成人学習者は日本語学習を単なる言語学習として捉えているのではなく,学習する行為その ものや日本語そのものを個人の生活や人生に密着した重要な要素として捉えており,それに よって日本語学習に価値を見出していることが示された。また,学習者は「日本語は趣味で ある」と捉えながらも,「どうせ学ぶなら厳しいほうがいい」という学習スタイルをもって いることが語られ,日本語が有用な言語ツールになり得る香港においては,「趣味」は必ず
しも「単なる娯楽」と同義語ではなく,学習の成果を期待して学習を行っていることがわ かった。 以上のことから,香港の成人日本語学習者は学習の開始,継続,終了などの局面におい て,学習の必要性を自己判断しており,学習者自身が学習に深く関わっていることが示唆さ れた。アンドラゴジーにおいては,学習者が自己主導的に学習に関わりをもつことによって 大きな学習成果を得ることができると考えられている。しかしながら,すべての成人学習者 がもともと自己決定的に学習を進めることができるわけではなく,学習経験によって自己決 定学習のプロセスに参加すると考えられている。本研究の結果からは,香港の成人日本語学 習者が学習の必要性を自己判断することを可能としている背景には,香港の社会文化的な影 響が強く関わっていることが明らかになり,さらに,学習する行為そのものや日本語そのも のを個人の生活や人生に密着した重要な要素として捉えることによって,日本語学習に価値 を見出し,学習に深く参加していることが示唆された。つまり,香港の成人日本語学習者に とって,学校教育以外の場における日本語学習は,個人の多様な価値を含む活動として捉え られており,成人の多様な学びを支援する場としての役割を担っていることが示されたと言 える。 おわりに 本稿では,成人学習者が学習の必要性をどのように理解し,学習を意味づけしているのか に焦点を当て,分析,考察を行い,香港の成人日本語学習者にとっての学習の必要性や意味 づけは,言語ツールとしての日本語だけでなく,個人の生活や人生といった多様な価値を含 んでいることを明らかにした。また,このことから,学校教育以外の場における日本語学習 は,個人の多様な価値を含む活動として捉えられており,言語学習という範囲だけには収ま らない,成人の多様な学びを支援する場としての役割を担っていることを指摘した。さら に,学習者が学習の必要性を自己判断することを可能としている背景には,香港の社会文化 的な影響が大きく作用していることを示した。 現在,日本語学習の形態や目的が多様化してきている中で,「生涯学習としての日本語学 習」という視点から,学校教育以外の場での日本語教育を捉え直すことが緊急課題の一つと して求められている。本研究では,個々の事例から成人日本語学習が学習の必要性をどのよ うに理解し,学習を意味づけしているのかについて分析,考察を行うことを試みたが,デー タの数や偏りから,その検討はまだ十分とは言えず,今後さらに新しいデータを収集し,多 角的に探っていくことが必要である。特に,学習の意味づけは個人の人生観やアイデンティ ティとも深く結びついていることが考えられ,今後はライフ・ストーリーなどの質的な分析 方法を複合的に組み合わせて分析を行うことで,個々の学習者の認識が生まれた文脈をより 質的に見ていくことができると考える。また,香港だけでなく他の国,地域においても,さ らに成人日本語教育の重要性は増すと推測され,生涯学習という視点から日本語の教育・学 習を検討することが一層求められるだろう。成人教育学の見地から日本語教育を捉え直し,
生涯学習としての日本語について広範な議論を重ねていくことや,地域性や教育機関による 差を検討していくことが今後の課題と言える。 注 ( 1 ) ページ数は2008年版(再版)による。 ( 2 ) 音声データを文字化する際には,本研究で重視する「協力者の語り」の文脈を残すために,フィラー 等の言い淀み,言い間違い等も排除せずに文字化を行った。 付記 本論文は,筆者が2011年に桜美林大学大学院言語教育研究科に提出した修士論文の一部を加筆修正し,執 筆したものである。 引用文献 牛窪隆太(2010)「「学習者ニーズ」再考─成人教育学における議論を手がかりに─」『リテラシーズ』 7 ,く ろしお出版,31-36. 岡田龍樹(1999)「self-directed learning概念の検討─アレン・タフの学習プロジェクトの分析─」『生涯教 育研究』 3 ,天理大学生涯教育専攻研究室(2016年10月24日)http://www2s.biglobe.ne.jp/~ishitobi/ okada99.htm 香川正弘(2008)「Ⅰ 生涯学習とは何か 生涯学習の定義」香川正弘・鈴木眞理・佐々木英和(編)『やわ らかアカデミズム・〈わかる〉シリーズ よくわかる生涯学習』ミネルヴァ書房,2-5. 久保田竜子・瀬尾匡輝・鬼頭夕佳・佐野香織・山口悠希子・米本和弘(2014)「余暇活動消費としての日本語 学習─カナダ・フランス・ポーランド・香港における事例をもとに」第 9 回国際日本語教育・日本研 究シンポジウム大会論文集編集会(編)『日本語教育と日本研究における双方向性アプローチの実践と 可能性』ココ出版,69-85. 国際交流基金(2015)日本語教育国・地域別情報 香港(2014年度)(2016年10月24日)https://www.jpf. go.jp/j/project/japanese/survey/area/country/2014/hongkong.html 瀬尾匡輝(2011)「香港の日本語生涯学習者の動機づけの変化─修正版グラウンデッド・セオリー・アプロー チを用いた分析から探る─」『日本学刊』14,16-39. 新村出(編)(2008)『広辞苑 第六版』岩波書店 ノールズ,マルカム(2002)『成人教育の現代的実践:ペダゴジーからアンドラゴジーへ』堀薫夫・三輪建二 (監訳)鳳書房(原著 Knowles, M. (1980) The Modern Practice of Adult Education: From Pedagogy
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