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日本のワイン用ブドウ'ヤマ ソービニオン'の育種 利用統計を見る

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山梨大学工学部研究報告 第52号 2003年

日本のワイン用ブドウ‘ヤマソービニオン’の育種

ワイン科学研究センター

山川祥秀

1.はじめに  ワインは不思議で楽しい飲み物です.ワインを飲 み続けても,勉強しても,研究しても,最終地点が わからない複雑怪奇な飲み物でもあります.これ は,ワインの「多様性」と飲み手個々の好みである 「嗜好性」に由来するものと考えられます.  40年余の間,日本産ワインの品質を良くするため に,ワイン造りに関与する酵母の研究,ワイン醸造 技術の改良,ワインの品質に大きな役割を果たすブ ドウの研究を続けてきました.結論的には,100人 皆が納得してくれるワインの品質は不可能に近く, 半分の50人が納得してくれれば,それで合格と思わ れるようになりました.ブドウ・ワインの研究にお いては,ワインは「嗜好品」であるという逃げ道が 存在していてくれたのです.  ワインの品質改良には,その原料となるブドウに 関する種々の課題,そのブドウの特徴を充分に発揮 させる醸造関係と広範囲に研究課題が存在します.  ここでは日本の新しいワイン用ブドウ品種の育種 について,報告することにします. 2.ブドウとワイン  ワインはブドウを原料として造られるアルコール 飲料です.しかし,日本の酒税法には「ワイン」の 定義はなく,どのようなアルコール飲料にも「ワイ ン」の言葉を使っても構わないことになっていま す.ブドウから造られるワインは,日本の酒税法で は「果実酒」の範疇に属しています.  ワインはアルコール飲料の中で,最も製造法が簡 単です.すなわち,ブドウを潰して置いておけば, ブドウの果皮に着いていた酵母によって,アルコー ル発酵が起こり,ワインができあがります.しか し,酸敗など醸造の失敗は企業的には許されません から,醸造技術を駆使して,ブドウの特徴が付加さ れた品質の良いワインに仕立てる努力がなされてい ます.フランスでは,数は少なくなりましたが,今 もって伝統的なブドウを潰すだけの製法を採用して いるワイナリーがあります.  ワインはブドウだけを原料にしています.そのう え製造法が簡単です.そのためワインにとって,原 料となるブドウの品質が最も重要ということになり ます.ブドウの重要性を示したコピーが世界中には 数多くあります.  ブドウはワインの生みの親  ワイン造りはブドウ作り  良いワインは良いブドウから  ワインの主役はブドウ  ブドウはワインの命(ワインの命はブドウ)  ワインの品質はブドウで決まる  ブドウを知らずしてワインを造るな  ワインを知らずしてブドウを作るな  ワインは風土の産物  ワインの出生地はブドウ収穫地  ワインは地酒 など拾い切れないほどです.  ワインにとって,その重要性が指摘されているブ ドウ,ブドウの品質を決める要因として,ブドウ品 種,気候,土壌,人間の四つが挙げられます.また, これらがワインの多様性を示す要因にもなります.  (ブドウ品種) ブドウにはワイン用に適した品 種,食べておいしい生食用に適した品種など,用途 によって適用品種に違いがあります.ワインにはワ イン用に適した品種を使う必要があります.また, ブドウは農作物ですから,栽培する地域に適した 「適地適品種」を選抜して栽培することが大切で, ワインの品質を向上させることにつながります.  (気候) ブドウは,基本的には乾燥地帯を適地と する乾燥に強い果樹です.冬になると葉を落として 休眠することが必要な落葉果樹です.夏乾気候の温 一1一

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帯地域を栽培適地としています.しかし,気候条件 は人智ではどうしようもありません.日本国内での ブドウ栽培は,より適した地域を探索する他ありま せん.甲府盆地は,先人の知恵で棚仕立て法を確立 して,日本の中ではブドウ栽培に適している地域と して継続しています.このところ地球温暖化の現象 が顕著になり,日本におけるブドウ栽培適地も徐々 に冷涼気候の長野県,山形県および北海道に移りつ つあることも現実です.  (土壌) 基本的には,ブドウは乾燥地帯の植物で すから,水はけの良い(傾斜地),あまり肥沃でな い土壌を好みます.しかし,日本の気候・風土が必 ずしもその条件を満たしてくれるものではありませ ん.人間のできることとして,深耕,暗渠排水,一・ 部客土などで対処するしかありません.  (人間) 最後の要素として人間,ブドウ栽培をす る人,ワイン醸造をする人の資質がワインの品質に 大きな影響を及ぼします.ブドウ栽培およびワイン 醸造にかかわる技術,能力,こだわりなどが挙げら れます.先に示した「ブドウを知らずしてワインを 造るな」,「ワインを知らずしてブドウを作るな」の コピーのように,私はブドウを作る人,私はワイン を造る人ではなく,ブドウもワインも分かる人,せ めて両者の共感関係・連帯関係が密であることが必 要です.それがなくては,ワインの品質向上には限 度があります.  ワインは選ぶのに困るほど「多様性」に富んでい ます.この要因として,同じようにブドウ品種,気 候,十壌,人間の四つが挙げられます.  赤ワイン,白ワイン,ロゼワインなどワインがバ ラェテー豊かであるのはブドウの品種の性質により ます.果皮に含まれるアントシアニンなどの赤色色 素の種類と含量により,ワインの色合い,色の濃さ に違いがでます.また,ブドウ品種によりワインの アロマ(ブドウ品種の香り),味の違いなどがでて きます.ワインに使われるブドウ品種の多さがワイ ンの多様性を生みだしています.  ワインは農産加工品です.農作物であるブドウを 原料としています.農作物ですから,栽培する地域 の気候と土壌によって,ブドウの内容が違い,ワイ ンの品質に違いがでてきます.そのためワインラベ ルには,ブドウ品種とともに,ブドウを栽培した 国,地方,地域,町村名までが表示される慣わしに なっています.特に付け加えることとして,アル コール飲料の中でワインにだけビンテージ(Vin一 tage)という栽培年度の表示があります.過去に は,すばらしいブドウの成り年のワインにだけ表示 していましたが,最近はワインの特徴,差別化の一一 つとして,ビンテージ表示が一般化してしまいまし た.このように,ブドウの栽培地ごとの違い,加え てブドウ栽培年の違いで,ワインの多様化がさらに 進むことになります.  またブドウを栽培する人,ワインを造る人,ワイ ンに関わる技術,能力,こだわりなど人間の資質面 の違いから,同じブドウ品種,同じ栽培地,同じビ ンテージでも,ワインの品質が違い,さらにワイン の種類を多くしてしまっています.  ワインの選択に困るのではなく,ワインを飲まれ るTPO,低価格ワインからビックリする高価格ワ インまでありますから,ポケットの中身と相談し て,自分の好みに合ったワインを選ぶ楽しさを味 わっていただきたいものです. 3.ブドウについて  ブドウ属(Vitis)の種は,世界に50種以上はあ るとされています.品種については,特定地域で呼 ばれる同種異名,改良品種を含めると,1000品種と も5000品種ともはっきりしない数字がいわれていま す.ブドウの分類を手がけている人々は,形態的に 何か違っていれば新しい種および品種として報告す る傾向が見られます.分類に遺伝子的解析の手法が 基準化されれば,種および品種の数は自ずと限定さ れるのではないかと思われます.  ブドウの種の代表として,日本で栽培され,ワイ ンに関係するビティスビニフェラ(Vitis viniferα  ヨーロッパ系ブドウ)とビティスラブルスカ (Vitis lαbruscα:アメリカ系ブドウ)を挙げてお きます.  ヨーロッパ系ブドウ:ビニフェラ種は,日本の気 候とは逆関係にある夏乾気候の地中海性や西岸海洋 性の気候帯を適地としています.ワイン用の有名品 種はこの種に属し,生食用にも適していて,ブドウ の王様とされる品種群です.ワインに適した種で あっても,日本の気候・風土で栽培することはなか なか難しい種ということになります.  アメリカ系ブドウ:ラブルスカ種は,温暖湿潤気 候帯を適地としており,日本の気候にも比較的適し ているようです.この種は,教科書的には「狐臭」 (Foxy flavor)といわれる独特で,しかも強烈な

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日本のワイン用ブドウ‘ヤマソービニオン’の育種 香りを持っていることからワイン用には不向きとさ れ,ジュース用,生食用に適した品種群とされてい ます.狐臭はFoxy且avorの誤訳で,ブドウの香り にけもの臭があるのではなく,この種の強い香りの ブドウを狐が好んで食することから,原産地のアメ リカではFox Grapeの異名があったことからのよ うです.しかし,狐臭に代わる適当な訳語は見当た りません.  後述する品種改良に関係しますので,日本原産の 山葡萄(Vitis coignetiae:ビティスコアニティー) について説明を加えておきます.このコアニティー 種は,ユーラシア大陸から日本列島が分離した,計 り知れない太古の時代から,日本列島に自生してい たと考えられる種で,日本原産のブドウということ ができます.縄文・弥生の古代人も山葡萄を食して いたようです.遺跡から種子が多量に出土すること から,ワインになってしまったブドウジュースを楽 しんでいたかも知れない,夢がかきたてられる日本 の葡萄です.消毒などの人の手を借りず,この日本 の気候・風土で永らえてきました.しかし,山葡萄 は雌雄異株で,栽培するブドウとしてはいろいろと 問題点を持っていますが,この日本の気候・風土で 永らえてきた特性は重要と考えられます.この種を 育種素材に使わない手はないと思ったことが,以後 のブドウ育種に関わる端緒となりました. 4.日本のブドウで日本のワイン  先に挙げたコピー「ワインの出生地はブドウの収 穫地」,「ワインは地酒」,「ワインは風土の産物」が 示すように,日本のブドウで造られたワインこそが 「日本のワイン」なのです.しかしながら,日本の 農業の現状から考え,日本で造られるワインが全て 日本で栽培されたブドウから出来上がっていると考 えることには,むしろ不自然さが生じます.  日本のワインの現状について,触れておきます.  日本で生産されているブドウは,年々減少傾向を 示し,ここ数年の平均量でおおよそ23万トン,その 内ワイン用に仕向けられている量は多くて3万ト ン,ブドウ生産量の10%強に過ぎません.日本のブ ドウは大部分が生食用に消費されており,飲酒が禁 止されているイスラム諸国と同じ傾向を示していま す.ちなみに,フランス,イタリア,ドイツなどの ワイン生産国は,ブドウ生産量の90%以上がワイン 用に仕向けられています.   日本のブドウのワイン仕向け量が少ない理由は, いくつかの理由が絡み合って複雑になっています. 農業従事者の減少,ブドウ栽培農家の耕地面積が少 ないこと,ですから付加価値の高い生食用のブドウ を栽培して,収入を確保しなくてはなりません.ワ イン原料ブドウの価格は,世界的市場価格で見なく てはならない時代になりました.輸入されるボトル ワイン(ビン詰めされたワイン),バルクワイン(大 きな容器で輸入されるワイン),濃縮ブドウ果汁  (ドラム缶で輸入され,日本の水で希釈・発酵させ る国内産ワインの原料)などとの価格競争,品質競 争になります.日本のワインに仕向けられるブドウ の価格は当然低くなってしまいます.日本で栽培さ れているブドウ品種は生食用が主体です.「良いワ インは良いブドウから」のコピーがあるように,品 質の良いワインを造るにはワイン用に適したブドウ 品種が要求されます.過去のように,生食用で余っ たブドウでワインを造るという公式は通用しない時 代になってきました.ワインを造る側からみれば, 輸入ボトルワインとの価格・品質競争を勝ち抜くた めには,品質の良いワイン用ブドウを要求してくる のは自明の理屈です.ブドウ農家にとっては,価格 が抑えられ,栽培の難しいワイン用品種より,手数 は掛かりますが価格の高い生食用を少面積で作って いくことになります.現在の日本農業の実態から, ワイン用に仕向けられるブドウの量は,減少するこ とはあっても,増加する条件はないように思われま す.  日本のブドウで日本のワインを実現するために は,付加価値の高い,栽培が容易で,ワインの品質 に優れたブドウ品種の開発が,ブドウ農家からもワ イナリーからも,消費者からも要望されます.  日本で消費されているワインの内容を見ていくこ とにします.ブドウの生産量,輸入されるボトルワ イン,バルクワインおよび濃縮ブドウ果汁は,年度 により数量に変化がありますから,ここ数年の資料 をもとにします.  日本で消費されるワインの量は,26万KL程度で す.平成10年には37万KLまで伸びましたが,不景 気風が吹き荒れ,現在はこの程度で落ち着いてし まっています.消費される26万KLのうち,輸入ボ トルワインが16万KL(62%),国産ワインが10万 KL(38%)となっています.平成に入ってまもな くの時期には,輸入ボトルワインと国産ワインの消 費比率は半々でしたが,ワインの消費量が伸びて来 一3一

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るに従い,輸入ボトルワインの量が増えてきまし た.ワインを造りたくても日本のブドウ生産量は増 えてくれません.  さて,国産ワインといわれるワインの内容を見て おきましょう.前述しましたが,日本のブドウでワ インに仕向けられる量は3万トンに過ぎません.こ

の量でワインは2万KLしか造られません.10KL

−2KL,8万KLは何から造られているのでしょ

うか.輸入バルクワインが5万KL,濃縮ブドウ果 汁から2万5千KL,農林規格のジュース用ブドウ

果汁から5千KLが国内産ワインの内容になりま

す.日本のブドウから造られるワインは2万KL, 国内産ワイン10万KLの20%に過ぎません.日本で 消費されるワイン26万KLの7.7%に過ぎません.  国産ワインが外国産原料に頼っているからとビッ クリされては困ります.スーパーで売られている食 料品をはじめ,その他の品々を点検してみて下さ い.JAS(日本農林規格)により,原産地表示が義 務付けられ,野菜,果物,穀類,魚,肉など,さら にそれらの加工品に到るまで,国産品の比率は僅か なのが現状です.日本の食糧自給率は40%を下回ろ うとしています.先進国としては恥じる数値です. 日本の農業政策の失敗が如実に表われています.  日本のワインは日本のブドウから,本物の日本の ワインが比率的には少なくなりますが,安全・安心 (機能性食品の0次機能)なワインを造る方向が必 要になります.そのためには,量的に多くは望めま せんが,新しいワイン用ブドウ品種の開発が必要な のです. 5.ワイン用新品種の育種目標  ブドウの育種法にはいろいろな方法があります. 導入育種といわれる外国あるいは国内の別の地域か ら,ブドウ品種を導入して,その土地での栽培性, あるいは目的とするワインの品質評価などを調査し て,適地性を判断する方法です.私どもはすでに, ヨーロッパ系のワイン用有名品種を導入して,適地 性を調査してきました.甲府盆地においてという限 定はありますが,フランスボルドーの赤ワイン用品 種「カベルネソービニオン(Cabernet Sauvi− gnon)」,同じく「メルロー(Merlot)」,フランスブ ルゴーニュの白ワイン用品種「シャルドネ(Char− donnay)」の3品種の栽培が可能であるとの調査結 果を出しました.この結果とワイン専用品種の必要 性が認識され,広く栽培が進むことになりました. その結果,ワイン業界の努力もあって,国際ワィン コンクールで入賞するワインが出るようになるまで の進化を遂げてきています.しかし,試験圃場が甲 府にあるということで,試験結果をそのまま日本全 国に適用させることはできません.これも自然相手 の植物を研究の材料に使う者の宿命です.  次の育種法として,バイオテクノロジーによる方 法があります.遺伝子組み換え,特性付与がピンポ イントで可能な究極のバイオテクノロジーですが, 安全性の問題が一部から指摘されることもあり,一 般消費者には認知されていない技術です.生長点培 養,ウイルス病を持たない,いわゆる無病株を育成 し,それを大量増殖する技術です.すでに,現在栽 培されているブドウはウイルスフリー株が一般化さ れています.細胞選抜,数多くの細胞の中から,例 えば病害に耐性を持った変わりものの細胞を選び, その性質をもったブドウ品種を作ろうとする技術で す.細胞融合,自然界では起こらない異種あるいは 同種の細胞を融合させて,複二倍体の新しい性質を もった植物を創る技術です.これらのバイオテクノ ロジー技術を使って,ブドウの品種改良研究に関 わってきましたが,ブドウ細胞塊(カルス)からの 植物体再生が極めて困難で,新品種の開発には到達 できずにいます.しかし,研究と調査を続けた資料 をまとめて,「新しい植物をつくる一植物バイオテ クノロジーの世界一」(コロナ社1995年)を出版す ることができました.  以上の育種法と並行して,従来からの典型的・古 典的ともいわれる交雑育種法(交配育種法)で新し いワイン用品種の開発を行ってきました.交雑育種 は両親品種の形質から,目的形質だけを持った子孫 を選び出す,良いとこ取りの方法で,学問的でな く,時問と労力がかかる厄介な方法です.  交雑育種においては,先ずどのような性質を持っ た品種を創ろうとするのか,育種目標をはっきりと 定めて置かなければなりません.次いで,そのため にはどのような両親品種が素材として適当なのかを 見極めなくてはなりません.ブドウ品種全般にわた るそれぞれの特性形質を経験と調査によって把握・ 集積しておかなければなりません.  私が手掛けてきたワイン用ブドウの育種目標とし て,先ず栽培性を重要視してきました.病害に弱い ヨーロッパ系の有名品種を栽培してきた経験から, 日本の気候・風土に適合した病虫害耐性の強い品種 一4一

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日本のワイン用ブドウ‘ヤマソービニオン’の育種 を狙うことにしました.そのために,古代からこの 日本の気候・風土で永らえてきた「山葡萄」を使う ことに決断しました.日本のブドウ育種の先輩たち は,栽培性の面からアメリカ系ラブルスカ種,ある いは栽培経験の長い甲州系(甲州種,甲州三尺,善 光寺ぶどうなど)を,もう一方の親としてワイン品 質の良いヨーロッパ系ビニフェラ種を使うことがほ ぼルール化していました.  私は,「山葡萄」を一方の親に使うことで,病虫 害耐性に強く,今までに創られなかった「個性的」 「差別的」「特異的」「独自性」な特性をもち,加え て,山葡萄のもつ「地域性」「風土性」,山葡萄を親 に使ったという「話題性」「希少性」を狙いまし た.もう一方の親としては,従来の育種目標を踏襲 して,ワインの品質が優秀と誰でもが認めるヨー ロッパ系ビニフェラ種を使うことにして,両親特性 の良いとこ取りで,目的の特性を導き出すことに狙 いを定めることにしました.  具体的には,山葡萄の雌性株(山葡萄は雌雄異 株)にヨーロッパ系ビニフェラ種の有名ワイン用ブ ドウ品種を花粉親として,片っ端に交雑することか ら始めることにしました. 6.‘ヤマソービニオン’の育種経過  ‘ヤマソービニオン(Yama Sauvignon)’は‘山 葡萄(Vitis coignetiαe)’の雌性株の花にボルドー の赤ワイン用品種‘カベルネソービニオン(Caber− net Sauvignon)’(Vitis viniferα)の花粉を交配し た実生群から,栽培性に優れ,ワインの品質が優秀 と思われる株を選抜して,得られた赤ワイン用品種 です.  ブドウは遺伝的に固定されていませんから,交配  によって発生した種子の遺伝情報は,確率的に同じ  ものは出てきません.そのため,目的の性質を持っ た株を選抜しなくてはなりません.人間も遺伝的に 固定されていませんから,両親から生まれる兄弟た ちの個々の遺伝情報は違ってきます.父親に似てい る,母親に似ているなどが現れることになります.   ‘ヤマソービニオンの育種経過を表に示しまし た.  あらかじめ,御坂峠山中に自生している山葡萄の 雌性株を調査して,毎年良く結実して,果粒径が10 mm程度,山葡萄としては比較的立派な果実を成ら せ,真っ黒に着色して,比較的早熟で,糖度が高 く,酸度が低くなってくれる株を選抜しておき,こ れを母親株としました.今から25年前の,1978年の 6月1ユ日に,あらかじめ他の花粉で受精しないよう に花穂に袋を掛けておきました.花穂が成熟開花し た時点に,父親としてカベルネソービニオンの花 粉を交配しました.交配後に再び袋を掛けて,成熟 を待ちました.その年の秋,9月30日に熟した交配 果房を収穫,種子を取り出しました.採集した種子 を水洗,選別して,乾燥しないように川砂の中に保 存しておきました.この交配種子として683粒を確 保できました.  翌年,1979年の春,発泡スチロール箱に播種,632 株が立派に発芽してきました.育苗の段階で子葉の 形と色,幼軸の色がほぼ同じ株は,数株を残して, 抜き取り淘汰をして,85株を残すことにしました. 「育種は淘汰」といわれます.早期に基準を決めて 扱う数を少なくしておかないと,その後の管理・調 査に労力を費やすことになります.  1980年春,小さな苗を普通の圃場に50cm間隔で 定植・育苗管理,基本的には農薬散布を行わないこ とにしました.花穂を持った段階から川頁次,不完全 表 ヤマソービニオンの育種経過 ]978年6月11日:交配 ♀lll葡萄×♂カベルネソービニオン 1978年9月30日:交配果実の収穫・採種・選別・貯蔵 1979年春    :播種(無加温床)        第一次淘汰 子葉の形と色、幼軸の色が同じ株を淘汰 1980年春   :定植・育苗 株間50cm、畝間100cmに定植・育苗       :第1次淘汰 不完全花株(雌性株23株、雄性株2株)を淘汰 1983年    :第三次淘汰 裂果、耐病性不良、着色不良などを淘汰        一部ワインの試験醸造・利き酒審査 1987年     ワインの試験醸造・利き酒審査、種苗登録用特性調査 1988年    :種苗登録申請 ヤマソービニオン(Yama Sauvignon)と命名 1990年    :現地調査・登録公示・登録認可(第2457号) (683粒確保) (632株発芽) (85株を残す) (60株を残す) (8株を残す) (3株を残す) (1株に絞る) 13年を要した 一5一

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花株(雌性花あるいは雄性花のlit性花)を淘汰しま した.さらに完全花(雌しべと雄しべをもった花) の株においても裂果する株,耐病性のない株,着色 の悪い株などを淘汰し、8株を残しました.  残した8株について,少なくても3回,ブドウは ユ年に1回しか収穫できませんから、少なくても3 年かけてワインの試験醸造,ワインの利き酒審査を 行いました”3株を残す段階までは.ワインの利き酒 審査で有意の差が出て,選抜に問題は発牛しません でした.しかし,最終的に1株に絞る時点では、審 査員の評価がマチマチとなり、長所と思われた評価 が短所の評価となる意見もあり,ワインの評価の難 しさを感じました.最終的には,栽培性に関する評 価,病害に極めて強い耐性を示す特性を取りヒげる ことで.意見の一致を得て、この1株を選び’ヤマ ソービニオン’と命名,種苗登録を取得することに なりました,交配から種苗登録認可まで]3{11を費や すことになりました. 7.おわりに  40年余の間,ブドウとワインに係わってきまし た.後世に残ってくれるであろう私の記念碑「ヤマ ソービニオン」という名称のブドウ品種を創ること ができました.また,山葡萄の血の人った白ワイン 用品種として’ヤマプラン(Yama blallcド 1♀PL not noir×ci” 〔♀川葡萄×♂Pin‘)t noir)i 租i苗登韮景 第8290号を発表することができました.  L|本各地で地域振興策として.ヤマソービニオ ンの栽培が普及し、ワインの販売で実績を上げてき ています.東北から九州まで,甲府盆地での調査で はわからなかった,広い適地性を持つことが実証さ れました.病虫害耐性のすばらしさで環境保全型ブ ドウ,農薬消毒を少なくできることも実証されまし た.ワインの品質においても、栽培地域によって. 同じヤマソービニオンでもできあがったワインの 特徴に違いがでるという地域特性が発揮されること も実証されました.育種目標が一応達成できるワイ ン用ブドウ品種ができあがり,付加価f直として個性 的.差別的なワインとなり.それぞれの地域の独自 性,地域性,風.1:性が見られ,地域振興という話題 性、地域限定販売という希少性(まだまだワインの 製造本数が少ないというだけ)、ポリフコ〔ノールに 富んだ健康志向型ワインとして認められつつありま す.  各地でヤマソービニオンを選んで、栽培に励ま れている「五人組」の方々,それを応援してくだ さった行政関係のh’々の努ノJに感謝しているところ です.  40年余のブドウとワインの関わりをまとめ,「ワ イン博士のブドウ・ワイン学入門」(創森社2003 年)を出版することができました.ブドウとワイン の人門書ですが、ワインに興昧のある方は一読くだ されば幸いです.  人学の教官として教えr一を大勢育ててきたことも 大きな財’産となりました.日本のiモなワイナリーの 幹部技術者がLl.1梨大学工学部発酉芋生産学科の卒業生 の皆さんで11iめられていることもうれしい限りで す.教育者の員として過ごせたことを’li:’せに感じ ています.  いよいよ独立行政法人化を迎えます.誰も経験し       もたことのない制度ですから、軌道に乗るまではいろ いろと厄介な問題に遭遇することでしょう.大学構 成員の’致協力のもと,ますます川梨大学が発展し ますように願って,締め括ります.

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