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万葉集における中国詠物詩の影響

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Academic year: 2021

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(1)Title. 万葉集における中国詠物詩の影響. Author(s). 土田, 知雄. Citation. 北海道學藝大學紀要. 第一部, 10(2): 44-50. Issue Date. 1960-02. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/3730. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 第1 0巻. 第 2号. 昭和35年2月. 北海道学芸大学紀要 (第 部). 万葉集における中国詠物詩の影響 一一 巻十を中心として --. 土. 田. 知. 雄. 北海道学芸大学旭川分校国文学研究室. Chikao TSUGH[DA : A Study on Solne ofthe ln負uences of Chinese “Eibutsu” Poetry upon the M[any6sht i , 10 , . -- centering upon VO1. )中国説 く物詩に対して相反する態度が見られることを指摘 筆者ほかって万葉集巻七においては,1 これを範としようとする態度であり した. すなわち, 前者は無批判に , 後者は批判的にこれに対す る態度である. これらは, 対陳的な態度である ことはいうまでもないが, しかしいずれも詠物詩 の 影響なしには考えられない態度である. さて, 作歌事情の明かな巻三に対 して, 巻七は作者未詳の歌を収めているが, 今問題としようと している巻十も, 作者未詳の歌を収める巻であって, 作歌事情のはっきりしている巻八に対 してい る. それゆえ, 巻十においては, 作品の年代順 の配列は困難であって, 巻七と同じく詠物題ならび に寄物題によったものと考えられる. 然らば, 巻十は巻七に比 して, 詠物詩の影響を どの程度受け ているであろうか. 以下 この点において考察してみたい. ) 拙稿 註 1. 万葉集巻七の一考察 (本学紀要33年9月号) 2. さて, 巻十においては, 先ず歌を四季に分類 し, さらに雑歌. 相関に分かち, 次に詠物題, 寄物 題によって分類している. ただし, 春雑歌・春相闇・夏相闇・秋雑歌・秋相間・冬雑歌・冬相歌の 各部の初頭におかれた 柿本人麻呂歌集所出の歌は, 小題による分類はないから, 初めから人麻呂歌 集にはなかったも のであろう. 季節に対する関 心は, お むね人麻呂歌集に次ぐ時代から顕著にな ったものであろうか. この季節感は, 一首の発想に重大な関係があるので, 決して軽視できない. 総じて巻十の分類は, 巻七に比 してかなり整頓している と言えよう. しかし, やはり雑歌の類に 相 聞 的 傾向 の も の を 含 ん で い る こ と を 見逃 す こ と は で き な い. 木 高 く は か つ て 木 植 ゑ じ 露 公 鳥 来 鳴 き と よ め て 恋 ひ 益 ら しむ. (10・1946). この歌は, 露公鳥の鳴声に対 して耳を傾けているよりは, その嶋声が人々の感傷を誘うものとし て, その鳥に対する連想の定型が見られ, それによって汗情してい るのである. たゞ, 巻七に比すれば, たしかにこの巻十は物に対する態度が一層明確になり, その凝視の態度 にも進歩の跡が認められる.、そして, それらが季節感との連繋のもとに展開したために, ある限界 はあるが叙景詩的にも進 歩している. これおそらく, 詠物詩においては, ある一物をテーマとして 各種の視点から描き尽くそうとするのであるが, 歌形の狭小な短歌においては, 多くの素材を有機 - 44 一.

(3) . 万葉集における中国詠物詩の影響. ごれを季節感によって結んで行 的 に 結 ん でゆく こと は 困 難 であ る. そこで, 二三の風物を選んで, こ く 手法が考えられたものと思われる 梅 の花. わ が屋 前 の. 取 り持 ち て 見 れ ば. 柳の眉 し. 念 ほ ゆ るかも. (10・1853). 「柳を詠める」 という題であるが, 柳の若芽の美しさを描こうとはせず, 初春における愛すべき 風物である梅花と新村 ”とを並べ, これを季感によって連接して, 早春の雰囲気を醸成 し, 女子の眉 を新柳に替える事から, 逆に新柳を眉と言って, そこに, 故郷の愛人の姿を髪髭させようとしてい る. 筆者はそ こに作者の詠物詩的関心を認めざるを得ない. 皇太子簡女の折楊柳 楊柳舌 L成し総. 掌折上春時. 葉密鳥飛凝. 風軽花落i 屋. 城高短籍発. 林空画角悲. 曲中無ニ別意「 弁為ニ久相思「. (玉台新詠集). ) 「楊 こ の 詩 の趣 に, 若干 相 通 ず るも の が あ る. な お, こ の 詩 を ふ ま え た 李 崎 の 「柳」 と 題 す る1 柳欝同国. 金 堤総翠気. ……短箭何以奏. 掌折為思 君.」 な どを 意 識 して い るかも しれ な い. かく. て, この歌には, 詠物詩的趣味を感ずるものである。 春霞. 流る. な へに. 青柳の. 枝啄ひ持ちて. 鴬鳴くも. (10・1821). ) 武 田祐 吉 博 士 は 「鳥 を 詠 め る」 と題 して, 春 の 風物 た る霞 ・ 青 柳 に 鴬 を 配 して い る. 2 , 「正 倉. 院御物 の図案にある花喰い鳥の模様などを想い起 している叙述であろう. 言語どおりに解しては, 枝を口にしては鳴かれない.」と説かれた. これは, 柳の枝に鴬が居て鳴くのを, 図案 化した表現で ある. 従って, これは叙景詩的な作品というよりは, むしろ春の風物を美 的に配合した, 詠物詩的 興味によって歌っている. 思うにかかる配合が, やがて美的定型に固定し, ついに花鳥風月趣味の 源流となったものであろう. かかる風物の接着剤となったものが, このころから顕著になって来た 季節感であるとも言える. 霧公 鳥. 来 鳴 き とよ も す. 橘の. 花 照 る庭を. 見む 人や 誰. (10・1968 ). 露公 鳥 と橋 の花 とは, 当 時 に お け る 夏 の 風物 の 美 的 定 型 の も っ とも ポ ピ ュ ラ ← な も の であ る. こ. れにわが愛する人を配 しようとしている. 花を描いて愛人を配す るのは, 中国詠物詩にその例少 し としない. ことに, 橋の花は古来多くの詩丈に詠まれて, 連想に富んでいる. しの 風 に散 る. 花橘を. 袖に受けて. 君 が 御跡 と. 思 ひっ るかも. (10・1966 ). 性を比しているあたり, 花橋に対する詠物詩的興味がうかがわれ 思慕する人の高風に橋のもつ徳- る. これには, 楚辞, 橘類以来, 橋に対する賞美の念が伝えられているのが認められる. 橘煩の冒 頭にまず, 后皇嘉樹. 橋微服今. 受し命不し遷. 生ニ南国-号. こ比したものである, か とあり, これは作者屈原みずから志節橘の如くに, また移徒すべからざるし く て,. 年歳難し少. 可二師長一分. 行比ニ伯夷-. 置以為し像. と結 ぶ あた り, 橘 の 善美 な る 徳 性 を 曲 尽 して, こ れ を 範 と しよ う と して い る の で あ る. こ の歌 も, 橋 頻 以 来 の名 句 を ふ ま え て い る と こ ろ に, 多 く の 興 趣 が 感 ぜ ら れ る の で あ る.. 次に 「鳴鹿を詠める」 と題する 嬬問 ひ しげ る (10も2153) さを鹿ぞ 露を分けつ について考 察しよう. この題詞によって, 万葉人の関心が鹿の鳴声にあったことを示すものである ことは言うまでもない. 「鳴鹿」 と対象の範囲を狭小にすることは, 説 く物にはむしろ不利と言うべ きであるが, それだけ日本化したとも言える. 秋芽子に露を配 し, そこに鹿を 点出 す る の は, こ れ. 秋芽子の. 咲きたる野辺は. も季感によって結を れた美的定型である, しかも, 「露を分けつ 」 は, い う ま でも な く 実景 で は なくて, 想像であろう, そこには, 詠物詩的構成が見られる. 一 45. -.

(4) . 田. 土. 知. 雄. ) 万葉歌人の抱負を示すものであろうか. 例えば, 李崎の 「鳴鹿」 と題 したことについては,3 「鹿」 と題する作を見るに, 隊野開ニ中翼-, 秦原間ニ帝畿-, 茶花開ニ旧苑-. 葉葉吐ニ前詩- . 道士乗し仙日. 先生折し角時, 方懐ニ丈夫志-. 抗し手別心期. この詩においては, 動物の鹿は出て来ない, しかし, 各句いずれも鹿に何らかの関係があって, 各句が結びついて一首をな している, それゆえ, 鹿を対象とした叙景はなされていない. このよう な故事づくめの詠物詩が正格なものであるか否かはしばらくおき, 万葉人はこれらをそ のま 受け 入 れ る こ と は で き な か っ た の で あ ろ う, そ こ に, 彼 ら の 反 擾 を認 め る こ と は で き な い で あ ろ う か.. あるいは, 無意識な日本化かも しれないが, 国島鹿」 としたのは注意すべ きである・ この頃の. 秋 の朝 明 に. さを鹿の. 妻と. 霧隠り. 妻 呼 ぶ雄 鹿 の. 鳴く 声の. のふる. 至 らむ極. 声 のさやけ さ. (10・2141). な び け芽子 原. (10・2142). これらにおいては, 確かに作者は鹿の鳴声に興味を感じている, しかし, これらは想像の歌であ って, 鹿の嶋声に秋の風物を美的に配することによって美 しい秋の世界を創造しようとしている. 前掲の 「鹿」 と題する詠物詩の過剰な故事に比すれば, 日本的な簡素な美 の世界ではある. さを鹿来鳴く. わが岳に. 先芽子の. 花嬬問ひに. 来鳴くさを鹿 1 ) 大伴旅人 (8・154. 秋芽子の. 散りのまがひに. 呼び立てて. 鳴くなる鹿の 声の遥けさ 湯 原 の 王 (8 ・1550). これらの作品も純粋叙景の精神に貫かれて いない. そこには詠物詩的傾斜を認めなければならな し、 ,. わが夫子は. 玉にもがもな. 露公鳥. 声にあへ貫き. 手に纏きて行かむ 07 17・4 0 ) 大伴家持 (. 4 )森本治吉博士は, この作品を自然を玩具視する段階に入ったものとしておられるが, か>るもの も巻十に見られた詠物的作品に淵源 していると言えよう. 次に本巻の 「水田を詠める」 と題する あ しひ き の. 山 田作 る子. 縄 だ に 延 へよ. 秀 でず とも. 守 る と知 るが ね. (10・2219). わきだ. 220) (m .2 さを鹿の 妻喚ぷ山の 岡辺なる 早田は刈らじ 霜は零るとも 前者は頚歌が巻七に, 「稲に寄する」 と題 して, 「石上布留の早田を秀でずとも縄だに延へよ守 1 35 3 ) とあって, 両者の間に類似が認められる. この歌は警輪歌らしい詠みぶり り っ 居らむ」 ( でありながら, しかも山田の実状から離れていない. 後者は妻を喚ぶ鹿に同情 して詠んだもので, ) 中国初唐の詠物 相当に趣向をこらしているが, これも水田の実状から遊離してない. これらも,5. に注意すべきは, それら が決 して叙景に徹しようとしているのではなく, 風物を美的に結びつけて風雅とでも言うべき方向 を志向 して, 美的世界を構成 していることである. そこには詠物的意図がぅかゞわれる. 「水田を 詩 の 「田」 と題 とす るも の に 比 す れ ば, や は り 異 色 が あ る, しか し, こ. 詠 め る」 と い う 題 詞も, そ の 限 界 内 に お い て, 異 色 を 示 そ う した の で あ る. Lみいろ. lo,2177) 春は萌え 夏は緑に 紅の 繰色に見る 秋の山かも ‐ ( 秋の雑歌, 「山を詠める」 とあって, 秋山の黄葉を総色に見えると讐輪するに止まらず, これに ) 「概念 簡単ながら春と夏との様相をあらわす句を配 している. これに対して, 武 田祐吉博士は,6. 的な歌であるが, 季節の推移に伴なう自然の変化には, よく留意されている.」と説かれた。 目前の 秋山の景観を描くことのみに興味があるの ではなく, 三つの季節という角度から一つの山を見て, それによって, 山の美や特性を顕揚しようとしているあたり, 詠物詩的要素が若干認められる, あ - 46 -.

(5) . 万葉集における中国詠物詩の影響. るいは, 詠物の律詩の三, 四 句 に, 春 秋 の 風物 な どが 対 照 的 に 並 置 さ れ る こ と が 多 い の に, ヒ ン ト を 得 たも の であ ろう か。 う ち 扉く 山の際に. しか す が に. 春さ り来れ ば 鴬 鳴 きて. うち 扉く. 雪は降りつ. 天 霧 らひ つ. 春と念へ ど. 雪 降り敷きぬ. (10・1832) ) (1001837. これらも, すでに季節感に適応する風物が定着していて, それに背反する風物が並存することに 対する不満や疑惑が作歌の契機になっている. 風物の並置という点で, やはり季節感が問題になっ て い る. こ れ ら に は 叙 景詩 的 要 素 は あ る が, そ の テ ー マ は 季 節 の 推 移 と い う 点 に あ る の で, そ う い. う意味で詠物詩的 であると言える, 鴬の. 木 伝 ふ梅 の. 秋 芽子の. う つ ろ へを. 桜 の花 の. さ を 鹿の. 恋も 尽 きね ば. 10・1854) (. 時片 設 けぬ. 声い続 ぎい続 ぎ. 恋こそ 益れ. 10・2145) (. 前者は 「花を詠める」 , 後者は「鳴鹿を詠める」 と題しているが, ともに風物を時間的に配列して いる, そ して, 両者とも 風物に対する賞美の心はありながら, その対象を具体的に写実することに 興味はなく, それらの風物の配列に興趣を感じているの である. 季節の推移を鋭敏に感じ, これに 興趣を抱く日本人の好尚の崩芽をそこに認めるのであるが, それはかかる詠物詩的興 味によって培 養 さ れ た と 見 る こと は 許さ れ な い だ ろ う か. としの ま し. 毎 年に. 梅 は 咲 け ども. うつせ みの. 世の人 君 し. 春 なか りけり. (10,1857). この歌も 「花を詠める」 と題詞にはあるが, その開花の美しさを描写 せず, それに比するに人生 の春をもってし, 不運の人に同情している。 そこには春という季節感が定着し, 花開き栄える時で あるという観念が生 じている. これには漢籍の影響が十分に考えられ, 季節に対する関心がぅかゞ わ れ る,. 以上の如き巻十の作品は, 季節感と結んで叙景的要素の認められ るものもあるが, 叙景への進展 には限界がある. これ は, 自然に対する関心が詠物詩的興 味によって培養されたためであろう. も っ とも か る傾向は必ず しも巻十にのみ限られてはいない, これは説 く物詩的興味が早くも季感と ,. 連結したために, 自然の風物に美的定型を生じ, これに依拠するものが多かったために, 真塾なる 自然凝視をはゞまれる結果となったものであろう. 註 1 ) 2 ) 3 ) 4 ) 5). 季幅の作品は, 戸崎允明注の季=喬詠物詩解 (静嘉堂文庫蔵) の本文による. 0 武田祐吉氏 増訂万葉集全註釈八 p .2 拙稿 万葉集巻七の一考察 (本学紀要33年9月号) 森本治吉氏 万葉集の写実美 (創元社万葉集講座第二巻). 拙稿 前掲書. 6 ) 武田祐吉氏. 前掲書 p .254 3. 司によって詠物詩的な雰囲気を 醸成 巻 次に人麻呂歌集所出の歌には, 巻七の場合に同じように , 序言 しよ う とす るも の が 見 出 さ れ る。. 今朝行きて. 明日は来ねと. 子らが名に. 懸 け の よ ろ しき. こ マ い ひ しカミ. 朝妻山に. 朝妻の 片山岸に. 霞たなびく 霞たなびく. (10.1817) (10・1818). これらは, 一首の基調は叙景詩的ではあるが, 序詞の比重も決 して軽いものではない. 前者の序 詞は, あるいは作者の創意によるものであろうか. 後者のそれは当 時の民謡を応用 したものであろ う. とも に 「朝 妻 山」 の 修 飾句 と して 成 功 して い る, 故 事 ・ 名 句 に 乏 しい 当 時 に あ っ て は, か. る. 手法によって, 訪 く物詩的雰囲気を出す ことは賢明 と言えよう, 中国詠物詩にあっては, か る場合 には, 山に関する名詩o名句が動員されて, 連想を豊富にし, 特殊な風趣を醸成するのである, し - 47 一.

(6) . 土. 田. 知. 雄. )人麻呂 かし, これらに乏 しい当時にあっては, 序詞に創意を見せることは有効な手法であった,1 は自然物象を修飾する序言 司に人事を内容とするものによって構成することが多いが, これらも詠物 詩に学ぶところがあったかも しれない. 彼の多彩豊富な序詞は, 集中においてもまことに独歩の観 が あ る.. ) 人麻呂作歌と題せられているものの中におけ る序詞10例 人麻呂歌集におけ 武田祐吉博士は,2 , る序詞58例を挙げて, 「これらの序の使ひ方は, 縦横無尽に才を振って居り その作者と見られる , 所の人麻呂, 及びその愛人の歌 才の非凡なことを語ってゐる これだけある中で, 前行のもののあ . ることを証明し得るものは, ÷っも無い.」と説かれた これらの序 詞の多くは 先ず相聞歌に用い . , られて, その汗情を潤色している. すなわち, その序詞中の讐壕の媒材は多く自然の景物を採り , それを 叙景的に表現て して, やがて汗情に転じて 転化の妙を期 している , , み 熊野 の 浦 の 浜 木 綿 百 重 な す 心 は 念 へ ど 直 に 逢 は ぬ か も 96 (4 ・ 4 ) 山高 萱 の. 白 露 しげ み. うらぶれ し. 心に 深め て. わ が 恋 ひ 止 まず. (11・2469). これらの煤材は, いずれも彼の叙景詩的興味によ っていることは明かである . しかし, 彼の用いた誓除の煤材は叙景詩的興味によってのみ選択されていない 筆者は次の第二 . の用例に注意 したい. も の ふの 八十氏河の 網木代木に いさよふ波の 行く方知らずも・ (3・ 264) 妹 が門. 入 り泉 河 の. わ が夫 子 が. 常 滑に. 浜 行く 風 の. み雪 残 れ り はや. い や 急に. いま だ 冬かも. 急 事 益 して. 逢 は ず か も あ らむ. (9 ・1695) (11・2459). これ らの第二の用例は, 自然の風物の美に凝視 しているのではなく 媒材としての物に興味があ , る の であ る. 264番 の 「も の ふの八十氏河」 について 3 ) , 武田博士は, 「ちはや人宇治といふ古歌 謡の枕詞が, ちはや人, 勇猛な人から, 武士を連 想して, もの ふの八十氏川の序詞となったと見 られる.」と説かれた, 人麻呂はこの序詞によって, 記紀歌謡以来の史伝やそれにまつわる連想をこ めようとしていることは明かである. そこに彼が詠物詩における地名表現に学ぶところがあったで 9 5番は, 暦と実景との相違に疑問を起 し 泉河という地名にも興味を覚えている あろう. 次の16 , . そ して, この序によって, 泉河に柔い暖い雰囲気を醸し出し, 下部表現と対照させている これら . にも詠物詩的表現が感ぜられ る. 2 45 9番も, 物としての風に対する興味が感ぜられる, かくの如く, 彼の序詞中には物に対する興味を感じている一群のあることは明かである. か る ものは, 地名の修飾に用いられるものに多い. 筆者はこ にも 漢詩の刺激なしとはしない 彼は , . それらの技巧にふれて, これを古来の枕詞・序詞・讐除・対句等の修辞法に摂版して それらの内 , 容を豊富にし拡充したのである. かく して彼の古今独歩の修辞技巧は生れたのである , 本巻における前掲人麻呂集の作品も, 序詞の第二の用例と撲を一にしているもので 注目すべき , 要がある. 説 く物詩における地名表現が, 人麻呂によって巧みに日本化されている例と言えよう. 註 1 ) 沢潟久孝氏 万葉の作品と時代 p .61~113 2 ) 武用祐吉氏 国文学研究 柿本人麻呂致 p .339~348 3 ) 同氏前掲書 p .348~349 4. この巻には, 秋の雑歌に 「七夕」 と題する一群がおびたゞ しく あ り, 短 歌 (1996~2088) 93首, 長 歌 (2089・2092) 2 首, そ の 反 歌 (2090・2091・2093) 3 首 も あ る こ と が 注 意 さ れ る. こ れ ら の 題詞には 「詠」 の字はないが, 詠物の一種と みてよかろう. 「詠」 の字がないのは, 七夕の歌9 8首 中, 38首も人麻呂歌集所出の歌があり, 人麻呂歌集では 「詠」 の字を用いていなかったためであろ う. 七夕の歌がかくも多く詠出されたのは, 支那伝来のこの伝説を, わが国にこれを受入れること 8- 一4.

(7) . 万葉集における中国詠物詩の影響. のできる素地があったからであろう, すなわち, 民俗学者の説く棚機つ女の伝説が, これを受入れ ることを容易にしたものと考えられる. そして, 当時の歌人の詠物詩的興味とともに, 夫婦別居の 習俗に悩んでいた若き歌人の相聞的興味をそ ったものであろう. 人麻呂歌集に38首にも上る七夕 の歌が収められているということは, 舎人生活の不自由な夫婦関係に七夕伝説が訴えるところがあ ったからであろうし, 伝説なるがゆえに万葉歌人なりの想像を馳せて詠物詩的に制作してゆくこと が容易であったからであろう. かくて, 七夕の歌を詠物の歌と見て支障なかろうと思う. 支那では すでに七夕の詩は文選に見え, 玉台新詠集になるとかなり多く見られる. 霞ま (10,1996) 天の河 永さへに照る 舟競ひ 舟こぐ人に 妹ら見えきや この歌では, 織女星が川岸に出ていて水まで照っているとしているが, これは玉台新詠集, 巻八 腹 信 「七 夕」 中 の 「牽 牛遥 映し水」 に ヒ ン トを得 た も の で は な か ろ ぅ か. こ の 歌 の如 き も, 「七月. 七日詠牛女」(巻三, 謝恵蓮の詩題) , 「詠七夕」(巻五, 何遜の詩 , 「詠牛女」(同巻, 劉鎌の詩題) 題) のよ う に, 「七 夕 を 詠 め る」 と す れ ば, 詠 物 の 題 詩 に ふさ わ しく な っ た であ ろ う. し か し, た. またま柿本人麻呂歌集所出の歌が多く, 同歌集では 「詠」 の字を用いなかっただけである. それら が訪 く物詩的興味によって詠まれていることは明かである. さて, この巻の七夕の歌を検するに, 第三者の立場から牽牛または織女のことを詠んだものより も, 直接に牽牛または織女の気持になって詠んだものが多い. 1 ( ) 第三者の立場で詠んでいるも の ”) 牽 牛 を 詠 ん でい る も の 1996・2005・2035・2043・2044・2047・2052・2053・2075・2076・2080 ◎. 計11首. 織女 を 詠 ん でい るも の. 1099・2009・2030・2034,2041・2063・2081. 計7首. い) 天 の 川 を 詠 ん でい も の 計4首. 2007・2013,2029・2040 に } 七夕 を 詠 ん でい る も の. 計 2首. 2032・2033. ’ 牛女二星の気持になっているもの ( 2 1 { ホ ) 1097・1098・2000・200102002・2003・2004・2008・2011・2014・2016・2017・20 8 7 2 1 2 0 2 7 0 ・ 21.2022.2026・2027・2028・2036・2057・2058・2059・2060・ 2020.20 .. 2073・2074・2085・2087. 計30首. ) 織女の気持になっているもの ト 1 2012.2 0 5。2019.2023.2031・2039・2045・2046・2048・2049・2050・2054・2055 ‐ 064.2065,2066・2067・2068・2069・2070・2077・2082・2083・2084 2061,2062.2 計27首. 2088. {ト ) いず れ かの気 持 に な っ て い る も の 計4首. 2037・2038・2078・2079. 2010.2024・2025・2043・2051・2086. 計6首. )の類の超群が目立つ. 七夕について客観的に叙するよりも, 汗情的に表現する 2 これによると,( 方に傾斜している. これは自己の体験に基づいて詠んだ方が容易であり, かつ興味があったのだろ う. これ は, さ らにト)の 類 よ り鮒 の 類 が 多い こ と に よ っ て も 推 考 さ れ る,. 大体, 漢詩においては, 織女を高貴なものに描き, 牽牛の織女に別れた後の悲嘆を歌うものが多 - 49 -.

(8) . 土. 田. 知. 雄. い, それ ゆえ, 織女の移動を説くの みで, 牽牛の来訪にはあまりふれていない こ れ に 対し い. これに 対 して, 和 歌においては牽 牛来訪の途上の辛苦を歌う. これは銅の類の超群と連繋があろう ろ う. また ま た, 日 本 の 織 女は, 支那のそれの如く神仙的でなく, 人間的であるのは, 内の類が多く, 叙事的に詠んでいない 叙事的に詠んで か ら であ ろ う. か く の 如 く, 七 夕 の 歌 は 相 当 日 本 化 し て い る . 天の河. 安 の 渡 りに. 八千 大 の. 船浮けて. 神 の御世よ り. 秋立つ待つと. と も し妻. (10・2000). 妹に告げ こそ. 人 知 りに け り. 継 ぎて し 思 へ ば. (10・2002 ). これ らの歌は, 人麻呂歌集の歌 であるが, 日本神話を 素材に用いているのが注意せられる こ れ . も人麻呂の詠 物詩的に連想を豊富にするための配慮に出たもの であろうか . 乾坤の 初の時ゆ 天の河 し い向ひ居りて 一年に 二遍逢はぬ 妻ごひに もの念ふ人 天の河 安の川原の あり通 あり通ふ 出々の渡に そを ま船の 櫨にも紬にも 船儀ひ 真揖繁抜 き. はたき. ′ 本 葉 も そよに そよ に 禾 秋風の. りて. 稚草の. まの. 年の緒長く. 妻が手枕かむと 手枕かむと. 吹き来る夕に. 大船の. 天の河. 思ひ悪みて. 思ひ来し 恋を尽さむ. 七月 の. 白浪凌ぎ 落ち激つ. 核ぎ来らむ. つま. その夫の子が. 早瀬渉 あらた. 七日の夕は・ 吾も悲しも (10・2089). この歌も, 神話的材料を用い, 日本的素材を採り上げている, 人麻呂歌集あたりの示唆を受けて い る よ う に 思わ れ る が, それらの材料を十分に駆 それ ら 使していない憾みがある, 5. 以上述べるところにょ つて, 本巻において詠物詩の影 響を受けた作品は決 して少なくない, 先ず 叙景詩的要素が季節感と結んで美的定型を作成する過程に, 詠物詩的傾斜が見られる. かくて 叙 , 景詩的要素が純粋写実の道を進まず, 花鳥風月的な美を求めるようになったの である. この傾向は この巻に対 して, 有名歌人の作を収める巻八にも見られ さらに時代が降るとより顕著になる , . 次に人麻呂歌集所出の作品に見られる序詞には, 特殊なものが見られる ことに地名を修飾する . 序詞には, 詠物詩の地名表現にヒントを得ているように思われる. Lかし これらは人麻呂によっ , て, 巧みに摂取され, 日本化されている. この巻におびたゞしい七夕の歌も, はじめは漢詩の影 響なくしては生れなかったであろう 従っ . て, おそらくこれらの作品が作られた当初においては 第三者としての立場にあって詠まれていた , であろう. しかるに, わが国の人々の夫婦別居の習俗が, 次第に牛女二星に対する同情を深からし め, 牛女二星の立場になって説 く作させるようになったものと考えられる. かくて, これらの作品を 拝情化させる結果となったも のと思われる. 巻 七 に 比 す れ ば, こ の 巻 は言永物 詩 の 影 響 を よ り 深く, よ り 広 く 受 け て い る と 言 え よ う し か し , ,. 作者の明かな巻八に 比すれば, これに及ばず, 中間の位置にあると言ってよいのではなかろぅか , (34.9.30). - 50 -.

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従って、こ こでは「嬉 しい」と「 楽しい」の 間にも差が あると考え られる。こ のような差 は語を区別 するために 決しておざ

うのも、それは現物を直接に示すことによってしか説明できないタイプの概念である上に、その現物というのが、

能が自然状態のレベルにまで減衰するのには1 そして廃棄物は蓄積してきた。 た。 一時的な貯

する ︵1︶ ︒ そ し て ︑﹁ 国際的﹂ である こ と が あら ゆる試みを保証し て い

れによって社会一般の行動様式とは異なる態度を示すということは、あま

たかもしれない」とジョークでかわし,結果的 りこめたシーンである。 ゴアは,答えに窮する

果を惹起した者に直接蹄せられる︒しかし︑かようなものとしての起因力が︑ここに正犯なる観念を決定するとすれぼ︑正犯は

「国宝」 に当たるんです。これが枚 方にあるって スゴいこと なんです よ!建設当時の礎石に触れてみま しょう!」.