〈書 評〉
両頭正明著「現代西ドイツ直接原価計算論序説
相対的直接原価計算論を中心として 」
を読んで
宮 本 匡 章 工 両頭教授の処女作である本書は,滋賀大学経済学部研究叢書第6号として昭和56年3月 に公刊された。その書名から明らかなように,本書での課題は,現代の西ドイツにおける 直接原価計算の実情を紹介し,そのもつ意義を解明することにあった。そこで中心的な役 割りをはたしているのが,リーベル(Riebel, P.)の相対的直接原価計筑(relative Einze1− kostenrechnung)である。 両頭教授は,学界生活のスタート時から西ドイツの原価計算に深い関心を示し,その研 究に専念してこられた。その真摯な研究過程で,教授に対して決定的とも思われる影響を 及ぼしたのが,リーベルの相対的直接原価計算論であった。リーベル理論との出合いが, 教授の研究に対する明確な座標軸を与えることになった,といっても過言ではなかろう。 それ故に,教授の長年の研讃の成果が一書にまとめられる場合,リーベルの議論の検討が 中心になることは,当然の成り行きであった。 今迄に,教授の文献.hの研究や西ドイツ留学中になされた専門家との面談からえられた 成果は,数多くの論文,学会報告,私的な研究会報告の形で発表され,専門領域で高い評 価をうけてきている。今回,それらの業績が本書で体系的に「現代西ドイツ直接原価計算 論序説」として取りまとめられたことは,学界に寄与するところ大であり,御同慶のいた りである。とくに,直接原価計算に関していうならば,アメリカのそれに対する研究が, 教授と同じ大学に所属される小林健吾教授の著書(例え.ば,「直接原価計算」,「原価計算 発達史」,「丈献研究・直接原価計算」)で代表されるように,成熟したレベルに達してい るのに対し,西ドイツのそれは,かなり以前の故久保田音二郎教授の著書(「直接原価計二三」)を除けば,わが国学者によるまとまった研究業績が見出せないだけに,そのもつ 意義は大きいといわねばならない。 本書は第工部と第∬部とから構成されている。第工部の「現代西ドイツ直接原価計算の 形態」は本書の序論に相当し,教授自身の見解に基づく「第1章,西ドイツ直接原価計算 の形態(工)」と,シミーレビッツ(Chmielewicz, K.)の所説に基づく「第2章,西ドイ ツ直接原価計算の形態(9)」が含められている。本書の約9割の紙幅を占める第■部で は,「相対的直接原価計算論」が取り扱われ,次の7つの章が設定されている。すなわち, 「第1章,相対的直接原価計算論概説」,「第2章,原価の本質」,「第3章,基礎計算論」, 「第4章,価格政策,(付鼻,価格下限論)」,「第5章,棚卸資産評価,(素論,直接原価 計算と棚卸資産評価一H.G.クルーゼの所説の検討)」,「第6章,短期経営成果計算, (付論,短期経営成果計算の方法)」,「第7章,相対的直接原価計算の実務的適用」であ る。 教授は「西ドイツにおける直接原価計算の発展過程を考察する場合.われわれは限界原 価計算(Grenzkostenrechnung)から相対的直接原価計算へという大きな流れを認めるこ とができる」 (3頁)と述べ,「現代の代表的な西ドイツの直接原価計算:論はリーベルに よって提唱されている相対的直接原価計算論である」(はしがぎ)と結論づけておられる。 直接原価計算ないし限界原価計算については,すでに周知のこととさせていただく。そ こで問題となるのは,リーベル理論でいう「相対的」とは何を意味するかである。本書で は繰返しリーベル理論の内容紹介とその吟味がおこなわれ,教授のリーベルに対する傾倒 ぶりを窺わせるのであるが,そのなかから「価格政策」の章での説明を引用し,この点を 明らかにしてみよう。 「り一ベルの相対的直接原価計算論の内容は,2つの部分からなっている。第1は,基 礎理論であり,第2は,その機能的側面一意思決定的側面である。リーベルの理論的基 礎には,……シュマーレンバッハの基礎計算と特別計算の思考が存在している……リーベ ルの相対的直接原価計算論における理論的基礎は,シュマーレンバッハの基礎計算を展開 したものであり,機能的側面(意思決定的側面)は,特別計算を発展せしめようとするも のであると考える。」(81頁)続いて,リーベルの基礎理論的思考として,7つの点を列挙 されているが,ここで重要なのは最初の2つであろう。「1.原価の直接的な把握を行う
一相対的直接原価計算論を中心として一」を読んで 181 ための基準値として,あらゆる種類の給付(顧客の注:文量,製造の注文量,製品単位,製 品種類,製品グループ,物的給付および勢働給付).あらゆる事柄(例えば,宣伝),あら ゆる機能,あらゆる組織的単位.あるいは場所的単位が考えられていること。」「2.従 って,直接原価と間接原価の区分は,本来,原価負担者に対して考えられているが,この 計算においては,相対的に種々の基準値に対してもこの区分が行われることになる。その 場合,すべての原価種類は,経営の基準値の階層の最も下位の場所で,直接原価として把 握される。その際,上位の基準値の直接原価に,下位の基準値の直接原価を含めてはなら ない。従って,ある場所における基準値階層において示された原価は,下位の基準値にと っては間接原価である。それ故に,直接原価と聞応原価の区分は,相対的なものであり, そして,必要なものである。」(82頁。傍点は筆者) もちろんリーベルの所説の特徴は,上記のものに限定されるわけではなく,本書で言及 されているように多岐にわたっている。しかし,「相対的」という表現に焦点をしぼる場 合には,従来のように,直接原価と間接原価(厳密には同一でないが,ほぼ変動費と固定 費とみなしうる)の区分が,製品(原価負担者)への帰属性のみに依存して実施されるの ではなく,その他の基準値(計算目的と理解することもでぎる)への帰属性をも考慮し, 必要に応じて原価の区分が相対的に実施されるという点に,その基本的な特質を見出せる のである。 皿 このようなリーベルの相対的直接原価計算の特微が最も良く発揮されているのは,上記 引用文にも示されている彼の基礎計算(Grundrechnung)であるといえる。本書では, この問題が第1工部の第1章から第3章において詳細に紹介,吟味されているばかりでな く,その意義の検討がその他の章においても繰返しおこなわれている。 この基礎計算は,特定目的のための特別計算(Sonderrechnung)とは明確に区別される ものであり,原価会計に必要不可欠な原価データ(物量データおよび金額データ)を,数 多くの計算目的を想定し,上記の相対的計算が可能なように体系的に準備する,文字通り 原価計算での基礎となるものである。り一ベルの提示している基礎計算の利用目的は, 「1.業務活動の統制および処理目的のための指標の算定,2.細分化された補償貢献額 計算の利用,3.日常の原価負担者計算」 (86頁)である。実際には原価費目別計算,原 価部門別計算,原価負担者別計算から構成されるが,その具体的内容は,彼の基礎計算の
もつ特質を反映し,直接原価を中心とした多様で弾力的なものであり,一般に理解されて いるものとはかなり様相を異にしている。 周知のように,原価計算を実施する目的は多岐にわたっている。原則として異なる目的 には異なる原価が必要とされるので,理想的には複数の原価計算システムの構築が要請さ れることになる。しかし現実には,経済性などを考慮すると,そのような複数のシステム の導入は不可能となる。したがって現実的な方策は,多目的に利用可能な原価データを収 集し整理する基礎計算を制度としてシステム化し,その基礎計算と必要とされる特別計算 とを有機的に関連させることであるといえる。 リーベルの基礎計算では,シュマーレソバッハのそれとは異なり,「非支出作用的原価 (自己資本に対する計算利子,計算的企業家賃金)」(67:頁)がその対象外におかれてい る。そのことの評価は別として,ドイツの原価計算の影響を強くうけながらも,制度とし ての原価計算では「付加原価」を全く考慮しないわが国の慣行を前提とすると,このり一 ベルの提案は,われわれの原侮計算システムの研究に対して非常に重要な示唆を与えてく れるものである。それ故に,教授がこの基礎計算のもつ意義を高く評価し,その検討に多 くの紙幅を使っておられることは,きわめて適切であるといわねばならない。 今日の原価計算では,特別計算(意思決定のための原価計算ともいえる)の存在を看過 することはできない。したがって基礎計算の適否も,かなりの程度まで基礎計算がいかに 特別計算に役立つのかによって判定されることになる。いうまでもなく,特別計算は多様 なものであるばかりでなく,不確実性を回避しえない未来計算という性格をもっている。 それ故に,基礎計算と特別計算との関連を,あらゆる場合を想定して的確に解明すること は,決して容易なことではない。本書でも,例示的に特別計算が取り扱われ,その目的や 計算方法が提示されている。しかし,基礎計算と特別計算との関連の解明という観点から みると,必ずしも十分な説明がなされているとはいいがたい。困難な作業であり,無理な 注文であることは承知しているが,この点の究明を今後の教授の研究において期待したい のである。 これに関連して,もうひとつお願いしておきたいことがある。教授は,「短期経営成果 計算は企業会計の多様な計算目的を達成するための基礎計算としての意味をもつ会計制度 であるといえる」(175頁)と述べ,その計算方法のいくつかを主としてグロル(Groll, K. H.)の見解に依拠して検討されている。そのために掲載された表のなかに.計算間接原 価・利子,計算減価償却費社会原価部門といった項目が見出せる。そこで,付論として
一相対的直接原価計算論を中心として一」を読んで 183 の取り扱いであり,グロルの提示したものであるので,無い物ねだりではあるが,リーベ ルの見解を支持する場合,グロルの短期経営成果計算がいかなる理由で基礎計算とみなさ れるのか,基礎計算であるとすれば,なぜ上記の諸項目が短期成果計算:のなかに算入され るのかについて,なんらかの解釈を示していただきたいのである。 直接原価計算を制度化するためt/こは,直接原価による棚卸資産の評価を,.説得力のある 根拠づけで正当化しなければならない。直接原価計算を研究対象とする以上,避けること のできない重要でかつ未解決のこの問題を,教授は第5章で取り扱っておられ,そこでの 関連諸法規を参照した慎重な検討は,われわれに数多くの示唆を与えてくれている。 西ドイツでも直接原価計算は欄度としての承認をえていない,というのが実務家の共通 した認識であると理解してきた。しかし教授は,直接原価計算の棚卸資産評価への適用 は,税務貸借対照表においては不可能であるものの,商事貸借対照表の場合には法規解釈 .kも十分に可能であるとされ,その論拠を明解に展開しておられる。ただやや残念に思う のは,直接原価計算採用の積極論のみが取り扱われており,その反対論にほとんど言及さ れていないことである。例え.ばヴェー」=の書物(W6he, G;Bilanzierung und Bilanzpo, litik,5, AufL,!979, S.351 ff.)では,教授も引用されているアルバッハ(A!bach, H.) の積極論を姐上にのせ,詳細に批判的な吟味を試みている。わが国では,この問題に対す る西ドイツの議論が必ずしも十分に紹介されていないきらいがあるので,教授自芽の見解 を,反対論に対する反論も加えて,さらに強固に主張する方法もありえたのではないかと 考えている。なお教授は,「相対的直接原価計算にもとつく製造原価には当該棚卸資産に よって発生する販売原価を含むのである。……それは当該棚卸資産によって発生するもの であるから,資産に計上できる」(132頁)とされている。この見解と,西ドイツ株式法意 153条第2項の「製造費用の計算に際しては.……製作時間に帰する経営および管理費用の 相当.部分が算:入されることが許される。販売費用は経営および管理費用とは看敬されな い」(130頁注)とする規定との関連にも,もう少し言及がほしいところである。 直接原価計算の実践への導入に当って常に危惧されている問題の一つは,価格政策との かかわり,すなわち直接原価計算の採用により誤った価格政策が展開されることになるの ではないかということである。本書ではこの問題が第4章で取り扱われ,適切な運用がな されているかぎり,全くそのような危惧はないばかりか,むしろ伝統的な全部原価計算に
るよりもより適切な価格政策が導き出せるとし,とくに付論において現実に起こりうるケ ースごとにどのように価格下限が決定されうるのかが詳細に論述されている。 周知のように,価格政策はいわゆる経営費用理論での一つの重要な研究課題であった。 教授はその研究成果をも巧みに活用されており,この問題に対する幅広いアプローチを提 示されている。ただ,アメリカなどでの直接原価計算:では概ねリニアーな費用関数をその 基礎においているのに対し,教授の説明では,当然のことながらノンリニアーな費用関数 を基礎におく議論をも含めておられるので,この点をもう少し明確にされた方が読者に親 切ではなかったかと考えられる。