平成27年(行ケ)第3号
地方自治法第245条の8第3項の規定に基づく埋立承認処分取消処分取消命令請 求事件
原 告 国土交通大臣 石 井 啓 一 被 告 沖縄県知事 翁 長 雄 志
第
10
準備書面
平成27年12月28日
福岡高等裁判所那覇支部民事部ⅡC係 御 中
被告訴訟代理人
弁護士 竹 下 勇 夫
弁護士 加 藤 裕
弁護士 亀 山 聡
弁護士 久 保 以 明
弁護士 仲 西 孝 浩
弁護士 秀 浦 由紀子
被告指定代理人
町 田 優 池 田 竹 州 城 間 正 彦 神 元 愛 知 念 宏 忠
目次
第1 本書面の目的 ... 4
第2 被告の主張 ... 5
1 はじめに ... 5
2 昭和43年判決の法理が本件に適用がないこと ... 5
3 昭和43年判決を仮に適用する場合の審理の順序について ... 7
4 「法令の規定若しくは…処分に違反する」の意義 ... 8
⑴ 代執行等の制度趣旨 ... 9
⑵ 法定受託事務の意義 ... 10
⑶ 代執行等にいう「法令違反」の具体的内容 ... 11
5 「法定受託事務の管理若しくは執行」の適法性に関する審理の対象 ... 11
6 1号要件,2号要件における裁量統制 ... 14
7 昭和43年最高裁判決の取消制限を適用した場合の審査とあてはめ ... 16
第1 本書面の目的
代執行は,「法定受託事務の管理若しくは執行が法令の規定若しくは当該各大臣 の処分に違反する」場合に,他の要件を充足する限りで許される。
被告は ,上記 要件 (以下で は,「 法令 違反等の 要件」 と言 う。)の 意味, 代 執行訴訟 におけ る審 理対象と 昭和4 3年 判決の法 理との 関係 について ,以下 の とおり,従前の主張を整理し,若干の主張の補充を行う。
本件に おける 法的 枠組みに ついて ,本 要件に関 する争 点の 相互関係 は,概 略 以下のと おりで あり ,本準備 書面は ,以 下の争点 につい て整 理し,若 干の主 張 の補充を行う。
1号要 件,2 号要 件 の違法 性判断 の具 体 的内容 及び仮 に昭 和 43年 判決の法 理を適応した場合の具体的な比較衡量の内容については立ち入らない。
1)昭和 43年 判決 の法理に 違反す るこ とが法令 違反等 の要 件充足す るか( 昭 和43年判決の法理の代執行訴訟への適用可能性)
2)仮に 適用さ れた 場合に, 埋立承 認処 分の違法 性を先 に判 断する必 要があ る か
3)そも そも昭 和4 3年判決 の法理 が適 用がない 場合, ある いは適用 があっ て も埋立承 認処分 の違 法性を先 に判断 する 必要があ る場合 ,裁 判所は直 接仲井 眞 前知事の 承認処 分の 違法性を 判断す べき か,翁長 現知事 の, 「仲井眞 前知事 の 承認処分 が違法 性を 有すると いう判 断」 の違法性 を判断 すべ きか(裁 判所の 審 理の対象)
4)3)の場合における「違法」とは重大明白な違法に限られるか否か 5)1号要件における裁量統制基準はどのようなものか
6)2号要件における裁量統制基準はどのようなものか
第2 被告の主張
1 はじめに
本件請求は,公有水面埋立承認処分取消処分について,取消しを求めるもの
であり,原告は国土交通大臣であるから, 法令違反等の要件で言うところの
各大臣の「所管する法律」であるところの「法令の規定」は公有水面埋立法の 規定を意味する。
したがって,裁判所が判断をすべきなのは,被告の公有水面埋立承認処分取 消処分が「公有水面埋立法の規定」に反して違法であるか否かである。
この条文の文言が全ての解釈の出発点となる。
2 昭和43年判決の法理が本件に適用がないこと
次に,昭和43年判決の法理が代執行訴訟においても妥当するか否かが問題 となる。
この点,原告は,昭和43年判決の法理が代執行訴訟にも適用され,被告が, かかる法理に違反していることが,法42条1項で被告に与えられた権限行使 を誤るものであり,同条項に反するから,適用があると主張する(訴状P14 乃至18,P35乃至41,原告第1準備書面P4乃至5,原告第2準備書面 P10,P69乃至71)。
被告は,これを争い,そもそも昭和43年判決の法理が本件に適用がない旨 主張する(被告第1準備書面P206乃至208,被告第4準備書面P5乃至 16)
既に詳述したが,若干補充する。
まず,そもそも,昭和43年判決の判例法理違反は,「公水法の規定」では ないから,代執行訴訟において適用の余地はない。
政の原理と,「違法な」処分に対する私人の信頼保護という二つの利益が衝突 する場面における信頼保護調整原理であって(なお,若干特殊な事例ではある が,最高裁が取消制限の基準・根拠を信頼保護原則に求めたと見られる裁判例
として最判H6.2.8民集48.2.123:同判例の評価として乙部哲郎『行政行為の取
消と撤回』P380参照),処分の根拠法規の外在的な制約原理である。
例えば,東京高判 H16.9.7 訟月 51.9.2288 は明確に「条理」に基づく制約と
しており,処分の根拠法規に内在的に存在する制約ではないのである。
本件に即して言えば,公水法に反する承認処分は取り消されなければならな い。これが,「公水法」が求めることである。
公水法違反の承認処分を取り消すことが,「公水法」の規定に違反するとい うのは背理としか言いようがない。
したがって,原告の主張するように,昭和43年判決の判例法理に違反する ことが,公水法42条に反し,違法である,という主張は,そもそも主張自体 失当である。
また,昭和43年判決の趣旨からしても適用がない。
すなわち,43年判決は,法律による行政の原理を一定程度後退させても違 法な処分に対する私人の信頼を保護すべき場合の法理であり,私人が自己の権 利や法律上保護された利益を侵害された場合に,その回復を求めて提起する抗 告訴訟において形成された法理である。
一方で,本件代執行訴訟は,かかる私人の利益の保護を目的としない客観訴 訟であるから,そもそもかかる法理の適用がないのである。
意味で,そもそもかかる法理の適用の前提を欠く。
さらに言えば,本件承認処分及び取消処分の名宛人は国(防衛局)であって, そもそも埋立承認処分により埋立権を取得するとしても,かかる利益は,私益 ではなく,法律上保護された利益とは言えず,本件はいわゆる授益的行政処分 ですらないのであって(むしろ,周辺住民等に対しては侵益的行政処分ですら ある),授益的行政処分の取消制限法理の適用は,この意味でもありえない。
また,取消権制限の法理は,私人の信頼や行政への依存を前提とするもので, 本件承認処分及び取消処分の名宛人たる国には,私人と同様の行政への依存や, 信頼はありえず,かかる意味でも適用の前提を欠くものである(乙部哲郎『行
政行為の取消と撤回』P332,塩野宏『行政法Ⅰ[第五版]行政法総論』P170
)。
昭和43年判決の法理が「公水法の規定」にあたらない場合,本件の争点は, 正面から被告の取消処分が「公水法の規定」に反しているか否か,ということ になり,この場合,審理の対象が被告の取消処分の違法性判断なのか,仲井眞 前知事の承認処分の違法性判断なのか,そこでいう「違法」とはどういう意味 か,という点が問題となる。
また,次項で述べるとおり,仮に昭和43年判決の法理を適用すべきとして も,その適用の前提として,取消処分が違法であることが先に審理されるべき であるから,いずれにせよ,昭和43年判決の法理適用後の利益の比較衡量に ついての議論は後に回る。
3 昭和43年判決を仮に適用する場合の審理の順序について
原告は,瑕疵の有無にかかわらず「処分の取消によって生ずる不利益」が上 回るから違法との主張を行う(訴状P11乃至12)。
仮に,昭和43年判決が代執行訴訟に適用があるとしても,同判決は,原処 分の瑕疵の存在を認定した上で,その瑕疵を是正する必要性とその場合に生じ る不利益を比較衡量しているのであり,裁判所は,原処分に瑕疵があったとす る被告の判断の適否の判断を先に判断しなければならない。
瑕疵の有無・その重大性が認定されなければ,そもそも比較衡量すらできな いからである。
したがって,瑕疵の有無にかかわらず「処分の取消によって生ずる不利益」 が上回るから違法との原告の主張は暴論であって,採用しえない。
4 「法令の規定若しくは…処分に違反する」の意義
次に,どのような場合に,被告の取消処分が「違法」と判断されるかについ て,被告は,地方公共団体の自治を保障する観点から国の関与を最小限とすべ きとされている国と地方公共団体の関係のもとにおいて,代執行の命令の要件 となる違法とは,重大かつ明白な違法に限定されるべきであると主張し(被告 第1準備書面P45乃至47),原告はこれを争う(原告第2準備書面P19, P60乃至63)。
この点について,改めて裁判所に対して,地方自治の理解を求める趣旨で, 以下,主張を補充する。
結論としては,被告の取消処分に重大明白な違法がある場合に初めて法令の 規定に違反するものと判断されるべきである。
⑴ 代執行等の制度趣旨
周知のように,平成7(1995)年の衆参両院の地方分権決議によって 地方分権改革が始まった。
平成10(1998)年5月,政府は,「地方分権推進計画」を閣議決定 し,「国と地方公共団体との関係について,地方自治の本旨を基本とする対 等・協力の新しい関係を築くため,機関委任事務を廃止することとし,次の 措置を講ずる。」として,地自法(以下「地自法」という。)等の改正措置 を定め,地方分権一括法による改正において,機関委任事務制度の廃止に係 る具体的な法的措置が講じられることとなった。
そして,平成11(1999)年の地自法改正で,地方分権改革は,一定 の成果をあげることとなった。
すなわち,同改正においては,国の包括的な指揮監督権(許認可権,訓令 権,監視権,取消停止権等)に基づく関与を可能としていた機関委任事務制 度が廃止されるとともに,国の地方公共団体に対する関与の法定主義(地自 法第245条の2)及び関与の必要最小限度原則その他の関与の基本原則( 地自法第245条の3)が定められた。
この改正により,一般法としての地自法において関与の基本類型が限定的 に列挙されるとともに(地自法第245条),個別法としての地自法におい てこの関与の基本類型から選択し,直接地自法に基づいて行うことができる 関与を列挙することによって(地自法第245条の4から第245条の8ま で),地自法上の関与法制が確立されたのである。代執行等(地自法245 条の8)は,上記関与法定主義の規定等と同様,機関委任事務廃止に伴う法 的措置の一つとして,改正前の地自法151条の2の長に対する職務執行命 令に関する規定が削除され,法定受託事務に関して「代執行等」として新た に定められたものである。
法による改正前の職務執行命令の制度に準じるものの,「改正前の制度は, 国の機関委任事務の管理又は執行についての法令違反等がある場合の矯正手 段として位置付けられていたが,改正後においては,新しい国と地方公共団 体との関係の一つとして位置付けられているものである。」とされている( 松本英昭『要説地自法(第九次改訂版)』ぎょうせい662頁)と説明され るとおり,国と地方公共団体の関係性の点において,職務執行命令制度とは 根本的に意味合いが異なる。
すなわち,改正前の職務執行命令制度は,国と地方公共団体が上級下級の 関係であることを前提としていた。一方で,代執行等は,国と地方公共団体 が地方自治の本旨を基本とする対等・協力の関係にあることを前提としてい る点で,その制度趣旨が全く異なるのである。
⑵ 法定受託事務の意義
職務執行命令制度と代執行等の制度の違いは前述したとおりであるが,各 制度の違いは,前提とする事務が,機関委任事務と法定受託事務という点で 異なるという観点からの説明もできる。
法定受託事務とは,「国が本来果たすべき役割に係るものであって,国に おいてその適正な処理を特に確保する必要があるもの」(地自法2条9項1 号)と定義されるものであるが,前提として,機関委任事務が「国の事務」 であるとされていたのに対し,法定受託事務は,あくまで「地方公共団体の 事務」である。
地方分権改革により,機関委任事務が廃止されたのは,国と地方公共団体 の関係を,上下ではなく,対等・協力の関係として再構成することに主眼が おかれたものである。
ついては,原則として,地方公共団体による権限の行使を尊重しなければな らないことは大前提であり,改めて確認されるべき点である。
⑶ 代執行等にいう「法令違反」の具体的内容
前述の代執行等の制度趣旨,法定受託事務の意義に照らせば,国が法定受 託事務の管理執行について地方公共団体に対して関与が許されるのは,県知 事による事務の管理執行が,当該法定受託事務の根拠となる法律の趣旨や目 的に照らして違法である場合で,かつ,本来果たすべき役割とされる国の立 場から,その違法状態が当該法に基づく事務の管理執行として看過できない 状況であり,適正な処理を特に確保すべき必要がある場合に限られるものと いえる。
また,行政処分には公定力が認められるところ,地方自治体と対等・独立 である国が,単に取り消うべき瑕疵があるに過ぎない場合に,代執行を行う ことができるとは解せず,ここでいう「違法」とは,重大明白な違法に限ら れる。
5 「法定受託事務の管理若しくは執行」の適法性に関する審理の対象
次に,本件においてその適法性を審査すべき「法定受託事務の管理若しくは 執行」について,原告は原処分に裁量逸脱・濫用がないかが判断されるべきと し(原告第2準備書面P18乃至19,P60乃至63,P68),被告は, 本件承認取消処分それ自体に裁量逸脱・濫用がないかが判断されるべきとする (被告第1準備書面P44乃至46,被告第3準備書面P24乃至25,被告 第4準備書面P32乃至33)。
この点は,議論の混乱があると思われるので,若干補充する。
また,その違反が問題となる「法令の規定」が公有水面埋立法の規定である ことも争いがない。
したがって,裁判所が判断をすべきなのは,被告の公有水面埋立承認処分取 消処分が「公有水面埋立法の規定」に反して違法であるか否かである。
この点について,昭和43年判決の法理を本件に適用した場合でも,まずは, 「仲井眞前知事の承認処分の要件充足性」が審理の対象となる。
ただし,この点についての判断は,既に要件裁量を有する被告によりなされ ているため,司法機関がこれを判断する場合には,被告の「仲井眞前知事の承 認処分の要件充足性の判断」に誤りがないか,という形で問題になる,という のが被告の主張である。
その上で,仮に昭和43年判決が本件に適用されるというのであれば,いか なる対立利益を,どのような基準で考慮すべきかはともかく,比較衡量の問題 となるのである。
要するに,仲井眞前知事の承認処分の要件充足性の判断についての要件裁量 の議論と,昭和43年判決の制限法理の適用後の利益衡量についての議論が混 同されているから議論が混乱しているのであって,まずはこれを明確に分けな ければならない。
その意味で,原告が,法的安定性の見地から取消権の裁量はないなどとして (そのような根拠が妥当するのは,昭和43年判決の制限法理の適用後,対立 利益との利益衡量についての裁量であろう),仲井眞前知事の承認処分につい て裁量統制手法を議論するのは,意図的なすり替えと言わなければならない。 そもそも,処分庁が法律上の根拠なく自庁取消を行うことができるとされる のは,取消処分が,原処分の根拠法規がかかる原処分について処分庁に与えて いる権限と裏腹の処分だからである。
権を行使できるのである。
都道府県知事が,埋立承認処分の要件充足を判断する裁量を有していること には原告と被告間で争いがない。
被告には,論の帰結として,既になした埋立承認処分の違法性(つまり,要 件充足の判断)を判断する要件裁量が当然存在する。
この要件裁量は,公水法が都道府県知事に与えている埋立承認の要件裁量と 全く同じものだからであり,これを否定する根拠は何もない(原告の主張する 法的安定性云々が妥当するとしても,それは,あくまで昭和43年判決の法理 に基づいて制限されるか否かという場面の裁量である)。
なお,昭和43年判決は,「違法ないし不当」な場合にも行政庁が取消処分 を行なえる旨判示しているが,かかる判示からしても,自庁取消を行う行政庁 に,少なくとも対立利益との比較衡量以前に,原処分の瑕疵の有無の判断につ いては,裁量があることは明らかである。
被告は,仲井眞前知事の承認処分を違法であると判断したが,かかる判断は 被告自身の公水法4条所定の要件についての要件裁量に基づくものである。 一方,裁量統制手法が問題となる場面は,行政庁の裁量処分を事後的に司法
機関が審査する場合であり,その趣旨は,非常に端的に言えば,「当該処分を 行った」行政機関の専門的判断や政策的判断に対する,「司法機関」の判断の 抑制である。
ところで,被告が仲井眞前知事の承認処分の公水法該当性を判断するのは, あくまで行政庁としての判断であり,被告は司法機関ではない。
したがって,かかる判断の際に,被告が,仲井眞前知事の裁量を,あたかも 裁判所が行政庁の判断を事後審査する場合のように尊重する理由は何もない。 単に,自己の要件裁量に基づいて,仲井眞前知事の要件審査に判断を代置し
て判断すればよいだけのことである。
分の違法性であり,言い換えると,被告の「仲井眞前知事の承認処分の要件充 足性の判断」の違法性である。
この場合は,埋立承認処分の要件充足性について都道府県知事に裁量が認め られている以上,当然,取消処分の処分庁である被告の裁量を尊重しなければ ならない。
被告の要件裁量が仲井眞前知事の承認処分の違法性を事後的に判断する形で 行使されているため,入れ子構造のようになってわかりにくくなっているだけ で,この点の原告の主張は,(裁判所による)被告の判断の違法性判断の具体 的内容,すなわち(被告による)仲井眞前知事の承認処分の違法性判断を,あ たかも(裁判所により)仲井眞前知事の承認処分の違法性判断がなされなけれ ばならない(したがって,裁量統制手法が議論される)かのように主張してい るに過ぎない。
裁判所が仲井眞前知事の承認処分の裁量を尊重する形で裁量統制を行うこと は,司法機関が,違法判断の対象たる取消処分の処分庁である被告の裁量を逆 に狭く見る,すなわち処分庁の裁量を尊重どころか逆に軽視する結果になるの であって,このような裁量統制手法を肯定する根拠は何もなく,このような学 説,裁判例は一切存在しない。
以上を前提に,次に,被告の「仲井眞前知事の承認処分の要件充足性」(つ まり,原処分の違法性,その程度)についての判断の違法性をどのように判断 すべきかが問題となる。
その上で,昭和43年判決の要件についての裁量の有無が問題となるが,こ の点については,後述する。
6 1号要件,2号要件における裁量統制
から,裁量は相当程度広範に認められ,裁判所による裁量統制密度は低くなる ものと主張する(原告第1準備書面P13)。
また,2号要件については,専門技術的な知見を踏まえた価値判断を含むた め,相当程度広範な裁量が認められつつも,政策的見地からの判断ではないた め,1号よりは幾分司法統制の密度は高いと主張し,具体的には,基礎となっ た重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠き,又は事実に 対する評価が明らかに合理性を欠くことや,判断の過程において考慮すべき事 情を考慮しないことによりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くも のと認められる場合に限り,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものと して違法となる,と主張する(原告第1準備書面P13乃至15)。
これに対して,被告は,翁長現知事の裁量を念頭に置いた上で,かかる主張 自体については積極的に争うものではない。
しかし,本件においては,通常の主観訴訟における,司法機関による行政に よる判断の尊重という観点からの裁量統制に加えて,地方自治体の利益にかか わる裁量の行使である,という点が重視されなければならない。
すなわち,上述したような代執行制度や法定受託事務の趣旨に照らせば,あ くまで対等である国が地方自治体の事務である法定受託事務を代執行するのは, 極めて例外的に認められるものであり,かかる観点から,翁長現知事の裁量は 尊重されなければならないことを再度強調しておく。
また,2号要件の裁量統制については,そもそもその趣旨に照らせば,翁長 現知事の裁量を統制する場合においては,緩やかに解釈すべきである。
すなわち,2号要件について専門的技術的判断であるから尊重すべきという のは,環境の重要性に鑑み,これを保全することができているか否かについて 専門的技術的判断を行うものだからである。言い換えると,環境の保全が行わ れるべきという方向で1号要件よりも裁量統制は厳しいということになる。
公有水面埋立法4条2号が景観利益等「埋立がなされることによって生じる不 利益(私益)を考慮できる構造」であることを指摘の上でより審査密度の高い 「判断過程の統制」が要請されるとしているのであるから,裏を返せば承認の 取消によって生活環境・自然環境が保全される方向での考慮はより広範な裁量 判断でよいと考えるべきである。
なお,原告と被告間では,1号要件について国防外交事項を考慮できるか, 2号要件についていわゆる上物論の採否といった内容に立ち入った争いがある が,ここでは立ち入らない。
被告の主張としては,従前の主張どおりであり,国防外交事項についても, 1号要件の限度で考慮することができ,上物論は,現在は取りえない法理論で ある。
7 昭和43年最高裁判決の取消制限を適用した場合の審査とあてはめ
以上の検討を踏まえて,被告の「仲井眞前知事の承認処分の要件充足性」の 判断に要件裁量の逸脱・濫用がなく,仲井眞前知事の承認処分が違法であると 判断されると,被告の主張としては,昭和43年判決はそもそも適用がない以 上,本件では,原告の取消処分に公水法の規定違反は存在せず,本件請求は理 由がないとの結論に至る。
一方で,仮に昭和43年判決を適用した場合には,どのような審査基準で, どのような利益を比較衡量すべきかが次の争点となる。
⑴ 取消制限を審査するとした場合の審査基準と対象
仮に,本件において,43年判決のとおり,取消権が制限され,かかる制 限法理違反が何らかの意味で公水法の規定に違反すると評価されるとしても, その場合の審査基準及び対象は以下のとおりである。
て生ずる不利益
この点について,原告は,処分による取消しにより生ずる不利益として, ①「普天間飛行場の早期移設が実現できないことによって,同飛行場の周 辺住民等の生命・身体に対する危険除去の速やかな実現ができなくなる不 利益」,②「我が国が受ける日米間の外交上,防衛上,政治上,経済上等 の有形無形の膨大な不利益」,③「国際社会からの信頼低下などの我が国 が受ける不利益」,④「沖縄県の負担軽減を進められなくなる不利益」, ⑤「普天間飛行場返還後の跡地利用によって得られたはずの…経済効果が 得られなくなり,宜野湾市,ひいては沖縄県の経済発展が阻害される不利 益」,⑥「埋め立て事業のために、平成 18 年度から平成 26 年度末までに 当初契約金額で約 900 億円もの契約を締結し、そのうち約 473 億円を既に 支払っており、これが無駄になるほか、…契約済額の一部(金額未確定) も無駄になるおそれがある経済的な不利益」,⑦「被告は上記各不利益に 対する緩和措置を何ら講じていないので,これらの不利益は減少すること なく依然として国及び国民に有形無形の膨大な負担を課す」とする(訴状 P11乃至12,P18乃至19,41乃至58,原告第1準備書面P6 乃至9,原告第2準備書面P72乃至73)。
一方で,被告は,そもそもこれらの利益のうち,⑥以外は昭和43年判 決の比較衡量の対立利益とはなりえないと主張する(被告第4準備書面P 9乃至13,P29乃至30)。
結論から述べると,仮に昭和43年判決を適用するとしても,同判決に おいて,処分を取り消すことによる公益と比較衡量すべき利益は,処分の 名宛人の利益に留まり,無限定な利益の比較衡量が求められることはあり
えない(東京高判 H16.9.7 訟月 51.9.2288 の判示,塩野宏『行政法Ⅰ[第
五版]行政法総論』P171等を参照)。
係者の利益」を衡量することが許されるのは,同判決の事例のように,処 分の根拠法規がかかる利益を衡量することを求めている場合に限られる(
ちなみに,最判 H6.2.8 民集 48.2.123 は,取消しの効果を第三者に主張す
ることが許されないと判断を行っており,名宛人に対する取消しの制限法 理の適用の問題と,「関係者」の利益とを明確に区別している:同判決調
査官解説P100以下参照)。
本件では,被告が縷々主張する利益は(⑥の処分の名宛人としての利益 を除き),公水法が保護している利益でもなければ,埋立権の設定により 生じる法律関係でもないのであるから,公水法がかかる利益を衡量するこ とを求めているものとはとても考えられない。
結局,本件で昭和43年判決の法理を適用するとしても,そこで取り消 すことによる公益と衡量されるのは,上記に上げられた利益の中では,⑥ の利益だけであり,それ以外の利益との衡量を求める被告の主張には理由 がない。
(イ) 取消制限を審査するとした場合の審査基準
この点については,従前明確に主張していなかったため,以下で,仮に 取消制限を審査するとした場合の審査基準がどうあるべきかについて述べ る。
上記のとおり,仮に昭和43年判決の法理の適用があるとしても対立利 益として考慮されるのは,事業者としての利益のみであり,これと取り消 すことによる利益を比較しなければならない。
この場合は,東京高判 H16.9.7 訟月 51.9.2288 が挙げる考慮要素を考慮
して,比較衡量を行うべきであり,その比較衡量の在り方についての詳細 は,被告第4準備書面P16以下で述べたとおりである。
衡量することが許されるとした場合,このような比較衡量を許すのであれ ば,もはや昭和43年判決とは別の法理としか言いようがなく,対立利益 に重点を置いた昭和43年判決と同様の比較衡量はありえない。
昭和43年判決は,あくまで,私人の信頼や行政への依存を前提として, 私益を保護するために法律による行政の原理を後退させた法理であって, 対立利益が公益の場合は,端的に公益同士の比較衡量に過ぎないのである から,取消すことにより生ずる不利益にウェイトを置いた比較衡量ができ ないからである。
1999年の地自法改正の趣旨,法定受託事務の趣旨は,上述したとお りであり,かかる趣旨及び法律による行政の原理が正面から国には妥当す ることからすれば,仮に昭和43年判決を本件に適用するにしても,せい ぜい「公益を害する場合」には取消処分が許されると考えるべきである。 なお,この点について,被告に要件裁量が認められるのか,という点が
問題となる。
従前,明確に1号要件,2号要件の要件裁量と区別して主張していなか ったが,結論から言えば,当然被告には裁量が認められる。
けだし,かかる点の比較衡量は(特に,公益の比較ということであれば 尚更),優れて政策的判断であって,まずもって被告の裁量に委ねられる べきだからである。
イ 「取消によって生ずる不利益」
詳細は引用した準備書面のとおりであり,本準備書面では立ち入らない。 ただし,被告第1準備書面P238乃至283,P303乃至308で
触れた,基地の過重負担等について,憲法違反であるという主張と同時に, 比較衡量において考慮される不利益としては,憲法論を経ずとも,当然に 沖縄県には過重負担による不利益があり,かかる解消のためにも,取消し が必要であるという文脈においても主張する。
結論としては,本件においては取消しが制限される場合にあたらず,被 告の取消処分は適法である。