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本邦の徒手理学療法の黎明期について―徒手理学療法の広がりと可能性―

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Academic year: 2021

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藤縄:徒手療法の黎明期についてお話ください。 砂川:わが国では昭和 41 年の第 1 回 PT 国家試験で, 理学療法士が誕生しています。それまで医療機関で働 いていたのは,マッサージ師をはじめ医療類似行為者 でした。その頃は PT が少なく,マッサージ師の方が 評判がよかった。それは医師や患者の言うことを「は いはい」と鵜呑みにして訊いていたためで,PT は受 動的なマッサージを続けることは患者に依存心を高め るだけで治療には繋がらないと主張し,運動療法を積 極的に行うよう指導し,極力徒手的な手法を否定して 使わなかったのが,我が国の徒手療法の発展を遅らせ た原因であると思っています。 宮本:昭和 63 年頃に理学療法カリキュラムが変わり, マニュアルセラピーは他動的手技であり,関節の動き を正常化して痛みを緩和することが目的であるとのこ とで,物理療法のカテゴリーに入れられましたが,手 技を学んだ者としては,むしろ,運動療法に近いもの と理解していたので,物理療法に入れられたことが理 解できませんでした。 砂川:だから徒手療法=マッサージという理解をされ て,徒手療法は時には否定されるような土壌があるな かを動き出してきました。 宮本:大学では徒手理学療法を特論という授業で教え ていました。 砂川:初めて講習会を開催したとき(1988 年)は, 徒手療法を教育機関では授業をしていなかったと理解 しています。 藤縄:宮本本先生は札幌医科大学に赴任されたのはい つですか。 宮本:1982 年(昭和 57 年)8 月にカナダから帰国し, 札幌医科大学大学設立準備室に入り,翌年 4 月に,短 期大学部が開学しました。 砂川:マニュアルセラピーを教えていたのは全国で 1 校,宮本先生のところだけだったのでは? 宮本:そうですね。北海道大学でも教える教員がい ませんでした。1986 年(昭和 61 年)に第一期生が 3 年時に手製の資料とスライドで講義をし,デモンスト

■座談会■

本邦の徒手理学療法の黎明期について

―徒手理学療法の広がりと可能性―

宮本重範 先生 砂川 勇 先生

(インタビュアー 藤縄 理)

〈紹介〉 〇宮本重範  北海道文教大学大学院 リハビリテーション科学研究科  (アメリカ 1 年半:クリーブランド・ハイランドビューホスピタル,カナダ:9 年) 〇砂川 勇  滋賀医療技術専門学校 理学療法学科 〇インタビュアー 藤縄 理  福井医療大学 保健医療学部 リハビリテーション学科 理学療法学専攻 座談会の先生方 左:藤縄,中央:砂川先生,右:宮本先生

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宮本:徒手療法の最初の出会いは 1975 年(昭和 50 年)です。カナダのエドモントン市のノ-ウッド老人 総合病院に勤務していた時に,アルバータ大学からの 実習生が頸椎に対する徒手療法を見せてくれたのが徒 手療法に興味を持つきっかけとなりました。その学生 は大学で David Magee 先生(『Orthopedic Physical Assessment』の著者で,スポーツ理学療法の専門家) から学んでいました(Magee 先生は後に札幌医科大 学大学院保健医療学研究科の設立時に客員教授として 招聘し,5 年間在職されました)。 藤縄:カナダではオーストラリアの PT が多かったの ですか。 宮本:私が勤めていた病院にもいましたし,オースト ラリアから移民してくる PT が比較的多かったようで すね。1976 年にマニトバ大学に編入学した時もオー ストラリア人の PT から Maitland の手技を学びまし た。 藤縄:宮本先生はどういう形で徒手療法をカナダで学 びましたか。 宮本:オーストラリアの PT から大学の特論で学んだ 後,カナダのアルバータ州に戻り,ステットラー総 合病院で臨床をしながら,エドモントン市に出かけ て,開業 PT の David Lamb 氏のコースをはじめい くつかの徒手療法のコースで学び,四肢および脊柱関 節に対する徒手療法の基礎は修了しました。その時, ニューヨークから来た講師の Lehman 氏の講習会で, 関節離開およびすべり手技時の四肢関節の動きを動的 レントゲンで観ることができ,関節モビライゼーショ ン手技の関節への影響が良く理解できました。 藤縄:マニュアルセラピーを勉強されたのはいつ頃で しょうか? レーションを行ったのが最初でした。ただ,時間数が 少なかったので,十分な実技指導はできませんでした。 砂川:私が徒手療法の文献や資料を目にするように なったのは,1983 年頃だったように思います。 宮本:カナダから帰国後の秋に開催された名古屋での 全国研修会時に,名古屋大学の辻井洋一郎先生から主 宰している徒手療法研究会に入らないかと誘われた が,筋へのアプローチを主体とした研究グループであ り,入会をお断りした経緯があります。 砂川:結構受講者もおられましたよね。 藤縄:私も途中から行きましたが,会自体がだんだん おかしくなり,空中分解したようになってしまいま した。 宮 本: 当 時, 徒 手 療 法 の グ ル ー プ に AKA (arthrokinematic approach)とマイオセラピーがあ り,私は,「関節モビライゼーション」グループであっ たので,その三者は毎年,全国学会あるいは全国研修 会で教育講演やシンポジウムが企画され,三者の技術 の違い,効果等について比較されました。特に AKA の宇都宮初夫先生とマイオセラピーの辻井洋一郎先生 との間で関節か筋かについての激しい論争がありまし た。最終的には島根での全国研修会において三者の手 技をビデオで呈示する方法で終止符が打たれました。 藤縄:いきなり昔の徒手療法の現状が出てきました が,歴史ということで,徒手療法を学ぼうと思った時 期やその時の日本の理学療法の現状は? 砂川:宮本先生が札幌で授業を始められたころより, 徒手療法の情報が入ってくるようになりましたが,そ れは断片的なものであり,一貫したものではなかっ た。私たちが勉強会を重ねる中で,きちっとしたコ- スを開催しようという話になり,そこでドイツで行っ ているコ-スをそのまま日本で開催してほしいと, Kaltenborn 教授に頼み,国際セミナー(ノルディッ ク コンセプト)を 1988 年に京都で始めました。 宮本:1977 年度末に近畿中央リハ学院の教員の宇都 宮先生が海外研修を受ける機会を得たので,当時,米 国各地で徒手療法の研修会を開催していた Paris の コースを奈良 勲先生から勧められ,宇都宮先生は四 肢関節のコースのみ受講し,その後,博田先生ととも に AKA を創設しました。その後,私の同期生の藤林 先生が脊柱コースで学び,帰国後,兵庫県理学療法士 会で伝達講習を行いました。その情報は私が米国での 徒手療法の状況を知る機会でもありました。 藤縄:宮本先生が最初に徒手療法を学んだのはいつ頃 ですか。 砂川先生のご様子

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の勉強会を作り,実技指導を主体に PT のレベルアッ プに努めました。その後,東京や九州から勤務病院を 辞めて札幌の病院で勤務して徒手療法を学びたい PT が増えましたので,1994 年(平成 6 年)にマニュア ルセラピー研究会を設立しました。 研究会で理論・技術を学んだ会員がさらに質を高める ために,Kaltenborn のコンセプトに基づいた徒手療 法のコースを受講したので,北海道が多いのは,その ためです。 砂川:それは宮本先生の影響が甚だ大きいと思いま す。それと愛媛からの受講者も多いですが,これも愛 媛大学の整形外科の先生がドイツから講師を招いて短 期の講習会を行った時に共感した人たちの影響だと思 います。 宮本:我国の理学療法士教育において,関節の動き, 即ち副運動を含む運動学は関節運動の基本であり, できるだけ早く全国的に教授されるべきです。私が Paris のコースを受講した頃の米国では全ての大学で 徒手療法は指導されていなかったようですが,現在で は徒手療法は全米の大学の PT カリキュラムに組まれ ており,国家試験でも出題されています。半世紀を経 てなお本邦の PT 教育において徒手理学療法が教授さ れていない教育機関が多いが,出来るだけ早く徒手理 学療法は必須の科目として PT のカリキュラムに位置 づけすべきであると考えます。 砂川:その頃の,運動学の教科書にはほとんど関節運 動学が載っていなかったように思います。 宮本:かなり以前の話になりますが国家試験の参考図 書の『運動療法』(大井淑雄著)に manipulation は危 険な手技であるとの誤解されるような記載があり,少 なからず徒手療法は危険な手技であると受けとった 宮本:1980 年に,先駆者のひとりである Paris のコー スをどうしても受講したいと思い,Paris が徒手療法 の教育機関として最初に設立した大学院大学のあるア トランタ市に行き頸椎・胸椎のアドバンスコースを受 講し,その翌年にニューヨークで Paris の腰椎・骨盤 のアドバンスコース(8 日間)を受講しました。 藤縄:砂川先生の初期のころの Kaltenborn のコース を始める前と後で苦労したことは? 砂川:宮本先生がおっしゃったような情報は,日本に いてほとんど入らない状態で,文献の紹介や伝達講習 会ぐらいの情報でした。先ほど言いましたように,一 貫したコ-スを学びたいという希望から,コ-スの開 催を計画しました。丁度ドイツで徒手療法のドクター コースを終了され,専門クリニックでの勤務経験のあ る富先生(整形外科医)を介して,Kaltenborn 教授 を招聘し日本でのコ-ス開催に漕ぎ着けました。最初 に戸惑ったのは,カリキュラムの質量の違いでした。 ベーシックだけで 46 日間 368 時間を 9 回のコースに 分けて,ベーシックを終了するだけで約 3 年を費やし ました。特に技術の習得には時間がかかることを考慮 し,若い人達に受講していただきたいと考え受講料の 設定には苦労しました。(私が教育職に転職したのに はコ-スの継続のため)第 1・2 期の受講者には(宮 本・藤縄両先生は 2 期に終了)大変迷惑を掛けたと思 います。第 3 期ぐらいからは安定してコ-スの運営は でき,今では 15 期を実施しています。 宮本:平成元年(1989 年)に協会学術部の研修部長 の冨田昌夫先生(当時,神奈川リハビリテーション病 院)から現職者講習会講師の依頼を受け,3 日間の関 節モビライゼーションの講習会を北海道および東北ブ ロックの士会で開始しましたが,当時,関節モビライ ゼーションの現職者講習会はなかったので,その後, 全国の士会から依頼があり,広がっていきました。私 は北米で学んだ徒手療法の実際を出来るだけ多くの日 本の PT に理解してもらい,運動器障害の理学療法の 実践には徒手療法は必要不可欠な理論・技術であるこ とを伝えたかった。その初期の頃,徒手療法に興味を 持っておられた岐阜県理学療法士会長の林寛先生が北 海道に来て受講され,それ以来,林先生との交流は続 いています。 藤縄:Kaltenborn のコースの受講生は,北海道から の受講生は多いですよね。 宮本:現職者講習会を受講された全国各地の PT から 手紙や電話でいろいろな質問が寄せられたために,札 幌および近郊の PT のためにボランティアで徒手療法 宮本先生のご様子

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こちで開業していましたが,オステオパスは少なかっ たと思います。 藤縄:オステオパシーは徒手理学療法に影響していま すよね。 砂川:Kaltenborn はカイロプラクティックやオステ オパシーからも学んでいます。今の日本のカイロプラ クティックは正規の教育を受けた人は少なく,短期の 講習会を受けた人が営業しているケ-スが多いと思い ます。アメリカのカイロプラクターやイギリスのオス テオパスは基礎医学を医学部学生と同じように受けて いると聞いています。 宮本:札幌医科大学に勤務している時,整形外科の若 い先生がカルフォルニアに留学されましたが,病気に なり駆け込んだクリニックが日系のアメリカ人で,実 はオステオパスでした。オステオパシーの診断で治療 を受けて回復したそうです。その後,オステオパシー に興味を持ち,本来の整形外科ではなくオステオパ シーを学んで帰国され,医局で報告されたので,医局 員は驚かれたとのことでした。私はその先生を研究会 に招いてオステオパシーに関するお話をしていただき ました。  アメリカの医学教育において,2 年間の教養科 目 の 履 修 後,4 年 間 の 医 学 教 育 を 受 け て General Practitioner として開業する医師および,その後 5 年 間の専門医のコースと 4 年間の医学教育後,2 年間オ ステオパシーを学ぶコースがある大学もあります。イ ギリスにも PT も医者も学べるオステオパシーのコー スがあると聞いています。 砂川:カイロプラクティックとオステオパシーが全 盛だった頃に,Mennell や Cyriax は徒手療法を行う のには理学療法士が適していると考え,多くの理学 療法士を指導しました。その中には,Kaltenborn や Maitland や Paris や McKenzie などが指導を受けてい ます。

藤縄:Kaltenborn も Maitland も Cyriax の基本的な 考え方をベースにしていますよね。

砂川:それから,前掲した人たちが 1974 年頃から 国際的な活動をはじめるようになり,バイオメカニ クスとしての研究が進み,また,エビデンスとして, 治療効果の裏付けができるようになってきました。 その後 IFOMPT(The International Federation of Orthopaedic Manipulative Physical Therapists)が 設立されています。  広い意味の徒手療法自体は,世界中どこにでも太古 の昔からあり,発展や衰退を繰り返しながら長い年月 をかけて伝えられてきたと考えられます。徒手療法が PT がいたと思います。 砂川:それは,その頃に柔道整復師が事故を起こして 大きな問題になっています。それを大井先生は書かれ たのではないでしょうか。あの頃はマッサージ師や柔 道整復師は正式な教育を受けないまま(1 週間か 2 週 間の講習会の受講で)行っていました。 藤縄:現在のアメリカでは,カイロプラクティックは 医療として認められていないがオステオパシーは医療 として認められています。宮本先生がアメリカに行か れた時の状況はどうでしたか。 宮本:1972 年にアメリカに留学した当時,徒手療法 は大きな病院では行われていませんでした。カイロプ ラクターは manipulation と multi vitamin 療法(内 科疾患に対して)の治療法を用いていたため,障害 や症状の悪化が年々増加して,アメリカの公的保険 支払いの停止や最終的には個人保険会社の支払い拒 否にまでいたりました。そのため,アメリカの整形 外科医はカイロプラクターを信用せず,したがって, manipulation の処方は出されなくなりました。その 後分かったことは,1940 年~ 1970 年代においてはア メリカの PT の論文等において manipulation という 用語の使用は禁止され,この期間,理学療法は医学 的本流で生き残るために,カイロプラクティックと 理学療法を区別する用語として mobilization または articulation を用いたと記載されています。  アメリカでの研修地,ハイランドビュー病院はケー スウエスタンリザーブ大学医学部の研修病院で比較的 大きな施設であり,当時は特に種々の理学療法に興味 があったため,カイロプラクターについての関心があ りませんでした。カナダではカイロプラクターはあち 対談の様子

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した。 宮本:ノルディックで学んだもののひとつとして, Evjenth 先生のローカリゼーション手技(symptom localization, 症状の局在化)があります。この手技は 障害の診断に理にかなった臨床で非常に役立つ手技で あると思います。 砂川:ローカリゼーションは Kaltenborn と Evjenth が取り入れました。Kaltenborn は,凹凸の法則を主 体に徒手療法を考えており,Evjenth が軟部組織を取 り入れてきて1つにした。それで,ノルディックの理 論づけが確立しています。 藤縄:実際,徒手療法を勉強されて,臨床にも使われ ていると思いますが徒手療法を学んでよかったと思う ことは? 砂川:異常な部位を同定できること。具体例として は,1 期のころの臨床時代に,鎖骨骨折のキルシュ ナー鋼線で固定している患者の肩関節の可動域制限に 対して,それまではプーリーを用いて行っていました が,肩関節の牽引と滑りだけを行っただけで可動域が 改善しました。これには,周囲の PT 含め患者さんも 驚いていた。単純なことでしたが,徒手療法の有効性 を実感しました。また,変形性股関節の術前の患者さ んに対して,徒手療法を行い,疼痛を軽減したがため に退院すると言い出して,医者から怒られた経験もあ ります。 宮本:徒手療法で学んだことは,評価して治療方針を 立てる際に評価を通して障害の診断を行うこと。一般 的に診断は,医者がするものと考えられていますが, それは疾患名,外傷名であり,障害のある部位や組織 については PT もすべきであり,障害の評価・診断を 習慣づけることにより,適切な治療が選択できるよう になったことは運動器障害の専門職として非常に良 かったと感じます。一つの例として,札幌医科大学勤 務時に大学病院において,10 年間痺れに悩まされて いた 50 歳代の女性に対して,評価・診断の結果,適 切な徒手療法手技が選択でき,一回の治療で症状が消 失し大変喜ばれたことがあります。その時に,「これ は何という治療法ですか」と質問され,「これは理学 療法です」とさらりと答えました。周りに PT はいた が聞いていなかったようです(笑)。 砂川:セラピストは昔,痛い治療が普通でしたが,今 では疼痛なく治療を行っています。 宮本:札幌医科大学に赴任した後,上司の大塚欣壮教 授が永年障害児の療育に貢献されたことによる叙勲授 章祝賀会が開催され,当時,大塚先生に治療され,今 体系化され科学的に認識されたのは,バイオメカニク スとして研究されだしたころであると思っています。 藤縄:アメリカは徒手療法が遅れていて,ヨーロッパ やオーストラリアは Paris や Kaltenborn,Maitland が Cyriax の下で勉強を行い,PT として発展させて きました。 宮 本:McKenzie も そ の 一 人 で す。McKenzie は Cyriax の椎間板を主体とした治療方針を引き継いで 発展させ,今日の McKenzie 法に確立しました。他方, Paris も同様に Cyriax から学びましたが,椎間関節 (facet joint)が障害の主体であると主張しています。 藤縄:お二人には今までどのように勉強されてき た か を お 話 し い た だ い た の で す が, 砂 川 先 生 は Kaltenborn を,宮本先生は徒手療法を勉強された時 はどのようなご苦労がありましたか。 砂 川: 私 は 徒 手 療 法(OMT) を 全 く 学 ん で い な かったので,パルペ-ションが特に新鮮に感じて, Kaltenborn の太い指で手根骨を繊細に動かすことに 感銘を受けました。それまで,細かく骨を動かすと いうことを学んでいなかったので,それから興味を 持つようになりました。そして,この手技は PT に とって絶対欠かせない基本技術だと感じて,日本でも Kaltenborn のコースを,どうしてでも継続しなけれ ばならないと強く思いました。 宮本:海外でいろいろなコースで学んできましたが, 臨床現場で,特に脊椎に対して手技を使ってみても フィードバックがないので,これで良いのか確信があ りませんでした。しかし,ノルディックのコースで, Evjenth 先生より直に指導を受けて,その感触を手指 と身体で感じ納得できました。Evjenth 先生の太い指 が,頸部に密着して頸部が回っているという感じで す。習い初めのうちはどうしても動かそうという気持 ちが強く,手指に力が入り,不自然な動きが生じます。 初心者はまず,動かすのではなく,動きを感じるよう に心がけることが大事です。もう一つの苦労は,北米 人は体格が大きいので,支える力を要する場合があ り,肝心の動かす部位への集中力がおろそかになりが ちでした。日本でもスポーツ選手に対する場合など, 似たような状況が考えられます。 砂川:パルペ-ションの技術が全然違いました。動か す感覚が全然わかりませんでした。短期間で覚えられ るようなものではありません。したがって自分たちの 代よりも若い世代に伝えないといけないと感じていま した。さらに徒手療法は手から手へでないと伝わらな い。本を真似して行っても絶対できないと思っていま

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学の実技教育において,触診することに教員も学生も 何のためらいもなく,帰国後,実技実習では私も学生 達にそのままの姿勢で臨み指導しました。 砂川:確かに,マッサージの手技は徒手療法に生きて いると思います。 宮本:今の若い人は,講習会でも同じですが,実技を 身体で学ぶよりも写真で撮ることに専念している参加 者を見受けます。考えるのに時間を要し,手を動かす, 触れるという動作をスッとできる人が少ないような感 じがします。 砂川:完全に個人的な意見ですが,OMT を取得した 人の中には,その時には集中的に試験勉強をして,テ ストには受かっていますが臨床経験が少ない人がいま す。多くの患者さんにうまく対応しきれていない。そ れだけ徒手療法には臨床経験が必要です。優秀な指導 者のもとで学ぶことが必須です。コ-スの中でも臨床 実習の時間が初期に比べ 2 倍に改善されています。外 国の大学院で OMT を学んだ人の中にも,技術不足だ と言える人がいます。徒手療法を存続させるには,理 論に基づいた治療結果を示せることが必要だと思って います。以前は,Bobath や Brunnstrom などのファ シリテーションテクニックは国家試験にも出ていた が,今ではあまり出題されていない。これは技術不足 によるものと考えているため,徒手療法も技術不足が 続くと同じような道をたどっていくように思います。 徒手療法には専門分野として存続してほしい。 宮本:Diane Lee 先生は臨床の中で患者から学ぶこと を大切にされています。自分で研究すると臨床の時間 が少なくなり,中途半端になるので。研究は研究者に 任せればよい。臨床の裏づけとなる根拠は研究者の有 用な研究報告を用いるという,常に臨床家のスタンス は立派な社会人になられた方々が大勢参会されまし た。その祝辞の中で当時の患者さんの一人が,「大塚 先生の治療は本当に痛かった」と話され,皆さんが異 口同音に「リハビリは痛かったなぁ」という声で会場 は大笑いしました。短縮した筋のストレッチは伸張し て骨運動学的に ROM を拡大する。今は笑って話せる ことですが,これが当時の理学療法であり,限界で あったと思います。 藤縄:これからの徒手理学療法の教育についてどう思 われますか。学校で徒手理学療法の勉強をしっかりと 行っているところは少ないと思う。OMT(orthopedic manual therapy)をとった先生がいれば別ですが。 宮本:やはり全国的に教育を標準化する必要がありま す。カリキュラム改正にあたっては理学療法士が学ぶ 必要がある科目についてきちんと議論する必要があり ます。例えば,過去の国家試験の問題で一問だけ徒手 療法の基礎に関する問題が出題されたことがありまし たが,徒手療法を教えていない学校からクレームがあ り,それ以降は徒手療法の問題は基礎的な関節の副運 動の問題でも出題されない状態にあります。これで は,一向に理学療法の発展にはつながらない,むしろ, 抑制していると言えます。 藤縄:いつ頃の話ですか。 宮本:10 数年前の話です。 藤縄:宮本本先生は,学部でも札幌で教えられて,大 学院開設に際して David Magee 先生を大学院教授と して呼んだみたいですね。 宮本:外国から教員を呼ぶにあたりを北海道庁は人件 費がかさむので,なかなかその要求を受け入れてくれ ませんでした。当時,大学院設立委員であった作業療 法学科教授の佐藤 剛教生と私は,札幌医科大学は広 島大学に次いで 2 番目となる PT,OT のための大学 院なので,我国の手本となるような大学院を創りたい という思いで道庁を説得し,二人でアメリカおよびカ ナダの主な大学に出かけて教員探しの許可を得まし た。カナダのアルバータ大学の David Magee 教授の 快諾を得て,スポーツ理学療法分野を,私は徒手療法 分野を開設し,大学院がスタートできたことは喜びで した。 藤縄:学校で教え始めたり,講習会で教えていたとき のご苦労は? 宮本:我々の時代に比べて,ハンドリングや触診の技 術が得手でないようです。私たちは学生の時にマッ サージをしっかり学びました。マッサージは触診を養 う意味で徒手療法の基本手技と言えます。カナダの大 対談の様子

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砂川:そのとおりだと思います。卒業後,1から学ぶ のであれば,学校で徒手療法を教える意味がなくなっ てしまう。 宮本:しかし,まれな例ですが,非常勤の学校で指導 した学生の H 氏のように,徒手療法に興味がある実 習指導者にめぐり会い指導を受けたため,担当患者が 劇的に改善したことから,卒業後に徒手療法を研鑽し て活躍している PT もいます。 藤縄:以前教えていた専門学校では,3 日程度の集中 講義で徒手療法を教えていましたが,身になっていな かったと感じました。今でも,学生がうまく習得でき ていないと思います。 砂川:ファシリテーションテクニックのように運動療 法に統括されずに,徒手療法は独立させたい。 宮本:当時を振り返ると,カナダやアメリカ,ヨー ロッパは学内での実習では必要な部位はほとんど露出 して行っていたため,しっかりと触診の練習ができて いました。過去に整形外科医の要請で大学病院の外来 部門で評価業務に携わったことがありますが,整形外 科の先生がガウンに着替えさせていました。理学療法 士は,ガウンに着替えさせることに躊躇します。ある 大学では,露出の少ないタイツを用いていると聞きま したが,それでは適切な触診は出来ません。札幌医科 大学,北海道文教大学では女子学生も裸にならなくて も背中を触れるようなガウンを作りました。そうする ことで臨床に出てからも,ガウンを使うようになって くれればよいと思っています。海外では,治療すると きにシーツをかけて,治療する部位だけをシーツから 露出していました。そうすることで,患者さんに羞恥 心を与えず,治療者もその部位に専念できていまし た。卒前教育と卒後教育がつながっていかないといけ ないと思います。 藤縄:卒前と卒後教育についてはどう思われますか。 砂川:学校によって学生の質が異なるため,国家試験 で手いっぱいの学生もいます。国家試験に手いっぱい の学生が,我々が熱を入れて徒手療法の講義をしたが ために,興味を持たれると国家試験の範囲を超えてし まうため逆に困ってしまう。そのため,徒手療法に関 しては,導入の部分だけでとどめておいた方がよい気 がします。本当は,ベーシックのレベルを卒前に行い, 卒後にその上のコースから参加できるのが一番良いと 考えます。 宮本:学生の質の問題とは,一概に言えません。国立 大学でも,先端的な理学療法を望まない学生もいるよ うです。したがって,徒手療法についても必要と思わ を心がけている方です。 藤縄:しかし,ある程度 PT としての技術がないと PT の研究はできませんよね。まだ PT はその領域に 達してないと思うのですがどう思われますか? 砂川・宮本:私もそう思います。 藤縄:では,PT としての研究をするにはどうすれば よいと思われますか。 宮本:臨床家としては日常の症例についてきちんと臨 床推論して治療を行い,症例研究を積み重ねていくこ とが必要ではないでしょうか? 藤縄:今後,徒手療法を卒前,卒後教育の中でどのよ うに広めていくべきであると考えるか。現在の教育状 況も含めて教えてください。 宮本:国家試験の出題科目(カリキュラムで学習すべ き科目)の中に,徒手療法で行っている少なくとも基 本的な内容(凹凸の法則,副運動など)を取り入れる べきです。 砂川:マニュアルセラピーの有無にかかわらず,凹凸 の法則や副運動は基本の運動学であるため教えなけれ ばならないと考えています。 宮本:試験委員にはそういうことも含めて出題してほ しい。 藤縄:宮本先生は学校でも,関節運動学を教えておら れると思うのですが,受講者の中には習っていないと いう人もいる。そういう人たちに対してはどのように すればよいでしょうか。 砂川:うちの学校では,他校と比べて授業時間は長い と思っています。しかし,卒業してからコースに来る と全然できていない。狙いとしては,卒業後にコース に来るときには,ベーシックのレベルはクリアしてい る段階にあり,脊柱から始められるレベルにあると考 えていましたが,現状はベーシックの段階にも達して いませんでした。これは,学生の質の問題だとも言え ますが,国家試験には出ない問題であるため,国家試 験以外のことには手が回らない状況であると思ってい ます。 宮本:確かに学校は,国家試験重視であるため,それ 以外の先端的なことは時間も少なく,教えづらいこと は理解できます。九州でも,徒手療法の授業を行って いる学校と実施していない学校がありますが,都道府 県の士会の卒後教育で PT として必要な知識・技術を 企画してほしいです。 藤縄:臨床実習の段階で徒手療法を教えられるスー パーバイザーがいない。そのため,学校で教育をして も卒業後に生かせません。

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外科病院のリハスタッフは柔道整復師でした。また, 整形外科医も PT にそれほど期待していませんでし た。したがって,赴任して 6 年目に理学療法士教育カ リキュラムが改正され,私が運動器障害理学療法学を 担当するようになってから,整形外科病院に PT を送 りこむことにかなりの努力を要しました。現在では徒 手療法に興味を持ち,学ぶ PT が増えたため,整形外 科病院やクリニックに勤務する PT が中枢系より多い 傾向にあります。 砂川:日本では医師からの指示があって始まります。 医師の理解は昔のようではなく,説明し結果を示せば 分かってもらえるようになってきたと思います。した がって,これからが大事ではないでしょうか。 宮本:理学療法士に対する整形外科医の理解度が必要 です。最近は開業される整形外科医が増え,リハス タッフに徒手療法を実施でき,関心を持つ PT が増え て,治療に対する患者の信頼も高くなっているように 感じます。 砂川:それは絶対に必要であると考えます。昔と今の 先生は違うと思います。昔の先生は効果がないと思い ながらホットパックや牽引の処方を出していた。少し ずつ徒手療法の話をしていく中で,徒手療法の理解も 高まっています。 宮本:早稲田大学教授の金岡先生の腰痛に関する講演 を聴いた時に感じたのは,腰痛治療に対する考え方は 私達と全く同じであると共感しました。これは PT の 成田先生の影響が大きいと直感しました。 砂川:そうならないといけないと思います。いつまで も医者の下におらず,医者と対等な立場でデスカッ ションし,より良い選択をしていかないといけない。 藤縄:日本は開業権がないから,医者に理解してもら うしかないでしょう。 宮本:第 25 回日本理学療法士学会を札幌で開催し た時に,特別講演者としてアメリカ PT 協会元会長 Mathews 先生を招きました。PT が開業をすると整 形外科医の収入が減るため,整形外科医は PT の開業 を快く思っていないという話を聴きました。開業し た PT のクリニックが流行ると,整形外科医は高額で PT を引き抜き,引き抜かれた PT は,整形外科医の 下で仕事をした方が治療責任のリスクが避けられるた め,安心する PT もいるとのことでした。我が国にお ける理学療法士の直接診療は,医師をはじめ医療関連 職種の反対で実現までにまだまだ歳月がかかると思わ れます。また,我が国の PT の初任給はここ 10 年間 上がっていません。前回の医療法の改正の結果,10 年前と比較して医師,看護師の給与は上がったもの れる基本的な知識・技術を卒前に教え,興味ある学生 は卒後教育で学べばよいと思います。 宮本:札幌市内の他校でも徒手療法を教えていました が,全部の学校の授業が札幌医科大学と同様でしたの で,定期試験も同レベルで実施しました。すると,必 ずしも札幌医大の学生の試験成績が優れているとは限 らず,他校でも優れている学生は多々いましたね。多 分,徒手療法の授業に関心を持った学生がどれだけい たかによると思います。 砂川:徒手療法を盛り上げている学校の先生が,どの くらい学部生に徒手療法を教育しているのかを知りた いです。 藤縄:私の大学は,3 年の運動器の中で 15 コマ四肢 と脊柱の基礎を教育し,4 年で応用編を少し教育する 予定です。前の大学でも,15 コマで機能診断学の中 で四肢と脊柱の基礎的なジョイントモビリティの検査 を教育し,8 コマで応用的なことをしていました。時 間的には少ないですが,入門的なことをしていまし た。今の大学でも同様に行う予定です。3 年生と 4 年 生でそれぞれ 15 コマ行う予定です。 宮本:私は,脊柱は触診から始まり理解するのに時間 を要するので,まず,四肢関節だけを主体に教育しま した。したがって,上・下肢関節に関しては,しっか り評価し,基本的な治療手技も実施できるように指導 したつもりです。脊柱は,卒業後に学ぶように伝えま した。永年,日本医療大学(前身は日本福祉リハビリ テーション学院)の非常勤講師として徒手療法の教育 に携わってきましたが,大学昇格後は 15 コマ関節モ ビライゼーション,15 コマ軟部組織モビライゼーショ ンとカリキュラムが組まれ,徒手療法はしっかりと教 育できました。 藤縄:砂川先生のところはいかがでしょうか。 砂川:3 年制なので,1年で触診(15 コマ),2 年で ストレッチ(15 コマ)+ 上肢(8 コマ)3 年で下肢(15 コマ)をやっています。 宮本:砂川先生は教科書を使っていますよね。 砂川:四肢のところだけね。 藤縄:話は変わるのですが,現在の日本の徒手療法と 世界の徒手療法を比較したときに日本の徒手療法は普 及していないと思いますがいかがでしょうか。日本の 現状をどうお考えですか。 宮本:札幌医科大学では,当初,中枢神経,呼吸器疾 患を専門とする PT 教員が運動療法を担当していたた めに,授業は中枢疾患系に偏っていました。また,市 内にはリハ部門を有する脳神経外科病院が多く,整形

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藤縄:今回,日本で初めて,アジア徒手理学療法学会 が開催されましたが,今後,日本が世界やアジアに発 信できることは? 砂川:アジアというと東洋医学の漢方がありますが, 漢方やヒポクラテスの時代からある徒手療法も含め, 体性機能障害に対するものです。そのため,体性機能 障害に対して裏付けを取り,徒手療法が運動機能だけ ではなく,体性機能障害に対して貢献できる時代が来 て欲しい。今までも言われてきていますが具体的な裏 付けが乏しいと感じています。 宮本:アジアの中で発信していくためには,今回,参 加者が少なかった台湾や中国にも発信する必要がある と思います。中国には過去 2 回,提携大学の授業やセ ミナーで出かけましたが,中国も高齢化社会に突入す るため政府や国民のリハビリテーションへの期待が急 速に高まっています。しかし,技術的にはまだまだの 状況にあり,現在は広い中国の都市部にいる理学療法 士がグループで勉強会などを開催して頑張っているよ うです。徒手療法に関しても日本が率先して知識と同 時に技術面での貢献が必要であると考えます。 座談会終了後のお二人の様子 (写真撮影,文責:成田崇矢) の,PT はわずかに下がり,OT はわずかに上がった といいます。多くの患者さんから感謝され,生きがい を持って PT になった若い人たちにとって,将来,仕 事に誇りを持って活躍できる職業として満足できる身 分の保証を果たせなかったことは,先輩 PT として非 常に心残りです。 藤縄:それは需要と供給の関係でしょう。養成校が増 え,供給量が増えている現状だと安い賃金で雇いやす い。 砂川:診療報酬は治療時間と点数が決まっているた め,病院に入ってくる報酬は PT のキャリアや年数に 関係なく同じです。そうすると,経営者は新人の安い 給料を選び,なかなか昇給しない。外国のことはわか りませんが,話を聞いていると日本の PT とは地位が 違う気がします。また,我々が PT になりたての頃に は,将来のリハビリ医療を担う専門職だと将来を嘱 望されていました。今では,リハビリ専門職として, PT,OT,ST,介護福祉士として一括りにされてい ます(介護福祉士と同格)。 宮本:ネットでニュースをみると,最近,PT になら ずに,別の進路に進むという学生が増えてきたことを 知りました。特に国立で昔の帝国大学の理学療法学科 入学者に多いと聴いています。 藤縄:若い理学療法士の先生たちに期待しているこ と,アドバイスをお願いします 砂川:PT だから自分の技術が患者の要求に合致して いるかが大切。主体は患者。視点をそれからはずれて はダメです。 宮本:出版物や講習会開催などにより今日は情報量が 多い。実際に論文や専門書本を読み,講習会で技術を 体験した後は臨床の場で実施して効果を確かめること が大事です。あまりにも 1 つの手技に拘らない方が良 い,すなわち,ドグマに陥らないこと。中枢疾患の治 療に比べれば,徒手療法は即効性が実感できるものだ と考えます。その実感を大切に積み重ねていけば,自 信がつき楽しく仕事ができると思います。

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