(国際金融システム演習) 2005・2・2
人民幣(元)は本当に切り上げるべきなのか?
00110313番 申 華
1、人民元を巡る現状
米国の対中貿易赤字の拡大などを背景に、人民元を巡った様々な議論が台頭 してきた。人民元は切り上げるべきであるという意見と、人民元は上がらない 意見が両立しているが、ここではマーシャル=ラーナー条件と回帰分析を通し て、人民元は本当に切り上げるべきであるかどうかを見ることにする。
輸出の低下と輸入の上昇により、米国は記録的な双子の赤字となった。「貿易 赤字=雇用の流出」という図式が支持されやすい傾向がある米国では、それを カバーできる資本流入が必要であり、日本と中国をはじめとする諸外国の通貨 当局の為替介入に頼らなければならなくなってきた。実質的なドルとの固定相 場制を採っている中国は自国通貨の対ドル上昇を防止するためにドル買い介入 を続け、外貨準備高が大きくなり、米国にとって最大の貿易赤字相手国になっ た。また米国側は、中国との貿易が巨額の輸入超過となったことから「中国製 品に職を奪われた労働者が大勢いるので、人民元を切り上げさせることが必要 だ」という政治的な認識を持ち、積極的に人民元の切り上げを求めている。
1996年から2002年までの中国の対世界貿易収支のほとんどは黒字で あり、その中でも対米黒字が一番大きい割合を占めている。(図表1)逆に米国 の統計を見ると、対中赤字は貿易赤字全体の23%を占め、中国は米国にとっ て一番大きい貿易赤字相手になっている。(図表2)
図表1.中国の貿易収支の内訳
中国の貿易収支の内訳
- 20,000 - 10,000 0 10,000 20,000 30,000 40,000 50,000
1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002
年代
億ドル
その他 対欧 対日 対米
図表2.米国の貿易収支の内訳
米国の貿易収支の内訳
- 1,000,000 - 900,000 - 800,000 - 700,000 - 600,000 - 500,000 - 400,000 - 300,000 - 200,000 - 100,000 0 100,000
1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002
年代
億ド
その他 対欧 対日 対中
2、貿易収支と為替レートの関係
米国の貿易赤字はドル安の一因として挙げられ、ドル体制を支えて続けてき た諸国は米国で株が暴落するような事態でもなれば、大変なことになる。また 米国が輸入量をへらすことにより貿易統計を均衡させると仮定すると、世界の 商品貿易額が7%縮小することになると見られており、米国の輸入に頼った世 界貿易拡大は大きなリスクを抱える。米国の国内でも巨大な貿易赤字による国 内失業率の問題と、増えていく対外負債問題を解決するために最大貿易赤字相 手国になった中国への人民元切り上げ圧力はますます高くなっている。米国に とっては、世界唯一基軸通貨の自国ドルの価値が下がるのは一番望ましくない ことだし、対外輸出競争力がドル安によって減少するのも嬉しくないことであ るはず。果たして、米国の貿易赤字は中国の人民元を切り上げることによって 本当に改善できるのかは次のマーシャル=ラーナー条件と回帰分析を通して見 ることにしよう。
3、マーシャル=ラーナー条件
貿易財価格は生産国通貨で固定れている(供給の価格弾力性が無限大である) という仮定のもとで、切り下げにより貿易収支が改善するために必要な価格弾 力性の数値を規定した条件は、「マーシャル=ラーナー条件」として知られてい る。すなわちここでは、輸出と輸入の価格弾力性(為替レートの弾力性)の和 が1より大きい場合に、為替レートの切り下げ(人民元の切り上げ)が貿易収 支を改善させるということである。1999年から2003年までの米国の対 中輸出、輸入、米国の GDP、中国の GDP、中国の物価指数(CPI)、米国の物 価指数(PPI)、名目為替レートなどの関数を使って、以下の式を通じてその為 替レートの弾力性を求めたのが図表3である。
1)輸出関数
X = X0 + α Yf + β XR (α > 0、β X> 0)・・・(1)
(1)式において、Xは対中輸出/米国物価指数、X0は関数の切片である。 Yfは中国のGDP/中国の物価指数で、Rは実質為替レートである。
2)輸入関数
Q = Q0 + mY − β QR (m > 0、β Q> 0) ・・・(2)
(2)式において、Qは対中輸入/米国物価指数、Yは米国GDP/米国物価指 数を表す。
4、米国の対中輸出、輸入関数の推計結果
図表3.米国の対中輸出、輸入関数の推計結果
実質輸出
係数 標準誤差 t P - 値
切片 - 2.741643645 1.994198721 - 1.374809649 0.188139247 中国 GDP / 中国物価対数 1.174504136 0.255965949 4.588517108 0.000302841 実質為替レート対数 0.967517479 0.039505144 24.4909237 4.12654E - 14 実質輸入
係数 標準誤差 t P - 値
切片 - 22.39353718 4.072586253 - 5.498603538 4.85875E - 05 米国 GDP / 米国物価対数 4.293733695 0.571651285 7.511106524 1.24435E - 06 実質為替レート対数 - 3.277480415 0.565811982 - 5.792525642 2.74945E - 05
この推計結果からみると、米国の実質為替レートの絶対値の和は 1 より大き く、マーシャル=ラーナー条件によると、人民元の切り上げはアメリカの貿易 収支を改善させるという結論が出てくる。
5、人民幣(元)の未来は?
果たして、理論的には人民元を切り上げたほうが有意になっているが、実際 人民元を切り上げることで、中国国内にはどんな影響が出てくるのか見てみよ う。確かに中国の外貨準備高の急増によるバブル拡大の危険性を、人民元をあ げるということで押さえ込むかも知らないし、また輸入車のディーラーをはじ め、輸入品が安くなれば、国産品のシェアを奪える可能性があるため、人民元 の切り上げを望んでいる方も少なくはない。でも人民元切り上げによって起こ
る政治的な不安定も簡単に無視することはできない問題である。13億の人口を もっている大国で人民元を切り上げるということでもなれば、農業などの比較 劣位産業、効率の悪い国有企業などが打撃を受け、社会的弱者が困窮すること が予想され、貧富の差がもっと激しくなる可能性が出てくる。政治的な安定性 が最も大事になっている中国でこういう結果にもなれば、まさに米国の望んで いるとおりになる。
ドル、核を含む軍事力、そして情報この三つを握った米国は第二世界大戦以 来、最も強い国としてその権力を振舞ってきたが、その限界もどこまで続くか 未知数である。まったく私見ではあるが、ドル体制を支えてきた諸国もこの機 会にもう一度自分の国の将来と運命を考え直す必要があるのではないかと思う。 世界唯一基軸通貨のドル体制を無理してぎりぎりまで支えるより、別の方法で 自国通貨を守るべきではないかと、そんな力と可能性を持っているのは中国も、 日本も、インドも、EU諸国もあり得る話ではないかと・・・。
歴史上、中国と米国は一回も正面で対決したことはない。お互いいろいろな 問題はあったけれど、その分相手を警戒し、準備をしてきたとも思える。米国 に従属してきた世界諸国もただただ人民元はあげるべきだと一緒に言うのでは なく、人民元の切り上げは、本当に世界経済を救うのか、その結果は誰に一番 有利なのか?そして現状のままだったら、何が悪いのか?現状を維持し、いざ となれば、今までの体制より違う、もっと自国と世界経済発展に有利な体制を 作っていくのはいかがでしょうというのが自分のわずかな考えである。
参考文献:
1、 UFJ総合研究所―「人民元切り上げは世界経済にとって良薬」―2004 年4月30日
2、 沈 才彬―「人民元の切り上げはいつあるのか?」―2005年2月 3、 関 志雄―「ドルの急落で高まる人民元の切り上げ圧力」―2004年11
月16日
4、 塚崎 公義―「人民元は上がらない」―2004年9月30日
5、 鎌倉 孝夫―「買いまくり、借りまくり、投機で繁栄するアメリカ経 済・・・そして日本は」―1999年4月
6、 今井 理之―「アジア通貨危機と中国経済」―1998年4月23日 7、 経済企画庁―年次世界経済白書―1987年
8、 国務院発展研究センター―「米国経済低迷が中国の輸出に与える影響」
9、 IFS(International Financial Statistics)―IMF 10、Direction of trade ―IMF