1 はじめに 介護現場は中腰などの不自然な作業姿勢になりやすい 労働環境である.工場等の製造現場に比べて適切な作業 姿勢を確保するための安全衛生活動が遅れている.その ため腰痛を患う介護者が多い.腰痛も看過できない労働 災害である.厚生労働省の調査によると,腰痛発生件数 は保健衛生業が特に増加しており,社会福祉施設での急 増が大きく影響している.介護者の約6割から8割が腰 痛を患っているとの報告がある.そして,腰痛による離 職がより深刻な問題となっている1). 離職率については,介護労働安定センターの調査2)に よると,平成20年頃からは減少し16%から17%台で安 定して推移している.採用率も20%以上を維持している. この採用率と離職率とのバランスである定着率について は,微増しているはずであるが,同じ定着率の水準の施 設であっても,定着が悪くて困っているとする施設と, 定着が悪くはないとする施設とに,評価が二分されてい る.特別養護老人ホームなど,要介護度の高い要介護者 が集中する施設などでは,元々慢性的な人手不足であり, 現場の定着率では不十分であり,より一層の改善が求め られているものと推察される. 介護者の腰痛を予防する取り組みとしては,現在,福 祉用具(機器や道具)の積極的な活用が推進されている. 厚生労働省は「職場における腰痛予防対策指針」などで, 人手による人の抱きかかえを実施しないように原則禁止 の扱いとしている.これを実現するべく,介護機器を用 いて介助することが推奨されている.移乗,入浴,排泄 での介助は腰への負担が大きい作業であるため,介護機 器の利用が特に望まれる. 介護老人福祉施設では,介護保険法が施行されてから, 天井走行リフトや機械浴槽などの大型の介護機器が多く 設置された.しかし,電動式介護機器の導入が進む一方 で,導入された介護機器がその後に施設で使用されない 問題が指摘されはじめた.その主な理由として,操作性 や作業効率の悪さが挙げられる.なかには,人手の介護 に拘り介護者が機器の利用に抵抗を抱くことも一部で報 告されている. 腰痛予防として期待され普及が促進されている介護機 器であるが,腰痛予防のために使用した介護機器で,介 護者が被災するようなことはあってはならないことであ る.しかし,その当たり前のことを確認するための介護 機器の労働安全衛生,特に介護者の安全面については, これまで本格的に調査されずにあった. そこで筆者の研究所では,労働安全衛生活動に積極な 介護施設の協力を得て,現在使用されている介護機器の 使用実態を独自に調査した.その結果,入浴介助におい て,介護者の安全性に課題のある介護機器が複数の現場 で確認された. 2 介護機器使用の労働安全衛生 労働安全衛生活動に積極な公営施設と私営施設とに協 力を得て,入浴介助に使用されている介護機器において, 介護者に対する安全性を調査した3).その結果,まず, 入浴介助用の機器は,寝たきりの高齢者らを入浴させる ために,特殊浴槽やストレッチャなどの大型で高出力の 機器が使用されていることが確認された.それら大型機 の危険性は,産業用ロボットのそれと大きく変わらない. 産業用ロボットでは安全装置の設置や安全教育の実施が 義務付けられているが,介護で使用される特殊浴槽など の機器ではそれらに代わる安全措置は現状ない.安全確 保は介護者自身の注意・意識に全て任せられていた. 次に,はさまれ・巻き込まれの要因となる危険な部位 (隙間や覆いのない機構がむき出しの箇所)が殆どの機 種で確認された.さらに,図1に例示する,腰に負担の かかる使用方法の機器も確認された.背もたれを人力で 操作するストレッチャにおいて,操作姿勢が悪く,また, 上げ下げの操作時には相応の負荷がかかった.腰に負担 がかかっており腰痛の要因になると判断された. Title:11_JOSH-2017-0016-SHI.indd p117 2018/09/25/ 火 20:47:22 「労働安全衛生研究」,Vol. 11, No. 2, pp. 117‒120, (2018)
介護支援機器への期待と安全課題
岡 部 康 平
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1 産業用ロボットに代表される製造現場で使用される機械類の安全確保にこれまで取り組んできた.今回, その立場から,介護現場で使用されている介護機器の使用実態を調査する機会と,より積極に今後導入される と予想される次世代型の介護支援機器の安全性を評価する貴重な機会とを得た.本稿では,それらの機会で得 た知見を基に,介護ロボットなどの次世代の介護支援機器の開発動向や,それらを新規に現場へ導入するため に必要と考えられる安全衛生活動等について述べる. キーワード:介護労働,安全衛生活動,介護支援機器,入浴介助,技術指針,生活機能原稿受付 2017年11月20日(Receiveddate: November20,2017) 原稿受理 2018年4月17日(Accepteddate: April17,2018) J-STAGE Advance published date: June 8, 2018
*1労働安全衛生総合研究所機械システム安全研究グループ 連絡先:〒204-0024 東京都清瀬市梅園1-4-6 労働安全衛生総合研究所機械システム安全研究グループ 岡部康平 E-mail: [email protected] doi: 10.2486/josh.JOSH-2017-0016-SHI 資 料
入浴介助機器の特徴を整理すると,次の3種類に大別 することができる.寝台と浴槽が一体となった特殊浴槽 に代表される自動式の機種,寝台と浴槽が分離している ストレッチャに代表される操縦式の機種,そして,狭い 浴槽にも利用できるリフト型の手動式の機種である.一 体型の自動式は,利便性は高いが危険性も高い.それに 対して,リフト型の手動式は,危険性は低いが手間暇が かかるため利便性は比較的低い.ストレッチャ型の操縦 式は,程よい利便性と程々の危険性の中庸と言える.労 働安全の観点からはストレッチャ型の操縦式の導入が推 奨される.いずれの機種においても,介護者のために安 全性の向上が必要であった. 機器の使い勝手については,実際に入浴介助機器を操 作している介護者らから,介護機の使用性(使い勝手) について聞き取り調査も実施した.その結果,操作性や 安全性について改善を求める意見・要望が多く得られた. 機器の使用方法に関する製造者の設計が不十分であるこ とが示唆される.一方で,機器を用いて介護することに ついては否定的な意見はなかった.訪問看護で在宅療養 の高齢者を入浴させるのに,リフトがないと非常に大変 であり,リフトがある方が安心して介助ができるなどの 肯定的な意見が多かった.介護機器に対する期待の高さ を実感する場となった. 3 介護機器における安全設計の指針 入浴介助機器をはじめ介護機器には,製品としての安 全性能を定めた日本工業規格(JIS)がある.しかし, それら製品安全としての標準の規定のみでは,介護者の ための安全確保としては十分でない側面がある.それら 側面の補完として,産業用ロボットの技術指針を参考に, リスクの高い介護機器に対して,新たに同様の指針を策 定することを,筆者らは労働安全衛生総合研究所の特別 研究報告として提言した4). 特殊浴槽などの一部の大型で自動式の機種には,産業 用ロボットのロボットアームと同じ機構を有するものが ある.産業用ロボットの安全確保では,原則として,産 業用ロボットは柵で囲われている必要があり,労働者は 産業用ロボットの付近で作業する状況は限定されてい る.また,産業用ロボットを使用するための安全教育の 実施が義務付けられており,産業用ロボットを適切に使 用するための技術指針も規定されている.一方の特殊浴 槽では,これらの措置に代わるものが何もない状況にあ る.介助作業の特性上,柵による隔離が現実的でないに しても,安全教育や技術指針による安全性の確保は実現 されるべきである.安全教育においては,リフト等の介 護機器の利用に伴う現場研修などの実施が,機器の製造 業者をはじめ,介護の教育・講習の場でも積極に勧めら ており,これが代替になるものと期待される.そこで, 技術指針の原案作成に取り組んだ.原案の骨子は次の2 項目で定めた. 1) 腰痛予防への寄与(機序)が明確化されている 2) 介護者への重大なリスクを新たに発生させない この骨子を具体化する要求事項(細目)を検討した. 原案では,この2項目の要求事項を満足する介護機器を, 使用者である介護施設の管理者は選定することを求めて いる. この骨子を達成するような介護機器が製造され現場で 実際に使用されることが理想である.しかし,この理想 を叶えるためには,介護者が介護機器の特性を理解して いることが必要であるのと同様に,介護機器の製造業者 も,介護機器が使用される状況を熟知している必要があ る.介護機器の使用者と設計者とが互いに意思疎通でき るように連携することが,骨子達成の大前提となる. 技術指針の原案を策定するにあたり,必要最低限の技 術的な要求事項(安全設計の要件)を図2に示すストレ ッチャ型の操縦式の機種を題材に具体的に規定した.な お,ここで規定した事項は,あくまで,必要最低限の事 項であり,現状で容易に類推可能できる危険性を排除す るための基本的な設計を示したに過ぎない.機種固有の 危険性を確実に排除するためには,まず,機器の使用環 境を明確にすることから始める必要がある. 介護機器の使用環境を明確化することは,介護機器の 安全設計において重要である.そこで原案では,介護機 器の使用環境の整備についても言及することとした.介 護施設を運用管理する責任者に対して,介護機器を使用 する要件として,機器の研修や作業環境の整備などの労 図1 人力で操作する背もたれ 図2 技術指針検討の題材とした入浴介助機器 Title:11_JOSH-2017-0016-SHI.indd p118 2018/09/25/ 火 20:47:22 118 「労働安全衛生研究」
働安全衛生活動を実施することを求めた.この案内では, 人力での入居者の抱え上げや無理な姿勢の減少につなが る, 介助方法や福祉用具の講習・研修の実施 福祉用具の利用指導 介助方法や福祉用具の使用方法に関する評価 などの継続的な取り組みが例示されている.これらは介 護者の腰痛予防に有用とする全国調査と介入研究の結果 に基づくものである1), 5).今回提言した技術指針の原案 は,介護機器が継続的・長期的に安全に使用されるため には,介護機器使用のための労働安全衛生活動が前提で あることを改めて明示した規定となっている. 4 介護に役立つ介護機器の要件 介護機器に限らず,どのような機器でも,使い勝手が 悪ければ改造されたり使用されなくなったりする.介護 機器の改造や不使用を招かないためには,介護機器の効 用が明確であることが必要である.しかし,介護機器の 効用,つまりは,介護機器が役に立つかどうかの客観的 な評価は容易ではない.そもそも,介護機器を用いた介 護自体を一律に評価することが難しい. たとえば,車椅子を使用すれば介護者は移動介助での 負担が大きく減る.だが,歩行可能な元気な高齢者に車 椅子を常時使用させるような不適切な介護機器の利用 は,高齢者の活動機能を低下させる一因となる6). より難しいのは,適切な介護機器を選定できたとして も,介護を受ける要介護者の健康状態は日々刻々と変化 するため,介護機器を実際に利用して良いかどうかの判 断が常に必要となる.つまり,介護機器を適切に使用す るためには,介護者は介護機器の適応と禁忌について, 使用する要介護者毎に,その使用の度に見極める必要が ある.介護機器には非常に繊細で多彩な要求が現場には ある.だが,それら全てに応えることは容易ではない. 労働力不足が切実な介護分野からのロボット技術への 期待は大きい.その期待に応えるべく,日本医療研究開 発機構による介護ロボット導入促進事業では,これまで に比べてより一層,ロボットの利用効果を具体的に問う 体制が整えられた.この体制は,同事業で開発されてい るロボットが介護に役立つかを第三者的に事前評価する 取り組みと言える.この取り組みでは,介護ロボット等 の機器の効果の捉え方を整理する枠組みとして,国際生 活 機 能 分 類(下 記ICFと 記 載,ICF: International ClassificationofFunctioning, disabilityandHealth)に 基づく生活機能モデルが採用されている. この生活機能モデルでは,介護ロボットなどの介護機 器や福祉用具は環境因子として扱われる.そして,介護 ロボットを利用する効果は生活機能を構成する次の3要 因に対する相互作用の総和として捉えられる7). 1) 心身機能・身体構造:身体系の生理的・心理的機能, 身体の解剖学的部分,心と身体のはたらき 2)活動:課題や行為の個人による遂行,生活行為 3)参加:生活・人生場面への関わり,地域参加等 これらの観点から介護者および要介護者に対する介護 ロボットの短期的・長期的な主作用・副作用が総合的・ 体系的に検討されている. ICFの生活機能モデルでは,要介護者らの障がい(碍) は図3に示す三つの生活機能に区分される.心身機能・ 身体構造の障がいは機能障害,活動の障がいは活動の制 限,参加の障がいは参加の制約として区別される.そして, 介護機器や介護ロボットの効用は,この3種類の障がい に対する影響として検討される.高齢女性の障がいを生 活機能で表現した分析例8)に,車椅子の適用を表現した 検討例を図4に示す.介護ロボットを含む,車椅子など の介護機器全般は,環境因子として障がいに作用する. 適用の検討で重要なことは,まず,介護機器の適用を 検討する発端は,要介護者の主体・主観に依拠すること である.図4の例では,高齢女性の外出希望に応えるこ とである.単なる移動手段を提供することを目的としな い.そして,車椅子は活動の制限に作用して,副次的に 参加の制約を改善すると期待される.図4の適用例では, 車椅子は心身機能・身体構造での障がいである機能障害 には直接作用しない. 車椅子の利用により,障がいの根源である健康状態が 改善されなければ,機能障害は改善されない.しかし一 方で,車椅子の利用は歩行の機会を減らす恐れがあるた め,間接的に,足の筋力低下などの負の影響をもたらす 結果となる危険性がある.そうなるとさらに,筋力低下 に伴い活動が低下する恐れもある. 車椅子の適用だけでも,様々な影響を検討する必要が ある.適用の是非は,一側面だけでは判断できず,効用 と副作用との両面を総合的に評価する必要がある.ICF の生活機能モデルはその評価手法となる. このような検討を通じて,介護ロボットの開発では, 各開発段階における,下記の具体的な問題点への対応が 図られている. a) 要介護者に対する作用の考慮不足 b) 「活動」の大局的な全体像の把握不足 c) 詳細な利用者属性の設定不足 d) 副作用(安全面・臨床面)の配慮不足 e) ニーズ等に関する収集情報の偏重 f) 介護の概念や理念の理解不足 g) 被介護者の状態(姿勢・動作)の理解不足 図3 ICFモデルによる生活機能と障がい(碍)の表現 Title:11_JOSH-2017-0016-SHI.indd p119 2018/09/25/ 火 20:47:22 119 Vol. 11, No. 2, pp. 117‒120, (2018)
これらの問題点は,視点を変えれば介護ロボットが役 立つために解決されているべき課題であり,これらの課 題解決は,介護ロボットが役立つための必要条件である. ICFの概念は介護ロボット分野では殆ど知られてこな かったが,現在は開発者側と使用者側とが意思疎通を図 るための共通言語として積極に学習が進められている. このような介護の概念の共通理解が,介護機器の使用者 と開発者側に今後求められていくであろう. 5 まとめ 本稿では,介護現場の現状を概説し,腰痛予防として 期待されている介護機器の使用実態から明らかとなった 安全上の課題や現場の要望を示した. 安全上の課題に対する取り組みとして,産業用ロボッ トの安全のための技術指針を参考とした,介助機器全般 を対象とする技術指針の原案について述べた.原案では, 安全設計の基本的な技術要件だけでなく,介護機器が安 全に継続的に使用されるための環境要件として,介護施 設の運用管理者に対して,介護機器の研修などの労働安 全衛生活動の実施を求めた.また,介護機器の使用者と 製造者との連携についても言及した. 介護機器に対する現場の要望は多様で繊細であった. 介護ロボット導入への期待は高いが,それらすべての要 望に応えることは現時点では難しい.現状は,介護ロボ ットに限らず,新しい介護機器全般の効用を客観的・総 合的に検討・評価する標準化の取り組みが始まったばか りである.この取り組みの成否は,この標準化の普及次 第であるが,介護機器の使用者である施設側も,介護機 器の製造業者も,まだ,この新しい取り組みに触れる機 会は少ない. 介護機器が介護現場の労働力不足や腰痛災害などの喫 緊の課題に対して有効であるためには,介護現場も工場 等の生産現場と同様に,標準化と合理化(自動化)が必 要であると考えられる.労働安全衛生の規制に依る標準 化には限界がある.業界の自発的な標準化が促進される ような制度整備が今後望まれる. 文文文 文 1) 岩切,高橋,外山,劉,甲田,市川,岡部,齋藤,池田. 介護職場における総合的な労働安全衛生研究.労働安全 衛生総合研究所特別研究報告.2017;SRR (47):97‒101 2) 介護労働安定センター.平成27年度介護労働実態調査. http://care-net.biz/kaigo-center/hp/pdf/report/27/01.pdf
3) 岡部,齋藤,池田,岩切.入浴介助機器の実態調査とリ スク分析.2017;SRR (47):127‒131 4) 池田,岡部,齋藤,岩切.動力介助機器を対象とする労 働安全に関する技術指針の提案.2017;SRR (47):141‒ 146 5) 労働安全衛生総合研究所. 介護者の腰痛予防のための安全 衛 生 活 動 チ ェ ッ ク ポ イ ン ト . http://www.jniosh.go.jp/
publication/houkoku/ careworker_checkpoint.pdf 6) 岡部.高齢者の介護に役立つロボット.日本人間工学会 第56回大会.2015;51:40‒41 7) 大川.生活機能構成学確立のためのストラテジー.情報 処理.2013;54(8)782‒786 8) 国立特別支援教育総合研究所.ICF及びICF-CYの活用. ジーアス教育新社.2011:204‒205 図4 ICFモデルによる車椅子の分析 Title:11_JOSH-2017-0016-SHI.indd p120 2018/09/25/ 火 20:47:22 120 「労働安全衛生研究」