献
辞
学問に対して常に厳しく,且つ情熱をもち兀々として日々研鎭を続けておら れる私達の傳田功先生には平成6年3月31日付けをもって本学を退官されるこ とになりました。先生をお送りしなければならないことは淋しく,極めて心残 りがいたしますが,これが本学のきまりであるとするならば致し方ありません。 私達は先生に対して30年に垂んとする長い間に亘って暖かいお導きを戴き誠に 有難うございましたと衷心より感謝の意を表したいと思います。 先生は昭和3年8月4日,長野県にお生まれになり,昭和28年3月旧制京都 大学農学部農林経済学科を御卒業になり,続いて旧制京都大学大学院研究奨学 生を経て昭和31年4月京都大学農学部助手,昭和35年7月京都大学農学部講師 に昇任されました。昭和40年4月私共の滋賀大学経済学部助教授に就任され, 昭和46年7月に滋賀大学経済学部教授に昇任されました。 先生の研究業績は京都大学時代には農業政策史を研究テーマとしておられ, 『近代日本農政思想の研究』によって昭和41年11月に京都大学から農学博士の 学位を授与されております。昭和40年4月に滋賀大学経済学部に勤務されてか らは経済政策原論,産業経済総論などの講義をご担当になり,ゆっくりとした 口調と明解な理論構成の講義は学生の心を捉え多くの学生が熱心に聴講いたし ました。『日本の政策金融』 思文閣出版 平成2年4月は先生の長年にわたる 経済政策のご研究の集大成であります。 先生は御専門の経済政策のご研究を進められと同時に本学部の附属史料館に も長期間関係しておられ,そこに所蔵されている資料や滋賀県の資料を渉猟さ れて滋賀県の財政史,金融史などについても研究を進めておられます。これら は『地域の金融・財政史』 日本経済評論社 平成5年11月となって結実してお ります。このように先生は経済政策をベースに研究領域を金融・財政の歴史に拡げら れ,先生の業績目録に見られるように著書,論文は彪邪な数に及んでおります。 このような研究の成果を踏まえて経済学部および大学院経済学研究科の学生を 厳しく鍛えておられます。「勉強しない学生は私の処へは来るな」と一般的に言 われておりますから先生のゼミに入れてもらうのは至難の技であります。そし てゼミに入れて貰えば鍛えられます。厳しい先生ではありますが,学生にとっ ては心暖かなよきお父さん。毎年ゼミ旅行で楽しい数日を学生と共に過ごされ ております。 先生は又抜越した行政マンでもあります。昭和46年から2年間は滋賀大学経 済学部史料館長を皮切りにその後も数次に亘って歴任されており,又昭和57年 から2年間は経済学部長の要職にあり,その後昭和62年から2年間は附属図書 館長として行政に尽力されました。 学外の公職としては国の機関として滋賀地方労働基準審議会委員を歴任され, 平成2年11月には労働基準行政への貢献により労働省労働基準局長より表彰を 受けておられます。また県や大津市関係でも滋賀県国土利用計画地方審議会委 員をはじめ多くの委員会委員を歴任され,県や市の行政に力を注がれておりま す。 最:後に先生の国際交流関係に触れなければなりません。先生は昭和38年,は じめてオーストラリアに出向,これを機会に彼地の経済にも関心をお寄せにな り,昭和40年代半ばには有志と共に大洋州経済学会を創設,その後オーストラ リア学会の設立にも加わり,現在両学会の役員として,わが国におけるオース トラリア研究の発展に貢献しておられます。 このように先生は研究者として,教育者として将又行政マンとして多くの立 派な業績をお残しになられました。先生を停年によりお送りすることは残念で ありますが,滋賀大学経済学会はこ・に先生の御退官を記念して学内外の23名
の研究者の労作を論文集として先生に謹呈いたします。
御退官後は御健康に留意され,私共の先輩教授として変らぬ御指導を賜わり ますようお願い申し上げます。