献辞
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(3) 献 辞 . 国際経済法学系長. . 柳 赫 秀. 來生 新教授は、定年を迎える前ではあるが、放送大学へ移られることにな り、平成 21 年(2009 年)3 月に本学を退職された。定年前に私立大学等へ移 るこの頃のご時世の下ではいざ仕方ないことですが、また一人敬愛する先輩教 授を失うのはとても忍びがたい思いです。 來生先生は、国経法系の歴史の一部といっても過言でないほど、いつも先頭 に立って国経法系の在り方や枠組みを形づけ、系の発展にご尽力されて来られ た方である。昭和 50 年(1975 年)本学経済学部に経済法学科が創設された折 に助教授として着任してから、経済法学科及び経営学部所属の法律教員のかね てからの念願である法学部創設の夢が遠のく中、世の流れが学部から大学院教 育の重点化の方向へ傾きつつあることを鋭く察知され、先生の情熱と努力は、 やがて平成元年(1989 年)経済関係法専攻だけでスタートし、平成 2 年(1990 年)国際関係法専攻の取り揃えによって完成した国際経済法学研究科という修 士課程だけの独立大学院の創設へ注がれる。国際経済法学研究科は法実務の現 場で通用する実務法律修士の輩出という当時としては画期的な試みで、本学で の「旗揚げ」を皮切りに、東京大学法学政治学研究科の専修コースをはじめと して、主要大学で取り入れられた。來生先生は、この画期的で壮大な企画の中 核をなしながら、天賦の実行力を発揮された。その後も、国際経済法学研究科 の中に開発協力コースの設置、その一年後現在の国際社会科学研究科の前身と もいえる国際開発研究科の創設、それから平成 16 年(2004 年)の法曹実務専 攻(法科大学院)の設立に際しても常に先頭に立って、中核的な役割を果たし た。その意味で、來生先生のご退職は我が国経法系の歴史にとって一つの節目.
(4) をなすものと言えよう。 経済法の研究者としての來生先生は、どちらかといえば、従来型の解釈法学 的手法に満足しないで、そして、通説に安住することなしに、常に「論争提起 的な」(provocative) 立場でおられました。特に、いち早く「法と経済」の研究 手法を取り入れながら、市場機能の確保の見地から、独占禁止法を中心とする 政府の行政規制の意義、効果、法的位置づけを理論的・体系的に解釈した、 『経 済活動と法-市場における自由の確保と法規制』 (放送大学、1987 年)は先生 の若い時代の集大成といえよう。その後先生の関心は、当時「国際経済法学研 究科」に「開発協力コース」の設置に伴い、途上国への法整備支援に対する関 心の高潮に影響されたであろうが、戦後日本の産業政策を、日本の戦後の経 済発展の過程と重ねあわせた歴史的分析を行い、衰退産業としての石炭、リス キーな成長産業としてのコンピューターなどについて個別に分析し、市場に介 入する政府の能力の限界について考察し、それを『産業経済法』 (ぎょうせい、 1996 年)にまとめられた。最近では学内総合海洋センターの設置にご尽力さ れたこともあり、海洋関係の研究に力を注がれ、日本の大学院修士レベルを想 定し、自然科学と社会科学の学際的な視点から海洋を総合的に管理する人材教 育のためのわが国初のテキストである『海洋問題入門ー海洋の総合的管理を学 ぶ』を編集された。 教育者としての來生先生は、経済学部助教授・教授として、独占禁止法を中 心とする講義を行い、ゼミナールでは行政法と独禁法の問題を広く取扱うとと もに、国際経済法学研究科(修士課程)では、多くの留学生及び企業ないしは 中央政府、神奈川県、横浜市等からの派遣日本人学生を指導し、コストを考え る当事者としての法学という新しい視点での教育を行い学位を与えた。国際開 発研究科及び国際社会科学研究科(博士後期課程)設立後は、内外の学生に対 して、産業政策と競争政策のかかわりに重点を置いた研究指導を行い、内外の.
(5) 大学及び研究所等において現在も活躍している数多くの研究者を育成した。最 後に、法科大学院設立後には独占禁止法担当の教員として法曹実務家の育成を 行った。懇切丁寧だが学問にはとても厳しい方だったので、 「辛くても学ぶ楽 しみを追求するところか、単位さえ取れば足りる」と思う残念な院生文化のな かで、先生の授業が忌避されたことは今から考えてももったいないというひと 言につきる。 大学行政の面においては、国際開発研究科長、国際社会科学研究科長を歴任 し、平成 17 年(2005 年)からは大学の副学長・理事として、総務、財務、施 設を担当し、法人化直後の大学運営の重要部分を担った。さらに、この間一貫 して各種審議会、企業の研究会等で研究者として身につけた知見の社会還元を 行い、立法政策及び行政政策の形成に貢献した。最近では海洋の総合的管理の 発展のために、海洋基本法の制定、海洋基本計画の施行に貢献している。 私は來生先生と 21 年余りお付き合いさせていただいているが、時には激し くぶつかり合いながらも、楽しく過ごさせて来られた。それだからこそ來生先 生のご退職の後、なかなか展望の開かない大学社会の現実を前に、先生が先頭 に立って築いてこられた国経法系をいかに継承していけばいいのか、たじろぐ ばかりの自分が恥ずかしい限りであるが、残される皆と渾身の力を振り絞って 頑張りますと決意を新たにしながら、今後の來生先生のご健勝とますますのご 活躍をお祈り申し上げたい。 . 平成 22 年(2010 年)2 月.
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