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労働組合論

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(1)

壬A 両冊

西

 すべての固体はなんらかの目的をもって存在しているし、その目的遂行のために活動する。労働組合もその例外ではな

い。したがって、労働組合論はまた労働組合の存在理由・その目的・その活動︵運動︶論でもある。労働組合本質論とい

ってもよいQ労働組合は、なんのためにあるのか、また、あるべきか、その目的・活動範囲はいかあるべきかについては、 一応わかったようでわからない。       ヘ   ヘ   ヘ   へ

 なるほど、労働組合法は第一条第一項に﹁この法律は、労働者が⋮⋮﹂としてその目的を規定し、そのため、第ご項は

      ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  へ

刑事免責の規定をおいた。また、第二条は﹁この法律で︿労働組合﹀とは⋮⋮﹂として、労働組合のなんたるかをあきら

かにし、労働基準法は﹁この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理

由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない﹂と、大いに労

働組合の活動を期待している。

 しかし、右の労働組合は、法律自体が明記しているように、︿この法律Vすなわち、労働組合法上の労働組合をいうに

ぎない。ところが、労働組合法上の労働組合でない労働組合も存在しうるし、存在している。また、すべての労働組合が

     労働組合論       一

(2)

     労働組合論       二

︿労働組合法﹀上の労働組合でなければならぬ、なんらの根拠はない。労働組合法がつくられたのは敗戦の年すなわち昭

       

和二〇年]二月二二日︵旧労組法︶であった。組合法が制定されていらい、労働組合は急速に増加した。け、れどもそのこと

は、組合法制定以前に労働組合がなかったことを意味しない。すでに早く一、八七〇年代には、劣悪な労働条件にたいす

る自然発生的な、反抗行為かあった。労働問題の発生である。 一、八九七年にはわがくにに、はじめての労働組合が誕生し

       

ている。労働組合期成会がそれであり、翌年には、鉄工組合や印刷組合が、また一、八九九年には、矯正会︵日本鉄道会社 所属の機関手組合︶が結成された。そのこ日本資本主義の発展するに応じて、悪名たかぎ治安警察法、行政執行法、治安維

持溝の弾圧にもかかわらず、一、九三八年国家総動員法によって組合活動の全面的禁止のもと、産業報国会に解体するま

で組合数はその多きを加えたQ

 労働組合は労働組合法があろうがなかろうが存在する。したがって、ここに労働組合というのも、単に労組法上の組合

を対象とするのではない。現在わがくにの労働組合はその多くが労働組合法上の労働組合である。けれどもそれは、労組

       ヘ  ヘ  へ  も

法士の労働組合でもあるにすぎないのであって、逆に、労組法上の労働組合だけが労働組合であり、労働組合の目的・活

動はそこに規定されているとするのは実定法にたいする物神崇拝であり、労働組合の本質を全く見失うことになる。

 公務員は国家・地方をとわず一般に組合の結成は許されるも、争議行為は一切禁止されている。公労法関係の労働者も

そのことにかわりがない。これらの組合は労組法の保護を受けない点からすれば、また結成はするが行動はせない団体は

       ヘ         ヘロ

団体としての生命をもたぬから、労働組合でないともいえよう。しかしそれは、公務員法なり公労法が期待する組合にす

ぎないのであって、公務員や公共企業体の労働者の組合は当然そうであるということで.はない。公務員や公共企業体の労        ヘ   へ

働者は争議権のはく奪を、怒りをこめて奪回しようとしているのであり、現に旧労組法ではかれらはすべて一律に労組法

上の労働組合を結成し活動し、その保護のもとにあったのである。

(3)

       ヘ  ヘ  へ

 労働法は、労働者階級が、資本主義生産の剰余価値の法則から、自らを解放すべく前進的に購いとった面と、生産の社

会化に伴うて、必然的に社会化された面︵資本主義を肯定し、むしろそれを積極的にたすける︶とをもった複合体である。法の

うちに実現されるものは、ギールヶのいうような﹁人類の胸の奥底に君臨している不滅の法理念﹂といったものではなく

て、ある社会の支配階級の利益の総体であるというのは、現存秩序を維持発展させようとする法の一面を、すなわち右に

述べた労働法の後者の面をいう意味においては、全く正しい。しかし、他の一面、労働者階級のカによって斗いとられ、た面         をみのがしてはならない。−﹁イギリスにおいては、団結は議会の一条例によってみとめられている。しかして議会をして

かくのごとぎ法律上の許可を与うべく余儀なくせしめたものは、経済制度である⋮近代産業および競争が発展すればする

ほど、団結を促し、かつ、これを助ける諸要素はますますふえてゆく。しかして、団結が日一日とその堅実性を増大し、 一の経済的事実となるや否や、それらはまた、ただちに一つの法律的事実とならざるをえない﹂ ﹁たたかいつつある階級

      

はいずれも、その主張を法的要求のかたちで綱領のなかに定式化しするのである。

 労働組合法がSCAPの民主主義的五大改革指令を直接の契機とするものなること、したがって入あるいは、外から

      ︸

︵上からではない︶与えられたものであるというのを全面的に否定するものではないが、それはまた、敗戦によって爆発し

      

た国民のエネルギ﹂と怒りに、一つの枠をはめる役割をになって登場したものでもあった。つまりそれは一面において、

労働者階級のカが斗いとったものであるとともに、他面資本主義的秩序を維持する盾でもあったのである。この肯定的側

面と否定的側面は、ブルジョアジーとプロレタリアートの対立抗争の過程を通じていずれかに転化する。

 戦後労働組合運動の先頭に立った公務員や公共企業体の労働者も、アメリカ帝国主義のむきだしの力によって、労組法

の保護から放りだされた.。しかし、人間は、よぎにせよ、わるきにせよ、意識的に意慾せられた目的追求により新たらし         い歴史をつくる。しかも、労働者階級こそは歴史的主体としての大きな役割をになっているの﹂である。公務員も公共企業

     労働組合論      ’三

       3

(4)

     労働組合論       四

       ヘ   ヘ   へ 体の労働者も再び労組法の保護を獲得し、より高い地位と権利を前進的に了いとるであろう。﹁労働者は、法律というもの

は、かれらにとってはブルジョアジーによってつくりだされたムチであるということ、それゆえ、ただこれを強要される

ときだけ関係をもつということを、あまりにもはつぎり知らされており、また、あまりにもしばしば経験を通じて知って

いる⋮労働者は法律をみとめない。ただかれらがその法律をかえさせる力がないので、それに服従しているだけである﹂

  

から。        ヘ   へ

 労働組合法の成立以前にも労働組合はあったし、現在も労組法からはみでた労働組合はきわめて多い。資本主義社会で

はブルジョアジーとプロレタリアートは絶対に相いれない関係において存在している。労働者階級とは﹁もはや歴史的な

称号ではなく、わずかに、入間的称号だけを称えうる階級⋮なんら一面的に対立するのではなく、その前提に対して全面

的に対立する階級、結局一切の爾余の階級から自己を解放し、かくて社会の爾余の一切の階級を解放せずには自己を解放

しえない一階級、 ;酉にしていえば、人間の完全な喪失であり、したがって、人間を完金に回復することによってのみ自

       

己を回復、しうる階級﹂である。この労働者階級が団結の力で、自らを解放すべく、斗いとった橋頭墜が、その名はなんで       ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ  ヘ  ヘ   ヘ   ヘ   へ

あれ、労働法に価するものでみる。したがって、労働組合は資本主義社会では、非合法的存在たることを本質とする。労

       ま

働組合が侵されることのない合法性を獲得するのは、もはや厚いとるべき敵をもたなくなったときだけである4組法上

      ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   へ

の労働組合というのは、資本にとってはもともと非合法的存在たるべき労働組合が、労組法の規定に適合する範囲で合法

性をもつというにすぎない。

 では労働組合とはなにか、労働組合運動はいかあるべきか。戦前の労働組合も、あるいは労資協調主義があるかと思え

ば、いわゆる赤色労働組合主義ありというふうに、その目的・組織・運動方式もまちまちで、それゆえそのスローガンも

種々雑多であった。現在の平ぎな組合、総評と全労はその目的・運動を全くことにする。王子製紙の争議ではそのことを

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余りにも明らかならしめた。総評は第一.組合を応援したが、全労はわざわざ第二組合をつくりあげ、使用者に対してでな く、専ら第一組合を敵対饗してあらそった︵労働者の団結とは、まさに労働者同志の団結であって労・使の団結ではないのに︶。最

低賃金法についても両者の主張は大きくかけはなれた。いずれが労働組合−運動の本質にかなっているのか。ウェッゾも

      ③

コールも、コリンズも労働組合とはなにかについて、それぞれ定義のようなものを下している。けれども、歴史的諸条件

をぬきにして、あれこれ類型的に比較較量してもなんらうるところはない。 ①昭和二〇・八・一五、三皇﹁終戦の大詔﹂を放送︵ポツダム宣言の正式受諾回答はその前日︶、九・二、降服文書に調印、占領軍  最高司令官︵SCAP︶の指揮下に入って、ボッダム宣言の趣旨を実施することになる。ボ宣言はその第一〇項に次のような原則を  .かかげている。 ﹁⋮日本国政府は、日本国民の間における民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障凝を除去すべし。言論、宗教  及思想の自由並に基本的人権の尊重は、確立せらるべし﹂。 そのため、労働組合運動の助成と労働基本権が問題となってきた。労働  組合運動は、九・三〇、産業報国会解散につづいて出発した。一〇・一、東久遡内閣は、閣議了解として、 ﹁労.働組合に関する法制  審議立案に関する件﹂を決定した。一〇・四、には﹁政治的、市民的及び宗教的自由に対する制限除却﹂のSCAP指令がでて、治  安維持法、治安警察法、出版法などの組合活動を制限していた法令が廃止され、思想犯や労働組合関係者などは獄申から解放された。  この間に内閣の更迭がおこなわれ、SCAPは一〇・一一、弊原新首相に対して、入権確保のため民主主義的五大改革を指令した  ︵婦人の解放、労働者団結権、教育の自由主義化一専制政治からの解放、経済の民主化︶。 政府は、一〇・二七、労務法制察議委員  会を設置して、労働組合法の立案にあたらしめた。この委員会の第一回目の審議会で、鮎沢厳氏のなしたつぎのような発言は出.席者  に深い感銘を与えた。 ﹁本委員会に与えられた仕事は、このくにがこんご総力平和の国家として起とうというそのキイをここで作ろ  うとしている⋮こんこわがくには復興のために⋮三〇年、五〇年、八O年の昔から建直してゆかねばならぬ⋮﹂ ︵松岡・石黒﹁日本  労働行政﹂五頁︶。 この委員会の草案に多少の修正を加えて、旧憲法による帝国議会で可決、二一・二二、法律第五一号として公布  されたのがわがくにはじめての労働組合法で、昭和二一・三・一、から施行された。   旧労組法は極東委員会で採択された﹁日本の労働組合に関する一六原則﹂に合致するものであった。この原則のなかには次のよう  な注目すべきものをふくんでいる。 ﹁五、ストライキその他の作業停止は、占領軍当局が占領の目的ないし必要に、直接不利益をも

労働組合論

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労働組.合論

よ ノ、  たらすと考えた場合にのみ禁止される。六、労働組合は政治活動に参加し、また政党を支持することを許される。 一三、自由な労働  組合の組織、または正当な労働組合を妨害し、または妨害するための措置をとった日本政府とその諸機関は、廃止さるべきであり、  または労働組合にたいする従来の権限を取消すべきである。警察その他の政府の諸機関が、労働者がストライキすることをスパイし  または正当な労働組合活動を抑圧するをえないし。   しかるに、日本資本義講座によれば﹁四五年︵昭和二〇年︶も終末に近づいた一二月二一日マッカーサー総司令部は、日本民主化に  かんする基本的指令は︷段落したと発表した。アメリカ帝国主義による︿民主化﹀を名とする日本の従属化政策とその占領制度は⋮  応軌道に乗った。そし.て日本の独占資本・寄生地主・特権官僚。天皇をかれらの忠.実な従僕的.同盟者として仕立てあげようとする政  策がすでにあらわれはじめた。しかし労働者階級を先頭とする国民の運動は、嵐のような勢で進みはじめ、その民主主義をかちとる  ための斗争は、アメリカによるニセ︿民主化Vの仮面を急速にはがして﹂︵別巻 九頁︶、﹁労働者階級の攻勢は嵐のようにたかまり、  二・一ストをめざしてひた押しにすすんだのである﹂︵五七頁︶︵マソカーサーは元旦にハ国民の耐乏﹀を説教し、吉田首相は労働者  を目して︿不﹁ていのやから﹀という言葉をつかった︶。 二・一ストはマソカーサ⋮の名によるゼネスト中止命令によって解散させら  れたが、この命令は﹁解放者としてのアメリカ占領軍の仮面をはぎとるとともに、支配階級の危機の深刻さを物語るものであった。﹂  かくして、アメリカの対日政策の転換は、二三年一月六日ロイヤル.陸軍長官の言明によってはっきりとあらわれた︵対日理.事会にお  けるソヴェト代表とアメリカ代表の対立︶。   労働省は、占領軍当局︵GHO∼︶に招かれて来日調査したアメリカの労働諮問委員会が、二一・八、に.提出した最終報告書を取入  れ、G.HΩと連絡しつつ労働組合法の全面的改正に着手し、第五国会で一部修正可決、二四・六・一法律第一七四号として公布、同  月一〇日から施行され、現在にいたっている︵二七年に一部改正︶。労働組合法の立法経過については、労働省﹁資料運動史﹂、松岡 ,・石黒前掲書、松岡・磯田・野村﹁労働法の内幕﹂季刊労働法八一一〇号など参照。 ②発起人は高野房太郎、.片山潜などのほかに、進歩的な学者・資本家・政治家も参加している。末弘厳太郎﹁日本労働組合運動史﹂、  大河内一男﹁黎明期の日本労動運動﹂、 谷口善太郎﹁日本労働組合評議会史﹂上・下、渡辺徹﹁日本労働組合運動史i日本労働組合  全国協議会を申心にして﹂、服部総之﹁物語日本の労働運動﹂、﹁日本労働組合粟田累年表﹂︵青木文庫版︶など。 ③ 西川﹁労働法の解釈﹂労働法所牧を参照されたい。クレンナーは﹁マルクス・レーニン主義における法の本質﹂㈲ソヴェト法学一 −巻四号ニハ七頁で、後者の面を強調するも一面的たるをまぬがれない。 ﹁国家と法の理論﹂が﹁法は、国家権力によって制定あ.るいは

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裁可された、.支配階級の意思を表現する行為﹁諸規則︵諸規範︶、 その適用が支配階級に有利にして有益な、社会諸関係および諸秩序 の防衛・窪溜および発展のために、国家の強制力によって保障される、行為諸規則の総体である﹂︵﹁ソヴェト法律学体系1﹂ 一七四 頁︶と定義するのも、若干の批判をまぬがれない︵胡麻本﹁ソヴェト法学の批判・自己批判について﹂愛知大学法談論集八号参照︶。  ﹁資本主義は、その帝国主義的段階においては、生産のもっとも徹底的な社会化の戸口に到達する。すなわち、資本主義は、いわ ば資本家たちをば、かれらの意思に反して、またはかれらによって厳しゆくに意識されることなしに、完全な自由競争から完全な社 会化への過渡を表わす一種の新らしい社会秩序のなかへ、引きいれるのである。生産は社会化されるが、しかし領有は依然として私 的である。社会的生産手段は、依然としてある少数個人の私有財産である。形式的にみとめられた自由競争という一般的外枠はその まま存続するが、残余の人口に対する少数独占の圧迫は、百倍より重い、より耐えがたいものとなる﹂︵レーニン︵長谷部訳︶﹁帝国 主義﹂三五−六頁︶。 かくて資本主義はその生産過程に社会的性格を与えることによって、自己自身の十吾をくずしてゆくが、上部 構造にもその性格が反映する︵生産手段の集中と労鋤の社会化︶。 しかしこのことは社会主義化を意味しない。資本主義形態は封建 制の胎内より生成した、それは両体制とも搾取することにおいて共通していたからである。だが、社会主義形態では、人間が人間を 搾取することはありえないのだから、資本主義形態の胎内に社会主義形態が生成することはない。社会主義形態は、政治権力の転化 をまってはじめて実現される。けれども資本主義形態の胎内に.社会主義形態の諸条件が生成するのはいうまでもなく、生産と労働の 社会化は必然に、その上部構造に反映せずにはおかない。資本制社会の一見社会主義的にみえるのはそのためである。だ.がそれは資 本主義形態が社会主義形態に移行していることではない︵社会主義形態から共産主義形態への移行は可能である︶。 資本主義社会の 上部構造としての法は全体として、相変ら.ず資本主義形態を保持し、強化せんがための法としての性格をもちつづける。労働法もま たその例外ではない。これが労働法のもつ一面である。  だが、資本主義社会は、民族として、市民として、共通の地盤の上に立ちつつ、絶対に和解しえざる対抗関係にあるプロレタリア とブルジョアジーの両階級から成立つ社会である。しかして、対立を前提とするかぎり、その主要な形態は斗争である。資本主義社 会は、剰余価値の生産をその本質とするがゆえに、労働者は全面的に資本に対立し、それゆえに自らの人間性を回復するためにi自 己の労働力を価値通りに実現させるために斗う。労働者階級がかくして、資本の譲歩のもとに自ら重いとったもの、それもまた労働 法である。これが労働法のもつ他の一面である。自ら賢いとるためには個々の労働者の力は余りに弱い。労働法が集団の力として斗 いとられるものである、かぎり、労働法は当然階級的牲格をおびる。      ﹁

蛍働・組.合論

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    労働組合論       八

④﹁哲学の貧困﹂岩波版三五一頁、﹁法学者社会主義﹂マル・エン選集一七巻︵下︶三三六頁、沼田﹁市民法と社会法﹂一〇四頁。 ⑤ 山之内一郎﹁ソヴェトの労働法規、社会主義社会の労働と賃金﹂一五八頁。労働法の本質についての問題は、かつて、はなばなし  い論戦を展開した社会政策の本質に関する問題とその規を一にする。大河内教授は社会政策を実現せしめる決定的条件を、社会的総  資本の理性的反省と規定し、岸本教授は、労働者階級の抗争と強力こそが価値法則を貫徹せしめると反論した︵﹁社会政策論序説﹂  四〇頁︶。 ⑤の2 ブレファーノフ﹁マルクス主義の根本問題﹂︵恒藤訳︶一四六頁。 ⑥セレクトル﹁法と道徳﹂ソヴェト法学一巻一号四一頁。 ⑦レヴィット﹁ウエーバーとマルクス﹂︵柴田・脇・安藤訳︶一〇八頁。 ⑧ウエッブ︵高野岩三郎訳︶﹁産業民主制論﹂︵Gり睾αしd9芝¢げ﹃H昌山環ω酔=節一Uo日。自p。団︶、同じく︵荒畑寒村訳︶﹁労働組合運動  史﹂︵霞。・εqoh円目巴Φd三〇巳ωヨ︶、G・D・Hコール︵水上鉄次郎訳︶﹁労働組合入門﹂、 ヘンリー・コリンズ︵岸本英太郎訳︶  ﹁現代労働組合論﹂。 ⑨ わがくに独特の企業別組合論についても﹁一定の組織形態が編成された歴史的条件と労働者階級の斗争の方式を捨象し、先進資本  主義諸国の労働組合の形骸だけをとりだし、それと機械的な比較を試みても、日本の労働組合の本質を把握することは不可能である  ばかりでなく、重大な誤謬をまぬがれない﹂ ︵高橋洗﹁所謂八企業別組合Vについて一日本の労働組合と封建性﹂賃労働における封  建性 所攻 一一四頁︶、藤田若雄﹁統一的労働運動の問題点一問題史的粗描﹂季刊労働法 一二号所牧もこのことを強調する。 二

 労働組合運動は経済斗争を主眼とすべきか、それとも、それは必然的に政治斗争化するものかどうか。このことがいつ

も、そして今もいちばんの問題点となる。だがこれこそは、労働組合運動の本質を規定するものである。労働法を立案す

る第一回労務法制審議会においても、このことは、はげしい論争となった。事業主側の三村氏︵住友鉱業社長︶は﹁どこまで も私は経済運動であってほしいと思う。組合の資金というものは政治運動に使うかわりに、団体の経済的向上、社会的地位の向上といっ

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● たような方面に使うとか、経済的な活動にした方がよいと思います﹂と述べたのに対し、桂泉氏は﹁⋮相当大きな連合体が政治問題に ふれないということは、事実上できない﹂﹁労働組合は政治問題に関係してはいけないという限度を初めから置くのはいけない﹂と反対         ⑨ 意見を述べている。戦後精力的に数多くの著書・論文をものされた大河内教授は労働組合はいかにあるべきかについて、 繰返しつぎのように述べられる。﹁労働組合は、それ故、沈潜反省して、街頭的な、これまでのような、いわば経営外的活動たること       ⑩ をやめて、経営の内部に這入り、そこに己れの死に場所を求めるのでなければいけない﹂、﹁政党活動との間に明確な一線を引いて、労働 組合としての自主的な活動領域を固く守ろうとする態度、これらは、たとえそれが非難をふくめて︿労働組合主義﹀と称ばれようとも、日       ⑭ 本の労働組合運動の今後の路線であるにちがいない﹂、﹁労働組合運動の目的が、鷹接、反政府斗争や、いわゆるく権力斗争Vだけにおかれ ているような場合、それは今日でも、依然として、労働組合運動とはいえないし、また労働組合の活動の重点が組織労働者や組合員の活動 からはなれて、颪接、民衆なり、被抑圧大衆なり、非特権的な地位においこまれた階層の人々の利益の確保なり生活防衛なりを中心に動い ているとするなら、これも、それだけに運動の重点がかかっているかぎり、やはり労働組合運動とはいえない⋮労働組合の活動を労働組合 的な活動たらしめるものは、︿経済的﹀活動であるか帝政活的﹀活動であるかという形式上の差異ではなく、その活動が、労働者の労働条 件の改善なり生活条件の防衛なりに具体的に結びついているかどうかにあり、また、それが、組合員大衆の組織を中心とした運動があるか         否かによるものである﹂。  以上のような教授の考えは、総評などのく政治斗争﹀に対しつぎのような言葉となって現われる。﹁労働組合としての本来 の任務が経済斗星にあることはいうまでもない。政治斗争とおきかえたり、また経済的要求を政治斗争の手段に使うようなことになれば、        ⑬ そのときから労働組合はその本来の社会的機能から浮きあがってしまう⋮総評の動きの中には、こうした日本的な特徴が﹂ふくまれてい た。だから、たとえば、生産性向上をめぐる問題についても、総評は﹁労働組合運動百年の計のために、もっと、きめの細かな 議論を準備する必要があ轟ということになり、社会党は・階級政党だなどとい・て・われとわが門戸をせまく閉すよう憲霧じ

      労働組合 論       九

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      労働組合論      一〇

       てはならないしということともなる。要するに教授のいわんとされることは﹁己れの仕事に帰れ、というのが、いま、とくに、日        ゆ 本の労働組合に与えられるべき言葉である﹂というにつきる。教授の言葉は﹁経済的条件はます︷国の大衆を労働者に転化せしめた。 資本の支配はこの大衆に対して、一の共通的地位、共通利害を創りだした。ゆえに、この大衆は、資本に対しては既に一の階級であるが、 しかし、それ自身のためにはまだそうではない。斗三一われわれはただその二・三の段階を暗示したにすぎないのだが一の中においてこ そ、この大衆は相結合し、それ自身のための階級を構成する。それ︿階級﹀の防衛する利書は階級利害となる。しかるに、階級対階級の斗          ⑰ 争は一の政治斗争である﹂というマルクスの言葉とは余りにもあざやかな対照をなす。       ヘ  ヘ  ヘ  へ

 教授の意図とは別に、教授が労働組合運動に求められるものは経済斗争であるが、結局それは合法耐風i資本主義を否

定するな、ということにほかならない。だから教授がいれわる労働組合とは、労組法上の労働組合のことであり、労働組

合とはかくあってほしいという資本︵支配階級︶の立場と少しもことならないことになる。ここでは労働者階級が自らを解

放すること、またそのエネルギーは完全に否定されている。皮肉なことに教授の言葉は、占領当初のマックアーサーの言

葉もなお及ばないごとくである。いうまでもなく、極東委員会の一六原則の五項は、占領軍の占領目的︵それがたとえ独占 資本ーアメリカ帝国主義のためであったとしても︶に反せないかぎりは、政治活動を許しているし、その六項には労働組合の政 治活動参加と政党の支持がうたわれていた。 ﹁労働者の地位向上の意図するところは、.これによって政治に対する民衆の発言権を大 ならしめ、政府をして、民衆の機関たらしめるにある﹂、﹁労働組合は、労働者がいかにして一致団結し、目的達成に当るものであるかを 教えるものであり、実に民主化への標識である。労働組合の存するところ、必ず民主主義がある。労働組合の活動は多岐に亘っているが、        国民の一部には、組合の目的はただ産業の混乱をきたすことであると誤解している向があるが、新聞はこれをたださねばならぬ﹂。  資本主義社会の国家権力は、巨大な独占資本の意見を強力に執行する機、関としてあらわれる、その限り労働者階級が国        ⑲

家権力と対立するのはいうまでもない。ブルジョアジーとプロレタリアートは絶対に和解しえざる対立関係にある。そし

9

(11)

てまさにそれこそが、資本主義を可能ならしめている。ピープルズ・キャピタリズムやヒューマン・リレーションという

は、一つのまやかしにすぎない。資本主義は株式によって発展してきたのであって、いわゆ.る株の民主化は決して資本主

義の変ばうではなく、それこそはまさに資本主義そのものだからである。今日、国有財産がぼう大に存するからといって

国民が所有者であり、だから現今の社会は資本主義でない、とはだれもいわないのとそれは同じことである。H・Rとい

うも、所詮、対立する労資関係から、その階級性をいんぺいせんとする、きわめて非人間的な政策にすぎない。資本が労

働者階級の人間性の回復につとめるということはありえない。労働者の人間性の喪失によってのみ、資本は拡大再生産を

       

持続しうるものだからである。  、資本の攻勢はつねに政治紅炉と不可分にむすびついている。資本そのものは、たくわえられた労働生産物にすぎない。

だから、資本の経済斗掻などというものはない。資本は労働者階級に対しては、つねに、自らの秩序維持のためにのみ斗

       ヘ   ヘ   ヘ   ヘ       ヘ   エ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   へ

う。資本の攻勢が、つねに、政治斗争たるに対し、労働者階級の階級としての集団たる労働組合のみは、経済斗争を主た

る目的とすべぎだと説くのは、まさに.資本のための理論でしかありえない。独占資本主義が要求しているのは、あらゆる

利潤ではなく、まさに最大の利潤であり、それに依って買牧され、その生活様式において、その所得において、その世界

観において、全くブルジョア化している労働貴族一かれらは労働者階級の中に足場をもとめるが、多数の末組織労働者や

失業者とは直接に結びつかない。資本家が労働者階級に号令をかけても、ときに反立を招くであろう。その際労働老階級

に足場をもって、一応労働者の信頼をえている労働指導者が利用されるーブルジョアジーの社会的支柱で﹁労働運動の内

部におけるブルジョアジーの現実の手先きであり、資本家階級の労働将校︵冨げ。=冨ロ言凶煮切。h匪Φ$讐琶聾。冨ω。・︶であ り、.改良主義と愛国主義との現実の伝播者である﹂ ︿ヴェルサイユ派﹀の経済葉叢のお題目も、間違いもなく、ぎわめて ヘ ヘ ヘ   ヘ ヘ ヘ へ     ゆ 政治的な経済斗争である。

     労働組合論       

(12)

     労働組合論      二一

 く組合よ、己れの仕事に帰れVというのは、労働者はいつまでも労働者たれというにひとしく、いずれは労働者の経済

旧婚そめものをも否定せんとするものである。 ︿女性よ、家庭に帰れVというのは、女性を永久に家庭に閉じこめ、女性

の地位向上を不可能にするものでしかない。女性の解放は労働者の解放なくしてはありえない。労働者の地位向上も、労

働者そのものの、資本からの解放なくしてはありえない。国家の民主化は職場の民主化から、家庭の民主化よりという。 しかし、その言葉のなかには、ミイラとりがミイラになるのを期待するトゲがかくされている。

 労働条件にむすびつかない政治春菊などというものはない。資本の執行機関としての国家の政治行為は、資本の維持発

展のためにのみおこなわれ.る。安保条約が抽象的な国家のためでなく、労働者を除外した、資本だけを保障するものたる

ことは問うまでもなかろう。資本が利潤の維持とより大なる利潤の獲得のためにとる政治に対して、労働者階級が力を結

集して斗うのは当然すぎることでしかない。労働者階級の力の結集の中核体こそは労働組合なのである。

 抵抗権なる基本的人権は法によってはじめて与えられる権利ではない。法上の権利とは権利たるべきものが法上確定さ

      ヘ   へ

れたというだけのことである。抵抗は一つの道徳であり、それは﹁労働者が、自らの、社会的実践の中からさくべからざ

      ゆ

る必然として生みだすところの現実の行動の原理である﹂。 労働組合が経済口争によってのみ抵抗すべきだというべぎ、

なんらの根拠はない。しかも、抵抗権の意義はまさに、予坊的な効能にあるのであって、事後的な眼目をもったものでな

㎏。総評が、砂川基地反対斗争にたちあがるのは抵抗権の忠実な実行にほかならない。       ヘ   ヘ   へ

 政治斗争であれ経済面争であれ、資本にとっては、すべて非合法なのである。労働者階級の抵抗と斗争はそれがいかな

めものでも、資本は非合法と考える。ただ、労働者階級の力がもりあがったとき、資本は労働者の力を経済斗争にとじこ

めようとする。しかし、もし経済斗争にとじこめることに成功すれば、次にその力をも、もぎとろうとするのはあきらか

である。第二組合はいつでも、はじめのうちは資本によって優遇される。しかし、第一組合がつぶされたのちは、やがて

(13)

かれらは資本の力を知らされるに至る。天.につばきする者は自らそのつばきを受けねばならないのである。労働組合遼動

を経済斗争に限るべしというのは、労働組合運動そのものを否定する第一歩である。労働者階級はお説教のいかにかかわ

      ゆ

らず政治斗争を斗いつづけるであろう。

 労働組合はストばかりしているといい、新聞もまたこれを書ぎたてる。しかし、それによって失なわれた時間はおそら

く、かれらが一年を通じて働らいた総労働時間の一パーセントにもならないであろう。犬が入間に咬みついてもニュース

にはならない。しかし、人間が犬に咬みつけばそれはニュースとなる。ストライキが毎日の新聞をにぎわすとすればスト

ライキが余りにも少ない証拠でしかない。ぼう罪な戦力の生産や、自衛隊の消費額はニュースにならない。労働者は働ら

かねば生ぎてゆけない人間である。かれらは自ら好んで仕事を捨てはしない。忍耐の限界にきてはじめてかれらは仕事を

離れる︵だからストライキに違法なものは一つもない︶。 ストライキは余りに少ないのである。覆うことをやめたとき、ただ退        ヘ   ヘ   へ 却と敗北があるだけである。組合運動に停止はない。︿無窮動﹀こそ組合運動の名にあたいする。

 自己の労働力以外には売るべきなにものをももたない人間、それこそは労働者である。労働者は、資本と結びつく前に

すでに労働者である。資本が労働と結びつく前にすでに資本であると同じ。だから労働組合はそうした労働者をふくんだ,

集団でなければならない。そうした労働者をシャット・アウトすることは、かれらをストライキ破りと反動者に追いやる

だけである。 ﹁こんご労働組合は、労働者階級の完全な解放という偉大な利益のために、労働者階級の組織化の焦点として意識的に行動す

      も

るζとをまなばなければならない。労働組合はこの目標にむかってすすむ、あらゆる社会的・政治的運動を支持し、自分を全階級の行動的 膏雨かつ代表者とみなさなければならない。⋮労働組合は、その目標が狭量な、利己的なものではけっしてなく、ふみにじられた幾百万人 の全般的解放にむかって、すすむものであるという確信を、労働者階級の広大な大衆にきざみつけねばならない﹂ のである。労働組合 が経済斗争にとじこもることは職業的利己主義に飼いり﹁おとなしい、敬歪な、まじめな人たちで、社会主義にたいしては激しい      労 働 組ビ合 論       一三

(14)

      労働組合論      一四

嫌悪をいだき、玉座や祭壇にはしかるべき敬意を表し、ブルジョアジーをにくむにはあまりにもつかれすぎ、なしうることは、すくなくと も自分たちの不幸に関心をよせたもう責族を、すなおにうやまうことだけしで、自分の利害を、地主、資本家やかれらの従者たち       ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ      ヘ ヘ へ      ゆ にゆだねてしまうような、 ︿精神的極貧層﹀ともいうべきく無関心﹀な人間をつくりあげるだけである。

 日本的労働組合U企業別組合は、日本的賃労働の特殊型11出稼型賃労働に由来する、日本の賃労働はぼう大な農村過剰

人口にその給源をもっており、それゆえに、企業別組合からの脱皮は、単なる組合運動の戦術の変更や、労使の力関係で

可能となるのでない、という大河内理論に対し、高木助教授は、企業別組合の成立、横断的市場の企業別市場化は、資本の 労務政策と労働者との抗争の中で前者が勝利した結果であって、それゆえに企業別組合は窪いによって克服しうるし、斗い

によ・てのみ克服しうる・とい恥だがそれは・従業員意識でも・組合員意識でもなく・さらにすすんで・階級意識をも

って斗うことによってのみ克服しうるのである。自己を意識していない︿階級それ自体﹀︵震ωぎゴ︶から、自らの社会的役         ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ モ ヘ へ       リ         ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ モ へ 割を自覚した︿自らのための階級﹀︵︷母ω一女︶へ。斗争1組織の如何をとわず、これこそは労働組合の本質である。ルイ ・サイヤンは労働組合の任務について次のようにいっている。﹁労働絹合運動は、その本質からみても、構成からみても、大衆的       う  ミ  る な運動である。前進しっっある民族解放運動に関するその役割は、あいまいでなく、最大の政治的な明確さをもって規定しなければならな い。⋮責任ある労働組合の斗士は、その国全体の状況に応じてこれらの斗争の水準をたかめてゆくもろもろの可能性をみいださなければな らない﹂ ﹁労働組合は、これらの歴史的な斗争から離れていることはできない。たとえ斗争がどんな形をとろうとも⋮労働組合組織は行動 をおこさざるをえない⋮労働組合は傍観者としてとどまることはできない。労働組合がこの責任を回避し、民族独立にたいするため﹂入 民の行動を支持しないならば、それは政治的権利の放棄であり﹁こういう組合は労働者の要求を代表しているという資格は全く        ない。こういつた組合は奴隷労働組合であり、人民の抑圧者がその抑圧を保持するための従順な道具とならざる﹂ をえないのであるρ ⑨の2 松岡・石黒前掲書 八三−四頁。

(15)

@@@@@@@@

マ同同同同同同大

ル       河

ク       内

ス       一 大河内一男﹁日本労働組合論﹂日本資本主義と労働問題       陶器 二六六頁。  ﹁戦後の労働組合運動﹂労働組合運動への提言 所牧 七三頁叱  ﹁労働組合と政治活動﹂労働組合運動の再出発−企業別組合の内と外  ﹁労働組合運動の再出発﹂ 一三七一八頁。  ﹁生産性向上をめぐる︿総評﹀とく全労﹀﹂労働組合運動への提言 所牧  ﹁性格をかえた社会党﹂同右 二一六頁。  ﹁労働組合運動の再出発﹂ 一四四頁。 ﹁哲学の貧困﹂ ︵岩波版︶ 二五五−六頁。 ﹁GHO∼の労組指導の方針﹂。       ︵岩波版︶ 二三三頁。 所信 一七ニー三頁。 一七八頁。 ⑱樋口泰一

⑲﹁家族・私有財産および国家の起源﹂        塾    、  .

⑳木元進一郎﹁労務管理講座﹂月刊労働問題。 ⑳ レーニン﹁帝国主義﹂ ︵長谷部訳︶高八i九頁、平実﹁労働貴族論﹂労働問題研究三〇号。アメリカにおいても、いかに多くの労  働組合の会長や副会長、書記がスパイであったかについては、オースチン﹁アメリカ労働運動の歩み﹂ ︵下︶ 二六三頁。 ⑳  ﹁レーニン主義の諸問題﹂︵大月版︶。 ㊨ ヘルベルト・ボルヒ︵秋元・佐藤共訳︶﹁権力と抵抗﹂。 ⑳ 斗争が必らず政治斗争となることについて﹁労働組合論﹂︵国民文庫版 九八頁︶。

㊧同右 

九・一二二頁。 ⑳高木督夫﹁労働組合の組織活動﹂思想四二〇号、なお藤田若雄﹁企業別組合論とその批判について﹂戦後日本の労働組合所牧。  独立小生産者としての農民が、独占資本の搾取を通じて、団結に転化される展望を、否定する決定的な原因のないことにつき、一柳  茂次﹁農民の組織化﹂思想 四二〇号 一四〇頁。昭和二五−三〇年の五ケ年に、農業労働者は約五%減少している。しかし、戸数  は二%の減少である。このことは兼業農家の増加を示す。すなわち、戦前三〇%の兼業農家が六五%にふえており、それは約二倍の  増加である。農林省農家経済調査では︵三三年四−一二月︶、 農業所得四五%、農外所得五五%となっている。農業法人・共同農業  経営も新聞をにぎわせ、そのことは一方で億わがくにの賃労働が農村とのつながりが深いことを示すものであるが、だからといって

労働組合論

一五

(16)

    労 働 組 合 論       一六  わがくに賃労働の特殊型を宿命づけるものではなく、むしろ、そこに農家と分断された新らしい賃労働者の芽生えをみいだすことが  できよう。 ⑳ センタース︵松島静雄訳︶ ﹁階級意識﹂参照。 ⑱天達他﹁世界と日本における労働組合の任務﹂七一i二頁、六四−五頁。 三  ひるがえって、わがくにの労働組含を眺めるならば、つぎのようにいえそうである。それは企業別組合という日本独特の       ヘ へ

組織にも原因していようが、労働者は不幸にも、従業員意識よりも、むしろ、経営者的感覚の錯覚に陥っている。したが

って、斗うことを罪悪視する。そのくせ︿ただのり﹀に良心のうずくことはない。官庁依存的で、自主性にとぼしく、合

法的たることに汲汲としている。階級意識は低く、連帯感にとぼしい。事大主義・官僚主義的であり、幹部は組合大衆か

       ヤ  セ  も ら浮びあがり︵労働貴族・幹部主義−資本の歓迎するところ︶、出世主義のとりことなって、組合の組織強化︵指導性︶を忘れて しまう。組合員の無関心な、封建的従順性こそ幹部主義の地盤である。 一般組合員は、政治にも、一国の運命にも、他の 労働者仲間にも全く無関心で︵権威主義はここからでる︶、貧乏とプアッシズムの再生産に無意識的に寄与している︵いつでも 産報に転ずる可能性をはらんでいる︶。 大企業と中・小・零細企業者間のギャップはそのまま労働組合のギャップであり、両 者の間には完全な断層がある︵中・小企業の組織化がすすんでいるのに、労働者側のそれは、合同労組もさっぱりはかどらない︶。臨

時工とか失業者には手をさしのべず、目先の保身にのみ気をうばわれ、結局は自ら墓穴を堀っている。積極・前進的に斗

う気力を全く欠いている。年功給与体系・昇給制・職階制・H・Rなどあらゆる功妙な資本の労務管理が、労働者の階級

       ヘ  へ

意識をマヒさせているという。泣きごとをいっても仕方がない。資本自ら、そうした攻勢を放棄するとは、とうてい期待

         へね しうべきことではない。資本の攻勢は、資本としては当然すぎる。

(17)

 労働組合が自ちの任務をはっきり自覚したとき、労働組合は競うことの元気を回復しよう。斗争i失敗i再斗争であ

る。その遅めに倣、︿目らの覆めの階級﹀が精力的に、労働者自身が自ちの歴史的地位を正しく認識するよう、忍耐強く

       ⑭       ’

教育しなければならな塾。労働教育のほとんど全部が労働行政官庁によっておこなわれているような現状は深く反省せら

るべきであろ﹂。企業別組合を脱皮する突破口は、実はそうした確信ある教育によって、マヒさせられ、ねむらされてい

る階級意識をよびさまさせるところにある。明確な階級意識に支えられた斗志をもたないかぎり、たとえ形式的に産業別

       

組織をとったところで、むしろそれは支配階級の道具としてしか用をなさないことはすでにあきらかにされている。貧困

にたえ抜くわがくにの労働者・農民階級の旺盛なエネルギーが自らの使命を自覚したとき、それはいか.なる障害をも打ち       ヘ  ヘ  ヘ  へ

くだくにちがいない。そして労働組合こそはその先頭に立つべき任務をおわされているのである。行動の指針は自らの原

則を守り抜くことにある。       ・

@ 極東委員会一六原則の五項は、組織の自由をうたい、戦後の絶対的な物資の欠乏は、自然発生的に企業別組合の形態をとるにいた  らしめた。 ⑳ ルカーチ︵相沢久訳︶ ﹁組織論﹂四五頁。 アメリカにおいても、国家以上に階級に対して忠誠を意識しはじめた︵センタース︶  ﹁階級意識﹂七頁。 ⑳ 船員労働組合は戦前戦後を通じて、最右翼組合の一つとして、左翼に対する防塞たる役割をつとめた︵大河内﹁労働﹂矢内原編  現代日本小史 下 一七六頁。笹木弘﹁船員労働組合の特殊性とその根拠について﹂戦後日本の労働組合︵社会政策学会編︶所攻。        ︵一九五九・六二二〇︶

労働組合論

門七

参照

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