労働経済学2(第3回)
広島大学国際協力研究科
川田恵介
インセンティブ報酬の“コスト”
• エージェントに適切な貢献水準を選択してもらうには、 組織の利得とエージェントの報酬を連動させる必要が ある(成果報酬)。
• 連動を非常に強くし、エージェントの目的とプリンシパ ルの目的を一体化することで、最適な貢献水準が実 現可能(エージェントのプリンシパル化)
• 現実の成果報酬はそこまで強く連動していない。⇒な ぜか?
リスクプレミアム
・リスク回避的労働者: を嫌う 例(くじ、買うならどっち?)
どっちの報酬体系で働きたい? 報酬体系A
50%で40万円 50% で0
期待報酬
50%×40万円+50%
×0円=20万円
報酬体系B 確実に20万円 リスク(所得変動)
期待効用
• リスクのもとでの労働者の効用を、期待効用と呼ぶ。
• 代表的な定式化は、期待効用=ある事象が生じる確 率×事象が生じた場合の効用を、すべての事象に対 して足し合わせたもの
• 報酬Aの場合、労働者の期待効用は、 ×報 酬40万円の効用+ ×報酬0万円の効用
• 報酬がwのときの効用を、�(�)で表すと、期待効用Eu は、
50%
50%
リスク回避的な個人
効用
所得
• 所得の限界効用は
0 1万円 20万円 40万円
�(�)
リスクプレミアム
• 確実にもらえる報酬(報酬B)が、報酬Aの期待値に比 べて、何円安ければ報酬Aを選ぶか?
期待値の差額=
• リスクを軽減することに対する個人の支払意思額 リスクプレミアム
リスクシェアリング
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• 相対的にリスクをより嫌う主体からあまり嫌わない主 体へのリスクの移動
リスク中立的な主体
(例)保険会社 雇用主
リスク回避的な主体
労働者
リスクシェアリングVSインセンティブ
の観点
エージェントの貢献水準を高めるためには、組織の総余 剰とエージェントの報酬額の連動を強める必要がある。
の観点 エージェントがプリンシパルに比べリスク回避的ならば、 組織の余剰とエージェントの報酬額の連動を弱める必要 がある。
VS(トレードオフ)
基本モデル
• プリンシパルとエージェントが組織を形成している。
• エージェントが貢献水準(0か1)を決める。貢献水準が0 の場合は貢献費用も0、貢献水準が1の場合は貢献費 用cが発生する。
• 努力した場合の組織の利得は、確率�1で�ℎ、確率 1 − �1で��、 (�ℎ > ��)。
• 努力しなかった場合、確率�0で�ℎ 、確率1 − �0で ��
• �1 > �0かつ�ℎと��の差は十分に大きいものとする。
努力が観察可能なケース
• プリンシパルは、 に応じ て報酬を決定できる。
報酬スケジュール
• プリンシパルはどのような報酬スケジュールを提示する か?
�ℎ ��
貢献水準1 �1ℎ �1� 貢献水準0 �0ℎ �0�
IC条件とIR条件
IC条件
エージェントが貢献水準1を選ぶ条件は、
• � � :報酬がwで合ったときの効用
IR条件
外部機会をAとすると、貢献水準1を選ぶ場合、
リスクシェアリングの効果
エージェントが ならば、利得に依存しない賃 金体系を提示すると、期待報酬額が一定であったとしても、 期待効用が高まる。
• プリンシパルはリスク中立的であるとする。
• 期待報酬額を変えずに、IC条件、IR条件ともに満たしや すくできる。
最適な報酬契約
• エージェントに貢献水準1を選ばすことのできる賃金契 約のなかで、プリンシパルの利得を最大にするものは、 以下を満たす必要がある。
1. 貢献水準0のもとでの報酬額�0ℎ, �1ℎをともに十分に小 さくする( の観点より)
2. �1ℎ=�1� = �ℎとし( の観点より)、 IR条件� �ℎ = �を満たす。
(結論)貢献水準が観察可能なケース
• 賃金は、組織の利得ではなく、 にのみ連動さ せることで、組織への貢献を引き出すことができる。
• 利得に連動させないことで、利得の変動を、リスク回避 的なエージェントではなく、リスク中立的なプリンシパル に負わせることができ、 が向上する。
• リスクシェアリングとインセンティブのトレードオフは
努力が観察不可能なケース
• 通常、プリンシパルがエージェントの貢献水準を直接 観察することには、多大な困難が予想させる。
• プリンシパルは、組織の利得のみを観察可能であり、 貢献水準は である、というケースを考察
する。
• このような場合、 (モラルハザー ド)が発生する。
努力が不可能なケース
• プリンシパルは、 にのみ応じて報酬を決定で きる。
報酬スケジュール
• プリンシパルはどのような報酬スケジュールを提示する か?
�ℎ ��
貢献水準1 �ℎ �� 貢献水準0 �ℎ ��
• 労働者が貢献水準1を選択する条件は、
⇒
努力を引き出すためには、組織の利得に十分に連動した 報酬体系( )が必要になる。
IC条件
IR条件
• エージェントが貢献水準1を選択する場合、
• エージェントがリスク回避的であるとすると、組織の利得 に強く依存した報酬体系のもとでは、リスクが大きく、よ り期待報酬額が高い、報酬契約を提示する必要がある。
⇒インセンティブを高めるためには、最適なリスクシェアリ ングを 。(トレードオフの発生)
最適な賃金設計
プリンシパルは、どのような場合に貢献水準1を引き出せ る(組織の利得に連動した)報酬を提示するか?
1)
(理由)高い貢献水準の便益が大きいため。
最適な賃金設計
3) ( が大きく、
�0が小さい)
(理由) �ℎ-��を大きくしても、リスクがあまり拡大しない ため。�1 = 1の場合、リスクは全く拡大しない。
�1 2)
(理由) 報酬の利得への連動を大きくしても、期待報酬額 が大きく増加しないため。
業績指標
• プリンシパルは組織の利得のほかに、業績指標も観察 できるとする(例、勤務時間、テストの点数)。
• もし業績指標のほうが、組織の利得よりも貢献水準へ の相関が高いとする。
• この場合、業績指標と組織の利得、どちらに連動させた 報酬を提示されるか?
• に連動した賃金契約を提示される。
• 精度の高い業績指標が利用できるならば、より業績指 標に連動する賃金契約が提示される。
業績指標の精度と報酬契約
まとめ
• インセンティブ報酬の在り方が問題になる背景には、 労働者の努力が直接観察できないことがある。
• インセンティブとリスクシェアリングの間には、トレード オフが存在する。
• 十分にエージェントの貢献水準と連動する業績指標が 存在する場合、成果主義的な報酬体系を取ることがで きる。