†学校教育専攻 学校教育専修 指導教員:紅林伸幸 原 著 論 文
中学校生徒指導主事の職能と研修についての一考察
髙
野
崇
†A Study as to professional ability and training of
junior high school student guidance directors
Takashi TAKANO
Abstract
Nowadays, concerning junior high school, children, teachers, parents and communities have been changed.
This paper has clarified that junior high school student guidance directors are required to play four roles ; “leader”,“ coordinator”,“ mentor” and “balancer”.
It is necessary to construct more integrated and practical training model than ever before because reaching the higher level, a role of student guidance directors that has been becoming more diversified and complex should be played.
キーワード:生徒指導,主事,教師の職能,教員研修,スクール・ミドルリーダー 1.問題意識と目的 生徒指導主事は,中学校での生徒指導の中心 となる役割を担当する教師である。義務教育で あり,思春期でもある揺れ動く中学生に対して, 生徒指導はどのようにあるべきなのか,社会全 体の変化と子どもや大人の意識や行動の変化の 中,これまでの家庭,学校,地域だけの教育力 では青少年の健全育成に十分に対応できなく なっている。こうした中,生徒指導においては, 時代の変化と新たな社会環境の中に生きる子ど もの育ちを踏まえ,新たな子ども観の捉え方と 実践が必要になる。 一方,生徒指導の研修は,中学校での教育活 動において生徒指導の重要度が増しているにも かかわらず,法定研修や,ミドルリーダー研修 の一部分として行われることがほとんどである。 これは,生徒指導が,それぞれの学校の状況や 歴史的な文脈,あるいは個々の教師の「経験 知」と呼ばれるもので構成される場合が多いこ とによると推察される。学校によって微妙に違 う生徒指導基準や,生徒理解の進め方,指導方 針の違い,さらには個々の教師の持つ「経験と 勘」の重要視が一律な一斉研修を構成し難くし ているものと考えられる。しかし,一方で,生 徒指導は,全教職員が取り組むべきものであり, その全教職員の共通理解,統一された指導態勢 を作り上げるためには,校内の生徒指導をつか
さどる生徒指導主事の職責はますます大きく なっている。生徒指導主事は学校や教師の経験 知を把握し,全教職員の共通理解を作り上げな ければならず,そのための職能形成が求められ るのである。ここに指摘した生徒指導主事に期 待される役割は,複雑化する生徒指導の今日的 課題という観点に立てばあくまでその一端に過 ぎない。そこで,本論文では,生徒指導主事に 期待される職能とその発展充実のための研修が どのようなものかを,生徒指導の今日的課題の 観点から再検討していく。 2.調査の概要 質問紙票による実態調査は,調査対象の異な る以下の 2 つの悉皆調査を行った。 調査 1:都道府県及び政令指定都市教育委員 会中学校生徒指導担当者を対象に,「生徒指導 についてのアンケート」を郵送と電子メールに よる配布,回収と回収時期 2010 年 1 月〜2 月。 計 65 教育委員会に質問紙を送付した。回収数 は 34 で,回収率は 52.3% であった。 調査 2:滋賀県内公,私立中学校の生徒指導 主事を対象に,「生徒指導についてのアンケー ト」を郵送による配布と回収を行った。回収時 期は 2010 年 1 月〜2 月。計 106 中学校に質問 紙を郵送し,回収数は 75 で,回収率は 70.8% であった。 インタビュー調査は,対象としては,県教委 において県内の生徒指導関係を統括する立場に ある指導主事ほかと関係機関として,警察少年 補導職員にも,面談によるインタビューを実施 した。 3.生徒指導の変遷と現状 戦後の青少年の非行の問題から始まり,いじ め,不登校の問題など次々と学校教育の問題点 が明らかにされ,その都度さまざまな通知・通 達が出されてきた。生徒指導上の問題が社会で も大きく取り上げられ,それにいかに対応して いくかが,各学校における生徒指導のあり方に も大きく影響をしている。このような時代の流 れの中で,「生徒指導」の根幹となる部分は変 わっていないが,学校の生徒指導に求められて いるものは社会の影響を大きく受け,変化して きている。 今回発刊された平成 22 年生徒指導提要によ れば,昭和 40 年以来大きな変更なく用いられ てきた「生徒指導の手引き」は,「生徒指導と は,このような考えのもとに,このような取り 組みをすべきである。」という案内書であり, それに対して平成 22 年生徒指導提要では,「生 徒指導については,このように取り組みなさい という要点を示し,これが基本となる。」とい う色合いのものであると述べている。 資料 1 生徒指導提要が目指す生徒指導 現在の学校が抱える生徒指導上の課題と して,いくつかの事柄があげられている。 従来の学校教育とその中での生徒指導の枠 組みで捉えきれない課題や,対応できない 課題や新たに社会問題化した問題の出現が 生徒指導を困難にしている。つまり, ① 古典的問題への対応のあり方の見直し をしていかなければならない。現在の生徒 指導が抱えるものは,多様化・複雑化のみ ならず,課題の重複化していることが,解 決をより困難にしている。 ② 新たな個別課題の出現への対応がある。 発達障害についての取り組みや,インター ネットや携帯などのニューメディアの抱え る課題,依然として減らない虐待の問題や 自殺の問題などがある。 ③ より根本的な対応の必要性についても, 憂慮すべき問題が今なお残っている。 ④ 日本社会と子どもたちの将来への展望 を切り開き,新たな社会の地平を見据える 作業をもこの生徒指導提要を作成する際に は考え,社会的リテラシーを身につけさせ ていかなければいけないという考えもある。 (第 10 回日本生徒指導学会基調講演 森田 2010) 生徒指導提要が最終的に目指そうとしている 社会的なリテラシーの育成を担う学校現場では, 今何が課題とされ,実際どのようなことに困難 さがあるのだろうか。その実像に迫るため生徒
指導主事の調査を実施した。その結果から,生 徒指導提要のマクロな視点ではない,ミクロな 視点から見えてくるものを明らかにした。生徒 指導主事は,生徒指導の手引きから生徒指導提 要に書かれているようなマクロな視点で見た 「生徒指導」を目指すことを理想としている。 しかし,今,直面している課題の克服からどの ように結びつけていけばいいのか,理想とする 生徒指導の進め方や連携の方策などに困難さを 感じている。 資料 2 生徒指導主事の抱える課題 生徒指導主事が苦労していることの,そ の結果は,「生徒指導の体制作り」「教員と の調整」「教員間での生徒指導にかかる情 報を共有すること」であり,校内で教員を いかにうまく協働させるか,そしてその組 織作りが最も難しいことを露呈する結果で ある。組織を構築することが重要であるこ とは十分認識しているものの,その構築に 肝胆を砕いている様が如実にとらえられる。 組織化することが困難であり,それを重要 であるととらえているのである。 (月刊生徒指導 片山 2010 p. 45) では,このような困難さを抱えなければなら ない生徒指導主事はどのようにしてその困難さ を克服しているのか。経験だけでその困難さを 克服しようとしているのか。または,研修など から得たことによってその困難さを克服してい るのか。次章では,生徒指導に関する研修がど のように設定されているのかを考察する。 4.生徒指導主事の研修 力量形成のための研修として教育センターな どの研修がある。また,経験を積むことで力量 形成されることもあり,その後,困難さは解消 される。多様性,個別性の問題があることから, 一堂に会しての研修の設定は困難であり,各地 教委単位での研修であれば効果があるであろう との見方ができる。 しかし,実際には,そこで研修ができたとし ても力量形成がすすむのは生徒指導主事が中心 であり,他の教師にどのような形で研修成果を 返していくかが重要である。学校として生徒指 導面での力量を高めていくためには,事例研修 などを設定することもある。では,研修をどの ようにすすめていくべきであると考えているの かを生徒指導提要で確認する。生徒指導提要で は,生徒指導主事に多大な職能を望んでいる。 しかし,その多大な職能を身につけなくともそ の職務を果たすことができる。 そこで,生徒指導の研修について,滋賀県の 状況を概観し,滋賀県教育委員会事務局生徒指 導担当指導主事へのインタビュー調査を基に, 生徒指導主事や生徒指導についての研修が充実 できていない状況から,研修を困難にさせる要 因として,各学校が抱える課題の違いや地域差 などから,研修テーマの設定の困難さ,研修を 実施するにあたっての物理的な問題などが明ら かになった。 資料 3 生徒指導研修全体の実施状況につ いて 連絡協議会以外には県教育委員会として 生徒指導研修は行っていない。総合教育セ ンターが行っている初任者研修や 10 年目 研修,主幹教諭研修の一部として生徒指導 に関わる内容が研修されているが,生徒指 導に特化した研修は実施されていない。全 国的に見ても,各都道府県等で設置してい る教職員の研修施設の研修内容から見ても, 生徒指導主事の研修が実際に行われている ところは少ないと思われる。 (県教委指導主事) 研修の必要性を認めつつも,実施に至らない 県教委の姿が浮き彫りになった。より効果的な 研修を企画し,現場のミクロな対応から少しで もマクロな視点を持てる生徒指導への転換を図 ろうとするが,うまくできないジレンマを県教 委も持っている。 5.生徒指導主事に期待されるもの では,生徒指導主事として仕事をこなしてい くのに必要な能力とはどのようなものが求めら
れているのかを文部科学省や教育委員会,生徒 指導主事自身,一般教員,関係機関職員のそれ ぞれの立場に基づいて,確認しよう。 文 部 科 学 省 発 刊 の「生 徒 指 導 の 役 割 連 携 の推進に向けて ― 生徒指導主事に求められる 具体的な行動 ―」では,生徒指導主事を中心 とした概念図を示し,生徒指導主事が「連絡 調整」を行う際に求められる具体的な行動に 焦点を当てている。「情報」をキーワードにし て,「合意形成」を軸とした生徒指導主事の役 割について示している。生徒指導主事に「調整 力」や「コミュニケーション能力」を求め,そ のうえで「合意形成」すなわち,「一枚岩」に なれるように調整するのが役目であると述べて いる。 質問紙調査と県教委指導主事へのインタ ビュー調査の結果によれば,必要な職能として は,① 学校として組織化していくことや校内 外での繋がりを作り組織化すること,② 個別 課題についてはより深い生徒理解を進めること が必要とされていること,③ 生徒指導主事が 身につけておくべき職能としてのアセスメント 力や文書化する技術があること,④ 学校とし ての対応ができるように単年度ではなく,長期 的なビジョンが持てるように生徒指導主事が経 験したことが引き継がれていくことで,より積 極的な生徒指導が進めていけることの 4 点が期 待されていることが確認された。 では,生徒指導主事自身はその職務において 何を重要視し,日々の生徒指導に取り組んでい るのだろうか。 資料 4 生徒指導主事の思い 職場の同僚性を高める役割が重要ではな いかと思う。『もしか…』のときに,みん なが協力して動ける職場づくりの中心的存 在である。 (A 中学校生徒指導主事 質問 3 自由記述より) 学校・地域によって差があると思うが, 生徒指導で困難に直面した時に,個人任せ や,放任・管理職の指導力不足などが課題 となることがある。組織としての方針を示 すとともに,職員が生徒から逃げようとす るような職員集団にならないような主事を 育てる研修が必要である。 (B 中学校生徒指導主事 質問 6 自由記述より) 生徒指導主事への質問紙調査結果より,学 校全体の課題を把握するとともに,その課題 について積極的に取り組んでいきたいと考え ていることがわかる。直面している問題行動 や学校課題に対応するだけでなく,学校や生 徒がよりよくなれるように生徒指導を進めて いきたいと考えている生徒指導主事の苦悩が 垣間見える結果である。生徒指導主事は,積 極的な生徒指導を進めていきたいが,それ以 前に直面している課題への対応をしていくこ とが第一であるという信念を持っていること が伺える。ここに,文部科学省などが唱える 理想の生徒指導主事像と学校現場で苦悩する 生徒指導主事の思いとのギャップが浮き彫り になる。 続いて,直接ミクロな問題行動に対応する一 般教員が生徒指導主事に何を期待しているのか を確認した。生徒指導主事には,それぞれの課 題に対して,関係機関がうまく機能するように 関係機関の意識レベルを事前に合わせておくこ とや,各機関の連絡調整を事前にこなしておく ということを期待している。一般教員は,生徒 指導主事に明確で具体的な方針を求め,さらに, 自分たちの取り組みをフォローしてもらえる, 関係機関との連携をうまくとれているというこ とを期待している。 次に,連携先の関係機関が期待する職能とは どのようなものなのかを警察関係者へのインタ ビュー調査より明らかにした。生徒指導主事に 期待されることとして,各関係機関との連携の 構築がある。 資料 5 警察との連携 学級担任や学年の感じている危機レベル と,生徒指導主事の危機レベルが同じレベ ルで危機感があり,学校全体としての方針 が決まったこと。そこに警察が持っている 情報と学校が持っている情報の交換がス ムーズにできること。
(C 警察署少年補導職員 連携がうまく いったと感じたエピソードについて) 関係機関が生徒指導主事に対して期待してい ることとして,「情報の提示」「明確な方針」が 見えてくる。より効果的な指導をするために, 組織化された状態での,機関連携を望んでいる。 文部科学省からは,信頼感のうえに専門的知 識や技能を持ち,職員に対しての指導力を兼ね 備え,さらに地域や社会情勢,心理学的知見な どにも精通していることを,教育委員会には, 学校内を組織化し,その組織を機能させるため の広い視野を持つことも求められ,中長期的な 展望のもとに,学校目標の達成に向けて取り組 めるように教師のみならず,周りとのつながり を作っていけることを,生徒指導主事自身は職 員間の信頼関係構築ができることを,一般教員 からは的確な方針を立てること,フォローして もらえるという安心感が得られることを,関係 機関からは確かな連携の構築できることを期待 していることを確認できた。 6.生徒指導主事の職能 調査 2 における自由記述と学校現場の実例研 究の結果を整理すると,生徒指導主事に求めら れる役割は,リーダー,コーディネーター,メ ンター,バランサーの 4 つにまとめられる。4 つの役割それぞれについて,具体的に求められ る職能と学校の生徒指導の機能との関係につい て確認しよう。 6. 1.リーダーの生徒指導主事 生徒指導を推進するにあたり重要なことは, 自校がめざす生徒像をもとに,自校が抱える課 題を把握することである。これは,学校教育評 価などを用いることも可能であるが,生徒指導 については,特に課題となる事柄を的確に把握 しておかなければならない。さらには課題とし て明らかにされたことに,どのように取り組ん でいくのかの方針を立てることが必要とされる。 すなわち,このような場面で生徒指導主事に求 められるのは,自校すべての子どもの個性の伸 長と社会性を身につけさせるための方向性や ゴールを提案でき,その達成に向けてより具体 的に計画立案できる企画力と判断力が求められ る。これが予防的・開発的生徒指導で求められ るリーダー性であるといえる。 6. 2.コーディネーターの生徒指導主事 外部機関との会議では,それぞれをどのよう に繋げば,学校にとってより効果を上げること ができるのかを考え,効果的なコーディネー ションをするという役割が生徒指導主事に求め られる。他にも,校内の各分掌が求める外部と の連携を実現するために生徒指導主事は奔走す る。直接担当しない領域においても,それぞれ の指導・支援内容が,情報となって生徒指導主 事につながってくるようにしておくことも, コーディネーターとして欠かすことのできない 準備である。 「動いてもらう」という依頼の感覚であり, 協働しているという感覚が持てないのが現在の 学校の現状であり,その中で,関係機関に動い てもらうこと,その働きかけで効果を上げるこ とより,学校自らが動く方が容易であるという 本音も出るのであろう。 資料 6 コーディネートの困難さ 自らが動くことは容易であるが,外から 動いてもらうことで変化させることは難し い。 (D 中学校生徒指導主事 質問 1 自由記述より) 保護者の対応,関係機関との連携の重視 (E 中学校生徒指導主事 質問 6 自由記述より) 「関係機関との連携の重視」が持つもう一つ の事情 ― 保護者の対応と同様,方法を間違え ば,味方にも敵にもなる ― を感じ取るという のは,あまりにも過ぎた深読みだろうか。 いずれにしろ,集まる情報を武器に,学校内 では,生徒と生徒を繋ぐ,教師と教師を繋ぐ, 生徒と教師を繋ぐ,生徒と保護者を繋ぐ,保護 者と教師を繋ぐ,そして外部の機関と学校を繋 ぐコーディネーターの役割を生徒指導主事は 負っている。
6. 3.メンターとしての生徒指導主事 多くの生徒指導主事が自分自身の経験として, 先輩教師との関わりから学ぶべきことが多かっ たと感じている。現場で実際に起こっているこ とに先輩教師と共に対応していくことが何より 身につくと考えている。この背景には,同じ学 校現場で,時を同じにしてでなければ伝わらな いもの,伝えられないものがあるという考えが 見て取れる。それはおそらく「経験知」「暗黙 知」と表現される現場の「知恵」であろう。 資料 7 育てと研修 職場内での対話が必要。うちのこのよう な形式外の研修によって人の育つことが多 い。形式的研修は法や基準等が大切。 (F 中学校生徒指導主事 質問 6 自由記述より) 話を聞き,それをそれと同時に,その助言や 支援をすることで,後輩教師の成長を図るメン ターとしての役割が見てとれる。このように同 僚の抱える課題を理解し,解決の手だてを一緒 に考えること,信頼関係を築きながら,自分の 経験を活かしながら後輩教師を育てていくこと, それが生徒指導主事に期待されるメンターとし ての職能であろう。 6. 4.バランサーとしての生徒指導主事 これだけでは,生徒指導主事として生徒指導 を推進するための組織化するには課題が残る。 組織化をしていくには,個人の力量を知らなけ ればならない。組織化するには個人の力量を把 握した上で,それぞれの個性が発揮されるよう に組み立てを考えていかなければならない。 資料 8 バランスをとるために 教師の協力体制を単年ごとにどのように 進めるかを大切にしてきた。 (G 中学校生徒指導主事 質問 2 自由記述より) 「単年ごとに」組み立てなければならないの は,必ず人事異動で職員の入れ替わりがあり, それによって,職員間の関係性や学年集団とし ての力量も変化する。その関係性を常に把握し ておかなければ,学年間の力量格差や教師間の 不平等感を生じさせ,生徒指導に向けての学校 挙げての協力体制は築けない。そのことから全 体の関係性を考慮した上での組織作りをめざす ことが必要となり,職員の関係性を第三者的に 評価し,均衡を保つために,生徒指導主事が自 らの学年所属を替えることもある。このように, 組織化に向け職員間のバランスをとれることが, 見えない生徒指導主事としての必要な職能とし てあげられる。 6. 5.生徒指導主事モデル ここまで見てきたように,大きく 4 つの役割 に対応した職能が生徒指導主事には必要である と考える。それぞれの職能は独立しているよう にもとれるが,これらは,すべて信頼関係の構 築に寄与するものである。言い換えれば,これ らの生徒指導主事の職能が十分に発揮されたと き,信頼関係が構築され,他の教員を巻き込ん での生徒指導が実現されるのである。 この発想をもとに,生徒指導を推進していく ための生徒指導主事が持つべき職能モデルを考 えることにする (Fig. 1)。生徒指導主事が持つ べきそれぞれの職能を気球と考え,それらの気 球は,すべて信頼関係の構築につながっている。 Fig. 1 職能モデル
生徒指導主事がその気球の舵取りをすることで, 生徒指導の向かうべきところが示される。また, 4 つの気球全体として,生徒指導の機能がより 向上していくと考えられる。 このようにそれぞれの気球の大きさは,それ ぞれの生徒指導主事の個性であると考えられる し,大きな気球もあれば,小さな気球なことも あるだろう。また,どれかが小さくとも,その 他の職能で揚力が得られ,信頼関係を引き上げ ている限り,生徒指導主事の生徒指導に関する 舵取りは可能となる。大きさとバランスも大切 であるが,それぞれの職能の大きさ (弱み・強 み) を知り,舵取りをしていくことができれば 問題はない。しかし,残念なことにそのいずれ の職能も発揮されなくなった時は,信頼関係は 失われ,どれだけ優秀な生徒指導主事であった としても舵取りができなくなり,生徒指導は機 能不全をきたす。 このように生徒指導主事の職能は,信頼関係 を媒介としながら,学校の生徒指導の機能を決 定付ける。 7.新たな研修の構築 4.生徒指導主事の研修では研修ができてい ない現状と課題を確認し,5.生徒指導主事に 期待されるものでは,生徒指導主事に必要な職 能について明らかにし,6.生徒指導主事の職 能では,生徒指導主事の職能モデルを提示した。 現在,生徒指導主事に期待される役割は,多 様で,複雑である。それは,生徒対応から,教 師への対応,関係機関との対応や地域との関わ りなど多岐にわたり,また,そのそれぞれに関 しても個別の対応と全体に対する対応の両面を 考慮する必要があるなど,多面的な関わりが期 待されている。それらの中には,生徒指導主事 というポジションとは無関係に教師であれば皆 に期待されるものもあるが,特に生徒指導主事 となって初めて経験し,期待されるものも少な くはない。それ故に研修に期待されるものは大 きいと言えるだろう。 では,ここまでで明らかになった生徒指導主 事に期待される 4 つの役割と職能に関わって, これから求められる研修のあり方を検討しよう。 7. 1.求める研修 はじめに,生徒指導主事が研修をどのように 考えているのかを確認する。資料 9 にあるよう に,研修の必要性を認めつつも,生徒指導は経 験が重要であり,学校現場にいて,それぞれに 対応していくことが最高の研修であるという意 見がある。また,研修だけでは日々の生徒指導 の課題解決に対応できないという意見もあった。 資料 9 理論より経験 理論はある程度必要だとは思いますが, それでは対応できないのが日々の生徒指導 です。経験が大きく必要だと思います。 (H 中学校生徒指導主事 質問 2 自由記述より) いかにして,生徒指導主事の当事者性を高め られる研修が設定できるかが,研修に対しての 生徒指導主事の思いを前向きにさせることがで きる一つの方法である。 資料 10 にあるように,生徒指導主事は研修 についてすぐに応用可能な事例研究やリスク回 避のための研修を望んでいる。学校現場で即実 行でき,学校を守るための研修を設定すること が当事者性を高めることの 1 つと考えられる。 このような研修は,生徒指導主事自身の資質向 上 (キャパシティアドバンス) だけでなく,他 の教師に指導・助言などをし,他の教師の資質 向上 (リフトアップ) が可能となる研修が必要 である。 資料 10 求める研修 いろんなケースでの対応方法などが身に つくとありがたいです。 (I 中学校生徒指導主事 質問 2 自由記述より) 危機管理において,クライシスコミュニ ケーションに関する研修もこれからの学校 現場において必要である。 (J 中学校生徒指導主事 質問 2 自由記述より) 質問紙結果より,生徒指導主事が求めている 研修について 5 つの因子が抽出でき,図示して
みると,次のようになる (Fig. 2)。 めざすべき「積極的な生徒指導」とはどのよ うなものなのかを知る研修が必要で,そのため には,取り組むべき課題内容を明らかにするこ ととその課題を解決する方法や手立てについて も研修したいと考えている生徒指導主事の姿が 浮かび上がってくる。 教育委員会が,生徒指導主事に求めているも のは,生徒指導に関する資質向上を求め,機関 連携についての研修が必要であると考えている。 資料 11 に見られるように,生徒指導主事が研 修を深めることで,生徒指導主事自身の研修と, 全職員の資質向上を図るための研修の必要性を 感じているのである。全職員の力量を上げるこ とで,生徒指導に関する実践力を向上させるこ ともねらいとしているのである。 資料 11 県教委が考える研修 生徒指導主事だけでなく,教員一人一人 が生徒指導にかかわる資質能力を向上させ ることが大切。そのために校内研修の充実 が必要。学校の「荒れ」や理不尽な要求へ の対応など,今日的な課題に対する支援や 研修の充実が必要。 (K 県教委総括主幹 質問 6 自由記述より) 個別のケース対応が多くなってきていること から,個別のケース対応をする際,生徒指導主 事が全てにかかわることはできない。一人ひと りの教師の力量形成についても,生徒指導が担 う役割は大きい。そこで,一人ひとりの教師力 を上げるために個のケースについてメンタリン グを行い,実践力を高めていくことが重要であ ると読み取れる。学校全体としての生徒指導力 の向上は,教師の実践力を高めることにあり, このような視点を生徒指導主事が持たねばなら ない。つまり生徒指導主事には,『教え方を教 える研修』も必要となってくる。教育委員会が 期待する生徒指導主事の役割として,新たな課 題や積極的な生徒指導を進めるためには,繋が れることや,生徒指導主事自身の資質向上をす ることで,全職員の資質向上から学校力の向上 を期待しているのである (Fig. 3)。 7. 2.研修のポイント これまでを総括し,生徒指導主事の研修とし て考えていかなければならない 3 点を柱として 考えていくことにする。第一に,人と人との関 係の中で信頼関係を構築し,できることとでき ないことを的確に判断できることは,生徒指導 主事自身の「資質向上」となり,研修の一つの柱 として挙げられる。資料 12 に見られるように, 実地で研修するには,信頼関係を築き上げてお くことが必要であり,その上で判断ができるこ とが求められている。 資料 12 資質向上のポイント 生徒指導主事は,関係機関とどう関わっ ていくのか,その子を中心に考えた時にど ういう関係機関が必要なのかを判断するこ とが生徒指導主事の役割だった。けど,若 い人は児相も行ったことない。児相が福祉 関係で,県の管轄なんやということすら知 らない。経験知がない。児相が動いてくれ るにはどうしたらいいのかをわかっていた らいいけど,それがわかっていなかったら, Fig. 2 生徒指導主事の思い Fig. 3 教育委員会が期待する職能
実地で研修するなら効果があるだろう。 (前主席参事 生徒指導主事の 役割について) 第二に,生徒指導主事は,各担任教師の個性 を把握し,その裁量の幅を把握し,指導状況を 確認できるようにしておかなければならない。 資料 13 に見られるように,教師一人ひとりの 実践力を向上させることも生徒指導主事が身に つけるべきものである。生徒指導は全領域で進 められるが,それぞれの領域での「教え方」が わかれば,教えられた教師の生徒指導について の教師力が向上し,リフトアップされる。全教 師の力量をリフトアップさせ,学校力を上げる ことについて学ぶことが,生徒指導主事の研修 の柱として挙げられる。 資料 13 教師力の向上に向けて 共通実践できる幅を少しでも狭める。下 を上に引き上げることが,生徒指導主事の 大きな役割である。教師の指導力,教師力 を挙げていくのかに,生徒指導の職務は, 教師の力を上げていくのが職務になりつつ ある。問題行動にあたるだけでなく,教師 力を挙げるために一躍を担っている。 (前主席参事 生徒指導について) 第三に生徒指導主事の研修の一つとしてアセ スメントについての研修があり,積極的な生徒 指導を推進するための一つのスキルとしての研 修の重要性が高いと考える。心理学的知見や発 達的観点,病理学的視点,法学的見地などにつ いての生徒指導主事自身のスキルアップ研修も 柱の一つとしてあげられる。生徒指導主事のス キルアップが全体のスキルアップにつながるよ うな研修でなければならない。 しかし,これらの研修は 4 つの職能について, すべてを身につけたスーパー生徒指導主事を作 るためではない。一人ですべてできる生徒指導 主事はどの場面でも求められていない。今求め られているのは,生徒指導を機能させられる生 徒指導主事である。そのために,経験だけでは 身につかない新たな課題の解決の糸口となる研 修が必要とされる。 資料 14 スキルアップについて 今の生徒指導の主流は個に応じた生徒指 導。ケース対応になってきている。教師力 を高めるように変わってきている。SC (スクールカウンセラー) の役割も過去は 不登校対応だった。いまは,教師と一緒に なって対応を考えるようになってきている。 SC のノウハウを教員が身につけることに よって,教育相談能力を高めるということ がねらいになっている。それは生徒指導も しかり。それが言える。アセスメントとプ ランニングっていうのは,そのためにあっ た。一人ひとりの教師の実践力を高めてい けば,学校全体の生徒指導の力もボトム アップできるはずや。(注釈は筆者) (前主席参事 生徒指導について) 7. 3.研修モデル では,具体的な研修のモデルを検討する。あ らかじめ,知識として研修をすることで,未経 験な事案に直面したときに,その対応は無知な 状態よりは速やかに対応することができる。そ こで,研修内容を「生徒指導主事自身の資質向 上に関すること (キャパシティアドバンス)」 「生徒指導全般の実践力向上に関すること (リ フトアップ)」「生徒指導の技術・方法の向上に 関すること (スキルアップ)」の三つに分けて 考えていくことにする (Table 1)。 まず,資質向上 (キャパシティアドバンス) の研修である。つまり,4 つの職能をさらに向 上させていくための研修である。モデルでの気 球にさらに資質という熱気をバーナーで送り込 み,それぞれ大きくする。それにより,生徒指 導主事の職能の基礎力を促進させる研修である。 次に,教えることを教える研修 (リフトアッ プ) について考えていくことにする。これは, 生徒指導主事が教えることを学ぶことによって, 全教師に周知し,学校力を上げるための研修で ある。つまり,生徒指導主事が教えることによ り,学校として新たな生徒指導の進め方につい て考え,実践していくことである。他に教える ことにより,今まで,生徒指導主事が中心と
なっていた気球の「ゴンドラ」を,全教師に よって新たな大きな生徒指導の「ゴンドラ」と して作りだすための研修である。 次に,スキルアップ研修について考えていく ことにする。生徒指導に関する技術とは,生徒 指導の全体を把握し,生徒指導主事が中心と なって進める生徒指導の微調整をするものであ る。根本的な課題の見立てや,現在進行形の取 り組みのチェック,今後現われる新たな課題に 対して,今の進め方を確認し,調整する力をつ けるものである。これは,気球で例えるならば, 高度や上昇速度を調整する砂袋と考えることが できる。 このような研修を積み重ねることにより,経 験だけでは埋められなくなりつつある現状から 浮上させることができると考える。日々困難さ を感じつつある生徒指導主事の困難さを解消す るには,現状分析をし,課題を明確化すること から始め,現有資源をいかに効果的に配置でき るかが求められる。生徒指導主事は,常にこれ から先の進むべき道を見出し,そこに過去の経 験と新たな研修で得た知識を活用し,学校の中 での生徒指導が機能するように仕組んでいかな ければならない。 結 語 本稿では,生徒指導の充実のために,生徒指 導主事の研修が不可欠であることを指摘してき た。しかし,生徒指導主事の言葉には,研修よ りも現場,とする現場第一主義を主張するもの が見られた。経験をするということはどんな研 修よりも実践力が身につくことは確かである。 また,学校にとって生徒指導主事は重要な存在 であり,問題が生じているその場にいて指揮を 執ることが期待されている。故に,研修の必要 性は認めるが,現場を離れることはできないと いうジレンマは避けがたい。けれども,このよ うな考え方のままでは,新たな今日的課題に十 分に対応することはできないだろう。生徒指導 主事自身の意識改革の必要性があることは言う までもない。 コーディネーター 講義 校内各分掌との連携 リーダー 事例 ケース会議の持ち方 研修内容 研修形態 ねらう職能 研修の柱 Table 1 研修の柱 メンター 講義 後継を育てる研修 コーディネーター 講義・事例 機関連携の仕方 リーダー 事例 積極的な生徒指導とは 生徒指導の技術に 関すること (スキルアップ) アセスメントのポイント 事例 コーディネーター メンター 講義 教師理解の進め方 バランサー 講義 指導と支援の組み立て リーダー 事例 職員研修内容と進め方 生徒指導全般に 関すること (リフトアップ) 生徒指導面の評価観点 講義 バランサー リーダー 講義・事例 生徒指導主事の役割 生徒指導主事自身に 関すること (キャパシティアドバンス) 関係機関の役割 講義 コーディネーター Fig. 4 職能研修モデル
資料 15 研修か経験か 研修は必要であるが,常に現場にいなけ ればならない。現場を離れてはならない。 (L 中学校生徒指導主事 質問 2 自由記述より) 学校を守るために必要な人なので,研修, 出張は最小限にするべきである。 (M 中学校生徒指導主事 質問 2 自由記述より) 例えば,現代社会では,どの場面でも,「説 明する」ことを求められる。適切で的確な説明 ができるかどうかが,学校の信頼性に関わり, 学校や保護者,地域社会との関係を決定する。 それは,問題が起こった際の説明責任だけでは なく,学校に人が集まり,地域社会の中心とな るという意味で,生徒指導の拠点として人と人 とのつながりを紡いでいく「コミュニケーショ ン」の場の構築という意味でも重要である。積 極的な生徒指導を進めるために重要な,生徒指 導に保護者や地域を適切に巻き込んでいくとい うこの新しい役割を,生徒指導主事は現実の問 題に対応する中で担っていく。したがって,生 徒指導主事は一つの事例への対応の中で,多く の役割を演じなければならず,そのために東奔 西走している。 しかし,生徒指導主事を務めてきた者の実感 としては,生徒指導主事を最も苦しめているの は,こうした個別課題の複雑さや外部連携の負 担よりも,目の前に指導から逃避している教師 の姿があることである。これらも,指導の仕方 の工夫や,チームで指導を進めるなどによって 解消できるが,そのためには「教え方を教え る」ことを生徒指導主事自身が知っていなけれ ばならない。実際にすべての機能を生徒指導主 事だけで果たすことは不可能に近い。組織で縛 られるのではなく,理念で結ばれるチームの形 成が学校現場に求められているのである。 子どもにどのような生徒指導を進めていくの かは,学校が学校であることを左右する大きな 課題である。学校があるべき本流を見失うこと がなければ,学校は学校であり続けられるだろ う。生徒指導に王道なしともいわれるが,我が 国の生徒指導は,人と人との信頼関係を築き上 げることを大切にしてきた。これからもそれは 変わることはない。生徒指導主事の研修は,そ れを実現するための鍵を握っているのである。 参考・引用文献 片山紀子編 (2010) 月間生徒指導 2010. 4〜9,学事 出版 滋賀県教育委員会 (1971) 生徒指導ガイドブック 生徒指導研究会 (2006) 詳解生徒指導必携 , ぎょう せい 中谷素之編 (2007) 学ぶ意欲を育てる人間関係づく り ― 動機づけの教育心理学,金子書房 文部省 (1965) 生徒指導の手びき 文部科学省 (1997) 学校の「抱え込み」から開かれ た「連携」へ ― 問題行動への新たな対応 ―, 児童生徒の問題行動等に関する調査研究協力 者会議 文部科学省 (2010) 生徒指導提要 国立教育政策研究所生徒指導研究センター (2010) 生徒指導の役割連携の推進に向けて 油布佐和子 (2007) 転換期の教師,日本放送出版協 会 油布佐和子編著 (2009) リーディングス日本の教育 と社会⑮教師という仕事,日本図書センター