下種する上行菩薩こそが大聖人と拝した上人は、仏の因 行果徳の妙法は大聖人の信行によって図顕された曼茶羅 を通してこそ名字即成仏をかなえる法体となると考えら れていたと思われること。二つめに熱原法難時に上人が シモカラス 直接大聖人から受けた教えである﹁未下必須杉安二形像舎
二ノヲク
ヲ 利並余経典一唯置二法華経一部一﹂︵昭定一六七一︶を守 り貫いたこと。三つめに上人は﹃弟子分本尊目録﹄や徳 治三年四月八日の書写曼茶羅脇書に熱原法難の顛末を記 されたが、上人にとって曼茶羅は広くは大聖人と全門弟 の信行を追懐させ、別しては熱原法難時の大聖人と門弟 の信行を追体験させる本尊であったと思われること。四 つめに下層武士と農民が多かった上人の檀越にとって仏 像造立は費用面で困難をともなうものであったこと。ち なみに上人の消息に表われる銭の供養は十貫文ほど︵最 少百文∼最多三貫文︶、米の供養は一石ほど︵最少二升 ∼最多二斗・一駄・一石は当時の一貫文︶・しかし上人 と門弟にとって曼茶羅は大聖人と門弟の魂であり本尊と してなにも不備不足はなかった。貧窮であっても信仰心 厚ければ授与された曼茶羅を本尊と崇めることは、法華 信仰が底層の民衆に受容されるための不可欠要因の一つ であったのではなかろうか。 本宗の御本尊をめぐっては、①本尊の勧請様式の現状、 ②本尊の実体に対する認識、③本尊の授与に関して問題 がある。 この観点から探ると、優陀那日輝師の本書は、大曼茶 羅は﹁本仏ノ形像﹂・を表現した仏本尊であると主張した ものである。﹁当二知ルベシ、本尊ハ釈迦仏ナルコトヲ﹂ ︵三二八頁︶、﹁十界ノ本尊︵大曼茶羅︶ハ是レ所顕ノ 仏体ナリ﹂︵三二九頁︶と述べている。さらに木像釈迦 仏と大曼茶羅を比較して﹁無二無別、但ダ名体相上異ナ ル耳﹂﹁広略木画ノ異ナル耳﹂といい、木像の釈迦は ﹁名二親しく﹂﹁実二疎ナリ﹂とコメントしている。 しかし本尊の勧請様式に関しては﹁真宗カトリシズム﹂妙宗本尊辨考︵二︶
して感謝の意を表したい。 宿達歯回接に高木豊教役から教えをいただいたことを記1大曼茶羅御本尊をめぐる諸問題’
三原正資
(I89)運動を提唱している大村英昭氏のアプローチも参考にな る。﹁実際は立派な荘厳をつけているわけですよ。︵略︶ 教団というものは、そういうものを堂々と持ってるくせ に、教学になると、聞法道場、サンガに徹しろ、ご本尊 はただお名号でええんだ、というわけです﹂と語ってい る。宗教の現実を考慮せよということである。 御本尊の実体は何であろうか。多くの人は大曼茶羅に は釈迦仏のリァリティ︵実在・現実・真実︶を感じられ ないと言う。それに対し、逆説的に、実はおマンダラこ そが﹁実二親シイ﹂︵三四六頁︶すなわち釈迦仏の真の リアリティを示したもQと和上は考えた。﹁当今ノ機 縁、実二釈迦二依テ得道ス。而二却テ釈迦ノ実身ヲ識ズ。 迩二迷テ本ヲ亡ズ﹂︵三四○頁︶﹁滅後ノ有縁ハ曼茶羅 ノ図像二依テ本師ノ本形ヲ拝シ己心ノ妙法ヲ知ル﹂︵三 三○頁︶と述べている。では、その釈迦仏とはいかなる ものか。﹁本有常住ノ浄土、久遠無始ノ実報国界ハ其形 ケダシ大宝蓮華広大妙台ノ如シ。其中央二無始無終常住 不滅ノ仏有テ住在ス。是ノ仏ノー身一念能ク大宝蓮華広 大法界ヲ成就シ、一身一念円二散テ広大法界二周偏シテ 無量ノ国界ヲ成就シ荘厳セリ。即チ名ケテ実報無磯ノ浄 土ト為ス﹂︵三三○頁︶と述べている。 日蓮聖人の宗教を宗祖御自称の﹁日蓮が法門﹂︵九三 三頁、一五九○頁、一九二頁昭定︶と呼び、宗教の最 ●●● 大課題である生と死の問いと答えを﹁守謹国家論﹂に聞 かんとしたものである。 1、﹁守護国家論﹂は五大部と共に極めて重要なる遺文 このような考えはこれまで原始的な宗教観念としての アニミズムと見られた。しかし﹁科学が神秘を解明して きてるというか、逆に保証してきている﹂︵大村氏︶今、 私は大曼茶羅を①世界は一つの生命体Iエコロジー的世 界観l、②﹁宇宙の大いなる実体﹂l現代物理学と法華 経l、③臨死体験l死後の霊山往詣は本当にあるのかl 等の視点から再把握していくべきであると思う。