〈論文〉農村の婦女、都市の婦女--中国映画『李双双』をめぐる一考察
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(2) 教 養 ・外 国 語 教 育 セ ン ター 紀 要. 2."十 七年 喜 劇 電 影"が 辿 っ た足 跡 "十七 年 電 影"史 に お い て 、上記の 『 李 双 双』 と 「 女 理 髪 師』 は共 に 「 喜 劇 」 映画9と 定 義 され て い る。社 会 主 義 国 家 建 設 事 業 の 上 で の 「喜 劇 」 映 画 創 作 は政 策 変 化 と共 に複 雑 な 経 緯 を た どって い る ため 、 先 ず は本 節 に て簡 潔 に そ の流 れ を追 い、 同時 に 「 李 双 双 』・『 女 理 髪 師 』 両作 品 の 「 喜 劇 」 の性 向 を も確 認 してお きた い 。 建 国以 後 、 映 画 は社 会 主 義 国家 建 設 の た め に人 民 の啓 蒙 ・教 導 を推 進 す る ツ ー ルで あ る と規 定 され る。 そ れ ゆ え、 映 画 作 品 で 描 か れ るの は労 働 者 ・農 民 ・兵 士="工 農 兵"英 雄 人 物 に 限 られ、 内容 は 堅 苦 し く物 語 展 開 も公 式 化 、 製 作 本 数 も激 減 す る こ と とな る10。そ れ を問 題 視 した 党 中 央 は、 「中 央 人 民 政 府 政 務 院 に よ る 映 画 制 作 の 強 化 工 作 に 関 す る決 定 」11を 出 し、 映 画 製 作 の挺 入 れ を試 み る。 そ の 際 提 案 され た の が 、 新 社 会 の 問 題 点 を 「調 刺 」 とい う手 段 で 灸 り出 す 、 ソ連 の喜 劇 映 画 を見 習 う こ とで あ っ た。 党 に対 す る人 民 の意 見 や批 判 を受 け 入 れ る 「双 百 方 針 」 時期12と 相 侯 っ て、1956年 、 「 喜劇 」映画の制作 が 開始 され た。1930年 代 、 上 海 の喜 劇 俳 優 で あ っ た 呂班13は 、党 内 に見 え る官 僚 主 義 者 や 、 正 規 戒 律 を振 りか ざす 文 芸 関係 者 を嘲 笑 す る 「調 刺 喜 劇 」 映 画 を連 作14、 一 時 人 気 を 博 した もの の 、 彼 の 作 品 は 翌1957年. の 「 反 右 派 闘争 」 で 一 転 「社 会 主 義 社 会 を乱 す 大 毒. 草 」 と批 判 され 、 呂 班 も 「 右 派 分 子 」 の 筆 頭 と して 映 画創 作 現 場 か ら永 久 追 放 さ れ る に至 る。 そ の 煽 りを受 け て他 の 「喜 劇 」 映 画 も批 判 の 矢 面 に立 た され 、 調 刺 性 を有 した 「喜 劇 」 映 画 制作 は 禁忌 とな る。 1958年 よ り始 ま った 「 大 躍 進 運 動 」 は 人民 大 衆 のユ ー トピ ア幻 想 を この 上 な くか きた て た。 当 時 濫 造 され た"芸 術 性 記 録 片"15は ドキ ュ メ ン ト映 画 の体 裁 を採 りつ つ も、 実 現 が 到 底 不 可 能 な生 産 業 績 の樹 立 、 共 産 主 義 社 会 へ の跳 躍 な どを描 き続 け、 新 社 会 建 設 事 業 へ の 極 度 な 楽 観 主 義 を顕 示 した 。 翌1959年. に は 「建 国十 周 年 記 念 映 画 」 製作 計 画 が提 起 され. るが 、 そ の 題 材 の 中 に 「明 る く軽 妙 な作 品 が 無 い 」 こ とを、 当 時 党 文 化 部 副 部 長 の 職 に 在 っ た夏 街16が 指摘 、 こ こで 「 喜 劇 」 映 画 の再 興 が試 み られ る。 但 し、 落 伍 した 人 物 や 事 象 を 「調 刺 」 す る こ と は忌 避 され 、 完 成 した作 品 は好 い 人 物 しか 登 場 しない 、 そ の 人 物 が 自 己 の 幸 福 よ り も公 的事 業 を優 先 す る とい う、「歌 頒 性 喜 劇 」 と称 さ れ る もの で あ っ た。 こ の ス タイ ル の 「 喜 劇 」 は、 「大 躍 進 運 動 」 中 の 「楽 観 主 義 」 を反 映 した 「喜 び の 劇 」 と 称 す る に相 応 しい 。 こ の、 「 喜 劇 」 に不 可 欠 と され て い た 「調 刺 」 手 法 を用 い な い 「 社会 主 義 中 国 の 新 品種 」17と称 揚 され る 「歌 頒 性 喜 劇 」 で あ っ た が 、登 場 人物 称 賛 だ け の叙 述 形 式 と、 「 登 場 人 物 の 誤 解 と、物 事 の 偶 然 性 」 で しか 「笑 い 」 の発 生 点 を構 築 で きな い 状 況 で は作 品 を量 産 す る こ とが で きず 、 結 果 「 五 朶 金 花 』(1959)と. 『 今 天 我 休 息 』(1960). のみ で創 作 が頓 挫 して しま う18。 「大 躍 進 運 動 」 が 失 敗 、1961年 の 「調 整 政 策 」 に お い て、 「歌 頒 性 喜 劇 」 の 主 題 で あ る. 一38一.
(3) 農 村 の 婦 女 、 都 市 の 婦 女一. 中国 映 画 「 李 双 双 』 をめ ぐ る一 考 察. 「社 会 主 義社 会 新 現 象 、新 人 物 の称 賛 」 を継承 しつ つ 、 生 活 範 疇 の 中で 立 ち後 れ た 思 想 を 持 っ た 人 物 へ の軽 度 な 「 課 刺 」 を物 語 内 に織 り込 ん で い くとい う、 「軽 喜 劇 」 の ス タ イ ル が 構築 され た。 映 画創 作 方 針 の 転 換19を 訊 い た 映 画 関係 者 た ち は 討論 を繰 り返 し、 こ の第 三の 「 喜 劇 」創 作 に力 量 を傾 注 して い く。"十 七 年 電 影"時 期 にお け る 「喜 劇 」 映 画 の 佳 作 とは概 ね この 時 期 に創 作 され た もの で 、 「 李 双 双 』・「 女 理 髪 師』 もこ の 「軽 喜 劇 」 に属 す る。 と りわ け 『 李 双 双』 は傑 作 と して 後 年 に名 を残 して い る。. 3.『 3-1.物. 語 梗 概 と原 作. 先ず、映画. 李 双 双 』 と快 活 な 女 主 人 公. 「李 双 双 小 伝 」. 「 李 双 双 』 の 物 語 を 紹 介 し よ う。. 河 南 省 の農 村 に住 む孫 喜 旺 の妻 ・李 双 双 は考 え を直 ぐに 口 に 出す 快 活 な農 婦 だ。 面 倒 事 を嫌 う夫 の 喜 旺 は妻 の御 節 介 ぶ りに眉 を墾 め て い る。 日 寺は農 業 集 団 化 が 推 進 され る1960年 初 頭 。 人 民 公 社 化 す る 農村 で は、 農 民 個 々 の 労 働 評 価 を如 何 に平 等 に行 な うか 、 議論 が進 め られ てい た 。 双 双 は家 で暇 を持 て余 す 農 婦 達 と共 に、 農 地 水 路 工 事 に勇 ん で協 力 す る。 そ の 有 能 な働 きぶ りは 、 「 女 に労 働 は無 理 」 と決 め 付 け て い た 若 い公 社 幹 部 ・二 春 を驚 か せ る が 、 喜 旺 に は何 の 得 に もな ら ない と罵 られ、 双 双 は早 速 喧 嘩腰 だ。 女 性 の み な らず 、 農 民 の労 働 量 に不 均 衡 が 起 こ る背 景 に、"工 分"(労 働 点 数)記 録 の不 明 瞭 さが 関係 し てい る こ と に気 付 い た 双 双 は、 労 働 点 数 の平 等 評 価 を求 め て"大 字 報"を 貼 り、 村 の 党 支 部 書 記 に認 め られ る。 こ う して、 村 民 に は 点 数 手 帳 が 配 られ 、 喜 旺 と人 民 公 社 員 ・孫 有 の娘 、桂 英 が 点 数 記 録 係 に任 命 され た 。 農 民 達 の労 働 点 数 は党 支 部 書 記 や 人民 公 社 幹 部 に よっ て決 め られ るが 、 古 い付 き合 いで あ る生 産 隊 長 の金 樵 や孫 有 に対 して、 甘 い点 数 をつ け て しま う喜 旺 。 双 双 は人 民 公 社 に 出 向 き、 夫 を含 め る三 名 を訴 え た。 任 務 と情 に挟 ま れ た喜 旺 は、 家 出 の ブ リを して 双 双 に これ 以 上 口 を挟 む な と言 い つ け るが 、 正 直 者 の 双 双 はや は り金樵 た ちの 不 正 を告 発 す る。 愈 々腹 を立 て た 喜 旺 は 輸 送 隊 に加 わ り、 本 当 に家 出 を して しま っ た。 辛 さ に涙 す る双 双 。 農 村 で は、 双 双 が 婦 女 生 産 隊長 に選 出 され た。 金 樵 の妻 ・大 鳳 は、 自分 の 夫 を告 発 した 双 双 に反 発 す るが 、 双 双 の説 得 で生 産 隊 に加 わ る よ うに な る。 双 双 の 人 徳 を知 る 二 春 は 、桂 英 との 拗 れ た 恋仲 を彼 女 に取 り持 って 貰 う。 双 双 の 活 躍 で 農 村 は 大 豊 作 、 農 地 に は彼 女 らの歌 声 が 響 き渡 った 。 輸 送 隊 の仕 事 か ら帰 っ た喜 旺 は婦 女 生 産 隊 の活 躍 に 目を見 張 る。 しか し、 双 双 に利. 一39一.
(4) 教 養 ・外 国 語 教 育 セ ン ター 紀 要. 己 主 義 を 責 め られ た 喜 旺 は ま た も家 を 飛 び 出 す 。 が 、 今 回 は 輸 送 隊 の 労 働 中 に 私 腹 を 肥 や し て い る 金 樵 と孫 有 に 対 し て 毅 然 と 批 判 す る た め で あ っ た 。 … … あ る 晴 れ の 日。 河 畔 で 竹 笛 を 吹 く喜 旺 。 や っ て き た 双 双 に 喜 旺 は 言 う 。 「本 当 に 、 お 前 は 変 わ る ご と に 綺 麗 に な っ て い く な あ 。」20. この 映 画 版 『 李 双 双 』 の脚 本 は、 作 家 ・李 准 に よ る原 作 短 篇 小 説 「 李 双 双 小 伝 」21より 原 作 者 自 らが 改編 した もので あ る。 この原 作 版 「 李 双 双 小 伝 」 が 脱 稿 され たの が1960年2 月 、 「大 躍 進 運 動 」 の熱 狂 が 既 に常 軌 を逸 した 頃 で あ る 。 そ れ を反 映 す る よ う に、 原 作 に 描 か れ る主 人 公 ・李 双 双 は 「大 躍 進 」 の 時 代 を生 きる理 想 の 女 性 英 雄 に相 応 しい 姿 を見 せ る。. 家 族 や 子 供 た ち の食 事 を作 らね ば な らない 農 村 女 性 た ちが 水 利 事 業 に専 心 で きない 事 に不 満 を感 じる双 双 は、 集 団 食 堂 の建 設 を訴 え て党 支 部 に歓 迎 、 建 設 を実 現 させ る。 嘗 て 高 級 レス トラ ンの料 理 人 で あ った 夫 の 喜 旺 が 炊 事 係 に な るが 、衛 生 管 理 の 怠 慢 や 昔 の仲 間 で あ る金 樵 へ の優 遇 が答 め られ 、妻 の双 双 が代 わ りに 食 堂 を き りも りす る。 彼 女 は衛 生 管 理 の徹 底 や新 式 メ ニ ュ ー の 開発 、 旧思 想 を棄 て きれ ない 人 物(金 樵 と孫 有)へ の 批 判 闘争 に尽 力 し、 遂 に は 集 団 食 堂 内 の 全 オ ー トメ ー シ ョン化 に成 功 、 北 京 で挙 行 され る群 衆 英 雄 大 会 に 出席 す る こ と とな った 。 養 豚 部 隊 に移 った 夫 の 喜 旺 が 言 う。 「 俺 もお 前 に追 い 着 い て みせ る1」22. 「大 躍 進 」 事 業 に革 命 的 功 績 で応 え る李 双 双 は、 こ の 時期 の流 行 語 、"放 衛 星"=人. 工衛. 星 を打 ち上 げ る程 の 大 躍 進 を実 現 した 農 村 婦 女 と して 浮 き彫 られ て い る。 しか し映 画 版 「 李 双 双』 に は、 双 双 が 闘 争 の 舞 台 とす る 「集 団 食 堂 」 の プ ロ ッ ト自体 が 移 し込 まれ て い な い。 何 故 な ら、 本 作 が ク ラ ン ク イ ン した1961年. に は既 に 「集 団 食 堂 」 が 全 面 的 に破 産. して お り、 「大 躍 進 」 政 策 の総 体 的 失 敗 を象 徴 す る事 象 と化 して い た か らで あ る。 原 作 「李 双 双 小 伝 」 を読 み 進 め る につ れ、 双 双 の 人物 形 象 が 「大 躍 進 」 の 熱 病 に搦 め 捕 られ、 成 し遂 げ る功 績 も非 現 実 的 に、 口 にす る 言 葉 も公 式 的 に な って い くのが 見 え る。 例 え ば、 党 支 部 書 記 か ら"政 治掛 帥(政 治 最 優 先)"の 理 念 を 聞 い た 李 双 双 は、 夫 の 喜 旺 に語 る。 「私 た ち は 党 に従 うだ け で な く、 毛 主 席 に も従 い 、 党 を熱 愛 し、 党 が提 起 す る全 て を遵 守 せ ね ば な ら ない わ。 そ の規 律 を破 っ た者 とは 闘 争 あ る の み な の よ」。 こ れ は普 く"芸 術 性 記 録 片"の 主 人 公 が 同志 達 に語 る常 套 句 で あ り、 現 代 の 眼 か らす れ ば頗 る興 醒 め な台 詞 で あ るが 、 これ こそ が 「大 躍 進 」 とい う特殊 な時 代 にお け る、 一種 の 文 学 表 現 で あ る事 実 を 認 識 す べ きで あ ろ う。. 一40一.
(5) 農 村 の 婦 女 、 都 市 の 婦 女一. 中国 映 画 「 李 双 双 』 をめ ぐ る一 考 察. 3-2.映 画 版 の 李 双 双 と本 作 に お け る 「 笑 い」 の フ ァク タ ー そ れ を裏 付 け る よう に、 「 李 双 双小 伝 」 は当 時 の 読 者 か ら大 い な る反 響 を獲 得 す る。 「歌 頒 性 喜 劇 」 と見 な され る映 画 作 品 『 今 天 我 休 息 』 を撮 っ た監 督 ・魯 劒 は そ れ を知 り、 李 准 と映 画 化 の議 論 に入 る。 李 准 は 「集 団食 堂 」 プ ロ ッ トを 「農村 女性 の 労 働 参 加 、 労 働 点 数 の公 平 な配 分 」 に 置 き換 え 、前 節 の梗 概 の よ う に映 画 版 の 文 学 脚 本 を改 編 した23。 張 瑞 芳 が 演 じる映 画 版 の李 双 双 は"政 治 掛 帥"の 常 套 句 を口 にす る こ と もな けれ ば、 孫 有 や 金 樵 とい った 旧 思 想 の 持 ち主 と直 接 政 治 闘争 を展 開す る で もな く、 ま して村 落 組織 の 機 械 化 を 達 成 す る労 働 英 雄 に は な ら ない 。 こ の 時既 に、 「人 躍 進 」 的叙 述 は用 をな さな くな って い たの で あ る。 だ が 、 明 る く溌 刺 と した 、 直 情 的 で 言 い た い こ とはす ぐ口 に 出す 、 曲が っ た こ とが 嫌 い な そ の性 格 は映 画 版 の李 双双 に継 承 され た。 「大 躍 進 」 時 期 の 「歌 頒 性 喜 劇 」 映画 が 、肯 定 的 人 物 しか登 場 しな い とい う狭 隆 な 条 件 で 創 作 され る 中で 、 「喜 劇 」 映 画 が 社 会 的 に 落伍 した者 を醜 く描 き、 そ の 批 判 対 象 を嘲 笑 す る こ とが 出来 な くな った の は前 述 の 通 りで あ る。 な らば どの よ うに肯 定 的 な人 物 形 象 の み で 「喜 劇 」 を成 立 せ しめ るの か 。 あ る論 考24は 、肯 定 的 人物 の"美 化"だ けで はそ の人 物 形 象 を単 一 化 ・偏 向化 させ 、 喜 劇 的効 果 も落 伍 者 を"醜 化"す る形 式 ほ ど強 力 な もので は な くな る、 と述 べ る。 そ こで 運 用 され た の が 、 双 双 の 夫 ・孫 喜 旺 の形 象 に厚 み を加 え る方 策 で あ っ た 。 原 作 「李 双 双小 伝 」 で は妻 の 双 双 の 「 躍 進 」振 りに存 在 感 が 薄 い が 、 映 画 版 の彼 は、 妻 の や り 過 ぎや 言 い過 ぎに ヤ キモ キ し、 党 支 部 書 記 に妻 を褒 め られ るや 有 頂 天 に な る。 ま た、 昔 馴 染 み との 義 理 と社 会 規 則 に挟 まれ て 困惑 す るか と思 え ば、 双 双 に利 己 主 義 者 だ と指 弾 され 家 出 まで して しま う。 この よ うに 、 ヒロ イ ン李 双 双 と上 手 に絡 み合 い 、彼 女 の 人 物 形 象 を 引 き立 て る役 を、 彼 が 劇 中で こ な して い る。 映 画 史研 究 者 で あ る饒 曙 光 は、 本 作 が 『 快階 李 翠 蓮』25『 嬰 寧 』26など伝 統 戯 曲 説 唱 もの が 提 示 す る"旦""醜'モ と指摘 す る27。"醜"が 滑 稽 なや りと りを繰 り返 して"旦"の. デ ル を継 承 して い る、. 美 を引 き立 て る とい う、 この. 伝 統 芸 能 形 式 に基 づ い て 、「大 躍 進 」 の熱 狂 で肯 定 的 人物 形 象 しか描 け な くな っ た 「喜 劇 」 に"醜'の. 人物 を再 登場 させ 、 「笑 い 」 の要 素 を強 化 した の で あ る。 た だ、 人 物 を嘲 笑 す. る 「調 刺 喜 劇 」 の時 期 と異 な る の は、"醜"の. 形 象 が 徹 底 批 判 され る対 象 で は決 して な く、. 肯 定 的 人 物 に教 導 され(本 作 中 で は双 双 に 罵 られ)、 結 果 的 に肯 定 的 人 物 の隊 伍 へ と受 容 され る点 で あ る。 この"醜 化"人 物=孫 喜 旺役 は 、 人気 俳 優 仲 星 火 が 「歌頗 性 喜 劇 」 映 画 「 今 天 我 休 息 』 か ら続 投 の 形 で担 当 し、 明 る く溌 刺 と した農 婦 李 双 双 と対 照 的 な 、 男権 思 想 を振 り騎 す 割 に煮 え切 らない 性 格 で 可 愛 げ の あ る朴 訥 な農 民 を好 演 、 本 作 の 「 笑い」の 発 生 点 に貢 献 して い る。 当時 の観 客 に 「 人 と成 りを見 る な ら李 双 双 、 演 技 を愉 しむ な ら孫 喜 旺 」28と評 価 され て い た こ とか ら も、 本 作 の 「笑 い 」 が 李 双 双 の み で は成 し得 ず 、"醜". 一41一.
(6) 教 養 ・外 国 語 教 育 セ ン ター 紀 要. 役 の孫 喜 旺 の滑 稽 な魅 力 が あ っ て こそ で あ る こ とが 判 る。 そ して 、 この 「喜 劇 」 性 の 強 化 に よ り、 原作 小 説 に描 か れ て い た硬 質 な 労 働 英 雄 ・李 双 双 の 人 物 形 象 もか な り穏 や か に な った 。. 3-3.「 軽 喜劇 」 と 「日常 」 へ の 回 帰 当時 の 「軽 喜 劇 」 と言 われ る劇 種 は、 映 画 評 論 家 ・馬 徳 波 の 規 定 に拠 れ ば 「矛 盾 が あ っ て も激 しい もの で あ る必 要 は な く、衝 突 が あ って も強 烈 な もの で あ る必 要 は ない 。 調 刺 が あ って も辛辣 で あ る必 要 は な く、 歌頒 も極 度 に高 らか な もの で あ る必要 は な い」29との こ と だが 、 この 規 定 に照 ら して 言 えば 、 原作 「 李 双 双小 伝 」 か ら映 画 版 『 李 双双』への変更 は ま さ に、 激 し く強 烈 な 矛盾 衝 突 が 緩和 され 、 彼 女 個 人 へ の高 調 な歌 頒 も鳴 りを潜 め、 寛 容 性 に 富 ん だ調 刺(夫. ・孫 喜 旺 に対 す る もの)が 加 え られ た もの で あ る。 繰 り返 しに な る. が 、 こ れ は党 指 導 部 か ら数 多 群 衆 ま でが 、 「 大 躍 進 運 動 」 の熱 狂 か ら醒 め た こ との 顕 れ で あ る。 だ が 、 高 らか に称揚 す る必 要 の な くな った李 双 双 が 、 映 画 版 を通 して 後 代 まで 記 憶 さ れ る の は なぜ か 。 そ れ は、 原 作 の 李 双 双 が 「大 躍 進 運 動 」 を支 持 ・参 与 す る者 と して 「政 治 イ デ オ ロギ ー」 の 土 台 の 上 に構築 され た の に対 し、 映 画 版 の 李 双 双 が、 民 意 に近 し い 「日常 」 の レベ ルへ と回 帰 した か らで は ない か 。 こ こで 、 原作 小 説 に は ない 李 双 双 の姿 を映画 版 か ら拾 い 上 げ て み よ う。 原 作 で は人 民 食 堂 の 中 に解 放 式 水 車 を隠 し持 っ て い た金 樵 で あ っ たが 、 映 画 版 で は生 産 隊 の 副 隊 長 に変 更 され て い る。 彼 は生 産 隊 の 仕 事 で家 を空 け る こ とが 多 い た め 、 労 働 点 数 の 「救 済 」 点 数 を得 よ うとす るが 、 点 数 配 分 会 議 に 同席 した 李 双 双 が 強 く反 対 す る。 金 樵 も、 また 他 の 家 に は 口 を 出す な と双 双 を諌 め て い た喜 旺 も怒 っ て家 を出 て い く。 翌 日、 双 双 は金 樵 の 家 を訪 ね 、妻 の 大 鳳 の様 子 を うか が う。 「何 しに 来 た の?家 庭 不 和 を起 こ させ て もまだ 気 が 済 ま ない?」 と不 機 嫌 な大鳳 の お 腹 に は、 数 か 月 の 赤 ち ゃ んが い た。 そ れ を 知 っ た 双 双 は 言 う。 「怒 らせ て し ま っ た わ ね 。 私 の 所 為 だ わ 、 い つ も口 が きつ くっ て。 あによめ. さ あ、 私 が あ なた の 艘. よ 。 私 は あ な た よ り経 験 が あ る わ 。 大 丈 夫 、 旦 那 さ ん が 居 な い 問. し っ か り面 倒 見 て あ げ る か ら1」30 点 数 配 分 制 度 に 対 し厳 格 な 姿 勢 で 臨 み 、 私 情 を挟 む こ と を潔 し と し な い 毅 然 と した 李 双 双 は 、 金 樵 の 妻 ・大 鳳 の 処 へ 足 を 運 ぶ 。 そ れ は 本 来 、 労 働 に 出 て こ な い 大 鳳 を 諌 め に 来 た の だが 、 彼 女 に子 供 が 出来 て い る こ と を知 るや 、 女 性 の 包 容 力 を発 揮 す る。 双 双 の 理 解 や 優 し さ に 、 大 鳳 も信 頼 を 向 け る よ う に な る 。 生 産 隊 長 で あ り な が ら 、 農 婦 の 日 常 生 活 に 対 し気 を 配 る こ と の で き る 女 性 ら し い 人 物 形 象 が 、 映 画 版 の 李 双 双 に 加 え られ て い る 場 面 の 一 つ で あ る。 ま た 、 次 の よ う な エ ピ ソ ー ド も加 え ら れ て い る 。. 一42一.
(7) 農 村 の 婦 女 、 都 市 の 婦 女一. 中国 映 画 「 李 双 双 』 をめ ぐ る一 考 察. 年 頃 の村 娘 ・桂 英 は、 人 民 公 社 社 員 ・孫 有 の娘 で あ り、 人 民 公 社 幹 部 の若 者 、 二 春 と恋 仲 で あ る。 労 働 点 数 記 録 員 に任 命 され なが ら、 孫 有 に対 す る優 遇 点 数 を見 過 ごす 桂 英 に対 し、 二 春 は 「情 に流 され るの で は君 も脇 甲斐 ない そ 」 と答 め る。 これ を機 に、 二 人 の 関 係 が 拗 れ て しま う。 二 春 に い きな り酷 い こ と を言 わ れ た と膀 を曲 げ る桂 英 に 、 「 相 手の事 も 考 え な さ い、 あ んた の た め を思 っ て言 っ て くれ て い るの よ」 と双 双 は諭 す 。 こ う して い る 問 に、 孫 有 の 妻 が 桂 英 を 町 の トラ ック運 転 手 と結 婚 させ る話 を進 め て い た。 そ れ を知 っ た 桂 英 は 、 双 双 に縁 談 を断 っ て欲 しい と懇 願 す る。 お 節 介 好 き な双 双 は そ の役 を買 っ て 出 て、 相 手 に桂 英 と二 春 の 仲 を話 し、 事 を 円満 に収 め る。 双 双 は桂 英 の 家 に寄 り事 情 を話 す が 、 桂 英 の母 は人 様 の家 の縁 談 を台 無 しに した と大 憤 慨 。 双 双 も負 け て は い な い。 「"包辮 婚"な ん て許 せ る ものか1町 の 者 と結 婚 させ る こ と しか 考 え ない な んて 。 大 体 、 あ の 娘 が 二 春 と仲 良 しな の を知 ら なか っ た の1?」 お. . . 政 治 イ デ オ ロ ギ ー 的側 面 か ら見 れ ば、 この エ ピソ ー ドは親 同士 の 決 め る"包 瑳 婚"へ の 批 判 と自 由婚 姻 制 度 の 称 賛 を示 す もの で あ るが 、 本 来 、桂 英 の 結 婚 に絡 む事 情 につ い て李 双 双 に介 入 す る責 務 は な い 。 が 、 「曲が っ た こ とが 嫌 い 」 な性 格 の 女 性 生 産 隊 長 ・李 双 双 が 女 性 隊 列 の 中 で如 何 に信 頼 を獲 得 して い る か、 如 何 に農 村 の女 性 と 「日常 」 を共 に して い るか が 、 この エ ピ ソ ー ドに よ って 浮 き彫 りに な って い る。 この挿 話 の 最 後 で は、 生 産 隊 の 仕 事 か ら帰 宅 した夫 が 言 い争 い を見 聞 き し、 ま た他 人 事 に 口 出 し してい る双 双 を見 て再 度 家 出 をす る、 とい う 「 笑 い 」 の場 面 が組 み 入 れ られ て い るが 、 喜 旺 は結 果 的 に双 双 の 正 しさ を認 め 、 自 らの 思想 を改 め る に至 る。 この よ うに、李 双双 は原 作 中 の 「 超 人 的女 性 英 雄」 か ら、妊 娠 中の仲 間 を気 遣 って や っ た り、若 い村 娘 の 意 に沿 わ な い結 婚 に対 して代 わ りに縁 談 を断 っ てや る、 とい う 「頼 りに な る 隊 長 の お ば さ ん」 へ と変 貌 を遂 げ てい る。李 双 双 が 今 もな お農 村 婦 女 の形 象 と して大 衆 に記 憶 さ れ て い る の は、 民 衆 に とっ て ご く身 近 な 「日常 」 とい う場 に 降 り立 ち、 民 衆. 特 に女 性 に寄. り添 う こ との で きる体 温 を持 っ た人物 であ ったか らであ ろ う。. 『 李 双 双』 公 開 時 ポ ス タ ー. 一43一.
(8) 教 養 ・外 国 語 教 育 セ ン ター 紀 要. 4. 4-1.物. 『 女理 髪 師』 に み え る都 市 の 女性. 語梗 概 と改編 経 緯. で は 次 に 、 都 市 の 女 性 を 描 く 『女 理 髪 師 』 を 検 討 して み よ う。 以 下 、 物 語 を 紹 介 す る 。. 理 髪 師 の仕 事 を始 め た ば か りの女 性 、 華 家 芳 は、 今 日 も掃 除用 ハ タ キ を相 手 に カ ッ テ ィ ン グの稽 古 で あ る。 そ こへ 一 通 の 手 紙 が 。 出 張 中で あ った 国 営 工 場 主 任 の夫 ・老 頁 が 、 今 日帰 宅 す る との 知 らせ だ。 内 緒 の仕 事 を どう打 ち明 け るか と悩 む家 芳 は、 理 髪 店 で の仕 事 中 もボ ンヤ リ して 男 性 客 の後 ろ頭 を刈 り込 ん で しま う。 激 怒 す るそ の男 性 客 ・老 趙 は、 出張 か ら帰 っ て くる老 頁 を駅 に迎 え に ゆ く同僚 で あ っ た。 レス トラ ン の給 仕 をす る妻 を体 裁 が 悪 い と嫌 が る老 趙 に、 社 会 主 義 中 国 で は男 女 平 等 で あ り、 職 種 に貴 賎 な どな い と老 費 は諭 す 。 口 で はそ う言 い な が ら、彼 自 身 も体 裁 を気 に して、 家 芳 が 教 師業 に就 い て い る と嘘 をつ く。 一 方 家 芳 は、 先 輩 の 李 大 姐 や お 客 の 華 老 師 ら に励 ま され 、 帰 宅 した老 質 に仕 事 を して い る こ とを打 ち 明 け よ うとす るが 、 老 質 は理 髪 師 な ど人 に軽 蔑 され る職 業 だ と猛 反 対 。 人 に敬 わ れ る教 師 職 に就 くか 、 お とな し く 家 事 に専 念 しろ と言 う。 翌 日。 妻 と話 し合 った 老 趙 は 自分 の 随 弊 に気 付 き、 啓 蒙 して くれ た 老 質 に礼 を述 べ にや って きた 。 そ して 昨 日下 手 な理 髪 を した 家 芳 が 老 質 の妻 で あ る こ とを知 って 怪 言 牙 に思 うが 、 老 賞 は家 芳 が 教 師 をや って い る、 の 一 本槍 。 二 人 の 会 話 の 食 い 違 い に慌 て る家 芳 の 様 子 を見 て、 老 趙 は老 質 こ そ男 女 平 等 を理 解 しな い 旧思 想 の持 ち主 で あ る こ とに気 付 き、大 笑 いす る。 理 髪 業 が 老 頁 に知 られ な い ま ま月 日は過 ぎ、 理 髪 の 腕 を磨 き上 げた 家 芳 は 「女 性 労 働 模 範 賞 」 を受 け る。 そ の噂 は街 中 に広 が り、 老 頁 も家 芳 の 勤 め る理 髪 店 に や っ て き た。 大 き なマ ス クで 顔 を隠 した 家 芳=三 番 理 髪 師 に髪 を切 って 貰 う老 頁 は、彼 女 が 夫 か ら理 髪 業 に就 くこ とを反 対 され て い る と聞 い て 、 老 趙 を諭 した 時 と同 じ口調 で 男 女 平 等 を語 り、 夫 と断 固 闘 い な さい 、 と激 励 す る。 そ こ に新 聞 記 者 が 取 材 にや っ て き て、 三 番 理 髪 師 が 自分 の妻 の家 芳 で あ る こ とを知 らされ た老 質 は、 店 に偶 然 や っ て き た老 趙 の 夫 妻 や理 髪店 の従 業 員 に嘲 笑 され るの だ っ た。31. 本 作 は上 海 の 「 海 燕 滑 稽 劇 団 」 に よっ て演 じ られ た 同名 の滑 稽 戯 を原 作 と した もの で あ る32。滑 稽 戯 版 の脚 本 が 入 手 不 可 能 な た め 、 そ の全 貌 を知 る こ とが 叶 わ ない が 、 演 劇 理 論 家 ・顧 仲 舞 の 文 章 「滑 稽 戯 につ い て. 滑 稽 戯 か ら社 会 主 義 喜 劇 まで 」33内に記 され て い. る本 滑 稽 戯 の解 説 に拠 れ ば 、理 髪 師 に な ろ う とす る妻 にエ ンジ ニ アの 夫 は 「自分 の 面 子 を 潰 す な 」 と強 く反 対 す るが 、 夫 の 勤 め 先 の 党 委 書 記 が 彼 の 家 を 訪 ね て きた 時 、 妻 が 正 面. 一44一.
(9) 農 村 の 婦 女 、 都 市 の 婦 女一. 中国 映 画 「 李 双 双 』 をめ ぐ る一 考 察. 切 っ て夫 の 旧思 想 を暴 露 す る 、 とい うス トー リー ライ ン を持 つ 。本 滑稽 戯 は方 言 が 入 り混 じる滑 稽 歌 や 小 咄 が 差 し挟 まれ て 「 滑 稽 」 の要 素 を満 た して もの の、 正 統 劇 風 に演 出 した た め、 劇 全 体 が 平 板 な もの とな った と指 摘 され て い る。 そ れ に較 べ 、 映 画 版 『 女理 髪師』 は、 老 質 を演 じる韓 非 、家 芳 を演 じる王 丹 鳳 、 老 趙 を演 じる顧 也 魯 、 と1940年 代 か ら上 海 で 活 躍 してい た名 優34が 顔 を揃 え てス ク リー ン狭 しと走 り回 り、本 作 の軽 妙 な コメ デ ィ 性 を47分 尺 の 時 間 内 に収 め て い る。 そ の さ ま は政 治 的 要 請 に適 って い る か否 か を問 う前 に、既 に文 字 通 り 「 軽 喜 劇 」 を体 現 して い る、 と感 じさせ る もの だ 。 本 作 の 「喜 劇 」 表 現 につ い て は後 述 す る と して 、 映 画 版 『 女理髪 師』が提 示す る主題 が、前掲 の 『 李 双 双 』 と酷 似 して い る点 は先 ず 指 摘 して お くべ きだ ろ う。 す な わ ち、社 会 主 義 社 会 に貢 献 した い と願 う家 庭 主 婦 が 、 夫 の 旧思 想 の妨 害 や懸 念 を受 け なが ら もそ の願 望 を果 た し、 輝 か しい 労 働 功 績 を もって 女 性 の社 会 参 与 権 を立 証 す る。 そ の 姿 が 旧思 想 を 持 っ た夫 へ の示 唆 ・教 訓 とな る、 とい う もの だ 。単 純 化 す れ ば、 『 李 双双』 と 『 女理髪師』 は農 村/都 市 生活 の違 い こそ あれ 、 ほ ぼ 同 じ主 題 を有 した 物語 で あ る。 たす. 4-2.夫 に抗 えな い華 家 芳 、 そ れ を援 け る婦 女 た ち こ こで 注 目 したい の が 、 滑 稽 戯 版 か ら映 画 版 に改 編 され る に到 っ て 明 らか に見 え る、 主 婦 ・華 家 芳 の 「変 質 」 で あ る。 「 床 屋 な ど人 に仕 え る卑 賎 な仕 事 だ 、 エ ンジ ニ ア で あ る私 が 体 裁 悪 い」 と断 固 反 対 す る 夫 に対 して 、 滑 稽 戯 版 「 女 理 髪 師 』 の 妻 は党 委 書 記 に 直 談 判 、 夫 の 男 権 思 想 的 落 伍 性 を暴 露 して夫 を狼 狽 させ て い る。 これ は、小 資 産 階 級 的 態 度 を 改 め ない 金 樵 や その 父 の 孫 有 を批 判 す る原 作 版 ・李 双 双 の、 政 治 的正 当性 を全 面 に押 し出 す 姿 と重 なっ てみ え る。 だが 、 映 画 版 「 女 理 髪 師』 の妻 ・華 家 芳 は、 夫 ・老 質 の 帰 宅 の 報 せ を受 け るや 既 に始 め た理 髪 業 の こ とを どう話 そ うか と狼 狽 し、 理 髪 客 ・老 趙 の 後 頭 部 を誤 っ て刈 り込 ん で しま う。 帰 宅 した老 頁 に彼 女 が 話 を切 り出 そ う とす る度 、 老 頁 に 「お茶 を くれ」 「 食事 はまだ か な」 と家 事 を要 求 さ れ、 あ くせ くと夫 の 世 話 をす る。 果 て は 「出張 土 産 だ よ」 と老 頁 に 厨 房 道 具 を渡 され 、家 芳 は大 人 し く道具 を片 付 け る。 そ の後 も、 寝 室 で 相 談 を持 ち掛 け た り、 翌 朝 、 老 趙 の来 訪 の前 に夫 を説 得 し よ う とす る 家芳 だが、「 私 は ね 、 解 放 前 は会 社 の 社 長 だ った し、 今 は工 場 主任 な ん だ。 そ の妻 が 床 屋 な ん て … …、 格 好 が つ か な い 、 とい うよ り話 に な らんだ ろ う」 と一 蹴 され る。 夫 ・老 頁 が 話 す 「解 放 前 」 の話 は社 会 主 義 社 会 に適 応 で きて い ない 彼 の 思 想 の 閉鎖 性 を象 徴 した物 言 い だが 、 そ の 旧 思 想 の持 ち主 で あ る夫 に、 家 庭 内 会 話 の 中で は全 く太 刀 打 ちが 出来 て い な い とい う点 が、 映 画 版 『 女 理 髪 師』 の ヒロ イ ン ・華 家芳 に見 え る顕 著 な特 徴 で あ る。 老 質 と の 思 想 闘 争 ど こ ろ か 、 話 を 通 す 事 さ え で きず に い る 華 家 芳 に、 勤 め 先 で あ る. 一45一.
(10) 教 養 ・外 国 語 教 育 セ ン ター 紀 要. 「三 八 理 髪 室 」 の 同僚 ・李 大 姐 や 、 偶 然 に家 芳 の悩 み を 聞 い た理 髪 客 の 小 学 校 教 師 、 華 老 師 が 応 援 す る。 映 画 版 の改 編 脚 本 に 当 た る、 「{光 然 大 悟 」35には華 老 師 が 存 在 して い ない が 、 彼 女 を映 画 版 に加 え る こ と に よ り、 女 性 隊 伍 の 層 に厚 み を増 す狙 い が あ っ た の だ ろ う。 落 胆 して パ ー マ セ ッ ト機 に座 り込 ん だ 家 芳 を、 華 老 師 が 諭 す 。 「新 社 会 で の 女 性 に は、 男 性 と同 じ労 働 権 利 が 許 され て い る の よ。 ご主 人 に は そ れ を きち ん と話 して、 理 解 して も らわ な きゃ。 辛抱 強 く道 理 を通 して 説 得 す る の。 そ れ で も無 理 な よ うな ら、 私 だ って 力 に な る わ1」 李 大 姐 も家 芳 を勇 気 付 け る。 「華 先 生 の 言 う通 りよ。 男 女 平 等 の 世 の 中 で す もの 、 理 髪 師 だ っ て立 派 な 人 民奉 仕 よ1皆 が あ な た の 味 方 だ か ら。」 二 人 の 言 葉 に 興 奮 し、 立 ち 上 が っ た家 芳 はパ ー マ セ ッ トに頭 をぶ つ け、 また 困惑 顔 に戻 っ て しま う。 「李 さ ん、 華 先 生 、 道 理 を通 そ う と思 っ て も、 私 に は ど う して も言 い 出せ な い ん です1」 李 大 姐 と華 老 師 の 、女 性 同 士 の理 解 と支 援 を受 け は す る が 、華 家 芳 は結 果 的 に夫 の老 質 に 自 らの労 働 参 加 を打 ち 明 け られ ない 。 家 庭 内 で は、 彼 女 は 自己 の メ ン ツに拘 る 男 権 思 想 的 な 夫 ・老 質 に 頭 を抑 え られ た ま ま の、 「弱 い 女 性 」 な の だ 。 そ れ は、 卑 屈 に顔 を 歪 ませ る夫 ・老 質 を押 し退 け 、凛 々 し く笑 う華 家 芳 が 中央 に描 か れ る公 開 当 時 の ポ ス ター の 意 匠 と鮮 や か な対 照 を な して い る 。. 上厭 駝 影制片咄 品. 緬翻 榔量 鰍岡漸. 「 女 理 髪 師』 公 開 時 ポ ス タ ー 4-3."醜"の. 魅 カー. 夫 ・老 質 の 演 技. 口先 で は 「男 女 平 等 、 新 社 会 の労 働 に は貴 賎 な どな く、 全 て輝 か しい もの だ」 と言 い な が ら、 妻 の華 家 芳 に は亭 主 関 白 で い たが る"醜"役. の 老 頁 は、 『 李 双 双』 の 孫 喜 旺 に較 べ. 否 定 的 人 物 と して の要 素 を相 当 に濃 く有 して い る 。 「 女 性 労 働 模 範 賞 」 を獲 得 して巷 で 人 気 の女 性 理 髪 師が 自分 の 妻 で あ る こ と を知 り、癖 毛 を立 て て 吃 驚 す る彼 の姿 に は、 「建 前 は新 社 会 に迎 合 して い るが 、 家 庭 内 で は男 権 思 想 を 固持 す る 旧思 想 の持 ち主 」 とい う批 判 す べ き形 象 が 投 影 され て い る の だ が 、1957年 以 降 の 新 中 国 「 喜 劇 」 映 画 を支 え た 名 コ メ デ ィ俳 優 ・韓 非 の 緩 急 自在 な演 技 が 、 大 きな 「笑 い 」 の 発 生 点 を数 多 構 築 して い る。 その 笑いの質 も 『 李 双 双 』 とは根 本 的 に異 な り、 非 常 にス ラ ップス テ ィ ック な もの だ 。 そ の一 場 面 を例 示 してみ よう。 同僚 の 老 趙 の 来 訪 を受 けた 際 、 妻 の 家 芳 の 言 動 を不 審 が. 一46一.
(11) 農 村 の 婦 女 、 都 市 の 婦 女一. 中国 映 画 「 李 双 双 』 をめ ぐ る一 考 察. り、 老 質 が 理 髪 店 へ と出勤 す る彼 女 を尾 行 す る、 とい う、 文学 脚 本 「{光 然 大悟 」 で は設 定 され て い な い場 面 で あ る。 出勤 中 の家 芳 。 彼 女 が 通 り過 ぎた カ ー ブ ミラ ー の裏 か ら ヒ ョイ と顔 を出 す 老 質 は尾 行 を始 め る。 上 背 の バ ス ケ ッ トボ ー ル 選 手 が 歩 い て い た の で 、 小柄 の 彼 はそ の 選 手 の 背 中 に張 り付 き、 歩 調 を合 わ せ て 選 手 を隠 れ 蓑 にす る。 選 手 が 通 りの 真 ん 中で 靴 紐 を 直 そ う と し ゃが み 込 む と、姿 が 露 出 した 老 質 も慌 て て しゃが み 込 む。 大 通 りに 出 て、 選 手 はふ と立 ち止 ま り、 ネ ッ トに入 れ て ぶ ら下 げ て い た ボー ル を肩 に投 げ掛 け る。 選 手 が 方 向 を換 え て去 っ て行 く と、 彼 の 背 後 に居 た老 質 が 、 ボ ー ル の直 撃 を喰 らっ て帽 子 と眼 鏡 をず ら して 目を回 して い る。36 この ドタバ タ喜 劇 的 な 「可 笑 しさ」 は 、反 右 派 闘争 時期 か ら1962年 の 間 に制 作 され た 「喜 劇 」 映 画 の 中 で は極 め て珍 しい。 と もす れ ば、 大 衆 へ の 教 育 的要 素 を何 ら内包 しな い、 ブ ル ジ ョア趣 味 の 「笑 い 」 と排 斥 さ れ か ね な い もの で あ る。 しか し政 治 的意 図 で 見 れ ば 「労 働 に 熱 已・ な妻 を怪 しみ 、 自 らの 仕 事 を放 棄 して まで 姑 息 に妻 を尾 行 す る否 定 的 人 物 へ の嘲 笑 」 の 範 疇 と して 容 認 され た もの と考 え られ る。 因 み に 、 この場 面 の後 、 「 家芳 が偶 然 華 老 師 と出会 い 、 彼 女 の 勤 務 先 で あ る小 学 校 の 前 で 立 ち話 をす る。登 校 中の 小 学 生 達 が "華先 生 、 お は よ うご ざい ます ビ と挨 拶 す る。 尾 行 して い た老 質 はそ れ を 聞 い て 、 妻 の 理 髪 師へ の強 い願 望 は冗 談 で 、小 学 校 の先 生 に な っ て い た 、 と誤 解 して安 堵 す る」 とい う プ ロ ッ トが 続 く。 これ に よっ て夫 を説 得 で きな い 「弱 い」 華 家 芳 が 、彼 の 疑 念 を退 け て理 髪 に専 念 で きる、 とい う物 語展 開 上 の 辻褄 合 わせ が 可 能 に な って い る。 文 学 脚 本 「'胱 然大 悟 」 に登 場 しな い華 老 師が 当該 映 画 作 品 に追 加 され た の は、 この よ う な物 語 展 開 上 の 必 要 が あ った か らで もあ る。 名 優 ・韓 非 は"醜"役. ・老 質 を大 胆 に演 じて み せ 、 本 作 の 中で 最 も印 象 の 深 い 形 象 を作. り上 げて い る。 老 買 の 「頑 固 な男 権 思 想 」 ゆ え、 華 家 芳 が 「説 得 で きない 」 と悩 む状 況 に も真 実 味 が 加 わ る こ とに もな り、 また老 頁 の 「間抜 け 」振 りが 、華 家 芳 の 「女性 労 働 参 加 と社 会 へ の肯 定 的貢 献 」 を結 果 的 に称 賛 す る、 とい う"醜"の. フ ァク タ ー を強 固 に してい. る。 物 語 上 で は妻 ・華 家 芳 の勝 利 、 とい う帰 結 に な って はい るが 、 女 性 の 社 会 進 出 を 強 く 願 う華 家 芳 が 旧 弊 な 老 買 に打 ち勝 っ て い な い 点 か らす れ ば、 家 庭 内 に お い て は 「 弱 い女 性 」 で あ る こ と に違 い は ない 。 そ して、 「軽 喜 劇 」 の 枠 組 で捉 え る な らば、 老 質 とい う形 象 の相 当 に 誇 張 され た"醜'な. く して、 本 作 の 「笑 い 」 は 保 障 され ず 、 ま して 華 家 芳 の. 「肯 定 的 側 面 」 を浮 き彫 りにす る こ と も不 可 能 で あ っ た。. 一47一.
(12) 教 養 ・外 国 語 教 育 セ ン ター 紀 要. 5.農. 婦 は強 く、 都 会 女性 は 弱 い の か?. 5-1.『 女理 髪 師』 の評 価 、 『 李 双 双 』 の 評価 1962年 とい う 「軽 喜 劇 」 映 画 勃 興 時 期 に あ っ て 共 に創 作 され た 『 女理 髪師』 と 「 李双 双 』 で あ っ た が 、 そ の 評 価 は劃 然 と分 か れ た もの で あ っ た 。 文 献 資 料 を探 る 限 りで は、 「 女 理 髪 師 』 につ い て高 い 評 価 が 見 受 け られ な い。 本 作 に対 す る当 時 の 評 論 は僅 か に二 篇 、 そ の うち一 篇 は天 馬 電 影 制片 廠 の 副 廠 長 、 王 世 槙 に よる 自画 自賛 の論 評 で あ った37。 そ し て文 化 大 革 命 期 に は、 他 の 例 に漏 れ ず 『 女 理 髪 師 』 も批 判 対 象 と な る。 《毒 草 及 有 厳 重 錯 誤 影 片 四 百 部 》38にお い て 本 作 に は 「社 会 主 義 の 暗 部 を暴 露 し、 労 働 人 民 を醜 悪 に 描 き、 資 本 家 の妻 を歌 頒 した、 低 俗 趣 味 に満 ち満 ち た作 品」 と比 較 的 長 い批 判 文 が 下 さ れ た。 他 作 を圧 倒 す る誇 張 した コメ デ ィ的 表 現 方 法 が 、 「 低 俗 趣 味 」 と論 断 され る 口実 を与 え て し ま った の で あ る。 そ れ に対 し、 『 李 双 双 』 は輝 か しい 名 声 を得 る 。 完 成 当 時 、 制 作 廠 の 海 燕 電 影 制 片廠 指 導 部 は本 作 を重 点 推 薦 作 品 とみ な さず 、試 写 に参 加 した評 論 家 た ち も 「"喜劇"と 銘 打 つ の に愉 快 で は な い 」 な ど、 決 して好 評 価 を与 え なか っ た39。 実 際 、 本作 の メ ガ ホ ン を執 っ た魯 劒 も本 作 を 「 喜 劇 」 と して 扱 お うと しなか っ た、 と述 べ る40。 しか し意外 に も、小 規 模 で の公 開 で好 評 を得 る ばか りで な く、 周 恩 来 の大 絶 賛 を も受 け る こ と とな る41。 周 恩 来 とい う後 ろ盾 を得 て 海 燕廠 指 導 部 も奮 い 立 ち、 本作 の 全 国公 開 に踏 み 切 る。 本 作 は全 国で 大 反 響 を呼 び、 翌1963年. 、第二 回 『 大 衆 電 影 』 百 花 賞 に て最 佳 故 事 片 賞 、最 佳 劇 本 賞 、. 主 演 女 優 賞 及 び助 演 男 優 賞 の 四賞 を独 占、 『 李 双 双 』 ブ ー ム の 規 模 を実 証 した 。 文 革 中 に は 「階級 闘 争 を抹 殺 し、 人 間性 論 を宣 揚 した 」42との批 判 こそ 逃 れ る こ とが で きな か っ た が 、 当 時 の 文化 部 門担 当者 に周 恩 来 自 らが抗 議 した とい う逸話 す ら遺 して い る43。. 5-2."李 双 双"と い う人 物 形 象 が 獲 得 した も の 上 記 二 作 品 の評 価 に は勿 論 、 それ ぞ れ の ヒロ イ ン、 華 家 芳 と李 双 双 の 人 物 形 象 へ の 好 感 が 大 き く影 響 してい るだ ろ う。都 市/農 村 とい う生 活 環 境 の違 い こ そ あ れ、 二 人 の ヒロ イ ン と も女 性 の 社 会 進 出 を謳 っ た イ コ ンで あ る。 しか し、 そ れ ぞ れ の 劇 中で 彼 女 らを見 た場 合 、 労 働 参 加 権 を獲 得 す べ く夫 の 旧態 思 想 と闘 うに は、 華 家 芳 は余 りに も非 力 で あ り、 結 果 「歌 頒 性 喜 劇 」 が 提 起 した 「 喜 劇 」 の支 柱 、即 ち前 述 の 「 誤 解 と偶 然 性 」 に頼 る よ りほ か に、 彼 女 が 社 会 進 出 を果 たす 方 法 は なか っ た。 そ れ に対 し、李 双 双 は女 性 の 労 働 権 獲 得 を 目指 して 夫 と喧 嘩 を し、 労 働 点 数 に対 し不 正 は許 さな い と敢 然 と立 ち上 が っ た。 結 果 、 不 正 を見 て見 ぬ 振 りをす る夫 ・喜 旺 の 優 柔 不 断 な態 度 を も改 め させ た。 李 双 双 は、 意 志 と 行 動 で もって新 し き女 性 像 を獲 得 した、 と見 倣 す こ とが で きる。 この二 作 品 の 人 物 形 象 を通 してみ れ ば 、筆 者 が 冒頭 で提 起 した 「推 論 」、 即 ち都 市 圏 の. 一48一.
(13) 農 村 の 婦 女 、 都 市 の 婦 女一. 中国 映 画 「 李 双 双 』 をめ ぐ る一 考 察. 女 性 が 迅 速 に社 会 進 出 を遂 げ 、農 村 婦 女 が伝 統 的生 活 様 態 を維 持 せ ざ る と得 な か っ た、 と い う構 図 は明 らか に 「逆 転 」 して い る よう に見 え る。 な らば 、 李 双 双 が 「自 らの 意 志 と行 動 」 で獲 得 した 「新 社 会 の女 性 像 」 とは 、 い っ た い如 何 な る 「像 」 な のか 。 それ は、 男 権 思 想 か ら完 全 に解 放 され た、 或 い は男 権 に代 わ る女 性 主 権 を獲 得 した 「 像 」 と言 え るの か。 こ こで 再 度 、 饒 曙 光 の論 に 目を向 けて み よ う。彼 は 、李 双 双 が 男 性 の 権 威 を転 覆 させ た 形 象 で は な く、 政 治 イデ オ ロギ ー 的 言 説 の 「男 女 平 等 」 を解 説 し、 民 間 レベ ル の 言 説 で い え ば あ くまで 男権 思 想 に対 す る 「補 充 」 だ と分析 して い る。 女権 主 義 運 動 が 最 も重 視 す る 命 題 とは、 女 性 が 無 償 で 家 事 労 働 を行 うこ とへ の 不 公 平 性 で あ り、 民 間 にお い て 家 事 労 働 を拒 絶 す る こ とが 伝 統 的男 権 思想 へ の抵 抗 の 基 本 形 で あ っ た44。 しか し、李 双 双 が 登 場 す る場 面 に は 家 事 性 労 働 の 動 作 が 多 く伴 って お り、 更 に は双 双 と喜 旺 が 口 喧 嘩 に な った 時 、 双 双 は食 事 の 支 度 を放 棄 す る もの の、 「家 事 は一 切 や らな い1」 と宣 言 す る の で は な く、 「食 べ させ て あ げ な い」 程 度 の 抵 抗 に 留 ま っ てい る。 こ の こ とか ら、伝 統 的 男 女 分 業 の 垣 根 は打 ち破 られ な い どこ ろか 、巧 妙 に維 持 ・踏 襲 され て い る、 と饒 曙 光 は述べ る45。 自宅 に居 る李 双 双 の場 面 を細 や か に見 る と、常 に水 を汲 ん だ り竈 に火 を くべ た り、 麺 を こね た り刻 ん だ りす る所 作 が 入 って い る。 これ に よ り本 作 が 持 つ魅 力=日 常 の 「 生 活感」 が 強 め られ てい るが 、 そ の 「生 活 感 」 も 「食 事 の 支 度 をす るの は女 性 」 とい う男 性 的 視 点 を基 準 と して い るか ら こそ 感 得 す る もの と気 づ か され る。 また 、夫 の孫 喜 旺 が 集 団 食 堂 の 厨 房 に入 る 「 李 双 双 小 伝 」 で の プ ロ ッ トは 映 画 版 で は完 全 に 消 滅 、 映 像 上 で は 一 度 だ け、 李 双 双 の 代 わ りに喜 旺 が 麺 を茄 で る もの の 、 一 人 娘 の小 蘭 に 「不 味 い」 と既 され て い る。 喜 旺=農 民 男 性 が 農 村 婦 女 に代 わ り家 事 労 働 に従 事 す る こ とは、 映 画 版 「 李双双』で はあ り得 なか っ た、 否 、 意 図 的 に描 か れ なか った の で あ る。. 5-3.張. 瑞 芳:"李. 双 双"を. 演 じた回 想 か ら. 女 優 の 張 瑞 芳 は 、 李 双 双 を 演 じ る 前 に 「記 録 性 芸 術 片 」 の 『三 八 河 辺 』(1958)に. て、. 実 在 の 模 範 的 農 婦 ・陳 淑 貞 を 演 じ た 。 政 治 プ ロ パ ガ ン ダ の 任 務 を 果 た す た め 、 張 瑞 芳 は 陳 淑 貞 の 家 に 住 み 込 み 、 陳 淑 貞 の 姿 を 自 らの 身 体 に 反 映 さ せ た 。 虚 構 性 が 徹 底 的 に 排 除 さ れ 完 成 し た 本 作 は そ れ で も 、 「張 瑞 芳 の ほ っ そ り と し た 手 は 農 民 の 手 で は な い 」 と批 判 さ れ た とい う46。 男 女 の 別 な く群 衆 を 労 働 競 争 に 駆 り立 て る 「大 躍 進 」 時 期 に は 「女 優 」 とい う 「虚 構 性 」 を 棄 て る よ う 求 め ら れ た 張 瑞 芳 で あ っ た が 、 「調 整 時 期 」 に 移 行 し て も な お 、 「虚 構 性 」 を排 除 す る 訓 練 を 課 せ ら れ て い た 。 中 央 電 視 台 イ ン タ ビュ ー 番 組 双 」47内で 、92歳. 『大 家 』 の2010年10月3日. 放 送 回 「張 瑞 芳 一 難 忘 李 双. に な る 張 瑞 芳 は 往 年 を 回 想 し、 ク ラ ン ク イ ン して か ら と い う も の 監 督 に. 一49一.
(14) 教 養 ・外 国 語 教 育 セ ン ター 紀 要. 麺 打 ち の 練 習 を い つ も させ ら れ て い た 、 捏 ね て は 伸 ば し、 切 っ て は ま た 捏 ね 直 し、 ひ た す らそ の 作 業 を 続 け た 、 と述 べ て い る 。 「三 八 河 辺 』 の 時 と 同 様 、 劇 中 の 「虚 構 性 」 を 消 去 し て い く プ ロ セ ス と し て 、 彼 女 に は 「麺 打 ち 」 の 技 術 が 必 要 で あ っ た 。 し か し そ れ は 「三 八 河 辺 』 の よ う に 「男 女 の 別 」 の 放 棄 を 要 求 さ れ た の で は な く、 い つ も や っ て い る よ う に 上 手 に 「麺 打 ち 」 を こ な せ る 、 家 事 に 長 け た 農 村 婦 女 の 人 物 形 象 が 求 め られ た 。 彼 女 の 演 じ る 李 双 双 と い う形 象 に は 、 男 女 の 別 の 「垣 根 」 を 越 え る こ との な い 、 「女 性 」 の 像 が 色 濃 く投 影 さ れ て い た の で あ る 。 と こ ろ で 、 張 瑞 芳 と 『李 双 双 』 監 督 ・魯 劒 に は 大 き な 意 識 の 溝 が あ っ た よ うで あ る 。 張 瑞 芳 は イ ン タ ビ ュ ー の 中 で 幾 度 も 「監 督 に は 度 胸 が 無 か っ た 」 と繰 り返 し な が ら話 し て い る 。 「今 、 あ りの ま ま で や れ る な ら、 も っ と オ ー バ ー に 演 じて い た だ ろ う、 ク シ ャ ミ を 無 理 や. 矢 理 抑 え た よ う な 気 持 ち で は な く、 も っ と爽 快 に 、 大 っ ぴ ら に 演 っ て み た か っ た 」48。李 准 の映 画 用 改 編 脚 本 を読 ん だ張 瑞 芳 は 、 そ の実 直 で爽 快 な キ ャラ ク タ ー に魅 了 され たが 、 撮 影 中 は 魯 劒 に 抑 制 し た 演 技 を 要 求 さ れ た と い う。 「い い か ら抑 え 気 味 に 演 じ ろ 、 で な い と "労 働 人 民 を 歪 曲 し た"と 批 判 さ れ る ぞ 」49とい う魯 劒 に 、 張 瑞 芳 は事 あ る毎 に歯 向 か っ た。 快 活 に 笑 う双 双 の 場 面 に 、 魯 劒 は 「口 に 手 を や っ て フ フ フ 、 とい う 感 じで 」 と 指 示 を 出 す が 、 張 瑞 芳 は 思 い 切 り笑 っ て み せ た 。 毎 日言 い 争 い の 絶 え な い 撮 影 を ア ッ プ さ せ た 後 、 張 瑞 芳 は魯 劒 に 言 っ た とい う 。 「生 ま れ 変 わ っ て も 、 ア ン タ と は 絶 対 仕 事 し な い 」50。 「労 働 人 民 の 歪 曲 」 と の 声 を 怖 れ る 魯 朝 の 心 中 は 想 像 に 難 く な い 。 「喜 劇 」 ジ ャ ン ル 映 画 に 携 わ る 人 間 が こ の 一 点 に よ りそ の 命 運 を 分 か た れ て い た の は 事 実 で あ る 。 ま して 小 心 翼 翼 と し て 撮 り切 っ た 前 作. 「 今 天 我 休 息 』 が 「歌 類 性 喜 劇 」 の 典 型 作 品 と持 て 難 さ れ た 以. 上 、 「李 双 双 』 で の 失 敗 は 万 一 に も許 さ れ な い 。 ま た 一 方 、 「李 双 双 小 伝 」 の 絶 賛 と い う後 押 しを受 けて 制 作 され る、 同 原 作 者 脚 本 の 映 画 化 で あ る以 上 、 そ こ に描 か れ る快 活 な農 婦 を 大 手 を 振 っ て 演 じ た い 、 とい う 女 優 ・張 瑞 芳 の 欲 望 も充 分 に 理 解 で き よ う 。 監 督 の 魯 劒 に 「脚 本 の 一 字 一 句 換 え る な1」 が で き る51。 こ こ に 、 監 督 業(=男. と 命 令 し た とい う 逸 話 に も、 そ の 情 熱 の 痕 跡 を 窺 う こ と 性)の. 立 場 と、 女 優 業(=女. 性)の. 立 場 と の 間 に も在. る 「垣 根 」 を 見 る こ と が 可 能 で あ ろ う。 「伝 統 的 男 女 分 業 」 な る も の に 敷 術 す る な ら ば 、 「外 で 働 く」 監 督 ・魯 劒 は 政 策 方 針 ・社 会 動 向 と い う 「外 」 に 注 意 を 払 い な が ら、 粛 々 と 自 らの 任 務 を 遂 行 せ ね ば な ら な か っ た 、 そ して 「家 を 守 る 」 女 優 ・張 瑞 芳 は 、 一 映 画 作 品 「李 双 双 』 とい う 「家 」 の 完 成 度 を 高 め る べ く演 技 に 拘 り続 け た 。 最 終 的 に 、 女 性 で あ る 張 瑞 芳 を し て 金 輪 際 一 緒 に 仕 事 し な い と言 わ し め た の は 、 独 り魯 劒 の 臆 病 に 要 因 が あ る の で は な く、 映 画 制 作 現 場 全 体 、 ひ い て 言 え ば 新 中 国 社 会 そ の も の が 男 権 思 想 的 構 造 物 で あ っ た こ と の 、 顕 れ で あ ろ う。. 一50一.
(15) 農 村 の 婦 女 、 都 市 の 婦 女一. 6.む. 中国 映 画 「 李 双 双 』 をめ ぐ る一 考 察. す び にか え て. 一 見 、 社 会 主 義 国家 建 設 の模 範 た り得 る新 女 性 の 形 象 と して 燦 然 と輝 くよ うに み え た 「 李 双 双 』 の ヒ ロ イ ン像 で あ った が 、 結 果 的 に は 男 性 を 中心 とす る労 働 の補 充 要 員 とな っ て農 村 発 展 に 「 協 力 」 し、 同時 に男 性 が 求 め る伝 統 的 な 「良 妻 賢 母 」 の形 象 を も強 化 、 継 承 して い た 点 が 浮 か び 上 が っ て きた。 「男 勝 り」 な性 格 の李 双 双 は、 夫 ・喜 旺 を打 倒 して まで 自 らの 「 女 権 」 を顕 示 した わ け で は な い。 「大 躍 進 運 動 」 時 期 に 描 か れ た原 作 小 説 の 李 双 双 に は そ の力 量 が 見 え たが 、 そ の 「 女 権 」 も社 会 的 要 請 に よ り 「男 性 化 」 が 強 制 され た産 物 で あ ろ う。 政 治 運 動 とい う熱 病 が 去 り、 大 衆 が 「日常 」 へ と回帰 した 時 、 李 双 双 も 男 権 思 想 的 枠 組 の 中 で の理 想 的女 性 と して 「日常 」 に降 り立 っ た の であ る。 一 方、『 女 理 髪 師 』 の ヒ ロイ ンで あ る都 市 の婦 女 ・華 家 芳 は 、 夫 の 「男 権 思 想 」 に辟 易 して 社 会 進 出へ の意 志 を 明確 に表 す こ とが で きず にい た 。 李 双 双 と華 家 芳 は表 象 こそ 相 反 す るが 、 共 に 「男 権 」 とい う範 疇 に収 め られ た 「女 性 」 で あ る こ とに大 きな相 違 は なか っ たの で あ る。 この視 点 で"十 七 年"喜 劇 電 影 を振 り返 る と、 あ る共 通 の傾 向 が 浮 か び 上 が っ て くる。 「調 刺 喜 劇 」 代 表 作 で あ る 『 不 拘 小 節 的 人』(1957)は. 、 口で は 「調 刺 」 文 芸 の 力 量 で 社 会. の悪 癖 を駆 逐 す る こ とを熱 弁 す る若 き文 芸 評 論 家 に憧 れ を持 ち なが ら、 彼 の 不 道 徳 振 りを 徹 底 的 に皮 肉 る ヒロ イ ンが 劇 作 家 ・何 遅 の原 作 中 に描 か れ た の に対 し、 ス ク リー ンで は彼 の不 道 徳 振 りを知 った ヒ ロ イ ンが ベ ッ ドに伏 して泣 き叫 ぶ52。 また 、 内 部 矛 盾 と闘 う若 き 労 働 者 群 像 を描 い た 「 喜 劇 」映 画 「 幸 福 』(1957)で. は、 集 団 労 働 を優 先 し て 男 性 との. デ ー トを断 る ヒ ロイ ン を劇 作 家 ・丈 明 之 が 原作 脚 本 で 活 写 して い る もの の 、 映 像 化 され た ヒ ロ イ ンは、 嬉 々 と して デ ー トへ 赴 く姿 へ と変 貌 す る53。 旧 社 会 の残 津 へ の攻 撃 や 、 新 社 会 へ の 積 極 参 与 とい っ た 政 治 イ デ オ ロ ギ ー 的 要 請 か ら、 女 性 達 は 悉 く将 外 へ と逐 わ れ、 「稚 気 」 や 「か 弱 さ」、 「 天 真 燗 漫 」 とい っ た性 格 が 添 付 され る。 こ こ に は、 社 会 主 義社 会 の高 遇 な 革 命 精 神 を女 性 に課 す こ とを是 と しない 、 「男 性 の 論 理 」 が 厳 然 と存 在 して い る よ う に見 え る ので あ る。 映 画 史 ・都 市 文 化 研 究 者 で あ る戴 錦 華 は、"十 七 年 電 影"時 代 に お い て 、政 治 イデ オ ロ ギ ー体 系 が ハ リウ ッ ドを代 表 とす る古 典 西 洋 映 画 の 映 像 言 語 、 即 ち 「男 性 の 欲 望(男 性 が 見 る)/女. 性 形 象(女 性 が 見 られ る)」 の主 従 関 係 を消 失 させ た が 、 映 画 にお け る 男権 秩. 序 を 覆 した わ けで は な く、 「強 大 な 父 権 イ デ オ ロ ギ ー が 作 り上 げ る修 正 され た物 語 」 が そ れ に代 替 した と分 析 し、 以 下 の よ うな特 徴 を持 つ と指摘 す る。 第 一 に 、 この 新 型 の経 典 的 映 画 群("十 七 年 電 影"を 指 す:引 用 者 注)は 殆 ど例 外 な く権 威 的視 点(そ れ は決 して 男 性 の 欲 望 的 視 点 で は ない が 、 勿 論 男 性 か ら発 せ られ た もの で あ る)の なか で 女 性 が 叙 述 され る の で あ り、 女 性 が 自 ら陳 述 す る もので は な. 一51一.
(16) 教 養 ・外 国 語 教 育 セ ン ター 紀 要. い 。 第 二 に、 女 性 形 象 が 再 び男 性 の欲 望 や 眼差 しに晒 され る客 体 と して存 在 す る こ と は な くな った が 、彼 女 ら は同 様 に男 性 か ら独 立 した 性 別 集 合 体 と して存 在 す る こ と も な く、 中心 的視 点 を 占有 した り、 発 信 す る者 には 尚更 な り得 なか っ た 。54 こ の 「権 威 的 視 点 」 を放 つ イデ オ ロギ ー が 、社 会 主 義 国 家 建 設 を推 進 す る 中国 共 産 党 の もの で あ る こ とは言 う まで もなか ろ う。 そ の 「強 大 」 な 「父 権 」=「 男 権 」 を超 え る、 よ り 「強 大 」 な もの に男権 性 組 織(即 ち映 画 制 作 現 場)は 付 き従 い、 そ の枠 組 の 中 で是 と さ れ る論 理 に準 じて 「女 性 」 は描 か れ た。都 市 の女 性 ・華 家 芳 は勿 論 の こ と、 農 村 新 女 性 像 を一 身 に背 負 った 李 双 双 も畢 寛 、 この 「 男 性 の 論 理 」 の 延 長 線 上 に 「配 置 」 され た人 物 形 象 なの だ 。 が 、 別 の視 点 か ら以 下 の よ うに も指 摘 で きよ う。 第二 回 『 大 衆 電 影』 百花 賞 で 主 演 女 優 賞 を獲 得 した 当時 の 印象 を イ ンタ ビ ュ ア ー に尋 ね られ た 老 齢 の張 瑞 芳 は こ の よ うに答 え て い る。 「『 李 双 双 』 は何 も大 きな物 語 を持 っ て い る わ けで もな く、 た だ碩 末 な生 活 を描 い て い る だ け。 あ ん な に大 きな反 響 が あ っ た の は、 そ の生 活 の描 か れ 方 が 、活 き活 き と して リ ア ル だ っ た か らで し ょ う。」55この 「リア ル 」 に 描 か れ た 「生 活 」 に つ い て は 、男 女 の 別 な く同 意 で きる点 で あ ろ う。 な らば 、 当時 の男 女 大 衆 は、1960年 代 初 頭 の 「 調 整 時 期 」 に敷 か れ直 した 「 伝 統 的 男 女 分 業 」(男 女 バ ー ター 式 「 社 会 主 義 分 業 」 の対 極 に あ る もの)に 対 し拒 絶 反 応 を示 さない 、 誤 解 を怖 れず に言 え ば、 身の 丈 に合 っ た親 和 性 さえ、 感 じてい たの で は ない か 。 男 も女 も超 人 に な る こ と を求 め られ た 「大 躍 進 」 の 狂 乱 か ら覚 醒 し、 創 作 者 側 が 、 ま た 鑑 賞 者 側 が 期 せ ず して 求 め た の は、 据 わ りの よ い 「 伝 統 的 」 な男 女 の 別 だ っ たの で あ る。 そ して 、 現代 の 鑑 賞 者 も同 じ価 値 観 を何 処 か で 共 有 す る か らこ そ、 今 な お 『 李 双 双』 を経 典 と見 倣 す こ とに違 和 感 を持 た ない の で は な か ろ うか 。. 注. 1日. 中 戦 争 後 、 重 慶 で 話 劇 公 演 に 従 事 し て い た 名 女 優 を 指 す 。 白 楊 、 紆 繍 文 、 秦 冶 と共 に、 張 瑞 芳 が 名 を連 ね た。. 2中. 華 人 民 共 和 国 成 立 年 の1949年. か ら 、 文 化 大 革 命 発 動 前1965年. ま で の17年. 間 に制. 作 され た、 社 会 主 義 国家 建 設 の プ ロパ ガ ンダ を担 っ た映 画 を指 す 。 3「. 張 瑞 芳:"真. 的,我. 只 是 一 個 聴 話 的 演 員 而 已"」(2012年7月9日. 、 中 国 新 聞 網)よ. り。. http://www.chinanews.com/cul/2012/07-09/4019569.shtml 41962年 5解. 、 海 燕 電 影 制 片 廠 、 脚 本:李 放 直 前 の1949年9月. 准 、 監 督:魯. 剃 、 出 演:張. 瑞 芳 ・仲 星 火 ほ か 。. 、 中 国 人 民 政 治 協 商 会 議 に て 新 国 家 が 拠 る べ き人 民 民 主 主 義. の 綱 領 と して 採 択 さ れ た 「共 同 綱 領 」 第 六 条 は 女 性 の 解 放 に 触 れ 、 「婦 人 を 束 縛 す る. 一52一.
(17) 農 村 の 婦 女 、 都 市 の 婦 女一. 中国 映 画 「 李 双 双 』 をめ ぐ る一 考 察. 封 建 制 度 を 廃 止 」、 「生 活 各 方 面 に お い て 全 て 男 子 と 同 様 の 権 利 を 保 有 」、 「男 女 婚 姻 の 自由 を実行 」 と宣言 した。小 野 和 子 6. 1958年. 『中 国 女 性 史 』(平 凡 社 、1978年11月20日)参. 照。. に 開 始 さ れ た 急 進 的 社 会 主 義 国 家 建 設 運 動 。 「大 い に 意 気 込 み 、 常 に 高 い 目標. を 掲 げ 、 よ り多 く、 よ り早 く、 よ り良 く、 よ り経 済 的 に 社 会 主 義 建 設 を 進 め る 」 とい う 「社 会 主 義 建 設 の 総 路 線 」 が 提 唱 さ れ 、 人 民 公 社 化 、 土 法 炉 に よ る 製 鉄 運 動 な ど現 実 を 無 視 し た 運 動 を 推 進 し た た め 農 村 部 で は2000万. ∼5000万. 人 の 飢 餓 者 を発 生 さ. せ 、 国 家 経 済 を疲 弊 させ る に至 る。 提 唱者 毛 沢 東 は 自己批 判 を行 な い 国 家 主 席 を辞 任 、 これ に よ り当該 運 動 は収 束 した。 7﹂. 張 揚 監 督 の オ ム ニバ ス映 画. 「愛 情 麻 辣 漫 』(1997)第. 二 話 「麻 将 」 よ り。. 8. 1962年. 、 天 馬 電 影 制 片 廠 、 脚 本:銭. 鼎 徳 ・丁 然 、 監 督 ・丁 然 、 出 演:王. 丹 鳳 ・韓. 非 ・顧 也 魯 ほ か 。 9. 「喜 劇 」 と 括 弧 付 き で 記 す 理 由 は 、 中 国"十. 七 年"時. 期 の 当 該 ジ ャ ン ル 映 画 が 決 して. 単 一 な コ メ デ ィ 性 を 意 味 す る も の で は な く、 社 会 主 義 中 国 の 欠 点 を 陰 湿 に 誹 る メ ソ ッ ドに な り、 ま た 逆 に 社 会 主 義 国 家 建 設 中 の 良 好 な 現 象 や 人 物 を 誇 張 して 描 く際 に 利 用 さ れ る な ど、 政 局 と共 に 紆 余 曲 折 の 道 を 辿 る た め で あ る 。 10. 解 放 直 後 、 私 営 映 画 会 社 が 国 家 管 理 下 に 置 か れ る 前 の1950年 26篇 、 映 画 国 有 化 の 嗜 矢 と な っ た 翌52年. に は8篇. 1953年. 『武 訓 伝 』 批 判 が 展 開 さ れ た1951年. に 激 減 し て い る 。 「中 国 芸 術 影 片 編 目1949-1979』. 月 、 文 化 芸 術 出 版 社)参 ll. で は全 国公 開劇 映 画 が で は18篇. 、. 上 巻(1982年6. 照。. に 全 国 文 協 と 中 央 電 影 局 が 共 同 主 宰 す る 「第 一 届 全 国 電 影 劇 本 創 作 会 議 」 と. 「第 一 届 電 影 芸 術 工 作 会 議 」 の 総 括 と して 政 務 院 政 務 会 議 で 通 過 し た 決 定 。1953年12 月24日. 。 脚 本 創 作 の 組 織 化 、 映 画 制 作 制 度 の 改 善 な ど、 五 項 目 に 亘 る 決 定 が な さ れ. た。 12. 「百 花 斉 放 ・百 家 争 鳴 」 方 針 の 略 称 。1956年5月2日. 、 毛 沢 東 が 最 高 国務 会 議 で 提 唱. し た も の で 、 党 が あ ら ゆ る 分 野 の 人 材 よ り多 種 多 様 の 意 見 を 求 め る 政 策 方 針 を 意 味 す る 。 こ れ に よ り知 識 人 の 党 へ の 批 判 が 強 ま っ た1957年6月. に は 毛 沢 東 に よ り 「反 右. 派 闘 争 」 へ の 舵 き りが な さ れ 、 党 へ の 批 判 を 行 な っ た 知 識 人 を 粛 清 す る こ と に な る 。 13. 呂 班:1913-1976。1936年 表作. に 上 海 の 業 余 劇 人 協 会 に 参 加 、 翌 年 に1930年. 代上海映画代. 『十 字 街 頭 』 に 準 主 演 を 演 じ る 。 ま た 「国 防 映 画 」 と 称 さ れ る 『青 年 進 行 曲 』. (1937)に. も コ メ デ ィ リ リ ー フ と し て 出 演 し、 「中 国 の チ ャ プ リ ン」 と渾 名 さ れ る 。 日. 中 戦 争 に 入 る と 延 安 に 赴 き 入 党 、1948年. に は 旧 ・満 州 映 画 協 会 を 接 収 し た 東 北 電 影. 制 片 廠 に派 遣 さ れ主 要 創 作 人 員 と して活 躍 、 後 に長 春 電 影 制 片 廠 専 属 監 督 。 14. 『新 局 長 到 来 之 前 』(1956年. 、 長 春 電 影 制 片 廠 、 原 作:何. 一53一. 求 、 改 編:干. 彦 夫 、 出 演:.
(18) 教 養 ・外 国 語 教 育 セ ン ター 紀 要. 李 景 波 ・浦 克 ほ か)、 「 不 拘 小 節 的 人 』(1956年 、 長 春 電 影 制 片 廠 、 原 作 ・脚 本:何 遅 、 出 演:白 穆 ・黄 娩 蘇 ほ か)、 『 没 有 完 成 的 喜 劇 』(1957年 、 長 春 電 影 制 片 廠 、 脚 本:呂 班 ・羅 泰 、 出演:方 化 、 韓 蘭 根 ほか)の 三 篇 。 151958年5月. 、 周 恩 来 が 劇 映 画 制 作 廠 廠 長 会 議 代 表 に対 し 「 大 躍 進 の 時代 を活 き活 き. と捉 え る た め、 人 民 生 活 に深 く入 り込 み 、 単 な る記 録 映 画 で は な い、 芸 術 性 風 格 を豊 か に有 す る映 画 を制 作 す べ き」 と建 議 、 それ に よ っ て生 まれ た映 画 ジ ャ ンル 。 161900-1995年. 、劇 作 家 。1920年 に 日本 留 学 を した 際 左 翼 文 芸 に接 触 、 帰 国 後 に魯 迅. 率 い る左 翼 作 家 連 盟 の 組 織 準 備 工 作 を行 な う。1932年 よ り上 海 映画 界 と接 点 を持 ち、 左 翼 映 画創 作 の 一 翼 を担 う。 新 中 国成 立 後 は 文 化 部 に属 し文 芸 政 策 を統 制 し なが ら、 魯迅原作 『 祝 福 』 の 映 画 脚 本 改 編 な ど創 作 面 で も活 躍 す る。 171960年4月. に 中 国 電 影 工 作 者 聯 誼 会 が 開 催 した 新 型 「喜 劇 」 映 画 座 談 会 に て 、劇 作. 家 の 馬 少 波 が 本 作 を称 賛 して 述 べ た 発 言 。 「暢 談 喜 劇. 《今 天 我 休 息 》 座 談 会 」、. 『 電 影 芸 術 』1960年 第6期 掲 載 。 18『 五 朶 金 花 』:1959年 長 春 電 影 制 片 廠 、 脚 本:季 康 ・公 浦 、 脚 本:王 家 乙、 出 演:楊 麗 坤 、 莫 梓 江 ほ か。 『 今 天 我 休 息 』:1959年 海 燕 電 影 制 片 廠 、 脚 本:李 天 済 、 監 督: 魯 劒 、 出演:仲 星 火 、 上 官 雲 珠 ほか 。 前 者 は 「建 国十 周 年 記 念 映 画 」 と して 夏 術 自身 が 創 作 を統 率 、 完 成 させ た もの で あ るが 、 後 者 は制 作 が 間 に合 わず 、 公 安 部 の 「人 民 愛 護 月 間」 キ ャ ンペ ー ン作 品 と して 翌60年 元 旦 に公 開 され た 。 19北. 京 で行 な われ た 「文 芸 工 作 座 談 会 」 と 「故 事 片 創 作 会 議 」 に よ り、 文 芸 表 現 形 式 の 多 様 化 、 描 く題 材 の 自 由選 択 な どが 提 唱 され た。 周 恩 来 「在 文 芸 工 作 座 談 会和 子 事 変 創 作 会 議 上 的 講 話 」、1961年6月19日. 20本. 梗 概 は、 『 李双双. 。. 従小 説到電 影. 』(中 国電 影 出版 社 、1963年9月)所. シ ョ ッ ト脚 本 と、 中影 音 像 出版 社 発 行 のVCD『. 載の. 李 双 双 』 の 映像 を参 考 に した 。. 21李. 准著、 『 人 民 文 学 』1960年 第3期 掲 載 。. 22本. 梗 概 は 、王 蒙 主 編 『中 国新 文 学 大 系1949-1976』. 第7集. 短 篇 小 説 巻1所 載 の 当. 該 小 説 を参 照 した。 23李. 准 「向新 人 物 精 神 世 界 学 習 探 索 小説到電影. 24孫. 《李 双 双 》 創 作 上 的 一 些 感 想 」、 『 李双双. 従. 』(前 掲)参 照 。. 徳 元 「"醜"与"美"的. 対 立統一. 浅 析"十 七 年"電 影 中 的 喜 劇 表 演 創 作 」、 「 当. 代 電 影 』2007年 第6期 参 照 。 25明. 代 の短 篇 小 説 集 『 清 平 山堂 話 本 』 巻 二 に収 め られ る。 知 力 に富 み 道 理 に適 う物 言 い をす る女 性 ・李 翠 蓮 が 、 旧道 徳 に拘 る嫁 ぎ先 の家 に容 認 され ず 、 出家 す る物 語 。. 26清. 代初期の文言小説。蒲松齢作。鋳雪斎抄本 「 柳 斎 志 異 』 巻 二 に収 録 され る。 始 終 笑. 一54一.
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