• 検索結果がありません。

官僚制の経営学的研究 序説

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "官僚制の経営学的研究 序説"

Copied!
33
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)官僚制の経営学的研究 齋. 目. 藤. 序説 美. 雄. 次. 序 第一節 官僚制理論の理論的系譜 第二節 理論的範疇の相互連関 2·1 官僚制組織論と経営官僚制理論. 2·2 経営官僚制理論と行政官僚制理論. 2·3 行政官僚制理論と統治官僚制理論. 2·4 統治官僚制理論と経営官僚制理論 第三節 「官僚制の経営学的研究」の意義 むすび. 序 筆者は昭和 55年 12月刊行の拙著「官僚制組織論」において, 官僚制理論の 経営学的意義の解明の不可欠の前提として, 官僚制理論と経営学の交錯関係 を体系的に展望しようとする一 試論を展開した。 そのために導入された基本 的な概念的図式が「統治官僚制」と「経営官僚制」の概念的区分に他ならな いが, その大きなねらいが, この両概念にそれぞれの統一概念を見出すこと によって,「官僚制理論」を「統治 官僚制理論」と「経営 官僚制理論」に二 分することにあったのは, それが「官僚制理論」を企業の行動に直接に適用 しうるものとそうでないものに二分しようとするわれわれの経営学的意図に 即応するところが大きいからである。 この拙著の公刊からすでに五年有余の年月が経過したばかりでない。 それ. -57 (183)-.

(2) に先立って, 筆者は, 所属するいくつかの学会においても, 口頭発表(昭和 52年2月公益事業学会関西部会, 昭和52年5月公益事業学会年次大会統 一 論 題, 昭和52年5月関西社会学会年次大会, 昭和52年6月組織学会研究発表大 会)や機関誌への投稿(『公益事業研究』第29巻第 2号,『組織科学」Vol. 11, No. 3)を通じて, この構想の公表につとめた。 その結果, 組織学会機関誌 「組織科学』Vol. 15, No. 3においても, 拙著が書評の対象としてとりあげ られるなどして, この筆者の試みについては, 多くの反響が得られたことは 幸いである。 そのなかには, この試みに同調する立場からなされる激励や理解も多く含 まれているが, ある意味では, それにもまして筆者にとって有難たかったの が, 様々の論者からよせられた鋭い批判や適確な問題点の指摘, あるいは疑 問の提起に他ならない。 というのは, これらの批判や問題提起は, これを謙 虚に受けとめて活用するならば, この概念的図式に修正を加えてその内容を よりすぐれたものに改善するための糸口としても, また, そのためになされ る再検討の契機としてもきわめて有用な場合が多いからである。 そのなかでもとくに筆者にとって重要と思われる批判は次の2点にある。 その第一は, 官僚制理論を, このように統治官僚制理論と経営官僚制理論に 二分しようとする試みは, 官僚制理論のもつ元来の複雑な性格と, その歴史 的展開にみられる種々の紆余曲折の過程にてらして, いささか大胆にすぎる のではないかという批判である。 そこには暗に, このような区分をなすから には, その妥当性を十分にうらづけうるより緻密で説得力のある論議の展開 が官僚制理論の歴史的展開過程に関する綿密な検討をふまえてなされるべき であるとの示唆が含まれている。 第二は, 経営官僚制のサプ・ カテゴリ. ー. として多くの個別官僚制が区分さ. れうるという場合, すでにそれは, それぞれの個別官僚制には, 他の個別官 僚制にはみられない独自の官僚制の問題があり, 意義があるということを暗 黙の前提とするものに他ならない。 しかるにその一種である行政官僚制につ -58. (184)-.

(3) いてのみ.. それに固有の政治的意義にかかわる概念として.「統治官僚制」. という独自の概念的範疇をあえて定式化して, これを「経営官僚制」に対置 する必要は必ずしもないのではないかという批判である。 換言すれば, この 批判は. それがみられる組織の種類に応じて, 種々の個別官僚制を区分して 論ずる必要性や意義は認めるも. そのための概念的範疇としては, 各種の個 別官僚制をサブ・カテゴリ. ー. としてかかえる「経営官僚制」だけで十分であ. るとの認識の下に,「統治官僚制」という 概念的 範疇を「経営官僚制」に対 置する必要性や妥当性を否認するものである。 この種の批判に直面してわれわれが痛感するのは, 官僚制理論を統治官僚 制理論と経営官僚制理論に区分しようとする場合のわれわれのねらいや理由 のみならず, その分類の基準についても一 層のくわしい説明やほり下げた論 議が必要であるということである。 とくに, 行政官僚制が従来の官僚制理論 の展開において, その主題として占めてきた比重の大きさがこの概念的図式 にも多分に反映されており, この点を看過しては. この図式のもつ理論的意 義の正当な評価も困難になることが強調される必要がある。 本稿のねらいは. これらの作業にとりくむことを通じて, いわゆる「官僚 制の経営学的研究」のもつ意義を根本的に問いなおし, そこに含まれてくる 諸理論についても, 妥当な位置づけをはかろうとする試みの第一歩をしるす ことにある。 周知の如<. 近 年, 経営学においても. とみに「官僚制」の問 題への言及がふえ, 「官僚制理論」への注目の 動きもそれなりにみられるこ とにかんがみ, かかる作業のもつ現代的意義もまた, 決して小さくはないと いっても過言ではあるまい。. 第一節. 官僚制理論の理論的系譜. 「官僚制」という言葉が人類の歴史において始めて用いられたのは, 18世 紀中葉のフランスでのことであったといわれている。 したがって,「官僚制」 -59. C 185)-.

(4) に関する概念ならびに理論の展開がそれ以降のことに属するのはいうまでも ないが, その発展段階を, 各世紀における基本的な理論的動向に即して図式 化したのが第 一 図である。 このような図式を提起した場合に, 何らかのかたちにおいて, その妥当性 をうらづけるに足る論議の展開や説明が必要となるのはいうまでもない。 本 節では, まず, 官僚制概念の生成と展開の歴史的過程を, 主要なヨ. ー. ロッ パ. 諸国の場合に即して概観しておくという作業を通じてそれをなすことににつ とめたい。 しかるのち, 次節では,. 統治官僚制理論と行政官僚制理論, 経営. 官僚制理論の三者間の関係にも再検討を加えることによって, 官僚制理論の 理論的系譜について一 応の展望を可能にしたい。 「官僚制」の概念的展開について, 最初に指摘しておきたいのは, 成立当 初のそれには,「行政官僚制」に固有の政治的意義にかかわる「統治官僚制」. l. i. 組織 論的アプローチ ー 社会 学 的アプローチ. (. a. 営官 僚制 理 論J. 一. _ ― _. ニ. I4IIIIIIIIIIIIIIIII. H. ロ「行政 官 僚制 理 論」(行政 学 的アプローチ 」) 一二. IIIIIIIIII II ▼I. ―. i ­. - l. 一. _ ­. 統 治官 僚制 理 論( 「政 治学 的ア プローチ 」)〗. 20世 紀. 官僚制理論の発展段階. -60 (186)-. F I ー ー ー 1 1 「官 僚制 組織 論」経. 一. ―. 一. 論 理—. 制 僚. [. 制 僚. (. 官 r. 紅 E. 一. 二. 一. 19世 紀. L 91IIIIIIII IIIIII III I IIIIIIIIILー ー ー — ー ー ー ー ー ー ー 1 ー ー ー ー. 18世 紀. 第一図.

(5) としての概念的特性が強くみられるという事実である。 それは, そもそもこ の用語が, 絶対主義統一国家と市 民社会の緊張関係が頂点に達する18世紀か ら19世紀にかけてのヨ ー ロッパ大陸に発生し, 市 民革命の挫折のなかでのプ ロ イセン官僚制の近代化の過程で概念的に成熟してきたといわれる事実のな かにもよく反映されているばかりでない1) 。 「官僚制」の かかる 概念的特性 は, この用語の起源と. その背後にある歴史的, 社会的背景に目を向けると 一層, 鮮明になってくるであろう。 「官僚制」という用語の起源に関しては, かねてより, アルプロウの卓越 した分析が有名であるが. それによると, この用語は18世紀中葉にフランス の重農主義者ド・グルネ (M. de Gournay) によって創作 された2) 。 日 本語 の「 官僚制」も, もともとは, このフランス語の bureaucratie の訳語であ るが, このビュロ クラシ ー の前半のビュロ (bureau)は元来. 粗紡毛織ピュ ール (bure) を張った 事務机のことを さしていたのである。 ところがやが て, この語が, 事務机の配列 されている仕事場, あるいは官吏の働く場所と しての事務所およびその組織をも意味するにおよんで, これに,「支配」を 意味するギリ シャ語 kratia に語源をもつ接尾語 cratie が結合して, bure­ aucratie (官僚制)という用語が成立したといわれている凡 このような造語が登場してくる歴史的背景に目を向けると, 18世紀におけ る国家権力のめざましい伸張と, それに伴う新興勢力としての官吏のいちじ るしい集団的拾頭という事実が出てくることは重要であろう。 このことはそ もそもこの概念が,「官吏」という当時の一つの新しい 支配集団に よる統治 方法との関連において定式化された政治概念たることを示している。 したが って, この概念は決して官吏のなす不法な権限逸脱行為を強調するだけにと 1) M. Albrow, ibid., p. 18., 阿利莫二稿「官僚制概念の成立と展開」, 淡内謙他編 「現代行政と官僚制」(上),1974年, 4頁。 2) M. Albrow, ibid., p. 16. 3) 森博他編,「官僚制の支配」, 昭和56年, 3- 4頁。. -61 C 187)-.

(6) どまるものではない。 すなわち.「 公益のために 官職があるのではな<. 官 識のために公益がある」という当時の言葉によく 反映されている如く,「官 僚制」は, 官吏による統治の自己目的化に対する批判概念として, そもそも 歴史に登場してきたのである丸 このようにして, まずフランスに登場してきた「 官僚制」という用語は. その後. 急速に 他のヨ ー ロッパ諸国にも浸透・普及して いったばかりでな い。 それが 政治学におけるもっとも代表的な国際的 語彙の一つに なるのに も, さして長い 年月を要しなかった理由と して アルプロウがあげているのは 次の二点である凡 その一つは「官僚制」が, ギリ シャの古典的政治形態分類法との関連にお いて定式化され, 君主制や民主制. 貴族制と比較・対照されるべき主要な統 治形態の一つとして位置づけられたという事実である。 いま一つは;かかる 政治形態についてのギリ シャの概念体系が主要なヨ ー ロッパ諸国 の言語体系 にすでに古くからとり入れられていて. これが. この新しい用語の他国 語へ の書き換えをきわめて容易なものにする重要な素地をなしたことである。 かくてフランス語の bureaucratie はまもなくドイツ語の Bureaukratie (後に Btirokratie), イタリ ア 語の burocrazia, 英 語の bureaucracy に嘗 きかえられたばかりでない。「民主制」の派生 語との 類 推に もとづいて, 官 僚制から官僚, 官僚的, 官僚主義. 官僚主義者, 官僚制化などの類 語もたち まちにして派生 した。 したがって. アルプロウも指摘しているように. ョ — ロッパ諸国の辞典に登場してきた「 官僚制」に関する当初の定義では, いず れも政府官庁や 官吏集団のもつ権力や努力にかかわる含蓄においてその意味 がとらえられており, 内容的にも相互間に大差がなくてもさして驚くにはあ たらない6) 0 4) M. Albrow, ibid., p. 17. 阿利莫二稿, 上掲, 5 頁。 5) M. Albrow, ibid., p. 17. 6) ibid., pp. 17-18. -62. (188)-.

(7) かくて18世紀における官僚制理論は, 「官僚制」を 統治形態の 一種として とらえるすぐれて政治学的な立場からのアプ ロ ー チが中心をなしていたが, この場合の実物対象を, 経営官僚制の概念的範疇でいえば, そのサプ・ カテ ゴリ. ー. をなす個別官僚制の一種たる 「行政官僚制」にあるのはいうまでもな. いであろう。 そこでは, 「官僚制」はすぐれて(国家)行政に 固有の現象と みなされており,. かかる認識にもとづく 特殊政治学的な アプロ ー チにおい. て, この段階の官僚制理論にはすぐれて 「統治官僚制理論」としての性格が みられたのである。 ちなみに, 行政官僚制に固有の政治的意義の解明にかか わるこの統治官僚制理論は, 官僚制理論においてもっとも早くから成立した 最も古い伝統的な理論的立場を なしているばかりでない。 今日も, 「行政官 僚制」にかかわる理論の多くが, 実質的にはなお多分に, この統治官僚制理 論としての性格をそなえていることは重要である。 しかし18世紀における統治官僚制理論の展開は, 必ずしもまだ理論的には 本格的に発達した段階に達していない。 それをよく示すものとしては, フラ ンスでは, はじめのうちは, 官僚制という用語の使用者が, ごく一 部の論客 や小説家だけにかぎられていたという事実をあげうる。 そのなかでもとくに 有名なのはバルザックであって, 彼の小説「平役人」 (Les Employes, 1836) では, 彼特有の鋭い毒舌によって官僚制のイメ. ー. ジのたくみな描写がなされ. ており, これが人々のあいだに絶大な人気を博したことが,この用 語の普及に とっても大いに貢献するところとなったといわれている。 その結果, あるフ ランスの政治辞典では,1896年におよんでも, なおこの言葉がドイツに起源を もち,. バルザックによってフランスに普及されたとの記述さえみられる。. も. ちろん, この記述が注目されるのも, この語がフランス革命による混乱期を境 に, 第二の故郷をドイツに求め, 以後はとくにプ ロイセン_ドイツ官吏制 度に関する改革論議を主要な舞台として概念的に展開していくことになった という歴史的な経過がそこには多分に反映されているからに他ならない7) 0 7) ibid., p. 18. 阿利莫二稿, 上掲 4 頁。. -63 (189)-.

(8) 19 世紀ド イツの官吏制度に関する様々の改革論議のなかでも, とくに大き な焦点が180 6年のナポレオン戦争の敗北を契機とするシュタ イン—ハルデ ンベルクの改革による合議官庁制から独任官庁制への移行の問題にあったこ とはよく知られている。 というのは. ここにM. ウェ ーバ ー のいわゆる「 単 一支配的」な行政構造が登場してくるが, これを「官僚制」と同 一視すべき か否かという問題が 当時の 行政理論において 大きな争点と なったからであ る。 ちなみに.「官吏による支配」としての官僚制の 概念が すでに一般化し ていた当時のド イツでは, 官吏の権力の増大につながる面があるとされたこ の独任官庁制を, 官僚制と同一視しようとする動きが出てきても決して不自 然ではなかったのである。 たとえば, 官僚制を「単独の官吏が行政を統制す る行政構造」としてとらえるハ インツェン(K. Heinzen)の定義もその一 例 であるが, このような主張に対立する見解としては, 「官吏が 国 務を 支配す る場合」だけに「官僚制」という用語をあて, 新しい行政構造には「独任官 庁制」という別の用語をあてようとする立場をあげうる8) 0 このような論争に刺激されて1846年に官僚制の概念に関する最初の学術的 分析に着手したロ バート ・ フォン ・ モ ール(Robert von Mohl)によると, 「独任官庁制」としての官僚制の意味は,. 歴史的に古くから みられるが, 通. 俗的な非難の意味において用いられるにいたったのは最近のことである。 し かるにその非難内容たるや論者によってもその階層によっても全くまちまち で多様をきわめているが, そこに多かな少なかれ共通しているのが, 「職業 的官吏によってなされる国家の仕事のあやまち」という概念である。 かかる 非難の意味でとらえられるかぎり, 市民が国家に不満を抱くところではつね に官僚制が存在し, いかなる行政制度も容易に官僚制とみなされうるので, 官僚制のこの概念が, 20世紀に入ってからも, 「官僚主義」という言葉 とと もにますます普及するにいたったのは決して偶然ではない9) 。 8) ibid., pp. 27-29. 9) ibid., pp. 29-30. -64 C 19 0 )-.

(9) 官僚制という用語のイギリ スヘの導入は, 主にドイツ文献の翻訳を通じて なされたが, それによって促進されたのがイギリ スと大陸との対比である。' ところがそこにおいてよく目につくのは, 19世紀初期のイギリ スでは, 官僚 制の問題はなお対岸の火事にすぎないばかりでなく, それはむしろイギリ ス における自由主義や民主主義を自負する材料にさえなっていたという事実で ある。 かくて,「官僚制による社会の能カ・行動力の独占こそが 政治生活の ための無能力をつくる」とみなすJ.S. ミルは「行政装置が能率的になれば なるほど, 国民の才能は独占され, 統治するものも, 統治されるものも共に 官僚制の奴隷になる」と主張して, 官僚制を自由と民主主義の敵ときめつけ たが, このミルの主張は「大陸の官僚制の能率的な側面をみとめつつも,•最 終的にはそれが民主主義と背反するがゆえに活力を失う」とする立場に立脚 しており, ここに彼が, 民主主義の観念をめぐり, ミルに批判的とされてい るバジョット (Walter Bagehot)の「イギリ ス憲政論」 (The English Con� stitution, 1867) の立場, すなわち議院内閣制における行政こそが, もっと も能率的とする立場とも究極的には一致するといわれるゆえんである10) 0 しかし19 世紀も後半に入り, 世紀末が近づいてくると,・イギリ スでも官僚 制の問題は対岸の火事どころではなかった。 たとえば, 1870年代に公務員制 度の改革を推進したノ ー スコ ー ト (Sir Stafford Northcote)自身が, 1884 年には,「終身官吏が仕事の運営を支配し, 議会は することがほとんどなく なる」と述べて, 官僚的専制政治に警告を発したばかりでない。 H. スペン サ ー (Herbert Spencer)も同年, 政府の干渉強化に反対し, イギリ スの官 僚制とヨ ー ロッパ大陸のそれを同類と断ずるにいたった。 かかる趨努は官僚 制を「専門化した行政官による 権力の行使」とみなす ラムゼイ ・ ミュ ア. ー. (Ramsay Muir)の見解にもよく反映されており, 彼のとなえる「 議会制民 主主義の危機」という警鐘にもすでに, イギリ スにおける20世紀的ペシミズ ムの台頭のきざしがはっきりとあらわれている11\ 10) 阿利莫二稿, 上掲, 14- 15頁。 -65. C 191) -.

(10) フランスで最初に, 官僚制について本格的な政治学的分析をし たのはフ レ ド リッ ヒ ・ ル. ・. プ レ (Frederic Le Play)であるといわれているが, 彼にと. っ ては, 官僚制とは「細目に心を う ばわれ, 仕事を複雑にし, 他人の イ ニ シ ャチ プを抑えることに熱中している小役人の間に権限をまき散らすこと」を 意味した。 ここからわかることは, オルゼウスキ ー (J. Olszewski)による 1 9 04年の分析と同様に, その主題がいわゆる 「官僚主義」におかれているこ と である。 ところがこのプレの研究に大きな影 響を与えたのが, トッ ク ビル (de Tocquerville) によるフランス政治制度の古典的分析に他ならない。 そ こではトッ ク ビルはもっばら中央集権化の過程にとりくんでいて, 官僚制に は付随的にしか言及していない。 )レ. ・. プレが官僚制を中央集権化と峻別し,. と く に中級官吏の行動に焦点をおき, 構造上や動機づけの面からそれを説明 することによって法律的概念よりも 組織構造に 関心をよせ たのも, は, かかるトッ ク ビ)レの ア プロ. ー. 一. つに. チ による 影 響の産物であると いわれてい. る。 いずれにしても, 行政の合法性よりも, その構造的特質に関する関心の 増大は, 企業能率に関するバ ジ ョット (Walter Bagehot)の関心ともあいま ‘っ て, 管理 (Administration) についての政府と民間のやり方 を比較する道 をきりひらいたばかりでない。 かかる比較は組織の一 般論を発展させようと する官僚制理論における20世紀的関心の前兆としても看過しえない意義をも. っ 12) 。. 以上のような官僚制概念の19 世紀的展開のなかに. アルプロウは次の三つ の主要な立場を識別する13) 。 その第ーはド ・ グル ネ や ミルに代表される立場である。 そこでは「官吏に よる支配」とい う 内容において, 官僚制は, 民主制. 貴族制, 君主制と 比較 ・ 対照されるべき主要な政治形態の一つと考えられているが, その背後にあ 11) M. Albrow, op. cit., p. 26. 12) ibid., p. 30. 13) ibid., pp. 30- 31. -66 ( 192) -.

(11) るのが, 行政官僚制の権力的地位の著しい増大への強い関心に根 ざす18世紀 以来の政治学的ア プロ ー チ の伝統であって, ここにわれわれは. 今 日 に ま で 受けつがれている統治官僚制理論の展開を見出す。 第二は, 19世紀におけるドイ ツ 行政制度の特殊形態との関連において官僚 制を概念規定しようとする立場で,. ハイ ン ツ. ェ ンな ど によって代表されてい. る。 ここには. 「行政官僚制」への行政学的 アプロ ー チ .. すなわち「行政官. 僚制理論」 の本格的展開, あるいはその比重の増大という19世紀におけるも っとも中心的な理論的動向を見出しうることは重要であろう。 ちなみに, こ の「行政学的 アプロ ー チ 」の大きな 方法論的 特質は, 「官僚制」への政治学 的 ア プロ ー チ と 組織論的 アプロ ー チ の 有機的結合にある。 したがって, 「行 政官僚制理論」の発展は, その一部として「組織論的アプロ ー チ 」の発展を も含んでいることは重要であろう。 20世紀に入って 活発になる官僚制組織論 の展開の源流の一 つがここにあるばかりでない。 この官僚制組織論の展開に よってもたらされる「経営官僚制理論」の成立が, それ ま では単に未分離の ま ま に「官僚制理論」として 一括されていた「行政官僚制」への アプロ ー チ を 「統治官僚制理論」と「行政官僚制理論」に区分することを必要ならしめ る基本的な理論的契機にもなっているのである。 第 三はフ ォ ン ・ モ ー ル (Robert von Mohl) や Jレ ・ プ レ に代表されるよう に, 政府に対する民衆の不満を手がかりにして, 千渉好きな有給公務員の行 動のなかに官僚制の本質を見出そうとする立場に他ならない。 そこでは, 職 員の行動を規定している組織の構造的特質や動機づけ面への関心から出て く る政府部門と民間部門との比較の試みも含 ま れているが, それがここで注目 を要するのは, そこには, 20世絶において本格化してくる「経営官僚制」の 概念的展開の理論的基盤の形成にも通じる組織の一般理論への関心の崩芽が あらわれているからである。 この ア ルプロ ウ の分類に即していえば, 第一の立場は18世紀以来の 「統治 官僚制理論」の立場に通じ, 第 2 のそれは, 19世紀になって本格的に展開し -67. C 193 ) -.

(12) てくる 「行政官僚制理論」 の立場に通じるのに対 し て, 第三のそれには, 20 世紀にな っ て本格的に展開 し てくる「経営官僚制理論の一つの先駆的形態が みられる。 し か し官僚制理論0) す ぐ れて20 世紀な展開, すなわち官僚制組織論や 経営 官僚制理論の展開を, 19 世紀的理論からの発展と し てとらえる場合, 両者を 媒介する理論的展開過程がその間に見 出されるべきであろう。 けだ し官僚制 理論の19 世紀的展開と20 世紀的なそれとの間には, とくに組織理論の面にお いて看過 し えない大きな 質的差異がみられるからであ っ て, それが, 前者の 行政学的 ア プ ロ ー チ に対する後者の社会学的 ア プ ロ ー チ にある こ とは重要で あろう。 かくて こ こ に, 19 世紀末から20 世紀の初頭にかけてなされた官僚制概念に おける一 連の社会学的展開過程が注目される こ とになるが, こ の古典的過程 は モスカから ミ ヘルスをへて マックス ・ ウ ェ ー バ ー にいたる三人の論者によ っ てにな われたのである。 も ち ろん , こ の過程についての本格的 な検討は, それ自体がきわめて大きな課題であるがゆえに, こ こ で直 ち にそれに取り組 む こ とは当面の課題から逸脱 し て し まうおそれがあ っ て不 可能である。 し た が っ て, こ こ では, それについては次の点に言 及するだけにとどめ ざるをえ な い。 その第ーは, モスカが官僚制を「有給官吏の一 団」 と し てとらえる こ とに よ っ てはじめて, こ の概念は集合名辞の仲 間入りをする こ とになり, 社会学 的展開の第 一歩が し るされた こ とである。 第二は, ミ ヘルスが こ のモスカの 概念を「有給識員の一 団」と し てとらえなおす こ とによ っ て, こ の概念の外 延を「組織一 般」 に拡大 し , 「官僚制」の組織論的 意義を 確立 した こ とであ る。 第三は, マックス ・ウェ ー バー が, ミ ヘルスによ っ て確立された官僚制 の組織論的意義を, 支配社会学の脈絡において 体系化 し ,「官僚制 組織論」 というすぐれて社会学的な フ ォ. ー. マル組織の理論体系が確立された こ とであ. る。 -6 8 C 19 4)-.

(13) マックス ・ウ ェ ー バ ー によって定式化され た「官僚制の理念型」は. かか る概念的展開の理論的結晶であるばかりでない 。 それは官僚制組織論やそれ を基礎理論とする経営官僚制理論, 更にはそれを源流として近 年とみに発展 の著るしい「組織社会学」の展開の基本的出発点をなしており, その意味に おいてもそれは社会学的組織論における最大の古典理論としての位置を占め るにふさわしい。 周知の如く, 官僚制組織論はウ ェ ー バ ー 以後, ア メ リ カ社会学にうけつが れ, そこを主要な舞台として, 19 40年代から5 0年代にかけてとくに活発な展 開をみせ, 社会学的組織論の主流としての理論的地位を確立した ばかりでな い。 19 60年代の半ば頃からそれは次第に 「組織社会学」に衣替えをして今 日 にい たっているが, そ こ においてもウ ェ ー バ ー が最大の古典理論家の位置を 占めていることは, ド イツにおける組織社会学の代表者であるマインツ (R. Mayntz) の次の指摘をまつまでもないであろう。 すなわち彼女は, 「組織社. 会学における重要文献の殆 ど が マックス ・ウ ェ ー バ ー の名をあげて, 彼に, この分野の創始者としての地位を優先的に与 えている。」 と指摘している1') 0 かかる発展過程の結果として, 20世紀における官僚制理論の展開は, 従来 からのいわゆる 「官僚制理論」, すなわち 「行政官僚制」への 伝統的 な政治 学的ア プロ のフ ォ. ー. ー. チ や行政学的 ア プロ. ー. チ に加 えて,「 官僚制」を あらゆる 種類. マ )レ組織に多かれ少なかれ一般的な現 象とみなす社会学的ア プロ. チ が加わってきたばかりでない。 後者の社会学的 ア プロ. ー. ー. チ , すな わち官僚. 制組織論や経営官僚制理論の 占める比重が.「組織の時代」と いわれる現代 社会の基調を反映して, 著しく増大しつつある結果, 20世紀の官僚制理論に は, その理論的志向において, 基本的に異なる方 向をもつ二つの大きな潮流 を見出しうることは重要であろう。 統 治官僚制理論と経営官僚制理論がそれ である。. 14) R. Mayntz, Btirokratishe Organisation, 1968, S. 27. -69. ( 195 ) -.

(14) 第二節. 理論的範疇の 相互連関. 「官僚制理論」を「統治官僚制理論」と 「行政 官僚制 理論」,「経営官僚制 理論」の三つのサプ ・ カテ ゴ リ. ー. に類型化すれば. その発展段階は第 一図の. 如くに示しうる。 このこと がよりよく理解されうるた めには. これらの三つ の理論的 範疇間の 相互連関についても 検討を加えておく 必要があるが. そ れをなすまえに.. まず.. ふれておかねばならないのが.「官僚制組織論」と. 「経営官僚制理論」の不 可分の関係である。. 2.1. 官僚制組織論 と 経営官僚制理論. 経営官僚制と いう概念は, 個別組織において機能する経営の内部原理と し て の官僚制にかかわ る。 その意味において, それは「官僚制組織」の機能概 念に他ならないが, と りもなおさずこのこと は, 両者が実体概念と しては同 義語の関 係にあること を示している。 かくて両者はまさしく密接・不 可分の 関 係にあるが, それは官僚制組織論が経営官僚制理論の不 可欠の基礎理論で あること からくる当然の帰結に他ならない1) 。 官僚制組織論が,. マックス. ・ ウ ェ ー バ ー の官僚制の理念型を基本的出発点. と するすぐれて社会学的なフォ. ー. マル組織の理論体系であるのはいうまでも. ない。 われわれは, 20世紀における官僚制理論の展開を特徴づける最も中心 的な理論的動向を, この官僚制組織論の活発な展開に見出しうるが, 近 年, と みに発展のいちじるしい組織社会学の前身, あるいは源流と しても, それ がになっている理論的意義は大きい。 この官僚制組織論では, 官僚制は決し て行政に固有の現 象と はみなされていない。 この点においてそれは統治官僚 制理論と はきわ め て対照的な立場にある。 官僚制組織論の機能的表現 たる経 営官僚制理論が統治官僚制理論に対置されるゆえんであろう。 1) こ の点については, 拙著 「官僚制組織論」 第二章第一節を参照 さ れた い 。 -70. C 19 6)-.

(15) このような官僚制組織論の立場は, 「官僚制」 の機能的本質を 「組織原理」 という点に見出すことによ っ て, それを多かれ少なかれ, 現代社会における あらゆる種類のフ ォ. ー. マル組織に内在的な普逼的現 象とみなすことに由来す. る。 か く て官僚制組織論のフ レ ー ム ワ ークは, 多かれ少なかれ, あらゆる種 類のフ ォ. ー. マル組緞に一般的な妥当性を も ち, この点において, それはすぐ. れて組織の 一般性理論としての性格を も つ。 この官僚制組織論のフ レ ー ム ワ ー. クを各種の個別組織に適用することによ っ て成立する諸理論は, いずれ も. 個別官僚制理綸とよびうるが, これらの個別官僚制理論の上位理論としての 位置を 占 める理論的範疇として登場して く るのが 「経営官僚制理論」 に他な らない。 この意味において, 経営官僚制理論は ま さ し く 個別官僚制理論の一 般的表現 である。 すなわち, 官僚制組餓論のフ レ ー ム ワ ークを 「企業」 や 「行政」, 「組合」 などの各種の組織体, あるいは制度的機能団体に適用すると, そこに種 々 の 個別官僚制理論が成立する。 換言すれば, 官僚制組織論における「官僚制」, すなわち,. 一. 連の官僚制的諸原理が貫徹する組織構成体としての 「官僚制」. が, 企業において機能する場合を さ すのが「 企業官僚制」であり, 行政や 組 合において機能する場合が, 「行政官僚制」, 「組合 官僚制」 に 他ならない。 これらの個別官僚制の種類が, 制度的機能団体の種類とと も に多いのはいう ま で も ないが, いずれにして も , これらの個別官僚制を対象として成立する 各種の個別官僚制理論は, 官僚制組織論のフ レ ー ム ワ ークに立脚するという 点において方法論的に共通の立場にある。 この共通の立場を表わすのが経営 官僚制理論という理論的範疇である。 「官僚制組織論」という用語に替えて, その 機能概念た る「経営官僚制理 詮」 という用語が用いられる理由の 一つは, 官僚制組織論が統治官僚制理論 に対置 さ れる場合に出て く る。 というのは, 「行政官僚制」 の 政治的機能に かかわるという意味において,. 元来,「統治官僚制」 には,. 前者の機能概念. としての性格がみられ, この機能概念に対するには, 機能概念で も っ てする. -71. ( 197 )-.

(16) のがより妥当 だからである。 ところが, 近年, 両者が対置される機会がとみ にふえている重要な媒介的契機の一 つ としては, 官僚制組織論の活発な展開 それ 自 体をあげ う ることは注 目 を要する。 すなわち, その展開が本格化し, 活発化してくるとともに, 従来の, 伝統 的な政治学的 ア プ ロ ー チ に立脚する統治官僚制理論の理論的志向とは基本的 に性格の異なる社会学的 ア プ ロ ー チに立脚する官僚制組織論のそれとの差異 がいやが う えにも鮮 明になら ざるをえない。 そしてそれは遅かれ早かれ, 両 者の対照的な性格の差異において, 官僚制理論における二つの主要な理論的 潮流の形成に通じ, しかも後にもふれる如く,「経営官僚制」 と「統治官僚制」 との祇念的競合を通じて, 次第にそれがきわ立ったものになりつ つあること は重要であろ う 。 このよ う な現代官僚制理論における理論的動向が, 「経営 官僚制理論」 とい う 理論的範疇の成立の重要な理論的背景をなしている。 「経営官僚制理論」 とい う 理論的範疇の登場を 必要とさせるい ま 一 つの理 論的契機は, そのサプ ・ カテ ゴリ. ー. をなす種 々 の個別官僚制理論の展開の活. 発化にある。 マ ー ト ン (R. K.Merton) のい う 「中範囲 の理論」 への志向に も即するこの理論的動向は, ある意味では, それ 自 体が, 官僚制組織論の一 層の発展 ・ 深化の一過程でもある。 しかし, ま たある意味では, それは, 組 織の一般性理論としての官僚制組織論の方法論的特質から出てくる限界を, 一種の特殊性理論への志向において克服しよ う とする動きのあらわれとも言 い う るとすれば, そのかぎりにおいて, そこには, いわゆる 「 コ ンテ ィ ンゼ ン シ ー 理論」 ともパラ レルな一面をも見出し う るであろう。 官僚制の機能分 析につづく組織社会学の 展開の第二段階 と して,. 「構造 コ ンテ ィ ン ゼ ン シ ー. 理論」 があげられるゆえんである2) 0 ー ロ に「官僚制」 の問題 と いっても, その 内 容や意義はそれがみられる組 織の種類や 性格のいかんによって 必ずしも 一様でない。 ちなみに, プラウ. 2) 高瀬武典稿 「組織社会学に お け る 官僚制論の変容 と課題J, 思想, 1985年 4 月 号 259-277頁。 -72. (1 98. 一).

(17) (P. M. Blau) によると, 官僚制と は , 能率という価値基準に支配される組 織の形態に他ならないが, かかる組織形態が民主的形態とも専制的形態とも 根本的に別のものであるのは自明であろう3) 。 この場合, 最高の地位に君臨 するのは. 多数の意志でもなければ. ある支配者の個人的選択でもなく, 専 門家の合理的判断である。 し たがって, 収益性の高い商品を能率的に生産す ることを期待される工場のように, 特定の目標を効果的に達成することを形 式上のねらいとする組織にとっては, む しろ, 本来的に, 「官僚制化」への 志向が 内在的であるだけに. この種の組織において は. 直ちにそれ自体が問 題となってくるわけではない。 し かるに. ひとびとが. そのあいだに一般化 し た思想を確認 し , これによ って共通の目的に同意をあたえるために組織をつくるという場合には , その 目的の要求するところ. 彼らの行為を支配する基本的原理は反対意見の自由 でなければならず, この型の民主主義的組織にあっては , 能率への考慮も相 衝突する意見の自由な表明を刺激するという中心目的の下に従属させられる べきである。 かくて, 「官僚制化する」ということのなかに, 組織の生成, 発展の過程で, 能率の考慮が他のすべてのものに優先するという意味が含ま れるかぎりにおいて, 労働組合や政党などの組織体にとっては, それは , 制 度的な自己否定にも通ずる危険な一面が含まれていることになる° 。 要するに, 企業には企業に独自の 「官僚制」の問題があり, 意義がある。 これをさすのが「企業官僚制」に他ならないが, 同様なことは 「組合官僚制」 や「行政官僚制」にもいえる。 そうであるとすれば, 官僚制組織論における 一般性理論の限界をこえて, それぞれの組織体, あるいは制度的機能団体に 独自の官僚制の意義や問題を問おうとする動きが出てきても決 して不 思議で ない。 個別官僚制理論の展開は まさ しくそれを表わすものに他ならないが, かかる個別官僚制理論の展開が活発になってくればくるほど, その上位カテ 3) P. M. Blau, Bureaucracy in Modern Society, 1956, p. 106. 4) P. M. Blau, ibid., pp. 105-110.. -73 ( 199 ) -.

(18) ゴリ. ー. を指す「経営官僚制理論」という用語もまた, それだけ用いられる機. 会がふえてくる。. 2 .2. 経営官僚制理論 と 行政官僚制理論. 官僚制組織論やそれを基礎理論として成立する経営官僚制理論のア プロ. ー. チ が, 伝統的官僚制理論のそれとは多分に異質的であるのは, これまでの論 議からもすでに自明であろう。 ちなみに, ここでいう「伝統的 官僚制理論」 , あるいは「官僚制理論にお ける伝統的 ア プロ. ー. チ 」とは, 官僚制理論におけるすぐれて20世紀的な展開. た る官僚制組織論や経営官僚制理論との対比において, それまでの「官僚制 理論」がとらえられる場合に出てくる表現 であって, そこでは, 18世紀以来 の「行政官僚制」への伝統的な政治学的ア プロ 紀的な行政学的 ア プロ. ー. ー. チ はいうまでもなく, 19 世. チもまた, 多分に前者と未分化のままにそこに一 括. されてきた。 この伝統的官僚制理論にあっては,「官僚制」が (国家)行政に 固有の現 象 たることは, その問題認識における自明の前提をなしている。 し たがって, そこでは「行政官僚制」という表現は単に不要であるばかりでな く,. 一. 種の トウト ロ ギ ーであったのも, およそそれ以外には,「官僚制理論」. の実物対象が考えられなかったからである。 しかるに官僚制組織論や経営官僚制理論の発展とともに, 様相は大きく一 変してくる。 すなわち, そこではお よ そあらゆる種類のフォ ー マル組織にそ の実物対象が拡大されてくるばかりでない。「行政 官僚制」も そこでは無数 に存在する 官僚制組織, あるいは 個別官僚制の一種に すぎない。 し たがっ て, 他の種類の個別官僚制との概念的区分を明確にしておく ためにも, そこ では,「行政官僚制」という概念的範疇が 不可欠になってくる。 その意味に おいては,「行政官僚制理論」という用語は元来, 経営官僚制理論, あるい は個別官僚制理論のサプ・カテゴリ. ー. にかかわる概念を表わしている。. このような経営官僚制理論の概念的枠組みに即していえば, 伝統的官僚制 -7 4 ( 20 0 )-.

(19) 理論の唯一の実物対象は「行政官僚制」にある。 し たがって, それは「行政 官僚制」へのア プロ. ー. チ たるかぎりにおいて, 「行政官僚制」理論に 他なら. ない。 ところが, 同様なことは経営官僚制理論の立場においてなされる行政 官僚制へのア プロ 理論のア プロ. ー. ー. チ についても言える。 しか し この場合の「行政官僚制」. チ は, 上述の「行政官僚制」理論のそれとは多分に異質的で. ある。 すなわち, 前者のア プロ. ー. チ がすぐれて, 政治学的, 行政学的である. のに対 して, 後者のそれはすぐれて社会学的であり, 一般組織論的である。 このことは, 同じく「行政官僚制」理論といっても, 伝統的官僚制理論を 指 して言う場合と, 経営官僚制理論のサプ・カテゴリ. ー. と してのそれを指 し. て言う場合を区別 しなければならないことを示 唆 してい る 。 そこで, とくに 前者と区別 して後者をさす場合には, これを「個別行政官僚制理論」ともよ んでおくべきであろう。 ところが, 前者もまた, ときによっては, 1 8世紀以来の伝統的な特殊政治 学的ア プロ. ー. チ と, 19 世紀的な固有の行政学的 ア プロ. ー. チ を区別 して取扱う. 必要が出てくる場合がある。 元来,「統治官僚制理論」は, 伝統的官僚制理 論を, 官僚制組織論や経営官僚制理論に対置 し た場合に用いられる表現であ る。 しか し, この場合のように, 伝統的官僚制理論の内部において, 更に政 治学的 ア プロ. ー. チ と行政学的 ア プロ. ー. チ が区別される場合には, 前者に「統. 治官僚制理論」という用語をあてることによって,「行政 官僚制」への固有 の意味における行政学的 ア プロ. ー. チ を指す狭義の「行政官僚制理論」と区分. することが有用であろう。 かくてここに「行政官僚制」へのア プロ カテゴリ. ー. ー. チ は, 経営官僚制理論のサプ・. と しての「行政官僚制」理論, すなわち個別行政官僚制理論と狭. 義の 「行政官僚制理論」に加え,「行政官僚制」への 特殊政治学的 ア プロ. ー. チ にかかわる狭義の 「統治官僚制理論」の三者が区分されることになる% 1) 「統治官僚制理論」 とい う 用語が 広義に おいて 用 い られる場合には, 通常, そ れ は官僚制組織論や経営官僚制理論に対す る 伝統的官僚制理論の立場を あ ら わす こ と に な る。. -75 (201 )-.

(20) これらの三者は, いずれも 「行政官僚制」 へのアプロ ー チ であるとい う 意味 においては, 「行政官僚制」 理論であって,. その同義語が 広義の 「行政官僚. 制理論」 に他ならない。 本稿では, 以後, とくにことわらないかぎり. 一貫 して 「行政官僚制理論」 とい う 用語は狭義において用 いられるが. それは不 用 意な用語の混同によって論議が混乱することをつとめてさけたいからであ る。 広義の 「行政官僚制理論」 を組織理論とい う 面においてとらえると, そこ には 「個別行政官僚制理論」 としての一 面が出てくる。 そしてこの面におい ては, 広義の 「行政官僚制理論」 は経営官僚制理論のサプ ・ カテ ゴリ. ー. の一. つに他ならないが, それは広義の 「行政官僚制理論」 の一面であるにすぎな い。 それは他面において 「統治官僚制理論」 としての一面もそなえているが , この面においては, 広義の 「行政官僚制理論」 は経営官僚制理論と対立的な 関係にある。 そこには一種の統合理論としての性格があるとみなされる ゆえ んであろ う 。 行政官僚制理論の統合理論的性格は, 広義のそれのみならず, 狭義のそれ にも う かがわれるが,. 基本的には それは, 「行政官僚制」 に固有の概念的特. 性に由来する。 すなわち, 拙著において図示した如 < ' 行政官僚制には経営 官僚制と統治官僚制が直接的に交錯するとい う 概念的連関がみられる2) 。 こ のことは, 「行政官僚制理論」 のアプロ ー チ の大きな特色は 統治官僚 制理論 における政治学的アプロ ー チ と経営官僚制理論における組織論的アプロ ー チ が多かれ少なかれ, 有機的に結合していることにあることを示している。 たとえば, 行政組織の改革をめぐる論議を例にとると. それが基本的に. 一. つの組織に関する論議としての一 面をもつのはい う ま でもない。 しかしそ. の論議が個別組織の次元における組織の構造や機能にかかわ る 純粋な技術論 的脈絡だけにとど ま りえない場合が多いのは, 往々にしてそれが当事者にと って看過しえない政治的影響をもたらすことになるからである。 しかも, 行 2) 拙著, 「官僚制組織論」, 35頁。 -76. ( 202 )-.

(21) 政組織の場合, その「当事者」 の範囲 は きわめて広 く , ときにはそれが「国 民一 般」 にまで及ぶのは, 「行政」 が国 政の執行過程に 主体的にかかわ る と いう特殊な制度的地位を占めているからに他ならない。 か く て行政組織の改 革は往々にして政治的改革にも通じる一 面をもち, 組織問題と政治問題が複 雑かつ密接にからみあい, 有機的に一体化して現われて く る。 行政学的 アプ ロ. ー. チ において, 組織論的 ア プロ. ー. チ と政治学的 ア プロ. ー. チ をきりはなしえ. ないゆえんである。. 2.3. 行政官僚制理論 と 統治 官僚制理論. 「行政官僚制理論」 を, それに固有の政治学的側面において とらえると, そこには「統治官僚制理論」 という理論的範疇が出て く る。 このように言うと, 「行政官僚制理論」 の成立が, 歴史的には統治官僚制理 論に先行するかの如き印象を与えかねないが, 実際 にはむしろその逆である ことは, 第 一節における論議の内容からも, すでに部分的には明らかである。 官僚制理論の成立をふりかえると それはまず, 18世紀の後半に,「行政官 僚制」 を実物対象とする 特殊政治学的 ア プロ. ー. チ を,「官吏による支配」 と. いう概念の下に展開することから出発したが, これがま さ し く 狭義における 「統治官僚制理論」 に他ならない。 ちなみに, ここで「特殊政治学的」 と は, 「国家強制」 や 「公権力の行使 」 という 「行政官僚制」 に固有の政治学的諸 要素に「官僚制」 の概念的本質を 見出すことによって, それを多分に「 (国 家)行政」 に特有な現象とみなす立場にあることを示している。 そこでは従 来,「官僚制」 をめぐる諸問題が とか く 議会制民主主義や 自由主義との関 連 においてとりあげられてきたという事実もそれを反映す る ものに他ならない が, この場合の大きな主題が行政官僚制の権力的地位をめぐるすぐれて政治 学的な諸問題にあるのはいうまでもない。 かかる統治官僚制理論における 特殊政治学的概念の 典型は今 日も,「官吏 が国家権力を行使 する統治構造」 としての「官僚制」 に見出しうるばかりで -77. ( 203 ) -.

(22) ない1) 。. 「官僚制 は支配権が官吏の手に完全に握られて いるために,. その権. 力が一 般市民の自由 を脅やかすような統治制度に通常. 適用されて いる」 と いう ラ ス キ の概念規定にもそれを見 出 しうるであろ う2) 0 もっとも, 1 9世紀に入ると. て, 固 有の行政学的 ア プ ロ. ー. プ ロ イ セ ン 官僚制の 改革論議とも 結びつい. チ の比重が次第に高まってくる。 しかしこの段. 階 は もとより今 日 においても. 実質的に は . 統治官僚制理論と行政官僚制理 論の間には 必ずしも明確な境界線があるわけではない。 けだし両者はともに 「行政官僚制」 理論であり, 「行政官僚制」 において共通な実物対象をもつが ゆえに. その間の区分は実物対象の相異にもとづく絶対的 区分では な < . ァ プ ロ ー チ の相 異にもとづく相 対的区分であるにすぎないからである。 という の は . それぞれの ア プ ロ ー チ において 占めている政治学的ア プ ロ ー チ と組織 論的 ア プ ロ ー チ の相対的な比重の差異が, 多分にそのまま, 両者を区分する ア プ ロ ー チ の差異にも通じて いるからである。 換言すれば, 「行政 官僚制理 論」 における政治学的ア プ ロ ー チ と組織論的 ア プ ロ ー チ の有機的結合におい て , 前者の 占 める比重が大きければ大きい ほ ど , それは 統治官僚制理論に傾 斜することになり, 逆の場合には, 固有の 「行政官僚制理論」 としての性格 を, あるいは 場合によって は経営官僚制理論としての性格を強めてくる。 以上の如 < . 統治官僚制理論と行政官僚制理論の区分が必ずしも絶対的な もので はないとこ ろ から, 20世紀に入って, 官僚制組織論やそれにもとづく 経営官僚制理論の展開が本格化してくるまで は . 形式論理的にはともあれ, 実質的に は , 統治官僚制理論と行政官僚制理論の両者は, 多分に未分化のま まに, ともに 「官僚制理論」 の名の下に一 括されて きた。 換言すれば, 伝統 的官僚制理論だけの段階で は . 「統治官僚制」 と 「行政官僚制」 の概念的区分 はいうまで も な < . 「統治官僚制理論」 と 「行政官僚制理論」 の間の理論的範 1) M. Albrow, Bureaucracy, 1970, p. 122. 2) R Laski, "Bureaucracy", in Encyclopedia of the Sciences, 1937, vol. 3, p. 70. -78. (204) -.

(23) 畷の区分も殆ん どみられなか っ た のは, 実在と し ての「 行政官僚制」 以外に は, 「 官僚制理論」 の実物対象はあり えず,. 従 っ て,. それをあらわす用語と. し ては, 暗黙の う ちに他の種類の個 別官僚制の存在を前提と し ていると い う 意味に おいては, す ぐ れ て 経営官僚制理論的概念である「 行政官僚制」 では な く , 単なる 「官僚制」 だ け で十分であ っ た からである。 し かるに今 日 , 「統治官僚制理論」 と「 行政官僚制理論」 の区分が, と きと し て 非常に重要にな っ てきたのは, それまでの伝統的官僚制理論と は多分に 理論的性格 を異にする官僚制組織論や経営官僚制理論の登場に よ っ て , 官僚 制理論に二種類の大きな理論的潮流がみられる よ う にな っ てきたと い う 事実 に負 う と こ ろ が大きい。 すなわ ち , 経営官僚制理論の発展によ っ て , それが 官僚制理論において 占 める比重が 次第に大き く な っ て く ると と もに, それと 従来の伝統的 ア プ ロ ー チ と の関係が遅 かれ早かれ問われる こ と になるが, そ の際に問題にな っ て く るのが, 経営官僚制理論と は多かれ少なかれ両立的な 一. 面もそなえている「行政官僚制理論」の ア プ ロ ー チ と , それと は基本的に. 概念的な対立関係を含む統治官僚制理論の ア プ ロ ー チ の差異である。 か く て統治官僚制理論と 行政官僚制理論と の理論的範 疇の区分は, そもそ も官僚制組絨論や経営官僚制理論の展開と い う 官僚制理論のす ぐ れて20 世紀 的な動向に根 ざ し , それを媒介的契機と し て 出 てきたものである こ と は注目 を要するであろ う 。 し か し ひと た び, こ のよ う な区分が導入され, それをふ ま え て 考察すれば, 歴史的には統治官僚制理論が行政官僚制理論にも経営官 僚制理論にも先行 し て おり, し た が っ て , それは官僚制理論においても, 最 も初期の段階において 成立 し た 最も伝統的な立場をな し ている。 こ こ で注意を要するのは, 「行政官僚制理論」 の場合, には, 統治 官僚制理論と し ての. 少な く と も 表面的. 一. 面と 経営官僚制理論と し て の一 面の両面を. そなえ ていると こ ろ から, それは 両者の中 間に 位置 し ている よ う にみえる が, 実質的にはかなり大き く 統治 官僚制理論の方向に傾斜 し て おり, し た が っ て , 経営官僚制理論と は対立的な理論的志向もかなり強い こ と が多いと い -7 9. C 205 ) -.

(24) う事実であ る 。 それは官僚制の問題を, 国家行政に固 有の制度的脈 絡か ら は なれて, 管理や 組織一般にかかわ る 社会学的脈 絡においてとりあ げ る 官僚制 組織論や 経営官僚制理論の ア プロ. ー. チを, 官僚制に固 有の制度的意義を無視. して. その問題を技術論的に歪少化 す る ものであ る と非難す る 論調が. 行政 学者の間でもよ く 目立つ こ とか ら もうかがえよう。 「行政官僚制理論」が多 く の場合, 経営官僚制理論にではな く して, 統治 官僚制理論の方 向に大き く 傾斜して い る とわれわれがみなす重要な論拠とし て こ こ で指摘しておきたいのは, 同じ く「組織論的ア プロ. ー. チ」といっても.. 「行政官僚制理論」におけ る それと, 経営官僚制理論にお け る それの間には 大きな性格の差異がみ ら れ. こ の点においても両者は必ずしも連続的でない こ とであ る 。 すなわ ち , 特殊行政学的性格をもつ前者に対して, 後者は多分 に社会学的であり, かつまた. 一般組織論的であ る 。 そして, こ のような 「行政官僚制理論」におけ る 特殊行政学的 ア プロ. ー. チ には 多分に行政官僚制. に固有の政治学的特質が反映されており, そのかぎりにおいて, それは多分 に統治官僚制理論の立場に通じて く る 。 か く てす ぐ れて 社会学的な官僚制組 織論や 経営官僚制理論との対比においてと ら えた場合, 伝統的官僚制理論の ア プロ. ー. チに固有の特質は, 「行政官僚制理論」にではな く て,「統治官僚制. 理 論」 の ア プロ. ー. チのなかに 端的に 見出され る こ とにな る 。. こ の点か ら も. 「経営官僚制」 に対しては 「行政官僚制」ではな く て「統治官僚制」 の概念が 対置され る こ とにな る 。. 2 .4. 統治官僚制理論 と 経営官僚制理論. M. ウ ェ ーバ ー によ る 官僚制組織の理念型構成に大きな 影響力をおよぽし た理論的源泉の一 つとして, アルブロウが, G. シ ュ モ ラ ー や マル ク ス, R.ミ ヘルス の所説とな ら んで19 世紀 ド イ ツ行政理論をあげて い る こ とは注目を要 す る 。 すなわ ち , 1 9 世紀の ド イツ行政理論の標準的教科書の殆どにみ ら れ る 「合理的行政」モデルには, ウ ェ ーバ ー がその理念型において 官僚制組織を. -80 ( 206 )-.

(25) 構成する要因としてあげている合理的諸要素のほぼ完全なリ スト が, すでに 含まれているのである% しかしだからといって, ウ ェ ー バ ー の官僚制組織 の モ デルが, 19 世紀における行政学的組織論の単なる延長でないのはいうま でもない。 官僚制組織論は, G. モ スカには じ ま り , ミ ヘルスを へて ウ ェ ー バ ー. にいたる一連の社会学的展開過程を通 じ ては じ めて確立されたのである。 官僚制組織論がすぐれて社会学的組織論たることは, 経営官僚制理論もま. たすぐれて社会学的組織論たることを意味している。 このような社会学的組 織論のア プロ. ー. チ が, 官僚制理論における一つの大きな理論的潮流として活. 発に展開されている ところに, 20世紀における官僚制理論の大きな特色があ る。 しかしこのような理論的動向に対して, 官僚制理論における伝統的ア プ ロ. ー. チ が決して無反応であったわけではない。 すなわち, それに対立した り. 抵抗する様々の動きも生 じ ているが, その最も顕著な動きが今 日における統 治官僚制理論の展開であろう。 この意味ではわれわれは, 「統治官僚制理論」 を, 「伝統的官僚制理論」 が官僚制組織論や 経営官僚制理論に 対置された場 合に出 てくる理論的範疇としてとらえうる。 いずれにしても, 今 日, 官僚制理論には, この伝統的官僚制理論の流れと 官僚制組織論にもとづく経営官僚制理論の流れという, 二つの異質的な理論 的潮流を見出しうることは重要であろう。「統治官僚制」と「 経営官僚制」が 相互に対置されるべき一対の対概念として導入されてくるのも, 基本的には この二大潮流における各々の統一概念をこの両者に見出しうるからである。 官僚制理論の伝統的 ア プロ 世紀以来の行政学的 ア プロ. ー. ー. チは, 18世紀以来の政治学的 ア プロ. ー. チ も, 19. チ も,「行政官僚制」に官僚制理論における固有. の実物対象を見 出 す立場から, アルプロ ウ流にいえば「 官吏が国家権力を行 使 する統治構造」 としての官僚制の概念にかかわるア プロ. ー. チを展開してい. る。 われわれはここに「統治官僚制」概念の内包を見 出 しうるが, それが「行 政官僚制」 に固有の政治的意義にかかわる概念であるのはいうまでもない。 1) M. Albrow, op. cit., pp. 50-51. -81 ( 20 7 ) -.

(26) そ れに対 し て, 「経営官僚制」 の 内包が, 「個別組織において機能す る 経営 の 内部原理と し ての官僚制」にあ る と すれば, 官僚制理論に お け る 組織論的 ア プ ロ ー チ が 多かれ少なかれ こ の概念にかかわ っ て く る のはい う まで も ない であろ う 。 われわれが こ の概念に官僚制理論に お け る 組織論的ア プ ロ ー チ の 統一概念を見出す ゆ えんであ る 。 か く てわれわれは, 「経営官僚制」 と 「統治官僚制」 と い う 一対の概念に, 官僚制理論に お け る 二大潮流の各 々 に対応す る 統一概念を見出す も のである が, 今 日 , こ の両概念を次第に有力な も のに し てきた社会歴史的背景に目を 向 け る と , まず前者に関 し ては, 近 代的フ ォ. ー. マ )レ組織の未曽有の発展と い. う 現 代社会の基調に, そ し て後者については, 社会の各領域に対す る 政府の 影 響力の増大と い う 歴史的趨 勢に その現実的基盤を見出 し う る であろ う 。 換 言すれば, 現 代に お け る 管理社会の展開が, 官僚制組織や 経営官僚制の も つ 現 代的意義をますます大き く してい る ばかりでない。 福 祉国家や 行政国家, あ る いは識能国家の展開は統治官僚制の概念の現 実的妥当性を大き く す る 重 要な経験的基盤をな し てい る 。 第二に, アルプ ロウによ る と , そ れは そ も そ も , 両者がと も に「官吏によ る 統治」と い う 概念か ら 出 発す る も , 「国家強制」と い う 要素の 意義を, 官 僚制に固有の も のと し て重視す る か否かの相異に も と づいて両者に分化 して きたと い う 事実に由来 し てい る が, こ の両者の間にみ ら れ る 次のよ う な概念 的競合 も , 両者が次第に概念的に有力化 し て く る 重要な理論的背景をな し て いる尻 まず「 官吏によ る 統治」 と い う 概念を広 く 把握す る と , そ こ には次のよ う な様 々 の概念的要素が 内包されて く る 。 すなわち, 官 職 の階統制的序列 , 特 定の任命手続, 成文法規の強調, 慣習的な先 例踏襲, 官吏の 自 由裁量権, お よび国家権力の官吏によ る 行使 な ど が そ れであ る 。 も ちろん, こ れ ら の諸要 素に関す る 相対的な 強調の程度は 論者によ っ て 一様でない。 こ こ において 2) ibid., p. 120.. -82. C 208)-.

(27) 「国家強制」という点におい てのみ. 従来, 「官僚制」とよばれてきたも のと 異なるが. 他の多くの点では. それ と 共通な諸要素をそなえた組織が高度に 発達してくれば, それが「官僚制」という概念の展開にいかなる影響をおよ ぼすかということが大きな問題となるのは, ま さしくそのような傾向が現代 社会にお い て ま す ま す顕著であるからに他ならな い 。 この問 い に対する 一つ の有力な回答をわれわれは「決して明示的ではなかったが. この概念の使用 者の多くが, 強制の側 面をとるに足りぬ も のはみなしてきた」 というアルプ ロ ウ の 指摘に見出 しうるが叫. これに われわれは 更に, 「そのような傾向は. とくに社会学者の間に多くみられる」とい う言葉をつけ加えておきた い 。 い ま や他の諸点におい ては, 政府の組織と政府以外の組織の類似性はきわ めて大き い 。 今日の高度に発展した管理技術の多くは, 公的組織の公務員に も , 私的組織の識員に も 広く一般的に適用 されており, その結果, 公務員 も 民間職員 も 同様な型の昇進や昇給制度の下におかれており, 採用 において要 求される資格にお い て も 共通点が多い。 かくて現代社会では, 裁務経験と関 心ならびに価値観の共通性にお い て, 経営管理者と行政官から構成される一 つの独 自 の 集団的範疇の識別 も 可能な ほ ど であるが. かかる傾向は. わが国 で も つとに上 田 貞 次郎博士が用 い た「官吏」 に対する「民吏」 という言葉に も よく反映されている。 したがって「国家強制」という要素にこだわらぬ論者にとっては, 政府組 織を「官僚制」 とよぶが. それ以外の組織を「官僚制」とよばな い理由は皆 無となり, ここに官僚制のこの概念は, 近代的フ ォ 一. 展という現代社会の基調を媒介的契機に, 次第に. ー. マル組織の未 曽有の発. 般化してくるが, これが. 今日の官僚制組織論や経営官僚制理論の発展のみならず. 組織社会学の活発 な展開に も 通じていることは重要であろう。 しかし 「官吏による国家強制の行使」を官僚制の概念の本質的要素とみる 人々にとっては, かかる概念的展開には決して満足しうるはずはない。 官僚. 3) ibid., p. 122.. -83 ( 209 )-.

(28) 制にアプロ ー チ をする政治学者や行政学者の殆んどがそうであるが, 彼らは 政府以外の組織が官僚制とよばれることに刺激され, ますます国家強制の独 自 の意義を強調し, この概念の外延を政府以外の組織に拡大させた他の諸特 徴を付随的とみようとする。 しかもこの官僚制の政治概念も. 国家機能の拡 大 ・ 進化とともにますます現実的妥当 性が高まってお り . これがこの立場の 主張の重要な経験的基盤をなしている。 以上の如く, 統治官僚制と経営官僚制の両概念は. 一方の発展がさらに他 方の発展を刺激するというかた ち で相 互に競合しながら展開されてお り . こ こにこの両概念が. 他の様々の現代的諸概念4) にもまして有力 化して き た一 因 がある。 しかし. われわれがこの一対の概念を重視するのは, 何よ り も, そ こに, 現代官僚制理論における二大潮流を識別する統一 概念を見出しうる からである。 かかる概念的図式の導入を試みるわれわれの一つの大 き なねらいは, 官僚 制理論を, 企業の行動に直接に妥当 するものとそうでないものに区分するこ と にある。 このようなわれわれの経営学的意図に即応する理論的範疇の区分 が, 経営官僚制理論と統治官僚制理論の区分に他ならない。 すなわ ち 前者は 経営官僚制の概念的特性からして, 企業行動に直接的に妥当 する理論的フ レ ー. ム ワ ー クを そ なえている。 しかるに後者は,「公権力の 行使」 を 属性とす. る統治官僚制の概念的特性からして, もとよ り 企業行動には直接的に妥当 す る理論的フ レ ー ム ワ ー クをもっていない。 かくて. 経営官僚制と統治官僚制 と いう一対の 統一概念の下に 官僚制理論を 二分することは.. と り もなおさ. ず. そ れを企業の行動に直接的に妥当 する理論とそ うでない理論に二分する ことに通 じ ることにな り . ここにわれわれの経営学的意図が満されてくる。 たしかに多くの社会学者がそ うであるように. 官僚制理論を. 種々の個別 官僚制理論に区分することだけを考えるならば. 経営官僚制の概念的枠組み 4) 官僚制の現代的諸概念について は, 拙著, 「官僚制組緞論」, 第 1 章第 4 節を参照 さ れた い。. -84 ( 210)-.

(29) だけでも十分であろう。 経営官僚制という上位概念の下に, あらゆる種類の 個別官僚制をそのサプ・ カ テ ゴリ. ー. として包摂しうるからである。 しかし統. 治官僚制を経営官僚制に対置する概念的図式の導入におけるわれわれのねら いが, 決してそれだけにとど まるものでないのは, これまでの論議からもす でに明らかであろう。 われわれがあえて経営官僚制 に対して統治官僚制とい う概念的範疇を対置するゆえ んである。. 第三節. 「 官僚制の経営学 的研究」 の意義. 「官僚制の経営学的研究」といえば. 通常の場合,「官僚制」を対象として , これに経営学的方法を援用してなされる研究を指すものと受けとめられても 不 思議はない。 しかし「 官僚制」の統一的な一般概念が確立されていない以 上, そのようなとらえ方 ができないのは, 同じく「官僚制」の問題といえ ど も, 統治官僚制の場合と経営官僚制の場合では, 問題の内容も論議の脈絡も 多分に異質的であることにてらしても明らかであろう。 ここでは,「官僚制の経営学的研究」は,「企業経営との関連において官僚 制の問題 (あるいは諸問題)をとりあげ, その意義を解明しようとする一 切 の研究」をさして用いることにする。 この場合, 統治 官僚制に 関する問題 も, 経営官僚制に関する問題も, それが企業経営との関連においてとりあげ られるかぎりは,「官僚制の経営学的研究」の範疇に 入って くるのはいうま でもない。 この種の研究をなすにあたってまず必要なのは, 官僚制理論と経営学の交 錯関係の体系的な展望であろう。 けだし, この種の研究は, 官僚制理論の経 営学的意義の解明との相即的な関係においてはじめてなしうるが, そのため には, かかる展望が多かれ少なかれ不 可欠であるからである。 しかるに, こ 1) こ れに関する 一応の図式はすでに拙著第 2 章第 2 節 に おいて提示 し て い る のでそ れを参照 さ れた い 。 -85 ( 211) -.

(30) れがためには, 官僚制理論における区分に対応して, 経営学においても. 企 業一 般を対象とする 「一 般企業経営学」 と, それぞれ公益企業ならびに公企 業を固有の対象とするという意味において特殊経営学の性格をもつ 「公益企 業論」. 「公企業論」 の区分が不可欠になってくる。(以下の 論議 では. とく にそれを表に出 す ことが必要な場合をのぞいて, 「公企業論」 の立場は 「公益 企業論」 の立場に準 じ るものとして扱い, 「公益企業論」 でもって両者を代表 せしめるが, その理 由 に つ い ては脚注 2) を参照されたい 。) 経営学におけるかかる区分の必要性が, 官僚制理論との対応関係における 両者の差異に根 ざしているのはいうまでもない。 第 一 に.. 一. 般企業経営学の. 場合. 瞑接的な交錯関係は経営官僚制理論との間 だけにみられ. 統治官僚制 理論とは間接的に交錯するにすぎない。 しかるに公益企業論におい ては, 公 益企業が政府による直接的な公共規制の下におかれているところ から, い ず れの官僚制理論とも直接的な交錯関係をもつ。 それだけに統治官僚制と経営 官僚制の概念的混同による論議の混乱の可能性も, 一般企業経営学よりは公 益企業論においてより大であることは注 目 を要する。 その意味では経営官僚 制と統治官僚制の概念的区分の試みも, かかる公益企業論の特殊な必要性を 反映するところ が大である。 もっとも. 統治官僚制や行政官僚制をめぐる論議が,. 一. 般企業経営学にお. いて全く登場してこないわけではない。 それは従来からもみられるのみなら ず, 最近は次第 に増大する 傾 向 もみられるが. その背後には, 「福祉国家」 や 「行政国 家」 , 「職能 国 家」 などの諸概念に鋭く反映されている如 < . 資本 2) こ こ で公企業論を公益企業論に準 じ る も の と し て取扱 う 理由 は次の点に あ る 。 す な わ ち . 官僚制理論 と の対応関係に おいて経営学を区分す る 際の重要な基準は, 政 府に よ る 直接的な公共規制の有無で あ る こ と か ら し て, こ の点か ら み る と , 公益企 業論 と 公企業論の間に, さ ほ ど に重要な 本質的な 立場の相違が み ら れな い の は. 「公有化」 も 広い意味の 公共規制の 一形態 と みな し う る い 政府の機能が 料金規制 やサ ー ビ ス 規制の形に お いて直接に そ の経営に お よ ぷ と い う 点で も 基本的な相違は な いか ら で あ る。 -8 6. C 212 ).

参照

関連したドキュメント

これらの定義でも分かるように, Impairment に関しては解剖学的または生理学的な異常 としてほぼ続一されているが, disability と

ヒュームがこのような表現をとるのは当然の ことながら、「人間は理性によって感情を支配

共通点が多い 2 。そのようなことを考えあわせ ると、リードの因果論は結局、・ヒュームの因果

わかりやすい解説により、今言われているデジタル化の変革と

雇用契約としての扱い等の検討が行われている︒しかしながらこれらの尽力によっても︑婚姻制度上の難点や人格的

ぼすことになった︒ これらいわゆる新自由主義理論は︑

  支払の完了していない株式についての配当はその買手にとって非課税とされるべ きである。

単に,南北を指す磁石くらいはあったのではないかと思