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第2章前半水谷 最近の更新履歴 近畿大学産業理工学部 飯島研究室(2011年度)

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(1)

第二章

日本の経済政策

0911160042

(2)

戦後経済の枠組みをつくった

経済民主化とドッジ・ライン

第二次世界大戦後

GHQ( 連合軍総司令部 ) により、

 農地改革と財閥解体を行った。

結果

農業の生産性は急速に上昇した。

若い経営者による厳しい企業競争を

(3)

戦後経済の枠組みをつくった

経済民主化とドッジ・ライン

(

)

1949年にドッジ特使が来日。

ドッジは復興金融金庫融資の廃止に

よるマネーサプライの大幅削減、均 衡財政原則の徹底と補助金制度など をした。

結果

最大の課題であったインフレーショ

(4)

ばらまき政治

高度経済成長のときは豊富な財源が

あり、ばらまきを可能にした。

そして、高度経済成長の原動力とな

 旺盛な投資意欲をもたらした。

しかし

現在「ばらまき政治」は

(5)

開発志向型

1970年代までの経済政策は、市

場経済への政府関与を特徴とする開 発志向型であった。

結果

効率的な輸出製造部門を核に日本経

済は高度成長を達成した。

しかし、産業発展と国民生活の

(6)

物価政策

大企業製品の企業物価指数の安定と、中小

企業製品の消費者物価指数の上昇 いわゆる

 生産性格差インフレーションと呼ぶ。

消費者物価の安定を国民は強く望んだが、

生産性格差インフレは解決されなかった 。

やがて

(7)

官僚主導の政策決定

国会の政策立案能力は低い。

主要な政策や多くの法案が官僚主導

で立案されてきた。

しかし、官僚主導だと目標が多様化

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