組織論的官僚制理論の認識対象
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(2) ぼならぬであろう。 1) かかる行政府の進出という事実の下に,. ー. 大権力犯団としての官僚グル ー. プに人々の注目がいやが上にも注がれることになるのは, けだし当然の成行 きである。 とくに, それが公権力に直接関与し, その執行にたずさわるもの であるが故に, 官僚と権力という問題が, 常に問題意識の先端にのぽること も, これ又必然の帰結といわねばならない。 かくして, 権力集団としての視角からとりあげられる官僚論, 官僚制論が 続々と登場していることも, 決して故なきことではない。 何故ならば, 官僚制の問題を論じるとき, このような政治学的観点から, 権力との関連において. 又より基本的には民主々義との関連において, この 問題をとりあげることは, 今日, きわめて墜要な意義を有しているからであ る。 しかし, 主としてこのような政治学的観点からする官僚制へのアプロ. ーチ. とならんで, 官僚制が, 更に現代社会において今一つ璽要な祝点を提供する 素材であることも, われわれは決して忘れることができない。 それが,. マックス. ・. ウエ ー バ ー (Max Weber)を始祖とする組織論的官. 僚制理論とも称すべきものであることは, 云うまでもない。 2) 既述のごとく, 国家の役割は, 消極的なそれから稽極的なそれへと大きな 発展を示した。 消極的国家時代においては, 国民生活の安定と秩序及び国防 外交を維推するために必要な最低限度の治安の維持が, 国家の主たる役割で あったが, 経済が進み, 技術が発展するにつれて, 社会生活は次第に複雑化 していき, このような社会の複雑化, 近代化に即応して, はた又, 資本主義 の矛盾の露呈ともあいまって, 国家によせられる期待や要求は, 次第に多元 多様化し, かつ量的にも大になっていったことは, われわれの知る経験的な 事実である。 このように, 国家のなすべき役割が, 量的に大となり, 質的に複雑化する ことによってもたらされる必然的な結果は, 国家の執行機関たる行政部門の -71 (355). -.
(3) 肥大化ということであった。 とくに最近のごとく, 社会経済面における国家 の著るしい進出は, 国家の国民生活に対する影楷力をより直接的たらしめる とともに, ますます大ならしめる原因となっている。 このように国家, とく に政府の役割が増大してくると, そこから必然的に行政部門の肥大化がもた らされ, いきおい行政部門において, 厖大なる組織の形成が行われてくる。 そして行政部門のなすべき役割は, 単に量的に増大するにとどまらず, 社会 生活の複雑化, 近代化を反映して, 技術的にもきわめて専門化され, 質的に 大きな変貌を見せるに到っている。 このような政府の役割の量的, 質的変化は, 行政組織の近代化の必要性を 生み出し, かかる必要性に対する累積的な適応の結果として, 行政部門に漸 次, 大規模なる近代的組織の形成が行われてきたのである。 8) このように, 行政部門に近代的組縦の確立が行われてくると, 官僚制は単 に公権力の執行機関たる政治的意義のみにとどまらず, 組織論的にも重要な 意義を有する分析対象の素材となってくるのである。 しかして, 「組織の時 代」といわれるごとく, 組織は現代社会において, きわめて煎要な意殺を有 しており, このような趨勢ともあいまって, 社会科学においても, 最近, と みに重規されるようになった組織論の好個の対象なるが故にである。なぜな らば, 官僚制は, 企業組織とならんで現代資本主義における最とも典型的な 組織の一つであり, その国民生活への影響力の広範さから云っても, その発 展段階の高次性から云っても, 組織論的にこれを看過することを得ないから である。 官僚制のかかる側面に注目し, 組織論的に官僚制をとりあげた最初の学者 として注目せられるのが Max Weber である。 もとより, Max Weber はその当初の意図において, 固有の組縦論的関心 からというよりは, むしろ, 社会学的, 政治学的関心の方がより中心であっ たかもしれぬが, 少なくともその結果においては,彼の官僚制理論において, 官僚制の組織としての技術的合理性の強調が,. - 72 (356) -. 一. つの大きな特徴となってい.
(4) 従来の hn. る。 いずれにせよ, 官僚制はMax Weberの研究に端を発して,. く, 政治学的観点からのみとりあげられるにとどまらず, 組織論的な観点か らも, 堕要な問題としてとりあげられるようになったのである。 このようにして, Max Weberの研究を端初として, 官僚制に対する組織 論的アプロ. ー. チの道がきりひらかれ, 組織論的官僚制理論とも称すべき 一 つ. の理論的分野がきりひらかれた のである。 同 一の対象も, そのアプロ. ー. チの角度を異にすることによって, 異った影. 像と意味を呈するものである。 その点からして, 政治学的アプロ 官僚制の意味と, 組縦論的アプロ. ー. ー. チによる. チによる官僚制の意味は当然に異ったも. のとなるであろう。 しかし, 官僚制に対する意味づけは, それぞれの著者や評論者の数だけあ るとさえ云われるほどに, この語の解釈の滉乱ははなはだしい。 このような 混乱を避けるた めにも, われわれは少なくとも政治学的意味の官僚制と組緻 論的意味の官僚制の差異を明確にし,. 両者を区別して用いなければならな. い。 組織論的官僚制理論の認識対依も, 組織論的意味の官僚制の内容を明ら かにすることによって, はじめて祁き出しうるものである。 そこで,. このよ. うな状況にかんがみ, 特に後者の 組 織 論 的意味の官僚制に墜点をおきなが ら, この問題をとりあげ, 若干の検討を行おうとする次第である。 注. 1)このような傾向を反映して, 現代国家の性格規定において, 行政国家あるいは 福祉国家という呼称が用いられている。 2) Max Weber, Bilrokratie (Grundriss der Sozialbkonomik, III. Ab teilung, Wirtschaft und Gesellschaft, 1921-22, Dritter Tei! Kap. VI, SS. 650-678) 同上 阿閉吉男, 脈圭平沢「官僚制」, From Max Weber ; Essays in Sociology ; translated, edited and with an Introduetion by H. H. Gerth and C. Wright Mills, 1947等参照。 3)行政組綾といえども, それが社会的存在であるかぎり, 何等かの意味での経済 活動は営なまれており, 従って経済原則から無縁でありえない。 とくに, 能率 の論押.の貫徹する執行機関たる性格をもつ行政組織の場合には, 組織の近代化. - 73 (357) -.
(5) '. 合理化への志向は必然的と云える であろう。 4) 三宅太郎稿「官僚制とレッド・テープ」「行政管理と経営管理」所収 P.175. 2. 官僚制の二つの意味. 従来, 伝統的に用いられてきた政治学的用法における「 官僚制」は, 主と して, 行政官庁による依法的な行政機構あるいはシステムをさすものであっ て,それは, ヒエラルヒ ー に組織された官庁を通じて任命官僚が合法的にお こなう支配形態で, その活動は究極には主権に依存するたてまえになってい る。 l) それは, なかんづく国家権力を背景とする官僚層による公衆一般の支配, すなわち, 官僚対公衆という対立の図式においてとりあげら れ る こ と が多 く, 通俗的に用いられる「官僚制」という用語には, 多分に権力に対する非 難の意味がこめられていた。 とくに, 規則を目的視し. 神聖しする官僚の態 度は, 常に多くの論義をよんでいるが, 官僚にとって, 規則こそは殆んど唯 ーの権力の源泉であり, かつ又, 故に,. 自己防衛及び正当化の煎要な手段であるが. 規則をめぐるもんちやくは官僚とクライエント (client) たる公衆と. の間の最とも多産的な紛争の源泉であった。 政治学者ラスキは, 官僚制とは「通常, その統制権が完全に公務員の手中 にあり, そのために, 公務員の権力が 一般市民の自由を危うくするような政 治制度を指す用語である。 このような制度の特徴は,行政における常規的事 務への情熱, 規則に対する弾力性の欠如, 決定を行う場合の遅滞, 新しい試 みの着手の拒否などである」と定義づけている。●) このような, 従来主として用いられてきた政治学的意味の官僚制も, 今日 ますますその重要性を加えてきている。 いうまでもなく, それはすでにふれ た如く,. 困家機能の稽極化,. 行政の肥大化と関連するものである。. かって. は, 政治の基本的条件として, 国家機能の極小化が要請されていたアメリカ においても,今や,「今日巨大な官僚制と強力な政府のない国家では,. - 74 (358) -. 自由も.
(6) 福祉も保障されない」という積極的評価が与えられるようになっている。ti) 現代の行政国家においては,政治と経済とは,分断ではなしに,接合の関係 で対応しており,それは「混合経済」(Mixed economy)という用語に端的 に表現されている。 今や「経済が政治のなかの経済」であり,政治が「経済 のなかの政治」と認識されるに到って,市民国家論的二元論は止揚されて, 国家は,big governmentとして, すなわち,生産=流通=消費の三次元の 領域を統合する「安定装置」の使命をもつ主体として登場してくる。 4) かかる経済領域への国家機能の浸透は,いきおい官僚制の専門的技術化を 促進し,ディレッタントの議会にたいして,ス ペシャリス トとしての官僚制 という関係の形成を促進する。 最近顕著な,報行機閃たる行政部門による限 会の立法機能に対する没蝕の最大の原因は,このあたりに見出しうるであろ う。 このような行政部門の優位の趨勢は,すでにしばしば指摘されているよ うな議会主義の形骸化,司法的統制の縮小,地方自治の下請化などの領向の 中に見出すことができる。 それは結局は民主々義の問題ともつながってくる のであるが, 官僚制をこのような民 t々義に対する否定的な見地からのみと りあげることには,やはり問題があるといわねばならない。 たしかに官僚制 の 一元支配的性格には,民主々義に逆行しやすい性格のあることは否定でき ないが,官僚制それ自体が, 常に社会の民主々義的管理と逆行するという固 定概念を設 けることは多くの危険性を伴うであろう。 「官僚制に関する現代の研究は,むしろそうした固定概念自体に再検討を 加え,. 現代の社会にお ける管理の現象としてのビュ ー ロ. ー クラシ ー. (Bure. aucracy)の 機能から蒋き出される法則の検討からなされな ければならない。 いわば官僚制は,社会管理にお ける能率性の傾向から導き出される支配体制 に伴う必然的休制の側面として,こんにちでは,民主々義社会の管理の組織 軸として機能する可能性としても追求されうる」 6) のである。 かくして,このような面からも,官僚制は能率という点からも,組織とい う点からも,検討される必要性が出てくるのである。 - 75 (359) -.
(7) 以上の如く, 政治学的用語としての官僚制も, 今日ますますその意義を壁 要なものにしているのである。 しかし, この小論において主題とするところは, いうまでもなく, 第2の 意味の官僚制, すなわち組織論的な意味の官僚制である。 すでにみた如く, 政治学的意味の官僚制の場合において, それが民主々義に対して否定的意味 をもつという固定観念からの脱却が必要であるのと同様, 組紙論的な意味の 官僚制の場合においても, マックス. ・. ウェ. ー. バ ー が設定したような, 最高度. に能率的な管理方式としての固定観念からの脱却も又必要であろう。 その意 味からも, R •K であ るし,o>. ・. マ ー トンの官僚制の逆機能の研究は深い意義をもつもの. p .M ・ プラウの目的という観点からのとらえ方にもきわめて. 注目に価いするものがある。 7) しかし, ウェ. ー. バ ー の研究が決して基本的事実から全く乖離したものでは. なく, 我々の注目すべき堕要な事実にふれているものであることも, 決して 忘れてはならない。 まがりなりにも, 現代の高水準の生産性は, 多かれ少な かれ官僚制的組織の支えによるものであるし, 国家がその複雑多岐にわたる 役割を, まがりなりにも果しているのも, 官僚制的組織にあづがるところが 大きい。 いかにすぐれた生産技術といえども, それを生かしうる組織を伴わ なければ無価値に等しい。 今日 , 生産が組織体の活動を通じて行われている ことは, 現代の普遥的特徴の一 つである。 そしてその組織の多くが, 官僚制 的構造によって支えられているとすれば, 官僚制の現代社会において油じて いる韮本的役割について容易に理解がいくであろう。 ウェ. ーバー. によれば,. このような官僚制の現代社会における著しい進出. は, 「昔から, 他のあらゆる形に比べてそれが純技術的にみて優秀である」. S). ということに決定的な理由が求められ, 完全に発展をとげた官僚制的機構の 他の形態に対する関係は, ちようど, 機械生究の手工業生P社に対する閃係に たとえられるのである。 ウェ. ー. バ ー が官僚制的組織の特質として指摘したものには次のようなもの. - 76 (3GO) -.
(8) がある。 (1). 糾絨の た め に 必要な正規の活動 は ,. 一. 定の方法で職務 と して配分 さ れ. る。 (2). オ フ ィ ス の組絨 は ヒ エ ラ ル ヒ ー の原理 に 従う。 すなわ ち , 各下級機I見. の統制 と 監督の も と におかれる。 (3). 運用は抽象的な規則か ら なる恒常的な 制 度 によって支配 さ れ, こ れ ら. の規則の個 々の事例への適用 と いう形を と る。 (4). 職員 は 形式的な イ ンパ ー ソ ナ リ テ ィ と いう精 神 に お いて そ の職務を行. 。. つ/ `. (5). 身 分採用 は 専門的な資格 に も と づいて行わ れ, 恣意な解職か ら 保 設 さ. れる。 (G). 年 功 又 は 功 労 による栄進の制度が ある。. ウェ. ー. バ ー によれば, 官僚制的組織 は, 以上のような特 質 の 総合的な幼呆. と して, 他の形態に比し, 技術的 に す ぐ れて合理的な組紙 形 態 と さ れるので ある 。 た と え ば, そ の 一 例をあ げる と ,. 一. 切 の 合議的又 は 名 挙 職的およ び兼職的. 形態 と 比べて官僚制的組紙の場合 においては, 専門的に 訓 繰 さ れた , ま た 不 断の実習 によって ま す ま す 目 己を訓 練 し つ つ あ る職員 に , 個 々の仕事が'.Jflj 当 て ら れる こ と によって純 粋 に 即 物 的 ( Sachlich) な見地か ら , 管理 に お け る 作叉分割の原理が実行 さ れる最善の可能性が提 供 さ れるので あ る。 即物的 , すな わ ち 「相手方の人物のいかんを 問 わない」 と いう こ と は , 市場およ びす べての露骨な経済 的 利 害 関 係追求の 一般的合 言 葉で あ る 。 かくして, 官僚制 的支配の徹底的貫徹 は 身分的名営の水準 化を意味する と 共 に, 斑本主義的経 済活動に 対して 好都合なる地盤を提供する。 官僚制の [計節 可能な規則」 と いう要索 も重安な忍味を も つ 。 近代文 化の 特質 わ けて も そ の技術的, 経済的下部構造の 特 質 は , ま さ に こ の 「効果の 計 節 可能性 」 を汲求しているので ある。 官僚制的組織 においては , 一連の機. - 77 (36 1 ) -.
(9) 能的 な 規則によ っ て, 行動の枠づ けが行われ, 行動のル ー ト が 設定 さ れる こ とによ っ て, 行動の予測可能性が維持 さ れる。 こ れはとくに大揖の成員をも っ た組織体の運営にと っ て重要である。 又, 完全に発展 を と げ た 官僚制において は , 特 殊 な意味において「怒 り も 興蛮もなく」 (Sine ira ac studio)とい う 原理, すな わ ち , 非人格性の原理 が支配する。 官僚制が非人格化されれば さ れる ほど, 愛や悩みおよび 一切の 純個人的な 感情的要素 ,. 一. 般に計算不能 なあらゆ る非合理的な 感情的要素が. 職務の処理から排除され, その結果, 即物性がよ り 高 められて, 資本主義に 好都合 な 特質を発展 さ せる こ とに な る。 こ のよ う な 官僚制の資本主義に対 し てもつ適合性 は , 社会主義についても 又,. 同様に妥 当である。 大規模管理 (big scale management) に不可欠な. る組織的支柱と し ての性格 をもつ官僚制は , 往 々 に し て, き わ めてス ケ ー ル の大きい大規模管理の行われる社会主義体制において, ま さ し く体制を支 え る必然的 な 制度的用具と し ての意義をもつ 。 事実, 伝えられると こ ろによる と, 往 々 に し てみられる官僚制のずい伴現象 た る官 僚主義の閤題 は , 常に社 会主義国にお ける最大の関心の一 つであるといわ れる。 レ ー ニ ンも毛沢東も こ の 問頗に大き な 関心を 払 っ ているのである。 と こ ろで, ウ ェ ー バ ー によれ ば, 今その一 例について検討 し たよ う な 様 々 な 特質の効果と し て, 官僚制的組織 は , 他のいかな る形態にも比 し て優越す る技術的利点をもつもの と されるのである。 す な わ ち , 官僚制的組織にあ っ て は , 「的確性, 迅速, 一義性, 文書に対する精通, 持続性, 慎重, 統一性 , 厳格な服従, 摩擦の除去, 物的およ び人的 な 費用の節約」 などの諸点が最適 度に高 められる結果, こ れらの技術的利点によ っ て, 官僚制は現代社会に進 出 し ていくのであると主張 さ れるのである。 0) 以上のよ う な , ウ ェ の長所の. 一. ー. バ ーの所説の中 に は , よく批判されるよ う な 官僚制. 方的 な 強 調とい う 頷 向 はおお う べくもないかも し れないが, それ. が, 官僚制化 と い う 体制を超越 し た 現代史の実体的 な基調 に 言 及 す る と 共 - 7 8 ( 362) -.
(10) に , 現代社会 にお け る 官僚 制 の 機能 に ついて, 正 し い認識の必要性 を 指 摘 し てい る こと は , 深くわれわれの 注 目 し な ければならないところであ る 。 10) ところで,. 先 に ふれた ウ ェ. ー. バ ー が指摘 し た 官僚制的組織 の 特質 は ,. P.. M. プラ ウ がたくみに も 次の よ うな 当 を 得 た 要訳を行ってい る 。 すなわ ち , ①再凹 化 , ②権 限の ヒ エラル ヒ ー , ③規 則 の 体系 , ④非人格性の 四要索であ る 。 I!) これらの 特質をそな え た形式合理的な管理機構一般, これが ウ ェ ー バ ー. が官僚制 の 内 容と し てとらえ た も の に他ならないのであ る 。 かく し て, ウ ェ ー バ ー的な組織的蹂 味の官僚制は , も はや決 し て行政組椛. という特定組紙のみを指す概念では ない。 それは む し ろ, 近代的組織一般 に 妥 当 す る 概念なのであ る 。 なぜならば, ウ ェ. ー. バ ー が官僚制的組餓 の 特質と. し て指摘 し た 諸要素 は , 多かれ少なかれ, 様々の 領域の近代的組絨 の すべて に ついてみられ る 現象であ る からであ る 。 ウ ェ. ー. バ ー の 「通常, 巨大な資本. 土義的諸企業 は , それ 自 身が厳格な官僚制的組織の無比の見本である」とい う主張 は , こ のことを端的 に示す表現であろう。 12) それは 同 時 に , 組紬的泌 味の官似紺りが, 経営学 にとって も き わ めて重 要な概念であ る ことを示す も の であ る 。 この よ うに し て, 政 治学的意味 の 官僚 制と組緑論的意 味 の 官 僚 制 の最 も 重 要なる 必異の 一 つ は , 前者が行政官庁という特定組織 にかか わ る 概念であ る の に 対 し , 後 者 は , 行政組織を も その 中 に ふくめ たところの組絨 一 般論的な 性格を も つ概念であ る ということであ る 。 今 1::1 , 社会 において は 大規校な定 型的組織が未 位 有の成長を と げてい る 。 そ し てそれらの大規校な組絨で仕事が行 わ れ る 場合に は , 管理, 連用上の必 要から ヒ エラル ヒ ー 的な社会機構が, すなわ ち 官僚 制的な管理機構が, 不 可 辿 的 に 発達 し てく る 。. ビ ッ グ ・ ビ ジ ネ ス,. ビ ッ グ ・ ガバ メ ン ト ,. 大労働組. 合, 大軍隊等々の 中 に われわれはその典型を 見 出 すであろう。 こ の よ う に し て, 現代社 会 において組織論的意 味 の 官僚制は, わ れわれの最と も 広範な経 験対象の 一 つであ る 。 組織論的意 味 の 官 僚 制 の 現代社会 にお け る 意義 は き わ - 79 (363) -.
(11) め て 重要で あ る といわねば な ら ない。 かく し て, 組織論的意味の官僚制の体 系的研究の創始者と し ての マックス. ・. ウ ェ ー バ ー の業績はきわめて高く評価. されねば ならないで あ ろ う 。 し か し , 官 僚 制 をも っ て, 近代的組織の形式合理的 な 管理機構と規定す る だ けでは, それはなお, 形式的な 規定た る こ とを 免 れ え ないであろ う 。 わ れ わ れは, なお進ん でより具体的な本質把掘の努力 を 怠 っ てはならないのであ る。. その意味から言 っ ても,. う 。 プ ラ ウは, ウ ェ. ー. バ. ー. P . M. ブ ラ ウの研究は注 目 に価いす る であろ. の規定 し た, 官僚 制は近代的組織の形式合理的な. 管理機構であ っ て, それは卓越 し た技術的利点をもつとい う 固定観念からの 脱却のためにも, やや趣を異に し た 「 目 的」 とい う 観点からの官僚制の把握 を 志 ざそ う とす る ので あ る 。 わ れ わ れは こ こ で, ウ ェ ー バ ー が官僚 制の特質と し て指 摘 し た諸要索につ い て, 若干の検討を し てみ る 必要があ る 。 組織の規校があ る 程度大にな っ てく る と, 組織と し ての統一性を 維持す る ためにも, 指 命の一元性とい う 原 則のためにも, 権 限の ヒ エ ラ ル ヒ ー によ る 階層 的構造の導入が不可遥であ る こ とは多くの事実が示 し てい る 。 又, 大量の メ ンバ ー を か か え る 組織におい ては, 一連の機能的 な説則によ っ て成員の行動 を 規 制 し , 活動の)レ ー ト が設定され る ので な ければ, 効果的 な 監督も相互調整も不可能で あり, 有 効 な 体系的活動の展開は困難と な る 。 かく し て, 一連の機能的 な 規則の体系は組織活動にと っ て 不可欠の要索 であ る。 更に, 専門化の技術的利 点は, 組織の生命ともい う べきもので, それ を 欠 い ては, 組織とい う ものの意義はおよそ考 え られ ないとい っ ても, 決 し て 過 言 で ないで あ ろ う 。 本来的に, 複数の人間の 目 的的 な 行為体系 であ っ て, 第二次的集団の範疇 に属す る 組織の活動において, 愛や愉みなどの感情的, 本源的な人間的要素 の排除は至上の要請とい わ ね ば ならない。 即物的 な 消務処理は, 近代的 な 組 - 8 0 (364) -.
(12) 絨活動の合理性を支える煎 要 な支柱の一つである。 定型的な組紙 に お け る人 間は, フ ァ ンクシ ョ ナ ル な 意味においてのみ 自 己を 見 出 す組織人格的 な 存在 であり, その意味 において, 没個性的 な存在と し てとらえられる。 かく し て, 非人格性の原理は, 近代的な組絨活動 を貫徹する特質の一つといえるであろ つ。. 以上の如 < ' 専門化, 権限の ヒ ェ ラ ル ヒ ー , 規則の体系, 非人格性の原理 等の諸 要索は, 組織 にと っ て内 在的 な , おおかれ少なかれ組織の形成, 維持 に 不可欠なる要索と し て把握できるのである。 組織の形成, 維持 に 不可欠で あるとい う 意 味において, こ れらの原理は, プラ ウがそ う 呼ぶ如く, まさ し < 糾織原理と し ての性格を も つ。 かく し て プ ラ ウ に よ れば, 官僚制は次の如 く, 規定されるのである。 「数多くの ひとびとの仕事 を秩序 よ く協業させて, 大規模 な 省理業務が達 成できるよ う に しくん だ組織の型を官僚制と呼ぶので あ る。 し たが っ て こ の 概念は, 笹理の能率を 改善する こ と を ねらいと し , し か も 一 般的 には実際能 率を改;占吋する こ と に な る組織原理 に 適 用 される 一―— 尤 も 官僚制化は非能率と い う 逆効果 を 往々 に し て も つ こ とがある け れど も 」 。 13) こ こ において, 官僚制は大規模管理のための組織構造であ っ て, こ れらの 構造の構成要素 たる組織原理 に 官僚制の本質が求められ う る こ とが 示唆され るのである。 大規模 な組織 には, 複雑な 管理上の問縣が付き も のであるが, こ れらの管理上の課題を遂行 し ていくための組織構造が官僚制であるとい う 機能的解釈がそ こ に 成立 し , こ れらの構造の形成 に 不可 欠 な る組織原理に 官 僚制の本質が求められるのである。 こ れと 一 脈通ずる考え方は , M • E ・ ディ モ ックの研 究 に も う かが われる。す な わ ち , デ ィ モ ック に よ れば , 官 僚制の基本的機能は, 機構運営 (institutional management) を秩序づ け る こ と に よ っ て,. シス テ ム の利点 を 確保するとい. う 点 に求められるのである 。 14) かく し て, 官僚制は, 大規模生産の能率性を 確保するための組織的用具と し て も 概 念されるのである。 そ して, デ ィ モ ッ - 81 (365) -.
(13) クにおい て も , 官僚制の上要々索 は hierarchy, specialization, rules, im personality の 四 つであり, 15) そ れ は ブラ ウの要約 と 完全に一致す る 。. そし. て, こ れらの要素に共通す る 性格 は,い う ま で も な く 組紙I以迎 と し ての性格 であ る 。 かく し て,われわれは 試論的 な がら も , 組紐 論的 な 意 味の官僚制の本 質に つ い て, こ こ で 一応の規定を埒き 出 す こ と ができ る のである 。 す な わ ち ,官 僚 制の本質 は,機構連営 を 秋序化 し 大規 模 な 管理業務を達成す る こ と に よ っ て,シス テ ム の利点を生かすと い う こ と の た めに不可欠 な る 組絨I原理である と。 い う ま で も な く , こ こ で試論的 と こ と わ る の は, そ れが今後の事実に よ る 検証に よ って,修正を必要 と す る 可能性を考 え た からであ る 。 し か し ,試論 的 な がら も ,官僚制の本質につ い て 一応の規定を 得 る と い う こ と は,今後の 研究をお し すすめて いく上できわめ て有益であろ う 。 更に 「大規模」 と い う こ と も あく ま で相対的意義にお い てであり,何 も のか絶体的 な 払準 を そ こ に 考 え て は な ら な い こ と は も ち ろん の こ と であ る 。 以上,検討 し てき た 如 く , 官僚制の本 質が大規校 伯理の た めの組織JJは 理で あ る と すれば,官僚制 が行政組織にのみ 固 有の 問 題で は な い と い う こ と は, も はや 自 明の こ と がらであ る 。 ウ ェ. ー. バ ー の指摘する ご と く,企業組絨 も 又. 官僚制的組織の無比の典型である し ,教会組織にすらそれは顕 著にみられ る のであ る 。 何故ならば, そ れが組紙原理であ る と す る ならば,官僚制 は 種 類 の い かん を 問わず組紙 そ の も のに 内 在 的である からであ る 。 かく し て , 程度 の差はあれ,官僚制は あ らゆ る 組織に内 在的であ る と す る デ ィ モ ッ クの指摘 は , ま さ し く 当 を 得 た も の と い わねば ならな い 。 16) と こ ろで, ウ ェ ー バ ー 流の 「官僚 制 は 基本的に は 能率のJii」 上 に 負す る 性格 を も つ」と いう考え 方 は , こ の 問題の代表 的研究家の間にか な り 一致 し てみ られ る 傾向で る 。 た と え ば, プラ ウに し て も 然りであり,デ ィ モ ックに し て も 然りであ る 。 そ れ は 勿 論 ウ ェ. ー. バ ーの彩密によ る と こ ろが大きい。 し か し. - 82 ( 3 G G ) -.
(14) ウ ェ ー バ ー の 場合, 多 分 に そ れが理念型と し てえがかれてい る こ と に 注意 し な ければならない。 17) ウェ. ー. バ ー の理念型と し て の 官僚制は,. 一. 切 の 現存 す る 官僚制が も つ屈性. の平均値を し め し た も のではな く , あ ら ゆ る 既知の組織のなかから官僚制の も っと も 特徴的な側面を抽象する こ と に よ って ひ き だ し た 一 つ の 純粋型であ る 。 従ってそ れが経験上の組織と完全 に 一致 す る も の でない こ とはい う ま で も ないと こ ろで, そ れ に 対 し て, 想像上の理念 型 に ついての ウ ェ ー バ ー の 分 析は, 具体的な官僚制の構造 に ついての 知識を も たら さ ないとい う 批判は, 理念型構成とい う も の が. 経験的研究のみ ち び き と し て企てられ た も のでそ れ に とって代 る も のではないとい う こ とを無祝 し てい る 点 において, 当 を 得 た も のとは言いが たい。 理念 型構成は, 官僚制 の 特色を そ の 純粋型で し めす こ と に よって, あ る 組 織 の 官僚制化の程度を き め る た め に 検討 を 要す る 組織 の 諸 側 面 を 研究 者 に 指 示する も ので あ る 。 こ れはすべて の 概念的図式がは たす機能であり, そ れは 調査 において考J紙 に入れな ければならない要 因 を 特定 し , こ れを 明 確 に規定 す る た め の も ので あ る 。 し か し , ウ ェ ー バー の理念型は, 単な る 概念的図 式 だ けではない。 そ れは 概念 の 規定ばかりではな < . そ の 相互関 係 に ついての 一 般化, と く に 様 々 の 官僚制 の 特 色は菅理能率を た か め る とい う 仮説を 含んでい る 。 仮説は事実に よ る 検証 に 服 さ ねばならない。 も し も , 経験上の 証拠が考慮 さ れ,. 一. 般化が. そ れ に よ って修正 さ れ る ならば, そ の 場合, わ れ わ れは官僚制的構造 に お け る 支配的傾向 をあつ かってい る のであって, も はや純粋型 を あ つ かってい る の ではない。 ウェ. ー. バ ー の 示 し た官僚制の 図式が, 多分に理念型と し ての も ので あ る と. すれば, そ れが現実の 諸相と必ず し も 一致 し ない こ とは十分 に予 想 さ れ る と こ ろで あ る 。 官僚制の現実の 姿は, ウ ェ ー バ ー の 図 式とはかなり ち がっ た 姿 を示 し ている。 官 僚 制 の 動 態 面 に ついて, こ の こ と を よ く 示す貴重な研究と - 83 (36 7) -.
(15) し て, A · W ・ ゴ ー )レ ド ナ ー の実証研究があ る し ,19) ウ ェ 官僚制の 逆機能に焦点を合 し た R • K ・ マ. ー. ーバー. とは対照的 な. ト ンの 研究も こ の こ と を よく示 し. て い る 。 19) マ ー ト ンは, 官僚制の諸要索 のもつ顕在的機能 と 潜在 的 機能, J!JQ機能 と 逆 機能が, 状 況 の 相異に よ り 相互転換す る 過程を追求 し , 官 僚制的構造 の特質 が, どのよ う に成員 の パ ー ソ ナ リ テ ィ 形式に影磁i を 及 ばすかを分析 し て 官僚 制の病理学 と もい わ れ る べき研究方法を示 し た。 それは根本的二価性に も と づ いて, ウ ェ. ー. バ ー の 方向とは逆 のもの, すな わ ち , 官僚制的組絨 の 消 極 面. に焦点を 合 わ し た も のであ る 。. そ こ におい ては,. 官 僚 0) 「訓線 さ れた無能. カ」, 「目 椋 の 転位」 , 「 同 調過剰性」 などの 行動的特質が指摘 さ れてい る 。 か く し て, マ ー ト ンの 研究は, 官僚制の 機能分析を, ウ ェ ー バーとは全く逆の 観点か ら とり あ げ る こ とに よ っ て, あ る 意味では ウ ェ ー パ ー の 研究を補完す る 役割を果 し てい る のであ る 。 そ れに対 し て ゴ ー ル ド ナ ー の勘合には, 組織 ダ イ ナ ミ ッ クス の 観点か ら 官 僚制をと り あげ る こ とによって, ウ ェ ー バ ー の辿 命論的, 決定 論的 な 官 僚 制 化の 論理に対す る 挑戦を 試みたものであ る 。 20) つまり, ゴ ー ル ド ナ ー に よ れば, 官僚制を 中 核 的構造とす る 現実の組絨体 には, 目 的達成の計画 的用具と し ての合理的組織 を 強 調す る と こ ろ の合理的 モ デル (Rational Model)と, 多 様 な 組織 的必要性にもと づ い て均衡を維持す る , 適応構造として の 社会体系 を 強 調す る 自 成体系 モ デル (Natural-System Model) の 二つの異質 の モ デル の 同 時併存か ら, 緊 張が組織内 に 常 態化され そ こ か ら組織過程が生み出されていくという彼独 自 のい わ ば構造 的 緊 張 モ デ ルを う ち 出 し ている。 そ し て, 官僚 制化の過程は, 必ず し も ウ ェ ず る が程には 一梯ではなく, む し ろ若干の パ タ. ー. ー. バーの論. ン を そ こ 見 出 す こ とが可能. であ り , 官僚 制 化はあくまで も 人間 努力 の 産物であ る と し て と ら え よう と す る と こ ろに ゴ ー ル ド ナ ー の 特色があ る 。 P · M ・ プラ ウも又, 組餓の 非定型的側 面を官似 制 の 正規の部分に と り 入れ - 84 (368) -.
(16) よ う とす ろ 方法 の 中 にも,. ウェ. ーバーの. 図 式 から の 脱却 の 努 力 を 示 し て い. る。 こ の よう に , マ ックス. ・. ウ ェ ー バ ーの研究を端初と し て , 組織論的官僚制. 理論と も 称すべき一連の研究が, 組織論 を 中 心とする社会科学者 の 間 に 次第 に 軍要な注 目 を あ びつつ あ る の で あ る。 こ れまで, わ れわ れは組織論的な官僚制の意味 内 容 をとき ほ ぐ す た め に , ウ ェ ー バ ー を 中 心と し て,. その他,. 代表的な学者の研究 にも若干ふれてき. た。 し か し , 今日, 官僚制の 問題が こ の よ う に 注 目 を あ びるのは, か かる科 学的関心からのみではない。 「組織の時代]と い う言 葉 に 端的に表現 さ れる よ うな, 現代の歴史を貫流する社会全体の官僚制化とい う事実ときりはな し てそれを考える こ とはできない。 た と え ば, 全体社会の 官僚制化と い う 趨勢 は, 21) 経済の領域につい てみても独禁法の形骸化, 資本と生産 の 集 中 , 中 小 企業の 系列化, 各種職能団体の 統合, 全国的な使用者団体 (総資木) と全国 的な労働組合連合体の対立等 々 の 中 に 見 出 さ れ, 政治, 行政 の 分 野 に お い て も, 二大政党化, 行政機能 の 肥大化, 地方 自 治の 崩壊などがみられ, あ る い は, 教育, 文化,. ユ. ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン など にも系列化はお し すすめられ, コ. ミ ュ ニ テ ィ に さ え , 系列化がみられるの で あ る。 かく し て, 官僚制化 ( bureaucratization)の 仰 向は, 洋の東西, 社会体制 の い かん を と わ ず, 現在着 々 と進行 し , 個 々 の組織休の 内 部 だ けではなく, それらを越 え て未組織部分 を組織化 し , 組織体間 の合併, 系列化をお し すす め, 全休社会の底辺 に い た るまで官僚制の 原理が貫徹 し つつ あ ると さ え い わ れるので ある。 22) かく し て, 現代人の生活は, ますます組織 に よって支配 さ れ, 影野 さ れる と こ ろが大き い 。 とくに 都市生活 にお い てそれが い ち じ る し い。 もはや組織 と切りはな し て , 現代人の生活は考えられないで あ ろ う 。 組織は個人の前に そびえ た ち, 個 人 におおい かぶ さ る。 組織の 圧力は現代人の意識から決 し て はなれること ば な いで あ ろ う。 こ う し て, わ れ わ れ の牛活の全側而が, ジ リ - 8 5 ( 369)-.
(17) ジリと静かでは あるが着 実に官僚制的機構のなかに組み入れられてい くので ある。 23) このようにして, 組織の管理運営の中 核的構造としての官僚制は, 現 代の 最とも代表的な 日 常的用語の一 つである。 通 俗的なそれは多くの場合, 組織 を 前にした個人の無力さに対するふんまんの情 を ぬりこめて用いられる。 公 権 力 を背景にした官僚の専横に対する非難の言葉として, あるい は又, 行政 ed t a pe) をあてこする形容 詞として, それ の非能率及び レ ッ ド ・ テ ー プ (r は 用い られる。 つまり官僚制と いう語は, きわ めて多義に用いられ, しかも 多くの場合, それに は 非難の意味が ぬりこめられてい るのである。 現 代の最とも決定的な特質をあらわす官僚制という語が, このように況乱 して用 い られるのは, この問題を正しく理解するために, きわめて不幸であ る。 この小論 は , このような不幸な事態を脱するためにも, 又, 研究をすす めていく上で不可欠なる一 つの プ ロ セスとして, 官僚制の意味内 容の整理を 試みたものである。 すでに検討した如く, 官僚制の意味内 容 は , 大別して, 政治学的なそれと, 組織論的なそれの二 つのものに分けることができる。 そ して, この小論では, 必ずしもまだ明 確な定毅の存在しない組絨論的な意味 の官僚制の内 容 を 明 らかにすることに重点をおい たのである。 ちなみに, ゴ ー. ル ド ナ ー の指摘によれば, ビ ュ ー ロ クラ シ ー の体系的な研究の試みは, 従. 来殆んどなされてい な い のであり, 24) と く に官僚制の組織論的研究は, ま だ まだ未開の分野なのである。 従って, ビ ュ で直ちに求 め ることには ,. ー. ロ クラ シ ー の一 義的定義をここ. われわれはなお 慎 重 でなければならない 。 しか. し, それにもかかわらず, われわれ は ビ ュ ー ロ クラ シ ー について一応の規定 を 導き出した。 それは研究をおしすすめていく上で必要な手続きであるから である。 その妥 当性についての判 断 は , 今後の研究の進 展及び事実による検 罰にゆだねられるべきであろう。 さて, 今までの検討からも明らかなように, 政 治的意味の官僚制に対する 組織論的な意味の官僚制のもっとも大きな特微は,. - 86 (370) -. ビュ. ー. ロ クラ シ ー が程度.
(18) の差はあれ, あらゆ る組織に普辺 的 な 現象であるという認識が基本にな っ て いる こ とである。 ビ ュ ー ロ クラシ ー の本質が組織原理であるとすれ ば, それ は まさしく組織に内 在 的であり, 従 っ て, 組織に普遍 的 な 現象であると言え るであろう。 そして, その こ とが, 組織の時代といわれる現代において, ビ ュ ー ロ クラシ ー の董要性を決定的 なものにしているのである。 いみ じ くも, ブラ ウ は , こ の官僚制という制度形態を理解せずして は , 今 日 の社会生活を 理解する こ と はできないと指摘している。 25) 今 日 の社会では 官僚制は支配的 な 制度と な っ ており, 実にそれ は現代の制度的縮図であるという認識 は , 組 織論的官僚制理論の研究家の共通した認識と な っ ている。 しかし, こ のように ビ ュ ー ロ クラシ ー が, あらゆる組織に内 在的であると しても, 官僚制化の「程度l という こ とに関して は , そ こ に無限の多様性が 考えられる。. 一. 般に は 官僚制化の高度化の要因として, 組織の規校及び複雑. さが指摘されている。 たしかに官僚制化の程度 は , こ のような組織の客観的 条件に規定される面が多いのであるが, 管理者のリ ー ダ ー シッ プのあり方い かんが, それに与える影籾も又, 決して小さいと はいえないのである。 かく して, こ の 問 題に対して, 管理者が主休性を発揮する余地 はたしかに残され ているのである。 いずれにせよ,. 「程度」という問題は , 官僚制の問題にと. っ て決定的 な 喧要性を もつ。 官僚制の問題はす ぐ れて程度の問 題であるとい うディ モ ックの指摘 は , こ の問題の核心をつくものといえるであろう。 26) と こ ろで, こ のように ビ ュ ー ロ クラシ ー が現代社会の組織に普遍 的 な現象 であ っ て, 行政組織にのみ固有の現象では ないという こ と は , 官僚制の組絨 論的研究において, 行政組織が董要な研究対象を なさないといという こ とを 決して意味するものでない こ と は 当 然の こ とである。 行政組織といえども, それを組織論的 見地からとり上 げるとき は , 組織論的官僚制理論の研究の軍 要 な 一 牒 を な すのである。 むしろ 行政組織 は , 企業組織と並んで, 社会に 占 める比市の大きさから言 っ ても組織論的官僚制理論の好個の研究対象といえ ろ のである。 ただその場令, 政 治学 的 問 闊として取扱う場合と, そのアプ ロ. - 87 ( 3 7 1 ) -.
(19) ー. チにおいて差異があり, 従って意味が異るとい う こ とが煎要である。 さて, 以 上の検討によって明らかなように, 官僚 制の二つの意味の 内 容に. 明 白 な差異がある以 上, われわれは両者の区別を明確にするために, 必要に 応 じ て こ の両者を別の表現であらわすのが便利であろう。 すでに一部では用 い られているように, 政治学的意味の官僚制を行政官僚制と呼 び, 組織論的 意味の官僚制を ビ ュ. ー. ロ ク ラ シ ー と呼べば, 両者の区別は明確になる。 今 一. 度, その 内 容を整理すると, 行政官僚制は,. ヒ エラル ヒ ー に組織された行政. 官庁を通 じ て, 任命官僚が依法的に行うと こ ろの支配形態を意味するもので あり, 他方,. ビュ. ー. ロ ク ラ シ ー とは, 近代的組織の大規校な管理業務を達成. するための形式合理的な管理機構であって, そ の木灯はその笠理恨構の構成 要素 たる組織原理に求められるのである。 27) こ のように,. ビ ュ ー ロ ク ラ シ ー は組織の中 核的構造としてとらえられるも. のであるが, 組織の時代といわれる現代において, それは全 体社会の動向 に まで及 ぶ広範な問題傾域をかかえている。 しかし全体社会の動 向も, 個別組 織における ビ ュ ー ロ ク ラ シ ー の フ ァ ンク シ ョ ニ ング ( functioning ) が明らか にされる こ とによっては じ めて深 い 理解が得られるのである。 かくして, 組 糀論的官僚制理論の認識対象の中心は, 個別組織における ビ ュ. ー. ロ クラ シ ー. の フ ァ ンク シ ョ ニ ン グに求める こ とができるといえよう。 すなわ ち , 近代的 組織の中 核的構造たる形式合理的な管理機構及 びそれを構成する組織原理の 油ずる機能に組織論的官僚制理論の認識対象の中 心が求められるのである。 勿論, それに加えて, 官僚制化に関する動態論的研究の必要なる こ とも い う までもないと こ ろであろう。 かくしてわれわれは, 組織論的官僚制理論の研究の 出 発点として一応のパ ー. ス ペク テ ィ プを得たので, 最後に官僚制の 問題の経堂学における意筏につ. いて若干付言して結 びにかえたい。 注. 1 ) 塩原勉 「官僚制の組織論的検吋」 「思想」1965年 1 月 I} P. 51. 2 ) H. J . Laski, Enc y clo p aedia of the Social Scie n ces, Vol. 3. P. 70. - 88 (372) -.
(20) 3 ) J. A. Vieg, Public Administration Review Summer 1944. PP. 247,..._, 252.. 4 ) 赤木須留吉 「官僚制度 と パプ リ ッ ク ・ イ ン タ レ ス ト 」 「思想」 1965 年 1 月 号 P. 2. 5 ) 官僚制 と 民主 々 義の関係を と り あ げ た も の に は , C. S. Hyneman, Bureauc racy in a Democracy. 1950 が あ る 。 6 ) R . K . Merton, Bureaucratic Structure and Personality, (in) Reade in Bureaucracy PP. 361-371. 参照。 7 ) P. M. Blau, Bureaucracy in Modern Society 阿利英二訳, 「現代社会の 官僚制」 参照。. 8 ) マ ッ ク ス ・ ウ ェ ー バ ー , 「官僚制」 阿閉吉男 ・ 脇圭平訳 P. 35. 9 ) 同 上 P. 35. 10) ち な み に , 「官僚制」 と い う 言葉ほ ど先入観に よ っ て理解の歪曲 さ れて い る 言. 葉 も少 い の で あ る 。 われわれは, 先入観に害 さ れ る こ と な く , あ く ま で も 中 立 の 立場か ら こ の語の 内容を理解す る よ う 努力 し な け ればな ら な い。. 11) 12) 13) 14). 15) 16) 17) 18) 19) 20). 21) 22) 23) 24) 25) 26) 27). P. M. Blau,. 「現在社会の官僚制」. マ ッ ク ス ・ ウ ェ ー バ ー , 上掲苔 P. 36.. 阿利英二訳 P. 10.. P. M. プ ラ ウ , 上掲害 P. 2. M. E. Dimock, Administrative Vitality P. 4.. ibid PP. 1-2. ibid P. 5. P. 100. P. M. プ ラ ウ , 上掲書 PP. 28-31. A. W. Gouldner, Patterns of industrial Bareaucracy 参照。 R )(. Merton, Bureaucratic Structure and Personality 参照。 塩原 勉 「組織分析 に お け る 発想の諸様式」 岡本秀昭 「産業官僚制 と 緊張」. A. W. ゴール ド ナ ー著 塩原 • 岡本共訳 「産業に お け る 官僚制」 所載。 現在社会学講座 1 「組織の社会学」 青井和夫編, PP. 6-7. 同 上 PP. 5-6. 同 上 P. 7. A. W. Gouldner, op, cit. P. 18. P. M. プ ラ ウ , 前掲書 P. 11. M. E. Dimock, Administrative Vitality, 参照。 塩原 勉 「官僚制の 組織論的検討」 「思想」 1965年 1 月 号, は官僚制の意味内 容を整理 し た 論文 と して注 目 さ れ る 。. M . Crozier ; The Bureaucratic phenomenon PP. 3�4. - 89 ( 3 7 3 ) -.
(21) 3. 官僚制 の 間 題 と 経 営 学. 組織論が経営学における最とも bascic な学問的分野の 一 つであ ることに は , おそら く 異論がないであ ろ う。 実践的な竹理論を中 心に展 開されてきた ア メ リ カ 経営学において, 竹理の 不 可 欠 な る 用 具 としての組織は, 常に経営学の 中 心的問題の 一 つであった し,. ド イ ツ 経営学においても, 組綴論は,. 「価値 の 流れ] を中心とする 費 用. 理論と共に, 経営学の 最とも中 心的な分野の 一 つであった。 たとえ ば, ク リ ッ シ ュ,. シェ. ー. ニ. ッ. ン プ ル ー ク, ノ ル ト ジ ー ク芍の組織に関す る労作が附 ち. に想起されるのが常である。 現実の 経営が人 間 の 集団によって, 組織を通 じ て行 われている か ぎ り に お いて, 組織の 問 題が経営学において爪要な位 岡を 占 めることは , 当 然 の 成行 きであろう。 け れども, 組 織 論 がこのように 経 微 学 において瓶本的な位 置を 占 め, か っ, 多 くの 注 目 を 集 め てきたにもかかわらず, 組 綿 の 中 核的椛造たる官僚制 という観点からす る 経営組織 の 研究が殆んどなされていなかったのぱ, まさ に不思議であるとさえいわ ねばならない。 なんとなれば,. 多くの場合,. ビ ッ グ ・ ビ ジ ネ ス の組緑は ,. に, 最とも典型的な官僚制的組織であるからである。 ウ ェ. ー. 行政組織と共 バ ー の主張によ. れば, 官僚制は管理におけるすぐれて能率的な形態であって, 従って, 能率 の 論理が貫徹する経営組織は, 木来的に官僚制化へ の 内 在的必然性をもって いるのである。 独 占段 階 の ビ ッ グ ・ ビ ジ ネ ス の 時代において, すでに先党的な経営者は, 官僚制の 問 題が, 今後の 企業経営における最とも主要な問 題点の一 つである ことを感 じ とっている。 1 ) ウェ. ー. バ ー の如く, 官僚制 の 粘極的側 而のみに汀. 目 することなく, マ ー ト ン のよ う に逆機能 の 側而にも 目 をあてると, 官僚制 は 多 くの 危険な側而を伴いやすい 傾 向 がある。 官僚制 の 問 題 に注 目 する経営. - 90 (374) -.
(22) 者の多 く は, このような危険意識からこの問題を見つ め て い る ので あ る 。 とくに経営組織の場合, 官僚制のもつ危険な側 面の 一 つは, 官僚制化が往 々にして企 業性 の 喪失につなが る という傾向をもっている こ とであ る 。 ディ モ ックは, 次のようなバ ラ ド ックス の 中 に, こ の問題の困 難な性格を示して い る り すなわち, 企業性にみちたバ イ タ リ テ ィ のあ る 組織は成長を と げる であろ う。 そして, 成長は し ばしば規校の拡大と い う結果をもたらす。 し か し, 規校が拡大す る につれて, 管理の方法や手続きを標準化し, 秩序化し, 形式化する 必要性がでてくる。 とこ ろ が, それはしばしば形式主義につなが り , 往々にして, 非弾力性や保 守性, 消 極性などの官僚制の 病理的症状をは ぐ く むこ と にな る 。 そのような組絨は, 外賎上は, 形式がよくととのい堅実 なものにみえ る であろう。 しかしひとたび事が起 り , 状況が変化す る と, そ の弱点が露呈されて, 変化に適応できず競争にやぶ れさ る ことにな る 。 かく し て , 企業活動の成功の結果である 成長が,往々に し て官僚制化の原 因とな り , そ の 官僚制化の進行の プロ セ ス において, 企業性が次第に後退し, 企業 性と官僚制の適度のバ ラ ンス がくずされる結果,企業はバ イ タリ テ ィ を 失 い, 破滅への行程をたど る と いうパ ラ ド ックス がここにしめされ る の であ る 。 か く し て, ディ モ ックにおいては, 成長の過程において, い かにして 企業性と 官僚制の適度のバ ラ ンス を 維持して い く かということ の 中 に, 企業 の バ イ タ リ テ ィ の維持の戦略的ボ イ ン ト を見 出 し て い る の で あ る 。 近時,経営の近代化, 合理化は 一 つの流行語とさえなってい る 。 しかし, 合理化という言葉の ひ びきに眩惑されて, 局限的な視野からのみ, やたらと 組織の部分的な改革のデザ イ ンを追い求 め る ことに急で,組織の全体と し て の 動 向に対す る 注意を 欠 い て い る と, それが官僚制の危険な側面を助長する 原 因につながらないとはい えないのであ る 。 E・ジェ. ニ. ングス はやや皮肉な論調の 中で,. ふ つう変革はよ り 一層の官僚. 制化を意味す る もので あ る が, 官僚制化をさ け る と い うふれこみでなされる 処置が, よ り 一肥の官僚制化 を 招かねば幸いである という主 旨の警告を発 し - 91 ( 3 7 5 ) -'I:.
(23) てい る。 4) 組織のいわ ゆ る 「合理化] なる施策の無批判なる埠入は , こ の点 からも, 大いに反省されてしかるべきであろう。 組 綴 は 目的を 達成するた の手段にす ぎ な い と いう発想は , た しかに 一 面の 輿理に某くものである。 目的のない と こ ろ に組織は 成立せず, 目的 は つ ねに 組綿に先行するからである。 こ のように, 組織が手段的意義においてのみ と らえられるか ぎ り は , 組織の 合 理性 は 形式合理性の追求をも っ て十分 と い え るかもしれな い 。 しかし, 現実の姿 は , 必ずしもそうだ と は い えないのであ る。 往々にして, 組糀は 単なる手段以上の何物 かである。 組織を 「l rt1に操作 しうる少数の竹脳者, 工 グ ゼク テ ィ プの場 合 を の ぞ いて, 大 部 分の成 門に と っ て, 組絨は 自 己の目的に奉仕する手段 と い うよ り は ,. むしろ. n 己 を 抱来. し, 規制する存在である 。 G ) 個 人 は組紘に邪仕する と いう前提条件をみた す こ と によ っ て, は じ めて, 自 己の個 人目的を 間接的にみたす こ と ができるの である。 大部分の 人 問に と っ て, 組綿 は 「 l 己の目的に適合すべき手段 と い う よりは , むしろ. n 分の)]が,. そ れに対して適 合 を 要求される と こ ろ の 布 休で. ある。 ーた び形成され, 確立されるや, 組 徽 は. r, らの生命 をも っ i' I 律的な有機休. と して機能するが如き現 象 を 呈する。 現代人の生活のかな り の実質的な邪分 が, こ のような組縦の中 で送られてい るのである。 こ のようにして, 組絨が単なる手段的意義にのみ と どまらない と すれ ば, 組織の合理性 は , 人 問性の要素 を 度外祝した と こ ろの形式合狸性の追求で以 っ て十分だ と は い いきれな い 而がある。 そ こ ではなんらかの意味で 人問 件 と の調和が問頌 と なるであろう。 経営組織の場合においては , 経党目的 と それに対する形式合理性が, い か にして人間性 と 調和 さ せられるべきか と い う問題が と り あげられなければな らないであろう。 しかし, そのた めに は経営組織の全 休 と しての フ ァ ンク シ ョ ニ ングが明らかにされていなければならな い 。 そして, 経営組絨の仝 休 と しての フ ィ ンク シ ョ ニ ングが明らかにされるた めには , 舒 営 組 織 に お い て. - 92 ( 37 G ) -.
(24) も , こ れまた, その中 核 的構造で あ る ビ ュ ー ロ クラ シ ー の機能が理解されて いな ければならない。 かく し て , こ の よ う な問題に対す る アプロ ー チ の 一祝 点と し ても, 組織論的官僚制理論 は 注 目 され る ので あ る 。 更には , デ ィ モ ックの研究に う か が われ る ごと < ' 官僚制化とい う 点から も, 企業の成長理論を あらいなおす こ と が 可能で あ り , それによ って 多くの 有益な る 示唆 が得られ る よ う に思われ る ので あ る 。 いずれにせよ , 組絨の問題が経営学において重要で あ る とすれば, 組織に 内 在 的な ビ ュ ー ロ クラ シ ー の問題も ま た, 経営にお け る 重要な問題の一つと いわねばならない。 と こ ろで , 多 く の楊合, ビ ュ われてい る 。 し か し ,. 一. ー. ロ クラ シ ー の研究 は , 組織 一般論と し て 行. 般論に は や は り 限界がみとめられなければな ら ない. 以上, 経営 ビ ュ ー ロ クラ シ ー の特殊性の解明 は , 経営学に課せられた固有の 課頌といわねばならない。 たとえ ば, ー ロ に形式合理性といっても, その実相 は 目 的の特殊性に よ っ て規定され る ので あ る から, 経営にお け る ビ ュ ー ロ クラ シ ー の態様も,. 「経. 営 目 的」 0 ) に 規定され る と こ ろの特殊性 をもつで あ ろ う 。 こ の よ う な特殊性 の解 明 は , む しろ経営学に固 有の課題で あ り , それは経営の制度的本質の理 解のためにも欠かす こ とので き ないもので あ ろ う 。 以上の如 く , 組織論 的官僚制 理論 は , 経営学 においても き わ め て重要な意 義をもつもので あ る が, 他 )i, 行政官僚 制の問題もま た, 経営学と決 し て 無 縁で は あ り えないので あ る。 すでに ふ れた如 < ' 最近の社会経済領域への政府の進 出 に は 著 る しいもの が あ る 。 経済活動, 企業活動 は 直接, 間接に政府の強い影恕力の下にお かれ てい る 。 政 治と経 済 は , 今や分断の 関 係においてと り あ げられ る とい う よ り は , 結合の関 係においてと り あ げられねばならない。 こ の よ う な趨勢を 反 映 し て , 最近, 政府と企業の関係論が, 経営学におい て 次 第 に 巫 要な フ ッ ト ライ ト を あ びつつあ る こ と は , 周知の事実で あ る 。 - 93 ( 3 7 7 ) -.
(25) し か し , 政府の 活 動 を 論 じ る と き , 行政官僚制 の 問 題 を 無 視 し て 語 る こ と は で き な い で あ ろ う 。 行政官僚 制 の 問 題 は ,. こ の よ う な 点か ら も 再検討 さ れ. る 必要 が あ る 。 以上の如 く , 組 織 論 的 意 味 の 官僚制, す な わ ち ビ ュ. ー. ロ ク ラ シ ー の垢合. も , 政治学的意味の官僚制, す な わ ち 行政官僚制 の 場合 も , い ず れ の 場合 に お い て も , 官僚 制 と い う 用 語 は , 経 営 学 に と っ て も き わ め て 重要 な 意 義 を 有 す る 用 語で あ る と い わ ね ば な ら な い 。 わ れ わ れ は , 官僚制 の 問 題 の 経営学 に お け る 意義 を 正 し く 認識 し , こ の節 に お い て は ,. こ の 問 題 の 追求を行 わ な く て は な ら な い 。. 官 僚 制 の 問 題 の経営学 に お け る 意義 を 強 調す る た め. に , 思 い つ く が ま ま に 二三の 点に 言及 し た に と ど ま る の で あ っ て , 必ず し も 本 格 的 な 分析 の 一 部で は な い 。 そ れ は む し ろ , 筆者 の 今 後 の 課頌 と す る と こ ろ の う ち, 注. も っ と も 重要 な 問 題 の 一 つ で あ る 。. 1 ) た と え ば, ア メ リ カ 電信電話会社 (ATT) 社長 Frederick R. Kappel 氏や わが国の東洋 レ ー ヨ ン会長, 田 代茂樹氏な ど に そ れは 代表 さ れ る 。. F . R . Kappel ; Vitality i n a Business Enterprise. 冨四見 博訳 「I戊反企 業の哲学」. 岡本康雄稿 「 日 本 に お け る 経営官僚制」 「別冊中央公論経営問題」 昭和39年春季号 P. 275. 参照。 2 ) M. E. Dimock ; Administrative Vitality P. Introduction X. 3 ) M. E. Dimock ; ibid P. 60. 4 ) E. F. Jennings ; The Executive, 福島正光訳 「 エ グ ゼ ク テ ィ プ」 PP. 205 -242. 5 ) 厳密 に え ば , 組殺を操作 し改変す る 立場 に あ る エ グゼ ク テ ィ プの場合 に お いて も , 組織は必ず し も 自 己の意に従順な る 手段的存在で あ る と は い え な い の で あ る 。 彼等 も 又 , 組織の機関 と して位置づけ ら れて い る ので あ り , 従 っ て 組織 に よ っ て基本的な制約 を受け て い る ので あ る 。 組織に よ っ て制約を受 け な が ら も かつ組織に対す る 主体的働 き かけ を 行 っ て い く と こ ろ に 彼 等 の 立場の特殊性 がみ ら れ る ので あ る 。 6 ) ーロ に 「経営 目 的」 と い っ て も , 私企業の場合 と , 最近, と み に比重の大 き く な っ て き て い る 公企業の場合, さ ら に は公私協同企業の場合に お い て は , 必ず し も そ の 内 容 は 一致 し な い の で あ り , 従 っ て そ こ に お け る ビ ュ ー ロ ク ラ シ ー の. 態様に も 当然差異が劣え ら れ る で あ ろ う 。 ビ ュ ー ロ ク ラ シ ー は 目 的に対す る 形. - 9 4 (378) -.
(26) 式 合理性の制度化 し た も の と して も考え ら れ る か ら で あ る 。 そ の各 々 の場合に お け る 特殊性の解明 も又, 経営学 に お い て は重要な意義を も つ と い え る で あ ろ っ。. - 95 (379) -.
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