• 検索結果がありません。

ディートリッヒ・ロルマン編著「ドイツにおける行刊-現状と改正-」: 沖縄地域学リポジトリ

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "ディートリッヒ・ロルマン編著「ドイツにおける行刊-現状と改正-」: 沖縄地域学リポジトリ"

Copied!
34
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

Title

ディートリッヒ・ロルマン編著「ドイツにおける行刊−

現状と改正−」

Author(s)

比嘉, 康光(訳)

Citation

沖大論叢 = OKIDAI RONSO, 12(1): 77-109

Issue Date

1973-03-30

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/11045

(2)

。 紹 介 。

ディートリッヒ・ロルマン編著「ド

イツにおける行刊-現状と改正

-J

S七rafvollzug in Deu七日chland

Situation und Reform・Herau日g白geben von Di自主rich

Rollmann, 1 9 6 7 , Fischer Bue cherei, 841 Band.

比 嘉 康 光 ( 訳 )

は じ め に

ドイツの刑法はほとんど 1世紀を経て遂に全面的に改正されるにいたったoわが 国でも法制審議会刑事法特別部会の改正刑法草案の方向で,刑法の全面改正が成る のはもはや時間の問題であろうoだが,この改正事業に対しては多くの問題が提起 されており,また刑法が刑事法分野の基本法であることからしても,その改正は, 多くの討論を経て且つそれが公表せられたうえで,慎重に樋すせられるべきである ということはいうまでもなL。、 ここに紹介しようとする本書はドイツにおける行刑の実態とその改正の方向を示 そうとするものであるO本書が生まれた直接の切掛けは, 1 9 6 4年の未決因の虐 殺事件であるO わが国においても,刑務所や警察署における拷聞が完全に跡を絶っ たとはいえなL、。われわれは,受*堵も権利義務が帰属する完全な人間であり,ま た彼らを社会の外にある人間としてではなく,まさにわれわれの社会の中に存在す るものとして考えねばならなL、。そのためには,まず刑務所の現状を直視する必要 があろう。本書はこれにたいしてまさしくドイツの現状を伝えるものである。小冊 子でありながら,その内容は多様であるO 本書は,

H

受 刑 者 の 報 告 , 口 論 文 , 国 ドキュメントの三部が主たる内容を -77ー

(3)

構成し,巻頭には国連の「受刑者処遇最低基準」の抜翠が掲げられ,巻末では論文 寄稿者が簡単に紹介せられているoここでは編者の序言,受刑者の報告及び論文を 要約的

K

紹介することにしたいoなお本書に結集している人々は, 4人のかつての受 受刑者のほかに,行刑の専門家,検察官,弁護士,裁判官,教授,保護司及びジヤ ーナリストたちであるO彼らの基本的視点は,応報思想は受刑者が自分で社会への 再組入れの準備をするのを妨げるものであるということにあるO

編 者 の 助 言

1 9 6 4年6月3 0 日,ハンフ.ノレク未決監の「鎮静房」で精神病未決囚エルンスト-J、ーゼが看守らに殴打され,砂漠のような温度のなかで干からぴて死んだo 7月22 自にぼクルン未決監の「鎮静房

J

で未決囚アントン・グアジレンコが看守らと囚人 仲間らに虐殺されたo翌年の晩秋になって,これらの死亡事件が新聞報道で明らか にされたOハンブルク市民とノノレトライン.グェストフ 7ーレン州議会は調査委員 会を設置し,やがて行刑官らが告発せられ,検察庁の捜査は頂点に達し,そして最 初の刑事訴訟がおこなわれたO今や社会は,刑務所の壁の背後で何が起こっている かということに関心をもち始めているO 4 0年ものながい間,行刑はドイツtておいて殆ど国民的タブーであったO刑務所 は市民の限から遠ざけられ,受刑者の隔離は極めて完全であったo 1 9 6 5年に自 由刑に服した者13万5千人O 出獄者13万2千人O行刑に要した費用約3億5千 万マルクであった。行刑について考察するとき,真にわれわれを悩ませるのは,そ れはあまりに軟弱すぎないか,それはなお十分に威嚇的であるか,そして,それは あまり金がかかりすぎるのではないか,とL、う懸念であるO 過去数10年,わが国の行刑に改正及び改正の理念が欠けていたのではなかったO だ科改正の諸理念はわが国では実験されていず,また実現もされていないoわれわ れは,行刑が必要としたであろう人聞を行刑に与えなかったし,またそれが用いた であろう手段を行刑に使用させることもしなかヨたo通常はいたるところ法律が支 配しているこの国において,われわれは百年来行

7

刊に対してその法律を拒んできた -78一

(4)

のであるo 刑罰を害悪として感知させることは依然としてわが国行刑の目標且つ目的とされ ているo r:被処罰者の外界からの遮断ということを結果する自由刑は,それが科せ られる者の自由の剥奪 K よって彼の自己決定権を奪ってしまうが故~.すでに害悪 的性格を有するoだから,行刊はそのような状態と必然的に結びついた苦痛を増大 してはならない

J

.と国連の受刑者処遇最低規準の指導原理は明言する。受刑者の 社会復帰に緊急に必要なことが,わが国では特別に保証される「恩典」だと考えら れているo法律なしに受刑者の基本権が徹底的に侵害されているo

r

最底規準」は 「受刑者の労働にたいする相当な報酬」を規定するが,わが国の受刑者は雀の涙の 報賞で満足せねばならぬのである。彼らの職業訓練と補習教育は十分でなく,彼ら は記念物保護に値するような刑務所で生活し,そして彼らの殆ど2 0']6が1入用の 監房 ~3 人で押込まれている o 行芳

u

官は極めて少なく,彼らの多くは不十分な職業 教育と給料をうけている。刑務所は相変らず自由の生活に役立たぬととを教育して いるのであるo 刑法と行刑の改正は互いに条件となる。行刑の改正なしには刑法の改正は目標を 誤るであろうし,刑法の改正なしには行刑の改正は失敗だと評されねばならぬo だ から.行刑改正大委員会が改正の準備作業のため

K

召集されたととは歓迎されるo 本書の各論稿は個々の刑務所及びすべての州に一般的に妥当するのではないo蓋 し. 1 9 6 1年の統一的服務及び執行規則(町Oll.ZO)にもかかわらず,各州と施 設の行刑が極めて寸断され,覆い隠され且つ不鮮明だからであるo 受刑者の報告は 行刑の現実に対する彼らの印象を伝えるものであるo グエールの刑務所長は,わたしが 19 6 6年 10月14 日 ~2 人の受刑者にあて た執筆依頼の照会の手紙を手渡すことを拒んだ。翌年2月6自にノルトライン.グエ ストフ 7ーレン州司法大臣に申し立てた職務監督の請願は. 6 月 27 日~.

p

受刑 者には自分の文集上の作品の公表の目的で外界と接触する権利はない」という理由 で拒否されたoまた司法大臣の回答は,行刑における諸関係の真実に則した描写は 2人の受刑賭の犯罪の性質に照らして期待できず,刑期中においての行刑施設及び -79一

(5)

行刑官らに対する公然の批判は許きれないであろうし,さらに,彼ら

K

合法的で秩 序ある生活への意飲と能力を覚醒強化しようとする行刑の任務はそのような公然の 批判によって一層困難にされるであろうと述べているO だが,未決囚の虐殺事件によって,人々は今や,刑務所の受

f

f

l

堵もわれわれの同 胞且つ岡市民であることを初めて意識しただろうO まさに受知播が,刑務所で「特 別権力関係

J

~服するが故~,自分達が忘れられてはならぬと主張する権利を有す るのだ。行刑改正のための状況とその用意が今日ほど熟しているときはない。 ポ ン に て 1 9 6 7年 秋 ディートリッヒ・ロルマン

〔 ー 〕 受 刑 者 の 報 告

H

1 5平方メートグの監房の床は裸のコンクリート,四方の壁は便所用の緑のペン キが塗られ,上3分の1が4

0

1

変に聞く窓は房のドアまで殆ど光を投じないo ドア の覗穴からは自慰行為も見られるO 夜は中庭の探照燈が壁の斜め右角を照らすO 時 には1人,また時Kは誰かとこの世界にいるOどの刑務所の監房も殆ど同じだoた だ些細な差異があるだけO ミュンヘンではキリスト礎刑像が,ベルリンではラジオ の拡声器が壁にある。 この世界は一見人間的のようだo私は虐待されていないo私

K

対する呼び方は三 つo

i

あなた (Sie)

J

i

き み はu)

J

í 彼 (er~ 0 食事は体重を維持す るには十分だO 医者の診察もうけられるo 多くは少年物だが. 1週聞に 3冊の本が ある。また,物書きも許されている O さら~.訴願の道も聞かれている O だがそれ でもとの世界は見掛けより人間的でない。租は外の世界で失敗したから,また,裁 判官が私の社会的態度は矯正を要し且つ私は社会の遊戯の規則を守ることを学ばね ばならぬといったから,私は一定の期間ここに入れられているoだが. ¥.、か

K

し て私はここで社会的態度を学ぶべきなのか。ここに私は抑制され,私の全存在は完 -80一

(6)

全tL規定されているのに/ 今だに受刑者が番号で呼ばれる商ドイツの時代遅れのある刑務所で,短編小説を 書くために自分の金で原稿用紙を買う許可を何ク月も懇願したが無駄であっ

T

こoと の仕事によって借金の返済,扶養義務の履行,出獄の際の支度金の準備ができるで はないかとの抗議は,ここにいるのは犯罪を賄うためであって,その上,他の受刑 者が 1日tL2-30ペエヒしか稼がないのに,自分がより多く儲かるのは平等処遇 の原則に反するとして拒否された。 人間Kとって慣れは危険だo受刑者逮は白分らが犯した犯罪について語りあい, 煙車を分ちあいそして運命の仲間となる。こうして新参者も司法職員に敵対する 共同戦線に参加するO 彼はこれまで属していた共同体の紐帯から解放されたと考え, 「内の共同体」と「外の共同体」を区別し,出獄した者と必ず連帯することを誓う のであるO 拘禁とは「外」へのあらゆる関係と連絡とを断絶することであるO克盈と面会の 制限によって受刑培の拠所は解体され,彼は代りの社会を新しい環境の中に作りあ げるo

I

外界」は見却らぬものとなるばかりか,敵

K

さえ思われてくる。 強盗殺人,故殺, 1I!I.i6強盗,恐喝,:ilij親相姦,スパイなどという,外界では全〈 主重要な語棄はここではその意味を失う。 外界において善で,正しく,そして生活K欠かせなかったことがすべてここでは 誤りで目的に適せぬことだo何か発案したり活動的であることは危険で,人目をひ き,そして不愉快な結果となる o教養や,論理的であることは愚かなとと o 良い受 刑者であることが肝要だが,後tL自由の身になって再び社会に役立つ市民Kなる能 力を失わずにはそうあることはできない。同化せずに有用な市民でありたいと望む 受刑者は,鎮静房から出てくることはもはやない。そして遂には良い市民にも受刑 者にも適しなくなるのだo 人聞が生存競争のために用いる生来の攻撃性という健全な尺度は,ここでは余計 であり且つ有害でさえある。それが積重なり,捌口を発見できずに蔓延すると,そ れは社会に対する憎しみとなるo -81ー

(7)

刑務所は完全な非社会化機構であるO 囚人は金の扱い方,他人との対応の仕方, 自分の生計の心配,困難の積極枕克服,誘惑K負けぬことなどを忘れてしまう。 刑務所労働は生活を満す構成的な存在要素ではなく,受刑者にとって不愉快で,くだ らぬ無益なものにみえる。 だが最も危険なのは,現実に たいする感情が漸次分解していくことである。全世 界を夢想し,そしてこの世の英雄となるO ロールス.ロイスを運転したり,マセラ ッティでコート・タ・ジュールを疾走する。ちょっと考えるだけですばらしい女達が 群がってくるO彼は夢を現実化しようとするが,現実の所与に対する彼の評価は勿 論完全に誤っている。 前科の熔印その他のハンディキャップを負い,不安定で世事に疎くなった出獄者 が僅か3- 4 0マルクの支度金で再び生計を立てることになるO それは,精神的に も安定した有能な男子の全力を要求するような大担不敵な企てである。物心両面か ら援助をする家族,妻又は友人を外界にもたずに1人立ちさせられた彼は,最初か ら累犯となる運命にあるO 正常な生活を営むための条件をなぜ刑務所では作れないのか,なぜ受刑者

K

その 内心面

K

たいする積極的な評価を暗示できぬのか。彼が社会の不可欠の価値ある一 員であることをなぜ彼K解らせないのかoたとえ実除そうでなくとも,何度もそう いL、聞かせば,彼はそれを信ずるようになるだろう。 行刑の根本的改正によって犯罪者がなくなると主張するつもりはない。だが,本 来は卵窃盗にすぎなかった犯罪者が非常に少なくなることは確かである。彼らの刑 法的処遇は彼らが惹起した損筈よりも多く費用がかかる。服役者の大部分は「卵ど ろぼう」であって,彼らは2,3度処罰された後で初めて物事を曲解し始めるので あるO 平均的囚人は劣等意識と精神的欠陥とをもった意志薄弱な可哀相なやつであるO 結局,彼は精神病医の患者であって,検察官が介入すべきではないのだo彼が必要 とするのは,刑務所生活への順応教育ではなく,補習授業と生活能力の構築の方策 を教えることなのである o (ベーター・ A・ポルヒェノレトゐ

(8)

-82-口体験が力強く生き生きしておれば.それだけ獲得された知識はより深くより完全 であるo 他方,五官は必ずしもすべてを知覚するのでは危いo われわれが「体験し」 そして何かをわれわれに「意味する」事物が存在するが,またどうでもよいものも ある。 行刑の報告を書くことは受刑者が最適任者であるが,また彼は誰よりも偏見にと らわれてもいるO 教 育 的 側 面 (1) 1 9 6 6年 10月 2 8日午前 8時 3 0分。司法省の管理委員会が臨検に来て いるので,食料品の残部を隠すようにいわれた 2人の受刑者がそれを地下室の馬鈴 薯の下に隠したO 前科4犯24才のHは窃盗と言撤で2年の軽懲役刑I'C,初犯で22 才のSは自動販売機破壊窃盗で1年の刑に服しているo (2) 1 1月 1 5日,受刑者 Mが食料管理役人

s

I'C ,余ったフ。ディング粉で明日の 金曜日にフ・ディングを作ってもよいかというと,

s

はそれは日曜日以外禁ぜられて L、るという。 (め 1 0月末に当刑務所は20袋の人参を購入したが,庭の局強穴が雨で水びた し

K

なったので,それは地下室の鋸屑のなかに積まれたo 1 1月 14自にそれを使 おうとしたら,あつくなって大部分腐敗しているo 1 2袋が廃棄されねばならなか った。 (4) 役人Sは肉を極めて倹約しているO週に一度のシチューの肉は1人あたり100 9,全体8 0人 で8 0 0 0 9の計算になるが,それから骨や皮などが2 0 %ヲ│かれ るので 6 4 0 0 9となる o それが8コのカンに分けられるが,各カンには4 509 の肉が入っているだけで,従って全体で36009,1人あたり 4591'Cしかなら なL。、 社会が犯罪者を刑務所へ押し込むのは,応報のためだけではなL、。蓋し,犯罪者 だけに責任があるのではないから

t

.

:

o行刑の主要任務たる再社会化の意味すること は,行為の非難性の認識,刑罰の正当な必要性への理解及び賄罪としての刑罰の自 -83ー

(9)

発的意識的な受容というととである。だが,ある詐欺犯人が行刑において行刑官に よって詐渉掃助へ誘惑されるならば,いったいどとから詐欺窃盗の非難性の認識 とその刑罰の正当な必要性への理解が彼に生ずるであろうかo 実際宜は受刑者全体 K与えられてある食料品を煙草と交換するのに何らちゅう踏を感じなかったのであ る。 道 徳 的 側 面 (1) 1 9 6 6年2月2日,当地の控訴院検事長が刑務所を視察した。検事長が7 3 才の受知堵

t

c

,なぜあなたは働かないのかというと,刑務所長が,その男は病気で, 医者が労働を許さないのだと答えるo検事長は彼の戸棚の持物を出させて,煙草カ ンの煙草を全部床へ棄てさせるoそれを同房者が拾うo老人は泣いている。 (勾 同年1 2月,会社に仕事に来ている受刑者

K

駅員が,テープル掛になる金属 の薄片はないかと聞いた。その日の夕方私の同房者のKがそれを駅員

K

もっていっ たo翌朝,同駅員がEの仕事場で監督の下級警官

t

c

,Kが金属片をもってきたこと を話したoKは窃盗で告訴され,その警官は2-3週間後K上級へ進級した。 行刑を道徳商から考えるなら,われわれは道徳律の一般規範から出発せねばなら ないo 社会は固より犯罪者を再び正道

K

っかせるためにも刑罰を科するoだが,窃 盗を教唆しておいてそれを偽善的に暴露することが,客観的規範の一般的妥当性を 示す正しい方法でないことは確かであるo 医 療 的 ・ 衛 生 的 側 面 (1) 受如盾 Eは歯痛で週 2回医者へ行くが, 4週間I3

t

c

なってやっと診てもらう ことになった。医者は,歯腔を充填してから,次の 3日後の来診のとき

K

もう一度 来るようにと彼にいったoHが1 4日たっても診察させてもらえなかったので,彼 は新たに係の役人に申し出たoそれから 8日後にやっと診察をうけるととができた が,歯腔を充喫した鉛が再びすでに脱落していた。再度の歯腔充棋の後,医者は前 固と同じ指示をしたo だが,またもや1 4日開放置させられ,歯が靖みだしたので -84ー

(10)

彼は所長に申し出たo所長はその日のうちに医者を来させると約束したが,それは 5 日かかったo その 8 日後 ~H は治療が終らないままに釈放となった。 (2) Mは何度も医者の診察を頼んでいたが果されなかった。ある朝再びMが医者 の診察を請うと,今日は来ないといわれた。この14日聞に 5回診察の申し出をし たという M~ 対して,医者はすでに 3 回来診したとの答。翌朝 .M が同じ役人~. 絶対医者へ行きたいというと,役人は,医者は昨日来診していたというのであるo (3) 新入りの受刑者たちが刑務所医の診断をうけることになったが,医者は聴診 の際に聴診器の両端を全然耳にあてないので,一人の受刑者がとうとう注意をする と,それはどうでもよいのだとの医者の返事であるO これら三件は小さな拘留施設における受刑者の医療的保護の見本である。すべて の病人が最初は仮病使いだとみられるのであるO 房の床の清潔きはとくに重んぜられるが,シーツの交換は6週聞に1度,シャワ ーは1週聞に 1度4分間,髭剃用具を受取るのは月水金曜日で,それに使う湯はな いのであるo ζのような悪い状態を指摘すると,ここの受刑者の多くは外でながL、 聞ことよりよい暮しをしていたのでなく,彼らは一年を通してシャワーを浴びるこ ともできなかったのだといわれるO だが,社会の落伍者によって水準が決められて はならぬ。衛生面においてはとくにそうだ。大衆を選ばれた者の水準に引き上げる 努力がなされない社会や刑務所においては,道は野蛮へ向かうのである。 社 会 学 的 側 面 白常というのは,人聞社会の確立せられた諸規範によるよりも,むしろ個人と他 人との任意な関係によって規定される。行刑においても事情は同じである。単純な 行刑官には個別化をする能力はないoだが,行刑官の善し悪しだけで行刑の善し悪 しが決まるわけではなL、。むしろ,各受刑者と,そして,刑罰に対するまたそれを 科する祖会

K

対する彼の態度が大事なのであるo彼が自由よりも刑務所における方 が快適だと感ずるのでなければ,彼は行刑の仇態に満足できないし,また,しては ならなL、。しかし,彼がその環境とのトラブルなしに刑期を耐えようと望むならば,

(11)

-85-彼は内心満足でなければならない。彼はこの内心の満足を行為の非難性への理解と 刑罰の価値Kよってだけ獲得するのであるoそのような態度は,行刑官が「庭師」 となるときにだけ個々の受刑堵のうち

K

育つことができるo 十分に養成されていない行刑官がその任務をちゃんと履行できないが故1'(.受刑 者が二重に処罰されるということは許きれない。だが,正当な願いを馬鹿げた応答 によって片づけようとしたり,あるいはそれを侮辱と考える者には,正しい養成が なされ得るあらゆる条件が欠けるのであるO ことなった受刑者の類型をととなった 施設へ収容するということは,真剣に考慮されるべきであろう。累犯者と房を一つ にした初犯者は.

I

再社会化された」者としてよりもむしろ「完成された」将来の 犯罪者として刑務所を出て行くのである。 受刑者の中Kは医学的に正常とは称されない者が 2-3人はいるO そのような者 に対して,医学関係K不案内な欠点ある行刑宮がL、かに対処すべきであろうかoこ のような行刑を許す社会は不正であるO蓋し,この社会は自由の剥奪とそれからそ の無遠慮な執行とによって犯罪者を二重に罰するからであるo 必ずしも常K行]fl躍に責任が帰せられるべきではないが,しかいそうだからと いって,行刑宮の不十分な養成を理由にすべてが免責されてはならなL、。むしろこ の欠点を速か

K

除くことが社会の課題であるO (ハンス・カルテンパッハ) 司 手 紙 な ん か 自 分 で そ の 気

K

なって一言書きさえすれば,外界の連中がいくらでも 書いてくるさoでも自分は全然欲しくない。一週間何もこないのに,ただ待つとい うのは神経にかかわるからOーなどと多くの者は強がってみせるOだが誰かが釈放 されると,彼らは,時聞があるならせめてハガキでよL、から書いてくれと彼にいう のだo また他の者は自分の同房者に来た手紙についてあれこれと聞くのであるOそして 次の手紙が着く頃の日数をまじめになって計算するOだが,その時がきても手紙が こないと.

I

君は今週はまだ手紙をもらっていないが,いったいどうしたのだろう -86-

(12)

-か」と.いかにも他人の不幸を喜ぶかのどとく話すのである。 最後

t

c

.

ただ気分転換のために時折喜んで手紙を受取るような「正直者」がいる o 彼ら

K

とっては,手紙がくるかどうかは本来どうでもよいことであるo おまえはペ ットの上で家族や友だちからの手紙をいかにも当然のごとく読んでいる。そしてお まえもまた当然のどとく日曜日に彼らに返事を書いている o おまえは,おまえがと こを出るときに誰がおまえをまっているかを知っている。だが,おれを待っている のは精々酒ピンと浮浪者収容ホームぐらいのものだ。 クリスマスはいやなものだo 自分がここにいることを知っている知人がたくさん いたoだが,クリスマスカードの 1枚も小包もこないのだoどのような原因が人聞 を犯罪に駆立てたとしても,また,どのような種類の犯罪であるうとも,自由の剥 奪

t

c

さらに孤独が加わるととは刑罰を二重にすることになる。 たしかに刑務所の牧師が文通の相手を世話してくれるoそうすると受刑者は,自 分の悩みを取り除きそして房の中では大声で話せないことを書くことができ,そし て,見知らぬ文通相手が自分の釈放後に自分を助けてくれるものと考える oだが, どの受刑者が相変らず信仰上の義務を感じているというのか。多くのものはこの子 供の信仰をとっくに失っており,また他の者にとっては信仰は神話

K

すぎないので ある。 このような全く可能性とそして外界への接触を失った受刑者も同じく援助を必要 とするo だが,いったい誰がこのような受刑者に手紙を書いてくれるのであろうか。

旧教の受刑者にたいしてはPater-Leppich-Bruderschaf七が,新教の受刑 者にたいしてはSchwarzekr・euzという団体がある。趨宗致上の基礎の上にも同穂智雄臓 を作るべきではなかろうか。 受刑者は自由剥奪によって自分の責任を償うのである。彼が社会から排除されて いるのではなく,また社会に属しておりそしてそこへ戻ってくるととが望まれてい るのだということを,人間的な接触と真の同情によって彼に示すことが課題であろ う。 (フーベルト・ユングマン)

(13)

-87-( 同 問 罪 者

J

I'Lも愛を号冬子

E

与と同様愛を零?そうミの必要があるO だが,受刑者は孤独な人間として人間的本性であるこの愛の追求から締出されて いる。彼は愛の本来のパートナーの代りをつくろうとする。この事実の中にこそ, 刑務所て官っている多くの性的倒錯行為の原因が理由づけられるo愛の全体性から 彼に残されているものは,ただセックスの断片tてすぎない。 行刑が正しい目標と生活の充実もなしに,精神的にひきさかれた人聞から完全で 欠点のない人聞をつくることに寄与すべきであるならば,何故まさにこの領域で人 格の分裂が軽率

K

も放置されているのかo いかなる理由から入獄した

K

せよ,人聞は常I'L本質的

K

犯罪者となること

K

駆 立 てられたの t!.oなぜなら,その人間的全体性は阻害され,その人生の振子はあまり にあちこちと揺れ動きそして正しい中核となるものが彼にはなかったからであるO 知j務所で社会的に精神分裂的傾向の人聞が何らの改善を経験しないばかりか,更I'L 分裂が実際治癒できないほどに生活の重要な分野で増大されるという点で,同

E

罪学 校」とL、う言葉は少なくとも部分的に正しL、。 自ら変態になり得ないが故I'L,拘禁の間何年も性生活を満し得なかった受刑者は, たいていその釈放後にも愛において能動的となる能力がなくあるいはその気がなく なるO だから,正しい夫婦生活をおくる能力もなくなるのであって,自分の相手は 自分の性的欲求の満足のための客体ではなく主体となるのだO 行刑の主たる怠慢は,財産犯で処罰きれている者と,社会においてすでに性的に 倒錯しており且つそれが淫楽殺人,幻児凌辱,ワイセツのような性犯罪を犯させる ことになった,そのような者とを同房させまた同じ労働につかせかという点にあるO そのほかに,自分の衝動をなるがままKさせそして処罰されることとなった無数の 同性愛の者がL、るOすべてこれらの人聞は刑務所へ自分らの刑罰をもってきただけ でなく,まさK彼らを犯罪へ駆立てたものをももってきたのだo彼らの性的素質が 刑罰

K

よって消去るのではなL、。彼らは他の受刑者に対して常に潜在的な組換があ るo 行刑は,このような受刑者と相対的に正常な者とを分離して刑を執行することを -8

a

-

(14)

-これまで何もしなかった。男から男への凌辱や誘感は懲戒的に罰されはするが,通 常ζれらの事件はきわめて「秘密に」扱われているo とこにもまた.

i

執行におけ る沈黙と秘密の壁」が残っているのであるo 若干の行刑官は,訓練と懲罰によヨてこの性倒錯を取除くことができると真剣に 信じている。だが,一度懲戒を受けた者はその後注意深くはなるが,その佐倒錯的 行為をやめることはできないのであるo 行刑の第二の欠陥は,刑務所

K

ある恋愛小説が受刑者のすでに蓄積されている性 的衝動を一層刺激するということにある。淫狼な写真が刑務所内に流布し,それが 高価で売買されていることは周知のととろである。 性交の著名な代用はオナニーである。最初のうちは自制しているが,一度から遂 にはいつのまにか習慣になるのであるo 社会において正常な性生活をしていた者が, ここでは極めて危険

K

さらされている。 いつもオナェーする受刑者は決して少なくない。彼らはそれを自己満足のため

K

だけでなく,空乙想によって実際委と一緒t'C:いるかのように行うのであるo 同性愛者は刑務所

K

拘禁されていることを必ずしも刑罰と考えねばならぬもので もないのであるo 彼らは.

i

ああ,自分はなんと幸福だ/こんなに沢山のかわL

若い男たちがー結

K

いるなんて

/J

.とさえいうのだo現刑法下では彼らは自分の 希望を社会において満足させることは,極めて困難である。だがここでは,彼が選 んだ相手を手に入れることができるかどうかは,彼の器用さとそして代償として煙 草を払うことができるかどうかにかかっているo われわれは靴下,ハンカチ,ズロース,パンツなど,向性または異性の洗濯物を 自分のものにしたいという性向があるo恥部の縮れ毛は高価で売買され,その出所 が詳しいだけ値段が高くなる o 刑務所が共同の洗濯屋をもっていると,そこでは当然女子刑務所の洗濯物も洗沼 されるo男子受刑者は女の下着へ「貧欲」に群がるo たいして「害のない」性倒錯は,受刑者が他の受牙堵の性行為の際t'C:

i

見巌り」 をし,こうしてその性行為の「目撃参加者」となる点にある。とくに工場や建物の

(15)

-89-中で,受刑賭が一人でまたは誰かと一緒

K

性行為を行う機会がいつでもある。農場 をもっている刑務所では獣姦が考えられないほど広範K行われているo動物飼育を 完全には監督できないので,獣姦を匝止はできないであろう。 (ギユンタ

-.H

・クッピング)

〔 二 〕 論 文

ル 一 ド ル フ ・ ジ ー フzルツ

自由刑の執行tL:i>>ける改革の努力の歴史

K

つ い て 刑務所制度は,歴史的には初期の国家の形成にまで逆上ることができる。投獄 の本来の目的は初期Kおいては多分芳陣拘禁ではなかった。むしろ,明快のための 拘禁(未決拘禁)かまたは処刑のためのそれ(執行拘禁〉を第一の目的としていたo それは債務拘禁

K

も役立ったし,また,刑罰手段でもあったoだが執行は,血を流 さず且つ継続的に被有罪判決者を生から死へ至らせる仕方にすぎぬと基礎づけられ ていた。 再社会化の任務をもっ今日的自由刑の萌芽は,西洋ではまずグルマン法にあった が,それは一時的現象Kすぎなかったo最初のドイツ国刑法典であるカール五世の 刑事裁判所法 (1 5 32年)においても,自由刑は重要ではなかった。 世界的な自由刑執行の新時代は 16世紀中期のイギリスに始まるo1 5 5 5年, 乞食や浮浪者を拘禁して労働と秩序を習慣づけるためt'C.リドリー責散の努力で労 働場と刑務所がプライドウェル城に作られた。 だが,刑法と行刑t'Cとって個有な歴史的意義があるのは15 9 5年と 159 7年 のアムステルダム男子及び女子刑務所であるoこれらの施設ができた奴掛けは, 1 5 87年,参審員が1 6才の窃盗少年を従来の残虐な刑

K

服せしめる代りに,そ のような子供たちに労働させて良い品行へ教育する適当な手段を発見すべきことを 市参事会へ提案したことにある。これら両施設の精神をよく表現しているのが,女

(16)

-9U-子刑務所門頭の次の碑文である o

i

おそれるな/私は悪に報いようとしているので はなく,善に導こうとするものである。私の手は厳しいけれども,私の心は愛

t

c

満 ちている」。 アムステルダムの刑務所は中程度の大きさで,男子のそれは 1 5 0人収容の雑居 拘禁であったo執行は,たとえ部分的に威嚇的方法を用いても,一義的に教育思想、 を追求した。秩序ある労働には報奨金が,一部は受刑者の収容中の使用

t

c

,一部は その出所時に与えられた。 男子刑務所Kは若年受刑者の部が併合されていて,親はそこへ不良化した子供を 生活費を払って入れることができた。これが特別少年行刑と感化教育の競縮であっ った。 このアムステルダム芳!蹄所を範にした施設がフ.レーメン (1609) ,リューぺ yク (1613) ,ハンブルク (1622) ,カッセノレ (161 7) 及びダンテヒ (1629)に設立されたOだが,それらの行刑は初めからアムステルダムの水準 に達しなかったか,または実行不能な状態に落込んでいったo 3 0年戦争の経済的 文化的破局がこのことをよく説明しているO また,当時は刑務所が精科病院,救貧 院,孤児院としても利用されていて過剰

l

収容であったので,成人男子と女子や少年 との,また,子供との分離執行でさえも失敗したo弊害は,国家がこれらの施設を 経済的不l肱だけを追求する私企業家に賃貸したときに頂点に達した。衛生面は極め て悪く,そして看守は粗暴で酒飲みであったO労働作業はしばしばなく,また,重 罪犯人が無害な犯罪者と一緒に収容されたO死亡率はかなり高かったOハレ,カッ セノレ,ルートグイヒスフツレク等の中刑務所とグアノレトハイム,チェレの大刑務所だ けが有望であっTこoだがここでも,教育にとって威嚇的方法が大きな役割をもったo 歓迎と別れの挨拶としての欧打,その他の体刑や暗闇拘禁などO 出所者のアフターク アはここにもなかったoかくして, 1 8世紀末のドイツの刑務所にはアムステルダ ム刑務所を想起させるものは何もなかった。 自由刑が 19世紀において刑罰の決定的地位を占めるまで身体刑や生命刑に対し て自己の地位を維持してきた理由は,身体刑や生命刑の表徴することはもはや理解

(17)

-91-されないということであったo啓蒙時代には自由刑が軽減的で,それ故I'C理性的な 刑罰手段であっ t.:O

ハワードの「イングランドとウエールズにおける監獄事情

J

(1777)は,イ ギリスだけでなく,ヨーロ yパのほとんどの行刑が同じ状態であることを示した。

彼は少年咽に処遇にも妥当な二つの刑務所に出会っただけであったo それは.>Boeー

自 由nbubenhau日く in Romと >Maison de Forceく in Gentであるo H ・ 1 1

グアークニッツの>Historische Nachrich七enund Bemerkungen uber

1

1 11

die merkwurdigs七sn ZuchthlIussr in Dsu tschland

<

(1 791)は, 施設と囚人の教育的処遇との改善についての体系的提案をしており,最初の監獄学 綱要であるo彼は,国家の安全が刑罰目的だとしても,犯罪者の改善によってむし ろそれが促進せられ,他人が警告され,また善導もされると述べているo 同

E

罪者 においても人間性は尊重きれねばならない」ということを,その全体的な意味にお いて認めたのは彼が最初であョたO彼は当時の刑務所労働の無意味且つ非生産的型 態を非難し,そして,看守の「養成所」の設立及び出獄者のアフタークアを要求し

--

I~O これらの努力はまずプロイセンの 17 9 7年 3月27自の訓令となったo これは 犯罪心理学的洞察,賢明な刑事政策的認識及び強力な社会的責任感情に満ちたドキュ メントである o とれは,合法的な仕方で生計を維持し,再び市民社会の有用な一員 になれるような手段と方法を受1ft堵に与えようとしているo1 8 0 4年9月1 6日 附ま「より良い刑事裁判法の導入と刑務所の改善に関する一般的計画

J

が公表され たoそれは,未決と既決の刑務所の区別,それらの設備,男女の分離,改善可能者 と:不能者の類型化,刑罰クラス・試験クラス・ 改善クラスへの執行の系統 的分類及び労働教育に関する規定について,当時にとってまさしく模範であったが, この計画の実現はナポレオン戦争

K

よって妨げられた。 ナポレオン戦後のプロイセンは.

r

一般計画」は取り上げずに.

f

f

!

蹄所内の秩序, 清廉及び凡帳面だけを事としたo費用節約のために,新施設には古い城と修道院が あてられた。受刑者の処遇は軍事教練に尽きるものであったoそこでは行為責任応 -92一

(18)

報と一般予防原理が支配的であって,行刑は弄1怯と判決の絶対通用性を確証する以 外の任務をもつべきではなかったのである。実直な市民への受刑者の教育はその「 道徳性」への許されざる干渉であったo彼は番号であり,看守は単なる「門衛」で あった。これは今日もかわっていない。 かかる見解に対して宗教の側から反対が起り,刑務所協会が設立された。その最 初のものはT・フリートナーの「ライン・グェストアアーレン刑務所協会

J

(1826~ であるO 協会の任務は,受刑者の改善とその出所後のアフタークアに寄与すること であったOかくして,行刑の改革は独房監禁の原則に求めらるべきだという恩想が 一般化した。ドイツでは,プロイセン王フリードリッヒ・グィルヘルム 4世が1848 年にモアピットに作らせ,その後パーデンがフ・ルッブザールK設立した独房刑務所 がその後の範となった。

ハンブルクの教育ホーム>Rauh白s Hau日<と>工nnere Mi日日ionく の 創 設

者で所長のJ . H・グイツヘルン牧師によって,看守教育が刑務所改革の中心だと されて,受刑者救護の養成をうけた新教の副牧師を看守とする命令を 1 8 5 6年に プロイセン王から得られたが,しかし,行刑の軍隊的,抑圧的性格を除こうとした この試みは,応報と一般予防に基づく刑法典とプロイセン議会における国家自由主 義者の反対で1 8 6 3年

K

失敗してしまったoこれでペンシルパニア制はもはやド イツへ導入されなくなり,刑務所は再び集団房と独居房との全く無体系な混合物と なった。 ドイツ帝国から第一次大戦の終りまでは,挙げるに値する実際的な改革はなかっ たO ただ最初の少年刑務所が,フロイデンタール教授のイニシアチプによって, 1 9 1 1年にモーゼJ,!何畔のグイッ卜リッヒに設立されたにすぎなL、。教授はその 総長就任演説において,受刑者も国家に対して権利義務の法関係にあることを明言 したのであったO 第一次大戦後に行刑改革運動は再開したo 1 9 2 3年の少年審判法は犯罪者の改 善教育を少年行刑の唯一の任務と定めた。一般の行刑においても「再社会化

J

t'L優 先が与えられた。 -93一

(19)

今日,行刑の改正を研究するとき,・不可欠のことは,リープマン,グリユンアー ト,フロイデンタール, v・ヒyベル,ノール,ミッテルマイヤー,ラートプルフ, エクスナーらの教授及びフレーデ,クレプス,ポンディー,ヘルマン(.!?J..上チュー リングン) ,シ品タルクとその同僚(ザクセン) ,グンツとその同僚(プロイセン}, コッホ(ハンプルク)の実務家らの理論の詳細な研究である。 改革者逮は,すでに 1 9世紀の終りに,罰金刑の適用可能性を著しく拡張すべき ことを要求していたo立法者は1922年に罰金刑の規定を改正してこの要求に従 った。改

E

塞動の第二の要求は,言渡された短期自由刑に執行猶予を付するととで あったo とれはまず 19 23年の

d

年審判法において実現された。一般刑法におい ては思敢に関する法律の枠内 K眠られていたが, 1 9 5 1年になって漸く 23条 以 下K規定されることとなったO罰金刑は今日では最も多く遍用されている (1964 年 67. 4係)が,執行猶予は少なすぎる (1 9 6 4年 ; 9ク月までの全刑罰の 11 tfJ)0 従って,短期自由刑に反対する闘いは依然として焦眉のことである。短期間 の監禁は,受刑者がその行為

K

よって物的,精神的に惹起した被害よりもより多く 彼を職業上またその社会的地位において害するものである。 ワイマールの行刑改革の努力は,訓練された成員の不足と 19 2 9年からの財政 的.経済的危機の故に途絶したo経済競争の不安は刑務所労働の現代的形成を妨げ, 出獄者のアフタークアは失業者の増大で失敗した (19 32年には 5 0 0万に達し た。)。ナチスの権力掌握 (1933)後は,受刑者の社会教育的処遇は「人道主 劃句夢想

J

tL終つむ少年矧蛇除いて,応報と一般予防の思想が再び行刑を支配 することとなったのである。 かくてドイツの行刑の歴史は,失敗または前進のない改革の連続である。とくK 社会教育的な試みは,諸経験が集積されぬうちtL中絶されざるを得なかったのであ るo失敗の理由としては以下の点があげられるであろう。 (1) 改善思想の意味において行刑の改正が失敗したのは,その改正が現初刊法の 精神と体系へ入れられなかったからであるo国家的刑罰の任務は矛盾をきたしたの であったo -94ー

(20)

(2) 拘禁がどのように人聞に作用するかがまだ知られていなかったo (3) 社会教育的

K

考えられた特別予防的な改正が失敗したのは,刑務所職員の それについての教育が不十分であづたからであるo (4) 教育的執行の本質は理解されず,または望まれなかった。 (5) 多くの原因からなる弊害を,多面からではなく,ただ一面からのみ除こうと した。 (6) 改革は,たとえば芳l蹄所長のような,個人の首唱によったので,所長の退職 とともにそれも終ったのであるo (7) 経済的危機の故11:.教育上意義ある刑務所労働が競争の恐れから政治的圧力 によって妨げられた。 (8) 大刑務所に受刑者が過剰j収容され,受刑者の人格類型に照らした個別化と彼 に適した種類の執行もなく,さらに,小刑務所が多すぎたO (9) 施設は短期自由刑の執行で負担がかかりすぎたo 帥行刑当局に理解と勇気がなく,また,財政の国庫規準もなかったo 仰行刑の社会教育的課題に関し,あまりに単純またはロマンチックで邑想的な 考えがあったo 伺 賄 賂 の よ う な 頭 廃 現 象 が あ ヨ たo 何 改革が十分に法治国家の枠内へ提起されたのではなかっ

T

こo 制刑務所長と指導的行刑官らは専門当局から, また互いに,経験を交換しよ うとL、う意欲がなかった。 行刑の歴史を見ると,改革についての正しい認識がかなり古くからあるのに,そ れらの多くが今だに実現されていないことを知り,われわれはただ落担するばかり であるoしかし,国民的且つ社会国家的課題としての行刑がどのように組織されそ して人間的に履行せられるべきであるかについて,現在のわれわれは極めて経験豊 富な失I識を有しているのであるO マックス・ギューデ 刑法及び行刑法改正Kおける刑事政策的な目標設定 -95'一

(21)

ここでの筆者の任務は,筆者がその議長である連邦議会刑法改正特別委員会の立 場から,議会や委員会の審議状況を報告し,また,どのような知j事政策上の目標設定 が改正において最終的に具体化されるかを敢えて予測してみることであるO 1. 1 9 6 2年草案はドイツの改正の拘束的な規準ではないo 6 2年草窮まドイツの改正事業における通過点となった。本草案Kは

.

f

t

表的な 学者や実務家の 5 0年代中期の改正の思想が要約されたo ところで,草案の起草者 達も刑罰と処分を犯罪の現実の現象形態K個別化的に適合させることによって一層 有効

K

犯罪を克服し,そして,威嚇と保安だけでなく,行為者の再社会化もその限 中にあったことを看過することはできなL、。理由寄ま,行為者の責任を清算するとい う点にだけ刑劉の意味があるのではなく,それは法秩序の保障でもあり,さらに, 行為者の威嚇,再社会化及び感化によって将来の犯罪を阻止するとL、う刑事政策的 目的にも奉仕すると述べているのであるO 草案はドイツ刑法改正の歴史において意義深い段階を反映している。すなわち, 「対案を作成した刑法学者逮は, 6 2年草案の基礎である予備作業に基づいた

J (

対案序言)のであるO 2. 6 2年草案と対案の聞に改正の実現のチャンスがあるO 立法者の改正の伝統に対して,対案の学問Kたいする態度はより自由であるo対 案の全体的構想は,たとえ「多くの妥協の結果」であるとも,より率直に新刑法を 目指し,その目標設定はより勇気があり,且っその形態はより科学的であるO対案 において最近の刑事学的認識は確定し,深化した。また対案には. 6 0年代以後の 生活感情の変化と根本的な改正への用意が更に強く感知されるのであるO 対案は,行為責任と二元主義を固執することによって.

r

新古典主義」の体系と の関係を維持し,同時

cr

v

社会学派」と境界を画しているoまた,前者と一致して 制裁体系を決定的に再社会化と一般予防K基づけてレるoだが,対案の多くの思想 は特別委員会の決議においてすでに実現されていた。しかし,改正の際

V

C

¥

、かなる 緊張がなお存在し,また,いかなる相違が妥協され得るのかということは. 6 2年 草案と対案との対決によってではなくて,議会のこれまでの審議の結果によって考 -96-ー

(22)

えねばならない。 3. 立法者の刑事政策上の基本的決断は,ある世界観に依存するのではなくて, 基本法に基づくのである。 刑法改正論議の中

t

c

r

ある政治的に支配的な多数者または全く少数者の世界観 の道徳的な絶対的命令」という

t

霊が出没し, 6 2年草案はそのような勢力によっ て影響されており,真の改正K対する反対の根拠はそこにあるのだとされる。とと るで対案理白書は,

r

刑罰を言渡すことは決して形配と学的な現象ではない」とし ているが,このこと自体

K

叙上のような謬見が存するのである。 実 際

k

は議会のどのグループも,ある特定の刑法像を導く「世界観」をもってい ないo教会やどの党も,刑闘を「形而上学的現象」とは考えないo刑罰の意味,目 的及び限界は,市民社会が自己の秩序を防衛する権利と義務からだけ導かれる。秩 序ある人間生活

K

必要な限りで,社会は処罰してよいのである。刑法の改正は経験, 合理性及び合目的性によって決定される。共通の基礎は「世界観」ではなくて,基 本法の人間主義と法治国家原理だけであるo 4. 責任原理は来たるべき刑法の中心原理となる。 議会の予備決定は明らかに責任刑法

K

賛成したoとれは基本法に基づいているが, 連邦憲法裁判所もその間

K

責任原則に憲法上の地位を与え,且つそれを法治国家原 理に基礎づけた。対案も責任刑法を認めているo行為者人格にだけ基づく保安処分

K

反対し,責任の量に基づく法律刑に賛成するという芳障政策上の基本的決断は, この責任刑法の点に存するのである。 新刑法は刑罰を基礎づける責任の機能を固執するだろうoだが力点は,その刑罰 を限界づける機能におかれるであろう。特

:

Z

!

慶員会は対案と一致して,責任相当の 刑罰は,一般予防及び特別予防の理由からも,行為責任によって定められた最高刑 の量を超えてはならないとしたoだが特別委員会は,対案2条 2項

t

c

反して,それ を積極的なものとはしなかったoなぜなら,そとから裁判にとって多くの困難の生 ずることが懸念されたからであるo将来の立法者は,

r

,倫理的責任」を規準とする のではなくて,外面的な等価は必要だが,内面的な「顕罪」を要しない法的責任に -97ー

(23)

限定されるでろうo

a

再社会化は正当な刑罰目的であるo 対 案2条1項によると,刑罰と処分は「法益の保護と法共同体への行為者の再組 入れ

J

K

奉仕するo 5 9条2項では明らかに再社会化の目標に力点がおかれているc だが, 6 2年草案は「煩罪思想と一般予防を再社会化恩恵と特別予防

K

対して優先」 させているO 対 案2条 1項Kたいする理由の中で,制裁が自由な法共同体への被有罪刑供者の 再組入れを目指し,または,できるだけ少なく害を加えるようにすべきだというこ とは明白であって,それはヒューマニズムにも一致するとされているO 6. 単一刑の作唱の解決は,さしあたり妥協の形態をもっO 6 2年草案は単一刑を拒否し, Zuch七hau日日七 raf自を維持し,そして悶11戒 刑

J

(Denkzette工strafe)の新しい種類としての拘禁(Strafhaf七)の導入を犯 罪的傾向のない行為者

K

対して規定したo

特別委員会では,重懲役 (schwer白日 G白

d

時 ni自) , 軽 懲 役 (Gef

J

'

ngni日,

及び拘禁が決定されたo終身及び5年以上20年までの自由刑が重懲役, 5年以下 が軽懲役であるo Zuchthau日の語を放棄するこの区別は,ラートプルフ草案を拠 り所にしているO拘禁の最高限は6ク月で,それは過失犯に対してのみ規定されるO だが,対案は単一刑を提案し,拘禁を非難するO しかし,一般犯罪から過失宛通 事犯を区別することは法共同体

K

よる評価と一致し,再社会化の観点からの抗議は その住民りで起きれ得ないのであるO 7. 短期自車刑は線本的

K

制限されるO これについては特別委員会と対系は一致しているO湛いは,その方法の実崩性の 評価にある。その限りで原則的な対立はなく,ただ程度の

r

J

岡が存するだけであるO 特別姿員会の決議は以下のとぷりであるO a・自由刑の下限は2週間O b・代替罰金刑は6ク月までの自由刑

K

ついて言渡すことができる。 c・6ク月までの自由刑または 180日分の罰金刑を言渡された場合,刑の留保

(24)

-98-を伴う警告がなされる。 d.刑の斬守猶予の適用範囲は18ク月まで拡張されるo e.刑事政策的目標の達成のために十分でないならば,短期自由刑は言渡されて はならないということが一般的な適用原則において規定される。 対案の提案は次のとおりであるo a.自由刑の下院は 6ク月。 b・代替罰金刑は1年までo c・執行猶予は2年までo d.刑の留保付警告は1年までo

e

.

刑を放棄した有罪判決は2年まても f.主刑としての運転禁止の導入o 運転禁止の導入はもっと真剣に検討され,そしておそらく実現の見込があるであ ろう。 8. 罰金刑は日割制度によって改正されるであろう。 罰金刑の社会順応性は,それが自由刑の代りに従来以上に強く認められ,且つ代 替自由刑の執行が避けられるということに寄与するo だが,対案の「期間罰金刑

J

(Laufzei tg白ld日七rafe)は殆ど実現の見込が ないoそれは,不毛の形式主義的な負担をおそれる実務の一致した抵抗にあうから である。 9. 処分体系は,単純化と目指された強化という目標をもっ対案の提案に対して, もう一度樋すされるべきであろう。 その際重点は,異常性がなくても著しく累犯的且つ前科のある行為者をも明らカ官 精神異常者と同じく収容する「社会治療施設

J

t

c

あるoこの提案の実用性は疑わし ぃ。もし精神病者拘禁施設の考えを危くしたくないならば,その提案を狭くしなけ ればならないし,また,最初からそれ

K

負担をかけすぎてはいけないだろうo 自由*,

J

奪処分を原則的K先執行し且つ刑に算入するという対案の提案

t

c

.

特別委 員会はすでにその決議において一致していたo -99-ー

(25)

10.行刑は根本的に改められるであろう。 行jflJl'C関する規定が将採の刑法典に採用されるかどうかは,まだはっきりとは言 えないo特別委員会では,将来の行刑法の本質的な諸原則を知

J

法施行法に先取りし, 且つ新刑法と同時に発効させるということが提案された。その際刑務所労働と労賃

K

関する規定がまず第-I'C考えられたのではなかっ

T

こoむしろその実質は,経済的 財政的諸問題との関連のゆえに,もヨと樹せされ且つ行政官庁とも審議しなければ ならないのである。刑法改正が行刑法の改正に及ぼす根本的な効果を若干の点で予 測すると,次のよう

K

なるo a.将来の行刑は再社会化の目標

K

向けられるo再社会化を刑節目的の一つにす ぎぬと考える者も,人間の尊厳のためI'C,

r

法共同体への被有罪判決者の再組入れ を促進すること」が行刑の目的でなければならぬことを無制限に肯定するだろう。 これについては対案は一般の同意を得るo b.短期自由刑の抑制は,刑務所の負担を軽減し,行為者グλ FープI'C照らした有 意義な分類を可能にし,そして再社会化労働K必要な空間的条件を作るであろう。 C.精神療法的またはその他の治療を要する受刑者を特別の施設へ集禁すること は,通常の執行における再担金化労働を容易にし

E

つ強化すること

K

なるであろう。 d.極めて危険な行為者が監置されるところの,人道的に営まれはするが,しか し有効性を確実にするような施設における処分体系の完成は,改正法と改正行刑を 信ずべきものにするであろう。 改正は刑罰の緩和ではなく,その違大な実効性を望むのであるoにもかかわらず, 改正Kよって目指される解決は一層の緩和だと受け取られているo 社会は,外見上 の緩和が重大犯罪の有効な克服によって償われるというととを確信し得る場合にだ け,改正を受入れるであるう。 -100一

(26)

ユ ル グ ン ・ パ ウ マ ン

刑 法 学 者 の 対 案 の 視 野 か ら 見 た 行 刑 法 改 正

対案の起草者逮は, 1 9 ¥) 2年草案に対して新しい刑事政策的構想を展開するた めに結集したoそもそも汗肱改正というからには,それは汗

u

事政策によって規定さ れ,且つ新しいよりよい知属政策的計画をもたらすものでなければならぬo犯罪斗 争において新しい方法を打ち立てようとする場合にだけ,刑法の全面改正は意義が ある。 対案はただ3個の主刑を規定するo名誉刑の踏襲は害惑である。対案理由香7 1 頁は,行為者は刑罰によって付加的に名誉を奪われた者として担金復帰すべきでは ないとし,さらに,復帰後の行為者の活動の制限が必要であるなら,それは職業禁 止の処分,刑法外で職業に闘する規定を設けることまたは公務員法などによってな されるとしている。 対案5 5条は,刑事政策的且つ斉l庫教育学的考慮から,運転禁止を主刑としたO それは純粋の交通犯罪の場合にも,運転に関連して犯される犯罪の場合にも十分な 刑罰&$、であるO運転禁止を主刑にすれば,それと一緒に罰金刑または自由刑を言 渡す必要はなL、oそれは,部分的な自由剥奪として,しばしば短期自由刑に代るこ とになるo もっと重要なことは,対案5 6条によって,裁判所はL、ろいろの指示を与えるこ とができるし,被有罪判決者が再び処罰きれないために必要なら,保語監察援助を も命ずることができるとされる点であるO それを守る者は,運転禁止の最後の3分 のlが免除されるo 刑法の罰金刑の制度が改正を要することは今日誰も疑わない o 6 2年 草 案5 1条 以下はスカンジナグイアの日割罰金制を導入はしたが,その53条で現刑法27条 bの代替罰金刑の規定 (1 9 6 9年の第一次改正で改正一紹介者〉を固守しているO 草案はそれによって罰金刑の実効性を信頼していないのであるO対案はスカンジナ グイアの日割罰金制をさらに発展させた。対案は,

i

金は漏れた自由」であり,罰 金刑は短期または中期の自由刑の代りに定められるとL、う考えであるo対案の期間 -101ー

(27)

罰金刑は,週または月の給料から差ヲ│かれる。それが生活水準を制限する限りでは従 来の自由刑と同じであるが,しかし自畠剥奪の害悪を含んでいない。重要なことは, との罰金刑が病院,老人ホーム,救割完などて告意の公益労働によって踊われ,運 転禁止と同様, Jfl

J

事教育学上有効ないろいろの訓戒と結合させられ,そして被有罪 判決者が罰金刑または公益労働の正確な給付と謬│械を履行する場合は,罰金刑の3 分の1が免除されうることであるo 自由刑はただ最後的手段であり, 6ク月までの短期はどっちみち有効な教育上の 試みや執行

K

とって短かすぎるo

特別委員会の Zuch七hausstrafe と日 chwere s Ge

f~

ng nisは行為者の名誉 を低下させ且つ再社会化を困難t亡するものであり,対案はそれに反対した。

Gef~ngnis e

Zuchthausは樹ヲ上ほとんど区別がないのであるから,その区別 を存置することは「レッテル詐欽

J

であるo1 9 6 1年の服務及び執行規則におけ る両者の執行の区別は極めて小さく,とくに悪いことに,重懲役囚は軽懲役囚より 「恩典」が少ないのであるo 対案は拘禁 (8七rafhaf七)を 188 2年来の短期自由刑に対する斗争の後退だ と見ているo拘禁は責任応報と特別予防との奇形児であるo 62年草案は拘禁を衝 撃刑,響醒刑,意識刑と称し,兵役刑涯の営倉 (8七rafarres七)と同様に,それ が倫理的汚名を残さずに行為者を厳しく「認11戒」することになるというoだが再社 会化の思想は,特別予防的威嚇のため

K

全く見捨てられ℃いるo とくに誤りは,拘 禁が交通犯罪者,困窮万引,困窮詐欺,乞食,放浪者及び売春婦

t

c

も適用きれうる という考えであるoだが対案は,拘喋は全行刑を駄目にし,自由刑の執行を実際の 処遇の必要性によって分類する可能性を減少させるであろうとしているo 対案にも短期自由刑が存するが,それはただ制金刑や公益労働などが給付されな い場合の代替自由刑としてである。対案 53条について理白書は,代替自由刑は最 後的手段Kすぎず,行為者にはまず公益活動によってその行為を償う可能組が与え られるのであり,それをしない者だけが短期自由刑に服することになるとしているo 刑の執行猶予Kついて, 62年草案7 1条は現行法の9ク月の限界を維持してい -102ー

(28)

るが,対案 4 0条は 2年まで拡張しているo だがそれでも十分ではない。行為者が 自ら損害賠償のような遵守事項または規則的な労働のような訓戒を履行した場合は, 刑の免除だけでなく.犯罪者名簿の抹消を考慮に入れるととができるo その場合に は処罰されなかった者とみなされる。 6 2年草案は刑罰の目的に関して明言するところがない。それに対し対案2条1 項は,

r

刑罰と処分は法益の保護と法共同体への行為者の再組入れに奉仕する」と しているoこれにつき対案理由書は,

r

刑を言渡すことは決して形市上学的現象で はなくて,実K人間治そうであるように.不完全な存在である社会におけるやむを 得ぬ必要性なのであるo・・・・・・しかし法秩序は,犯罪者が再び法

K

反しないよう

K

導かれることによって最もよく保障されるoそれ故に制裁は,必要且つ可能である なら,有罪判決を受けた者の自由な法共同体への再組入を目指しまたは少なくとも できるだけ小さな害を加えるように形成されるべきである」と述べているo これが 刑法一般に対する対案の基本思想であるo重要なのは,応報や法秩序の維持ではな くて,再社会化なのであるo ところが「服務及び執行規則

J

(5 7号)の刑罰目的は,第ーに一般の保護,次 に粗野な応報思想があり,再社会化の思想は漸く最後に登場するのであるo多くの 行為者は通常の共同生活において自分を維持するのにあまりにも弱く,しばしば他 との接触がなくそして援助を要する者たちである。極端に短い面会時間と文通の制 限は再社会化に極めて敵対的であるoここでは改正はとくに緊急であるo 対案は自由刑のもとで理解されるべき諸原則を定めているo それらは,未決囚と 既決囚の分離,行為者グループtc:照らした執行の個別化,夜間の独居拘禁,グルー プ作業,自由時聞における独房監禁の禁止と自己作業の権利などである o これらは, 受刑者が自覚と自分の価値意識を獲得強化するととをねらっている。そのためには, 受刑者の自律教育や自律的再社会化を可能にする諸関係がつくられねばならない。 「刑務所の感い空気

l

のなかでは.

r

倫理的に自ら責任を負う人格」は生じ得ない の で あ る / 対 案 39条 は , 費

f

l

J

者は自分の能力tc:適した労働の権刺があるととを規範化した。 -103-ー

(29)

封筒はり,ネットやマット作りなどは除かれるO 3 9条 2項は労働賃金制の原則を採用したO これは 1 8 9 5年のバリの国際刑務所会議で要求されたことであるo1 9 6 0年の 国連会議は,生産的労働を給付する受刑者K純粋の報奨制を許すことは,行刑の現

f

也句見解に一致しないとしているO対案が賃金制を要求するのは,それが受刑者の 自敬を高め,労働の習慣において自暴自棄にならぬように刺激を与え,そして惹起 した損害の回復と自分の家族の世話をすることを可能

K

するからであるO こうして 受刑者は,少なくとも物質的損害を賠償でき,真I'L

U

質罪することができ,そして自 分の積極怜行為によヨて再社会化されたとLづ感情を獲得できるのであるo受刑 者が自分で金を得て家計を維持するほうが,彼の家族を社会の保護に任せるよりも よいのではなかろうか。実際に必要な場合に制限され,且つ,実際

K

再社会化する 行刑だけが,負債を背負いこんだ出獄者が乞食になるのを回避できるのであるO ギ ュ ン タ ー ・ フ ラ ク

刑 務 所

V

L

.;b~ける労働 受刑者の労働は,刑事司法の歴史において独立の刑罰悪とみられていた。古代, 受刑者は石切場や鉱山で労働を強制され,後にはガレー船I'Lつながれ,そして19 世紀まで要塞築造に使用されたO フランス刑法典1 5条は,強制労働受刑者(パク ノー懲役囚)は重労働を科されて 2人 が1本の鎖でつながれ,または,鉄球を足に つけられると規定していたo 受刑者も人権をもっ主体であり,有意義に働く権利があり,国家は受刑者を労働 教育により,また,規則的な活動に慣らすことによって社会的に有為な人闘にする 義務があるという思想は啓蒙時代K活発となったo ドイツ監獄学の犬家K・クロー ネは18 8 9年I'L,人間として受刑者は労働の倫理的権利をもつのであり,労働を 継続的に取上げて受刑者を長期間怠惰Kすることは非倫理的であって,とのことを 立法で確定することは下品である,と述べたものであるo かくして,受刑者の労働が第ーの再社会化の要因であることが一般的に承認され

(30)

-104-た。r.服務及び執行規貝山 (DV.:>llzO)は,労働は有効な行刑の基礎であり,それ は受刑者の労働志操を覚醒し,彼を規則的な生活に慣らしめ,そして肉体的且つ精 神的な損失をなくすると規定している。労働は一義的に受刑者の社錦繍練K役立 つのである。 服役後

K

行為者を社会へ取りもどす法共同体の利益は,有罪判決を受けた者の利 益と一致し,そして自由な人格発展への基本権(基本法2条)及び社会的匡原原理 (同2 0:条〉とも一致するのであるo 「犯罪予防と受Jfl

J

者の処遇に関する第 1回国連会議

J

(Genf,l 9 5 5) での最 低原則は次のように述べていたo刑務所労働は害悪の性質を有してはならず,受刑 者はその肉体的精神的有能性に応じて労働の義務を負う。労働は,受刑者が将来誠 実に生括の糧を得るよう

K

その能力を維持向上させる性質のものでなければならな い。適正な械業選択,施設管理の必要及び規律と一致する限りで,受刑者はその労 働の種類を選択できるo労働の組織と方法は,できるだけ施設外のものと同じくす べきであるoだが,受刑者の利益と職業訓練は財政的利益追求の目的の下に僅かれ てはならなL。、 第 2回会議(ロンドン, 1 9 6 0) では,受刑者の労働は自由な人聞のそれと同 じように考えられ,それは行刑の本質的部分であって国家の一般的な労働組織へ組 み入れられ,社会生活の準備のために受刑者の生得の届力,性格及び性癖等K一致 せねばならぬ。また,それは自由な労働と同条件のもとでなされねばならず,とく に道具,機械,労働時間及び事故防止に関してはそうである,とされた。 賃金制の問題は,ずでに「第 5回国際監獄会議

J

(パリ, 1 8 9 5年)と「第盟 国 会 議

J

(ハーグ, 1 9 5 0年)で扱われたが,当時すでに受刑者労働の適切なま たは完全な賃金制が要求されていた。 第2回国連会議は,純粋の報奨制は行刑の今日的見解と一致せず,最低賃金制の 確立はすでに一歩前進を意味し,そして,最終目標は,労働給付が量と質に賊らし て同一であることを前提

t

c

,自由な労働者に相当する賃金の支払いであって,その ために受刑者労働は経糊句及び合理的に組繊されねばならぬと述べ,また,かかる

参照

関連したドキュメント

「聞こえません」は 聞こえない という意味で,問題状況が否定的に述べら れる。ところが,その状況の解決への試みは,当該の表現では提示されてい ない。ドイツ語の対応表現

ところで、ドイツでは、目的が明確に定められている制度的場面において、接触の開始

る、関与していることに伴う、または関与することとなる重大なリスクがある、と合理的に 判断される者を特定したリストを指します 51 。Entity

テューリングは、数学者が紙と鉛筆を用いて計算を行う過程を極限まで抽象化することに よりテューリング機械の定義に到達した。

これらの定義でも分かるように, Impairment に関しては解剖学的または生理学的な異常 としてほぼ続一されているが, disability と

海外旅行事業につきましては、各国に発出していた感染症危険情報レベルの引き下げが行われ、日本における

( 同様に、行為者には、一つの生命侵害の認識しか認められないため、一つの故意犯しか認められないことになると思われる。

さらに, 会計監査人が独立の立場を保持し, かつ, 適正な監査を実施してい るかを監視及び検証するとともに,