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学校選択制の導入が学力試験の正答率と不登校率に与える影響について - 東 京 都 4 9 区 市 の パ ネ ル デ ー タ を 用 い た 実 証 分 析 -
まちづくりプログラム MJU11009 佐藤 宏嗣
1 はじめに(学校選択制の概要等)
1 1-1. 学校選択制の概要学校選択制とは、市区町村教育委員会が、児童生徒の就 学すべき学校についてあらかじめ保護者の意見を聴取し、
これを踏まえて就学校を指定する制度である。
日本では長らくこの制度が導入されていなかったが、教 育改革、規制改革等の流れを受け、平成10 年度に三重県 紀宝町で初めて導入され、他の自治体の一部も続いた。し かしながら、平成18 年度現在、全国での導入率は小学校
が14.2%、中学校が13.9%であり、高いとは言えない状況
である。
1-2. 学校選択制や関連施策の意義・研究の背景 保護者や児童生徒が自身にとってより魅力的に思える 学校を選べるということは、より良好な教育サービスを享 受できる可能性が高まることを意味する。
加えて、福井(2010)や戸田(2010)は教育サービスの供給 者である学校・教員側へのインセンティブの付与という側 面の重要性も指摘する。つまり、保護者や児童生徒の学校 選択の幅が広がるということは、学校・教員側にとっては、
それまでのように一定数の児童生徒の確保が保障されな くなることを意味する。児童生徒の数が少なくなると給与 が大きく減ったりするわけではないが、少なくとも外部か らの見かけは良くはないなどの学校・教員側にとってのデ メリットが生じると考えられる。すると、児童生徒をより 多く集めようとするインセンティブが生じ、他校とのよい 教育サービスづくりの競争の結果として、教育の質の向上 が図られるということである。
実際、先行するアメリカでは、教育バウチャー制度をは じめ、児童生徒の学校の選択幅を広げ、学校・教員間での 児童生徒の獲得競争を促すような政策が、学力や保護者満 足度など、教育の質の向上に寄与したという多くの実証研 究がある(Hoxby(2000)等)。
一方、日本においてはアメリカのケースほど環境は整備 されておらず、実証研究も少ないが、そのような状況の中
1 本稿は論文の要約であるため、分析や参考文献等の詳細 については論文を参照されたい。
でも、学校選択制の導入による効果が何らかの形で表れて いるのではないかと考えたのが本研究のきっかけである。
2 本稿での検証事項と予想される結果
前章で述べた、学校選択制の意義を踏まえ、本稿では、
学校選択制の導入が「学力試験の正答率」と「不登校率」
にそれぞれどのような影響を与えたかについて検証する。
本章では、それぞれについて予想される結果とその理由に ついて説明する。
なお、日本のデータを用いた実証分析の中での本稿の主 な新規性については、まず、学力試験の正答率の分析にお いては、制度導入直後の試験の正答率のみならず、導入か らの経過年数と正答率の上昇幅の関係を見ている点が、ま た、不登校率の分析においては、その指標を用いているこ と自体があげられる。
2-1. 学校選択制の導入が学力試験の正答率に与え る影響について
学力向上を重視する保護者や児童生徒がいて、それを実 現するのにふさわしいと考える学校を選べるならば、学力 がより向上する可能性は高まる。
また一方、前述のとおり、教育サービスの供給者である 学校・教員側に目を向けると、学校選択制の導入により、
児童生徒をより多く集めようとするインセンティブが生 じ、結果として教育の質の向上が図られるということにな り、すなわち、児童生徒の学力向上も図られるということ になる。
以上の理屈に従うと、学校選択制の導入により、学力試 験の正答率が上昇しており、また、その上昇幅は制度が定 着していくほど、つまり、導入からの年数が経過するほど 増していると考えられる。
2-2. 学校選択制の導入が不登校率に与える影響に ついて
就学する学校を選択できないのであれば、後に不登校に なる可能性は高くなるだろう。
例えば、不登校の原因となる「いじめを避けるため」な
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ど、何らかの理由で地元の学校には行きたくない生徒が、自然な形で指定校への通学を回避できることも学校選択 制の利点と言える。
一方で、学校・教員側のインセンティブに着目すると、
不登校率の高い学校は選ばれにくくなるため、不登校率を 下げようと努力することになる。
以上より、学校選択制の導入により、不登校率は下がる と予想される。
3 学校選択制の導入の効果に関する実証分析の 手法
学校選択制の導入が学力試験の正答率に与える影響に ついては、次のモデルを推計する。推定方法はOLS(最小 二乗法)にて行う。
(𝐒𝐜𝐨𝐫𝐞)𝐢𝐭= 𝛂𝟏+ 𝛃𝟏𝐒𝐂𝐃𝐢𝐭+ 𝛃𝟐𝐏𝐘𝐢𝐭+ 𝛃𝟑𝐗𝐢𝐭+ 𝛆𝟏𝐢𝐭
※Score:学力試験の正答率 α:定数項 β:パラメ ータ SCD:学校選択制導入後ダミー PY:学校選択制 導入からの経過年数 X:コントロール変数 ε:誤差 項 i:区市 t:年
一方の、学校選択制の導入が不登校率に与える影響につ いては、次のモデルを推計する。推定方法は学力試験の正 答率と同様、OLSにて行う。
(𝐒𝐜𝐡𝐨𝐨𝐥 𝐫𝐞𝐟𝐮𝐬𝐚𝐥)𝐢𝐭= 𝛂𝟐+ 𝛃𝟒𝐏𝐘𝐃𝐢𝐭+ 𝛃𝟓𝐗𝐢𝐭+ 𝛆𝟐𝐢𝐭
※School refusal:不登校率 α:定数項 β:パラメ
ータ PYD:学校選択制導入からの経過(*年目)ダミー
X:コントロール変数 ε:誤差項 i:区市 t:年
4 利用するデータ
東京都の公立小中学校のデータから、全 49区市のパネ ルデータを作成して分析する。
具体的なデータは、次のとおりである。
4-1. 学校選択制の導入が学力試験の正答率に与え る影響について
(1)被説明変数
東京都が実施する学力試験(小学校は5年生、中学校は2 年生)である、「児童・生徒の学力向上を図るための調査」
の49区市のそれぞれの平均「正答率」である。
(2)説明変数
①学校選択制の導入の効果を見るために着目する変数 学校選択制の導入の効果として着目する変数としては、
学校選択制の導入前後の学力試験の正答率の違いを見る ため、学校選択制を導入していない年度に「0」、導入して
いる年度に「1」をとるダミー変数である「学校選択制導 入後ダミー」、そして、年数経過による効果をみるため、
学校選択制を導入していない年度に「0」、学校選択制導入 X 年目を「X」をとる変数である「学校選択制導入後経過 年数」を用いる。
予想される係数の符号は、「学校選択制導入後ダミー」、
「学校選択制導入後経過年数」ともに正である。
②コントロール変数
学力試験の正答率に影響を与えるものとして、学校内の 要因、経済的な要因、家庭的な要因に関するデータをコン トロール変数として用いる。
また、区市ごとの児童生徒がもともと保有する能力等を 制御するために「区市ダミー」を用い、さらに、年度ごと に学力試験問題の出題形式や難易度が異なるので、それを 制御するために「年度ダミー」を用いる。
4-2. 学校選択制の導入が不登校率に与える影響に ついて
(1)被説明変数
不登校の人数を全児童生徒数で除した「不登校率」である。
(2)説明変数
①学校選択制の導入の効果を見るために着目する変数 学校選択制の導入の効果として着目する変数としては、
まず小学校の分析については、学校選択制を導入していな い年度に「0」、学校選択制を導入してから1年目の年度に
「1」をとるダミー変数、同様に2年目、3年目、4年目、
5年目についても、該当年目に「1」をとるダミー変数、以 上をそれぞれ「学校選択制導入 X年目ダミー」(X=1~5) とし、そして、6年目以上に「1」を取る「学校選択制導入 6年目以上ダミー」変数を用いる。6年以上が経つことに よりはじめて全児童が入学時に制度が利用可能だったこ とになり、さらに年数が経過することにより制度がより定 着していくことを意味する。また、不登校率は学年が高く なるほど高くなっている 。よって、予想される係数の符 号としては、これらダミー変数については全て負であり、
特に着目すべき、「学校選択制導入 6年目以上ダミー」の 係数の絶対値は大きいと考えられる。
中学校についても、小学校と同様の考え方で分析する。
小学生と同様、不登校率は学年が高くなるほど高くなって いる。よって、特に、「学校選択制導入3年目以上ダミー」
の係数の絶対値は大きいと考えられる。
②コントロール変数
学力試験の正答率への影響の分析と同様である。
3 5 学校選択制の導入の効果に関する実証分析の
推計結果
5-1.学校選択制の導入が学力試験の正答率に与える 影響についての実証分析の推計結果
学校選択制の導入が学力試験の正答率に与える影響に ついて、モデルの推計結果を以下に示す。
①小学校について
表 1 学力試験の正答率に与える影響についてのモデルの 推定結果(小学校)
(注)***,**,*はそれぞれ1%,5%,10%の水準で統計的に有意 であることを示す(以下同じ)。
⇒「学校選択制導入後ダミー」と、「学校選択制導入後経 過年数」の変数の係数の符号については、「学校選択制導 入後ダミー」は予想どおり正の値をとったが、「学校選択 制導入後経過年数」に関しては予想に反して負の値をとっ ている。しかしながら、双方とも統計的に有意でなく、ま た、係数の絶対値についても、試験の正答率(%)というこ とを考慮に入れると極めて低く、分析の期間内において、
学校選択制の導入が学力試験の正答率に与えた影響があ るとは言えない。
②中学校について
表 2 学力試験の正答率に与える影響についてのモデルの 推定結果(中学校)
⇒「学校選択制導入後ダミー」と、「学校選択制導入後経 過年数」の係数の符号については、小学校の分析と同じで あり、双方とも統計的に有意でなく、また、係数の絶対値 が極めて低いことも小学校と同じである。よって、中学校
の分析についても、分析の期間内において、学校選択制の 導入が学力試験の正答率に与えた影響があるとは言えな い。
5-2. 学校選択制の導入が不登校率に与える影響に ついての実証分析の推計結果
学校選択制の導入が不登校率に与える影響について、モ デルの推計結果を以下に示す。
①小学校について
表 3 不登校率に与える影響についてのモデルの推定結果 (小学校)
⇒「学校選択制導入6年目以上ダミー」の係数の符号は負 であるが、統計的に有意でない。また、「学校選択制導入X 年目ダミー」の係数については、概ね負の値を示すが、「学 校選択制導入5年目ダミー」については、正の値をとって いる。しかし、これも統計的に有意でない。
②中学校について
表 4 不登校率に与える影響についてのモデルの推定結果 (中学校)
⇒「学校選択制導入3年目以上ダミー」の係数の符号を見 ると、統計的に有意に負となっている。数値を見ると、中 学校に学校選択制を導入してから3年目以上の場合は、導 入していない場合と比べて不登校率(%)が約 0.2 ポイント 低いことを意味している。区市ごとのデータ等の理由で大 まかな計算となるが、不登校率の基本統計量は約 3.1%な
小学校試験正答率(%) 標準誤差
学校選択制導入後ダミー 0.3544 1.0199 学校選択制導入後経過年数 -0.0626 0.0949 その他変数
定数項 77.3321 *** 1.5838 決定係数
年度ダミー、区市ダミー有(掲載省略) 観測数:294 0.97
掲載省略(詳細は論文)
係数
中学校試験正答率(%) 標準誤差
学校選択制導入後ダミー 0.2383 0.4299 学校選択制導入後経過年数 -0.0919 0.0639 その他変数
定数項 72.2373 *** 0.8016 決定係数
年度ダミー、区市ダミー有(掲載省略) 観測数:343 係数
掲載省略(詳細は論文)
0.99
小学校不登校率(%) 標準誤差
学校選択制導入1年目 -0.043 0.026 学校選択制導入2年目 -0.032 0.027 学校選択制導入3年目 -0.051* 0.027 学校選択制導入4年目 -0.025 0.027 学校選択制導入5年目 0.018 0.028 学校選択制導入6年目以上 -0.002 0.023 その他変数
定数項 0.469 *** 0.076
決定係数
係数
掲載省略(詳細は論文)
0.48 年度ダミー、区市ダミー有(掲載省略) 観測数:588
中学生不登校率(%) 標準誤差
学校選択制導入1年目 -0.0335 0.1119 学校選択制導入2年目 -0.0318 0.1164 学校選択制導入3年目以上 -0.1998 ** 0.0915 その他変数
定数項 3.4418 *** 0.2236
決定係数
年度ダミー、区市ダミー有(掲載省略) 観測数:539 係数
0.67
掲載省略(詳細は論文)
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ので、そのうちの0.2ポイントという数字は、不登校率の約6.4%を占める。分析対象の中学校の生徒数は 1年あた
りに換算すると222,021人である。そのうちの0.2%とい うことは、東京都49区市全体で学校選択制を導入すると、
導入しない場合に比べ、不登校の生徒数を約 444 人(約 77,907人⇒77,463人)、減らす計算になる。
また、「学校選択制導入X年目ダミー」の係数の符号に ついては、統計的に有意ではないが、予想通りすべて負の 値を示している。
6 学校選択制の導入の効果についての考察
6-1. 学校選択制の導入が学力試験の正答率に与える影響について
前章で述べたとおり、小中学校ともに、学校選択制の導 入が学力試験の正答率に統計的有意には影響しなかった。
この理由について、学力の向上に寄与したことが実証さ れた海外と比較すると、学校の質を向上させようとするイ ンセンティブを高めるために、教員・学校間の競争を促す 度合いが小さいことが可能性として考えられる。具体的に は、福井(2007)や戸田(2010)が指摘するように、私立学校 との競争環境の創出、匿名性が担保された上での厳格な学 校・教員評価の実施、試験結果の公開などの未実現・未実 施があげられる。
また、佐藤(2010)の指摘する通り、学校を選択する基準 として、「学力」をあげる保護者の割合が少ない現状など もある。
ただし、これらはあくまでも推測であるので、確固とし た理由を得るためには、試行的に海外で行われているよう な施策を実施し、効果を検証してみることなどが必要であ ろう。
6-2. 学校選択制の導入が不登校率に与える影響に ついて
前章で述べたとおり、学校選択制の導入の効果として、
中学校の不登校率を減少させたことが実証された。3年以 上経った場合のみ有意に効果が表われた理由としては、3 年以上が経てば全生徒が入学時に制度を利用可能な環境 にあり、さらに年数が経過することにより制度がより定着 していくからだと考えられる。また、不登校率は学年が上 がるほど高くなっており、中学3年生が不登校生徒の大き な割合を占めることもあるだろう。
一方で、小学校の分析については、学校選択制の導入が 不登校率に有意に影響を及ぼしていなかった。この理由に
ついては、まず、小学校と中学校の入学時をそれぞれ比較 すると、学校選択制が利用できないことが理由でいじめな どに合う可能性が小さいことが考えられる。次に、そもそ も小学生の不登校率が中学生に比べてはるかに低く、統計 的分析によって実証しにくいことがあげられる。
7 まとめ
本稿では東京都の49区市のパネルデータを用い、公立 小中学校における学校選択制の導入が学力試験の正答率 と不登校率に与える影響について分析した。その結果、中 学校の不登校率については、制度を導入してから3年目以 上になると、導入しない場合と比べて不登校率(%)が約0.2 ポイント低くなることが統計的に有意に実証された。今後 の研究においては、中学生の不登校率減少に効果を与えた 詳細なメカニズムについての解明が課題としてあげられ る。
一方で、小学校の不登校率、小中学校の学力試験の正答 率への影響については、統計的に有意に実証されなかった。
また、実証された中学校の不登校率に与える影響の分析に ついても、データの制約から個人ではなく区市ごとの比較 をしており、個人や学校ごとのデータ(親の収入、勉強時間、
家族と過ごす時間等。学校ごとの場合は平均値。)を用いた 分析とはなっていない。
しかしながら、仮にそれらの方法により学校選択制の導 入のプラスの効果が実証されなかった場合でも、逆にマイ ナスの弊害が示されていないという点が重要である。つま り、福井(2007)や安藤(2010)も指摘する通り、学校間の競 争を禁止したり、保護者や児童生徒の選択の自由を制限し たりすることは、少なくとも理論的・実証的に規制の必要 性が明確に示されない限りにおいては、控えるべきである。
ましてや、本稿での実証分析において、中学校の不登校率 減少という形で効果が実証されたことは、なおさら上記の 考え方を後押しするものになったと考える。
【主な参考文献】
安藤至大(2010)
「学習者のインセンティブと教育政策の経済分析」
戸田忠雄編(2010)『教育の失敗』
福井秀夫編(2007)『教育バウチャー-学校はどう選ばれるか』
Caroline M. Hoxby (2000)
“Does Competition Among Public Schools Benefit Students and Taxpayers?”