• 検索結果がありません。

公開中の記事 安田洋祐の研究室 SYNODOS 2012Nov

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2018

シェア "公開中の記事 安田洋祐の研究室 SYNODOS 2012Nov"

Copied!
15
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

社会を変える新しい経済学 ( ※ )

荻上チキ

× 安田 洋祐

初出: 2012 年 11 月

※ 7 月 30 日三省堂書店神保町本店

『日本の難題をかたづけよう』刊行イベント収録 (構成 / 編集部・宮崎直子)

■マーケットデザインとは何か

荻上 安田さんは『日本の難題をかたづけよう』(SYNODOS 編,光文社新書) の 一章で,「マーケットデザイン」の可能性について書かれています.そこでは新しい 経済学的な思考法が,今後の日本の社会問題を解決するために非常に重要なもの だと論じています (付記:この後,ハーバード大のアルビン・ロス教授とカリフォ ルニア大のロイド・シャプリー名誉教授がノーベル経済学賞を受賞し,マーケット デザイン理論はますます注目を集めています).

今日は,現在の経済学,特に安田さんが専門とされているミクロ経済学が持っ ている可能性,あるいはすでに実践されている現場の知恵についてお話いただく と同時に,今後必要な経済学の活用法といったものを伺いたいと思います.まず は簡単に,マーケットデザインとは何かについて,ご説明いただけますか.

本稿はシノドスジャーナル (2012/11/5・6 日) に掲載された「社会を変える新しい経済学 安 田洋祐×荻上チキ」(前編・後編) を転載したものです.

おぎうえ・ちき — 1981 年生まれ.評論家・編集者.「シノドス・ジャーナル」,メールマガジ ン「αシノドス」編集長.著書に『ネットいじめ』(PHP新書),『社会的な身体』(講談社現代新 書),『いじめの直し方』(共著,朝日新聞出版),『ダメ情報の見分け方』(共著,生活人新書),『セッ クスメディア 30 年史』(ちくま新書),『検証 東日本大震災の流言・デマ』(光文社新書),編著に

『日本を変える「知」』『経済成長って何で必要なんだろう?』『日本思想という病』(以上,光文社 SYNODOS READINGS),『日本経済復活 一番かんたんな方法』(光文社新書),共著に『社会運動 の戸惑い』(勁草書房) など.

やすだ・ようすけ — 1980 年東京生まれ.政策研究大学院大学助教授.2002 年東京大学経済学 部卒.2007 年米プリンストン大学より Ph.D.(経済学) 取得.同年 8 月より現職.専門はゲーム理 論,産業組織論,マーケットデザイン.編著書に『学校選択制のデザインゲーム理論アプローチ』 (NTT出版,2010).学術論文多数.『東洋経済』(10/15 発売号) 新連載「学問の現場から 2012」「イ ンセンティブの作法」開始.

(2)

安田 『日本の難題をかたづけよう』というとても意欲的なタイトルがついてい ますが,今の日本の経済問題を解決してくれるものすごい知恵が書かれているの かと期待して,実際に本書を手にとっていただいた方はちょっとガッカリするかも しれません (笑).でも,このことがある意味,今の経済学の状況を表しているよ うに思います.

「日本経済はこう立て直せ」だとか,「金融危機はこう解決しろ」といった経済 書が,書店にはあふれています.あるいは,日々の報道などでもそうした意見を 多々,目にします.ところが,そこにはあまり意見の一致が見られないし,劇的な 処方箋もあるようには思えない.逆にいうと,もしも多くの専門家が勧める有効 な処方箋があれば,ここまで状況は深刻にはなりません.

複雑なマクロ経済現象に対して,これをやれば必ずうまくいく,こうすれば景 気は良くなる,といったバラ色のストーリーが描けるほど,経済学の理解は進ん でいません.まだまだ分からないことがたくさんある.一方で,もう少し細かな 問題を切り取って分析するミクロ経済学の分野では,この二十年ぐらいでいろん なことが分かってきているんですね.僕が担当した一章で取り上げたマーケット デザインは,そうした領域の最前線の学問です.

マーケットデザインというのは,ゲーム理論を用いた,従来とは違う新しい経 済学のアプローチで,具体的な制度設計や政策提言につなげていく分野です.日 本ではまだほとんど認知されていませんが,研究が最も積極的に行われているア メリカですら,一部の専門家の間でしか詳しくは知られていません (付記:ノーベ ル賞の発表直後はさすがに認知度が急上昇しました.これが一過性のブームに終 わらずに,続いていくことを願っています).

■腎臓交換メカニズム,制度の抜け穴

荻上 マーケットデザインの実践例として,具体的にどのようなものがありますか. 安田 規模の大きい応用例は今のところ次の四つがあります.「周波数帯オークショ ン」「研修医マッチング」「腎臓交換メカニズム」「学校選択制」.その中で「腎臓 交換メカニズム」に,最近ちょっと動きがあったので,書籍に取り上げていない部 分をお話します.

本を読んでいない方のために,まずは「腎臓交換メカニズム」とは何かを簡単 に説明します.生体間で移植が行われる腎臓の臓器移植ですが,腎臓病を患うと 自分のパートナーや家族から臓器提供を受けようとする場合が多いです.そこで 問題になってくるのが,血液型に代表される適合性です.患者と臓器が適合条件 に合致しないと,拒絶反応を示してしまって移植自体ができなくなります.

すると,「移植をしたいのに提供できない」「移植を受けたいのにできない」とい うミスマッチが発生する.実際に,世の中にはそうした不幸な事例がたくさん存

(3)

在します.そこで経済学者たちが不幸なペアを集めて適合条件が合うよう組み合 わせを換え,腎臓移植を円滑に行うための制度設計を考えたわけです.

現実にこの仕組みが,アメリカの病院で取り入れられはじめているのですが,い ざ制度を走らせてみると困った事態も生じているようです.先日オーストラリア の学会で,この腎臓交換メカニズムをデザインしたハーバード大学のロス教授の 講演を聞いたのですが,こういった臓器交換メカニズムを使うと一見うまくいき そうに見えるものの,各病院の参加や協力を強制できないことから,次のような 問題が発生してしまったらしいのです.

個々の病院は,自分たちだけで簡単に臓器移植ができるような患者に関しては, この便利な仕組みを使わなくても済む.その一方で,自分たちではなかなか臓器 提供者を見つけられない場合に,こういうメカニズムを積極的に利用しようとす る.結果的に何が起こったかというと,移植が難しい患者とドナーのペアばかり がロス教授たちの作った制度に集まってしまったんですね.そうすると,せっかく の交換メカニズムを使っても,なかなかうまくマッチングを組ませることができ なくなってくる.ある種,モラルハザードのようなことが起こっちゃったんです.

今の段階ではまだ失敗には至っていないのですが,法律的な対応を含めてもう 少し巧妙なメカニズム設計をしないと,なかなか移植の連鎖が起こらないという のが現状のようです.病院が自発的にメカニズムに参加するかどうかを決める,と いうところまで考えたうえで,いかにメカニズムを設計するか.そこまで広く考 えて制度の抜け穴を詰めていかないと,こうしたモラルハザードが出てきてしま う,という教訓になっています.

■実践行動経済学

荻上 リチャード・セイラー,キャス・サンスティーンの『実践行動経済学』(日 経 BP 社,2009) という本があります.この本では,人々の行動を統計的に把握し たうえで,最適なメカニズムの設計に近づけていこうというような議論が書かれ ていますね.

例えば,「交通事故を減らす」という課題があったとします.そのときに,多く の人の議論はどうしても,個人のマナーを底上げしようという発想になりがちで す.それに対して,道路の設計が間違っているから交通事故が起きやすいという 発想もありえます.実際,各地方自治体や省庁のウェブサイトに行くと,この道 路を云円で工事をしました,この工事をしたことによって年間何件事故が減りま した,といったようなデータが載っている.

道路工学,交通工学の知見に基づき,カーブミラーをどこに付けましたとか,道 路の真ん中の白線を取り払うことで,ドライバーが注意しながら運転するように しましたとか.あるいは事故が起きやすいところは衝材をより多めに置くことで, 死亡者数は減りましたとか,そういう試みは日常的に,当たり前に行われていま

(4)

す.このように人間心理の反応を組み込んだかたちでの外部環境への介入によっ て,不幸なケースを具体的に減らすことができる.

行動経済学だけに限らず,統計を駆使したり,ゲーム理論的な発想で問題解決 に取り組むミクロ経済学の応用可能性を,安田さんは多く紹介してくれています. 安田 そうですね.心理学で得られるような,従来の経済学とは違ったタイプの研 究成果や知見を活かして,それを経済分析に応用させようというものを広く「行 動経済学」と呼びます.心理学者はかなり泥臭い人間像を昔から扱っていて,そ の中でシステマティックに観察されるような思考や発想のパターンを,経済分析に 当てはめようというものですね.

いまチキさんのおっしゃった道路交通問題に関して,例えば,下り坂が始まる 前に「これから下り坂が始まります」という看板を置いておくと,実際にブレー キを踏んでもらいやすいというような,一定の行動パターンが心理学の研究で分 かっています.それを政策に反映してあげると,低いコストで大きな効果が期待 できる.

行動経済学の本はたくさん出ていますが,その多くは,伝統的な経済学では分 からなかったことが分かったとか,古典的な経済学は使えない,といった宣伝文 句をうたっています.しかし,実際に学問分野の最先端で行われている行動経済 学の研究は,対象となる人間像を拡張しながらも,従来の経済学と非常に近いこ とをやっています.

従来の経済学は消費や金銭的なリターンといった,狭い行動原理に従って動い ている人間像をしばしば分析してきました.行動経済学はそれを少し拡張して,自 分のことだけでなく相手の状況に応じて満足感が変化したり,自分と相手の取り 分ができるだけ均等化しているほうがハッピーになったり,という具合に個々人 の行動原理あるいはモチベーションを広げているわけです.その上で,より幅広 い経済現象を分析しようとしています.

『実践行動経済学』の原題は『Nudge』で「小突く」という意味なんですが,心 理学から得られた知見を活かすことで,ちょこっと人々を小突いてあげる.そう することで社会的に望ましい意思決定をさせる実践例がたくさん載っているんで すね.ただし,この手の行動経済学の実践にもろ手を挙げて賛成できるかといえ ば,そのあたりは微妙です.一橋大学の齊藤誠さんのように,この本のアイデア に共感して,行動経済学の知見は制度設計に使えると強く主張される方がいる一 方で,(僕も含めて) やや慎重な経済学者も多くいます.

どういうことか,もう少し具体的にお話しましょう.Nudge の一つの実践例と して,何か選択肢が与えられたときに,そもそも選ばれているデフォルトオプショ ンを人は選びやすい,という傾向が知られています.例えば「二つの選択肢Aと Bのうち,あなたはどちらがいいですか?」というアンケートがあったときに,す でにAに丸が付いていて,それを変えるとBに,そのまま変えないでいると自動

(5)

的にAになる,という聞き方になっていると,何も変えずにAを選ぶ人が統計的 にかなり増えるのです.

そうしたデフォルトオプションの癖を知っていると何ができるかというと,例 えばAを選ばせたいときには,あらかじめAに丸を付けておくんですね.変えた い人は変えなさい,変えたくない人はそのままにしておきなさい,というふうに する.参加者はいちおう選択の権限を与えられているから選んだ気にはなるんだ けれども,じつは知らず知らずのうちに,制度設計者によって彼らの思い描いた 結果へと誘導されているわけです.

これは「リバタリアン・パターナリズム」と呼ばれています.当事者は選んだ 気分になっていますが,実は行動の癖を見抜かれていて,それを巧みに利用した 制度設計になっている.ちょっと恐い話のような気はしますが,それを著者のセイ ラーとサスティーンは,積極的に活用する道があるという風にポジティブに捉え ています.

逆にネガティブ,あるいは慎重に捉えている人は,選択肢AとBを与えられた ときに,AをデフォルトオプションにするとAをたくさん選び,Bをデフォルトオ プションにするとBを選ぶことが分かっているとすると,真にその個人が選びた い選択肢がどちらなのか,少なくとも当人の選択行動からはよく分からない,と いうことを心配します.そもそも社会がなぜAを選ばせようとするのか,という 理由や根拠を,個々のメンバーたちの好みと直接結び付けて議論することができ なくなる.にも関わらず,勝手にAを選ばせてしまって良いのか,という点が気 になってくるわけです.

荻上 リバタリアン・パターナリズムは,外部の価値観のようなものとも関係し てきます.だから,「限定されているが,だからこそ良心的な選択肢」になってい るかどうかというのが,どうしても重要になりますね.

本当に人は自由に行動しているのかといったときに,やっぱり舗装道路をつく ればみんなそこを通りたがるだろうと想定している.あぜ道を通りたいってやつ もなかにはいるのかもしれないけど,あぜ道を通らないほうがだいたいの人がハッ ピーになるし,実は完全自由の状況よりも,それぞれの人の幸福度や満足度が上 がる.だから,そうした設計を事前に作り,人々の利便性を今よりも上げること によって,ある種の正義が確保できるんだって話になっているんですね.

ただ他方で,いまおっしゃっていただいたように,それはすごく環境にコミット メントする思想だったりするので,個人の意識はすべて括弧に括ったうえで,あ る種のモデルに押し込めた人間観になってしまうんじゃないかというような議論 は,どうしても出てくる.だけど,それをさらに批判するためには,そもそも行 動経済学とか統計的手法というのが何なのかということを知っておいて,「こっち のメニューのほうがいいだろう」という提示で応答しなくてはならない.なので, まずはその方法論みたいなものをシェアすることからじゃないと,議論がそもそ

(6)

も始まらないということにはなってしまいますし,リバタリアン・パターナリズ ムを否定することはできないでしょう.

■行動経済学のアノマリー

安田 もう一つ,意思決定のくせやゆがみのようなものに関連して,非常に単純 な例を挙げたいと思います.いま,オプションAとBのどちらかを選ぶと,それぞ れに書かれた金額を皆さんが受け取ることができると考えてください.オプショ ンAは四九×九四円.オプションBは五八×八五円.あっ,計算しちゃダメです よ.どっちがいいですか? Aがいいと思う人,手を挙げてください.

荻上 一〇分の三ぐらいですかね.

安田 Bがいいと思う人,手を挙げてください. 荻上 一〇分の七ぐらい.

安田 これ,計算すると明らかですが,Bのほうが金額は高くなっています (ちな みに,四九×九四=四六〇六,五八×八五=四九三〇).いったい何が言いたいか というと,こういった例は行動経済学のアノマリー (変則的事実) として出てくる のですが,このようにパッと質問をしたときに,計算するとBの金額が高いにも かかわらず,Aと答える人がいる.今も三割ほどいました.

重要なのはこの結果の解釈です.いまAに手を挙げた人たちが,あえて少ない 金額を望んでそうしたのかというと,おそらく違うわけです.パッと選択肢を出 されると,計算が難しいのでAとBのどっちが大きい値なのか分からない.どう せもらえるんだったら金額が高いほうがいいと思っているにもかかわらず,結果 的にAを選んでしまうということは起こりうるわけですね.

問題が複雑で十分に考える時間がないと,この例のように,本来高い金額をも らいたいと思っていても,少ない金額を選ぶということは起こります.ところが, 選択行動だけをそのまま追ってしまうと,金銭価値を最大化しない,つまり標準 的な経済学研究の行動仮説に反しているように見えてくるわけです.

荻上 事前に,あるいはシミュレーションしていれば選ばれていたはずの答えが 選ばれないと.

安田 そうです.そうした点を踏まえると,行動経済学の一部の研究はちょっと気 をつけて解釈しなきゃいけない.従来の経済学は間違っている,と言ったときに 何が間違っているのかをもう少し慎重に考える必要があるでしょう.もちろん,人 は必ずしも金銭価値だけを最大化するとは限りません.そういった反証もたくさ んあがっています.ただ,さきほどの例のような場合には,きちんと計算する時 間や環境さえ与えられれば,ほとんどの人がAではなくBを選ぶでしょう.

他にも,家を買うタイミングをどうするか,将来設計をどうするか,というよ

(7)

うな何か重大な経済問題を考えるときに,いま皆さんに聞いたような聞き方で結 論を問うかというと,普通そんなことはないですよね.ものすごくじっくり考え たうえで,AにするかBにするかを多くの方が考えるはずです.そうなってくる と,意思決定をパッといったときに出てくるようなアノマリーは,それ自体はお もしろい現象なんですけれども,はたして重要な経済問題を分析するうえでそこ まで深刻視するほどの話なのか,と.

行動経済学の成果には,一般の人が聞いてもすぐに理解できる面白いストーリー やアノマリーがたくさんあるんだけれども,それが経済学をがらりと変えるとか, すぐに制度設計に活かせる話かというと,ちょっとあやしいのではと考えている経 済学者もまだ多いのではないかと思います.

荻上 なるほど.そのあたりの道具の使い方で,すべてバラ色という話ではもち ろんない.手法的に本当に実行できるのかというようなレベルのものもあるけれ ども,時として,それが非倫理的なアウトプットにつながるような可能性もある んだということも,どこか知っておかないといけない.

「この思考法が出てきました.ということは社会がより前進していきます」と いうような方法につくすとある種のSF的な,もちろん管理社会的なものにつな がりうるかもしれない.そうじゃない,もっとベタッとした,何か差別主義的な政 策的なアウトプットにもつながる可能性というのは,やっぱりあるわけですよね.

先ほどのAかBかの選択,電卓で計算してみるとAが四六〇六円で,Bが四九 三〇円となります.値段で書かれていると,みんなBのほうにパッと手が挙がる と思うんですけど,そうではなくてあえて計算で書くような仕方でごまかされる ような,わかりづらいようなかたちで設計されていると,けっこう多くの人たち が本当に欲望している答えとは違うところにいざなわれてしまうかもしれない.

つまり,今のデザインは最適でないかもしれない,そのデザインは常に間違って いるかもしれない,ということを隠蔽するようなデザインであってはいけないと いうような部分も,一つの論点として出てくるのかなというような気はしますね. すべての社会システムは,完成しつくされたものではない.だけど,今の社会シ ステムをいじることがタブーであるかのように,社会問題が設計されてしまって いる部分もあるわけです.

例えば,いじめ問題でも,現在の学校制度という自明のものの中で改善しよう とする.そして,生徒なり教師なり親なり教育委員会なり,人を鍛えるというマ インドの発想ばかりがでてくる.どういう環境づくりが必要かという議論もまた, リテラシーとして共有することが重要になると思います.

■開発経済学とランダム化対象試行

安田 行動経済学は最近の経済学を代表する新しい潮流で,しかもそこで得られ

(8)

た知見が実際の制度設計に役立てられている分野です.他に重要な成果を上げて いる分野に「開発経済学」があり,そこでは自然科学分野の手法であるランダム 化対照試行 (Randomized Controlled Trial) が取り入れられています.

ランダム化対照試行は,何か因果関係を導きたいときに特定の要因をコントロー ルする便利な手法です.例えば肥料を撒いてどれくらい収穫高に影響を与えるか を調べるとすると,耕作地の中を順番に区切ってランダムに肥料を与える場所と 与えない場所を作る.そして,肥料に応じて実際の収穫高がどれくらい変わるか をみるわけです.しかし,経済学の場合は,こうした自然科学と同じような実験 をやることが非常に難しい.仮に可能であっても,倫理的に抵抗があったり,莫大 な予算がないとできない,といった足かせが出てきます.ところが,最近その壁 が徐々に取り払われつつある分野があって,それが「開発経済学」なんですね.こ の分野のフロンティアを伝える代表的な一冊が,今年出た『貧乏人の経済学』(み すず書房,2012).これ,タイトルがちょっといまいちな気もするんですけど,も ともと英語で“ Poor Economics ”という本です.

荻上 安田さんなら何て訳します?

安田 うーん,難しい問題ですね (笑).まあ,それはさておき,著者はマサチュー セッツ工科大学のバナジーとデュフロ.二人とも今をときめく開発経済学の専門 家です.開発分野なので,扱っている対象は途上国になるわけですが,途上国の 場合は先進国と比べると非常に低コストでダイナミックな社会実験ができてしま います.

例えば似たような村が二つあって,ランダムに選んだ片方の村には道路を作り, もう一方の村には作らないということをやって,どれくらい道路に経済的な効果 があるかを調べる.日本人の感覚からすると,そんなことやっていいのかという 気はしますが,倫理的な問題には目をつぶるとすると,これをやることの強みは, 因果関係がかなり正確に特定できることです.さすがに村が二つだけだと結果の 信頼性は低いですが,実際には似たような村をたくさんピックアップしてランダ ムに二つのグループに分けることで対処しています.今まで禁じ手 (!?) だったラ ンダム化対照試行を経済学の分野にも持ちこんで,確たる科学的な証拠を出す道 筋を切り拓いたというのが,彼らのいちばんの貢献になります.

本書の中にはランダム化実験によって得られたさまざまな知見が書かれていま す (以下は有名な研究ですが『貧乏人の経済学』の中では非常に簡単にしか触れら れていませんのでご注意ください).例えば,ケニアの山奥の子どもたちを学校に 通わせるために何をすればいいか,いくつかの実験を行っています.結果的に分 かったのは,いちばん安上がりでたくさんの子どもたちを学校に通わせるために は,きちんと虫下しを配ってお腹の病気をなくせばいいということでした.深刻 な症状だと学校には通えなくなりますし休みがちになると勉強についていけなく なる.そうすると最終的に通うことをやめてしまう.

(9)

こういう教育問題を考えるときに,専門家が真っ先に頭に思い浮かべるのは,例 えば教師にやる気がないとか,親がきちんと通わせていないとか,金銭的に余裕 がないから通えない,といった問題です.そうすると,お金を配ったら通うよう になるんじゃないかとか,教科書を配ったら勉強するようになるんじゃないかと か,教師に特別レクチャーをしてトレーニングすれば改善するんじゃないかなど と,いろんなことを考えます.でも,それらのオーソドックスな方法はすごいが コストかかるわりには,あまり成果がでなかった.

ところが,薬を配ったら少ないコストで目に見えて子供たちが通うようになる という結果が出たというのは,これはもうほんとにランダム化実験の強みです.あ る意味でマーケットデザインと似ていますね.小さなミクロのレベルで,きちん とした科学的実験に基づく成果を一歩一歩積み重ねていくことが大きい前進につ ながるんだ,ということを著者たちも強調しています.

ところで,開発の分野には,さっくり言うと二つの相対立する見方が今までに ありました.一つは,途上国がなかなか成長軌道にテイクオフできないのは,文 化的な問題やインフラの問題があるからで,そこを改善させるために,莫大な予 算をつけてビッグプッシュによって支援していこうというもの.

代表的な論者が,コロンビア大学の経済学者,ジェフリー・サックスで,日本に も何度も来ています.彼が提唱するのは,とにかく援助が足りなくて,少ない金 額でやってもまたもとに戻っちゃうから,劇的に状況を改善するぐらいのビッグ プッシュを与えなければいけない,というものです.

一方でその対極にあるのが,援助というのは基本的に地元の人たちの手助けに ならないばかりか,むしろマイナスに働いているという見方.いわゆる援助漬け ですね.よそからお金が入ってくると,それを期待して自分たちで投資も行わな いので産業が育っていかないし,政治的にも腐敗を招きやすい.結局,お金を垂 れ流すだけで成長を阻害してしまう,というわけです.この主張の代表的な論者 が,『傲慢な援助』(東洋経済新報社,2009) を書いたニューヨーク大学のウィリア ム・イースタリーです.

純粋な理論レベルでは,どちらの見方も正当化できてしまうので,白黒はつか ない.これらふたつの対立するスタンスに対して,サックスやイースタリーのよ うに大上段に構えてマクロ的な見方で開発問題をぶった斬るのではなくて,ミク ロレベルの地道な証拠に基づいて,一つずつ着実にステップアップしていこうと いうのがバナジーとデュフロです.

荻上 『傲慢な援助』を読むと,こんなに失敗しましたってケースが膨大に書かれ ていて,けっこうえぐられるんですよね.よかれと思ってマラリア防止のために 蚊帳を配ってみたら,地元の漁師の網に使われていたとか,無料で配っても,必要 な人には届かなかったとか.本当に必要なものを必要な人に届けるためには,ちゃ んとそれをお金を持っている人に売るというやり方がいちばん効率的なんですね.

(10)

では,今度はどこで売ればいいのかという新たな悩みが出てくる.そうしている うちに,どうやって「機能する市場」を作り出すかという問いに戻っていく.

そうしたなかで,「こうすれば効くんだよ」という事例を出していくことが重要 なんですね.仮説があって失敗があって,それに対して適切な疫学的処方箋が提 示するというサイクルが前進していく.それは社会問題を解決するうえで非常に 重要です.大きな物語を語ることも重要ですが,一つひとつの細かな事例や失敗 学を蓄積していくことで前進する.そうしたミクロ経済学の強みがうまく活きて いる分野の一つに開発経済学があるんですね.

■オランダ病について

荻上 ちなみに安田さんは,「マイクロファイナンス」についてはどうお考えですか. 安田 ご存知の方も多いと思うんですけれども,「マイクロファイナンス」とは,ム ハマド・ユヌスさんがノーベル平和賞を受賞して注目を集めた小口金融のことで, 彼はバングラディシュで,貧困な人々でも少額の融資を受けられる仕組みを作って 成功しました.

どういうかたちでお金を出せば,最も効率的な使われ方がされるかを考えた結 果,彼は例えば男性ではなく女性に貸す,というビジネスモデルを導き出した.そ れは,直接的に経済学の知見を活かしたわけではないかもしれませんが,ある種, 借り手のインセンティブをきちんと把握したファイナンスの仕組みになっている わけですね.

あと,さきほどの援助漬けに少し関連する話題として,「オランダ病」という言 葉を聞いたことありますか? オランダ自体は途上国ではないんですけれども,天 然ガスがとれるようになってから,産業構造の変化や為替レートの調整によって 工業が衰退してしまった.天然資源が突然手に入った場合,一見するとその国は 得するような気がしますが,長期的に見ると経済発展を押し下げるかもしれない, ということを意味する用語です.

途上国の場合には,例えばアフリカでダイヤモンドが悲劇を生んでいるという 話が映画にもなりましたね.なまじ天然資源が採れると,それが原因で国内の資 源配分が歪みます.自分たちで産業を興して食い扶持を作らなくても,とりあえ ずその天然資源にぶら下がっていけば食べていける.天然資源の輸出だけを行う ような産業構造だと,往々にして人的資本の蓄積が進まないわけです.

「オランダ病」が意味するのは,先進国においてもこれと同じことがいえると いうこと.日本は元来天然資源が少ないといわれていますが,最近,日本海近海 が天然資源の宝庫かもしれないというニュースが報じられています.

荻上 新たなニュースが入ってくるたびに,けっこうワクワクしますけどね. 安田 海底油田が見つかったり,レアメタルがたくさん出てきたり,あるいはメ

(11)

タンハイドレートが使えるようになったりすると,日本が資源大国になるかもし れない.でも,万が一オランダ病にかかってしまうと,日本の成長にとってマイ ナスになってしまいます.おそらく多くの人は,天然資源はあるだけあったほう がいいと思っているでしょう.でも,実はそんなに単純な話ではなくて,あれば あったで人々のインセンティブや他の市場の経済状況が変わってしまう可能性が あるんですね.

僕自身は,だから日本は天然資源の利権を拒否するべきだ,とまでは言いませ ん.ただ,こういった視点に立つと,仮に利権が手に入らなかったとしても,そ こまで実際には大きな損失ではないかもしれない,という新しい見方はできるよ うになります.

荻上 資源を手にしたときに,あらかじめオランダ病を避けるための方法みたい なものが出てくるかもしれないですよね.

安田 そうですね.

荻上 例えば原発利益地域が,それがあることによって短期的には潤うけれども, 長期的には財政が元に戻っていくという指摘もあります.補助金が年々減ってい くなかで,はたして短期的にブーストを獲得していった地域が,長期的にも発展 を保てるのか.今後,経済学や政治学の知識を持った人が検証していく作業にな ると思います.

これは単なる政治的な批判ではなくて,どういった発展モデルがよりベターな のかということを,その地域に合わせたかたちでチューニングしていくためにも, 検証が非常に重要になってくると思います.

■幸福の経済学

安田 最近「幸福の経済学」とか「幸福度研究」といったものが,ちょっとした ブームになっています.

荻上 世界一国民の幸福度が高いといわれるブータンの王子様が来日して,一時 期話題になりましたね.

安田 はい.ブータンは国家レベルで幸福指標を出しています.「あなたはどれく らいハッピーですか」と聞き,年齢,収入,子どもの有無など属性別に分析する と,いろんな要因によって幸福度が変わってくることがわかります.そうしたデー タを国別にみていくと,いろんな発見が出てくるわけですね.

例えば国全体の所得レベルが上がると,多くの場合,それに比例して幸福度は 上がっていきますが,一定の水準に達すると,所得を増やしてもほとんど幸福度 は上がらなくなることが知られています.僕たちが漠然とイメージしている「お 金で必ずしも幸せは買えない」ということを裏付けていて,単純に所得を増やし ても幸せにならないというのは,このようにデータからも立証できるわけです.

(12)

他にも,幸福度研究についてはいろいろとおもしろい分析がされていて,最近 出た翻訳書でも『幸福の計算式』(阪急コミュニケーションズ,2012) があります. このへんの話は,大阪大学の大竹文雄さんなんかが好きで,ご自身が出演してい るテレビ番組でもよく取り上げられています.例えば「結婚すると,その金銭的 な価値はいくら?」というやつです.べつに結婚の価値が直接お金で測れるという わけではないんですけれども,もしも他の要因が全部同じだった場合に,既婚者 と未婚者では幸福度に違いが出てくる.にもかかわらず強引に幸福度を同じ水準 に揃えようとすると,未婚者には余計にお金を支払う必要があるわけですね.こ のロジックで結婚初年度の幸福の値段を計算すると,二五〇〇万円という風に答 えが出てくる.

荻上 それは結婚したほうがいいということですか?

安田 少なくとも,いま言ったような意味で金銭換算できるだけの価値はあると いうことですね.でも一方で,独りでいることのメリットを強く感じている方も いらっしゃると思うので,個人差はあると思います.

荻上 夫婦によっても,いろいろありますからね (笑).

安田 もう一冊ご紹介したいのが,『幸せのための経済学』(岩波ジュニア新書,2011). 荻上 表紙がかわいいですね.

安田 著者は一橋大学の蓼沼宏一さんで,中高校生向けに書かれています.とは いえ,実は大人が読んでもおいそれと理解できない内容なんですが…(苦笑).経済 学がどういったかたちで福祉や厚生を捉えているのか,捉えなければいけないの か,ということを深くさぐっていく良書です.

流行りのサンデルの本なんかを読むと,ちょっと賢くなった気がするんだけど, 実はかなり浅いことしか言っていないんですね (彼のファンのみなさま,すいませ ん…).社会やグループにおける意思決定の問題を研究する分野を社会選択理論と 呼びますが,本書はこの分野の深い考察に基づいた代表的な研究が何を明らかに してきたのかを,意欲的な中高生であれば (かろうじて?) 理解できるように丁寧 に解説しています.

特にアマルティア・センの一連の研究がかなり紹介されていて,注目したいとこ ろです.センはインド人で,アジア人としてはじめてノーベル経済学賞を受賞し ました.彼はハードコアな理論家であるとともにもともとインド出身なので,イ ンドの貧困をどういうふうに解決するか,また貧困問題をどういうアプローチで 捉えればいいのかをライフワークにしている研究者です.そのセンの著作やその エッセンスに触れつつ,貧困問題や福祉問題をどう考えていけばいいのか,経済 学的な視点で捉えています.

ほかに,最近出た本で『意思決定理論入門』(NTT 出版,2012) もおすすめです. 先ほど行動経済学と伝統的な経済学がどの程度違うのかという話をしました.そ

(13)

の点に関して,この本では,伝統的な意思決定の経済学である「意思決定理論」の なかで,行動経済学がどのように捉えられるかということを,初心者にも分かり やすく説明しています.

■若手論壇の経済知のなさ

荻上 「自分はどれほど倫理的な人間なんだろう」と考えさせられるような本も 大事ですが,そうした倫理性を社会に実装していくうえで,やっぱり工学的な知 は必要で,また,その知の外部にあるものは一体どういう意味を持つんだろうと, 哲学分野を逆照射することも必要となりますね.そのような議論の進め方が,社 会問題を考えていくうえで大事だと思うわけですね.

ただ,あまりに文明論的な抽象論が多いのがこれまでの論壇事情としてありま して.憲法談義でも,立憲主義を知らなそうな人たちがわんさかいて,そういう 人こそ大声で改正論議をぶったりしている.

安田 なるほど.最近の若手の識者たちが様々なメディアで関心を集めている現 状を頼もしく思う一方で,残念なのは,彼らの手持ちのフレームワークに経済学 がほとんど入っていないことです.たとえば,社会全体の意志決定はどうあるべ きかという問いについては,古くはケネス・アローというアメリカの大経済学者 が「社会選択理論」というものを半世紀以上も前に打ち立てていて,研究実績が かなり蓄積されています.先ほどご紹介した蓼沼さんのジュニア新書もそのライ ンですね.でも,社会問題を語る若手論者たちに,そのへんの理解が見られない.

もちろん,そういった理論を抑えたからといって,いまの日本に対して建設的 な提案ができるかというとそれは別問題です.ただ,最低限押さえておくべきポ イントや,共有すれば使えるかもしれない学術的な資源はたくさんあって,それ がなかなか浸透していないというのは,経済学者のサイドから見るとちょっと歯が ゆいところです.

荻上 いやむしろ,年長の「論者」な人から,「若者は経済偏重だ」みたいな批判 がきたりするので,頭を抱えたりするんです (笑).経済学の分野から社会に応答 する人が徐々に出てきているし,相互批判もこれから行われていくでしょう.「当 てずっぽうではない議論」が盛り上がるためには,もっと経済学者サイドも,他 の分野からでも,「応答」の機会を増やしてほしいなと思いますね.

■トップ・トレーディング・サイクルメカニズム

安田 最後に紹介するのは,「トップ・トレーディング・サイクルメカニズム」と 呼ばれるもの.名前だけ聞くと難しそうですが,非常にシンプルなメカニズムで す.お金を使わずに,いかにお互いにとってハッピーなかたちでモノを交換する か.そういった問題に使える機械的な作業手順になります.

(14)

例えば,単純なシチュエーションとして,五人ぐらいの人が集まって,自分が 読み終わった本を他のメンバーが読み終わった本と交換するとしましょう.一冊 ずつお互いに読み終わった本を持ち寄り,できるだけお互いが満足するかたちで 交換するには,どうすればいいのか?

ここでトップ・トレーディング・サイクルを使うと,次のように交換を行うこと になります.非常に単純なので,いきなり具体的なプロセスをご説明しましょう. まず,五人がそれぞれいちばん欲しい本を「いっせいのせ!」で指さす.そのとき に,もしも他の人たちが持ちよった四冊に比べて自分の持ってきた本がいちばん いい,つまり交換したくない,という人は,自分自身の本をさしても構いません.

このように一斉に指をさしたときに何が起こるかというと,必ず最低でも一つ は輪っかができるんですね.指さしで繋がったサイクルが発生する.二人の間で お互いにさしあう場合もあるかもしれないし,三人でぐるっと輪っかができるか もしれません.自分自身をさした場合は最小のサイクルになります.とにかく,全 体で一つは必ず輪っかができます.

で,このような輪っかができたところに関しては,指をさした人がさされた人 の本をもらうような形で交換をして,そのプールから出ていきます.このステッ プを順番にやっていくと,毎回出来上がった輪っかのメンバーの間で交換が行わ れるので,何回かで必ず終わります.そして,運が悪いと自分の本をそのまま持っ て帰ることもありますが,必ず誰かの本と交換できます.

このメカニズムの利点は,まず一つは,順番に指をさしていくときに,各ステッ プで嘘をついても得できない.つまり,いちばん欲しいわけではない,二番目や三 番目に欲しい本を指さしても,絶対に得できないような仕組みになっている.各 ステップで自分がいちばん欲しい本を正直に指さすことが,全員にとって最適な 戦略になるのです.

もう一つの望ましい点は何かというと,自分が持ちよった本よりも悪い本を受 け取るリスクがまったくない,ということです.自分よりも欲しい本があれば指 をさしつづけて,それがなくなったら自分を指さして,メカニズムから出ていく ことができるので,悪いものを掴まされることがないわけですね.こういう望ま しい性質を持っています.

さらに言うと,いま言ったトップ・トレーディング・サイクルを使って交換を 行ったあとに,例えばAさんとBさんの間でさらに交換をして得ができるかという と,いっさい得ができないような仕組みになっています.この意味において,最も 効率的な交換を簡単な方法で実現することができるような仕組みになっています.

重要なポイントは,経済の問題はお金を使って物事を解決する場合が多いと思 うんですけれども,実際には,お金を使わなくても,ある程度望ましい交換がで きるということです.トップ・トレーディング・サイクルメカニズムが役に立ちそ うな身近な状況としては,例えば,読み終わった本や聞き終わったCDで自分が

(15)

持っていてもあんまり価値がないものを,職場や友達の間でお互いに持ち寄って 試してみる.順番に指を差しあっていくと,金銭のやりとりなしで,望ましいか たちで交換ができます.

もう少し大きな応用先としては,災害時の救援物資の交換が考えらえるかもし れません.例えば,避難所に救援物資が届けられたときに,多くの場合,その救援 物資は中身や内容の細かい違いは考えずに,被災者にランダムで配られるでしょ う.すると,届けられた物資の中で,自分が欲しい種類のものを手に入れられな いような被災者も出てきます.

そういうときに何人かで集まって,さきほどのメカニズムを使ってお互いに交 換をすると,お金を使わなくても,安全にお互いにとって必ず得なかたちで交換が できるのです.どんなに戦略的な思考をする参加者がいても損することがないし, 自分が最初に持っていたものよりも悪いものを受け取るはめにもならない.つま り,安心して参加できるわけですね.にも関わらず,効率的な交換結果が実現で きる,という非常に優れた仕組みです.

荻上 被災地の物資のマッチングに関しては,実際に避難所や仮設住宅において, 最適な配り方をするためにはどうしたらいいのか様々な工夫がなされています.本 人たちが意識しないなかにも,ミクロ経済学の応用編といいますか,フィードバッ クできる知見みたいなものが潜んでいる可能性もあるわけですね.

これまでいろいろなケースを見てきました.「へぇー」と感心させられるような 話がたくさんありました.応用事例を羅列するだけでも,前に進める点はたくさ んあると痛感しております.

安田さんと話していていつも思うことは,小さな前進を称揚するタイプが,や はりこれからは必要になってくるんじゃないかということです.「この社会,こう なったらいいな」みたいな理念型はもちろん重要なんですけれども,それと同時 に,具体的な環境改善を行い,いま少なくともこれだけの成果が得られるという ことをとにかく可視化していくことが大事だと思います.低いコストですぐにで きるものはやっていったほうがいい.

修正主義だ教条主義だと対立するのではなく,両輪として進めていくことが重 要なんじゃないかなと,改めて思いました.本日はありがとうございました.

参照

関連したドキュメント

 第一の方法は、不安の原因を特定した上で、それを制御しようとするもので

「心理学基礎研究の地域貢献を考える」が開かれた。フォー

概要・目標 地域社会の発展や安全・安心の向上に取り組み、地域活性化 を目的としたプログラムの実施や緑化を推進していきます

(2)特定死因を除去した場合の平均余命の延び

共通点が多い 2 。そのようなことを考えあわせ ると、リードの因果論は結局、・ヒュームの因果

選定した理由

様々な国の子供の死亡原因とそれに対する介入・サービスの効果を分析すると、ミレニ アム開発目標 4

ロボットは「心」を持つことができるのか 、 という問いに対する柴 しば 田 た 先生の考え方を