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明代伝奇『趙氏孤児記』について

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明代伝奇『趙氏孤児記』について

著者

土屋 育子

雑誌名

集刊東洋学

119

ページ

41-60

発行年

2018-06-29

URL

http://hdl.handle.net/10097/00129945

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41 明代伝奇『趙氏孤児記』について(土屋)

明代伝奇﹃趙氏孤児記﹄について

一   はじめに ﹃趙氏孤児記﹄ 、またの名を﹃八義記﹄は、明代に成立し た伝奇︵戯曲︶である。本事は、 ﹃春秋左氏伝﹄や﹃史記﹄ などにある程度まとまった形で記されてい る ︶1 ︵ 。舞台は春秋 時代、 趙家が一族皆殺しに遭い、 唯一の生き残りの孤児が、 周囲の人々の援助と犠牲によって生き延び、成人したのち 復讐を遂げるという物語である。 宋元期には戯曲に仕立てられ︵明 ・ 徐渭﹃南詞叙録﹄ ﹁宋 元旧 篇 ︶2 ︵ ﹂︶ 、元代の雑劇が現存している︵元刊雑劇三十種の 一 ︶。 そ の 後、 明 代 に、 本 稿 で 取 り 上 げ る﹃ 趙 氏 孤 児 記 ﹄ が登場する。この﹃趙氏孤児記﹄については、先行研究が ﹁ 趙 氏 孤 児 ﹂ 雑 劇 の 曲 と 類 似 し た 箇 所 を 指 摘 し て お り ︶3 ︵ 、 宋 元 期 の 戯 曲 を 元 に 改 編 さ れ た も の で あ る こ と は 間 違 い な い。 明代伝奇の構成については、つとに青木正児氏が、男性 の主役乃至は女性の主役が幕ごとに登場する場面が交互に 繰り返されるという、一定のパターンがあることを指摘し て い る ︶4 ︵ 。﹃ 趙 氏 孤 児 記 ﹄ の 構 成 に も、 青 木 氏 の 指 摘 を 当 て はめうる。ただ、 趙氏孤児の物語が伝奇に仕立てられる際、 ﹁ 趙 氏 孤 児 ﹂ 雑 劇 は ど の 程 度 利 用 さ れ た の だ ろ う か。 雑 劇 の曲辞と類似する箇所があるものの、 ﹃千金記﹄ や ﹃東窓記﹄ などのように、雑劇の一折をそのままはめ込む形で利用す るということは、 ﹃趙氏孤児記﹄の中には見られない。 ﹁趙 氏孤児﹂雑劇成立以前か同時期に、雑劇とは別系統の戯曲 として﹃趙氏孤児記﹄の原型が成立していた可能性も考え られよう。 と こ ろ で、 ﹃ 趙 氏 孤 児 記 ﹄ に は 雑 劇 と は 異 な る 設 定 や エ ピソードが盛り込まれている。その一端を示すのが、別名 ﹃八義記﹄の﹁八義﹂である。 ﹁八義﹂とは、趙氏孤児を守 集刊東洋学 第一一九号 平成三〇年六月 四一 −六〇頁

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42 る た め に 自 ら を 犠 牲 に し た 人 々

周 堅、 鉏 麑、 提 弥 明、 霊輒、韓厥、公孫杵臼、程嬰、驚哥︵程嬰の子︶

を指 すとされ る ︶5 ︵ 。このうち周堅は歴史書に見えず、先行する雑 劇にも登場しない架空の人物であるが、物語前半で趙氏一 族 の 趙 朔 を 追 っ 手 か ら 逃 が す た め の 身 替 わ り と な る。 ス トーリー上は枝葉の部分だが、結末が大団円を迎える明代 の戯曲の通例に従い、主要な登場人物がラストシーンで再 会できるよう加えられたものであろう。 作 者 に つ い て、 ﹃ 趙 氏 孤 児 記 ﹄ を 題 名 と す る テ キ ス ト に 作者名は無く、 中華書局版 ﹃六十種曲﹄ ﹁八義記﹂ 巻首に ﹁明 徐 元 著 ﹂ と 記 さ れ る︵ 書 誌 情 報 は 後 述 ︶。 呂 天 成︵ 一 五 八 〇∼ 一 六 一 八 年 ︶﹃ 曲 品 ﹄ と、 祁 彪 佳︵ 一 六 〇 二∼ 一 六 四 五 年 ︶﹃ 遠 山 堂 曲 品 ﹄ で は﹁ 徐 叔 回 ﹂ と い う 名 を 挙 げ て い るが、行状については不明であ る ︶6 ︵ 。先行研究は、徐元は字 が 叔 回 で 改 作 者 で あ り 、 徐 元 改 編 の ﹃ 八 義 記 ﹄ は す で に 失 わ れ 、 汲 古 閣 本 も 徐 元 改 編 の も の と は 異 な る と す る ︶7 ︵ 。 版本の系統について、先行研究は、現存する﹃趙氏孤児 記﹄の諸テキストを二つの系統に分類する。すなわち、節 略 本 で は あ る が 最 も 刊 行 が 早 い 風 月 本︵ 一 五 五 三 年 ︶ と、 これに近い本文を持つとされる富春堂本・世徳堂本︵いず れも万暦年間刊︶が一つの系統をなし、明末に刊行された 汲古閣本と清代の鈔本などが一つの系統をなすとする見解 である。筆者は、汲古閣本と清代の鈔本とが深い関係を持 つという指摘に対して異論はないが、明刊本の関係につい てはまだなお検討の余地があると考える。本稿は、如上の 観点から風月本を始めとする明刊本を中心に、散齣を集め た戯曲集も検討対象に加え、現存の明刊﹃趙氏孤児記﹄版 本間の継承関係について明らかにすることを目的とする。 二   版本の書誌と書坊 明刊本について、以下に書誌情報を示す。 ︹ ︺は略称。 風 月 本 ︰﹃ 風 月 錦 嚢 ﹄、 書 名 全 題﹁ 新 刊 耀 目 冠 場 擢 奇 風 月 錦 嚢 正 雑 両 科 全 集 ﹂、 明・ 徐 文 昭 編 輯、 嘉 靖 癸 丑︵ 一 五 五 三 年 ︶ 書 林 詹 氏 進 賢 堂 重 刊 本。 節 略 本。 別題﹁全家錦嚢﹂ 。全部で正編二十巻、続編二十巻、 続補一巻。版式は上下二段、下段には元明雑劇およ び伝奇を、 上段には挿絵あるいは散曲、 小曲を収録。 続編巻六に趙氏孤児の物語を収める。巻首題﹁新刊 摘 滙 奇 妙 戯 式 全 家 錦 嚢 大 全 孤 児 ﹂。 完 本 の 十 折 分、 各折から数曲を収録する。スペイン・エスコリアル 修道院 蔵 ︶8 ︵ 。 ︹風︺ 富春堂本︰﹃趙氏孤児記﹄二巻、全四十四折︵末尾の 折 は 第 四 十 三 折 だ が、 第 十 三 折 が 二 つ あ る ︶。 金 陵

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43 明代伝奇『趙氏孤児記』について(土屋) 対渓富春堂刊本。 巻首題 ﹁新刻出像音註趙氏孤児記﹂ 、 封 面 上 欄﹁ 謹 按 姑 蘇 板 校 正 ﹂、 封 面 下 欄﹁ 新 刻 出 像 音 註 / 金 陵 書 坊 富 春 堂 繍 梓 / 趙 氏 孤 児 大 全 ﹂、 版 心 ﹁ 出 像 孤 児 記 ﹂﹁ 富 春 堂 ﹂。 刊 記 無 し。 京 都 大 学 文 学 部 蔵 ︶9 ︵ 。以下の挙例では、富春堂本の折数を用いて記 す。 ︹富︺ 世徳堂本︰﹃趙氏孤児記﹄二巻、全四十四齣。巻首題 ﹁重訂出像附釈標註音釈趙氏孤児記﹂ 。姑孰陳氏尺蠖 斎訂釈、繍谷唐氏世徳堂校梓。刊記無し。中国国家 図書館 蔵 ︶10 ︵ 。 ︹世︺ 汲古閣本︰﹃八義記﹄二巻、 全四十一齣。崇禎年間刊。 汲古閣刊﹃六十種曲﹄所 収 ︶11 ︵ 。 ︹汲︺ このほか、散齣の戯曲集に、 ﹃趙氏孤児記﹄ ﹃八義記﹄の 一部が収録されてい る ︶12 ︵ 。本稿では、参考として一部を取り 上げることにするが、詳しくは後述する。 汲古閣刊﹃六十種曲﹄について、伴俊典氏は馬衍氏や兪 為民氏の論文を参考にしつつ、次のように述べている。編 者毛晋︵一五九九∼一六四九年︶は、江蘇常熟の人、著名 な 蔵 書 家、 刻 書 家 で あ る。 ﹃ 六 十 種 曲 ﹄ は、 初 め﹃ 繍 刻 演 劇十本﹄という名で、十本の作品を一套として計六回刊行 された。その後、康煕年間︵一六六二∼一七二二年︶に第 一 套 か ら 第 六 套 ま で を 合 わ せ、 ﹃ 六 十 種 曲 ﹄ と し て 出 版 さ れた。さらに﹃六十種曲﹄の編集について、毛晋が﹁交遊 の あ る 戯 曲 の 専 門 家 の 協 力 を 得 て い た こ と は 明 ら か で あ る ﹂ と す る ︶13 ︵ 。 確 か に、 ﹃ 六 十 種 曲 ﹄ 所 収 テ キ ス ト と そ の 他 の版本とを比較すると、一部の例外はあるものの、全篇に わたって万遍なく改訂・改編の手が入れられているケース が多く見受けられる。それはおそらく、毛晋の該戯曲集出 版に対する姿勢を反映したものであろう。 清代に﹃六十種曲﹄と名を改めて出版されてからは、版 元や版木を変えながら幾度も刊行されている。各地に版本 が伝存し、量的にかなり流布したと推測できる。清代以降 の 演 劇 に 大 き な 影 響 を 与 え る 存 在 と な っ た 理 由 の 一 つ は、 流布の問題もあるだろう。末尾 ︻附表︼ に挙げた清鈔本は、 全二十八折のやや簡略化されたテキストであるが、本文お よび折の配列は、汲古閣本に近いことがわかる︵第十六齣 と第十七齣は汲古閣本の順に従っている︶ 。 先 行 研 究 で は、 こ れ ら の 版 本 が 比 較 的 早 期 に 成 立 し た、 ある祖本から分岐したものである、とほぼ一致した見解の もと議論が展開されている。そこで、各版本の継承関係に ついて、先行研究の見解を次にまとめておく。 呉敢氏﹁ ﹃八義記﹄弁証﹂では、完本﹃趙氏孤児記﹄ ︵世 徳堂本︶ 、﹃八義記﹄ ︵汲古閣本︶ 、曲譜、戯曲集における散 齣︵一幕物︶の収録状況、作者問題、清鈔本について考察

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44 している。版本の系統については、世徳堂本と汲古閣本と は別系統の伝本とするが、具体的に異同箇所を取り上げて 論じることはなされていな い ︶14 ︵ 。 兪為民氏 ﹁南戯 ﹃趙氏孤児﹄ 的本事与版本考述﹂ では、 ﹁版 本 考 述 ﹂︵ 二 四 九 頁 ︶ に お い て、 宋 元 期 に 成 立 し た 戯 文 が 祖本となっていることを指摘した上で、世徳堂本、汲古閣 本、清聴雨楼査有 炘 蔵鈔本、清鈔本に風月本を加えた五種 を議論の俎上に載せ、考察を加えている。その上で、宋元 期の戯文の様相をとどめる世徳堂本 ・ 風月本の戯文系統と、 戯文を改変した汲古閣本・清聴雨楼査有 炘 蔵鈔本・清鈔本 の伝奇系統の二系統に分け る ︶15 ︵ 。 馬華祥氏は、世徳堂と富春堂はいずれも同姓の唐氏の書 坊であり、同名の伝奇を複数刊行しており、これら同名の 伝奇も﹃風月錦嚢﹄所収本と同源で、 汲古閣本とは異なる、 と指摘す る ︶16 ︵ 。 以上の先行研究をまとめると、共通する祖本を想定、そ こから分岐したとして、古い本文を持つ世徳堂本等の版本 の 系 統 と、 改 変 を 加 え た 汲 古 閣 本 等 の 版 本 の 系 統 と い う、 二系統の存在を指摘している。しかし、この指摘に問題が ないわけではない。具体的には、いずれの先行研究も比較 が一部に止まること、兪為民氏論文では曲譜収録の曲文と 完本との比較に重点があり、完本間の継承関係に関する考 察は十分とは言えないこと、風月本との比較に至っては本 文を挙げた分析は行われていないことなどである。 ここで、富春堂本と世徳堂本との関係を確認しておきた い。それぞれの刊行元の書坊である富春堂、世徳堂は、い ずれも同じ唐氏の書坊で、万暦年間に南京を拠点として活 動し た ︶17 ︵ 。先行研究では、馬華祥氏が、富春堂本と世徳堂本 の関係が密接であることを指摘した上で、世徳堂本につい て、精緻な挿絵、眉注、語句の言い換えなど、富春堂本に 比べやや高級な作りとしているがその実態は富春堂本の引 き写しで、富春堂本と世徳堂本はほぼ同文と言える、と述 べ る ︶18 ︵ 。この見解に筆者も基本的に賛同する。 ﹃ 趙 氏 孤 児 記 ﹄ の 場 合、 折 数 は 富 春 堂 本 と 世 徳 堂 本 の ど ちらも、全四十四折の同数である︵ ︻附表︼参照︶ 。富春堂 本の末尾は第四十三折であるが、これは第十三折が二つあ ることによるもので、全体では四十四折である。第十三折 が二つあるのは、富春堂本の単純な誤りであろう。字句や 曲牌数の面から見ても富春堂本・世徳堂本間の異同は非常 に少ない。両者の大きな違いとしては、世徳堂本が各折に 四 字 の 題 目 を 付 け て い る 点 で あ り、 外 見 上 の こ の 違 い は、 先に引いた馬氏も指摘するように、体裁を整える一環とし て行われたものと考えられよう。

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45 明代伝奇『趙氏孤児記』について(土屋) 三   完本間の関係 では、富春堂本・世徳堂本と、汲古閣本の異同状況を見 てみよう。 末尾の︻附表︼をご覧いただきたい。左から、 富春堂本、 世徳堂本、汲古閣本、風月本、散齣集、そして参考として 清鈔 本 ︶19 ︵ の順に掲げている。いずれの版本も物語の大枠にお いて共通しており、諸版本はある共通の祖本から分岐した ことを予測させる。その一方で、折の区切り方、実質的な 折数等において、富春堂本・世徳堂本と、汲古閣本とでは 明瞭な違いがあることがわかる。すなわち、折の移動と削 除である。前者には二箇所あり、富春堂本第十九折が汲古 閣本では二つ前の位置に、富春堂本第二十五折が汲古閣本 では二つ後に移動している。第十九折は、屠岸賈の差し金 で趙盾が朝廷で悪犬に襲われ、提弥明の働きで危機を脱し たことが、道化による回想形式で語られる。実は直前の第 十八折は、霊輒のもとへ突如趙盾が逃げ込み、事情を察し た霊輒が趙盾を背負って逃げることとなっており、悪犬に よる趙盾襲撃を実際に演じることにはなっていないのであ る。一方汲古閣本では、霊輒の助太刀の前に悪犬による襲 撃の場面が置かれており、こちらのほうが自然な展開だと 言えるだろう。富春堂本第二十五折では、前半は山中に隠 れた趙盾が霊輒を下山させて様子を探らせたものの、一族 皆殺しの報に体調を悪化させる場面、後半は公主の生んだ 赤子を屠岸賈が探し出して殺そうと画策する場面となって いる。直後の第二十六折では趙盾が亡くなって霊輒が一人 趙 盾 の 墓 守 を し て い る と こ ろ へ、 趙 朔 が 逃 げ て き た の で、 趙朔に顛末を語る場面が続く。甚だしい重複は避け、合理 化を図ったと考えられるだろう。実際、汲古閣本における 折の削除は、富春堂本の第二十九折、第三十三折、第三十 四折、第三十五折、第三十八折、第四十一折の六折が該当 す る ︶20 ︵ が、これらの削除もそのほとんどが前後の折と内容が 重複することに起因すると考えられる。 次に、改変の程度の目安として、収録する曲数の増減を 計上した。 ︻附表︼の﹁ A曲数﹂ ﹁ B曲数﹂は、それぞれ A が富春堂本、 Bが汲古閣本の曲数である。計数したのは基 本的に曲牌が掲げられているものであるが、 繰り返しの ﹁前 腔 ﹂ に つ い て も 一 曲 と し た。 な お、 富 春 堂 本 で は﹁ 前 腔 ﹂ の標示が無いことが多いが、 汲古閣本の本文と比較して ﹁前 腔﹂ と認められるものについては計上している。 ﹁ C増加数﹂ は 富 春 堂 本 と 比 較 し て 汲 古 閣 本 で 増 加 し て い る 曲 数、 ﹁ D 減少数﹂ は汲古閣本で減少した曲数である。これを見ると、 汲古閣本では、曲数に全く増減が見られない折が十五、そ れ 以 外 の 二 十 六 の 折 に は 何 ら か の 改 変 が 加 え ら れ て い る。

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46 とはいえ、曲数の増減がない折であっても、本文を比較す ると、汲古閣本は富春堂本・世徳堂本と比べて作品全体に 万遍なく改変の手が加えられていることがわかる。 例を一つ挙げてみよう。趙氏遭難のあと、公孫杵臼のも とに一人身を寄せた程嬰︵役柄︰末。なお、富春堂本・世 徳堂本は程嬰を﹁程英﹂と表記︶は、ある日、浮かぬ顔を 公孫杵臼︵役柄︰外︶にとがめられる。それに対する程嬰 の返答のうたである。以下の挙例では、 曲辞をゴシック体、 ト 書 き を[ ] 対 応 す る 文 字 が 無 い こ と を ﹁ ╳ ﹂ で 示 し 、 特に必要な場合に日本語訳を付す。 例 1︰富春堂本第二十三折︵世徳堂本第二十四齣・汲古 閣本第二十六齣︶ ︹ 富 ︺︻ 駐 馬 聴 ︼  聴 啓 因 依。 非 是 程 英 思 故 里。 為 着 恩 人公主、禁在宮中未知消息。又兼程英家裏有 妻児 。奈 何 目 下 懐 着 身 己 。[ 合 ] 依 此 要 回 帰。 欲 辞 我 兄 別 日 再 来至。 ︹ 世 ︺︻ 駐 馬 聴 ︼  聴 啓 因 依。 非 是 程 英 思 故 里。 為 着 恩 人公主、禁在宮中未知消息。又兼程╳家裏有 妻児 。奈 何 目 下 懐 着 身 己 。[ 合 ] 因 此 要 回 帰。 欲 辞 我 兄 別 日 再 来至。 ︹汲︺ ︻駐馬聴︼ [末] 聴 訴 因依。 [ 外]敢是想家。 [末] 非 是 程 嬰 思 故 里。 [ 外 ] 為 甚 麽 。[ 末 ] 為 着 恩 人 公 主、 禁在宮中未知消息。又兼程嬰家裡有 妻房 、奈何目下懐 娠孕 、因此要回帰。欲辞 兄長他 日再来至。 ︵富春堂本訳 ︵程英が唱いにて︶申し開きをお聞きく ださい。程英が故郷を思うためではありませぬ。恩人 公主さまが、 宮中に幽閉されいまだ消息知れずのため。 また我が家には女房がいて、如何せんただいま妊娠し て お る。 [ 合 わ せ て ] よ っ て 帰 ろ う と、 兄 さ ん に 挨 拶 して再会を約束しようと思います。 ︶ ここでは顕著な異同箇所に傍線を付した。富春堂本と世 徳堂本の本文はほぼ同文であるが、汲古閣本は、せりふの 挿 入︵ 二 重 傍 線 部 ︶、 口 語 的 な 語 彙 か ら 文 語 的 な 語 彙 へ の 書き換え︵波線部︶などの異同が見える。 次の例 2は、 屠岸賈から命を狙われた趙朔 ︵役柄︰生︶ が、 生 ま れ て く る 赤 子 を 守 る 方 策 を 伝 え、 ﹁ 家 で よ く 養 育 し、 成人したら、 ︵趙家が負わされた︶不当な罪について話し、 必ず仇を取るように︵ 你 却好生看養在家、待長成人、説与 寃 枉 之 事、 必 報 得 冤 ︶﹂ と 話 し た あ と、 そ れ に 答 え た 妻 の 公主︵役柄︰旦︶と程嬰︵役柄︰末︶のせりふである。 例 2︰富春堂本第二十折︻五更転︼前のせりふ︵世徳堂

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47 明代伝奇『趙氏孤児記』について(土屋) 本第二十一齣・汲古閣本第二十一齣︶ ︹富︺我若不死、必来見 你 。 你 可千万記取。 [旦] 駙 馬 放心。妾若不死、 怕不得報他這冤仇。与 駙 馬做路途費 用 之 資 。︵ 訳 ︰ も し 死 な な か っ た ら、 必 ず お 前 に 会 い に 来 る。 く れ ぐ れ も 覚 え て い て お く れ。 [ 旦 ] あ な た 安心してください。私が死ななかったら、 彼にこの仇 を返せないのが気がかりです。あなたに路銀としてお 渡しします。 ︵?︶ ︶ ︹世︺我若不死、必来見 你 。 你 可千万記取。 [旦] 駙 馬 ╳╳、妾若不死、 這冤仇決然報取、可放心前去。這銀 子与 駙 馬做路途費用之資 。︵訳︰もし死ななかったら、 必ずお前に会いに来る。 くれぐれも覚えていておくれ。 [ 旦 ] あ な た、 私 が 死 な な か っ た ら、 こ の 仇 は 必 ず 取 りますから、安心して行ってください。この銀子はあ なたに路銀としてお渡しします。 ︶ ︹汲︺ 你 可千万記取。 [旦] 駙 馬放心。妾若不死、 寃仇 必報。 [末] 如今收拾金銀宝貝、 与 駙 馬做路途費用之資。 ︵訳︰くれぐれも覚えていておくれ。 [旦]あなた安心 してください。私が死ななければ、 仇は必ず取ります。 [ 末 ] た だ い ま 金 銀 財 宝 を 用 意 し て、 駙 馬 さ ま に 路 銀 としてお渡ししましょう。 ︶ 引用箇所冒頭の 駙 馬の台詞において、富春堂本と世徳堂 本はほぼ同じである。しかし、つづく公主のせりふ、点線 を付した箇所で、富春堂本は文章が乱れ、文意が不明確に なっている。ここでは仮に﹁怕不得報他這冤仇、与 駙 馬做 路 途 費 用 之 資 ﹂ と 断 句 し た が、 や や 不 自 然 な の は 否 め ず、 字句の脱落が推測される。それを修正したのが、世徳堂本 の点線箇所ということになろう。富春堂本の脱文は、版下 書 き の 段 階 で﹁ 這 冤 仇 ﹂ と﹁ 這 銀 子 ﹂ と で 共 通 す る﹁ 這 ﹂ 字 の 見 間 違 い に よ り、 二 つ の﹁ 這 ﹂ 字 の 間 が 脱 落、 ﹁ 串 句 脱文﹂が起きたとも考えられる。いずれにしても、基本的 に富春堂本とほぼ同じ本文を持つ世徳堂本が、ここでは誤 りを引き継いでいないのである。 一方汲古閣本では、世徳堂本に見える 駙 馬に路銀を渡す という行為は共通するが、 その際に程嬰を登場させている。 これは、公主という高貴な身分の者が直接金品を渡すのは 不適切であると見なされ、さらなる書き換えが行われたの かもしれない。 ただ、汲古閣本が書き換えを行っていると言っても、完 本 間 の 異 同 が す べ て 汲 古 閣 本 編 纂 時 に 生 じ た と す る こ と は、即断に過ぎよう。汲古閣本の時代には、現在では失わ れた版本が行われていた可能性があるからである。現存し ない版本の存在については、先行研究では兪為民氏が曲譜

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48 収載の曲辞を比較し、汲古閣本とは別の明改本が存在した と想定してい る ︶21 ︵ 。とはいえ現存しない以上、汲古閣本が基 づいた版本の完全な復元は不可能ではあるが、節略本の風 月本や、一幕物を収録した散齣集などとの比較から、ある 程度の推測を試みたい。 四   その他の版本との関係 こ こ で は、 風 月 本・ ﹃ 群 音 類 選 ﹄・ ﹃ 酔 怡 情 ﹄ の 三 種 を 取 り上げ、完本との比較を行 う ︶22 ︵ 。以下に風月本以外の二種に ついて書誌を示す。 ﹃群音類選﹄は、 明 ・ 胡文煥編、 彼が編纂した﹃格致叢書﹄ の 一 つ で、 官 腔︵ 崑 曲 ︶、 諸 腔、 北 腔、 清 腔 の 四 類 に 分 け て各戯曲の一部を収録した戯曲集である。序文から、万暦 二十一︵一五九三︶∼二十四︵一五九六︶年成立、その後 まもなく刊行されたと考えられ、汲古閣本に比べ刊行は幾 分早いことになる。原書は四十六巻であったと推測される が、現在は三十九巻が現存する。南京図書館、中国国家図 書館 蔵 ︶23 ︵ 。﹃群音類選﹄が収録する﹃八義記﹄は五幕、 ﹁公主 賞灯﹂ ︵富春堂本第五折︶ 、﹁蔵出孤兒﹂ ︵同第二十七折︶ 、﹁程 英寄孤﹂ ︵同第三十折︶ ﹁杵臼自嘆﹂ ︵同第三十二折︶ ︵以上 正 編 巻 十 一 ︶、 ﹁ 駙 馬 賞 灯 ﹂︵ 富 春 堂 本 第 五 折 ︶︵ 補 編 巻 一 ︶ である。前四劇は富春堂本 ・ 世徳堂本とほぼ同文だが、 ﹁ 駙 馬賞灯﹂ は汲古閣本に近似する。 ﹁公主賞灯﹂ と ﹁ 駙 馬賞灯﹂ はいずれも完本の第五折に当た る ︶24 ︵ が、異なるテキストをも とに収録したということであろう。 ﹃酔怡情﹄は、明 ・ 青渓菰蘆釣叟編、清初 ・ 古呉致和堂刊。 書 名 は﹁ 新 刻 出 像 点 板 時 尚 崑 腔 雑 曲 酔 怡 情 ﹂、 全 八 巻 ︶25 ︵ ︵ 以 下酔怡情本と略す︶ 。﹃八義記﹄から収録するのは四幕、 ﹁ 賖 飲 ﹂︵ 富 春 堂 本 第 二 折 ︶、 ﹁ 賞 灯 ﹂︵ 同 第 五 折 ︶、 ﹁ 評 話 ﹂︵ 同 第 十 折 ︶、 ﹁ 閙 朝 ﹂︵ 同 第 十 三 折 ︶ で あ る。 現 存 の 版 本 は 清 初の刊行ではあるが、収録される﹃八義記﹄の本文は汲古 閣 本 に 先 立 つ と 考 え ら れ る︵ 実 例 は 後 述 ︶ こ と か ら、 ﹃ 酔 怡情﹄も汲古閣本の成立以前の﹃八義記﹄の姿を残してい ると言える。 ところで、風月本には十折分が収録される。その概要は 以 下 の 通 り で あ る︵ ﹃ 風 月 錦 嚢 箋 校 ﹄ に 従 っ て 幕 に 通 し 番 号を付し、 ︹   ︺で示す︶ 。 ︹一︺灯籠飾り実施をめぐる趙盾・屠岸賈の争い ︹二︺公主と 駙 馬趙朔の元宵の楽しみ ︹三︺趙盾を嫌う屠岸賈に対する夫人の諫言 ︹四︺趙盾と屠岸賈の確執 ︹五︺趙盾と屠岸賈の言い争い ︹六︺ 鉏 麑による趙盾襲撃

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49 明代伝奇『趙氏孤児記』について(土屋) ︹七︺屠岸賈と夫人のやりとり ︹八︺程英と公孫杵臼の密談 ︹九︺公孫杵臼の殉難 ︹十︺程英による趙氏遭難の絵解き このように、趙氏孤児の物語の主要な挿話はほぼ網羅さ れていると言えるだろう。風月本の編纂者は、節略ながら も主要な場面をもれなく採録しようという意図を持ってい たと考えられる。 では、明刊の完本の戯曲テキスト及び散齣集を比較して みよう。 ま ず、 風 月 本︹ 一 ︺ の 冒 頭 二 曲︻ 絳 都 春 ︼︻ 本 序 ︼ を 見 てみよう。富春堂本・世徳堂本・汲古閣本における対応す る折は、いずれも第五折である。富春堂本・世徳堂本には これら二曲があるが、汲古閣本には︻本序︼曲がない。曲 の有無だけを見れば、風月本は富春堂本 ・ 世徳堂本に近く、 汲古閣本は風月本の本文からは離れ、改変が加えられてい ることになる。しかし、語句のレベルで見ると、必ずしも そうとは言えないことがわかる。同じ風月本︹一︺のせり ふを見てみよう。程嬰︵役柄︰末︶が趙朔︵役柄︰生︶に 対し、朝廷での事件を語る。その事件とは、趙盾が元宵節 の灯籠を禁じるよう上表したのに対し、屠岸賈が反対した というものである。 例 3︰風月本︹一︺ ︻本序︼後のせりふ ︹風︺ ╳╳╳╳ 老相公 上通表章   ╳╳ 乞禁 放灯 。 ︹富︺ ╳╳╳╳ ╳╳╳ 上通表章 、 陳言 乞禁 放灯 。 ︹世︺ ╳╳╳╳ ╳╳╳ 上通表章 、 陳言 乞禁 放灯 。 ︹汲︺却元来是 老相公 上╳表╳   ╳╳ 乞禁 元宵 。 富 春 堂 本・ 世 徳 堂 本 が 風 月 本 に 一 致 す る 箇 所︵ 傍 線 部 ︶ がある一方で、波線部﹁老相公﹂などのように、汲古閣本 の ほ う が 風 月 本 の 本 文 に 一 致 す る 箇 所 が 存 在 す る の で あ る。これはどう考えたらよいだろうか。汲古閣本が改変し た結果、偶然一致したという可能性も考えられるかもしれ ないが、続く箇所でも同様の傾向を見ることができる。 例 4︰風月本︹一︺ ︻本序︼後のせりふ ︹風︺ [末]⋮听部中創出一个官人。 頭帯一頂 黄 燦燦束 髪 冠。 身 穿 一 領 紅 紅 艶 艶 絳 羅 袍。 ︵ 中 略 ︶ 乃 是 朝 中 下 大夫屠岸賈、⋮ ︹富︺ [末]⋮班部中閃出光眼睛一个人。乃朝中下大夫 屠岸賈、⋮ ︹世︺ [末]⋮班部中閃出光眼睛一箇人。乃朝中下大夫 屠岸賈、⋮ ︹ 汲 ︺[ 末 ] ⋮ 班 部 中 閃 出 一 員 官 来。 [ 生 ] 那 官 是 誰。

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50 怎 生 打 扮。 [ 末 ] 頭 戴 一 頂 黄 燦 燦 束 髪 冠。 身 穿 一 領 紅 焔焔絳羅袍。 ︵中略︶乃中朝下大夫屠岸賈、⋮ ︵汲古閣本訳 [末]⋮朝臣の列から一人の役人が飛び 出 し ま し た。 [ 生 ] そ れ は 誰 じ ゃ。 ど ん な 服 装 を し て い る の か。 [ 末 ] 頭 に は 黄 色 に 輝 く 束 髪 冠 を つ け、 身 に は く れ な い の 絳 羅 袍 を 着 て お り ま す。 ︵ 中 略 ︶ こ れ ぞ朝廷の下大夫屠岸賈でございます。 ︶ 例 4を見ると、汲古閣本の二重傍線部は増補したと考え られるが、波線部は富春堂本・世徳堂本には見えず、風月 本と汲古閣本が一致する。汲古閣本が富春堂本などに基づ き波線部を増補したというよりも、風月本そのものではな いにせよ、風月本に近い本文を持つ完本であったと考える べきであろう。 次の例 5は、屠岸賈︵役柄︰浄︶が趙盾を陥れる策を練 ろうとする場面で、妻に対するうたである。 例 5︰風月本︹七︺ ︻二犯淘金令︼曲︵富春堂本十七折 ・ 世徳堂本第十八齣・汲古閣本第十八齣︶ ︹風︺ 景届夏初 臨、何妨同 宴飲。 [合] 且自開懐、 ╳╳ 両情 厮称 。 ︹富︺ 景届夏初、 対景歓娯 宴飲。 [合] 且╳開懐、 ╳╳ 両情 相称 。 ︹世︺ 景届夏初、 対景歓娯 宴飲。 [合] 且╳開懐、 ╳╳ 両情 相称 。 ︹汲︺ 景届夏初 臨、何妨同 宴飲。 [合] 且自開懐、 和你 両情 暢飲 。 ︵ 汲 古 閣 本 訳 こ ろ は 夏 の 初 め、 と も に 宴 し て 飲 む に 支 障 が あ ろ う か。 [ 合 わ せ て ] ま ず は 胸 襟 を 開 き、 そ なたと二人ゆるりと飲もう。 ︶ 第一句・第二句の波線部は、風月本と汲古閣本、富春堂 本と世徳堂本のそれぞれが一致、末句の傍線部は、風月本 が富春堂本・世徳堂本に近似し、汲古閣本だけが異なって いる。傍線部の異同は、 汲古閣本が改変したと考えられる。 次の例 6は、 程嬰 ︵役柄︰末︶ が成長した趙氏の孤児 ︵役 柄︰外︹富春堂本︺ ・小生︹汲古閣本︺ ︶に、絵解きで趙家 の遭難を語り始める場面である。 例 6︰ 風 月 本︹ 十 ︺︻ 柳 葉 児 ︼ 後 の せ り ふ︵ 富 春 堂 本 第 四十二折・世徳堂本第四十三齣・汲古閣本第四十一齣︶ ︹ 風 ︺[ 末 ] 好 好、 我 説 与 你、 ╳ ╳ ╳ 子 細 聴 着 。︻ 菊 花 新滾纏︼ 元宵景致。花灯満市 。 這両人是誰 。 駙 馬与晋 侯公主 。這酔漢是誰。 姓周名堅 。因甚婆子 扭 住他。 沽

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51 明代伝奇『趙氏孤児記』について(土屋) 酒少他銭、会 駙 馬替還酒銭、 ⋮ ︹ 富 ︺[ 末 ] 好 好、 我 説 与 你、 要 用 心 仔 細 聴 着 。︻ 菊 花 新帯後袞纏︼ 元宵景致。花灯満市 。[外] 這両人是誰 。 [末] 沽酒少他銭、会 駙 馬替還酒銭、 ⋮ ︹ 世 ︺[ 末 ] 好 好、 我 説 与 你、 要 用 心 仔 細 聴 着 。︻ 菊 花 新帯後袞纏︼ 元宵景致。灯花満市 。[外] 這両人是誰 。 [末] 沽酒少他銭、会 駙 馬替還酒銭、 ⋮ ︵富春堂本・世徳堂本訳 [末]わかりました、お話し しましょう、よく聴いてください。 ︻菊花新帯後袞纏︼ 元宵のころ、飾り灯籠 ま ち に 満 つ 。[ 外 ] こ の 二 人 は 誰 で す か。 [ 末 ] 酒 を 買 っ て 金 が 足 り ず、 た ま た ま 駙 馬さまが代わりに酒代をお支払いになり、⋮︶ ︹汲︺ [末] ⋮若要此画講明、 須要公子坐了、 方纔好 説。 [小生] 孩児告坐了。 [末] 景遇元宵、 花灯満市 。[ 小生] 那戴鳳冠与穿着白的是誰 。︻啄木児︼ [末] 這是 趙 駙 馬 和公主 。⋮那酔漢名喚周堅。⋮ 待還酒価留他住 。⋮ ︵ 汲 古 閣 本 訳 も し も こ の 絵 の 講 釈 を し て ほ し い の な ら、公子さまお座りにならねば。そうしたらお話しし ます。 [小生]では遠慮なく。 [末]ころは元宵、飾り 灯籠 ま ち に 満 つ 。[ 小 生 ] あ の 鳳 冠 を か ぶ り 白 い 服 を 着た人は誰ですか。 ︻啄木児︼ [末]こちらは趙 駙 馬と 公主さま。⋮あの酔漢は周堅といい、⋮酒代をお支払 いになり彼を留めて住まわす。⋮︶ 例 6の冒頭から﹁這両人是誰﹂までの二重傍線部で、風 月本は富春堂本・世徳堂本と概ね一致し、汲古閣本のみ異 な っ て い る。 汲 古 閣 本 は 異 同 が あ る も の の、 ﹁ 景 遇 元 宵、 花灯満市﹂と類似した箇所も見えることから、汲古閣本が 祖本に基づいて改変したと考えることができる。しかし問 題となるのは続く部分で、風月本・汲古閣本が、文言は異 なるものの、 駙 馬と公主、 周堅について物語の時系列に従っ て紹介していくのに対し、富春堂本・世徳堂本は二重傍線 部﹁這両人是誰﹂のあとに 駙 馬と公主についての言及がな く、酒代を肩代わりした話が続いている。風月本と比較す れば、富春堂本・世徳堂本が 駙 馬と公主に言及する句を脱 したことは明らかである。この箇所の場合、 ﹁這両人是誰﹂ の返事として、周堅と 駙 馬を挙げていると読むことが可能 であるため、誤りが見逃されたのであろうが、やや不自然 であることは否めない。 散齣集との比較ができる折も見てみよう。以下に挙げる 例 7∼ 9は、 風 月 本 で は︹ 二 ︺、 富 春 堂 本・ 世 徳 堂 本・ 汲 古閣本で言えば第五折に当たる。この折では、 駙 馬の趙朔、 妻の公主が、程嬰らとともに元宵節の灯籠を楽しむさまが 描 か れ る。 ﹃ 群 音 類 選 ﹄ に は、 ﹁ 駙 馬 賞 灯 ﹂ と﹁ 公 主 賞 灯 ﹂

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52 の二幕、 ﹃酔怡情﹄には﹁賞灯﹂の一幕が収録されている。 以下の原文引用の際には、 ﹃群音類選﹄収録の、 ﹁公主賞灯﹂ は﹁群 a﹂、 駙 馬賞灯﹂は﹁群 b﹂とする。 例 7︰風月本︹二︺第一支︻画眉序︼曲 ︹風︺   与民 歓慶、賞元宵 、    広排筵。 ︹富︺   与民 ╳慶上元、鰲山高結 、広排筵。 ︹世︺   与民 ╳慶上元、鰲山高結 、広排筵。 ︹群 a︺ 与民 ╳慶上元、鰲山高結 、広排筵。 ︹群 b︺ 与民 懽慶、賞元宵 、    広排筵。 ︹酔︺   与民 歓慶、賞元宵 、    広排筵。 ︹汲︺   与民 歓慶、賞元宵 、    広排筵。 ︵ 風 月 本 訳 民 と と も に 祝 い、 元 宵 を め で、 広 く 宴 を も よ お す。 / 富 春 堂 本 訳 民 と と も に 上 元 節 を 祝 い、 大きな灯籠高々とそびえ、広く宴をもよおす。 ︶ 例 7でも、波線部を付した風月本に一致するのは汲古閣 本であり、富春堂本・世徳堂本は異なる曲辞を持つことが わ か る。 興 味 深 い の は、 ﹃ 群 音 類 選 ﹄ b﹁ 駙 馬 賞 灯 ﹂ お よ び﹃酔怡情﹄の両者が、風月本・汲古閣本と一致する点で ある。 次の例 8も見てみよう。例 8は元宵節に呼ばれた劇中の 芸人によるうたである。引用箇所では、世徳堂本と﹃群音 類選﹄ aが富春堂本と完全に同文であるので、富春堂本を も っ て 代 え る。 な お、 ﹃ 群 音 類 選 ﹄ b﹁ 駙 馬 賞 灯 ﹂ に は、 この曲は収録されていない。 例 8︰風月本︹二︺第一支︻神仗児︼曲 ︹ 風 ︺ 今 宵 上 元。 今 宵 上 元 。 金 吾 不 禁。 銀 漏 任 転 。 那 門 神歌児舞、╳╳ 迓 鼓、 孩孩好笑 ╳使人観看。 諸社火 闘 争先。 ︹ 富 ︺ 今 宵 上 元。 今 宵 上 元 。 金 吾 不 禁。 銀 漏 任 伝 。 那 門 神歌鬼舞、 ╳╳ 迓 鼓 逞奇巧駢 闐 、 使人観看。 賽烟火、 恁 争先。 ︹ 酔 ︺ 今 宵 上 元。 ╳ ╳ ╳ ╳   金 吾 不 禁。 銀 漏 枉 然 。 我 們 神歌児舞、╳聴 迓 鼓、 孩来好也 ╳使人観看。 諸社火 闘 争先。 ︹ 汲 ︺ 金 宵 上 元。 ╳ ╳ ╳ ╳   金 吾 不 禁。 銀 漏 枉 然 。 我 們 神歌鬼舞、孩孩 迓 鼓、 孩来 好也 ╳使人観看。 諸社大 閙 争先。 ︵汲古閣本訳 今宵︵ ﹁金﹂は﹁今﹂の誤り︶の上元節、 金 吾 は︵ 灯 籠 見 物 を ︶ 禁 ぜ ず、 ︵ 夜 通 し の 見 物 ゆ え ︶ 銀の漏刻︵が時を告げるの︶もあだなり。われら神鬼 が歌い舞い、賑やかなる 迓 鼓、ひびいてよく人の眼を

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53 明代伝奇『趙氏孤児記』について(土屋) 引き、多くの劇団大いに騒ぎ先を争う。 ︶ ここでも、富春堂本︵および世徳堂本︶が風月本に一致 する箇所︵傍線部︶が見えるが、 ﹃酔怡情﹄ ・汲古閣本のほ うが風月本に近い箇所︵波線部︶もある。注目すべきは末 句で、風月本と酔怡情本が﹁諸社火闘﹂で完全に一致する のに対し、汲古閣本が﹁諸社大閙﹂となっている。酔怡情 本と汲古閣本とは刊行年代が近接し、どちらが先行するの か判断しにくいところがあるが、例 8における両者の異同 情況を見ると、酔怡情本は直接汲古閣本に基づいていると は言えず、祖本を共通しながら別々の改変を施されたテキ ストであると言えよう。もちろん、富春堂本・世徳堂本等 の版本に直接基づいたのではないことも明らかであろう。 例 8の引用箇所の後には、さらに、富春堂本・世徳堂本 と、 ﹃酔怡情﹄ ・汲古閣本との間に大きな異同が現れる。そ れが傀儡戯上演のくだりである。 曲牌表で曲牌の収録状況を確認してみよう。 曲牌表では、 富春堂本を基準として曲牌を配列し、その他のテキストの 収録状況を、○は有り、╳は無し、曲牌標示がない曲は丸 括弧で示し、曲牌名が異なる場合はその曲牌名を記し、曲 牌名のあとの数字は第○支を表す。酔怡情本は曲牌の配列 順 に 異 同 が 生 じ て い る の で、 曲 牌 の 前 に 丸 数 字 で 示 し た。 こ れ を 見 る と、 富 春 堂 本・ 世 徳 堂 本・ ﹃ 群 音 類 選 ﹄ a﹁ 公 主賞灯﹂ の三種がほぼ同じ、 ﹃群音類選﹄ b﹁ 駙 馬賞灯﹂ ・﹃酔 怡 情 ﹄・ 汲 古 閣 本 は 第 二 支︻ 滴 溜 子 ︼ 曲 の 次 の︻ 神 仗 児 ︼ 曲以降、 ﹃群音類選﹄ b﹁ 駙 馬賞灯﹂ ・酔怡情本・汲古閣本 では六∼七曲が収録されていないが、後半に︻鮑老催︼二 曲が見え、末尾は富春堂本と類似する。ただし、酔怡情本 は配列に改変が施されているとみることができる。  富春堂本第五折 曲牌表 風 富 世 群 a 群 b 酔 汲 × 伝言玉女 ○ × × ① ○ ○ ○ 画眉序 1 ○ ○ ○ ② ○ ○ ○ 滴溜子 1 ○ ○ ○ ③ ○ ○ ○ 神仗児 1 ○ ○ × ⑥ ○ ○ × 画眉序 2 ○ ○ ○ ⑦ ○ ○ ○ 滴溜子 2 ○ ○ ○ × ○ ○ 神仗児 2 ○ ○ × × × × 画眉序 3 ○ ○ × × × × 滴溜子 3 ○ ○ × × × × 神仗児 3 ○ ○ × × × × 滴溜子 4 ○ ○ × × × × 神仗児 4 ○ ○ × × ○ × × × × 鮑老催 ④ 鮑老永団円 鮑老催 × × × × 前腔 ⑤(前腔) 前腔 × (双声子) ○ ○ 双声子(後半なし)(後半なし)⑧ 滴溜子 (後半なし)双声子 × 尾声 ○ ○ ○ ⑨ ○ ○

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54 例 9では、酔怡情本・汲古閣本に収録されていない曲を 取り上げる。 例 9︰風月本︹二︺第二支︻神仗児︼曲︵世徳堂本は富 春堂本とほぼ同文のため、富春堂本をもって代える︶ ︹ 風 ︺ 珠 簾 半 捲。 珠 簾 半 捲。 王 公 府 眷。 和 你 向 前。 撮 弄 家風稀罕。也会蔵圧、転眼去来如電。 ︹ 富 ︺ 朱 簾 半 捲。 朱 簾 半 捲。 王 宮 府 眷。 和 你 向 前。 傀 儡 家風希罕。也会蔵圧、転恨去来如電。 ︹ 群 a︺ 朱 簾 半 捲。 朱 簾 半 捲。 王 宮 府 眷。 和 你 向 前。 傀儡 家風希罕。也会蔵圧、転恨去来如電。 ︵ 風 月 本 訳 珠 の 簾 は 半 ば 巻 き 上 げ、 珠 の 簾 を 半 ば 巻 き上げ、王公の眷属の、皆様に進み出る。軽業師の家 風 は 珍 し く も、 こ そ こ そ 隠 れ︵?︶ 、 た ち ま ち 稲 妻 の ごとく往来します︶ 風月本の第五句﹁撮弄﹂が、 富春堂本 ・ 世徳堂本では﹁傀 儡﹂となっている。風月本はこの曲の後のせりふは収録し な い た め、 具 体 的 な 筋 は 不 明 で あ る が、 ﹁ 撮 弄 ﹂ は 軽 業 や 手品などを指す言葉であるから、元宵節の楽しみとして 駙 馬邸に芸人を呼び、 出し物をさせようということであろう。 富春堂本・世徳堂本では、第五句初めの二字は﹁傀儡﹂と なっており、 駙 馬邸における元宵節の宴に傀儡戯が演じら れ、その後に芸人による簡単な笑劇のシーンがある。もし も富春堂本 ・ 世徳堂本も風月本と同じく﹁撮弄﹂であれば、 傀儡戯上演シーンは必要とはならない。とすれば、ここで ﹁ 傀 儡 ﹂ と あ る の は、 傀 儡 戯 上 演 を 挿 入 す る た め に 書 き 換 えられた可能性が想定できよう。例 9に挙げた第二支︻神 仗児︼曲は、酔怡情本・汲古閣本には存在せず、傀儡戯上 演の場面もない。ただ、笑劇のみが行われることになって いる。 例 9に見える異同が生じた要因には、何が考えられるで あろうか。その一つとして、 酔怡情本や汲古閣本の祖本が、 もともと傀儡戯上演のくだりを持っていなかった可能性が あるだろう。富春堂本あるいはその祖本では、 その成立時、 ﹁撮弄﹂という語句に触発されて、 ﹁撮弄﹂を﹁傀儡﹂と改 めて、傀儡戯上演が増補されたのかもしれない。これに対 して汲古閣本は、単に基づいたテキストに傀儡戯上演の場 面が無かった、また、傀儡戯をことさら劇中に取り入れる 必要性が認識されなかった、といった理由が考えられる。 汲 古 閣 本 は、 ﹁ 三 ﹂ で 述 べ た よ う に、 全 編 に わ た っ て 万 遍なく改変の手を入れている。しかしそれは、汲古閣本が 富春堂本・世徳堂本などのテキストをもとに行ったことを 必ずしも意味しない。汲古閣本の本文がしばしば﹃群音類

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55 明代伝奇『趙氏孤児記』について(土屋) 選 ﹄ b﹁ 駙 馬 賞 灯 ﹂ や﹃ 酔 怡 情 ﹄ と の 一 致 を 見 せ る 以 上、 富春堂本・世徳堂本以外の、別の﹃趙氏孤児記﹄テキスト の存在を想定するのが妥当であろう。 五   おわりに これまで論じてきたことをまとめておく。 ﹃趙氏孤児記﹄ の版本の関係について、従来は風月本・富春堂本・世徳堂 本を一つの系統、汲古閣本・清鈔本などを別の系統である とされてきた。本稿では、風月本と完本との異同を詳細に 調査することで、完本間の関係、とりわけ汲古閣本がどの ようなテキストに基づいて改編を行っているかという点に ついて考察した。その結果、風月本と富春堂本・世徳堂本 が近い関係にあることは確かにそのとおりであるが、風月 本が富春堂本と異同を生じている箇所では、風月本は汲古 閣本と一致する例が複数見られた。それだけでなく、汲古 閣本に先立つ散齣集の﹃群音類選﹄ ・﹃酔怡情﹄収録テキス トにおいて、風月本・汲古閣本の本文に近い箇所が散見さ れた。以上をまとめると、汲古閣本は現存しないテキスト に依拠しつつ、それを改編して成立したテキストであると の結論を得た。 汲古閣本の編纂者たちは、なぜ富春堂・世徳堂という唐 氏 の 書 坊 か ら 出 版 さ れ た テ キ ス ト を、 ﹃ 六 十 種 曲 ﹄ 編 集 に 積極的に活用しなかったのであろうか。これまで見てきた ように、富春堂本・世徳堂本には、ときに本文の脱落箇所 ︵例 2・例 6︶、改変が疑われる箇所︵例 9引用箇所の後の 傀儡戯上演︶などが見られる。毛晋および汲古閣本の編纂 に携わった人々は、富春堂本・世徳堂本を、最優先で基づ くにふさわしいテキストであるとは認識していなかったと い う こ と に な る で あ ろ う。 そ れ ら の 体 裁 上 の 特 徴 な ど も、 汲古閣本編纂者が敬遠する理由となったかもしれない。 た だ、 本 稿 で 明 ら か に し 得 た の は、 汲 古 閣﹃ 六 十 種 曲 ﹄ の﹃八義記﹄一種にすぎない。汲古閣﹃六十種曲﹄収録の 戯曲について、異本との異同状況、改編の過程、編集方針 など、その編纂に関する実態はいまだ十分に明らかにでき ていない。他の﹃六十種曲﹄収録作品についても引き続き 調 査 を 行 い、 ﹃ 六 十 種 曲 ﹄ 編 纂 の 実 態 を 明 ら か に す る こ と を今後の課題としたい。   注 ︵ 1︶   趙 氏 孤 児 物 語 の 本 事 に つ い て は、 呉 敢﹁ ﹃ 八 義 記 ﹄ 弁 証 ﹂ ︵﹃ 中 国 小 説 戯 曲 論 学 集 ﹄ 文 史 哲 出 版 社、 二 〇 〇 〇 年。 初 出 ﹃文学遺産﹄一九八三年第四期︶ 、 兪為民﹁南戯﹃趙氏孤児﹄ 的 本 事 与 版 本 考 述 ﹂︵ ﹃ 宋 元 南 戯 考 論 ﹄ 台 湾 商 務 印 書 館、 一

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56 九 九 四 年 ︶、 お よ び﹁ ﹃ 八 義 記 ﹄ 故 事 源 流 及 主 要 版 本 ﹂︵ ﹃ 六 十 種 曲 評 注 ﹄ 第 五 冊、 吉 林 人 民 出 版 社、 二 〇 〇 一 年︹ ﹃ 八 義記﹄評注者は明光氏︺ ︶に詳しい。 ︵ 2︶   ﹃ 中 国 古 典 戯 曲 論 著 集 成 ﹄︵ 中 国 戯 劇 出 版 社、 一 九 五 九∼ 一九六〇年︶に拠る。 ︵ 3︶   注 一 兪 為 民 氏 前 掲 論 文 二 四 四∼ 二 四 五 頁。 兪 氏 は 雑 劇 の 元 刊 本 と 世 徳 堂 本 と を 比 較 し、 ﹁ 内 容 が 近 い だ け で な く、 多くの曲辞も共通する ︵不僅曲意相近, 而且許多曲文相同︶ ﹂ として、 元刊本第二折 ︻牧羊関︼ と世徳堂本第三十一齣 ︻紅 衲襖︼ 、 元刊本第四折︻上小楼︼と世徳堂本第四十三齣︻北 上船︼を挙げる。 ︵ 4︶   ﹃ 支 那 近 世 戯 曲 史 ﹄︵ ﹃ 青 木 正 児 全 集 ﹄ 第 三 巻︹ 春 秋 社、 一 九 七 二 年 ︺、 初 出 は 弘 文 堂、 一 九 三 〇 年 ︶ 特 に、 以 下 の 2点 が 注 目 さ れ る。 ﹁ 一 劇 全 体 の 結 構 に も 略 ぼ 一 定 の 様 式 有 り。 先 づ 劇 中 主 要 の 人 物 の 為 に 劇 の 始 め に 於 て 各 一 齣 を 設 け て そ の 身 上 及 び 将 に 起 ら ん と す る 事 件 に 対 す る 其 身 の 関 係 を 自 叙 せ し む る を 常 と す。 故 に 末 の 開 場 に 次 で 先 づ ﹃ 生 ﹄ の 当 場 一 齣 有 り、 次 に﹃ 正 旦 ﹄ の 当 場 一 齣 有 り、 又 他 の 重 要 な る 人 物 の 当 場 若 干 齣 有 り、 然 る 後 事 件 展 開 し 行 く な り。 而 し て 最 後 の 齣 は 概 ね 重 要 な る 人 物 一 同 揃 ひ て 賑 やかに芽出度く事件解決するを例とし、 之を称して﹃団円﹄ と 謂 ふ ﹂︵ 五 十 四 頁 ︶、 ﹁ 次 に 中 間 各 齣 の 配 置 法 に 至 り て は 相 対 す る 両 家、 例 へ ば 男 家 と 女 家、 旅 先 き と 留 守 宅 等 の 状 態 を 交 互 に 演 出 す る を 通 例 と し、 更 に 其 対 偶 的 単 調 を 破 る 為に滑稽場或は武場等を挿演す﹂ ︵五十五頁︶ 。 ︵ 5︶   ﹃ 曲 海 総 目 提 要 ﹄ 巻 十 三﹁ 八 義 記 ﹂︵ 天 津 市 古 籍 書 社、 一 九 九 二 年 ︶ に 拠 り、 兪 為 民、 孫 蓉 蓉 編﹃ 曲 海 総 目 提 要︵ 上 下 ︶﹄ ︵﹃ 新 編 中 国 古 典 戯 曲 論 著 集 成 清 代 編 ﹄ 黄 山 書 社、 二 〇〇九年︶ を参照した。なお、 外題の ﹃趙氏孤児記﹄ と ﹃八 義 記 ﹄ が 混 用 さ れ て い た こ と に つ い て は、 注 一 呉 敢 氏 前 掲 書︵ 二 三 三 頁 ︶ が、 万 暦 中 期 の 沈 璟﹃ 南 九 宮 譜 ﹄ や﹃ 群 音 類 選 ﹄ に 載 せ る﹃ 八 義 記 ﹄ の 曲 辞 が、 実 際 は 世 徳 堂 本﹃ 趙 氏 孤 児 記 ﹄ に 一 致 す る こ と、 ﹃ 曲 品 ﹄﹃ 遠 山 堂 曲 品 ﹄ な ど の 資 料 か ら﹃ 趙 氏 孤 児 記 ﹄ が 別 名﹃ 八 義 記 ﹄ で も 呼 ば れ て い たことを論じる。 ︵ 6︶   呂天成 ﹃曲品﹄ 巻下 ﹁旧伝奇﹂ ﹁妙品四﹂ ︰﹁ ﹃孤児﹄ 事佳, 搬 演 亦 可。 但 其 詞 太 質, 毎 欲 如﹃ 殺 狗 ﹄ 一 校 正 之, 而 棘 於 手, 姑 存 其 古 色 而 已。 即 以 趙 武 為 岸 賈 子, 正 是 戯 局。 近 有 徐 叔 回 所 改﹃ 八 義 ﹄, 与 伝 稍 合, 然 未 佳。 ﹂、 祁 彪 佳﹃ 遠 山 堂 曲 品 ﹄﹁ 能 品﹂ ︰﹃ 孤 児 ﹄﹁ 此 古 本﹃ 八 義 ﹄ 也, 詞 頗 古 質 ; 雖 曲 名 多 未 入 譜 者, 然 与 今 信 口 之 詞, 正 自 不 同。 後 如 徐 叔 回 等 所 改﹃ 八 義 ﹄ 諸 記, 皆 本 於 此。 惜 今 刻 者、 演 者, 輒 自 改 竄, 益 失 真 面 目 矣。 ﹂ な お、 ﹃ 曲 品 ﹄・ ﹃ 遠 山 堂 曲 品 ﹄ は、 い ず れ も﹃ 中 国 古 典 戯 曲 論 著 集 成 ﹄︵ 中 国 戯 劇 出 版 社、 一 九五九∼一九六〇年︶に拠る。 ︵ 7︶   注一呉敢氏前掲論文二三三頁、二三八∼二三九頁。 ︵ 8︶   ﹃ 善 本 戯 曲 叢 刊 ﹄︵ 第 一 輯、 学 生 書 局、 一 九 八 四 年 ︶ を 底 本とし、翻字 ・ 句読は孫崇涛 ・ 黄仕忠箋校﹃風月錦嚢箋校﹄ ︵ 中 華 書 局、 二 〇 〇 〇 年 ︶ を 参 照 し つ つ、 押 韻 箇 所 に 句 点 を付すなど、一部を改めた。

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57 明代伝奇『趙氏孤児記』について(土屋) 9︶   ﹃趙氏孤児記   京都大学漢籍善本叢書﹄ 第十六卷 ︵同朋舎、 一九七九年︶ 、 巻末吉川幸次郎解説、 および黄仕忠 ・ 金文京 ・ 喬 秀 岩 編﹃ 日 本 所 蔵 稀 見 中 国 戯 曲 文 献 叢 刊 ﹄ 第 一 輯︵ 広 西 師範大学出版社、二〇〇六年︶ 、黄仕忠氏解題を参照。 ︵ 10︶   ﹃ 古 本 戯 曲 叢 刊 初 集 ﹄︵ 上 海 商 務 印 書 館、 一 九 五 四 年 ︶ に 拠 る。 世 徳 堂 本 に は、 ア メ リ カ・ ハ ー バ ー ド 大 学 蔵 本 も 存 する。 ︵ 11︶   ﹃六十種曲﹄ ︵全十二冊、 中華書局、 一九五八年︶に拠り、 ﹃続修四庫全書﹄ ︵上海古籍出版社、 一九九五∼二〇〇二年︶ 、 ﹃ 六 十 種 曲 評 注 ﹄︵ 全 二 十 五 冊、 吉 林 人 民 出 版 社、 二 〇 〇 一 年︶を参照。 ︵ 12︶   明 本 の 散 齣 集 で は、 次 の 諸 本 に 収 録 さ れ る。 ﹃ 群 音 類 選 ﹄ ︵ 一 五 九 三∼ 九 六 年 刊 ︶、 ﹃ 呉 歈 萃 雅 ﹄︵ 一 六 一 六 年 刊 ︶、 ﹃ 詞 林逸響﹄ ︵一六二三年刊︶ 、﹃万壑清音﹄ ︵一六二四年刊︶ 、﹃大 明天下春﹄ 、﹃酔怡情﹄ 、﹃南音三籟﹄ ︵上記三種は万暦年間刊︶ 。 ︵ 13︶   伴 俊 典﹁ ﹃ 六 十 種 曲 ﹄ の 日 本 に お け る 所 蔵 と 流 通 に つ い て ︱ 早 稲 田 大 学 所 蔵 テ キ ス ト の 調 査 を 中 心 に ︱﹂ ︵﹃ 中 国 文 学 研 究 ﹄ 第 三 十 六 期、 二 〇 一 〇 年 ︶、 七 十 五∼ 七 十 六 頁、 八 十 八 頁。 な お、 蒋 星 煜﹁ ﹃ 六 十 種 曲 標 注 ﹄ 序 ﹂︵ 注 十 一 前 掲 書 ︶ は、 呉 暁 鈴﹁ 現 在﹃ 六 十 種 曲 ﹄ 初 印 本 小 記 ﹂︵ ﹃ 華 北 日 報 ﹄ 一 九 四 八 年 ︶ の 統 計 結 果 を 引 用 し、 ﹃ 六 十 種 曲 ﹄ 初 印 本 の 現 存 す る 版 本 は す べ て 零 本 で、 各 地 に 所 蔵 さ れ て い ることを述べる︵十九頁︶ 。 ︵ 14︶   注一呉敢氏前掲論文。 ︵ 15︶   注一兪為民氏前掲論文。また兪為民氏は、 各種曲譜︵ ﹃九 宮 正 始 ﹄﹃ 北 詞 広 正 譜 ﹄ な ど 九 種 ︶ に 収 録 さ れ る 曲 文 と 世 徳 堂 本・ 汲 古 閣 本 と を 比 較 し て い る。 曲 譜 の 曲 文 は 後 世 の 改 変 や 過 渡 期 の 姿 を 留 め て い る と 指 摘 し、 別 の 明 改 本 の 存 在 を 想 定 す る。 筆 者 自 身 も﹃ 九 宮 正 始 ﹄ 収 録 分 に つ い て の み 調 査 し た が、 兪 為 民 氏 と ほ ぼ 同 様 の 結 果 を 得 た。 曲 譜 は 主 に 曲 辞 の み を 収 録 す る 書 で あ る た め、 せ り ふ に 示 さ れ る 詳 細 な プ ロ ッ ト は う か が い 知 る こ と は 難 し い。 よ っ て、 内 容 の 比 較 を 含 む 調 査 の 対 象 と す る に は 不 十 分 な 資 料 で あ る の で、 本 稿 で は 曲 譜 収 録 の 曲 に つ い て は 調 査 の 対 象 外 と す る。 ︵ 16︶   馬 華 祥﹁ 万 暦 世 徳 堂 本 与 錦 本 同 源 伝 奇 四 種 考 ﹂︵ ﹃ 明 代 弋 陽 腔 伝 奇 考 ﹄︹ 中 国 社 会 科 学 出 版 社、 二 〇 〇 九 年 ︺︶ ﹁ 世 徳 堂 主 人 唐 氏 為 江 西 繍 谷 人, 与 富 春 堂 主 人 唐 富 春 是 同 郷, 且 関 係 密 切。 両 人 同 刻 同 名 伝 奇 数 種 ︰﹃ 千 金 記 ﹄、 ﹃ 趙 氏 孤 児 記﹄ 、﹃紫簫記﹄等, 這些同名伝奇又多与錦本同名伝奇同源, 大同小異,不同于汲古閣本﹂ ︵一四九頁︶ 。 ︵ 17︶   張秀民著 ・ 韓琦増訂 ﹃中国印刷史 ︵挿図珍蔵増訂版︶ ﹄︵浙 江 古 籍 出 版 社、 二 〇 〇 六 年 ︶ 二 四 七 頁、 注 十 五 馬 華 祥 氏 前 掲書一五〇頁参照。 ︵ 18︶   注 十 六 馬 華 祥 氏 前 掲 書、 ﹁ 富 春 堂 与 世 徳 堂 関 係 尤 為 密 切、 二 者 都 刻 戯 曲 全 本。 富 春 堂 刻 戯 曲 全 本 早 于 世 徳 堂。 ⋮⋮ 世 徳 堂 刻 本 劇 目 多 有﹁ 重 訂 ﹂ 字 様、 富 春 堂 本 同 源 伝 奇 全 本 亦 不 免 此 二 字、 這 説 明 其 所 刻 之 書 非 原 本、 多 改 本。 因 此、 世 徳 堂 本 与 富 春 堂 本 同 源 的 伝 奇 全 本 很 可 能 是 従 富 春 堂 那 里 承 襲 過 来 的。 由 于 是 重 訂 本、 所 以、 世 徳 堂 本 比 富 春 堂 本 保 持

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58 原 汁 原 味 的 民 間 戯 曲 風 味 差 些。 富 春 堂 本 比 世 徳 堂 本 早 刊、 也 比 世 徳 堂 本 更 接 近 錦 本 原 貌。 ﹂︵ 一 五 〇 頁 ︶ 富 春 堂 本 と 世 徳 堂 本 は、 同 名 の 戯 曲 を 数 多 く 刊 行 し て い る が、 両 者 の 関 係 を 上 原 究 一 氏 が、 富 春 堂 主 人 唐 対 渓 の 富 春 堂 に つ い て、 ﹁ 世 徳 堂 と は 同 族 の 別 人 に よ る 別 書 肆 と 見 る べ き ﹂ と 指 摘 し て い る︵ ﹁ 金 陵 書 坊 唐 氏 世 徳 堂 主 人 考 │ 二 人 の﹁ 唐 光 禄 ﹂ │ ﹂︹ ﹃ 中 国 ︰ 社 会 と 文 化 ﹄ 二 七、 二 〇 一 二 年 ︺﹁ 五   富 春 堂との関係﹂を参照︶ 。 ︵ 19︶ 清 鈔 本﹃ 八 義 記 ﹄ は、 ﹃ 全 明 伝 奇 続 編   中 國 戯 劇 研 究 資 料 第 三 輯 ﹄︵ 天 一 出 版 社、 一 九 九 六 年。 北 京 図 書 館 蔵 本 ︶ に拠る。 ︵ 20︶   注 一 兪 為 民 氏 前 掲 論 文 二 六 六 頁 で は、 削 除 さ れ た 折 と し て、 第 三 十 折﹁ 嬰 計 存 孤 ﹂、 第 三 十 四 折﹁ 公 主 聞 信 ﹂、 第 三 十 五 折﹁ 霊 輒 伝 疑 ﹂、 第 三 十 九 折﹁ 趙 朔 雲 遊 ﹂、 第 四 十 二 折 ﹁ 幽 魂 索 命 ﹂︵ 世 徳 堂 本 の 折 数 と 題 目 に 拠 る ︶ の 五 つ を 挙 げ る。 兪 氏 が 指 摘 す る 以 外 に、 第 三 十 六 折﹁ 山 神 点 化 ﹂ も、 汲古閣本には見えない。 ︵ 21︶   注 一 兪 為 民 氏 前 掲 論 文 で は、 ﹃ 九 宮 正 始 ﹄︵ 曲 譜 の 一 ︶ 収 録の ﹃八義記﹄ は、 汲古閣本とは別種の明改本 ︵二五五頁︶ 、 折子戯 ︵散齣︶ を収録した戯曲選集諸本 ︵いわゆる散齣集︶ ﹃ 万 壑 清 音 ﹄ 収 録 の﹃ 八 義 記 ﹄ は、 汲 古 閣 本 と は 別 種 の 明 改本であると指摘する︵二五九頁︶ 。 ︵ 22︶   なお、 明代の散齣集﹃万壑清音﹄巻七に﹁趙盾挺奸﹂ ︵富 春 堂 本 第 十 三 折 前 半 に 当 た る ︶ を 収 録 す る。 た だ し、 完 本 な ど の 本 文 と 比 べ る と、 祖 本 を 同 じ く す る こ と は 間 違 い な い が、 か な り の 改 変 が 認 め ら れ、 兪 為 民 氏 が 指 摘 す る よ う に︵ 注 一 兪 氏 前 掲 論 文 二 六 九 頁 ︶、 汲 古 閣 本 と は 異 な る 別 の 明 改 本 と 考 え る の が よ い だ ろ う。 よ っ て 本 稿 で は、 ﹃ 万 壑清音﹄は比較の対象としない。 ︵ 23︶  ﹃群音類選﹄全四冊︵中華書局、 一九八〇年︶および﹃善 本戯曲叢刊﹄ ︵第四輯、 台湾学生書局、 一九八七年︶に拠る。 ︵ 24︶   ﹁ 駙 馬賞灯﹂ の題目の下に小字で ﹁此套与正選者大同小異﹂ という注を付しているのも、 基づくテキストが﹁公主賞灯﹂ とは異なるからであろう。 ︵ 25︶   ﹃善本戯曲叢刊﹄ ︵第四輯、 台湾学生書局、 一九八七年︶ ﹁出 版説明﹂による。

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59 明代伝奇『趙氏孤児記』について(土屋)    【附表】  (富春堂本は末尾に欠葉があるため、欠葉部分の A・ C・ D は世徳堂本による数値を括弧で示す。 ) 通 し 番 号 富春堂本 趙氏孤児記 (「挿絵題」 ) A 曲 数 世德堂本 趙氏孤児記 汲古閣本 『八義記』 B 曲 数 C 増加 数 D 減少 数 風月錦嚢 「孤児」 (「挿絵題」 ) 散齣集 (群 : 群音類選、  酔 : 酔怡情) 参考 : 清鈔本 八義記 1 上巻 1 折 開場 2 巻之上 1 傅末開場 上巻 1 家門大略 1 0 1 (なし) (なし) 1 家門 2 2 折「程英見 駙 馬説禁灯」 5 2 趙朔放灯 2 上元放灯 3 0 2 1「 駙 馬叙金蘭」 (なし) 2 放燈 3 3 折 4 3 周堅貰酒 3 周堅沽酒 4 0 0 (なし) 酔 : 賖 飲 3 沽酒 4 4 折 3 4 王婆追債 4 酒家索銭 2 0 1 (なし) (なし) 4 索銭 5 5 折「趙盾戒子莫遊楽」 14 5 朔收周堅 5 宴賞元宵 11 2 5 2「灯楼慶翫」  「与民同楽」 群 : 公主賞灯、      駙 馬賞灯、 酔 : 賞灯 5 賞灯 6 6 折 11 6 堅留門下 6 趙宣訓子 9 0 2 (なし) (なし) 6 訓子 7 7 折 6 7 賈妻勧夫 7 猜忌趙宣 6 0 0 3(挿絵題なし) (なし) 7 猜忌 8 8 折 12 8 趙盾勧農 8 宣子勧農 9 0 3 (なし) (なし) 8 勧農 9 9 折 11 9 翳桑救輒 9 翳桑救輒 9 1 3 4「趙大夫勧農」  「霊輒採桑」 (なし) 9 翳桑 10 10 折 5 10 張維諷諫 10 張維評話 4 0 1 (なし) 酔 : 評話 10 評話 11 11 折 3 11 閨幃叙楽 11 宣子見王 3 0 0 (なし) (なし) 11 打弾 12 12 折「岸賈差人尋取熊掌」 0 12 割截人手 12 権作熊掌 1 1 0 (なし) (なし) (なし) 13 13 折 -1 6 13 趙屠争弁 13 宣子争朝 6 0 0 5「文武争強」 酔 : 閙朝 12 闘綱 14 13 折 -2 5 14 遣鉏行刺 14 決策害盾 4 0 1 (なし) (なし) 13 遣鉏 15 14 折 8 15 鉏麑触槐 15 鉏麑触槐 8 0 1 6「趙盾焼夜香」 (なし) 14 触槐 16 15 折 4 16 賈計不遂 16 張千探聴 4 0 0 (なし) (なし) 15 演犬 17 16 折 6 17 趙府占夢 17 挙家兆夢 8 2 0 (なし) (なし) (なし) 18 17 折 5 18 嗾 獒 計定 18 報失張維 3 0 2 7「夫人諫岸賈」 (なし) (なし) 19 ― ― 19 犬撲宣子 2 2 0 (なし) (なし) 16 撲犬 20 18 折 3 19 輒負盾逃 20 霊輒負盾 3 0 0 (なし) (なし) (なし) 21 19 折「提明朝門打悪犬」 0 20 弥明撃犬 (→ 19 ) ― ― ― (なし) (なし) (なし) 22 20 折 16 21 周堅替死 21 周堅替死 15 0 1 (なし) (なし) 17 宮別 23 6 下巻 22 宣子避仇 6 0 0 (なし) (なし) (なし)

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60 富春堂本 A 世德堂本 汲古閣本 B C D 風月本 散齣集 清鈔本 24 21 折 4 22 奸雄得意 23 図形求盾 4 0 0 (なし) (なし) (なし) 25 5 24 嬰投杵臼 6 4 3 (なし) (なし) (なし) 26 22 折 7 23 宮中悲嘆 25 宮掖幽思 7 0 0 (なし) (なし) (なし) 27 23 折 6 24 程嬰辞臼 26 程嬰帰探 6 0 0 (なし) (なし) (なし) 28 24 折 4 25 賈計害孤 27 喚嘱收生 4 0 0 (なし) (なし) (なし) 29 下巻 25 折「趙盾探望霊輒信」 13 巻之下 26 報産孤児 (→ 29 ) ― ― ― (なし) (なし) (なし) 30 26 折「趙朔到 霊 輒問父信」 12 27 朔遇霊輒 28 霊輒留朔 9 2 5 (なし) (なし) (なし) 31 ― ― 29 定計殺孤 6 1 8 (なし) (なし) (なし) 32 27 折 1 28 計脱孤兒 30 医人掲榜 2 1 0 (なし) (なし) 18 掲榜 33 13 31 孤児出宮 12 0 1 (なし) 群:蔵出孤児 19 付孤 34 2 32 韓厥死義 1 0 1 (なし) (なし) 20 盗孤 35 28 折 5 29 榜募孤児 33 捱 捕孤児 2 0 3 (なし) (なし) 21 拷千 36 29 折 2 30 嬰計存孤 (なし) (なし) (なし) (なし) 37 30 折 6 31 嬰杵共謀 34 替換孤兒 3 0 3 8「程英送孤児与杵 臼」 群 : 程英寄孤 22 托孤 38 31 折「程英出首孤児」 2 32 程嬰首孤 35 偽報岸賈 1 0 1 (なし) (なし) 23 首孤 39 32 折 10 33 公孫死難 36 公孫赴義 10 1 1 9「杵臼献児兒替死」 群 : 杵臼自嘆 24 殺孤 40 33 折 2 34 公主聞信 (なし) (なし) (なし) (なし) 41 34 折 2 35 霊輒伝疑 (なし) (なし) (なし) (なし) 42 35 折 2 36 山神点化 (なし) (なし) (なし) (なし) 43 36 折 6 37 朔議下山 37 山神点化 4 0 2 (なし) (なし) 25 下山 44 37 折 10 38 陰陵思憶 38 孤児耀武 4 0 6 (なし) (なし) 26 耀武 45 38 折 2 39 趙朔雲遊 (なし) (なし) (なし) (なし) 46 39 折 3 40 北邙会猟 39 杵臼出現 3 0 0 (なし) (なし) (なし) 47 40 折 11 41 陰陵聚会 40 陰陵相会 12 1 0 (なし) (なし) 27 相逢 48 41 折 3 42 幽魂索命 (なし) (なし) (なし) (なし) 49 42 折 7 43 指説冤枉 41 報復団円 7 1 1 10 「孤兒観画」   「程英講因」   「孤児悶倒」 (なし) 28 観画 50 43 折(最終葉欠) ( 7) 44 孤児報冤 6 ( +2 ) (− 3) (なし) (なし) 曲数合計 275 曲数合計 230 19 58

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