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「保育内容 表現」に関する学びの意義:ごっこあそびについての学生の記録の分析から

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1.はじめに  それぞれの幼稚園や保育所、認定こども園において、日々展開される生活や遊びの中で子ども の主体性を大切にしながら行われる総合的な経験が保育内容である。保育内容は、試行錯誤をす る中でこれまでも改訂を繰り返して現在に至っているが変遷を辿ると戦後まで遡る。1947年に 学校教育法が制定され、1948年には「保育要領──幼児教育の手引き」を文部省が幼稚園の保 育内容として発行し、保育内容を「楽しい幼児の経験」として、12項目に分けて示された。こ れは保育所にも適用されている。その後1956年には文部省は「保育要領」に変わり「幼稚園教 育要領」を示した。保育内容は「健康」「社会」「自然」「言語」「音楽リズム」「絵画制作」の6 領域からなるものであった。各内容は指導計画を立案する上でも役立つ領域別に「望ましい経 験」と位置づけたことで、「領域は小学校の教科とはその性格を大いに異にする」との説明が あったが、6領域は結果として保育現場で教科的な指導の枠組みとして扱われるようになった。 1964年の改訂では6領域そのものに変更はなかった。次の年には厚生省が「保育所保育指針」 を刊行し保育内容は、幼稚園該当年齢である3歳以上の幼児については同じく6領域としてい る。大きく変わったのは1989年の改訂であった。それまでの6領域を廃し、「健康」「人間関係」 「環境」「言葉」「表現」の5領域を提示した。そして5領域は一斉画一的な指導のもと、教育的 に取りあげるようなものではなく「発達を見る視点」にすぎないとされた(岸井 2003)。  5領域になり保育内容「表現」の分野は、乳幼児の生活経験や発達に即して総合的な指導を行 うという観点で捉えられ、日常の乳幼児の表出や表現の大切さを改めて確認することとなった。 1998年の改訂では、「表現」ねらい②に「自分なりに表現して楽しむ」という言葉が入り子ども の主体性を大切にすることが強調されている。また、子ども自身が感じたり、考えたりする心の 動きを大切にして、子どもが自分のやり方で自分らしく表現することが重視されるようになっ た。子どもは何かを感じたり考えたりして、その心の動きをさまざまな方法で表している。子ど もの表現は、日常生活と離れたある特定の表現活動の場面にあるものではなく、日々の遊びや生 活の中にあるといえるであろう(小田他 2009)。故に、保育者には子どもの生活全体を視野に入 れ な が ら 表 出 を 受 け 止 め、 感 性 や 表 現 す る 力 を 育 て て い く こ と が 求 め ら れ て い る。 無 籐 (2007)(1)が「『表現』というと、音楽リズム、絵画、造形、舞踏、演劇など、それとしてくくり 出す表現活動のことだけを考えやすい。」と述べているが、本学の学生も例外ではない。これら のことを踏まえて、保育内容「表現」の授業では、まず一つ目に「子どもの表現とは子どもの心 の動きを生活や遊びの中で様々な表現方法で伝えること」と捉え、二つ目に「同時にその表現を

「保育内容 表現」に関する学びの意義

──ごっこあそびについての学生の記録の分析から──

中川晶子 小島千恵子

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保育者が受け止め、やりとりをすることが重要である」と学ぶことから始めている。  近年、学生の中には身近な自然に気づいたり、いろいろなことに関心を持つ好奇心や感性の低 下が感じられる。人と関わること、コミュニケーションや思いを表すことを苦手と自覚する学生 も以前に比べて増えている。いずれ保育者となって子どもの表現力を育てていく立場になること を踏まえると不安なことである。保育者を目指す学生が五感を磨き、周りに目を向けて関わりを 持ち、やりとりをすることが出来るようになるにはどのようにすれば良いか探る必要がある。  そこで本稿では、学内での保育内容「表現」の授業を考える中で、実習という生きた学びの場 で学生自身がワクワクと心を動かす経験が重要であると考えた。その経験の中で、子どもの表現 を受けとめ記録することは、感性を育てる上で大きな意味があるだろう。また、子どもとのやり とりの大切さを実感することにも繋がると考え、「ごっこあそび」の中での子どもの表現を中心 課題とした。学生が学内の授業(以下授業)や実習で子どもの表現をどのように捉えたかを分析 し、子どもの表現を捉える力をどのように育てていくのか考察していくこととした。 2.ごっこあそびとは  ごっこあそびは、1930年代より発達心理学を専攻する人達に注目されてきた。ヴィゴツキー とその協同研究者や後継者による論文は「ごっこ遊びの世界──虚構場面の創造と乳幼児の発 達」として纏められているが、その中でヴィゴツキー(1989)(2)は「私が考えるには、遊びは ──発達の観点からみて──活動の優勢な形態ではなく、ある意味では幼稚園期における発達の 主導的路線である。」と遊びの役割を述べている。また、デ・べ・エリコニン(1989)(2)は「遊び の発達において、われわれは少なくとも二回、象徴化に出会う。一度目は 4 4 4 4 、あるモノを用いた行 為の他のモノを用いたそれへの転移にあたって、モノの命名変更にあたってである。ここでは、 象徴化の機能は、対象的行為の厳格な固定性の破壊のなかに、一定のモノからの行為の『分離』 のなかに存在する。象徴化は、人間的行為のモデル化の手段としてあらわれる。二度目に 4 4 4 4 われわ れが象徴化に出会うのは、子どもが大人の人間の役を受けもつ場合、表現的身ぶりの性格をもっ た一般化され圧縮された行為によって人間の活動の意味を再現する場合においてである。象徴化 は、大人のあいだに存在する社会的関係のモデル化の手段としてあらわれる。この機能のおかげ で、遊びそのものは、子どもが現実を洞察する強力な手段として、たちあらわれることになる。」 と象徴的表現とその機能について述べている。その後もごっこあそびについては心理学、言語 学、教育学など多くの視点からも研究されている。高橋(1993)(3)は心理学の面から「総合的に 見ると、ふり遊びがその本領を発揮するのはごっこ遊びである。ふり行為の出現が認知発達にお いて、初語の出現に匹敵する最初の輝かしい出来事であれば、ごっこ遊びは、これに続いて現れ る重要な認知的・社会的達成と言えよう。」と述べている。ごっこあそびが子どもの発達にとっ て大きな位置を占めていることが分かる。また、ごっこあそびとイメージの関係では、「元は フィクションか現実かはともかく、何らかの意味でそのこととの連想的なあるいは経験的な繋が りの下でそれを実践しています。けれども、それはもちろん本物ではありません。そこに二重の 関係があるわけです。つまり、一方で現実というものがあって、もう一方に虚構事態というか空

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想事態があるわけです。ごっこ遊びの場面は現実とのつながりを持っています。」と無籐 (2013)(4)は語っているが、子どもにとっての経験や体験は、イメージを持ち想像の世界を創って いくためにも非常に重要なことである。ある意味、ごっこあそびが豊かに行われているというこ とは、乳児期からの探索活動や日々の経験、体験が豊かであるということに繋がっている。保育 者経験があり乳児期の探索活動の大切さを語っている今井(2013)(5)はごっこあそびの魅力につ いて「それは何と言っても『自分とは違う誰かになれること』です。そのことは他者の気持ちを 理解する足掛かりにもなります。…(中略)…表現することによってイメージを確かめ、より相 手に分かってもらえる表現を工夫するようになる。」と述べている。ごっこあそびの中で子ども 同士がイメージを共有していくことは、お互いを分かろうという人間関係の基礎を培うことに繋 がっていく。このように、ごっこあそびは、さまざまな視点から研究されているが、ごっこあそ びは子どもの発達に必要な要素が含まれているという点では共通している。「表現」の面から捉 えてみると、河崎(2015)(6)が「ごっこ遊びはみたて、つもり、ふり遊びなどとも呼ばれるし、 想像遊び、象徴遊び、役割遊び、ファンタジー遊びなどとも言われる。呼ばれ方からもごっこ遊 びが多様な形であることが推測されよう。」と述べるように、一つの形にはまらない多様な形だ からこそ子どもが自分なりの表現を楽しむことが出来る遊びと言えよう。学生には実践の中でこ そ分かる子どものちょっとしたしぐさや生の声、子ども同士のやりとりを丁寧に受け取り子ども が今何を楽しんでいるのか、何を面白がっているのかを感じて欲しい。子どもの様々な表現を捉 えてごっこあそびの真の面白さに気付くことは子どもを観る目に繋がっていくだろう。 3.本稿におけるごっこあそびの定義  前述した先人が説いた「ごっこあそび」の定義、意義を参考に、本稿においては、ごっこあそ びを子どもが現実の日常生活の中で経験したことや印象に残ったこと興味や関心を持ったことを 模倣しながら、現実とは違う想像の世界を作り、複数の子どもが同じまたは類似したイメージを 持ちながら関わり、子どもなりの表現を色々工夫しイメージを広げ、深めていく場であると定義 した。 4.学生の課題  保育内容「表現」の中で子どもの表しを学生が捉えやすいように、身体を媒体としない表現と 身体を媒体とする表現の二つを組み合わせて関わりややりとりをするものとした。具体的には次 の1.「もの『玩具、素材を含む』」2.「動作『しぐさ、身振り、表情を含む』」3.「言葉『擬音 語、擬態語を含む』」の三つの視点で観てくるようにした。そして、保育者として子どもが表現 しようとすることを受け止め共感することを大切にしながら子どもの表現を捉え記録することを 目的とした。学生には、ごっこあそびの定義を踏まえて、友達と関わりのある3歳以上のごっこ あそびを選ぶように指示した。しかし幼児クラスに入れなかった未満時クラス担当の学生につい ては、「模倣」「みたて」「つもり」遊びの中にある表現のめばえを捉え、そのめばえが表現に繋

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142 96 3 0 20 40 60 80 100 120 140 160 その他 表現として捉えていなかった 表現として捉えていた 図1.受講以前のごっこあそびの捉え方(回答数) がることを意識して表現として観察するよう促した。 5.研究の方法  アンケート調査は集計し、集計数と課題の表現の捉え方を合わせながら学生の意識と実態を調 査し考察を加えた。 ⑴ 調査方法:3∼5件法及び記述式によるアンケート調査と課題 ⑵ 調査及び分析対象:愛知県私立名古屋短期大学保育科 2年生251名  2年生の保育内容「生活と表現」の授業内での課題と質問調査を行い課題と質問調査を授業計 画及び研究に使うことと個人情報保護及び倫理的配慮について口頭で説明し協力の意思を示した 学生分を対象として分析を行った。 ⑶ 調査期間:2017年6月から8月(保育実習Ⅰ終了後) ⑷ 調査内容  以下の1) ∼5)である。 1)受講以前のごっこあそびの捉え方について ①表現の一つとして捉えていた②表現の一つと して捉えていなかった③その他(自由記述) 2)受講後のごっこあそびの捉え方について ①捉え方が変わった②捉え方が変わらなかった③ 変わったかどうか分からない④その他(自由記述) 3)具体的にどのように変わったのか(自由記述) 4)3つの視点の捉え方について ①捉えることが出来た②捉えようと努力した③捉えるのは難 しかった④捉えることは出来なかった⑤その他(自由記述) 5)3つの視点で捉えた記録(3つの項目に分けた記録と3点を入れたエピソード記録) ⑸ 調査の結果と考察  有効回答数は、251名中241名で約96%であった。  1) の結果は、図1に示すとおりである。約40%の学生が「ごっこあそびを表現の一つとして 捉えていなかった」と答えている。受講前ということもあり、自分なりの理解による捉え方で 「表現」を捉えている学生が多く存在していることに関係していることが推察できる。子どもの

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表現は生活や遊びの中にあると学んでいないことで、ごっこあそびの中の子どもの表しが表現で あると考えられなかったようである。その他の自由記述は3人とも「考えたこともなかった。」 と答えている。このことからも表現の捉え方が、生活や遊びと繋がっていないことがよく分かり 表現は特別な枠の中にあると考えていたことがうかがえる。 77 3 16 0 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 その他 分からない 変わらなかった 変わった 図2.受講後のごっこあそびの捉え方(回答数)  2) の回答については、図2に示すとおりである。2) については、受講以前には「表現とし て捉えていなかった」と回答した96名を対象に行った。受講後に「ごっこあそびの捉え方が変 わった」と答えた学生は77名であった。約80%の学生が受講及び実習による学びで、意識に変 化があったと考えられる。体験的に保育を学べる実習はもちろんであるが、授業での「子どもの 表現とは日々の生活や遊びの中にあるという学び」が土台となったことが推測される。しかし、 16名は「変わったかどうか分からない」と答えている。これらの学生は、自分がどう捉えてい るのか自覚できていない状態であることが推察できる。また、3名は「変わらなかった」と答え ている。これを踏まえて、授業の中での子どもの表現の捉え方をより学生に浸透できるように深 めていく方法を考える必要があるだろう。  3) は受講後に「変わった」と答えた学生77名に、ごっこあそびの捉え方がどのように変わっ たのか具体的に自由記述での回答を求めた。その中の学生の記述を分類して抽出し(学生の記述 の抜粋)読み取り考察した。考察した内容は以下のとおりである。  ①単なる遊びでなく自分の考えを思い描き自由に表現するものがごっこ遊びと変化した。  ②ただ遊んでいるだけではなく大人の真似をしたりして子どもなりに表現していると思うよう になった。  ③ただの遊びではなくその中に子どもが観たり聞いたりしたことを再現していることが分かっ た。  ④ごっこ遊びはただ遊んでいるのではなく身の回りの物を使ってみたてて表現していることが 分かった。  ⑤今までごっこ遊びをただの遊びという視点からしか見なかったが、授業を受けて遊びは自分 の思いや考えを動きなどで表現しているのだという考えに変わった。  ①∼⑤のように受講後には、「ごっこあそびの中には多くの表現が含まれている」ことが分

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かったという記述であるが、受講前は「ただの遊びだと思っていた」と始めに書かれているもの が回答数の33%に上った。ごっこあそびだけでなく遊びの捉え方が表面的であったことがよく 分かる。学生は、子どもにとって遊びは大切であるということは、様々な授業の中で学んでいる が、なぜ、遊びが大切なのかということが理解されていないのだろう。子どもの遊びやごっこあ そびの本質を学べていないことが、「ただの遊び」という記述に表れている。保育内容「表現」 の授業でも、学生同士で遊びは子どもにとってなぜ、大切なのか考え意見交換をする場を持つ必 要があるだろう。  ⑥自分を表現する一つの方法であると認識するようになった。  ⑦イメージを膨らませていると捉えるようになった。  ⑧子どもは遊びの中で自分を表現しているのだと感じた。  ⑨子ども同士の関わりを大切にしているからこそごっこ遊びが成り立っていると分かってき た。  ⑩子どもは想像力を大切にして実際に体験したことを表現すると分かった。  ⑥∼⑩の記述のように表現として捉えるようになったという学生は約75%であった。授業や 実習の学びによりごっこあそびは、子どもが自由に表現する場であると捉え方が変わったと書い ている。経験したことを真似したり、想像力を発揮し子ども同士の関わりを大切にするなど、子 どもがごっこあそびの中で多くのことを学んでいると実感したようである。このように、捉え方 が変わったのはやはり実習の中で子どもと共にごっこあそびに参加して、一緒に役になりきり会 話をして楽しむ経験が出来たことが大きく影響していると考えられる。  ⑪ごっこ遊びをふくらませるのは保育者の役割だと思った。  ⑫子どもが表現するうえで大切なごっこ遊びが広がるようにきちんと玩具や環境を準備するこ とが大切だと思った。  ⑬深く読み取る力がついた。  ⑭環境の構成にも目がいくようになった。  ⑮ごっこ遊びは製作や劇につながるとわかった。  これらの記述からは、保育者としての役割を意識出来るようになった学生が少数ではあるが存 在していることが分かる。ごっこあそびを表現活動として捉えられるようになったことで、保育 者としての援助や環境の構成にも目を向けて遊びの展開を考えるようになってきていることが考 えられる。子どもの表し方が分かると、次にどう展開させるかなど読み取ることも出来るように なり、子どもの表現を理解することが遊びを豊かにすることにも繋がっていると学生が経験を通 して実感しているのだろう。実習経験の効果は大きく重要であることが考えられる。  前述したように、3つに分類して考察してみたが、授業と実習の学びによりごっこあそびの表 現に対して学生の意識があったことがうかがえる。その意味でも授業の始まりに「子どもの表現 とは何なのか」を捉えるようにしていることは、大変重要な視点だろう。また、実習においての ごっこあそびの表現を捉える経験が「子どもを観る目」を深める一要因になっていることが考え られる。このように、実習の重要性を考えると、保育内容「表現」の授業計画は、3回の実習の 時期を考えながら検討する必要があるだろう。

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48 145 39 2 6 0 20 40 60 80 100 120 140 160 その他 捉えることは出来… 捉えるのは難し… 捉えようと努力した 捉えることが出来た 図3.ごっこあそびの3つの視点の捉え方(回答数)  4) の回答は図3に示すとおりである。3つの視点で捉えることが出来たと答えたのは48名、 3つの視点で捉えるように努力したのは145名であった。およそ80%の学生が「捉えられた、捉 えようと努力した」と答えている。しかし、努力したと答えた学生が実際に捉えられたかどうか は不明であり、「捉えるのは難しかった」と答えている学生が必ずしも「捉えられなかった」と 判断できるものではない。学生が示した回答数と5)の課題による数を照らし合わせて考えてみ る。  5) の課題は249名(2名は未実習の為)の提出で、有効回答は234名であった。課題につい てはどのように記述したら捉えることが出来たのか、また、捉えることが出来なかったのかを判 断するのは分かりにくいところであるが、3点をどのように捉えているのかを項目に分けた記録 とエピソード記録の二つを読み取りながら判断した。3点の項目については「もの」「動作」「言 葉」が、遊びの中ではっきりと分けられるものではないのだが学生が各自の判断において重複す る部分を作りながら記述をし、207人というほとんどの学生が具体的に捉えることが出来ていた。 また、3つの項目が捉えられていない学生は、ほとんどがエピソード記録も捉えていないという 結果であった。エピソード記録についての判断は同じ場面を記述していれば比較しやすいのだ が、今回は同じ場面はないので、3つの項目が捉えられているものの中から年齢とごっこあそび の種類が近い記録を取り上げて比較してみる。 学生Aの記述 5歳児 お店屋さんごっこ(レストラン) A君に誘われて、私はごっこ遊びに参加した。保育室の角はままごとコーナーになっていて、そ こでは腰にエプロンを着けたA君とBちゃんが「いらっしゃいませ」と言って歓迎してくれた。 A君はコック役でキッチンの方でフライパンを振るっていた。Bちゃんは片手にお盆を持って接 客してくれた。「お客様、何がよろしいですか」とBちゃんに聞かれ、私は「ラーメン下さい」 と答えた。Bちゃんが「ラーメンです」と叫ぶとA君が「はい!」と元気良く返事をした。A君 は白色のひもを麺に見立ててどんぶりに入れた。待っている私にBちゃんは「はい」と言ってお 茶を出してくれた。A君は作ったラーメンをBちゃんに渡し、お盆の上に乗せてラーメンが運ば れてきた。どんぶりの中には白い紐だけでなく、その上に緑や赤のカラフルスポンジが乗ってい

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た。「何ラーメンですか?」と尋ねるとBちゃんは「ちょっと聞いてきます。」と言ってA君に小 さな声で伝えるとAくんはBちゃんに耳打ちして答えた。それをBちゃんが私に「野菜ラーメン ですよ」と答えた。 学生Bの記述 4、5歳 レストランごっこ 保育室のままごとコーナーでレストランごっこを展開しているA子とB子がいる。エプロンを身 にまとい「いらっしゃいませ∼」と声を張り上げている。C夫とD夫が客としてレストランに入 るとA子は「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」と声をかける。あれやこれやとA子とB子 は普段レストランで聞いている店員の言葉やしぐさをマネてレストランごっこを展開していた。 客のC夫とD夫も「パクパク、もぐもぐ」と擬音語を使いながら楽しそうにごっこ遊びをしてい た。  学生AとBは、同じレストランごっこのエピソードを記述している。今回の課題は、「もの」 「動作」「言葉」の3点を具体的に記述するというものであった。学生Aは、ものの使い方でエプ ロンのつけ方やフライパンの使い方、お盆の持ち方など具体的に記述している。また、動作は耳 打ちするなど見落としがちな部分を捉えて、言葉では話し方だけではなく声の大きさ(叫ぶ、元 気よく、小さく)も具体的に捉えることが出来ている。一方、学生Bは多くの部分を、あれやこ れやと普段聞いている言葉やしぐさなどの記述に留まり具体的に記述することが出来ていなかっ た。 学生Cの記述 4歳 家族ごっこ 室内の自由遊びの時、TちゃんとMちゃんと私でおままごとスペースで家族ごっこをしました。 Tちゃんがお母さんの役、Mちゃんが猫の役そして私はTちゃんからの要望でお姉ちゃんの役を しました。役が決まるとTちゃんは早速フライパンとチェーンリングを出して料理を始めまし た。MちゃんはTちゃんに向かって「お腹空いたニャー」と言っていました。するとTちゃんは 「お姉ちゃん、猫ちゃんにご飯あげて」と言いました。なので、私は猫に魚をあげました。猫は 「おいしいニャー」と言って魚を食べました。しばらくするとお母さんはチェーンリングをタッ パーに入れてそのタッパーをかばんに入れました。それをお姉ちゃんに渡して「お弁当だから学 校で食べてね」と言いました。お姉ちゃんはそれを持ってままごとスペースから少し離れた所へ 行き、勉強したりお弁当を食べたりしました。お姉ちゃんがままごとスペースに帰ると、猫だっ たMちゃんが「バブバブ」と言って四つん這いで歩いていました。私が「猫じゃないの」と聞く と「今は赤ちゃんだバブー」と言いました。そこからMちゃんは赤ちゃんの役をしました。 学生Dの記述 4歳 家族ごっこ 登園し身支度が終わるとすぐに戸外遊びが始まった。4歳児の女の子5人が消防車の遊具の中に 入り、そこはもう家のようだ。その家には5人しか見えないインターホンがある。家の中に入る ためにはそのインターホンを押さなければならない。家の中にはお母さん、お姉ちゃんがいて、 妊婦さんもいる、ボールを服の中に入れてボールをあかちゃんに見立てていた。そこに砂とお花 で出来たご飯を作りに帰ってきたお母さんがいる。ご飯を食べて味付けが薄いと感じると白砂を かけて味を変化させていた。お母さん役の子どもは口調もお母さんの真似をし気分はお母さんそ のものである。遊具にそなわっているハンドルを握り運転を始めると家はたちまち車に変わる。

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目的地に着くと車はまた家へと変わる。子どもの想像力は大人とは比べ物にならない。  学生CとDの家族ごっこのエピソード記述である。学生C、学生D共にものの使い方、見立て 方、動作は具体的に捉えることが出来ているが、学生Dは言葉が具体的に一つも入っていない。 学生Bと同じように「○○のように口調を真似する」という記述に留まっている。  これらの記述のように捉えていないと判断した記述は、もの、動作、言葉が具体的になってい ないものである。特に、学生Bや学生Dのように動作や言葉を「○○のような」「○○らしい」 というような記述は、他の学生にも多くみられた。「○○のような」「○○らしい」という記述は 観る側の主観的判断であることも考えられる。特に役割がはっきりしていない2,3歳の遊びで は、料理をしているのは「お母さん」ではない場合もある。子どもは「お母さん」になっている のではなく、お玉でかき混ぜることを楽しんでいるのかもしれない。一人ひとりの表現を、具体 的に読み取り記録することは本当に子どもが楽しんでいることを捉えることに繋がると考えられ る。ものについては、「お母さんが料理をしていた。」というように、「ものをどのように使って いるのか」の書き方が具体的でないものが多く、中にはものを使っているが記録には何も記述さ れていないものもあった。このように読み取りながら判断したところ、234名のうち、捉えるこ とが出来ていたのは159名、捉えることが出来ていなかったのは75名であった。学生の4) の回 答を詳しく見てみると、捉えられていない学生は30名ほど多くなっている。捉えようと努力は したが捉えきれなかったという学生が多かったことが推察される。  しかし、70%近くの学生は捉えることが出来ていることから、事前の授業の説明など理解しや すいように事例で捉えてみる、DVD を観て捉えてみるなど授業内容の工夫をすることで、多く の学生がより捉えることが出来るのではないかと考えられる。これらのことからも今後の授業内 容を吟味していく必要があることを示唆することができた。保育の仕事の根幹は子どもの姿を捉 え、理解するということにある。学生には子どもの姿を深く読み取れる保育者を目指して欲しい と考える。学生が今回の課題に取り組んだことは、これを目指すための要因の一つになるのでは ないかと考える。 6.まとめと課題  保育内容「表現」はどんな授業なのかと、受講前に聞いてくる学生がいる。「音楽」「造形」の 分野がありそれ以外に何をやるのだろうという疑問である。また、手遊びやパネルシアターなど を教えてもらえるのではないかと考えている学生もいる。学生の多くが教材の作り方や演じ方を 教えて欲しいと求めている。しかし、教材を多く知ることや上手く演じることができるようにな ることなどが、良い保育をしたという心もちになることは、保育の本質ではないだろう。  「表現」の中にはもちろん、手遊びやパネルシアターなど、子どもが楽しめるように演じるこ とも入るが、それは自分で調べ練習することや学生同士で伝えあい練習し合うことでも多くの学 びになるだろう。「表現」の授業では、まず保育の本質の部分を中心に進める必要があると考え る。「子どもの表現とは何かを学ぶ」必要性があることが、今回の学生の調査で明らかになって いる。生活や遊びの中にあるものを表現として捉えること、コミュニケーションとしての表現を

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考えること、自然に目を向ける大切さを伝えること、子どもの遊びを豊かにするための環境を考 えること、表現を豊かにするための援助を考えること、保育者自身が表現者であることを学生に 伝えていくことは重要である。その一つとして、今回は「もの」「動作」「言葉」の3点で表現を 捉えることを中心とした課題を出したが、今後は、「空間」「人間関係」も含めていく必要がある だろう。また、環境や援助については大きくは取り上げなかったが、学生が「もの」を捉えた記 述から、ごっこあそびの環境作りの断片が見えてきた。はじめは学生の記述の未熟さであると考 えたが、読み取っていくと園の環境がものの見立てや想像を楽しむというより、卵、ウインナー そのものの玩具を使って原型のある弁当の玩具をモデルにして弁当を作るというような、記述が 少なからずあった。園においても環境を安易に考えず、ままごと一つをとっても子どものイメー ジが広がるものを吟味したいものである。  無籐(2007)(1)は「積み木は置くだけではなく、叩くことも、転がすこともできないわけでは ない。置き方だって、上や縦や斜めといろいろある。置いて見立てることも、その上を歩くこと も、ものを転がすことも可能だ。…(中略)…園に置かれたものとは、子どもがいわば世界に出 会い、その基礎を学ぶための一通りの素材である。」と述べている。素材という多様な可能性の 広がりをもつ環境を考え、生活や遊びの中に取り入れることは非常に重要であるだろう。また、 援助については「保育者がよかれと思ってすることが、子どもの表現や自己実現を奪ってしまい かねないことを考えておきたい。子どもの思いに合わせて、無用な手出しを控えるということは 重要な保育行為の一つである。子どもの表現に手を出してはいけないとか、かまわないほうがよ いといっているのではない。保育者は子どもの表現の意味を損なわずに見取り、子どもが本当に 必要なことをするために必要なのである。」と無籐(2007)(1)は述べている。子どもの捉え方が大 きく援助に関係していることがよく分かる。学生の記録の中でも援助を記述しているものがあっ たが、何か声をかけなければ、何か提案しなければと真面目に考えるからこその姿が見られた。 しかし、援助は声や手を出すことだけではないということも考えなければならない。見守ること も含めて、改めて援助を考えることが必要となるだろう。  保育者として、子どもが今、楽しんでいることを捉えることは心を読み取ることであり、子ど もを知る上での基軸となる。ごっこあそびは、子どもの豊かな表現の場である。この表現の場 を、学びの場として心を読み取り保育者の環境作りや援助も含めて大いに学んで欲しいと考え る。今回の分析により、学生の意識や表現の捉え方の問題点など明確になったことは有意義で あった。このことを今後の授業に生かし、子どもの心を読み取れる保育者の基礎を作る時間とな るよう検討していきたい。そして、保育の本質を理解すると共に、ごっこあそびで捉える表現を 広げ、環境や援助という面からも考えることを今後の課題としたい。 引用文献 ⑴ 無籐隆監修『事例で学ぶ保育内容 領域表現』(2007)萌文書林 pp. 18, 31, 186‒187 ⑵ ヴィゴツキー、レオンチェフ、エリコニン他 神谷栄司訳『ごっこ遊びの世界──虚構場面の 創造と乳幼児の発達』(1989)法政出版 pp. 2, 251 ⑶ 高橋たまき『子どものふり遊びの世界──現実世界と創造世界の発達』(1993)ブレーン出版 p. 97

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⑷ 無籐隆『幼児教育のデザイン 保育の生態学』(2013)東京大学出版会 pp. 129‒130 ⑸ 今井和子『遊びこそ豊かな学び』(2013)ひとなる書房 pp. 69‒70 ⑹ 河崎道夫『ごっこ遊び──自然・自我・保育実践』(2015)ひとなる書房 p. 14 参考文献 岸井勇雄・無籐隆・柴崎正行監修、塩美佐枝編著『保育内容総論』(2003)同文書院 小田豊・神長美津子監修、野波健彦・板良敷敏編 著『保育内容 表現』(2009)光生館 汐見稔幸『その子らしさを生かす・育てる保育』(1995)あいゆうぴぃ 今井和子『なぜ ごっこ遊び?──子どもの自己世界のめばえとイメージの育ち』(2012)フレーベ ル館 (受理日 2018年1月9日)

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