退職給付債務の再検討
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(2) 横浜経営研究 第25巻 第2・3号(2004). 2(36). 2.4 日本の退職給付の認識. このことは,実は会計サイドでの検討におい. 3.年金債務の評価方法. ても指摘されており,わが国の退職給付の会計. 3.1 受給権の濃淡による差. 基準の設定にあたって,いわゆる概念フレーム. 3.2 給付配分をめぐる考え方. ワークが策定されなかっただけでなく,負債概. 4.今後の検討課題と方向性. 念に照らした債務性の検証などが不十分であっ. 4ユ 退職給付債務の再検討. たため,新たな展開を生み出す契機にならなか. 4.2PBOは必要か. ったとする指摘がある3).. 4,3 遅延認識の要否. しかし,10SCO(証券監督者国際機i構)が. 補強 、. 2000年5月に国際会計基準(IAS)を承認した. バックローディングの検証. ことにより,各国の会計基準をIASに収敏. 参考文献. (Convergence)させる流れが定まり,わが国 でもグローバル基準の早期導入が不可避的な情 はじめに. 勢になっていたことも事実である.. そういう流れの中,わが国の退職給付会計基. 会計ビッグバンで導入された新しい会計ルー. 準は基本的な枠組みをIAS l9号(改定後)の. ルのうち,退職給付の会計基準は一般の公認会. ベースとなった公開草案E54や,先行していた. 計士や企業の経理関係者にとって,難解な会計. SFAS 87号などの国際的ルールに依拠しつつ,. ルールと受け止められたようである.. ある程度わが国の退職給付制度の実態も踏まえ. また,年金アクチュアリー2)の方でも,PBO. て,構築されたものといえる.. (Projected Benefit Obligation:予測給付債務). しかし,本稿でも述べたとおり,SFAS 87号. の債務評価の方式が伝統的な年金財政上の考え. などはその背景として,米国の企業年金の給付. 方と異なっていたため,導入当初,かなりの戸. 特性や受給権保護の確固とした法的概念の上に. 惑いや違和感を持つ人もいた.一方で,米国証. 構築されており,会計の対象となる企業年金制. 券市場に上場して,既にSEC基準が適用されて. 度の骨格をなす債権債務関係等の基盤構造はわ. いたわが国企業(ニUSGAAP採用企業)から の依頼により,予てよりSFAS(米国の企業会. が国とは相当異なっている.. 米国の場合,退職時に与えられるのは将来時. 計基準書)87号にもとつく年金債務の算定に携. 点で年金を受取る権利であり,一般に据置給付. わっていた年金アクチュアリーにとっては,米. を前提として制度が構築されている.一方,わ. 国基準と今回の日本基準との相違に関心を向け. が国の企業年金制度では,退職時点で即時支給. る人が多かった.. される一時金を起点とする考え方をベースに構. そうした中,(社)日本年金数理人会と(社). 築されており,標準引退年齢4)からの据置給付. 日本アクチュアリー会は協働して,退職給付会. を原則とする米国企業年金とは,給付の支払い. 計の数理計算上の取扱いを検討し,「退職給付. 時期が根本的に異なっている.したがって,わ. に係る実務基準」という形でまとめた.. が国の制度を米国と同様の尺度で見ていくため. この実務基準の検討にあたって,当初,PBO. には,退職時点から年金の支給開始時点までの. の具体的な測定方法をめぐって2つの考え方が あったが,その背景には計測方法に関する技術. 据置期間における金利相当分を加味する必要が. 的な問題以前に,わが国の企業年金の債務性に. ックグラウンドについても留意する必要がある.. 係わる基本認識の共有化が十分ではなかった面. 本稿は,受給権の範囲をわが国の企業年金関. があったと思われる.. 連法令による狭い範囲に限定することなく,法. あるほか,両者の間の歴史的な受給権保護のバ.
(3) 退職給付債務の再検討(山口 修). (37)3. 解釈的な権利関係を援用することによって,権. 会計処理およびディスクロージャーについては,. 利の濃淡を反映する形で,改めて退職給付債務. 国際的にも通用する内容となるよう,これを整. の評価のあり方を考察したものである.その発. 備していくことが必要である.」として,国債. 想の根幹には,従業員の意思によって確定する. 基準との整合性を重視する立場を明らかにした. 自己都合による給付額は無条件に企業の確定債. のであった.. 務として認識すべきであるというごく常識的な. 本稿では,この退職給付制度のうち,特に企. 考え方があり,そしてそのような発想をIAS. 業年金制度の債務評価の問題を中心に検討する. 19号などの国際的な会計ルールとどのように整. が,はじめに企業年金の会計基準で先行してい. 合的に調和させていくことができるかという問. た米国と日本を比較して,企業年金制度の給付. 題意識があった.. 形態や受給権など,認識すべき債務の実態を整. 筆者は,1999(平成11)年9月に発表された 日本公認会計士協会の「退職給付会計に関する. 理しておきたい.. 実務指針(中年報告)」の策定にあたって,年. 1.1 米国の企業年金制度. 金アクチュアリーを代表する立場から参考人と. 1)企業年金制度の種類. して関与をした者であるが,本稿のような分析. 広い意味で米国の企業年金と呼ばれる制度. はもっと早い段階で行って,各方面からのご批. (二従業員引退給付制度)は,個人勘定のある. 判を仰ぐべきであったと今頃になって痛感して. 制度(二確定拠出型)と個人勘定のない制度に. いる次第である.. 大別されるが,両者の中間的な制度であるハイ. 本稿の結論はいわば伝統的な要支給額の復権. ブリッド型制度などもあって,非常に多様な制. とも言うべき面もあるが,今後のわが国の退職. 度が存在する.. 給付会計の再検討にあたって,少しでも参考に. このうち,個人勘定を有する確定拠出型の制. なることがあれば,望外の幸せである.. 度には,マネーパーチェス年金制度,利益分配. 1.企業年金制度の給付. 制度,株式賞与制度などがあるほか,これらの 制度をベースにして,内国歳入法の401条(k). 1998(平成10)年6月16日に企業会計審議会 が発表した「退職給付に係る会計基準の設定に. 項にもとづき,課税繰延ができる401(k)制. 関する意見書」(以下単に「意見書」という). キャッシュバランス制度,年金持分制度,フロ. では,退職給付制度とは「一定の期間にわたり. アオフセット制度,年齢加重利益分配制度や目. 労働を提供したこと等の事由に基づいて,退職. 標給付制度などがある.. 以後に従業員に支給される給付をいい,退職金. 一方,伝統的な確定給付型の企業年金制度は,. 一時金及び退職年金等がその典型である」とさ. 給付額の算定方法が最終給与または平均給与に. れている.. 比例する方式となっているものが多い.狭い意. また,その性格については,「退職給付は基. 味で企業年金という;場合には,この伝統的な確. 本的に勤務期間を通じた労働の提供に伴って発. 定給付型の企業年金制度を指しており,エリサ. 生するものと捉えることとした」と退職給付制. 法(従業員引退所得保障法)5)の全面的な適用. 度の労働債権としての法的な位置付けを掘り下. を受けているのもこの種の制度である.. げることなく,単に企業会計上では「退職給付. 本節ではこの狭義の企業年金制度を中心にし. は債務である」という平板な認識からスタート. て議論を進める.. している.. その上で,「今回設定する会計基準に基づく. 度などがある.また,ハイブリッド型制度には,.
(4) 4(38). 横浜経営研究 第25巻 第2・3号(2004). 2)給付の内容 米国では,引退後の所得保障を公的年金と企. これに対して,わが国の企業年金制度では,. 業年金の統合により,従前所得の一定割合を維. もともと退職一時金制度から移行されたという. 持していくインテグレーション(lntegration). 歴史的経緯を有するために,退職一時金と同様. の考え方が一般的である.米国の公的年金は給. の考え方として,一旦退職時点での年金額を算. 与水準の低い層に対して厚く,逆に給与水準の. 出するプロセスがあって,さらにその上に退職. 高い層に対しては薄くなるように乗率が調整さ. 時点から年金支給開始時点まで据置期間の金利. れているため,一定の所得代替率を維持するた. 相当分を加給する計算プロセスが付加されて,. 形態となる.. めには,企業年金の給付は給与の高い層により. (**)のような給付算定式が一般的となって. 厚くなる傾向がある.. いる.. また,米国の企業年金の給付は,写生年金6). 例えば,20歳で入社して45歳で退職した場合. での支給が原則になっており,勤続年数に関係. に基準給与月額が50万円で乗率が上記の例と同. なく,65歳を超えない年齢で制度ごとに定めら. 様に25%,年金の支給開始年齢が60歳で据置加. れた標準引退年齢(Normal retirement age). 給率が年3%であったとすると,年金給付額. に達すれば年金が支給される仕組みになってい. (月額)は以下のとおりとなる.. る.年金給付額の算定方法は勤続年数に応じる 定額式もあるが,退職時の基準給与(退職前の. 年金給付額(即時給付型). 何年間かの平均給与や全期間の平均給与など). =基準給付×乗率×据置加給率(45∼60歳). に勤続年数に応じる乗率を乗じて算定する方法. ゼ・・(**). (給与比例式)が一般的である.. =500,000円×25%× (1.03)15ニ194,746円. 例えば,20歳で入社して45歳で退職した場合. に基準給与が5万ドルで乗率が勤続1年越つい て1%であったとすると,勤続期間は25年なの. 近年,米国でもキャッシュバランスプラン. で乗率は25%となり,. (Cash)で清算することを想定したタイプの制. (Cash balance plans)など,退職時に一時金 度が増加している.. 年金給付額(据置給付型). キャッシュバランスプランとは,在職中の拠. 二基準給付×乗率・… (*). 出クレジット(Pay credit)と利息クレジット. ニ50,000ドル×25%ニ12,500ドル. (lnterest credit)のほか,将来の勤務を条件と. しないそれ以降の利息クレジットが提供される という計算で12,500ドルの年金を標準引退年齢. 制度である.このうち,「将来の勤務を条件と. (65歳以下)から受給できる権利(篇受給権). しないそれ以降の利息クレジット」とは正に上. が与えられることになる.. 記の据置加給と同じ性格の給付額の増加要因で. 米国では,特別に(税金を支払って)一時金. あり,このような制度が増加してくるに従い,. での清算を選択した場合に限って,法定金利に. エリサ法が当初想定していた伝統的な企業年金. よる年金の割引現価相当額が一時金で支給され. の制度内容から大きな乖離が生じてきている.. る例外的なケースもあるが,給付の類型は据置. このため,エリサ法や年齢差別禁止法などに抵. 給付が基準であり,将来受取る時点での年金額. 触するとしてキャッシュバランス制度をめぐる. を直接的に規定する方法が採られている.この. 訴訟が起こされ,一部下級審では企業側が敗訴. ため,年金給付額の算定式の中には,上記(*). する事態が生じて成り行きが注目されているほ. のように据置期間の要素を含まないシンプルな. か,この制度をめぐる企業会計上の債務把握の.
(5) 退職給付債務の再検討(山口 修). 方法等についても新たな疑問が生じている.. (39)5. であり支払いが繰り延べられている繰延報酬で あると明確にした上で,事業主と従業員との間. の一つの経済的な「交換」と捉えて,これを年. 3)エリサ法 エリサ法はその名のとおり受給権を保護する. 金会計基準の基本的な原理としているのである.. ことを目的とする法律であるが,条文が多く,. 今福教授はこの前提として,「エリサ法によ. 非常に複雑な法律になっている.その理由とし. る受給権保護が十分なされているので,明確な. て,「条文が多くなっているのは,対象事項の. 法律をもとに勤務の提供とそれに対する事業主. 範囲が広く,草案者が議会の命令を明瞭に記述. の報酬との交換という基本原理にたった年金会. したという特殊性のためである.複雑なのは,. 計の枠組みがっくられていると解釈できる.」10). 1つには対象とする事項の技術的な性格のため. と指摘している.. であり,また1つは法制化に携わった4つの委 員会とその職員を満足させるために数多くの妥. 4)受給権の付与. 協が行われたためである」と説明されている7).. エリサ法では一定の勤続年数を超過して在職. この法律では,その目的である受給権の保護. する者や標準引退年齢に達した者などに対して. を達成する手段として,第1編では(1)報告. 受給権を付与することを義務付けている.そし. と情報開示,(2)加入と受給権取得,(3)積. て,これを実効あるものにするために,制度へ. 立,(4)受託者責任などの事項を定め,第II. の最低加入基準を設け(勤続1年以上,年齢21. 編では税に関わる事項として内国歳入法の改正. 歳以上の加入制限は付けられない),過度に長. を,また,第皿編では登録アクチュアリーに関. 期勤続者を優遇するよう年金の発生給付. する事項を,そして第IV編ではPBGC(年金給. (Accrued benefit)を禁止したほか,既発生の. 付保障公社)に関わる事項を規定している.. 給付を削減するような制度変更等も認められな. わが国で広く一般にエリサ法が紹介されたの. いことが定められた.また,万が一,年金制度. は,受託者責任や分散投資をはじめとする資産. が破綻した場合でも,PBGCによって保護され. 運用のルールを中心とする部分8)であったため,. る仕組みが作られており,確定済の受給権. エリサ法を運用関係の根拠法と誤解する向きも. (Vested benefit)を確保するシステムが確立し. あるが,この法律ではあくまで従業員の受給権. ている.. を保護する手段として,受託者責任等を規定し. このような仕組みを通じて,確定済の受給権. ているのであり,最終的な目的はいかに受給権. は非常に強い権利性を持つことになり,在職中. を保護するかという点にある.. に積み上げられた受給権は没収できない権利と. エリサ法はすべての従業員給付を対象として. して保護されている.具体的にはエリサ法の下. いるが,条文にはよっては適用が除外される制. で付与された受給権は,以下の3つの点におい. 度もある.エリサ法のすべての条文が適用され. て法の保護が受けられることになる11).. る制度は「従業員のための平等な民間雇用者に. (ア)転職にあたってのポータビリティの確. よる積立を前提とした,個人勘定制度以外の年. 保. 金制度」であり,狭義の企業年金といえる伝統. (イ)受給権没収・減額の禁止. 的な確定給付型の制度がこれにあたる9).. であり,FASB(財務会計基準審議会)の議i論. (ウ)PBGCによる給付の保証 このうち,(ア)のポータビリティとは,具 体的には,①転職前企業の年金制度に留保して 支給開始年齢まで凍結,②転職先企業の年金制. でも,年金給付は労働の提供による報酬の一部. 度への資産移換,③個人退職勘定(IRA)への. 米国における企業年金の会計問題は,このよ うな受給権保護の法制を背景に展開されたもの.
(6) 横浜経営研究 第25巻 第2・3号(2004). 6(40). 図表1 企業年金の実施状況(2002.3末) 制度数. 加入員数. 年金資産. 適格退職年金. 73,582件. 9,167千人. 22.7兆円. 厚生年金基金・. 1,729基金. 11,045千人. 57.1兆円. 移換,④税金を余分に払っての転職時点での現. もし,このようなバックローディングの禁止. 金清算という4つの選択肢のうち,いずれかを. 規定がなければ,事業主は中途退職者に対して,. 選択できるということを意味している.. 極めて低い水準の年金給付を与えることにより. また,受給権没収・減額の禁止とは,従業員. 受給権の付与義務を形式的にクリアし,長期勤. がたとえ懲戒解雇に相当する事由で退職した場. 続者との問の給付に不連続で大きな格差を設け. 合でも,獲得済の企業年金の給付額は一切,減. ることが可能となり,それによって実態面で受. 額や没収ができないという意味である.. 給権保護が空洞化する虞があったといえる.. また,PBGCによる支払保証では,年金制度. しかし,ここで注意が必要な点はこのバック. が終了した場合に,その制度資産だけでは給付. ローディング規制は,あくまでも標準引退年齢. が賄えない状態となったとき,一定の限度内で. における年金額をベースとして判定されるもの. 給付が保証されることになる.. であり,退職時点での現在価値で比較したもの. 米国では,これらの具体的な受給権保護策に. ではないという点である.したがって,米国の. よって,過去に獲得済の給付については減額さ. 制度では支給開始時点での年金額の伸びがバッ. れないことが,法律によって担保されているの. クローディング規制の枠内であったとしても,. である.. それを据置期間相当分の金利で割引いて日本流 の退職時価値に換算して比較すると,割引期間. 5)バックローディングについて. の短い高年齢層での現価額が相対的に大きくな. 次に,一定限度を超えて長期勤続者を優i遇す. り,実際には相当のバックローディングになっ. る給付体系,いわゆるバックローディング. ている実態を確認することができる.. (Back loading:後加重)が禁止されている点. について触れておきたい.エリサ法では,過度. 1.2 日本の企業年金制度. に長期勤続者を優i遇するよう年金の発生給付. 1)企業年金制度の種類. (Accrued benefit)を禁止しており,具体的に. わが国の企業年金制度は,1962(昭和37)年. は3%ルール,1331/3%ルール,分数ルールの. 3月の税制改正で設けられた適格退職年金制度. 3つ12)のいずれかを満たすような形で年金給. と1965(昭和40)年6月の厚生年金保険法の改. 付額の増加を抑制しなければな一らないとされて. 正により1966年(昭和41)年10月から実施され. いる.. た厚生年金基金制度の2つの制度が導入された. このルールは「長期勤続者優遇は労働の流動. ことによって,本格的に普及してきた.その結. 性を阻害する」として設けられたという側面も. 果,2001(平成13)年度末現在では,両制度の. あるが,専ら中途退職者の受給権を保護する具. 実施状況は図表1のとおり,2千万人を越える. 体的な手段として,長期勤続者の高い給付水準. 加入者を擁するに至った.. にリンクする形で,中途退職時においても一定. の年金給付の付与を確保し,効果的な受給権保. しかし,2001(平成13)年6月に企業年金二 法が成立したことを受け,同年の10月から確定. 護を行う目的で設けられた規定と考えられる.. 拠出年金法が施行され,翌年2002(平成14)年.
(7) 退職給付債務の再検討(山口 修). (41)7. 図表2 年金制度導入の原資. 区分. 合計 i社数). @枠 脚体計. 100.0. 退職一時金を原資とする. 退職一時. 烽ニは別. (単位:%). 合 計. 一部移行. {別枠. 一部移行. 全部移行. その斜. 23.3. 73.1. (12.3). (62.6). (25.1). 3.7. P5.3. W0.3. i14.8). i64.8). i204). S.5. S4.1. T4.4. i2.7). i54.1). i4a2). P.5. i245). T00人以上. P00.0 i177). T00人未満. P00.0 i68). 日経連/東経協「退職金・年金に関する実態調査」(平成10年9月調査). 4月からは確定給付企業年金法が施行されたこ. 2)給付の内容. とによって,企業年金も大きな変革期を迎える. わが国の企業年金の原資は退職一時金制度か. ことになった.. らの移行が多い.図表2によれば,従業員規模. これらの法律の導入によって,わが国にも掛 金建て制度である確定拠出年金が導入されると. 500人以上の企業では実に8割以上が退職一時 金制度の全部または一部を移行して企業年金の. もに,受給権保護の強化が図られ,あわせて厚. 原資としているのがわかる。したがって,わが. 生年金基金の代行部分を国に返上する途も開か. 国の企業年金制度の多くは,そのルーツである. れることになった.. 退職一時金制度の特徴であった退職時点での一. また,これに伴い適格退職年金制度は新規の. 時金支給の方法を継続しつつ,年金給付も選択. 契約が認められなくなり,既存制度についても. できるという仕組みになっている.. 10年後の2012(平成24)年3月末までに廃止し. また,企業年金における給付額算定方式には,. て他の制度に移行する等の措置が必要となった. 定額式と給与比例式の伝統的な方式のほか,ポ. ため,現在,確定拠出年金等への移行が急ピッ. イント制やキャッシュバランス制度も認められ. チで進んでいる.. ている.これらのうち,現段階では給与比例式. また,厚生年金基金制度では2002(平成14). が多数を占めているが,わが国の場合,基準と. 年度に73基金,2003(平成15)年度に92基金が. なる給与は平均給与ではなく最終給与を用いる. 解散したほか,2002年4月∼2004年8月の問に 800の厚生年金基金が代行部分の支給義務を国. ケースが多い.また,職能資格制度の導入の動. に返上するなど,大きな地殻変動が続いている.. いるが,最近では確定拠出年金によく似た外観. なお,代行返上後の厚生年金基金は,確定給. をもつキャッシュバランス制度の導入を検討す. 付企業年金制度(規約型,基金型いずれでも可). る企業が増加し,今後急速に拡大するものと見. に移行して,加算部分等の上乗せ給付を承継し. られている.. つつ,継続的に制度を運営していくことになる.. このように給付額の算定方式は企業によって. この結果,今後のわが国の企業年金は,従前か. 異なるが,共通するのは,退職一時金制度から. らの厚生年金基金のほか,新たに導入された確. の移行が多いために,退職時の一時金給付を起. 定給付企業年金と確定拠出年金の3つの類型に. 点とする考え方が採られているという点である.. 集約されていくことになる.. もともと,退職一時金制度では退職時点で即時. きと相侯ってポイント制の導入が幅広く進んで.
(8) 横浜経営研究 第25巻 第2・3号(2004). 8(42). 図表3. 140. 120 100. 磁・羅一. @ ,識趨 @ 鮮戸が e、鍋酔毬. 80. イ. 舜. @ 凝. 60. 40 20. +金利あり 一翻一直線 ・壌…金利なし. £二____________.___…_____一__ @ 認ノ〆. 蟹.ウ ℃ 亭争 ’ 廿§学筆戸 ‡ 七. .凝晒蝋. 闢 0 3. 七学齢職・・一. 軋. @ 掃’ 川二∼ 。ぐや. ヌ麗麟瓢1三灘i灘三’臓誌1㍊雛。. 510152025303338. に支給される給付である.したがって,このよ. いという指摘があるが,果たしてそれは正しい. うな即時支給タイプの制度をベースにして,一. 認識であろうか.. 定の支給開始年齢まで支給を据置く年金給付を. このような指摘の背景には,米国ではエリサ. 設計する場合,年金の支給開始時までの据置期. 法によって,一定限度以上にバックローディン. 間に対する金利に相当する額を上乗せすること. グとなる給付の付与が禁止されているのに対し,. によってバランスを図ることが普通である.. わが国にはそのような制約がないことがあげら. この据置期間に見合う金利相当額の上乗せを. れる.またS字型の給付カーブでは中途段階の. 据置加給と呼ぶが,退職一時金制度をルーツと. 勤続に対して急ピッチに給付が増加するのに対. するわが国の企業年金においては,退職時から. し定年直前では給付の伸びが緩慢になるのが普. 年金支給開始年齢まで繰り延べて給付の形態を. 通であることから,直感的な判断からわが国で. 年金形式にする際に,受給タイミングの差によ. はバックローディングの傾向が強いと見られて. って不公平が生じないようにするため,この据. いたものだと思う.. 置加給の仕組みは必要不可欠なものであったと. しかし,日米の給付カーブを比較するにあた. 言える.. っては,まず給付金額の評価時点を揃えておく. したがって,日米の給付設計の大きな違いの. 必要がある.米国で発生給付と認識されるもの. 一つは,年金額の算定基礎の中に据置加給が含. は,支給開始年齢時点における給付額の伸びで. まれるか否かという点である.次に述べるバッ. あり,評価時点の統一が図られている.一方,. クローディング(長期勤続者優遇)の検証問題. わが国の場合は,退職した時点で支給される給. もこの据置加給の有無を考慮して判定すべきテ. 付額(年金の場合には現価額)をそのまま用い. ーマといえる.. ている.このため,わが国の給付カーブの傾向 を判断する場合,まず評価時点の統一をした上. 3)給付カーブについて. でその評価時点での給付価値に基づく給付カー. いわゆるS字型と呼ばれる日本の退職給付の 推移カーブは,バックローディングの傾向が強. ブに変更しておく必要がある.. 図表3は,60歳時点を統一的な評価時点とし.
(9) 退職給付債務の再検討(山口 修). (43)9. て,60歳での給付額を100とする指数で日米の. 年金制度にも適用拡大することになった.. 給付カーブをモデル的に比較したものである.. 具体的には,わが国の退職給付制度の実情,. ここでは,わが国で各退職時に支給される給付. すなわち自己都合退職の場合の減額や懲戒解雇. 額を60歳時点まで金利を付加して換算し,統一. 時の不支給などの慣行が定着しており,労使合. 的に60歳時点の価値を用いて比較している.表. 意による給付水準の引下げも生じていることを. のうち,「直線(一■一)」とは米国のエリサ基. 勘案して,受託者責任の明確化や情報開示の徹. 準を充足する直線的な給付カーブ(=1年につ. 底などを図るとともに,年金資産(積立金)の. き最終給与の1%の年金が付与される制度)を. 積立検証を強化する方策がとられた.. 表し,「金利あり(一◆一)」とはわが国の大卒. この積立検証の強化とは通常の継続基準の財. 男子の平均退職給付13)に金利を加味したもの. 政検証に加えて,万が一制度が破綻した場合で. を,また「金利なし(一▲一)」とは参考までに. も,過去の加入期間に見合う最低積立基準額が. 金利を加味しないものを表している.. 確保されているか否かをチェックする非継続基. 米国のバックローディング規制では,一定の. 準の財政検証を行い,不足金が生じている場合. 範囲までは直線からの乖離を許容しているが,. には一定期間内に,掛金を引上げてこの不足金. ここでは比較の基準として米国制度の給付カー. を解消する方法である.. ブを直線とみなしている.図表3から明らかな. 米国のエリサ法が実質的に意味のある受給権. とおり,金利を加味(この場合は4.5%を使用). の付与を義務付けた上で,発生済の受給権につ. した給付カーブでは,この直線のカーブより前. いては,ポータビリティの確保,受給権の没. 倒しになっており,少なくとも会計基準設定当 時の平均的なデータでは「わが国の給付カーブ. 収・減額の禁止やPBGCによる給付の保証など の直接的な法規制を行っているのに対し,わが. はバックローディングの傾向が強い」とする指. 国の企業年金法制では一定水準の年金資産の積. 摘は正確な認識であったとは言えないことがわ. 立を促し,それによって実質的に受給権保護を. かる.. 図っていく間接的な方法が採られたのである.. 4)企業年金をめぐる法制. 1.3 日本における年金受給権. わが国の企業年金では制度毎に別個の法律が. 年金受給権をめぐる日米の法制の違いは,そ. 定められており,米国のエリサ法に相当する統. れらをベースとする上部構造にも影響を与えて. 一的な基本法は存在しない.しかし,国税庁が. いる.米国では,エリサ法によって年金の受給. 所管していた適格退職年金制度が廃止(ただし,. 権が明確に保護されているという事実を基礎と. 既存制度は2012年3月末までに他の制度に移行 する猶予が与えられた)され,給付建て制度の. して,年金債務の会計認識が構築されている. すなわち,受給権付与済みで取り消しえない給. 法制については厚生年金保険法や確定給付企業. 付にも とつくVBO (Vested Benefits. 年金法,また掛金建てについては確定拠出年金. Obligation:確定給付債務),受給権付与前の. 法と,いずれも厚生労働省年金局が所管する法. 未確定給付も対象に加え,当該期日までの勤務. 制の下で,実態的には統一的な取扱いが図られ. に対応するABO(Accumulated Benefits. るようになった.. Obligation:累積給付債務)そして将来の昇給. このうち,掛金建iての確定拠出年金は加入期. による給付増の寄与も考慮に加えたPBO. 間に見合う受給権が確保される仕組みであるが,. (Projected Benefits Obligation:予測給付債. 給付建て制度については,厚生年金基金で実施. 務)などの区分がこれにあたる.. されていた受給権保護のルールを確定給付企業. 一方,わが国では,上記の受給権のうち,制.
(10) 横浜経営研究 第25巻 第2・3号(2004). 10(44). 図表4 懲戒解雇時の不支給の可否 不支給の可否. 根拠法令等. 米国. 日本(確定給付型). 日本(確定拠出年金). 受給権を付与された人には. 企業年金規平等に規定すれ. 3年以上の勤務者には認め. Fめられない. ホ有効. 轤黷ネい. ERISA(従業員引退所得保. 退職金等については判例,. 確定拠出年金法. 癘@). Vたに確定給付企業年金法. 度に加入中の者については,いかなる場合にも. 他の加入者とは,受給資格未達の加入者を意味. 取り消せない受給権という概念が存在しない.. するものと思われる.. 図表4は,懲戒解雇時における退職給付の取. 2.年金債務の把握. 扱いを比較したものであるが,わが国の確定給 付型の企業年金制度では,懲戒解雇に際して退. 2.1 債務把握の目的. 職給付の減額または不支給を行い得ることが,. 退職給付に係る債務把握の目的は何であろう. 以前は判例に支持された慣習として,今日では,. か?. 規約に定めることによって,法律によって明確. 従来の企業年金の財政計算の目的は,年金の. 化されているのである14).. 財政状況を検証して,制度の円滑な運営を維持. したがって,わが国の場合には,いかなる理. していくために必要な年金費用を算定すること. 由によっても取消し得ない強い権利としての年. であった.その場合,一般的に経営計画上では. 金受給権という概念は存在しないことになり,. 安定的な費用見積もりが好まれる傾向が強かっ. 米国のような堅固な足場に立って,議論をスタ. たため,選択可能な財政方式も平準的な掛金負. ートさせることができない.このため,事業主. 担を前提としているものが多い.このため,年. の債務を考えていく場合にも,明確な法的債務. 金財政上の債務とは将来勤務期間も含む給付総. を超えた拡張的概念である法解釈的な債務(ニ. 額の現在価値から,このような平準掛金による. みなし債務:Constructive obligationsの一種). 収入見込額の現在価値を控除した差額として認. の領域に踏み込んで考察する必要がある.. 識されてきた.そして,これら年金財政に係る. このような中で,わが国の年金をめぐる法的. 情報は専ら掛金拠出の責任を負う制度スポンサ. 関係について,民法の解釈にもとつく先駆的な. ーに対して開示されてきたが,近年,制度の加. 研究を発表した古市氏の論文が大いに参考とな. 入者等に対する業務状況の周知等にも使われる. る.古市氏は,年金を巡る法的権利義務として. ようになってきた.. 「(年金)受給者」,「受給待期者および受給資格. 一方,企業会計では「企業年金に係る情報は. 者」,「その他の加入者」の3つの区分を設け,. 投資情報としても企業経営の観点からも極めて. それぞれの従業員の権利を受給権,期限付受給. 重要性が高まっている」(意見書)との認識の. 権,受給期待権という法的権利に対応させ,事. とおり,投資家に対する情報提供を主な目的と. 業主の法的義務についても同様に確定債務,期. するものである.そこでのポイントは,情報開. 限付債務,条件付債務であると整理している15).. 示すべき債務とは,従業員の勤務との交換で企. このうち,受給待期者および受給資格者につ. 業が支払うべき債務を発生主義にもとづき測定. いては一括りにまとめられているが,受給権の. したものという点である.. 濃淡を考慮した場合,両者は別のグループとし. このような考え方の背景として,米国で70年. て区分しておく方が整理しやすい.また,その. 代後半から80年代にかけて企業年金基金の負債.
(11) 退職給付債務の再検討(山口 修). (45)11. や資産のとらえ方が大きく変化したことがあげ. この認識と測定という問題を具体的に考えて. られる.特に80年代には企業年金の積立余剰を. みるために,わが国における退職給付債務の算. 狙ったM&Aが増加し,企業年金を廃止して余 剰金を株主に戻すリバージョン(Reversion). 定の一例を取り上げてみたい.. 「退職給付に係る会計基準」では,「退職給. という手法が横行したことも1985年にSFAS 87. 付債務は,退職時に見込まれる退職給付の総額. 号が導入される大きな要因となったと言われて. (=退職給付見込額)のうち,期末までに発生. いる.. していると認められる額を一定の割引率及び予. M&Aに際しての年金基金に関するディスク ロージャーの充実や年金基金の運用成果をめぐ. 想される退職時から現在までの期間(=残存勤. る企業株主の権利と従業員の受給権との対立な. れている.. 務期間)に基づき割り引いて計算する.」とさ. ど,自己資本との対比でも相当な規模に達した 企業年金の資産の位置付けが変化し,それが企. <例1>. 業年金に対する母体企業のディスクロージャー. ある企業の退職金制度の例で,20歳で入社し. のあり方を再編成する契機となったと指摘され. 現在年齢が40歳(勤続20年)の従業員がいると. ている16).. する.今から10年後の50歳で自己都合退職する. このようにSFAS 87号の設定に至る経緯の中. と1,800万円の退職金が支給され,20年後の60. で,企業年金に関する「ディスクロージャーの. 歳で定年退職すると,退職金は2,800万円にな. 拡充」と「財務諸表の比較可能性」を目指した. る.. 大きな流れがあり,それまでの平準掛金をベー. ここで,簡単のために退職確率は50歳で30%,. スとする年金財政での費用や負債の考え方から. 60歳の定年で70%であったとする.. 分離していったものと考えられる.. したがって,予想されるキャッシュ・フロー. その結果,債務の把握という同種の行為であ. のうち既発生と認識される額は,. るものの,その目的や情報開示の対象が異なる. 20年. ため,債務認識についての考え方や計測の方法. 30年. (ア)50歳時点で1,800万円×. などが,必然的に異なることになる.そして,. 二1,200万円(30%の確率). 財政方式としてはこれらの目的に最も適合する 方式が選択されており,企業会計では予測単位. 20年 (イ)60歳時点で2,800万円× 40年. 積悪方式が,また年金財政では一般的に予測給. 二1,400万円(70%の確率). 付評価方式が採られている.しかし,計算の前. これらの額に夫々10年,20年に応じる割引現. 提となる基礎率等の選択にあたっては共通して. 価率を乗じた上で,それらを合計したものが退. 活用できるものが多い.. 職給付債務の測定額となる.したがって,認識 段階でのこれら発生済のキャッシュ・フローの. 2、2 認識と測定. 合計額は発生済の額に退職確率を乗じた期待値. 認識(Recognition)と測定(Measurement). として把握するのが合理的と考えられ,この場. は,会計で欠くことのできない最も基本的な概. 合には1,340万円となる.. 念である.このうち,認識とは財貨の変動や用. ここで,もし中途退職の可能性が高まり,50. 役の授受を財務諸表等に計上することであり,. 歳で50%,60歳の定年で50%という具合に退職. 測定とは認識された財貨や用役にどのような価. 確率の見込みが変動したとすると,. 値を割り当てるかということであって,両者は 連動している..
(12) 12(46). 横浜経営研究 第25巻 第2・3号(2004). 20年 (ウ)50歳時点で1,800万円× 30年. 認識そのものの中に測定の要素が内包される状. =1,200万円(50%の確率). このような退職給付の認識を法的概念に結び. 況となっている.. つかない単なる予測計算の結果として把握する. 20年 (エ)60歳時点で2,800万円× 40年. アプローチを採用したことは,グローバル・ス. 二1,400万円(50%の確率). として「外国の新たな研究の方向をソフト・パ. となり,同様にキャッシュ・フローの期待値. ッケージのように利用して日本のデータにあて. を計算するとその額は1,300万円に減少するこ. はめるのみでは,パラダイム・シフトを後追い. とになる.. するのが精一杯であろう」17)との苦言に正に. タンダードのエッセンスを虚心に学ぶ際の戒め. 当てはまるものではなかっただろうか.. これらの相違は,割引現在価値による負債評 価を行う前の退職給付の発生額を把握の段階で. 2.3 国際的な退職給付の認識. 生じており,過去に発生済と認識される給付の. ここでわが国の退職給付会計の検討過程を簡. 額が将来の退職時期によって変動することにな. 単に振り返っておきたい.. る.つまり,過去の勤務にもとづいて発生済と. まず国際的な動きから見ると,1998年2月,. なっている筈の退職給付の額は,実は確定して おらず,今後の退職確率によって変化すること. 国際会計基準委員会はIAS(国際会計基準)19 号を新しいタイトル「従業員給付」に改めると. を意味しているのである.. ともに,その内容も一新した.この新基準19号. すなわち,米国のVBOやABOはエリサ法を. は,これに先立って1996年10月に示された公開. 基盤として発生済の債務概念をベースに累積的. 草案E54に対する各方面からのコメントを踏ま. に積み上げられているのに対し,わが国の退職. えて改定作業が進められたものである.. 給付債務では,退職時期によって異なる将来の. 最終的に新基準として定められたもののうち,. 給付をベースにして,法律的な権利概念の根拠. 公開草案E54と比較して変更された箇所のうち. がないままにその期間比例対応分を単純に会計. 主要な項目は以下のとおりであるが,これらは. 上の発生済みの債務とみなすという認識方法を. いずれも米国のSFAS 87号の考え方を大幅に取. 採用して計算しているのである.それ故,わが. り入れたものであった.. 国ではVBO, ABO, PBOといった法的な権利. ①給付の期間配分方法(第67項). せず,単に「退職給付債務」と呼ばれるものが. E54では勤続年数比例の定額法(二期二二 額基準)となっていたが,新基準では給付. 存在するだけになる.. 算定式に準拠(=支給倍率基準)すること. さらに言えば,発生給付の把握の手段として,. を原則とし,大幅なバックローディングに. 支給倍率基準ではなく期間定額基準を原則とし. なっている場合には勤続年数比例の定額法. たこともこの一因となっている.その結果,わ. (=期間定額基準)を用いることになった.. が国の退職給付の認識方法は,その測定方法と. ②数理計算上の差異の取扱い(第92,93項). 一体化し,測定のプロセスと密接不可分になっ ている.つまり,退職給付債務の認識のプロセ. E54では10%の回廊の範囲を超える部分は 即時認識する取扱いであったが,新基準で. スにおいて,確率的な要素が含まれることにな. は同じく10%の回廊を設けたものの,その. り,測定可能性を認識の前提とするという意味. 範囲をこえる損益については一定期間で費. での認識と測定の連動というレベルを超えて,. 用処理する取扱いに変更された.. 義務の相違を反映した重層的な債務区分は存在.
(13) 退職給付債務の再検討(山口 修). ③過去勤務費用の取扱い(第96項). (47)13. く,退職一時金と企業年金を「退職給付コスト」. E54では従業員の平均残存勤務年数で均等 償却するか若しくは即時認識のいずれか企. あることを明確化するとともに,一挙にグロー. 業が選択する仕組みであったが,新基準で. バルな会計ルールを取り入れたという意味では,. は給付の受給権が確定するまでの期間で均. 正に画期的なものであった.. 等償却することになった.. しかし,この退職給付の会計基準の設定にあ. なお,この他の項目については,ほとんど公. たって,各々の退職給付制度の労働債権として. 開草案E54がそのまま承認される形となってい. の法的な位置付けの問題に立ち入ることなく,. るが,主な項目を列記すると以下のとおりであ. 単に「退職給付は企業の債務である」という認. る.. 識からスタートした.. ④制度資産は公正価値(=時価)により認識 する(第54項). ⑤債務の測定方法は,予測単位積増方式とす る(第64項). として包括的に捉え,退職給付は企業の債務で. このため,わが国の企業が従業員に負ってい る債務の法的性格を明確化し,それにもとつく. 概念フレームワークを構築するというプロセス が欠如することになった.それ故,国際会計基. ⑥数理計算上の仮定(=基礎率)は偏ったも. 準の枠組みを大筋で受け入れた上で,わが国の. のでなく,かつ相互に整合的でなければな. 実情に合わせた部分的な修正を加えるアプロー. らない(第72項). チを採らざるを得なかったものと思われる.. ⑦割引率は,給付支払いの見積り時期を反映. なお,新IAS l9号並びにSFAS 87号と比較し. する,貸借対照表日現在の優良社債の市場. たわが国の退職給付会計基準における主要な変. 利回りを参照して決定しなければならない. 更箇所を整理すると以下のとおりとなる.. (第78,80項). ⑧債務の測定には,将来の給与の上昇を反映. ①給付の期間配分. する(第83項). 新IAS 19号では給付算定式に準拠(二支給. また,米国のSFAS 87号が貸借対照表におい. 倍率基準)することを原則とし,大幅なバ. て,累積給付債務(ABO)に基づく追加最小 債務の認識をしているのに対し,新IAS 19号 ではPBO基準による取扱いを一貫させ, ABO. ックローディングになっている場合に限り. にもとつく追加最小債務の認識は行わないこと. は勤続年数比例の定額法(=期間定額基準). になった.この背景には,各国で受給権保護の. が原則的な配分方法と位置付けられた.. 法制度が必ずしも一般的でなかったため,エリ. ②割引率. サ法という強固な法概念に裏打ちされた米国流. 新IAS l9号では貸借対照表日現在の優良社. の考え方を他の国に一律的に適用することは難. 債の市場利回りを参照して決定するものと. しいとの判断があったものと思われる.. されていた.わが国の場合も安全性の高い. 勤続年数比例の定額法(=期間定額基準) を用いることになったが,わが国の場合に. 長期の債券の利回りを基礎とするが,一定 2.4 日本の退職給付の認識. 1)国際基準との相違 2000(平成12)年度から導入されたわが国の. 期間の利回りの変動を考慮して決定するこ とができるとされたため,貸借対照表日直. 退職給付会計は,それまでの退職給与引当金に. 在の利回りではなく,国債利回りの過去5 年平均などを用いる企業が多いのが実情で. よる退職一時金制度中心の会計処理から大きく. ある.. 前進し,企業年金を別個のものとするのではな.
(14) 14(48). 横浜経営研究 第25巻 第2・3号(2004). ③数理計算上の差異. 計算基礎を変更しない重要性基準を採. 新IAS 19号では債務又は資産の大きい方の. 煙したこと. 10%を超えない限り収益又は費用として認. このうち,(イ)の期間定額基準の採用につ. 識しないいわゆるコリドー(回廊)方式を. いて,意見書で「国際的にも合理的で簡便な方. 採用したが,わが国の場合には基礎率等の. 法と考えられている」としたことは,公開草案. 計算基礎に重要な変動が生じない場合には. E54をベースとした判断だったのか,あるいは. 計算基礎を変更しない等計算基礎の決定に. わが国の退職給付制度をバックローディングの. あたって合理的な範囲で重要性による判断. 傾向が強いものと判断(これは前述のとおり誤. を認める方法(=重要性基準)を採用した.. 認に近い)したためであったのか不明であるが,. ④追加最小債務の認識(SFAS 87号との比較). いずれにしても最終的に選択されたグローバ. 米国のSFAS 87号で行われているABO. ル・スタンダードでは支給倍率基準が原則とな. (累積給付債務)にもとつく追加最小債務. ったことと整合しない点である.. を貸借対照表に形状する方法はわが国では. また,(エ)の重要性基準では個々の基礎率. 採用されなかった.. の変更が重要でないと認められた場合,たとえ それらが重なり合らて全体として重要な影響を. 2)わが国の退職給付会計基準の問題点. 与えることになっても,それらの影響が反映さ. 以上のようにわが国の退職給付会計基準では,. れないため,グローバルな会計ルールの観点か. 国際会計基準の一部を修正する形で導入される. らは,恣意性を排除できないものと判断される. ことになった.もともと,国際会計基準も合理. 可能性がある.. 的な範囲内で各国の実情に即した形に修正を行 うことは容認されるものであろうが,改めてわ. が国の退職給付会計基準を検証してみると,以. 3.年金債務の評価方法. 下に掲げる重要な再検討課題がある.. 3.1受給権の濃淡による差 「1.3 日本における年金受給権」で述べた. (ア)法的権利の濃淡を考慮せずに債務の規. とおり,わが国ではいかなる場合にも取り消せ. 定を行い,確率的な変動要素を含む計. ない確固たる受給権の概念は確立されていない. 量的な値として認識されるPBOのみを 会計上の債務とみなしたこと. が,SFAS 87号にもとつく退職給付債務の考え 方を参考に,わが国の退職給付の債務認識にお. (イ)そのPBOの算定においても,支給倍率 基準を採用せず,期間定額基準を原則. いても米国のVBO, ABO, PBOと類似するカテ. 的な配分方式として採用したこと. その;場合,前述の古市氏の法解釈に基づく整. (ウ)割引率の決定において5年平均の許容 など貸借対照表日のカレントレートに. 理が大いに参考となる.. 同氏の論文では,年金を巡る法的権利義務を. 限定しなかったために,発行体企業に. 受給者,受給待期者(受給資格者)及びその他. 選択の余地を与えることになっている. の加入者の3つに区分して,それぞれの従業員. こと. の権利を受給権,期限付受給権,受給期待権と. (エ)数理計算上の差異について,一定範囲. いう法的権利に対応させている.. を認識しない回廊アプローチを採用せ. このうち,受給待期者の中には裁定済待期者. ず,「退職給付債務の計算が長期的な. と未裁定待期者の両方が含まれるが,裁定行為. 見積り計算であること」(意見書)を. とは受給資格を満たした者の請求による受給権. 理由に,重要な変動が生じない場合は. 確認のための事務であると考えられるので,こ. ゴリーに区分して,改めて整理してみたい..
(15) (49)15. 退職給付債務の再検討(山口 修). 図表5 わが国の退職給付の債務区分 VBOに該当する債務. ABOに該当する債務. ①受給者. ○. ○. ②受給待期者. ○. ○. ○(自己都合). ○(会社都合). ③受給資格充足者 ④受給資格未達者. ○(補正乗率適用). ×. れの有無によって権利関係の優劣がつくと考え. 権は確定しているものと考える方が妥当であろ. る必要はなかろう.. う.加えて,退職時裁定を採用している制度の. また,受給待期者(ニすでに退職した者)と. 場合など,退職時に受給権の確認が行われてい. 違って,受給資格者(未だ在職している者)は,. ることを勘案すると年金受給権はやはり確定し. 実際退職する時の退職事由の相違によって適用. ているものと解することができよう.. される給付乗率が異なる可能性があるため,こ. さらに,受給資格充足者は,形式的に言えば. れら両者は区分しておく方がわかりやすい.こ. 在職中は期限満了(=退職)という条件が充足. のため,本稿では,古市氏の区分を細分化して. されていないことになるが,この退職という条. 受給者,受給待期者,受給資格充足者及び受給. 件は他の期限的な条件と異なり,従業員の意思. 資格未達者という4つの区分で整理することに. によって実現できるものである.このことから,. した.. 受給資格充足者についても,少なくとも自己の. なお,ここで受給資格充足者とは,年金や一一. 意思による退職の場合に適用される自己都合の. 時金などの受給資格に到達しており,退職すれ. 給付額の受給権は確定しているとみることが妥. ば受給要件を満たす者を指しており,受給資格. 当であろう.. 未達加入者とは,例えば勤続3年未満の退職者 には支給しない制度で,勤続2年の加入者など,. 退職給付は従業員の選択によって確定すると. 未だ受給資格に到達していない者を指しており,. 途退職が日常化する流れの中で,いよいよ実感. 受給権は発生していないものの,「期待権」と. をもって理解されるようになってきた.. いう特殊な法的関係が認められる者である.. わかりやすい例でこれを喩えると退職給付は. このような法的権利関係による4つの区分に. 銀行預金に似ていると言える.. 基づいて,債務の整理を行うとすれば,わが国. 銀行預金では預金者はいつでも自分の意思で. でVBOおよびABOに該当する債務とは図表5. 預金を引き出せる権利を持っている.しかし,. のように整理することができよう.. 銀行に対する信用不安といった事態が生じない. ここで,受給者の年金受給権が確定している. 限り,現実には預金者が一斉に預金払出しのた. ということは論を侯たない.また,受給待期者. めに銀行を訪れることはない.だからといって,. については支給開始年齢に到達していない段階. 銀行が預金債務の全額を認識せずに払出請求の. では,期限満了という条件が充足されないこと. 発生確率にもとづいて債務評価をするといった. から年金受給権は確定しないとする考え方もあ. ことは認められていない.預金全額を銀行の債. ろうが,受給権者が年金受給に代えて一時金で. 務として認識しなければならない.. の受給を選択できる制度では,期限到達前にお. 従業員にとって退職給付の期限満了という条. いても即時給付の受給が可能であり,少なくと. 件は,このような預金者の立場と同じであり,. も選択一時金相当の年金現価額についての受給. 企業は発生済債務の全額をきちんと認識するこ. いう事実は,雇用の流動化が進展した今日,中.
(16) 16(50). 横浜経営研究 第25巻 第2・3号(2004). とが必要である.それゆえ,従業員が一斉に自. を用いて発生済の債務を把握する方法によって,. 己の都合で退職した場合に支給すべき給付額の. 結果として要支給額をベースとした積み上げに. 合計は,企業にとって発生済の債務として認識. 基づき債務認識を行うことと同じプロセスにな. すべきものと言える.. るものであり,次章でその具体的な方法を紹介. このように法解釈的な受給権の概念を基本と. している.. して,企業が負うべき債務を考えていぐと,わ. 参考までにVBO, ABO, PBOの各債務の概. が国における確定給付債務(VBO)に該当す るものとしては,「①受給者の給付」,「②受給. 念図図表6を掲げておく.ここでは将来の給与 の増加による債務への影響は,将来期間が短い. 待期者の給付」のほか,「③受給資格充足者の. ほど(=定年年齢に近いほど)昇給の回数が少. 過去の勤務期間に応じる自己都合給付」が含ま. なくなることと,一方でベースとなるABOが. れるものと解されよう.. 小さいほど,その影響による債務の増加も比例. さらに,この確定給付債務(VBO)に該当. 的に小さいことを踏まえて,昇給による追加部. するものに加えて,米国の累積給付債務. 分(陸中のCの部分)のイメージを描いている. (ABO)に該当する発生済債務として企業が認. 点がこれまでの一般的な解説図と異なっている. 識すべきものとしては,図表5の「④受給資格. ので注意されたい.. 未達者」の過去の勤務期間に応じる補正乗率適 用による給付が考えられる.ここで,補正乗率. 3.2 給付配分をめぐる考え方. 適用による給付とは勤務期間の短い従業員に対. わが国に退職給付会計が導入される以前の話. して,受給資格が始めて充足される時点までの. であるが,1985年のSFAS 87号が公表後, SEC. 期間按分により算:定されるみなし給付を想定し. 基準が適用される日本企業(=USGAAP採用. ている.. 企業)の年金制度に対して,米国の会計ルール. このほかにABOに該当するものとして,わ. を適用するにあたって,その解釈をめぐって実. が国特有の退職事由別の乗率格差を認識するた. 務を担当する年金アクチュアリーの問で見解の. めに図表5の「③受給資格充足者」に係る退職 事由による差に相当する給付が含まれるものと. 異なる2つのレポートがまとめられた.この議. 整理できよう.これは,最終的な期限満了時期. の見解の相違であった.SFAS 87号では給付の. にあたる定年退職に至る給付カーブを滑らかな. 配分は原則的には給付算定式に基づくこととな. 変化として捉え,発生済給付を合理的に把握し. っており支給倍率を基準とする方法が採られて. ようとする考え方である.. いたが,いわゆるバックローディングとなる部. さらに,このABOの算定式において,給与. 分については期間按分方式によることとされて. の将来の上昇分のうち当期までの跳ね返り分を. いた.. 論の最大のポイントは給付の配分方法について. 見込むことを選択すれば,新しい受給権概念に. これを受けて,一方のグループでは,SFAS. 裏付けられたPBOが導出されることになる.こ. 87号に忠実に原則的な配分方式である支給倍率. のようにして算出されるPBOは,過去期間対応. 方式の考え方を前面に打ち出したのに対し,他. の給付現価として予測計算により算出される単. 方のグループはわが国の退職給付制度にはバッ. なる数値ではなく,受給権の濃淡(もしくは強. クローディングの傾向が強い制度が多いとの判. 弱)をバックとした法的な債務性に裏打ちされ. 断と実務的な簡便さの観点から期間按分方式の. た数:値ということになる.. 考え方を前面に出し,意見が対立していた18).. なお,本稿で提案している算定方法は,国際. このため,具体的な算定方式についての協議. 会計基準との整合性を保ちつつ,支給倍率基準. がなされたが,米国基準についての解釈や日本.
(17) (51)17. 退職給付債務の再検討(山口 修). 図表6 債務の区分. ◆◆◎. VBOニA ABO=A十B. ◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆. PBO=A十B十C. ◆◆ ◆◆ ◆◆ レ◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆. C. ◆◆. ◆◆ φづ◆◆ .・■●・◎. 入社. B 受給資 格取得. A. ⇒. 年金支給. 全要件 を充足. の退職給付制度への適用にあたっての認識の相. ったため,結果的に現在の日本基準と国際基準. 違などから,統一的な結論に達しないまま,実. との間で不整合が生じており,改めてこの配分. 務運営面での解釈に委ねられる形になった.そ. 方法についての再検討が必要となっている.. の結果,SEC基準の企業年金で,適用された件 数が多いグループの手法(支給倍率方式による. これについては,わが国退職給付が即時支給. 方法)が当時の主流的な考え方と認識されてい. ではないという事実からスタートすれば,支給. た19).. 倍率方式を原則とする国際的なルールを導入し. その後,1998年6月に発表された日本基準の 導入にあたって,大いに参考とされたのは既に. つつ,その支給倍率の適用にあたっては即時支. 検討が先行したIASの公開草案E54(1996年10. として,据置加給相当の再評価率を付加する方. 月に公表)であった.このため,公開草案E54 において原則とされていた勤続年数比例の定額. 法が考えられる.. 具体的には,現在’年勤続し,τ年後に退職. 法(=期間定額基準)が,その後の検討におい. するとした場合の支給倍率8α)を基準とする. ても大きな影響を与え,「国際的にも合理的で. 配分比率を次式のように定める方法である.. 簡便な方法」との認識のもとでこれが日本基準. ω3ω×(1+∫)τ. に取り入れられることになり,配分方法をめぐ. ⑦3(∫+τ). る議論には一応の終止符が打たれた形で,国内. (ノ):退職事由,お据置加給の利率. 基準の検討が進められていった.. この再評価に用いる利率∫の定め方について. しかし,1998年2月に発表された最終的な IAS 19号の改定版では,公開草案から一転し. は次章で検討している.. て,米国基準と同様,給付算定式に準拠(=支 給倍率基準)する方法が原則とされることにな. の制度であり,実態的にはバックローディング. 給と据置給付との制度的な相違を是正する手段.
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