89 自由論題
中堅・中小企業における新規事業展開領域への参入に向けて
〜自社の保有特許を起点に〜
Expanding New Markets at Small and Medium Enterprises: Patent as Indicators of Corporate Strategy
羽田 裕
1,後藤 時政
1,羽田野 泰彦
2 1愛知工業大学,
2名古屋産業科学研究所中部 TLO
抄録: わが国において,ものづくり中小企業等を取り巻く環境は徐々に厳しくなってきている。このような状況の中で, 中小企業等は,自社が保有する技術・ノウハウを活用し,異業種への新規参入を検討するというひとつの方向性を模索す る必要性が出てきた。本研究は,知財を積極的に活用し,新技術・新製品の開発,新市場の開拓を行おうとする中小企業 等に焦点を当てる。まず本研究は,この知財経営積極的型と呼ぶべき中小企業等をどのような基準で判断するのかの目安 を示す。次にこれらの中小企業等が,自社の技術的強みの抽出と新規事業参入の可能性を特許情報から検討する手法の構 築を目指す。今回は,本研究が示した目安に基づき,ゴム材料メーカーである中小企業等 AR 社を選定し,AR 社の医療 機器関連分野への新規参入に関する事例分析を行っている。 Key Words: 特許,中堅・中小企業,事業展開領域,マーケティング的視点 1.緒言 わが国において,ものづくり中堅・中小企業(以下: 中小企業等)を取り巻く環境は徐々に厳しくなってきて いる。このような状況の中で,中小企業等には自社が保 有する技術・ノウハウを活用し,異業種への新規参入を 検討するというひとつの方向性がある。実際に中小企業 等は,これまでに既存の事業分野にとどまらず,市場の 開拓者として,国内経済を牽引してきているケースも存 在する[1]。 本研究は,知的財産(以下:知財)活動の重要性を認 識し,積極的に知財を活用し,新技術・新製品の開発, 新市場の開拓を行おうとする中小企業等に焦点を当てる 1)。この知財経営積極的型と呼ぶべき中小企業等をどの ような基準で判断するのかに関する目安が必要となる。 まず本研究は,この目安を示すことにする。次にこれら の中小企業等が,自社の技術的強みの抽出と新規事業参 入の可能性を特許情報から検討する手法の構築を目指す ことが本研究の目的となる。そしてこの検討プロセスを 体系化し,提案へとつなげていく。これまでに新事業展 開で成功している中小企業等が,新事業の事業分野の選 択理由として,「自社の技術・ノウハウを活かせる」を 挙げる割合が最も多い[1]。特許情報には社会の変化とそ れに伴う技術的課題を解決するための知恵や工夫が含ま れている。つまり企業に関する情報が限られる中で,公 開された数少ない企業情報である特許情報を活用し,中 小企業等における異業種への参入機会を作り出すことが 本研究の狙いとなる。今回は,本研究が示した知財経営 積極的型の目安に基づき,ゴム材料メーカーである中小 企業等 AR 社を選定した。そして AR 社の医療機器関連 分野への参入を事例に,上記について報告を行う予定で ある。 2.中小企業等における知財活用状況 中小企業等が新規事業の開拓に踏み出せない要因のひ とつは,出口を意識した技術・製品開発が行われていな いことである。産学官連携支援機関が,産学官連携を進 める上で,中小企業等から「新技術・新製品を開発した が市場が見えない」,「独自の技術を持っているが,何 に活用できるのかイメージできない」という悩み相談を 受けることが多い。つまりマーケティング的視点による 事業展開領域の検討という視点が欠如しているというこ とになる。本来,どのような市場に向けて,自社の強み を活かした技術・製品開発を進めていくのかに関する道 筋を立てる必要がある。そこで本研究は,企業の強みと その強みがどのような分野に活用できるのかを検証する ために特許情報に着目する。特許情報の代表的なものは, 特許出願の際に提出する特許明細書である。特許明細書 は,当発明に関する新規性,進捗性,市場性の視点から 作成された情報となる。 また羽田・後藤・羽田野(2016)で指摘したように, 「知的財産推進計画 2015」をもとに,知財の活用という 視点から企業を次の 3 つに分類することが可能である [2,3]。まず知財を積極的に活用して技術・製品開発を行 い,新技術・新製品の開発や新市場の開拓を行おうとす90 る知財経営積極的型である。次に保有している知財を適 切に活用できず,新技術・新製品の開発や新市場の開拓 につながっていかない知財経営消極的型である。最後に 知財に関する関心がない,もしくは低く,生産する製品 および取引先が固定的,いわゆる下請け的立場の知財経 営無関係型である。 次に中小企業等と研究および技術・製品開発(以下: 研究開発等)との関係性について検討する。研究開発等 を実施している企業の割合は,企業規模が大きくなれば なるほど高くなる(図 1)。資本金が 5,000 万円を超え ると,3 割以上の企業が研究開発等に取り組んでいる。 さらに中堅企業になると 6 割以上の企業が研究開発等に 取り組んでいる。また総務省『科学技術研究調査』より, 研究開発等の実施状況が企業の売上高に影響するという 結果が見えてくる。最後に研究開発等実施企業と特許出 願の関係について整理する。研究開発等を実施している 中小企業等の 1 企業あたりの出願数は,6.5〜12.3 件で ある。また 1 企業あたりの国内権利数(特許数)は,29.2 〜90.7 件となる。中小企業等が所有する特許の 40〜50% が活用されている。そして活用されている特許は,ほぼ 自社内で利用しているというのが実態である(図 2)。 逆説的に捉えると,知財経営積極的型の中小企業等であ っても,約半数の特許が有効に活用されていないという ことになる。 製造業(資本金別) 研究開発等 実施企業の割合 1,000円以下 3.5% 1,000万円超〜3,000万円 8.7% 3,000万円超〜5,000万円 21.0% 5,000万円超〜1億円 33.2% 1億円超〜3億円 35.1% 3億円超 60.0% (出所)中小企業庁「平成 29 年中小企業実態基本調査」 より作成。 図 1 中小企業等における研究開発等実施企業の割合 2017年実績 1企業あたり 出願件数 1企業あたり 審査請求件数 1企業あたり 国内権利数 うち利用件数割合 うち自社実施件数割合 5000万円未満 6.5 2.5 29.2 0.4 0.8 5000万円〜1億円未満 10.9 7.4 59 0.4 0.9 1億円〜10億円未満 12.3 9.4 90.7 0.5 0.9 10億円〜100億円未満 31.9 22.5 208.5 0.4 0.9 100億円以上 273.4 190.5 1681.4 0.3 0.8 (注)調査対象は,2016 年に特許出願,実用新案登録出願,意 匠登録出願,商標登録出願のいずれかが 5 件以上である国内企 業,個人,大学等公的研究機関である。 (出所)特許庁「平成 30 年度知的財産活動調査」より作 成。 図 2 資本金階級別における特許関連状況(2017 年度) 3.特許情報を活用した新規事業展開領域の探索 知財経営積極的型の中小企業等の判断基準として,次 の 3 点を検討する。第 1 は「知力」である。知力におい て重視する指標は,特許出願件数である。特許出願がで きるということは,研究開発等を積極的に進めている, 特許を活用した新技術・新製品の展開や新規事業の開拓 等を意識していると解釈することが可能である。また新 規性,進捗性,市場性を加味した上で特許出願が行われ ることから,何らかの形で技術的強みを有していると理 解することができる。さらに新規参入を検討する分野と 現在保有している技術的強みの親和性に注目する。親和 性は,新規参入を検討する国際特許分類(IPC)2)と対象 企業の特許出願の IPC の一致度合を測るものである。第 2 は「体力」である。体力において重視する指標は,従 業員数,資本金等,いわゆる企業規模に関するものであ る。前記のとおり研究開発の実施状況,特許出願等の状 況分析において,企業規模が一定の影響を与えていると いう現状を加味している。第 3 は「やる気」である。や る気において重視する指標は,セミナー等への参加履歴, 研究会等への入会状況,産学官連携による共同研究等の 実績,競争的資金の申請・獲得状況となる。つまり新技 術・新製品の開発や新規事業開拓に積極的に取り組んで いこうとしているのかという姿勢を客観的に評価する狙 いがある。最終的にはどれかひとつの指標を重視するの ではなく,これらを総合的に判断し,対象となる中小企 業等を選定する必要がある。 次に対象とする中小企業等の特許情報と関連する特許 情報を活用した新規事業展開領域の探索手法について検 討を行う3)。本手法の基本は,①対象企業の特許情報か らの技術的強みの抽出,②対象企業と関連する他社の特 許情報の分析となる。これらを総合して,技術的強みを 活かした新規事業展開領域の見える化を行う。見える化 のイメージは図 3 となる。見える化は,特許情報を基に 可能性のある事業展開領域を明らかにし,自社の技術的 強みを活かした用途・技術・製品開発での新規参入をイ メージするものとなる。具体的な手順は下記のとおりと なる。 手順 1:対象企業の選定 手順 2:対象企業の特許出願調査 手順 3:対象企業の技術的強みの抽出 手順 4:技術的強みをキーワードへ分解(A 集合) 手順 5:新規参入を目指す分野の IPC を抽出(B 集合) 手順 6:A 集合と B 集合の AND 論理で検索 手順 7:分析,結果 4.AR 社の医療機器関連分野への新規参入に向けて 本研究では,ゴム材料メーカーAR 社を対象にし,事 例分析を進める。AR 社の選定基準は次のとおりである。 「体力」の視点から,AR 社は資本金 5 億 2,000 万円, 従業員312 人の中堅企業となる。「やる気」の視点は, AR 社のセミナーへの参加をひとつのポイントとした。
91 (出所)株式会社ネオテクノロジーの資料をもとに作成。 図 3 新規事業展開領域の見える化に関するイメージ図 2019 年 11 月に経済産業省の補助事業の一部として,公 益財団法人名古屋産業科学研究所中部TLO が,特許情 報を活かして医療機器関連分野への参入糸口を見つける パテントエリアマップの作成に関する体験型セミナーを 開催している4)。このセミナーへの参加企業が図 4 とな る。またAR 社は,名古屋商工会議所の協力を得ながら, 中部TLO 主催の「モノづくり企業✕ヘルスケア・医療 機器シーズ商談会」にも参加している。さらに以前より 代表取締役社長から中部TLO に対して新規事業への参 入に関する相談を受けていたという点がポイントとなる。 最後に「知力」の視点となる。特許出願数は,累計で 182 件である。また医療機器関連分野への親和性を測る 方法は,医療機器関連を主要事業としている企業が主に 特許出願している IPC5)とAR 社が特許出願している IPC が一致する数をカウントしている。その結果,共通 IPC 数は通算で 459 件となった。セミナーに参加した企 業の中では,AR 社は医療機器関連分野との親和性は非 常に高いと推測することができる(図 4)。本研究は, これらを総合的に評価し,AR 社を選定した。ここでの ポイントは,特許出願数と親和性のバランスである。例 えば,TK 社は特許出願数は多いが,特許出願数に対し て親和性が低いと判断できることから,本研究の対象か ら除外している。このことは,TK 社に技術的強みがな いということを意味しているのではなく,あくまでも医 療機器関連分野への新規参入を果たすという視点での判 断となる。 次にAR 社の特許情報と関連する特許情報をもとに, AR 社の新規事業として参入を検討する。まず AR 社の 特許出願 182 件を調査すると,医療機器関連の特許出願 は 22 件であることが判明した。この 22 件の特許明細書 を確認していくと,緩衝材関連が 3 件,ゴム栓関連が 10 件,人工括約筋関連が 2 件,呼吸マスク関連が 1 件,バ イオチップ関連が 4 件との内訳であった。また上記の特 許出願情報を活用することによって,これらの用途にお いて材料に求められる特性を導き出すことが可能となる。 その結果を示したものが,図 5 となる。次に抽出した材 料に求められる特性に関連する情報から,キーワードを 作成する(A 集合)。例えば,衝撃緩衝という特性に対 して,(体圧+圧力+気圧+体重+衝撃)&(分散+緩 和+回避+迂回)というキーワードを付与している。次 に医療機器関連のIPC を抽出し,B 集合とする。B 集合 で使用したIPC は図 6 のとおりである。そして A 集合 とB 集合の AND 論理で,検索ツール JP-NET を活用し て検索を行っていった。 実際に 2018 年 1 月〜2020 年 2 月 29 日に発行された国 内公開・公表・再公表特許 460 件を分析した結果が,図 7 となる。この結果は,AR 社が有する技術的強みが活か されている医療機器関連分野において,どのような分類 (応用),製品形態でAR 社以外が事業展開を行ってい るのかを示している。まず①防護服,②装着型医療機器, ③身体埋込型医療機器,④薬液・血液容器,シリンジ, ⑤バイオチップ,⑥手術機器の分野において,AR 社が 有する技術的強みを適用できることが判明した。そして この分野においてAR 社と AR 社以外の企業が製品展開 している分野が明らかになった。この中でAR 社が技術 的強みを持ちながらも製品展開できていない分野が,手 術機器となる。言い換えると,AR 社は,手術機器分野 において自社の有する技術的強みを活かした製品展開を 行える可能性を秘めていることになる。 図 4 セミナー参加企業の特許出願数と親和性 図 5 特許調査・分析に関する情報(A 集合)
92 図 6 特許調査・分析に関する情報(B 集合) 製品形態 件数 製品形態 件数 防護具 衝撃緩衝 転倒衝撃緩和衣類 床ずれ防止マット 骨折部関節固定 3 脊椎減圧装置、床ずれプロテクタ、 体圧分散マットレス、衝撃保護メガネ、 ヘルメット、運動靴、 義肢、介護衣類 医療機器圧迫板・緩衝材 49 装着型医療機器 押圧力調整肌触り 人工呼吸マスク 1 人工呼吸器、間欠的空気圧迫システム、 生体電極、圧迫ガーメント、 血圧計カフ、動脈検査、 圧迫治療器具、マッサージ具 皮膚装着センサ、心肺蘇生 73 身体埋込型医療機器生体適合性 柔軟性・潤滑性 人工括約筋 2 人口膝関節、人工骨・軟骨 薬剤吸収インプラント、人工肛門 網膜インプラント、歯科インプラント インプラント電子デバイス 37 薬液・血液容器、 シリンジ 密閉・封止、無菌 摺動性 真空採血管、シリンジ 医療用混注管 10 真空採血管、シリンジ、ペン型注入器 人工透析、点滴器、分注装置 薬剤容器、充填システム、包装材 眼内レンズ挿入器具、眼科吸引装置 74 バイオチップ 生体適合性 微細加工 耐圧力性 マイクロ流路バイオ チップ 細胞保持容器 6 マイクロ流路バイオチップ DNA解析、再生医療、細胞培養 血液分析、バイオマーカ解析 51 手術機器 潤滑、生体適合 柔軟可動 0 カテーテル、内視鏡、 切開・縫合・クリップ 44 22 328 分類(応用) 求められる特性 AR社 AR社以外 図 7 AR 社の新規事業展開領域の可能性 5.結言 本研究は,知財を積極的に活用し事業展開を行ってき ている知財経営積極的型の中小企業等に焦点を当てた研 究である。まずこの知的経営積極的型を見極める基準を 設定した。次にこれらの企業が,主要事業とは異なる分 野に新規参入を検討する際に,特許情報をもとに「見え る化」を図る手法を検討してきた。今回は,対象とする 中小企業等の特許情報と関連する特許情報を活用した新 規事業展開領域の探索に関する手順を検討し,ゴム材料 メーカーである AR 社で事例分析を行った。その結果, AR 社が技術的強みを活かせる可能性を持ちながらも, 現段階において空白地帯となっている医療機器分野を抽 出することができた。 今後は,本研究で検討した特許調査・分析ツールから 抽出した結果をもとに,社内で事業化に向けて会話と実 践を繰り返し行う「場」の構築を目指していく。本研究 の最終的な狙いは,企業の選定→特許調査・分析→新規 事業展開領域の見える化→この結果をもとに社内で検討 →事業化に向けた動き,という一連の流れをパッケージ 化することである。 参考文献 [1] 中小企業庁『中小企業白書(2013 年度版)』,2013 年. [2] 知的財産戦略本部「知的財産推進計画 2015」,2015 年. [3] 羽田裕,後藤時政,羽田野泰彦(2016)「地域金融機関を 軸とした中小企業の知的財産育成型モデルの検討」,日 本経営診断学会第 49 回全国大会(於:愛知工業大学). 注 1)知財を有効活用できていない中小企業等を対象とした研究は 別稿で論じている。 2)IPC は,世界各国で共通に使用できる特許分類として作成さ れたものである。 3)本研究では,これらに関連する作業は,株式会社ネオテクノ ロジーに外部委託している。 4)本事業は,経済産業省「平成 30 年度地域中小企業知的財産支 援力強化事業」において採択されたものである。本セミナーは, 「ヘルスケア・医療機器業界 新規参入支援セミナー(第 2 回) 自社の知財(強み)を活かして新たな産業にチャレンジするに は」とし,体験型を中心としたものである。具体的には株式会 社ネオテクノロジーが開発した特許カードを活用したブレイン ストーミングを軸に,ヘルスケア分野への新規参入に向けたア イデア出しを行うセミナーである。 5)今回は,別稿で抽出したフィリップス,GE,シーメンスの IPC を活用している。 謝辞:本研究は,経済産業省「平成 31 年度地域中小企業知的財 産支援力強化事業」の成果の一部となる。記して感謝申し上げ る。