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グレアム・グリーンの『権力と栄光』について

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(1)

グ レ ア ム ・グ リ ー ン の 『権 力 と 栄 光 』に つ い て

On The Power and the Glory by Graham Greene

1 グ レアム ・グ リー ンは少年期 に味わ った国童 の 住 人である とい う二重意識をモチ ーフとして創作 活動を始めた。 したが って小説世界の論理構造が 作者の現実認識の論理構造 に支え られ ている とす れ ば、 グ リー ンの創 り出 した登場 人物は作者の感 性 と認識の成熟に比例 して成長 を遂げ て きた と言 うことがで きる。 『内なる人

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では ア ン ドル ーズの 自我は 「物 を欲 しが る子 ども」であ る 自己 と 「もっと厳 しい批 評家」である自己 とに 分裂す るが、両者の葛藤は、 フランシス ・ウィン ダムが言 うよ うに、 「警察 に よる犯 人の追跡、欺 かれた人々に よる裏切 り者の追 跡、迫害老たちに よる犠牲者 の追跡。 これ は神 に よる人間の魂 つ ま り内面の 自己の追跡 を象徴す る。人は平和 を探 し 求めている ときに追 いつめ られ るが、その平和 は (1) しば しは死 の中に しか見 出 されない」 とい う点で 人 と人 との間の水平的関係での対立 である ととも に神 と人 との間の垂直的関係での対決 で もあ る と い う二重構造を もつ。 その二重意識 は しだ いに変 化、・発展 し、 『拳銃売 りま

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, 1936)で グ ウェソ ・ボー ドマ ンの言 うレイ ヴ ソの `lawless'とノ トウィッチ市民の`lawful'とに分解 し、 『ブライ トソ ・ロック

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, 1938)の中で、 アイ ダのhuman`rightandwrong'

の水平基軸 とピンキ ーのdivine`goodandevil'の 垂 直基軸 とに二極分化 を起 して物語 の結末 に至 っ て も反投、対立 を続け る。 この両基軸が初 めて融 合 を示 した作品が 『権力 と栄光

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である。 カ トリック教会の礼拝が非合法であるメキ シコ の地域 で、警部は ウィスキ ー司祭 を揃 えた ときに、

Masaya lwasaki

憐れみの気拝か ら法 に背 いて司祭にた い し処刑の 前に告解 を許 し、 ブランデーを贈 る。 司祭 は 「あ なた は し、し、お方 です」 と言 い、警部は 「ほか にお まえ に してやれ るこ とはないかね」 と尋 ね る。 こ の瞬 間 に両者の関係は、反転 し、 「追 う」警部は 水平基軸か ら垂直基軸 に転回 した世界の中で 神 に よって捉 え られた と言 うことがで きる。 なぜ ここで司祭 と警部の両者が融合 したのか、 その鍵は31歳 の ときの リベ リア旅行で再生 を確信 す る ことに よって 「地獄 の存在を信 じたか ら天 国 の存在を信 じるようになった」(2)と言 うふ うに 自己の 二 重意識 を統合 し始めたグ リーンが、それ までの 「ラシャ張 りの ドア」 を 「国境」の レベル に発展 させた メキシ コ旅行の体験 にあると考 え られ る。 なぜ な ら 『権 力 と栄光 』はボー ドマ ンが言 う、「白 一 口 ッパ文明 にある世俗的、政治的堕 落 を扱 う物 語 を通 じてOJ(3)『提 な き道

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1939)の小説的再現だか らである。

2

メキシ コでは1911年 の革命政権樹立後、 国家権 力に よるカ トリック教会 にた いする弾圧 が たびた び く り返 された。1926年 にカ リェス大統領 はあ ら ゆ る宗教的表現 にた し、し迫害 を加える よ うにな っ た。 た とえは、司祭数 の制限、外 国人司祭 に よる 聖務遂行の禁止、私立学校や家庭 での宗 教的 な儀 式や 教育の禁止な どであ り、 この法律違 反 は犯罪 (4) となった ので多数の司祭 な どが殉教 した。 グ レア ム ・グ リー ンは 『提な き道 』の中で、 この状況 に 触れ て、 「1931年11月11日か ら1936年4月28日ま での間 に480のカ トリック教会、学校、孤 児院、 病院が政府 に よって閉鎖 された り、他の用途 に当

(2)

て られた りした(51 と記 している。当時の司祭の人 数B羊、 『権力 と栄光 』の舞台 となる人 口25万 の タ ノミスコ州で 1人、50万 のチ7パ ス州で 4人 とい う よ うに減 らされた㌘) 『権 力 と栄光 』の成立の状況は コレクテ ッ ド ・ エデ ィシ ョンの同書 と 『ブ ライ トソ ・ロック 』の それぞれの序文の中で詳細に述べ られている。 そ れ に よれ は、 1937年か ら1938年 にかけての冬の メ キシコ旅行の 目的は 「当時すでに最終段階にあ っ た宗教弾圧 の調査(7J)を まとめて 『提 な き道 』に仕 上 げ るこ とにあ り、 『権力 と栄光 』を書 くことで はなか った。だか らケネ ス ・ア ロッ トと ミリアム ・ファ リスが言 うよ うに 「も しグ リーンが メキ シ コで タバ スコの追われ るウ ィスキー司祭 のこ とを 耳に しなか ったな らは、 この小説は書かれなか っ ただろ う(8上 なぜな ら『権力 と栄光 』は司祭の人間 と職務の関係を初めか らテーマに据 えて制作 され (9) た か らである。 しか し、書かれた旅行記はメキシコに見 られ るヨ ー ロッパ文明の頚廃 と、 ローマ ・カ トリックの衰 弱 した信仰 と礼拝 の状 況につ いての証言を超 えた ものであ り、そ こに表 れ る作者が幼年時代か ら抱 いて きた さまざまな二種 の世界 を統合す る国童 の 意識の進展 を探 ることが 『権力 と栄光 』のテーマ を解 く錠の 1つにな る と考 え られ るO ボー ドマ ソ は 「グ リー ンは 『地図のない旅』

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Maps,1936)の場合 よりもは るか に正確 に 自己 の 『失われた 』少年時代の回想 を記 している(101と 述べ て、 メキ シコ体験 をア フ リカ体験の延長線上 に置 いている。 探行記は、 メキ シコの革命政 権に よる禁教の状 況 を始め、非合法の司祭 の活動 と礼拝の現実、カ ト リックである地方の指導者 との対談、 タバ スコと チア′くス州での迫害 の実態 な どを含む調査書であ るが、次の 2つの 「国境」の風景が冒頭 に飾 られ てし、る点で、本書 もまた 『地 図のな い旅 』に劣 ら ず、全篇 を貫 く作者の一定の視線 を読者にた い し て意識 させ る。 (1)父の書斎 の脇の通路 にある録の ラシ ャ張 りの ドアを押 しあけ る と、紛 らわ しいは どよく似 て いるも う1つの通 路 に出 るのだが、そ うは し、う ものの異 国の土地 にいるのだelか (2) ラレ ドの小屋掛けの両替店 で埋 めつ くされ て - 76 -いる通 りが国境 の方- と下 っていき、 向 う側で は上 りにな って メキ シ コへ と連 な る。 まった く 同 じなのだが、少 しみすぼ らしい.uカ 作者の意識の時 間相 に従 えは、(1)の文章 には、 13歳の ときセ ン ト・ジ ョン寮に入 ってか ら、22歳 の ときの カ トリック-の改宗 を経 て31歳のア フ リ カでの再生体験を味わ う前 までの20年近 くにわた る悪 の認識の時間が流れ望頚(2)の文章 には、再生 を 果た した あ と2年 を経 て メキ シ コへ旅立つ前 にア メ リカ との国境 に庁む34歳 の グ リーンが家庭 と学 校 との問で味わ った暴 力 と無秩序 とい う悪の認識 を、 メキシ コの革命政権 に よる宗 教弾圧 と布教活 動 との間 に再確認 しよ うとす る時 間が流れ る。 メ キ シ コ体験はア フ リカの 「原始」 へ戻 る旅 ではな く、子 どもの世界 の悪 が大 人の世界 にあ って も継 続 し、拡大 され ているこ とを見 る体験であ り、失 われた ローマ ・カ トリックの信仰 を探 し求め る旅 であ り、作者 自身の生 と死、生 と再生の二 重意識 を統合で きる国境 の意識 を獲得す るための旅 で も あ った。 こ うい う視線 に貫 かれ た 『綻 な き道 』が幼年 の 「原始」を主張す る 『地 図のな い旅 』にた し、し、 大 人 の 「文 明」 の類廃 を強 調 して し、る点 で、イ ア ン ・グ レゴールが 『自伝

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, 1971)につ いて述 べ た 「自伝 を書 くとし、うことは 自己 の生 涯 を形 成 しなけれ ば な らな い とい う必 然 性 に従 った一 種 の 自己発 見ODJ であ るこ とを持 ち出せ ば、 『綻な き道 』もまた

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であ ると言 うことがで きる。

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『地図のなし、旅 』の制作意図が、空間的移行に時 間的遡行を重ね合わせ るこ とに よって、 ヨ- ロッ パ文明か ら失われた 「原始」の秩序 と、大 人に と って失われた幼年 に共通 す る

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を探 る こ とにある とい う点でア フ リカ行 きは13歳の ときセ ン ト ・ジ ョン寮に入ってか ら抱 き続けた悪 の充満 す る 「文明」の秩序か らの脱 出で あ った。一方、 『提なき道 』が メキシコに見 られる文明秩序の頚廃 を取材 している点で、 グ リー ンの メキシコ体験は、 作者の過去 にあ った悪 の認識を現在 に再現 した も

(3)

のであ り、 山形和 美氏 の言 う 「歴史 のひ とコマへ の旅(lJgであ るO グ リー ンは次の よ うな メキ シ コを支配 す る廃戻 した 「文 明」の秩 序 を数 多 く発見 す る。 (1) 「教会 の外 側 に市場 が あ る

日没 の ときには 気味の悪 い場 所 にな り、西 ア フ リカの未 開地 で 見た どんな もの よ りも醜 悪 だ。わずかばか りの ジ ャガイモ と大豆 、醜 い芸 術品ふ うの形 と色 を した陶 器 に龍細工」aoO (2) 「反宗 教」 の秩 序 と法律 の守護者 であ る警官 のモ ラルの低 さに驚 く

「男 た ちの動物 じみ た 顔。 まるで法秩序 とい うよ りも強盗 の よ うだ っ た」0.a (3) パ レンケ- の途上 の暑 さと荒廃 と廃嘘 に充 ち た地域 は 「死」 の風景 であ った

「この最 も奇 怪 な環境 にあ っては二 、三週 間後には生 と死 の 観念 にな らされ て しま う」か らで あ る。 さらに ラJlの旅 では時刻 に よる時間の測定 は意 味 を失 う

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それ とともに作 者 は現世 の政 治的 「権力」 の秩 序 の中に見 られ るカ トリックの信仰 と礼拝 の衰 弱 した風景 を次 の よ うに記 している。 ラス ・カサ スのサ ン ト ・ドミンゴ教会 に入 る と黒ず んだ

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世 紀 の司祭 と聖 人の重 々 しい よ じ れた金箔 を張 りつ けた 肖像が壁に埋 め こんであ った。 それ は充足 感 を与 えたが また指導者が去 った集会 の よ うに空虚感 を もた ら した。 それ以 上 の意味 は もた なか った。花 を撒 き垂れ布 を拡 げ るのはただの感 傷 とな った。 ここには聖 体は なか った」0.9) 「本 当の隠れ家 は存 在 しなか った。 警察 は買 収 され ていたのだ と思 う。 金銭が足 りな くな る と、 ときどきだが、 ミサの家宅が襲われ、会衆 は罰 金 を とられ 、 司祭 は保 釈金 と引 き替 えに監 掛 こ留置 され るのだ」¢望 グ リー ンは メキ シ コで し、くつかの 「国境」 の風 景 に出会 う。 ヌ- ヴ ォ ・ラ レ ドに入 る と、 「橋 の 向 う側」(

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の中でキ ャロ ウ ェイ氏 が リオグ ランデ河 に架か る国境の橋 の メ キ シ コ側 にあ る小 さな町 か ら、対岸 の ア メ リカの 町 にた し、して 自分 の故郷 で あ るイギ リスの ノー フ ォークの存在を夢見 ているよ うに、 「ロマンティック な 人は 国境 の橋 の向 う側 にし、る女性が故郷 の女性 よ りも美 しく愛想 が いいだろ うと信 じ、 また不運 な男 は少 な くともこち らとは異 な った地 獄 を想 像 す る もので あ る」eoD しか しグ リー ンが見 た ヌ- ヴ ォ ・ラ レ ドは ラ レ ドの持つ 「文 明」 の猿廃 の再現 に過 ぎず、 グ リー ンの期 待が失望 に変 わ った のは 息子 であ る ヌ- ヴ ォ ・ラ レ ドが 「父親 よ り年老 い て見 え、人生 の裏 面 をず っとよ く知 ってい る よ う だ った

㌔、らである。 グ リー ンは、警察 が あ らか じめ ミサ の隠 れ家 を 知 ってし、て、 ときどき襲 って信 者か ら罰 金 を徴収 す る とい う国家 「権 力」 の堕 落 とそれ にた し、す る 恐怖 を措 いているが、その一 方 で ラス ・カサ スの 写真店 の中で会 った キ リス トの彫像を もつ 中年 の 婦 人の敬慶 な態 度 に触発 され て作者は 自分が カ ト リック信 者 であ るこ とを告げ、異 国の地 に失われ た信 仰 を発 見 した こ とに感動 す る禦 『権 力 と栄光 』は メキ シ コの激 しい信 仰 弾圧 が 行わ れ てし、る地域 に留 まる堕 落 した ウイ スキ ー司 祭が 自己抑制 のい き とどし、た 高潔 な主任 警部 の追 求 と闘 いなが ら、洗礼、 ミサ、告解 な どの職務 を 遂 行 し、揃 え られた ときに両 者の精神が 重 な り合 う物 語 であ る。 両者 の葛藤は、その無 名性 のため にそれ ぞれ が所属 す る国家 「権 力」 の秩 序 と教会 「信 仰」 の秩序 との対決 を も表 して いる。 ウ ィス キ ー司祭 は、明 らか に メキ シ コ旅 行中、 市民か ら 聞か された チ アパ スの司祭 をモデル と して創 られ た。 「おお」 とその男 が言 った

「あの 人は まさ に私た ちの言 って し、る ウイ スキ ー司祭 で した よ」。 男 は息子の1人を洗礼 に連 れ て行 った が、 司祭 は酒 に酔 っていて子 どもたブ リギ ッタ とい う名 をつけ よ うと した望め 「方、 「権力」 の正義 を預 か る警部につ いては、 頚廃 的 な警 官や ピス トル刺 客 の中にモデ ル を見 出 す こ とがで きな いので、 「考 え られ る限 り最 良の 動按か ら人生 を抑制 した理想主義的 な警 部 P を創 り出 した とい う。

(4)

貧困の村に生れ育 った警部が司祭にたい して激 し い憎 しみを抱 き、逮捕 しようと考えたのは、 司祭が この地域の貧困、無知、悩みの元兇 と思われたか ら である。少年期に教会で見た司祭が疲れた農民か ら セ ンターポを受け取 る代 りに何 の返礼 もしなか っ たのを見たか らである。その信 念は子 どもへの愛 情 に よって支え られ、その信念 を果たすために警 部は、独身の まま 「監獄 か傷道院 の個室の よ うに わび しし、」部屋で暮 ら している。聖 人的な警部 の 信念 に比べ ると、知的ではな し、が金銭 の価値 を よ く心得た商才を もつ司祭 の野心 は大 きな教区の聖 職にな ることであ った。 物語の中で、司祭は2回安全 な州外へ脱 出す る 機会 を与え られた。 その状 況は次の よ うにな る。 (1)ベ ラ ・クル ス行 きの ジ ェネ ラル ・オブ レゴソ 号が河港 に停泊 して積荷 をおろ している問、 テ ソチ氏の診察室でブ ランデ ーを味わ っていた司 祭は十 分 に乗船の意 思を もっていたはずであ る。 母親 の病気をなおすために 6リーグ先か ら 2頭 の ラバを

し、て戸 口に現れた少年の嘆願を耳 に しなが ら、一度は 「いや、 いや。 あの船 に乗 ら な くては」 と自分 に言 い聞かせ てみた ものの、 次の瞬間 には 「通 過で きな い状況にいや いや な が ら呼 び出 されたかの よ うに」立 ちあが り、「船 に乗 りお くれ るよ うにで きているんだ」 と言 うC.O (2)山岳地帯を越えてチアパ ス州に迷 いこんだ司 祭 はルーテル派の信者で あ る レーア兄妹 の農場 で保護 され る。体 力を回復 した司祭は村の教会 で ミサを行 し、、村 中か ら集 まってきた信者か ら 告憶 を聴 く。 レ-ア氏の言 う 「た し、へん遺徳的 な所」であるラス .カサ ス- ラバに乗 って向お うとした ときに混血児が現れ る。混血児の話 を 裏切 りの員だ と覚悟 しなが らも顔死 のア メ リカ 人強盗の告憶を聴 くために元の道 を戻 る

.

「瀕 死の男 の菖解 を拒否 した ことを他のすべ ての こ とと同 じく認めなければな らなか っただろ うと 思われ る場合には、 ラス ・カサ スです る瞥 海は 実際 はし、い夢にはな らなか っただろ うJeのとし、う ふ うに意識 したか らであ る。 テ ンチ氏 の住 む町 の河港 を入 口 とす る禁 教の 世界 とまともなホテル とダ ンスホ ールのある 「陽 気 な町」 であるベ ラ ・クル スを玄関 口とす る信仰 の世界が メキ シコ湾上 の40時間 とい う時間を国境 として対崎 す る。その国章 をジ ェネ ラル ・オブ レ ゴソ号が貨客をのせ て往復す る。 物語 の第 1部第 1章の河港 に現れた司祭はすで にその死を予言 され ている。傍観者の テ ンチ氏の 眼を通 して 「男の果 し、眼 となで肩は彼 に不快 に も 棺桶を思 い出させた。死はすでに男の カ リエ スに かか った 口の中にあ った讐 ことが示 され てし、るか らであ る。

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40時間 の国境 を越 えて 「信仰」の世界へ脱 出す ることを断念 した 司祭は、子 どもの母親 を救 うた めに ラバの背 に揺 られなが ら悪 の充 満す る禁 教の 世界 の奥地-進む。 彼は、 これ まで脱出 しよ うと努 めて きたけれ ども、西 ア フ リカの-部族の王つ ま り人民の奴 隷 に似 ていた。 その王は風が止 んでは困 るか ら 寝 て もい られ なし、のだoe9) 子 どもの ときか ら司祭 の人 と権能 との区別 を数 え こまれ て きた グ リー ンは上 の文章 の中で司祭職 と王権の問 にあ るアナ ロジーの存在 を提示 してい る。

A.M.

ホ カー トは世界 の さまざまな地域 の死 と再生 につ いての過渡儀礼 を調査 したが、古代 に おける王の戴冠式 の儀礼 とキ リス ト教司祭の聖職 授任式の儀礼 とを比較す ることに よって王 と司祭 の問にアナ ロジーの成立 を認 めて、 「王 と司祭が 同 じ幹 を持つ分枝 同士であることは明 白であ る」¢0) と言 う。 それに よる と、た とえは次の よ うな儀礼 が両者 に共通す る

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o理論では、王は(1)死 に、(2)再生す る。(3) 神 として。 聖職 授任式 Oカ o主 教の聖職授任式の 目 的は、戴冠式 におけ る が如 く、 ヴェ二 ・クレ ア トール (創造者 )に よって、そ して 「教会 において、主 教の役職 と仕事のために聖霊 を 受け るた めに」両手を 置 く時 に与え られ る或 - 78

(5)

-o準備段 階 として、王 は断食 し、他 の禁欲 生活 を実践す る。 。そ して塗油式 を受け る。 o他に も王位 の致 しと なる、剣、第、指輪 等を受け取 る。 賃 に よって表 明 され て いる。 o断食 は聖餐 に含 まれ て いる。 o塗油式がある。 o王位 の しる Lには、指 輪が含 まれ る0第杖は 易の代 りにな っている。 (以 下 省 略 ) また、 ジ ェイムズ

・G.

フレイザ 一に よれは、 「下ギ ニアの ケープ ・パ ドpソ近 くのシ ャーク ・ポ イ ン トにククル とい う祭司王が森の中に 1人で住む。 王 は女 に触れてはな らず、家を離れ て もし、けな し、。 実際 にその椅子を離れ ることさえで きず、 そ こに 腰 をおろ した まま眠 らなければな らない。 とい う のは も し横 にな って寝 て しま うと風が止 んで航海 が中止 され るか らである.JO功とし、う.初期の王国で は、王は人民の福祉 のために存在 していたので、 好天 と豊作 を人民 に もた らした ときには、専崇を 受 け るが、一旦人民 に不利 を与 えると、王はその 座 を追われ殺 され て しま う。 したが って王位 に附 随す る戒律を守 ることを拒否 してだれ も王位に就 く希望 者がな くな り、必然的に霊的権力 と俗的権 力 とが分乾 し、複数の王が並立す るよ うにな った とい うoOD この よ うに して分離 した霊的権力 と俗的権力の 関係は ローマ ・カ トリックでは 「秘蹟の有効性 は 授与者 の正統信仰や聖寵の状態如何 には依存 しな い」09と規定 され ている. 革命 前には、罪 を犯 さない代 りに人を愛す るこ ともなか った ウイスキー司祭がホセ神父を険 し、て 他の司祭が脱 出 した あ とのタバ スコ州 に留 ま った のは、 自己 に附随す る霊的権能に忠実だ ったか ら ではな く、 自分一 人でル ールを作 り出す ことがで きるとい う自惚れ のためであ った。そ して断食 も ミサ も止め、酔 いに まかせ て女に子 どもを生 ませ た 司祭 の堕 落 した 人間性は権能か らます ます帝離 す る。 それは 自惚れが天使 を も堕落 させ る罪だか らであ る。一方、 「権力」の秩序に屈服 して結婚 の道 を選 んだホセ神父は、妻か らベ ッ ド-話われ るたび に、 自己の持つ聖 なる権能 を惜 し、出 し、絶 望の罪に陥 った ことを意識す る。司祭が権能 と人 間性 との諦蟹 と、 その統合の問題を意識 した とき に、作者 のグ リー ンはその解決 を図 る前に 自己の 上 に引 き受けた二重意識の区別、つ ま り創作 と信 仰 との関係を明 らか に しておかなけれ ばな らなか った はず である。 この点 に触れ てグ リー ンは 「た びたび 自分が カ トリック作家ではな く、た また まカ トリック信者 で あ る作家 と宣言 しなけ九はな らなか っf=OQJと自 己の二種の資 格を区別 した上 で、小説家が負 う最 低二 つの義務は 「見た通 りの其実を語 ること」 と 「国家か ら特権 を受 け とらないこと」だ と述べ て いる。 さらに、 「真実 とは正確 さの ことである」 と補 足 し、国家だけでな く個 人 として所属 す る教 会社 会 にた い して も 「不忠実 であ ることがわれわ れ の特権 であ詔 とい うふ うに信仰か ら独立 した 文学 の立場 を表明 した あ とで、その根拠 とJhヱジ--㌔ _ ョン ・- ソ リー ・ニ ューマ ンの F大 学 の 理 念 』

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y,1873)の一部 を引用 して いる。 事柄 の本質か らす ると、文学 とい うものが人 間性の研究 とされ てし、るな ら、キ リス ト教文学 とい うもの を持つ こ とはで きない。罪 び との罪 な き文学 とい うものを試み ようとす るのは言葉 の 矛盾 であ る。た いへん偉大で高度な ものを集 め るこ とはで きるか もしれ ないが、一旦 そ うな った場合 にはそれが まった く文学 でな い ことに 気 づ くだろ う

この ニューマ ンの文章 と合わせ て作家の モ ラル と信仰の関 係につ いては1970年の コ レクテ ッ ド・ エデ ィシ ョンの 『ブ ライ トソ ・ロック 』の序文の 中で もくり返 され ている。

5

自惚れ の罪 に陥 って堕落 した司祭は物 語 の冒頭 で河港に現れ てか ら、結末で再び河港 に辿 り着 く。 その旅 を信 仰が失われた悪 の世界の中で 自己の司 祭職 としての権能を再確認す る旅 であ る と考 える こ とが で き る点 で、 リべ リ7,)で再生体 験 を得た グ リーンがその再生 を再確認 した メキシコ体 験 を 司祭 の旅 の上 に重ね合わせ ることがで きるだろ う。

(6)

ブランデーを隠 し持 ってし、たために赤 シ ャツ党 員に追われた司祭は、 「脱出 した い とい う意志

の芽生 えを意識 する。 これは彼がそのあ とホセ神 父の家の中庭に逃げ こんだ ときに よみがえ って き た 「生-の欲望」に転 化する。 司祭が 「敵意が周 囲 に立 ちのぼ って くる」のを感 じた監獄 は 『綻 な き道 』の冒頭 に闇かれ た情欲、犯罪、不幸な恋、 悪臭 に充た され てい る、 ラシ ャ張 りの ドアか ら向 う側の学校にある悪の世界を再現 し、 「恐怖、憎 し み、 ある種 の無法状態 を意識 す る」 とい う少年 グ レアムの意識 を反映 している。 司祭は監獄の暗闇 の中で予想 を裏切 って信仰に裏づけ られた異常 な ほ どの人-の愛情を意 識する

「死刑犯引 き渡 し の報償金をだれ も欲 しが っては いなし、よ(43と声が したか らである。 また 監獄ではだれ もが 「外 国人 であ り、容疑者であ り、怪 しい共犯者 のいること がわか っている文字通 りの追われ る者であ った(4当 とい うグ リー ンの意 識 を意識 したか らである。 この よ うに してラス ・カサ スでの グ リーンの再 生意 識 が 司祭 の 「脱 出 した い とし、う意志 」-「生 - の欲 望」- 「仲 間意識」 に対応 す る。民 俗学上 の通過儀礼に従 えは、生 -俗 と再生 -聖 と は非連続の存在であ り、 その境界 にあるのは 「死

とい う存在 の位相で あ る。死刑 の前 日、監獄 で 自 己の貌廃的な生の中 に残 った聖人にな るとい う最 後の希望 に到達 した 司祭が銃殺 され て死ぬ ことに よって 「信仰」 の秩 序 は 「死」の位相 に沈む。 し か し、 「背 の高 し、青 白 い頓を したやせた」司祭が 河港 に現れた ときに 「信仰」の秩序は 「生」か ら 「再生」- と循環 し、 追跡 とい う目的 を失 った警 部は、 「追 う」水平基 軸か ら垂直基軸 に転回 した 世界 の中で神 に捉え られ る。 これ まで警部 を崇拝 してし、たルイス少年 につばを吐かれ ることに よっ て神 との関係では現 実 の世界での強者か ら弱者の 位置へ と下降す るので ある。 「信仰」の秩序 と 「権 力」の秩序を象徴す る司 祭 と警部 の関係 と、 ラシ ャ張 りの ドアに よって隔 て られた グ リー ンの二 竃意識 との問 にアナ p- )-を持 ちこめは、等 しい牽引力)-を持つ両者を裁断す ることは困難 であるo この点で、 「二 人の問 にある対照が両者 に生気 を与 えてい る。 サ ンチ ョがいなければ ドンキ ・ホ -テは登場 人物の半 分 で しかなか っただろ う」 と - 80-グ リーンが指摘す る対比の関係が司祭 と警部 の間 に も成立 す る。

(1) FrancisWyndham,GrahamG71eene(London: Longmans,Greene& C0.,1955),p.6.

(2) Graham Greene, TheLawlessRoads(1939; rpt.London:TheBodley Head,,1978),pp.2-3. (3) Gwenn R. Boardman

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G7lahamGTleene

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p.63.

(4) American Corporation,EncyclopediaAmeri -canaxl/冴 (New York:AmericanCorporation,

1964),p.784.

(51 Greene,TheLau)lessRoads,p.68.

(6) 上智大学編ー Fカ ト7)ック大辞 典 第 5巻 』 (冨山房 、 1960),p.123.

(7) Graham Greene,introduction,ThePou)er andthe Glory(1940;rpt.London:TheBodley Head,197

1

),vii.

(8) KennethAllottandMiriam Farris,TheArt ・ofGraham G71eene(1951;rpt.New York:Rus

-sell&RussellINC,1963),p.173. (9) Greene,■ThePowerandtheGlow,ix. (10 Boardman,GrahamGreene, p.61. 帥 Greene,TheLawlessRoads, p.1.

(t2) Ibid.,p.13.

8頚 岩崎正也 「グ t/7ム ・グ リー ンの F地下室 』 について」 (長野大学 F長野大学紀要 第34号』、 1987),p25.

帥 lanGregor,`A SortofFiction,'New Blac k-friars,53(March197

2

),pp.121-122.

89 山形和美 FG.グ1)-

』(冬樹社ー1977),p.124. 8d Greene,TheLauJlessRoads, p.41.

07)Ibid.,p.134.

(

1

8 Lbid.,p.165. (1g)Ibid.,p.207. 軸 Ibid.,p.209. 帥 Ibidリ p.13 朗 Ibidリ p.26 日 Ibid.,p.208.

(7)

¢4)Ibid., p.141.

軸 Greene,-ThePowerandiheGlor

y

,Ⅹ..

細 Zbid.,.p.13.

e7)zbidリ p.216.

的 Ibid., p.10. eg Zbid., p.17.

的 A.M .Hocart

,

F王権』,trans.橋太和也

(人文書院,1986),p.158. @1)zbid.,p.88. W Zbid,,p.157. 的 J.G.Frazer,TheGoldenBough(1922;rpt. London:Papermac,1983),p.169. 朗 )bid., pp.171-177. 的 上智大学編 Fカ トリック大辞典 第4巻』p.371. 的 Graham Greene,Bn'ghtonRock(1938:rpt. London:TheBodleyHead,1970),p.vii.

帥 Elizabeth Bowen,Graham Greene,andV.

S.Pritchett,m ydoZWn'teP(1948;rpt.The FolcroftPress,INC.,1969),p,31.

的 Zbid., p.32.

的 山形 和 美FG.グ リ ー ン』 p.123.

的 Greene,1hePowerandtheGlory, p.153.

61) Graham Greene

,

ASortofLlfe(London: TheBodleyHead,1971),p.72.

参照

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