過失と正当防衛
︵
大
阪
地
方
裁
判
所
第
一
刑
事
部
平
成
二
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平
成
二
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︵わ︶五五八︶傷害致死︵予備的訴因
自動車運転過失致死︶
、
道路交通法違反被告事件判決︶
清
水
晴
生
一 はじめに 二 事案の概要 三 判旨 四 疑問点 五 検討 六 結論 七 補論一
はじめに
ここで取り上げる判例は、自動車運転過失致死罪にあたる行為に正当防衛が認められたケースである。過失行為に正 当防衛が認められるという事例類型が珍しく、また検討を要する問題もいくつか思い当たることから考察を試みること とした。 このような過失と正当防衛という事例類型を成立させた事実関係の概要をまず示し、認識・理解してもらうことで、 理論的検討の前提となる問題状況を把握してもらいたい。 またそのような前提状況を踏まえて、大阪地裁がどのような評価を加え、結論としてどのような判断を加えたのかも 判旨として示す。 そして、以上の判例の内容を前提として、まず理論的な疑問点を提示し、これらに対して検討を加え、その上で判旨 に対する評価も含めた結論を述べたい。 さらに、最後にもう一点、補論も付け加えておくこととしたい。二
事案の概要
本件事案の概要︵自動車運転過失致死に関わる部分︶は次のとおり。 ﹁被告人は、平成二三年一月二二日午後一一時四五分頃、普通乗用自動車を運転し、大阪市中央区内の交差点の南詰停止線から南方約二七.七m付近で信号待ちのため先行車両に追従して一旦停止後、その交差点を南から北に発進・進 行 す る に 当 た っ て、 自 車 の 走 行 に よ っ て A に 傷 害 を 負 わ せ る よ う な 近 い 位 置 に は A が い な い と 思 っ て い た も の で あ る が、それに先立ち、Aが、自車を運転中の被告人からクラクションを鳴らされて立腹し、自車右側方を併走しながら、 自車のガラス窓を手で叩き、自車運転席側ドアノブをつかむなどしていたことを認識していたのであるから、自車右側 方を目視するなどして自車の走行によってAに傷害を負わせるような近い位置にAがいるかどうかを確認し、もしその 位置にいるのであればAの動静を注視してその安全を確認しながら発進・進行すべき自動車運転上の注意義務があるの にこれを怠り、その場から走り去ることに気を取られ、自車右側方を目視等により注視することなく、Aが自車運転席 側ドアノブをつかむなどしながら併走していることに気付かず、自車を走行させた上、自車進行方向に停止していた車 両の側方を通過するために左転把した後に右転把して時速約三七㎞に加速しつつ走行させた過失により、その交差点内 で A を 路 上 に 転 倒 さ せ た 上、 A の 身 体 を 自 車 右 後 輪 で 轢 過 し て、 A に 外 傷 性 く も 膜 下 出 血 兼 脳 挫 傷 な ど の 傷 害 を 負 わ せ、 そ の 結 果、 同 月 二 五 日 午 前 七 時 五 八 分 頃、 大 阪 市 中 央 区 内 の 病 院 に お い て、 A を 前 記 傷 害 に よ り 死 亡 さ せ た。 ﹂ と いうものである。
三
判旨
ここでは判決文に示されている四つの争点の内の四つめ、 ︵これも自動車運転過失致死の点に限定して︶ ﹁自動車運転 過失致死被告事件において、被告人の行為が正当防衛といえるか﹂という争点に関する裁判所の判断を示しておく︵認定事実内の場所の位置関係については最高裁判所ホームページ掲示の﹁別紙1﹂ファイルを参照︶ 。すなわち、 ﹁︵1︶認定事実 ア 被告人は、被告人車両を運転して①駐車場を出発して左折し、そのまま直進していたところ、同車両の前をAの関 係者であるFが歩行していたので、クラクションを鳴らし、②地点において、道路の脇に移動して立ち止まったFやA ら を 追 い 抜 い た。 そ の 後、 A は、 被 告 人 車 両 を 追 い か け、 被 告 人 車 両 が ③ 地 点 で 停 止 し た 頃、 被 告 人 車 両 に 追 い つ い た。 A は、 低 速 で 走 行 す る 被 告 人 車 両 と と も に 移 動 し な が ら、 大 声 で﹁ 殺 す ぞ。 ﹂、 ﹁ 降 り て こ い。 ﹂、 ﹁ 出 て こ い。 ﹂ な ど と怒鳴りながら、被告人車両運転席側窓ガラスを何度も手拳で殴打したり、運転席ドアノブを引っ張ったり、運転席側 のドアを蹴ったり、被告人車両の運転席側で路上にあった自転車を胸の辺りまでかつぎ、ドア付近に下ろす感じで当て ようとするなどしており、被告人も、これらの事実をおおよそ認識していた。その後、Gも被告人車両に追いつき、同 様に怒鳴ったり、被告人車両を損壊しようとしたりしており、この頃、被告人車両のリアワイパーは引きちぎられた。 Aは、④交差点で被告人車両から一旦離れたにもかかわらず、被告人車両が④交差点を左折した直後には被告人車両運 転席側ドアノブ付近をつかんでその直近におり、それまでと同様、運転席側のドアを殴ったり、大声で怒鳴ったりして おり、被告人も、これらの事実をおおよそ認識していた。 イ 被 告 人 車 両 は、 ④ 交 差 点 左 折 後 に 短 時 間 加 速 し た が、 そ の 後、 ⑥ 交 差 点 進 行 方 向 の 信 号 機 が 赤 色 表 示 と な っ て お り、 ま た、 被 告 人 車 両 前 方 に は タ ク シ ー が 走 行 し て い た こ と か ら 減 速 し、 ⑤ 地 点 付 近 で ほ ぼ 停 止 状 態 と な っ た。 こ の
頃、被告人は、Aが被告人車両を追いかけており、このままでは再度被告人車両に追いつくかもしれないと切迫した心 理状態になっており、追いかけるAから遠ざかるために被告人車両を走行させる進路を確保しようとして、クラクショ ンを鳴らし続けていた。 この頃、⑥交差点進行方向の信号機が青色表示となり、被告人車両の二台前を走行する黄色タクシーが左折し、その 直後を走行する黒色タクシーが被告人車両に進路を譲るために⑥交差点内で右側に寄って停止したことなどから、被告 人 車 両 の 前 方 の 空 間 が あ い た。 被 告 人 車 両 は、 ⑤ 地 点 付 近 で の ほ ぼ 停 止 し た 状 態 か ら 発 進、 進 行 し て 加 速 し、 時 速 約 一八㎞で⑥交差点に進入し、黒色タクシーをかわすなどするため多少左右に転把しながら時速約三七㎞まで加速して走 行した。Aは、少なくとも⑥交差点南側停止線手前付近では、被告人車両運転席ドアノブ付近をつかんで併走していた が、その後、⑥交差点内において、被告人車両の右後輪が通過している辺りの路上に落下し、その際に、右前胸部、右 側頭部及び右顔面部分を被告人車両の右後輪に轢過された。 ︵2︶被告人に、生命や身体などに対する差し迫った危険があることを認識し、それを避けようとする心理状態、す なわち、刑法上の防衛の意思がなかったといえるかについて 前 記 の と お り、 A ら は、 被 告 人 車 両 が ③ 地 点 か ら ④ 交 差 点 左 折 直 後 ま で 進 行 す る 間、 執 よ う に、 被 告 人 ら に 対 し て ﹁ 殺 す ぞ。 ﹂、 ﹁ 降 り て こ い。 ﹂ な ど と 怒 鳴 っ た り、 被 告 人 車 両 の 運 転 席 側 窓 ガ ラ ス を 殴 る、 運 転 席 側 ド ア ノ ブ を ガ チ ャ ガ チャするなどして、窓ガラスやドアノブ等を損壊して被告人らを引きずり出そうとしたりしていた。したがって、被告 人車両が④交差点を左折した直後までの時点においては、被告人らへの生命や身体に対する危険が現に存在し、被告人
がAに対して何らかの行為に出ることが正当化される緊急状態であったといえる。そして、被告人車両が④交差点を左 折した後に加速し、その結果、Aが一旦被告人車両から離れたとしても、その加速時間は短時間で、その後、被告人車 両は減速し、⑤地点付近でほぼ停止状態となっており、遅くとも⑥交差点南側停止線手前付近では、現に、Aは、被告 人車両に追いついていて、被告人車両運転席側ドアノブ付近をつかんで併走していた。また、Aは、③地点から④交差 点 に 至 る ま で 執 よ う に 攻 撃 等 を 継 続 し て お り、 ④ 交 差 点 で 被 告 人 車 両 が 左 折 し た 際 に 被 告 人 車 両 か ら 一 旦 離 れ た 際 に も、すぐに被告人車両に追いついて攻撃等を継続していた。したがって、⑤地点付近においても、Aが被告人車両を追 いかけ、追いつけば以前と同じような行動を再開することは十分に考えられる。そうすると、客観的にみると、⑤地点 付近においても、被告人らの生命や身体に対する危険が差し迫り、被告人がAに対して何らかの行為に出ることが正当 化される緊急状態は終了したとはいえず、なお継続していたといえる。 そして、被告人も、③地点から④交差点左折直後までのAの上記の行動をおおよそ認識していたし、前記第4の3の とおり、⑤地点付近で被告人は、Aがいる具体的な位置については分からなかったものの、Aが近い位置にいるかもし れず、Aは被告人車両を追いかけ、このままでは再度被告人車両に追いつくかもしれないと考えていたのである。その 上で、被告人は、追いかけるAから遠ざかるために、被告人車両を走行させる進路を確保しようとしてクラクションを 鳴らし続け、⑤地点付近から被告人車両を発進、進行させたのである。 そうすると、被告人には、生命や身体などに対する差し迫った危険があることを認識し、それを避けようとする心理 状態、すなわち、刑法上の防衛の意思があったと認められる。
︵3︶被告人の行為が、やむを得ず身を守るためにしたものとして相当だと考えられる範囲を超えていたかについて ア まずAらの被告人らに対する行為を検討する。 Aらは、証拠上、クラクションを鳴らされたこと以外に原因が認められないにもかかわらず、被告人車両が③地点か ら④交差点左折直後まで進行する間、被告人らに対して﹁殺すぞ。 ﹂、 ﹁降りてこい。 ﹂などと怒鳴り、被告人車両の運転 席側窓ガラスを殴る、運転席側ドアノブをガチャガチャするなどして、窓ガラスやドアノブ等を損壊して被告人らを被 告人車両から引きずり下ろそうとしており、これらの行為は相当執ように続いた。確かに、客観的に見ると、被告人ら は自動車内におり、引きずり出される可能性は必ずしも高かったとはいえないものの、Aらの行為は、車内にいた被告 人 ら が 生 命 や 身 体 に 相 当 に 恐 怖 を 感 じ る 危 険 な も の で あ っ た。 ま た、 A は、 遅 く と も ⑥ 交 差 点 南 側 停 止 線 手 前 付 近 で は、被告人車両に追いついており、被告人車両運転席側ドアノブ付近をつかんで併走しているし、被告人も、⑤地点付 近 に お い て も 、 A が 被 告 人 車 両 を 追 い か け て お り 、 こ の ま ま で は 再 度 被 告 人 車 両 に 追 い つ く か も し れ な い と 考 え て い た 。 イ これに対する被告人の行為やその認識を検討する。 ︵ア︶前記第4のとおり、被告人は、⑤地点付近を発進し⑥交差点に進入する際、被告人車両の直近を併走しているA を認識していたとはいえないし、また、被告人車両の走行によってAに傷害を負わせるような位置にAがいるかもしれ ないと考えていたとも認められない。このような被告人の認識を前提にすると、被告人が⑤地点付近から被告人車両を 加速させ⑥交差点に進入した行為は、追いかけてきているがまだ追いついていないAから、さらに被告人車両を遠ざけ ようとする行為であって、Aの身体に具体的な危険が生じるような行為とはいえない。また、被告人は、Aが被告人車
両を追いかけ、このままでは再度被告人車両に追いつき、攻撃してくるかもしれないという切迫感を感じていたのであ るから、さらに加速して⑥交差点に進入し、時速約三七㎞で通過したことも、追いかけてきたAから逃げようとしてい る者が取る行動として十分にあり得る行動である。このように被告人の認識を前提にして考えると、被告人の行為は、 やむを得ず身を守るためにしたものとして相当な範囲を超えていたということはできない。 ︵イ︶ところで、被告人が⑤地点付近から被告人車両を加速させ⑥交差点に進入した行為は、Aがドアノブ付近をつか むなどして直近を併走している状況下で、被告人車両を短時間のうちに時速約一八㎞、時速約三七㎞へと加速させ、左 右に多少転把したものであって、そのような速度で進行する自動車の威力を考えると、客観的には身体や生命に対する 危険性が高い行為である。そして前記第5で検討したとおり、被告人には、被告人車両運転席ドアノブ付近をつかむな どしながら併走しているAに気付かずに被告人車両を走行させた点に過失が認められる。そこで、本件において、客観 的な危険性の高さと過失の点を考慮して、被告人の行為を、やむを得ず身を守るためにした行為として相当なものでは ないということができるかについて検討する。 本件におけるAらの被告人車両に対する攻撃は、前記認定のとおりであって、やはり尋常ではなかったといわざるを 得ない。そして、それに対する被告人の行為は、③地点から⑥交差点までの間一貫してAから遠ざかるために被告人車 両を走行させたというだけで、Aらに直接的に向けた攻撃を一切加えていない。にもかかわらず、Aは、被告人車両に 攻撃を加え続け、④交差点左折後に引き離された後も追いかけ追いつき、走行する被告人車両のドアノブ付近から手を 離さず併走したのであって、自ら危険な状況に飛び込んだ、あるいはそのような危険な状況を自ら作出したといえる。 これらの事情を考えると、本件ではAの行動そのものが大きな原因となっているといえるから、客観的な危険性の高
さや過失の内容を理由に、被告人の行為がやむを得ず身を守るためにしたものとして相当だと考えられる範囲を超えて いたということはできない。 ウ 以上によれば、被告人の行為が、やむを得ず身を守るためにしたものとして相当だと考えられる範囲を超えていた と認めることはできない。 ︵4︶よって、自動車運転過失致死罪には正当防衛が成立するため、無罪であると判断した。 ﹂
四
疑問点
・過失行為は一点の不作為的行為であるが、この注意義務違反行為を防衛の意思に基づく行為といえるのか。つまり自 身の行為を急迫不正の侵害に対する反撃行為と認識しているといえるか。あくまで防衛の意思に基づいているのは単に 車での逃走行為ではないか。そしてこれはなんらかの構成要件に該当する行為ではない。 ・特に判例が罪数処理と基本としている点と線の関係からすると、防衛の意思に基づく逃走行為は線の行為であり、自 動車運転過失致死の行為はあくまで点の行為であるから、重なり合いを認めて後者の行為を防衛の意思に基づくものと いうこともできないのではないか︵※観念競合としたものは無免許と酒酔い︵最大判昭和四九年五月二九日刑集二八巻四号一五一頁︶ 、酒気帯びと免許証不携帯︵最判平成四年一〇月一五日判例時報一五五二号一五一頁︶ 、信号無視と業過 ︵最決昭和四九年一〇月一四日刑集二八巻七号三七二頁︶ 、救護義務違反と報告義務違反︵最大判昭和五一年九月二二日 刑 集 三 〇 巻 八 号 一 六 四 〇 頁 ︶。 併 合 罪 と し た も の は 酒 酔 い と 業 過︵ 最 大 判 昭 和 四 九 年 五 月 二 九 日 刑 集 二 八 巻 四 号 一 一 四 頁︶ 、無免許と速度違反︵最決昭和四九年一一月二八日刑集二八巻八号三八五頁︶ ︶。
五
検討
・まず第一に、注意義務違反行為をなしたときの運転行為は、確かに防衛の意思に基づいてなされているものの、注意 義務違反行為︵注意義務違反の不作為︶そのものは、やはり防衛の意思に基づいてなされたとはいいがたい。 たとえば相手がまだ襲ってくるかもしれないので速度超過を続けたという場合は、防衛の意思に基づいて行為が継続 されているといえるが、他方、相手が襲ってくるかもしれないので防衛の意思に基づいて不注意で事故を起こしたとい う の は 理 屈 と し て 理 解 し が た い と こ ろ が あ る。 つ ま り そ の 結 果 は、 ﹁ 意 思 ﹂ に 基 づ き な が ら も、 同 時 に﹁ 不 注 意 ﹂ の 行 為により引き起こされたということになるからである。 しかしながら、たとえば急迫不正の侵害を避けるために速度超過の運転行為を継続中に信号無視をしたり、一時停止 を 無 視 し た り す る こ と は 考 え ら れ る。 そ し て そ れ ら の 故 意 の 不 作 為 行 為 は、 あ る 一 点 に お い て 捉 え る べ き 行 為 で あ る が、なお防衛の意思に基づく行為と理解すべきであろう。 つまり、線の防衛行為において点の不作為的行為が重なってなされうると認めることができる。むしろ点と線とは重ならないというテーゼのほうが修正を余儀なくされる余地があるだろう。 ・しかし以上のような理解が可能なケースというのはいずれも故意犯の場合である。本当に過失の防衛行為︵防衛意思 に基づく不注意行為︶というものを観念しうるのであろうか。注意義務違反行為が同時に防衛の意思に基づく行為であ るということがありうるのか。 先に述べたような線の防衛行為における点の不作為的行為が認められるとすれば、同じように、線の防衛意思に基づ く行為の最中に過失の不作為がなされることも認められてしかるべきであろう。つまり線の行為と点の行為とが部分的 に一個の行為として捉えられるのだとすれば、やはりなおその点の行為は継続する防衛の意思の支配下の行為であり、 防衛の意思に基づく行為において不注意で事故が引き起こされたといえると思われる。 ・そして最後に、実はこのように論じ至って初めて本件と本稿とが問題にした﹁過失と正当防衛﹂というテーゼを論じ る前提がようやくにして成り立ったといえよう。 というのも本来、本件では実は線と点の行為の重なり合いが問題になっているわけではない。ここに自動車運転過失 致死罪という点の行為が措定されているだけである。上述の﹁疑問点﹂における問題意識の中ですでに述べたとおり、 運転行為はなんらの構成要件にも該当していない単なる逃走行為に過ぎない。 つまり、以上の考察を前提として踏まえて初めて、自動車運転過失致死という一点の行為に関して﹁防衛の意思﹂と ﹁不注意﹂という相異なる主観的要素の併存を認めることができるであろう。
そ し て よ り 理 解 し や す い 言 い 回 し に 換 え る と す れ ば、 ︵ 正 当 防 衛 成 立 の 可 能 性 の あ る ︶ 潜 在 的 防 衛 行 為 中 に 不 注 意 で 攻撃者に対して︵防衛の用を成す︶事故を起こした、ということになる。
六
結論
畢竟、過失の防衛行為︵防衛意思に基づく不注意行為︶というものは、やはり観念的にもありうるというべきであろ う。すなわち、故意の作為的防衛行為がなされている間に、不注意に基づく不作為的な作為義務懈怠がなされるという 構造である。 したがって、判決が示した﹁過失の正当防衛﹂行為に関する理解は支持されうる。七
補論~本当に正当防衛か
﹁線と点﹂の問題ではなく、本当は﹁点﹂の問題だという分析を示したが、さらに一点付け加えたい。本件の問題性 は本当に正当防衛のそれであろうか。 今回の防衛行為は、少なくとも防衛の意思に基づく行為については線の逃走行為としてそもそもなされていた。そし てこの線の行為は、急迫﹁不正の﹂侵害者に対する反撃行為としてなされていなかった。つまり﹁不正対正﹂という正 当防衛構造を見出すことができない。むしろ、現在の危難を避けるためにやむを得ずにした自動車事故を伴う逃走行為により、たまたま危難を創出した者に対する対向的な緊急避難︵偶然避難?︶となったというべきではないのか。本件 の事故に巻き込まれたのが第三者であれば、本件はおそらく︵防衛行為が第三者に当たったという場合ではなく︶緊急 避難そのものというべきケースである。 たとえば、追いかけられて逃げ込み侵入した家が追っ手の家だったという場合、この侵入行為が﹁防衛のためにする 意思﹂に基づく反撃行為であるとはいいがたいということである。それは防衛のためにする反撃行為という客観・外観 を備えず、また防衛のためにする反撃の意思によるものでもない。むろん反撃構造をなしていないので偶然防衛という こともない。 では本件の防衛行為はやはり実は緊急避難であり、単に﹁擬似防衛﹂の様相を呈したに過ぎないのであろうか。 追っ手の家に逃げ込んだというケースは措くとして、少なくとも本件はやはり自動車運転過失致死という一点の行為 においては、上述の検討を踏まえれば、防衛の意思に基づいて︵ただし具体的に意図していたなかったという意味では い く ら か 偶 然 防 衛 的 に ︶、 急 迫 不 正 の 侵 害 行 為 に 対 し て、 防 衛 の た め の︵ 防 衛 の 用 を 成 す ︶、 ︵ 少 な く と も 事 後 的・ 結 果 的には︶反撃たる行為がなされた、といえる以上、不正対正たる正当防衛構造を見出すことができるであろう。 したがって、ここでも判例が示した事案把握の構造は支持されうる。 最後に、再度換言してみるならば次のようになる。 あくまで﹁車で走って﹂逃げようとしたのであって、相手を﹁轢いて﹂逃げようとしたのではない。防衛の意思に基 づいて﹁轢く行為﹂をしたわけではない。防衛の意思に基づいて﹁走って逃げる行為﹂をした結果として轢いた、とい う の が 正 し い 把 握 で あ ろ う。 そ し て、 ﹁ 轢 い た ﹂ と い う︵ 行 為 で も あ る が ︶﹁ 結 果 ﹂ を 引 き 起 こ し た﹁ 走 っ て 逃 げ る 行
為 ﹂ が 防 衛 の 意 思 に 基 づ い て な さ れ て い た 以 上、 ﹁ 過 失 結 果 ﹂ も ま た 防 衛 の 意 思 に 基 づ く︵ 過 失 ︶ 行 為 に よ っ て 引 き 起 こされた、と解しうるだろう。 ︵了︶ ︵本学法学部・法科大学院准教授︶