• 検索結果がありません。

帝国書院 | 高校の先生のページ 高等学校 世界史のしおり 2006年 4月号

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2018

シェア "帝国書院 | 高校の先生のページ 高等学校 世界史のしおり 2006年 4月号"

Copied!
5
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

− − − − 1.遊牧民のことをどこまで知っているか

 最近、モンゴル出身の大相撲の力士がテレビに 登場し活躍している。決して背は高くないが、下 半身が強健で、何より動きがよい。テレビで彼ら の国での相撲が紹介されることもあり、その映像 の中でモンゴルでの遊牧生活をのぞくことも可能 である。

 私たちは、稲作農耕による定住生活については 理解できる。しかし、移動を伴う遊牧民の生活に ついては漠然としたイメージしか描くことができ ない。その点で、遊牧民の生活と遊牧民の歴史を 理解するのにたいへん苦労する。

 今の生徒にとって、東西文明の橋渡しをする中 央ユーラシアについて知っていることは、ラクダ を利用して絹を運んだ絹の道(シルクロード)や、 モンゴル高原における騎馬民族、すなわち13世紀 に大帝国を築いたモンゴル帝国のことぐらいだろ う。中学校の歴史授業で習った、モンゴル人が中 国を征服する過程で日本にも攻めてきた元寇(蒙 古襲来)のことが記憶にあるかもしれない。  現行の世界史AやBの教科書でも遊牧民につい ての記述は多くない。生徒に遊牧民への理解を深 めてもらう意味で、遊牧民の暮らしぶりやオアシ ス農耕民との関係、騎馬民族の特徴と彼らの戦い 方、そしてその延長として遊牧民の興亡・変遷を 教えるのが、通常行われている授業ではないだろ うか。

 私も、①前7世紀の南ロシアで騎馬技術を磨い たスキタイ文化と、前3世紀以降、その騎馬技術 を受け継ぎ中国北辺を脅かした匈奴の台頭と分裂、 ②中国王朝の興亡に付随して展開される遊牧国家

の興亡、③モンゴル帝国の成立と発展、④トルコ 系民族の西方移動によって成立したセルジューク 朝やオスマン朝の成立を通して、ユーラシアの遊 牧世界の授業計画を立てている。

 では、実際どのような授業を行っているかを遊 牧民の生活や遊牧国家の興亡・変遷を見ながら、 順に説明していこう。「最新世界史図説タペスト リー 四訂版」や「明解世界史A 最新版」を活用 しながら授業案を示したいが、浅学ゆえ、認識不 足が多々あることをお許しいただきたい。

2.遊牧民の生活を教える

 遊牧民とは、財産である家畜とともに草や水を 追って季節ごとに一定地域を移動しながら生活す る牧畜民である。タペストリー p.105の図(下図) を活用して遊牧民の1年を眺めてみる。

 遊牧民は牧草地を 移動し、羊などを放 牧するため、騎馬の 技術を身につけるこ ととなった。そして 騎兵を組織して機動 力を高め、集団戦法 を編みだすなど遊牧 騎馬民族として成長 していき、やがて遊 牧国家を建国したのである。

 遊牧民は農耕地帯やオアシス都市と交流したり、 あるいは支配下においたりした。それは彼らの経 済が家畜に依存するという不安定な要素のうえに 成り立ち、時に暴力的な破壊や略奪を行うことが あったとしても、一般的には穀物や生活必需品な

遊牧世界のくらしと歴史を知る

神奈川世界史教材研究会

スト

リー

を使って

移動

移動

夏営地

冬営地

1月 2月 3月 4月

5

6 12

11

10月 9月 8月 7月

旧暦正月

越冬 家畜の出産  草が生える

保養

休暇 ヒツジの毛を刈る

ナーダム祭 ウマ  ウシ

ヒツジ

ラクダ ヤギ 調

(2)

− − − −

どを確保していく必要から、農耕民との良好な関 係や交易が必須であったからだ。

 こうした関係を生徒に理解してもらうため、授 業では、最初に遊牧民のくらしの図を示して具体 的に説明するようにしている。

 数年前、モンゴル高原を大寒波が襲い、遊牧民 は多くの家畜を失ったというニュースが伝わった。 そこで、これを切り口に彼らの生活が自然環境に よって大きく左右されることを生徒に理解させて いる。他に、家畜の世話や家畜の繁殖・乳搾りな ど多岐にわたる仕事があり、移動する生活は忙し い日々の連続であることも説明している。また現 在では定住化の傾向があることも説明している。  ゲルと呼ばれる移動式住居の内部構造なども紹 介する時間があれば話している。内部における座 席は、入口寄りにストーブが置かれ、その奥が主 人、入り口右側が女性・子ども、左側は男性・客 人の席。北奥の最上席にはチベット仏教の仏壇が 置かれる。そのほか血縁的な結びつき(世代間で 財産を引き継ぐだけの豊かさはない)なども関連 して教えることがある。

 そのような厳しい自然環境の中で、遊牧民と乾 燥地域に点在する都市のオアシス農耕民との関係 を重点的に教える。

 下の図を示して「交易」の解説を行い、共生と いう言葉を使うようにしている。

 遊牧民の特徴は、生活していくうえで交易が欠

かせないことである。遊牧生活では、ミルク・毛 皮・肉などを入手することは容易だが、穀類や高 度な工芸品を安定的に獲得することが困難である。 そのため、多くの場合、遊牧民の牧地の近辺には 定住民、とくに農耕民の居住が不可欠である。遊 牧民は移動性を生かして遠隔地交易品などを隊商 (キャラバン)によって運び、定住民と交易を行 うことで遊牧民の生活に必要なものを獲得してき た。

 自給自足生活を送っているような印象を受ける 遊牧民の牧畜も、ヤギやヒツジ、ウマといった商 品性の高い家畜の売買によって成り立ってきた部 分が大きいことを教え、家畜をむやみに殺したり はしないことも指摘している。

 一方、オアシスでは乾燥地域に適した灌漑施設 (カナート、フォガラ)による農業生産が行われ ている。小麦をはじめ野菜やなつめやしなど豊か な農産物を生産することが可能で、オアシス農耕 民は豊かな生産力が得られたことも気づかせる。  砂漠の中に点在する都市は、内部に市場(バザ ール、スーク)や隊商宿(キャラバンサライ)が 設けられ、商人や旅人を保護した。オアシス都市 がイスラームのネットワークに組み込まれ、旅人 を親切にもてなすことが行われていたことも解説 している。

 こうした都市間を結ぶ交易ネットワークを維持 するため、オアシス都市民の豊かさと遊牧民の軍 事力との共生関係が保たれていたことを生徒に考 察させる。

3.匈奴と漢帝国の抗争

 実際の遊牧民について考えてみよう。

 前7世紀に南ロシアの草原地帯にいたスキタイ が騎射や騎馬による集団戦法によって卓越した軍 事力を獲得し、アケメネス朝ペルシアを打ち破る までに成長した。前3世紀ころ、この騎馬技術を 受け継いだのがモンゴル高原の匈奴である。冒頓 単于は月氏を攻撃してオアシス地帯に勢力をのば し、しばしば中国に侵入し、建国まもない前漢と

羊・ヤギ・牛・馬・ラクダなどを飼育

衣・食・住を原則として家畜に依存

→皮製の乗馬服・フェルト製の ゲルなど

騎馬隊→強力な軍事組織

穀物・  生活用品

毛皮・肉・乳製品 隊商の警備 (交易の保護)

灌 施設をもち,定住農耕

 (カナート,フォガラなどの地下水路)  →小麦・うり・ぶどう・なつめやし・豆

商業の拠点

→市場(バザール)や隊商宿(キャラバ ンサライ)をもつ

かんがい

(3)

− − − −

対立・抗争した。結局、前漢は匈奴に対抗するだ けの力がないため、劉邦は和親策をとった。  武帝の時代にやっと反撃に出て匈奴をゴビ砂漠 に退かせた。なお、匈奴は、前1世紀には東西に 分裂、さらに東匈奴は1世紀半ばに南北に分裂し た。

 ところで武帝が張騫を西域に派遣したことで西 域事情が明らかとなり、漢の勢力拡大とともに内 陸アジアに点在するオアシス都市を繋ぐ東西交易 が活性化した。いわゆる遊牧騎馬民族の利用した 「草原の道」とともに、「絹の道」という交易ルー トが東西交渉の大動脈となったのである。こうし た動きを理解させるため、タペストリー p.104〜 105の「東西交易路」を利用している。

 授業では、下図を黒板に描いてもいいだろう。 黒板に描くことで空間的広がりを説明できる。地 図を描くのが不得手な先生もいるとは思うが、是 非チャレンジしてもらいたい。

 それとプリントに印刷して配るなら、作業ワー クもやらせてみたいところだ。地図を読むことが

苦手な生徒も増えてきているので、作業ワークを 授業に取り入れ、バリエーションをつけた授業を 展開するとよい。図に必要な事項を記入したり、 国名を記入させたり、あるいは絹の道をなぞらせ たりするだけでも生徒の理解を助けることになる だろう。作業はタペストリー p.9の「前2〜前1 世紀ころの世界」の地図を見ながらでよい。

作業ワークの一例

 1. 漢、ローマ帝国、大宛などの国名を空欄に しておき、書かせる。

 2.草原の道、絹の道をなぞらせる。  3.匈奴と漢の勢力範囲をふちどらせる。  4. サマルカンド、敦煌など地図中に記入させ

る。

 5.川名や山脈名など、書きこませる。

4.遊牧民の興亡をどのように説明するか

 6世紀半ばにトルコ系の突厥が中国東北部から

「明解世界史A 最新版」p.13 漢と匈奴

カシュガル ホータン クチャ

長安

西域諸国

プルシャプラ バクトラ

ホルムズ

トゥルファン ゴビ砂漠

アンティオキア

アレクサンドリア ローマ

サマルカンド

クテシフォン ビザンティウム

楼蘭 ロー ラン

トン ホワン

敦煌

玉門関∴ 南 匈 奴 北匈奴

匈奴

大月氏 ローマ帝国

パルティア 王国

モンゴル高原

ム ー

ガ ン ジ ス

ア ラ ビ ア

漢の最大版図 (前102年まで)

匈奴の最大版図 主要陸上交通路 海の道 張 の西域行路 長城

洛陽

絹の道 (シルク=ロード)

大宛

草原の道

海の道

0 1000km t④ 画が像ぞう石せきに描かれた

遊 ゆう 牧 ぼく

(4)

− 10 − − 11 − タペストリー p.20 〜 21 11 世紀ころの世界

内陸アジアにかけて勢力を広げた。サマルカンド を中心に交易に従事するソグド人を保護し、大帝 国を建国したが、唐の勢力が強まると突厥は衰退 していった。

 東突厥の支配下にあったトルコ系のウイグルが 成長し、安史の乱では唐を援助した。9世紀半ば、 ウイグルはタリム盆地に移動し、この地のトルコ 化が進んだ(トルキスタン)。

 10世紀にトルコ系のイスラーム政権(カラ=ハ ン朝)が誕生し、内陸のオアシス地帯はトルコ化 する。トルコ系民族は、後に西方へとさらに移動 し、セルジューク朝やオスマン朝を建国した。  一方、11世紀、遼の勢力下にあったモンゴル高 原では、遼の衰退とともに、モンゴル諸部族の勢 力争いがおこった。13世紀初め、これを統一した のがチンギス=ハンに率いられたモンゴル帝国で あった。

 このように時代順に生徒に解説する方法はあま り学習理解を高めない。時代と地域と移動とが生 徒の頭の中で十分整理できないからである。  そこで、私はタペストリー p.104の「遊牧民興

亡年表」を利用して説明を加えることにしている。 あるいは、この興亡図をもとに、時代ごとに民族 の移動を書きこませるなどの作業を行わせている。

(5)

− 10 − − 11 −

このほか、タペストリー巻頭にある該当の世紀を 見ながらの作業をさせている(遊牧民の興亡・変 遷が世紀ごとにていねいに示されている)。

5.モンゴル帝国の成立・発展をどう教えるか

 モンゴル帝国の成立と発展は比較的教えやすい。 生徒に多少の知識があることと、モンゴル帝国の 成立と発展を「世界の一体化」の前史としてとら えて説明すると、生徒の世界史的広がりへの興味 を抱かせることが可能だからでもある。

 私は3つくらいの視点で授業計画を立てている。

 ①遊牧民としてのモンゴル軍の強さ  ②陸上のネットワークと商業活動

 ③ 海上交易への関心と円環ネットワーク(世界 の一体化)

①遊牧民としてのモンゴル軍の強さ

 モンゴルは遊牧騎馬民族としての伝統をもち、 テムジンがクリルタイ(部族長会議)で選出され た背景は、そのたぐいまれな統率力によるところ と遊牧民の徹底した実力主義によるところが大き い。

 騎馬民族の軍事力は、直属の親衛隊が存在し、 千戸制という軍制によって集団戦法を駆使してい た。また強い敵とはまともに戦わず、指導者間の 交渉で解決したり、巧みな情報戦略を用いたりし ていた。

②陸上のネットワークと商業活動

 大帝国を建設できた背景には、交易に従事する 商人や旅人の安全確保への期待があった。諸地域 で分立・割拠する状態では、治安が悪くなり、高 額な通行税を徴収されるなど商業活動には不都合 が生じるため、商人たちは軍事的な統一と秩序の 維持を求めた。

 帝国成立後、全土をおおう駅伝制が整備され、 安心して旅行ができるようになると、商業活動も 一段と活性化した。

 クビライ(フビライ)の元は商業重視の立場か

ら実力や能力による人材登用を行い、西方出身の ソグド人やムスリム商人を重用した。

 商業活動が活性化していく中で、「オルトク」(仲

間・組合の意)と呼ばれる企業グループが登場し、 資本主義的な傾向も見られた。モンゴルは遊牧民 ゆえに生産活動に不慣れの面が強いが、そのかわ り「オルトク」による商業活動を重視することで 帝国の経済力を高めた。

③ 海上交易への関心と円環ネットワーク(世界の 一体化の前史)

 元が黄河と長江間の運河を整備して大都への物 資の流通を図ったことは、よく知られている。こ の結果、大都を基点に「陸の道」と「海の道」が つながり、いわゆるユーラシア大陸を円環状に結 ぶ一大交易圏が成立したことになる。この円環ネ ットワークは、16世紀以降の「大航海時代」(世 界の一体化)の前史と見る。つまり陸の道と海の 道が結びつけられたことでイスラームネットワー クがより広範囲に広がり、元の商業重視の政策と も重なって、中国沿岸の都市(杭州、泉州)を繁 栄させ、17世紀にいたるアジアの商業活動を高め ることにもなったからである。

 以上、3つの視点からモンゴル帝国の成立と発 展を眺めてみたが、これ以外にも様々な見方はあ ると思う。

6.新研究を授業に生かそう

 最近の研究成果はめざましいものがあり、ダイ ナミックに世界史を理解させたいと思う立場から すれば、遊牧民が建国したモンゴル帝国は魅力的 な学習単元の一つである。

参照

関連したドキュメント

キャンパスの軸線とな るよう設計した。時計台 は永きにわたり図書館 として使 用され、学 生 の勉学の場となってい たが、9 7 年の新 大

子どもたちが自由に遊ぶことのでき るエリア。UNOICHIを通して、大人 だけでなく子どもにも宇野港の魅力

高さについてお伺いしたいのですけれども、4 ページ、5 ページ、6 ページのあたりの記 述ですが、まず 4 ページ、5

) ︑高等研

・私は小さい頃は人見知りの激しい子どもでした。しかし、当時の担任の先生が遊びを

●生徒アンケート質問 15「日々の学校生活からキリスト教の精神が伝わってく る。 」の肯定的評価は 82.8%(昨年度

 講義後の時点において、性感染症に対する知識をもっと早く習得しておきたかったと思うか、その場

①中学 1 年生 ②中学 2 年生 ③中学 3 年生 ④高校 1 年生 ⑤高校 2 年生 ⑥高校 3 年生