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AI(Agri-Informatics)に基づく学習支援システムの研究開発(<特集>人工知能と農業)

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1.は じ め に

我が国では農業が成長産業と位置付けられ,IT 導入 が着実に進んでいる.政府は,2013 年 6 月に閣議決定し, 2014年に改訂した「世界最先端 IT 国家創造宣言」[神成 15]の一つでも農業を取り上げ,「IT を活用した日本の 農業・周辺産業の高度化・知識産業化と国際展開」を目 標として掲げている.このような流れの背景には,導入 される IT の中身が,労務管理などのコスト低減を主目 的としたものから,多くの研究成果の貢献により,作物 の付加価値向上や収量増大といったものへと変わりつつ あることがある.本稿では,まず,これら既存の研究動 向や具体的な導入状況について概観する. 次に,「アグリインフォマティクスシステム(以下 AI システム)」について解説する.AI システムは,高付加 価値型農産物の生産を安定的に実現する農家の意思決定 プロセスの「形式知」化と,その普及展開(他の農業者 への継承)を行う実証的研究からなる.研究の目的は, 我が国の農業情報技術の研究成果を活用した新規就農者 への技能継承と,日本のもつ高品質な農産物生産の国際 展開を実現することにある.この実証的研究について, 著者らは,2010 年から,農林水産省が認定した「農業 技術の匠」であり天皇賞受賞者であるサンファーム大山 の大山 寛氏の協力を得て,トマト栽培を対象に実証研究 を始めた.その後,亘理町でのイチゴ栽培などさまざま なフィールドでの実証研究を行ってきたことに加え,人 材育成の観点から山梨県の農業生産法人であるサラダボ ウルでの研究成果の活用など多岐にわたる活動にて,AI システムの応用の裾野を広げてきた.さらに,福岡・八

AI(Agri-Informatics)に基づく

学習支援システムの研究開発

Development of Learning Support System for Agriculture Based on

Agri-Informatics

神成 淳司

慶應義塾大学環境情報学部,内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室

Atsushi Shinjo Faculty of Environment and Information Studies, Keio University. / National Strategy Office of Information and Communications Technology, Cabinet Secretariat.

[email protected]

久寿居 大

NECソリューションイノベータ株式会社システムテクノロジーラボラトリ

Dai Kusui System Technology Laboratory, NEC Solution Innovators, Ltd. [email protected]

工藤 正博

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科

Masahiro Kudo Graduate School of Media and Governance, Keio University. [email protected]

小野 雄太郎

(同   上)

Yutaro Ono [email protected]

沼野 なぎさ

NECソリューションイノベータ株式会社システムテクノロジーラボラトリ

Nagisa Numano System Technology Laboratory, NEC Solution Innovators, Ltd. [email protected]

神谷 俊之

(同   上)

Toshiyuki Kamiya [email protected]

島津 秀雄

(同   上)

Hideo Shimazu [email protected]

Keywords:

agri-informatics, Means-Ends Analysis, farm guidance, sorting machine, mandarin orange. 「人工知能と農業」

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女でのミカン栽培でも実証研究を実施した.本稿ではそ の研究成果を示す.

2.従来の農業分野での情報的取組み

2・1 農業におけるさまざまな情報の態様 本章では,農業を情報の観点から整理する. 農業は,栽培計画,農地,生育段階の作物,栽培者(以 下,農家),評価の各要素により構成される情報システ ムである [神成 13]. ここで,栽培計画とは,どの作物を,いつ,どれだけ のコストをかけて,いくらの収益を目指すのか,といっ た経営的な投資計画そのものである.含まれる要素して は,品種,スケジュール,営農コスト(農薬,肥料など の資材や,人的コスト,燃料,電気代などのコスト),ター ゲットとする品質(出荷時に収益を決定する要素である 等級,外観,色など),収益目標などが含まれる. 次に農地とは,作物が栽培される土壌を含めた,作 物を取り巻く自然環境であり,含まれる要素として は,温湿度,土壌温湿度,土壌 EC(土壌の Electro Conductivity,電気伝導度.土壌中の含有肥料分の状態 を数値で示す値として使われる)値,風力,風向き,日 照量などの農地の状態を示す情報がある. 栽培作物とは,当該農地において,農家が生産対象と する作物であり,作物の生育段階(種苗段階から徐々に 生育し,収穫段階へと成長する)に関する点と,個々の 生育段階における作物の状態(水分,酸度,糖度などの 栄養価,果樹の大きさや色合い,茎径,含水量,開花状況, 糖度など)に関する点の両方の属性が含まれる. 農家とは,農業の意思決定・行動主体であり,栽培計 画を立案し,農地と栽培作物の情報を収集し,その情報 に基づいて,実施すべき農作業を選択し,実施する.最 後に評価とは,出荷後の作物の価格決定を行うために作 物の属性に基づき,価値の評価を行うことを指す.大き さや形状,表面に傷がないことなどの外形に加え,糖酸 度など,消費者が価値を見いだし,最終的に価格を決定 する要因となる項目によって,等級分けが行われる. この情報システムの目的は,栽培作物の状態変化を促 し,栽培作物の状態を,収穫段階に到達させることであ る.また,収穫された作物の販売による利益確保が目的 である.この目的を達成するための重要な要素として, 栽培作物一個体単位の収益性向上と生産量(収量)向上 による利益確保と,人件費を含めた諸経費の抑制による コスト低減の二点がある.利益確保には,個々の作物の 販売単価の向上と生産量増大に伴う売上げ増加の二つが 大きく分けて考えられ,栽培作物の市場価格,あるいは 市場ニーズ(品質や数量),ならびに生産コストなどを 踏まえて,利益確保に最適な時期をあらかじめ決定し, その時期に,栽培作物を収穫可能な状態へと到達させな ければならない. 2・2 農業分野におけるデータ収集と分析アプローチ 図 1 は前項にて情報の観点で示した農業情報について 全体を俯瞰したものであり,以下,特に圃ほ場での栽培に 関係する要素として,農地(環境),栽培作物,農家の 三つを取り上げ,具体的なデータ収集と分析アプローチ を概観する. まず,農地に関する取組みをまとめる.農地に関する IT導入の取組みは 1990 年代から進められてきた.代表 的なものが,精密農業である.精密農業にはさまざまな 定義が存在するが,我が国においては,澁澤らが提唱し た「複雑で多様なばらつきのある農場に対し,事実を記 録し,その記録に基づくきめ細やかなばらつき管理を行 い,収量,品質の向上および環境負荷低減を総合的に達 成しようという農場管理手法」[農水省 08, 澁澤 06] と いう定義が用いられることが多い.自然環境である農地 は,均一ではなく,気温土壌肥沃度や土壌の保水率など さまざまな要素において異なっている.これらの違いを 把握し,その違いに適した農作業を適用させることで, 栽培作物のさらなる成長を促進させようというものであ る.より具体的には,農地の分析手法として,1)土壌 の直接サンプリング・分析,2)土壌へのセンサの埋設, 3)非接触土壌分析法などが用いられることが多い.一 つ目にあげた土壌の直接サンプリング・分析手法は,多 数の土壌パラメータの分析が可能であり,調査方法とし ても確立されている.次に,二つ目の手法である土壌へ のセンサ埋設については,土壌温湿度や EC 値など取得 可能な情報の種類が一つ目の手法と比較して限られる ものの,リアルタイム測定が可能である.国内において は,インターネットの急速な発展に伴い,農研機構の平 藤らが 2000 年前後に,フィールドサーバのコンセプト と研究成果が提示された [Hirafuji 00].フィールドサー バは,Web サーバが稼働する端末に各種センサノードが 取り付けられたもので,圃場にて 24 時間の連続データ 取得を可能にするシステムであり,農研機構や三重大学 が中心となって開発が行われている [農研機構 05].さ らに,東京農工大学らは,トラクタの土壌を掘り起こす 刃先に各種センサノードを取り付けることで,深さ 15 ~ 30 cm の地中情報を連続して求めるシステムを提案し ている [農水省 08].このシステムでは,フィールドサー バが農地のある特定箇所の計測に限られるのに対し,ト 図 1 栽培時における農業情報の要素と本稿で取り上げる 収集・分析アプローチ

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ラクタが移動した場所のデータを継続的に把握すること が可能となる.現在,自動制御を目的としてこの類のト ラクタの実用化も検討されている.最後に,三つ目の手 法である非接触土壌分析法については,主に土壌汚染の 把握のために多く用いられてきた光学的手法がある. 一方,昨今急速に農業現場への普及が進んだ分野とし て,農地の環境を人工的に構築・制御する植物工場があ る.植物工場は,情報学的な観点で考えるならばフレー ム問題への擬似的な解決方法ともいえる.我が国の植物 工場分野の研究そのものの歴史は古く,高辻らが 1970 年代に研究を手がけたのが始めとされる [高辻 07].植 物工場の定義にはさまざまなものがあるが,高辻らによ れば,「環境制御や自動化などの技術を利用した植物の 周年生産システム」と定義される.このシステムは,い ずれも「農地」の環境制御が目的であり,多くは土壌を 用いない水耕栽培により農地環境の不均一性を排除する ことで農作業のマニュアル化,安定的な農業生産を目指 している. 次に,栽培作物に関する取組みである.この分野に 関しては,作物の生体情報のモニタリングに関する研究 開発が進められてきた.日本においては,愛媛大学らが SPA(Speaking Plant Approach)を提唱し,栽培作物 の生育状態・ストレス状態のモニタリングに関する研究 開発が進められてきた [高山 12].また,光学的手法に よる非破壊計測によって,収穫後の糖酸度を計測する装 置の開発も進んでいる [神成 12]. 最後に,農作業者の行為に対する取組みである.この 分野に関しては,生産履歴管理の一環で,農作業記録が 行われている.例えば農作業用ウェアラブルコンピュー タや農機具の高度化,あるいは農地の状態を記録する圃 場設置型情報端末などの活用も,農作業記録の負荷軽減 や情報の閲覧環境のさらなる高度化を目的として提案さ れている.農作業用ウェアラブルコンピュータを用いた 取組みでは,農地にバーコードスキャナを設置して位置 や作業内容を容易に入力可能にしたものや,音声認識の 活用など,農作業中に作業内容の記録を合わせて行うた めの仕組みが取り入れられている.

3.アグリインフォマティクスシステム

3・1 アグリインフォマティクス(AI)システムの概要 AIシステムのコンセプトは,農林水産省が 2009 年に 設置した「農業分野における情報科学の活用などに係る 研究会」において初めて提示された.研究会では,高齢 化が急速に進む熟練者の高度な農業技能を次世代に円滑 に受け渡すための情報科学の活用などについての議論を 行い,同年 8 月に報告書「AI(Agri-Informatics)農業 の展開について」を取りまとめた [農水省 09].同報告 書では,AI システムを,「人工知能を用いたデータマイ ニングなどの最新の情報科学などに基づく技術を活用し て,短期間での生産技能の継承を支援する新しい農業」 と定義している. また,AI システムは,澁澤ら国内の農業研究者が進 めてきた代表的な情報分析に基づく実証的研究である精 密農業を発展させたものとも位置付けられる.精密農業 は,効率性重視・大規模・機械化の米欧型農業を「精 密農業米国モデル」(第四世代)(Cost-driven company-based precision agriculture)とし,次いで,品質重視・ 知識集約的モデルを「精密農業日本モデル」(第五世代) (Value-driven community-based precision agriculture) として位置付け,現在では国内外においてこの第五世代 に関する研究成果が積み重ねられている. 第四世代は,再現性・反復性の高い生産プロセス設計 によって,定型的大量生産を目指すものであり,機械化・ 自動化などの資本集約的経営と,外乱を低減・排除する ことを目的としたシステム設計が中心となる農業であ る. 一方で,変化の激しい市場需要(形状,成分,時期な ど)と環境変動(温湿度,天候,病害虫など)に対して 目標設定をそのつど変えて,長期に及ぶ栽培期間に品質 をコントロールすることが求められる環境適合型の農業 では,さまざまな変化に対応するためのプロジェクトマ ネジメントと知識が必要であり,知識を継続的に習熟す る学習プロセスが必須である.第五世代が実現を目指す のは,品質をシステムの価値指標とし,経営的要素も含 む多様な環境に適合するための知識応用を前提する農業 である. AIシステムは,この第五世代「精密農業日本モデル」 を具現化する知的技術などを統合したマネジメントと学 習に関するプロセスに着目した農業と位置付けられる. 3・2 AI システムの構成要素 AIシステムは以下の要素からなる. (1)学習手法   人間の経験に基づく学習過程と,「話」と「学習」 の相互関係のモデルをベースにし,「話」を構成する「気 づき」による知識の蓄積(≒学習)を促進する仕組み. (2)目標達成型プロジェクトマネジメント手法   変化の大きい市場の需要に対して,目標品質(形状, 成分など)のアウトプット(生産物)を導く広義のプ ロジェクトマネジメントを成功させるためのプロセス とそのマネジメント手法. (3)データ・情報の蓄積・活用基盤(共通的データの収 集基盤)   前節で示したさまざまな要素のデータを蓄積し,検 索,分析を可能にするデータ蓄積基盤. (1),(2)は単純なベストプラクティスの模倣ではなく, 経験や自発的気づきといった知的な学習結果に基づくも のであり,そのためには,その判断基準となる多様なデー タソースが必要である.

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の判断を抽出する方法として,農作業者が見た作物や圃 場の箇所と,それに対する気づきを携帯端末に記録する 状態把握システムを開発し,データを蓄積している.ま た,糖度を連続計測する常設型センサを用いて作物の内 部状態の変化と,環境情報(温湿度,照度,土中温度, 土中 EC 値)とを記録している.また,最終的な出荷時 の評価にあたる収量や等級を目的変数として,これらの データを時系列で分析し,その関係性を可視化すること によって,「気づき」の形式知化と,分析データのフィー ドバックによる農作業者の自発的な学習の過程を研究し ている.これまでの研究により,熟練者と非熟練者の「状 態把握」の差異が明確にデータとして表れていることに 加え,また対象物の状態や環境に対する「気づき」の関 係性について,フィードバックによる有益な知見が得ら れている. さらにこの知見を活用し,NEC ソリューションイノ ベータは,JA ふくおか八女の協力を受け,ミカンを対 象として同様の研究を行っている.トマトとミカンは, 施設と露地という栽培施設の違いに加え,1 年栽培と果 樹など,対象作物の属性にも大きな違いがある.このよ うに大きく異なる農作物において実証を行うことの目 的は,AI システムが,個々の農作物の特殊性に閉じず, 学習支援基盤として有効性の確認を目指しているためで もある.以下 4 章では JA ふくおか八女における実証研 究の成果を示す.

4.八女ミカンプロジェクト

4・1 プロジェクトの概要 福岡県八女市の JA ふくおか八女の協力を得て,ミカ ンの露地栽培を対象として AI システムの実証プロジェ クトを実施した. ● ミカンは永年性作物の周年栽培であり,一年の間に 時期に応じて多くの異なる作業を行っている一方 で,各作業の頻度は低い. ● 当年度の作業が翌年度以降の樹木の状態,ひいては 果実収穫に影響を与えるため,短期的な状態把握, 判断だけでなく長期的な予測に基づく判断が必要と なる. ● 生産者は必ずしもミカン専業ではなく,他の作物の 栽培も行っており,専業・兼業などの条件,園地の 条件,生育品種など生産者ごとにばらつきが大きい. 以上のことから,生産者がミカン栽培に習熟するには 長い年月が必要となる.さらに,日本全体の傾向である が,生産者の高齢化が進んでいることや,指導員の数が 減少しており指導員一人で 200 人以上の生産者を担当す る状況となっていることから,技能の継承が大きな課題 となっている. 3・3 AI システムにおける学習支援 AIシステムにおける学習支援モデルは,人間の知識 を,経験の集合と捉え,学習は追加的かつ継続的に発生 する新たな情報を処理する過程とする考え方に基づいて いる. 図 2 は,農業における農作業を模式的に示したもので ある. 農作業者は,生体(果実や花,葉など)や環境(温度, 湿度,天候など)を観察する「①状態把握」に基づき, その状態から意味を抽出する「②判断」を行い,それに 基づいて生体,環境を制御するための「③作業」を繰り 返すことによって,農作物を生育している.これは,経 験をベースとした知識の蓄積(≒学習)の過程にほかな らない.この三つの要素を適切に繰り返し,そこから常 に新しい知識を抽出することによって,高い収量や品質 を確保していると考えられる. AIシステムの一つの側面は,「気づき」をベースとし た経験の蓄積による知識の形成を促し,熟練者の問題発 見,問題解決能力を早期に身に付けるための学習プロセ スを支援する仕組みである.このシステムの基本的なア プローチは,Learning by doing(やってみて学ぶ)こ とであり,観察による仮説検証型の「気づき」(PDCA の C に相当)と,比較・対照による探索型の気づきから なる. 図 3 は,図 2 で示した経験に基づく知識の蓄積の過程 をベースにして,経験の浅い就農者へのノウハウの継承 の目的とした学習支援システムのモデルを示している. 慶應義塾大学では,冒頭に述べたように 2010 年から AIシステムの実証研究を進めてきた [神成 13].熟練者 図 2 農作業における学習モデルの模式図 図 3 AI システムによる経験による知識の収集と学習支援を行う システムの模式図

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4・2 技能と知識のモデル化 AIシステムを具体的な問題に適用し,技能の継承を 実現するために,農業分野において専門家が日常的に 行っている作業・行為を観察し,専門家が初心者に技能 を伝えるための,専門家の暗黙知を抽出し形式知化する 方法を検討した. JAふくおか八女の指導員や組合員の方々とのミカン 栽培に関する作業観察や討論を通じて,農作業を行うに は運動,観察,判断に関する技能が必要であり,技能に 関する知識は以下の三つのタイプに分類できることがわ かった.一つの作業は三つのタイプのすべての知識が必 要であるが,作業の種類によってどのタイプの知識が重 要かは異なる. 1)動作型知識:どのように体を動かすべきかという 知識 2)説明型知識:意思決定するためにどこに注目すべ きかという知識 3)判断型知識:注目して得られた情報からどう判断 すべきかという知識 これらの知識は,それぞれ多くの断片的な知識の集合 であり,断片的な知識を形式知化することは比較的容易 であるが,漏れなく体系的に整理することは容易ではな い.ここでいう三つのタイプの知識は,図 4 に示すよう にそれぞれ図 2 の①状態把握⇒②判断⇒③作業の一連の 作業に対応する.動作型知識は,手先の器用さの部分に 知恵が織り込まれているようなものであり,③作業が特 に重要なものである.説明型知識は,観察する目の付け 所に知恵が織り込まれているようなものであり,①状態 把握が特に重要なものである.また,判断型知識は,段 取りの良さのところに知恵が織り込まれているようなも のであり,②が特に重要なものである.しかし,この対 応付けは少し極端であり,実際には①,②,③の二つ以 上が同等に重要な例も多数ある. 知識のタイプのそれぞれに対して,三つの技能継承の ための形式知化手法を検討した. 1)動作記録型 2)気づき記録型 3)回答記録型 1)では,専門家と初心者とが同じ作業を実行し,専 門家と初心者の両方の動作をビデオなどで記録,観察し, その差異を発見する.記録と観察に基づき,専門家と初 心者の両方に自分と自分以外の人の動作を比較してもら うことで差異を発見しやすくする. 2)では,専門家と初心者とが同じ作業を実行し,専 門家と初心者の両方が作業時に気づいた点を「気づき」 として言葉で記録し,その差異を発見する.「気づき」は, ある作業をそのように行う理由として「何(どういう注 目点)が,どう(どういう状態)だから」という形式で 記録することで,差異を発見しやすくする. 3)では,2)の「気づき」の記録に対して,専門家が 「どういう場合にはどう判断すべき」という正解を設定す る.初心者にさまざまな状況とその状況における正解を 数多く提示することで初心者への技能継承を達成する. 4・3 実証実験の方法 検討した知識のモデルおよび形式知化手法の有効性を 検証するため,JA ふくおか八女および八女市のミカン 生産者の協力を得て実証実験を行った.1)の動作記録 型では「剪定」作業を例として,2)の気づき記録型で は「貯蔵庫見回り」を例として,3)の回答記録型では「摘 果」作業を例として実験を行った. 1)動作記録型の実証実験 「剪定」作業を例として,動作記録型の形式知化手法 の実験を行った.剪定は樹の形を整え,枝葉の生長で着 果の均衡を保つことで毎年安定した収穫を得ることを目 的に行われる. ミカン栽培の 20 年以上の経験を持つ複数の上級者と, 数年の経験を持つ複数の中級者に剪定の作業を行っても らい,作業を記録した.作業は三つの点から記録した. 第一は 1 ~ 2 m 離れたところからのビデオ撮影である. 第二は,作業中にどういう点に気をつけているか,なぜ その枝を切るのかといった作業をしてもらいながらのイ ンタビューである.第三は,作業者がどこを見ているか という視線移動の記録であり,図 5 のように視点を記録 するためのアイカメラを作業者に装着してもらって記録 した.作業後に,記録を再生しながら上級者と中級者の 他に JA の指導員にも加わってもらって上級者と中級者 の差異に関してヒアリングを行った. 図 4 技能と知識のモデル 図 5 アイカメラによる視点記録

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2)気づき記録型の実証実験 「貯蔵庫見回り」を例として,気づき記録型の実証実 験を行った.ミカンの貯蔵は,収穫後に酸味を減らすな どの品質や味の向上のほかに,出荷期間を延ばすことを 目的に行われる.腐敗や品質低下を避けるために温度湿 度の管理が重要となる. 図 6 のような「気づき」を記録する Web アプリを開 発し,複数の上級者と中級者に,貯蔵庫見回りの際にタ ブレットやスマートフォンを用いて「気づき」を記録し てもらった.「気づき」は,「何(注目点)が,どう(状態) だから,何(作業)をした」という形式で記録すること とした.例えば,「湿度が」,「高い」から「換気した」,「天 気が」,「雨」だから「見回りをした」のように記録する. 記録者名や記録日時,記録した位置情報,注目点の写真 も合わせて記録できる.注目点や状態,作業は,選択肢 から選ぶようになっており,新しく選択肢を追加するこ ともできる.貯蔵庫見回りと他の作業で注目点が異なる かを調べるために,「気づき」は貯蔵庫見回り以外の作 業についても記録してもらうこととした. 3)回答記録型の実証実験 「摘果」を例として,回答記録型の実証実験を行った. 摘果は,果実が密集しすぎて傷が付いたり実が小さくな りすぎたりといった品質低下を防ぎ,高価値の果実をつ くるために行われる.品種にもよるが,7 月に粗摘果, 8月に仕上げ摘果を行い,10 月に収穫となる. 図 7 のような「気づき」の記録を利用して学習教材を 作成でき,学習教材を用いて学習できる Web アプリを 開発した.学習教材は,「気づき」の写真を用いて,写 真に対して正解の箇所を選択し,問題文と正解コメント を入力して作成する.例えば,写真中の摘果すべき果実 を選択して印を付け,問題文として「どの実を摘果しま すか」,正解コメントとして「密集していて傷が付きや すいから」のように入力して学習教材とする. 作成された学習教材を問題として提示することで初心 者でも短時間で農作業のポイントを学習可能とする.例 えば,写真と問題文として「どの実を摘果しますか」が 提示されて,写真中の摘果すべき実を選択して回答する. 回答後に「正解表示」ボタンを押すと写真上に回答と正 解が重畳表示され,「次の問題」ボタンを押すことで次々 と学習を進められるようになっている. 実験は,熟練生産者が管理する園地の樹を対象に,年 間の農作業のうち粗摘果と仕上げ摘果だけを学習前の初 心者,学習後の初心者が実施した.粗摘果,仕上げ摘果 とも学習時間はそれぞれ 20 分程度である.学習前後の 樹で収穫の結果を比較した. 4・4 実 験 結 果 1)動作記録型の実証実験 「剪定」作業に関して,事前ヒアリングにおいては, 上級者と中級者ではやり方に違いがあるはずだがどう違 うのかは不明とのことであった.映像と音声の記録に基 づいてヒアリングした結果,剪定場所,剪定量,切り方, 判断時間,視線位置,緯線移動の 6 点で上級者と中級者 の差異を明確化できた.例えば,視点に関しては,中級 者は樹の表面を見ているのに対し,上級者は樹の上下左 右,バランス,枝葉をかき分けて内側まで見ている.視 線の動きに関しては,中級者は一定の動きをしていない のに対し,上級者は枝に沿って動くことがわかった.さ らに,差異の理由をヒアリングすることで,実がなる枝 をどう残すか,樹の内側まで日光が当たるようになど, 上級者は数年後の樹形を予測して判断していることがわ かった. 図 6 「気づき」記録システム 図 7 学習システム

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2)気づき記録型の実証実験 多種の農作業に関して,何を観察してどう判断してい るかを事前ヒアリングしたところ,人によって大きく異 なり,整理できない状況に陥った.重要なルールを判別 し,体系的に整理可能にするため,気づき記録のシステ ムを用いて,上級者と中級者双方に貯蔵庫見回り以外も 含めて農作業中の「気づき」を記録してもらった.91 件の「気づき」が記録され,作業と注目点に関して重回 帰分析を行った結果,どういった点に注目してどう判断 しているかというルールが抽出できた.例えば,貯蔵庫 見回りに関しては,「気温が高いと扉を閉める」,「晴れ かつ気温が涼しいと換気する」,「貯蔵庫の湿度が高いと 換気する」などである.さらに,「品質良く果実を保管 する」という貯蔵庫保管の目的に対して,なぜ得られた ルールのように行動するのかと上級者や指導員に質問す ることによって「腐らせないため」や「味を良くするため」 といった中間目標も引き出すことができ,図 8 に示すよ うな「目的-中間目標-ルール」という構造で形式知化 が可能なことがわかった. 3)回答記録型の実証実験 実験に用いた樹のミカンを収穫し,非破壊選果機にて 評価点を計測した.選果機にミカンをまとめて流すと果 実一つ一つの色づき,傷のあるなし,大きさ,糖度,酸 度を測定し,評価点が計算される.ミカンの買取価格は 評価点と重量の積で計算されるため,生産者の収入に直 結する数値である. 初心者が学習前に摘果した樹の評価点の平均は 122.9 点で,学習後に摘果した樹の評価点の平均は 133.4 点と 約 9%向上した. 4・5 考察と今後の展開 検討した形式知化手法は,1)動作記録型,2)気づき 記録型,3)回答記録型の三つである.1)の手法は,専 門家と初心者の両方の動作そのものを直接に比較するた め,どのように体を動かすべきかという動作型の知識を 発見することに適している.2)の手法は,専門家と初 心者の両方が言葉で記録した「気づき」を比較するため, 意思決定するためにどこに注目すべきという説明型の知 識を発見することに適している.3)の手法は,観察の 結果を運動に結び付けるための知識を形式知化するのに 適しており,1)と 2)の手法で発見された知識を関連 付けて,初心者への技能継承を実現できる. これらの形式知化手法により,専門家の暗黙知を整理 し,初心者が学習可能にすることができた.抽出された 形式知は,学習という形式で利用するだけでなく,実際 の作業時にガイダンスとして提示することで現場で身に 付けられるようになる.そのために,必要な時に必要な 知識,気づきを提示できるようにする仕組みを開発する ことが今後の課題である.

5.お わ り に

AIシステムにおける学習支援のモデルの有効性を検 証するため,農業における篤農家の知識の形式知化およ び技能継承に適用し,実際の現場にて検討し分析した. その結果,農作業をうまく行うには運動,観察,判断に関 する技能が必要であり,それぞれに対して異なるタイプ の知識と形式知化手法が有効なことが明らかとなった. 暗黙知の形式知化は困難な課題であるが,特に農業の ようなさまざまな作業を行う必要がある技能継承では, IT側からは,以下の点に対応して支援することがポイ ントであった. ● 動作からの技能抽出を支援する IT:篤農家にとっ て技能は身に付いたものであり,自然に体は動くが, それを言葉で表現することに慣れていないことが多 い.篤農家が,動作の中の重要ポイントを発見し, それを言葉にすることを支援する IT が有用である. ● 状況依存の技能抽出を支援する IT:篤農家は,事 務所で聞いても出てこないが,現場で,そのとき, その場の状況になって初めて出てくる知恵がある. 篤農家に現場で作業をしてもらいながら出てくる知 恵を記録する IT が有用である. ● OJTを支援する IT:知識の伝承には,篤農家の技 能や知恵を形式知化するだけでは不十分であり,経 験の浅い就農者に,知識を現場で適用する訓練を施 す IT が有用である. 従来,圃場のような屋外では IT の適用は困難なこと が多かったが,アイカメラやシースルー型ディスプレイ などのウェアラブル機器の小型化や性能向上が進む一 方,無線通信回線の低価格化や高速化が進展することに より,上記のような IT の屋外での適用がはるかに現実 的になってきた.今後,AI システムの学習支援のモデ ルの普及が促進されると期待される. AIシステムは,日本の熟練者が培ってきた潜在力を 引き出すだけでなく,新しい形の国外展開を実現する可 能性をもつ.圃場に設置したセンサネットワークのデー タを,農業設備,農業機械と連携,制御によって日本の 農業のノウハウを現行の知的財産法の枠組みで保護しつ 図 8 貯蔵庫見回りの知識例

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つ,他地域や国外への展開が可能になる.これは,従来 の Made in Japan の農産物の国外販売から,日本のノウ ハウを国外に展開し収益を拡大することを目指す「Made by Japan」への転換である. また,土壌や病害虫や,気象情報や市況情報などの外 部の有益な情報を,圃場のセンサネットワークや農業設 備,機械と連携することで,国内に蓄積されたさまざま な情報の有効活用や販路を広げることも可能になる. 一方で,上記のような新しい情報連携を推進し,かつ 日本の価値ある農法を保護するためには,標準化を早急 に進める必要がある.異なるセンサや農業機械,設備, および情報端末を連携するためには,現在のような個々 の企業の機器に閉じた方式や,単一の生産拠点を念頭に 置いた標準化では対応が不可能である.今後 Made by Japanとして日本の農業を海外展開するうえでは,標準 化などによる世界でのイニシアティブを取ることが極め て重要である.この領域において情報科学分野が貢献で きることは大きく,今後の研究と活動の進展が期待され る. 深 謝 本研究は,農林水産省「農山漁村 6 次産業化対策事業」 の AI システム実証事業(2012 ~ 14)のご支援をいた だいて遂行しました.農林水産省に感謝いたします.ま た,実際に共同作業をしていただいた JA ふくおか八女 の指導員,組合員の方々をはじめ関係各位の皆様に深謝 いたします.

◇ 参 考 文 献 ◇

[Hirafuji 00] Hirafuji, M.: Creating comfortable, amazing, exciting and diverse lives with CYFARS(CYber FARmerS) and agricultural virtual corporation, Proc. 2nd Asian Conf. for

Information Technology in Agriculture, pp. 424-431(2000) [農研機構 05] 二宮正士,亀岡孝治:データベースモデル協調シス テム,http://datamodel.agrid.org/(2005) [農水省 08] 農水省:日本型精密農業を目指した技術開発,農 林水産省,http://www.s.affrc.go.jp/docs/report/ report24/no24_p1.htm(2008) [農水省 09] 農水省:農業分野における情報科学の活用等に係る研 究会報告書─ AI 農業の展開について(2009) [神成 12] 神成淳司:圃場常設型非破壊計測の検討,人工知能学会「社 会における AI」研究会(2012) [神成 13] 神成淳司 , 工藤正博:農業分野における IT 活用:高付 加価値化につながる取組み,信学誌,Vol. 96 No. 4, pp. 280-285 (2013) [神成 15] 神成淳司,土井 剛,竹葉良太郎,鈴木和志,田雑征治:農 業情報創成・流通促進戦略,人工知能,Vol. 30, No. 2, pp. 199-206(2015) [澁澤 06] 澁澤 栄:精密農業,朝倉書店(2006) [高辻 07] 高辻正基:完全制御型植物工場,オーム社(2007) [高山 12] 高山弘太郎:生育状態の見える化,農業情報学会 2012 年度シンポジウム・オーガナイズドセッション個別口頭発表講 演要旨集(2012) 2015年 2 月 2 日 受理

著 者 紹 介

神成 淳司(正会員) 2004年岐阜大学大学院工学研究科博士後期課程修 了.博士(工学).IAMAS,岐阜県情報技術顧問な どを経て,現在,慶應義塾大学環境情報学部准教授, 同医学部准教授(兼担).内閣官房情報通信技術(IT) 総合戦略室長代理,副政府 CIO を兼務.農業,医療, サイバーセキュリティ,マイナンバーなどの政府の IT政策全般を担当.情報政策,農業情報科学の研究 に従事. 工藤 正博 2013年北海道大学大学院情報科学研究科博士後期課 程修了.博士(情報科学).2013 年から慶應義塾大 学政策・メディア研究科特任准教授にて,農業・介 護などの分野において情報科学を適用する研究に従 事. 久寿居 大は,前掲(Vol. 30, No. 2, p. 173)参照. 小野 雄太郎 2008年 慶應義塾大学 環境情報学部卒業.2009 年よ り,農業・介護などの分野において情報科学を適用 する研究に従事. 神谷 俊之は,前掲(Vol. 30, No. 2, p. 173)参照. 沼野 なぎさは,前掲(Vol. 30, No. 2, p. 173)参照. 島津 秀雄 (正会員)は,前掲(Vol. 30, No. 2, p. 173)参照.

参照

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