はじめに
2019年 4 月 20 日(土)及び 21 日(日)、学習院大学において、日本アーカイブズ学会 2019 年度大会が開催された。 本稿は、筆者が拝聴した講演会と自由論題研究発表について、それぞれ概要と所感を記したも のである。1.講演会
大会 1 日目の総会が終わった後、元日本経済新聞記者である松岡資明氏による「アーカイブズ 取材から見えた日本の病理」と題した講演が行われた。 松岡氏は、日本の公文書問題について依然として変わっていない現状を嘆き、これはもはや病 的なものではないかという思いを強くしたとともにこの先どうすればよいのかという問題提起を されていた。事例を紹介しながらわかりやすくお話しされたので、多くの参加者は心の奥の思い と併せて各自の行動に大きなヒントを得たのではないだろうか。 講演の流れとしては、まず松岡氏がアーカイブズに関わることになった背景から始まった。ふ としたきっかけから得た疑問や憤りを記事にしたことから始まるドラマは、公文書管理に関する 不祥事に対して公文書管理法が整備されたことでいったん幕を閉じる。しかし、依然として公文 書管理に関する不祥事は続き、他方、特定秘密保護という名目で情報開示の高まりが後退し、さ らには公文書管理と同様に行政の根幹である統計業務に関しても不祥事が発生したことで、松岡 氏は「これは単なる構造的な問題ではなく、病理的なものではないか」という視点で現状を注視 するに至ったとのことである。 この視点に立った講演の後半では、行政文書管理だけではなく、民間における検査問題や国政 の状況等、多方面にわたって病状を紹介し、様々な問題点を指摘していたが、いずれも病気の原 因は、本旨が理解されず責任の所在が曖昧である等の“当事者の意識の欠如”にあるという点で 共通しているのは興味深い。加えて、マスコミをはじめとする国民自身が現実を直視せずにしっ かりとした検証をしなかったことも病状を悪化させていると主張する。最後に「日本はどういう 国になりたいのか?」という問いかけをし、そのためにも「記録を残すことが重要である」と締 めて講演が終わったのだが、最後の言葉こそ解決の光だと感じた。2.自由論題研究発表会
大会 2 日目午前は、会員による自由論題研究発表会が開催されたが、本年は 4 会場での同時開 催であるため、全てを拝聴することはできないことから、報告者が拝聴したものを羅列する形と したい。日本アーカイブズ学会 2019 年度大会参加記
Participation Account of The Japan Society for Archival Science
(JSAS)Meeting in Fiscal Year 2019
荒木 康輔
Kousuke ARAKIアーカイブズ学研究 No.31 (2019.12)
(1)第 1 会場 第 1 会場は、「デジタルアーカイブ」がメインテーマのようである。 金甫榮氏の「オープンソースを用いたアーカイブズ資料情報提供システムの構築過程と課題: AtoMを事例に」では、デジタル情報専門家ではないアーキビストによる試行錯誤の体験を通し て、潤沢な資金で外部丸投げにするのではなく、あるいは資金不足を理由にしてシステム化を諦 めるのではなく、オープンソースソフトウェアを使ってアーキビストでもシステム構築が可能で あることが主張され、そのための導入過程が紹介された。 アーカイブズ教育機関における情報科学分野の教育については、実践的なものでないと現場に おいてはコンピュータに距離をおいてしまうことになるため、現場におけるオープンシステムの 導入に関しては、他の職員に対して記録管理について理解してもらってから暫定的なシステムを 構築し、さらに組織の協力を得てから本格導入するプロセスがよいとのことである。 担当者へのシステムメンテナンス教育や利用者への教育については、不要なメニューを削って わかりやすいものにするだけではなく、研修の実施も必要であるとのことであるが、外部委託で も同じ問題を抱えており、むしろ導入事例が増えることでコミュニティができ、その中で情報を 共有することが容易になるため当初の目標である低コスト化につながる。アーキビスト自身がシ ステム開発に積極的に関わることには様々なハードルがあるが、決して困難なものではなく、こ れからのアーキビストの新たな役割が期待できる事例発表だったとの印象を受けた。 大木悠佑氏の「デジタル時代にアーカイブズ機関が果たす役割とは:西オーストラリア州アー カイブズの組織改編を事例に」では、業務効率化を端緒とする州アーカイブズの組織改編がアー カイブズ機関の機能や役割、権限にどのような影響を与えたかを紹介し、これによって顕在化し たアーカイブズの使命とその重要性の変化が問題提起された。 デジタル社会の変化に対するアーカイブズの在り方については、社会の要請が効率性を追求す ることで逆にサービス低下を招いてしまう危険性を指摘し、図書館と公文書館との相違点を考慮 せずに類似点を優先させて両者を併合してしまうとアーカイブズの独立性が損なわれてしまう事 例を挙げていた。 アーカイブズを取り巻く環境は常に変化しており、社会的な要因の変化に対しても柔軟でなけ ればならない反面、アーカイブズやアーキビストの使命を確固たるものとして社会に認識させる 重要性を痛感した。デジタル化のマネジメント面を考察するヒントとして大変有意義な発表だっ たといえる。 橋本陽氏の「デジタル・マニュスクリプトの段階的整理:BitCurator と Archivematica による対 応策」では、所属機関以外の第三者から収集したデジタル記録の資料群であるデジタル・マニュ スクリプトについてオープンソースソフトウェアを駆使して効率的かつ効果的に段階的整理法に よって整理することの可能性について発表された。 ボーンデジタルの信用価値は、信憑性・真正性・正確性によって維持され、このためにも保管 日本アーカイブズ学会 2019 年度大会参加記(荒木)
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の連鎖が不可欠となるが、マニュスクリプトはこの連鎖が脆弱であり、現に存在しても本来の価 値を発揮できない状況に陥る問題点がある。これに対して、ソフトウェアでありのまま取り入れ つつ、構造分析を通してアーキビストの編成・記述によって社会的利用を可能とする段階的整理 法によるアプローチは、有効なものとして期待できることが理解できた。 システム構築はまだまだ発展途上にあるかもしれないが、デジタル社会における喫緊の課題に 正面から取り組んだ本発表は、これからのアーカイブズの役割について検討のヒントとなりうる との印象を受けた。 (2)第 2 会場 第 2 会場は、「海外におけるアーカイブズ事情」がメインテーマであろうか。 平野泉氏の「ウォーターゲート事件の遺産:アメリカ大統領記録の管理をめぐって」では、ア メリカ大統領の私文書の取り扱いについて発表された 5 種類の文書を時系列に検証して比較しつ つ、私的所有の伝統と所有権の合衆国への帰属とのバランス維持に苦慮したうえで形成された経 緯を紹介し、そこで得られた教訓から日本の被選任公務員(報告の文脈からは、選挙等で選ばれ た公務員という意味で使用されたと、筆者は理解した)文書の制度設計につなげられるヒントが 発表された。 この検証を通して、発表者は、大統領への不信を起点として仕組みを作成することは難しい、 記録は誰のものであるかという基本スタンスを忘れるべきではない、どんな仕組みにも不具合が あるのだから常に修正していくことを念頭において仕組みを作るべきであるといったことを教訓 として挙げていた。 海外における先例は日本においても有効であるが、日本の土壌に馴染まないものも少なくな く、そのまま導入するのではなく、このような分析を経て有益な部分を持ち込むことが肝要であ ると感じた。 (3)第 3 会場 大教室である第 3 会場は、「編成記述」をテーマとした発表が行われた。 中村友美氏の「茶道関連記録の利用促進に向けた検索手段の整備:幽清会川浪家文書を事例と して」では、茶会記という活動記録に着目し、段階的整理論により目録を作成して多様な検索手 段の構築を目指した事例が発表された。 活動記録は利用者内部でのみ完結されてしまいがちだが、茶会記一覧という検索手段により、 作成者本人だけではなく、属性が異なる茶道コミュニティや茶道研究者にも情報が提供され、有 効に活用することができる。 本発表は、伝統芸能といった閉ざされた世界における個人の記録であっても、効果的な検索手 段の存在により社会の記録に昇華することが可能であることを示した良い事例であると感じた。 アーカイブズ学研究 No.31 (2019.12)
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(4)第 4 会場 残念ながら時間の関係上、第 4 会場での発表は聴講することができなかった。 (5)全体の感想 いずれの会場においても、多数の参加者が入って盛況であった。どの発表テーマも魅力的であ るため、参加者はどれを聴講すべきか選択するのに頭を悩ませたことだろう。聴講できなかった ストレスを軽減するためにも、発表をビデオ録画し、ウェブサイトにおいて会員限定で公開する という救済策を提案したい。 また、発表者が多いために限られた発表時間を確保することで間隔が短くなってしまい、参加 者にとっては会場の移動が慌ただしくなってしまった感じがある。今後は、各会場のメインテー マをあらかじめ周知したところで事前にアンケートをとって参加者数を把握してから教室を設定 する、会場の移動時間を考慮したうえで発表者数から逆算して各会場における発表時間を決め る、移動時間も含めたタイムテーブルを用意する、といった運営方法の改善が期待される。
終わりに
アーカイブズに対する社会からの期待は依然として大きく、他方でアーキビストの役割はます ます大きなものになってきている。そのような状況の中、本大会における発表や議論は、アーキ ビスト自身のみならず、アーカイブズの発展と拡張にとっても有意義なものとなったのではない だろうか。 しかし、学生の身である報告者にとっては、本大会に参加したことで情報の濁流に飲み込ま れ、やや漂流してしまった感じがあるが、この体験をネガティブにとらえずに前向きに取り組み たいという思いを強くした次第である。荒木 康輔
学習院大学大学院人文科学研究科アーカイブズ学専攻博士前期課程Kousuke ARAKI
Master’s Course, Graduate Course in Archival Science, Gakushuin University日本アーカイブズ学会 2019 年度大会参加記(荒木)