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200 坂野昇平 横山一己 岩田修 寺島進世意 19 フ 6 3 見えること 岩体内部にしばしば多量の大理石がともな われることであった. 前者にっいては秀他 (1956 ) が当 時主張したような東平西方呉木付近で角閃岩と塩基性片 岩が漸移することはないと確信したがコ最も露出のよい国領川沿いのルー

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(1)

地質学 雑 誌 第 S2巻 第 3号 199

210 ベ

V

s 1976年 3月 四

国 中央

部 三 波 川 変 成 帯

れ ん

閃 岩

坂 野

平*

横 山

己**

・岩

 

***

・寺島

進 世 意** ** (1975 年 10 月 6 日  受理 は   じ め に

 

四国 中 央 部の三 波 川変 成 帯に は古 くか ら角閃岩と呼 ば れ て きた塩基性変 成 岩の岩 体 が ある

この岩体は地 質 図 の上で塊 状に表 現さ れ る粗粒な塩基 性 変 成 岩か ら成る岩 休で通 常の塩 基 性 片岩 と比べ る と連 続 性は悪い

この種

の岩 体は, 秀

吉 野

小島 (1956)に よ る三縄層上部層 内に産 し, 愛媛県新居浜 市, 土居 町, 別 子 山 村

にか けて       と うな   露 出 し

新 居浜市国領川

同東平付 近を除く と道 路 沿い に観察で き る露 頭はない

 こ の岩 体の代表的な もの は東平 付 近 を 中心 とし て分 布       い   ら  

する もの

土 居 町五 良津 山 林か ら二 つ 岳に かけて分 布 す る 2っ の岩 体で

この論で は堀 越 (1937)に従っ て前 者 を東 平 岩 体, 後者 を五良津岩 体と呼ぶ

 こ れ らの岩 体は古くは

はんれい 岩 体か ら由 来し た変 成 岩と考えられて い た

鈴 木 (1926)

堀越 (1937), 佐 藤 (1938) な どは いつ れもその ように考え た

塩基 性 変 成 岩だ け か ら成る こと, は ん れ い岩 起 源を思わせ る片麻 岩 状構造の存 在な ど が, 原 岩 をは ん れ い岩と考え る根 拠 になっ た

堀 越 (1937)はこ の岩 体の特 徴 を な す 緑れん 石に冨む岩 相の成 因 を, は んれい岩マ グマ 固結後の後 火 成 作 用に よ る もの とえた

  第ご大 戦

小島丈 児 を 中心とする研 究 者によ っ て 四 国 中央部の三波川変 成 帯の層 序と地 質 構 造が く わしく 研 究さ れ るにつ れて

これ らの岩 体の成 因 を 以 前の よう に単純に考え る こ と に疑 問が もたれるように な っ た

吉野

小島 (

1956

)はこれ らの閃 岩と呼ばれ て きた 岩体は普 通の塩 基 性 片 岩と連 続し, その原 岩 をは んれい 岩と考え る必 要はない と考えた

こ の考 えは秀 (

1961

),

YOSHINO

(1961, 64)にもひ きっがれ た

我々は現 在こ の 考え を と ら ないが彼 等の考え 方 に は 合理 的な理 が あっ た と考え る

 

その後 1960 年 代の後 半に, この 地 方 で 広 域 地質調査   * 金 沢 大 学 理 部 地学教室 * * 東 京 大 学 理学 部 地 質学教 室 ** * 岐 阜 県 金 山町 金 山 中 学 校 * **

金 属 鉱 業 事 業 団 が行な わ れ, 地 質 構 造の解 釈に多 少の変 更が あ り, また 同時に角 閃 岩の分 布 が 詳 細に追跡さ れた

その結果 広 域 調 査 報告書 (1969)とその付 図で は, 東 平

五良津両岩 体は, は んれい岩起 源と し て取扱わ れて い る

その後 SlllBATA 1972)か ん らん岩 体と 五 良 津 角 閃岩 体と は

連の 複合岩 体であ る との べた

その理由は 広域 調 査の試 錐コ アで両者が密 接に と もな うとい うことで あ っ た

SAWADA (1973)もこ の岩 体は ん れ い岩 体と して扱っ てい る

白石 (1975)は肉ぶち 谷に お け る 野 外 の岩 石の産 状か ら 五良津岩 体を変 成は んれい岩 体と して 扱っ てい る

 

我々 は1968年以来この 地 方の三波 川 変 成 帯の岩石学的 研 究 を行 なっ て きた (寺島

1969MS 岩田 1971MS 森, 1972MS ;横 山

, 1972MS ,

 1974MS

1975 MS )

その 結果津 角閃 岩 岩 体 は ん れ岩起 の変成岩で あ る と結 論 するに至っ た

この 岩 体の岩石学 的研 究は横山 を中心 とし て引 きつづい て 行 な わ れ てお り, その

部はすで に発 表 されて いる (YOKeYAMA  and MoRI , 1975 ;岩田

横山, 1974;YoKoYAMA ,

1975

角 閃 岩 体の成 因 を論 ずる た めに は詳し い岩石学 的記 載 が 必要で あるが

こ こ では とて も紙 而が足 りない ので, そ れ は別に金 沢 大 学 紀 要に発表する予定 で あ る

 筆 者の 1人 坂野は かつ て別 子 地方の変 成 岩の研 究を行 なっ た (BANNO , 1964)

その 間 1956年に野 外 調 査の指 導に来 られ た久野久先 生 は国 領 川 浴い の東 平 岩 体の縞 状 角閃岩 を観察さ れてその構造は は んれい 岩の輝石の多い 部分と斜長石の部 分 とに由 来 するもの だ とのべ ら れ

.1957

年に指 導に来 られた都 城 秋 穂 先生 も 同じ考え をの べ ら れ, ま た その後 し ば しば東赤 石 山 か ん ら ん岩 体 と五津 角 閃 岩 体と が元 来はんれい

か んらん岩の複 合 岩 体で あっ たので は ないか と指摘された

坂野 は

1958

年の修 士 論 文で は

東平角 閃岩 体を はんれい岩 起 源 と考 えたが, い くつ か の重 要 な点につ い て変 成は んれい岩 体 とし て はがつ かず, 1964年の論 文で は塩 基 性 片岩と して扱っ た

その理 由の大 き な ものは

トに よっ て は 緑 れ ん 石角 閃 岩と通 常の塩 基 性 片岩が移 する ように 199

(2)

200 坂 野 昇 平

横山

岩田 修

寺 島進世 意 19フ6

3 見え ること, 岩 体 内 部に しば しば多量の大 理 石がともな わ れ るこ と で あっ た

前 者に っ い て は秀他 (1956)が当 時主張した ような東 平西方呉 木 付 近で角閃 岩と塩基 性片 岩が漸 移す ることは ない と確 信した が

最も 露出の よ い 国領川 沿いの ル

トで の角 閃 岩 体の北 端です ら}角閃 岩

と塩基 性片岩をは っ き り区 別 す ること は困 難であっ た

      : う じ ま ま た 最 近岩田の調 査 した五良 津 岩体で も 北側の東 鴻 嶋 谷 西側の谷で角 閃 岩と塩 基

吐岩の区別の困 難な 露 頭 が あ る

大理石につ い ては, 柬 平

五良津いつ れの岩体にも 角閃岩と共に褶 曲する大理 石層 が あ り

,・

そ れ を堆 積 岩で ない と結論する直 接の根拠は な い

し た が っ て 坂 野 が 1964 年に解答できなか っ た問 題に対して 現 在で もうま い 説は与え ら れてい ない

しか し, こ こ2

3年の間 に 山 を中心 と してな された研 究に よっ て角閃岩体が三 波 川変 成作 用を受け る以 前にあっ た 状態が次 第に明らか に さ れてき た

その結果我々 は東平 にせ よ 五良 津に せ よ 角 閃岩体は, 変 成され た は んれい岩 体であ る と確信 する に至 り

上述の困難 は その観 点か ら説明するよ うにすべ きであると考えた

この論 交で ぽ, 我々が角 閃岩 体 を 変 成はんれい岩 体と考え るに至 った筋道の大要を叙 述し よ うと思 う

こ の問題はすでに楓 [1(1974MS )によっ て 試 論が展 開され て い る

     

 

1968以 来

この研 究を進める閥に

住 友 金 属 鉱山株 式 会 社, 赤石 オ リビン株 式会 仕, 住 友 林業 株 式 会 社の 方々 に多 くの便 宜をは かっ て 頂いズこ

東野 外 志 男, P

J

田尚 久

森健

中村 健二

中西儒弘

小 畑正 明

佐藤博 明

鳥海光弘の諸氏は野 外調査に参 加さ れ 現 地で討 論に加 わっ て下さっ た

山崎正男氏は原稿につ い て いろい ろ意見をのべ った

笠 島[1

tiSll氏は薄 片の 大 部 分 を 製 作して下 さ り, 中村 健:Zl氏は露 頭写真を撮影 し てさっ た

また原 村 寛 氏は鉱 物の化 学分 析 をして下 さっ た

これ らの人々 の協 力に深く感 謝の意を 表 させて 頂 きたい

 野 外 調査の費用の

部に は文 部 省 科 学研究 費 と 同 GDP 研 究 費を使 用した

第 1表  五良津 角閃岩の アル バ イ トの学 組 成

SiOuAl20 , Fe203FeQMgOGaONa20K20H20 + H20

74

83i5

40 <0

Ol  O

29  0

11  0

29  8

86  tr  O

02  0

05

68

2419

550

16 O

181L60tr 緑 れん石角閃岩 体を 構 成する 岩 石  1

変 成 岩 と しての岩 石の種 類  この論 文は角 閃 岩体の岩石学的記 載を 目的 として はい ない の で

構成 岩種につ い て は簡 単に のべ る一

18AN

寅o (1964)は この 岩 休の 斜 長石は Na に とんだオ リゴクレ   ス であ る とのべた が, こ れ は誤 りで アルバ イ トと訂正 され ねば な らない

した がっ て彼の E帯はアプレバ イ ト

緑れ ん石角 閃 岩相で

D帯とE帯 とは;

後者では 泥質岩 2

Total

99.

85 99

73 SB 5773007 ル バ と石 英の混合物

湿 式 分 析 :原 村 寛 OI

GO

11 ア ル バ イ ト5個の分析 平 均

EPMA ;岩 田 修 で の黒雲母の産出頻 度の高い こと, 塩 基性 岩ではごく少 量し か緑泥 石 を含ま ない こ とな どで区 別 さ れ る が

以前 に考え た ような 明 確 な 差はない

第 1表にその行 なわ れ たア ル バ イ トの 分 析 億を示 す

こ の岩体のざ くろ 石 に つい て は別に岩田が論ずる予定であ り, オ ン フ 7 ス輝 石

透輝石 系の輝石に っ い て は YOKOYAMA  et al

i!i press)に論じ られて い る

 我々の最 近の調 査は堀越 (1937)に よっ て五良津 角閃 岩体と呼ばれ た東 赤 石東 方二 つ 岳周 辺の岩 体に心 を置 い てきた

単斜ゾイサイ トに富んだ片麻岩 様の岩型と ホ ル ン ブレ ン ドに富 み 片理に と ぼ しい黒色の岩 型と が1

10cm の編で いわ ば 互層 する縞 状 角 閃 岩を緑れ ん 石角閃 岩 相の典 型 的岩 相と し た

二 つ 蛋辺で の緑れん石角閃 岩 体の分 布を第 1図に示した

こ の図は我々 の調 査 結 果 と金属 鉱 床 探鉱促進事業団の調 査 報 告 書 (1969)の記載 を参考に してっ たものである

 

こ の岩 体の構成 岩 種の うち

変成 岩と して取 扱わ れる べ き ものは次の通 りに分類され る

1) 大理石

2) 宥 英 エ ク卩 ジャ イ ト, 3)ホルンブレ ン ド

エ クロ ジヤイ ト, 4)ゾ イサ イ ト岩

5)ホル ン ブレ ン ド岩, 6) 緑れ ん 石 角閃岩

7>ア ル バ イ ト斑 状 変 晶を含む角肉岩

これら の岩 型 を 以 下に簡 単に説 明す る

 

1)

 

大理 石

 

大理 石は二 っ 岳 西方 地 由山北 斜面に点 在 する

露頭は断

的で

1っ の層 として存 在 する か どう かは確かめ ら れ なか っ たが, 大理石の 多い帯が角閃岩体 中を走っ て い る ことは確か であ る

ま た

銅山 川南 岸に あ る角閃 岩 中にも大理 石 が見 出さ れ る

 普 通は粗粒な白色の大 理 石であ るが, ピ ン ク色の場 合 も あ り

ディ オプ サイ ド, グロシ ュ ラ

ホル ン ブレ

(3)

地 質 雑 

82

(3 ) 四 国申 央 部三波川 変 成帯の緑 れん石角 閃 窟体の成因 20正

髄 〆 鴻 嶋 PA

i

笏 霧 豸

傷 ク ー ノ \ ピ

1

Figl

 

l・

東 赤

ニ ツ 岳 付 近 の 地 質 図 第

2

表 ニ クロ ジ ャ ィ ト と ゾイ サイ ト岩の全 岩 分 析

r

「「

T

T

T

Sio2TiOzA1203FeOMnOMgOGaONa20K20Total58

20

713

58

230

IO6

126

951

881

2596

9S 42

70

1628

72

810

OO3

8715

81

060

1495

24

3d8dd21dd 44n34nn 玉

19nn99

4 1

00 石 英エ ク P ジャ イ ト5

の分析平均

EPMA :横 凵」

己 ゾ イ サ イ ト岩

EPMA :横 山

ス ピ ネル

輝石 ざく ろ石岩 中のゾ イ サ イ ト岩 V ン ズ (

YoKoYAMA

 and  

MoRI

, 1975)

ン ドな どを含むこ とがある (BANNO , 1964;IWATA

  in preparation )

ピン ク色の大 理 石 を 原 村 寛 氏に分 析して 頂いた ところ, MnO

O.

03重 量パ

セ ン トで あっ た

 この種の大 理 石 は束平岩 体に も存 在し

国領川浴い の 道路の露 頭で大理 石 が片 麻 状 角 閃 岩 と共に褶 曲し ている のが観 察さ れ るほ か, 別 子 鉱 山で探 通 1000m と呼ば れ た探 鉱 坑 道に 1

〜2m

の厚 さの 大理石 が 多数観察さ れ た

ま た 旧東平部落付近白 色 やピンク色の大 理 石 を

する こ と は古く か ら 知 ら れ ていた

野外で の観 察で は こ の大理石が堆 積岩起源の もの で あ ることを否定で きない が

後に述べ る ように角閃岩体の成 因 を考える と

それ は堆 積 岩 起 源と は考え ら れ ない

 2) 石英ヱクロ ジャイ ト  片理の よ く発 達 した 岩 石 で, こ の岩 体の構 成 岩 型では異 常に石 英に富む

全 岩組 成は第2表に示したよ うに安 山 岩 的である

主 要 構 成 鉱 物は石 英

オン ファ ス 輝石

ざく ろ 石

白 雲母

ホル ン ブレン ド

緑れ ん 石 で時に藍晶石を含む

ホ ル ンブレ ン ドと緑 れん 石の

部は明らか に他の鉱 物より後に生 じて い る が, 全て の ホ ル ンブレ ン ドが輝石や ざ くろ 石よ り後 かど うかは 断 定でき ない

二 つ 岳 西 方の権 現 山の神 社の 崖で この岩 石が お りた た み摺 曲を受け てい るのが観察で きる

こ の岩型は東赤石 山かん ら ん岩体と角閃岩体との 境 界にそっ て分 布する が, 権現 山南方斜面で露 頭は見失 なわ れ る

横山 (

1974MS

)は この型は角閃岩 体の原 岩で あ る は ん れい岩 体 が結 晶分化作用に よっ て形成され た時の残 液で あると考え た

 3) ホル ンブ レ ン ド

エ ク日ジャイ ト 主と してホル ンブレン ド, 単斜輝石

ざく ろ石

緑れ ん石よ り成 り,

(4)

292

坂 野 昇 平

横山

岩 田

 

寺島

準鞍

意 1976

3 ほん ど単斜 輝石を含まい ざ

石 角閃岩 に移化 する

石英エ ロ ジ ャ イ トよ り二 つ岳よ りに分 布 し, 権現山

地由 山に連 なる山稜に よい露頭が点 在し,

       

t

ほぼ石英エ ロ ジ ャ 玩 トに平 行 して

布 が 追 え る

 こ の岩 型 は 石英を含ま ない こと を特敵 と し

ざく ろ 石

  

は一 他 形累帯構で な  ま た 単 斜 輝石は オン フ ァ ス輝 石と透 輝 石の 中 間の 組 成を 持 つ   ざく ろ石

単 斜 輝 石を主 とするエ ロ ジ ャイ ト質石 石 は

このほか に も 肉ぶち 谷付近に転 石 と して見 出さ れて お り, また後述する よ うに グ ラニ

ライ ト相の鉱

の反 応に よっ て も生じ ていので, 五良津岩体で は ま た大 発 見の もの も多い で あ ろ う

しか 大き な 帯 を な して存 在 するエ

2

ロ ジ ャ イ トは, 権現

付 近に露 出する2つ の岩 型であ る

 4) ゾ イ サ イ ト岩 大 祁 分が ゾ イ サ イ トよ り成る岩石 で二 つ岳南方の ぶち沢 西 方の上流には厚さ

6m

程度の 大き な露 頭が あ る

ζの沢にはこれ よ り薄いが

ゾイサ イ ト岩が層を な して多量に存在する

図 版IA はゾイサ イ ト岩の露頂写真であ る

白石 (

1975

)が 優 白 岩 と呼ん だの は多 分この岩型で あ る が

優 白 岩とい う名 称で想 像 さ れ る ような酸 性 岩で は ない

ゾイ サ イ ト岩に は少量の 単斜ゾイサイ トを伴うのが普 通で ほ か に藍 晶石, 石英, パ ラ ゴナ イ ト, ホル ン ブレン ドな ど を含む

藍 晶 石は時 に 2c皿 に達

る紆 品と して産し, 周迦 部はパ ラ ゴ ナ イ ト

して いるこ とが多い

パ ラ ゴナ イ トは 監晶石 を完 全 に 置換え てい るこ ともある が, ゾイ サベト岩の片理 に平 行なパ ラ ゴ ナイ トが散在する こ とも あ り, そ れは ゾイサ イ トと同時に形 成され た もの であ ろ う

この岩石の化 学 組 成は, 第

2

表に 示すようにアノ

サイ ト に富んだ斜 長 石 に近い

ま た表に はス ピ ネル

輝石ざ くろ石 岩 中の ゾ イ サ イ ト岩レ ン ズ

(長 径 5mm )の EPMA に よ る分 析

を YoKoYAMA  and  MoRI 1975か ら引 用し たが, これ

もやはリア ノ

サ イトに近い化 学 組

を持つ

 

こ の岩

の化学組成に類似し た化 学組成は山岩や堆 積岩に は見当たらず, 層 状はんれい岩 体に産するア ノ

ソサ イ トが我々 の推 定し得た唯

の もので あ る

変成分 化 作 用 とい う過 程が実際に存在し得た と し ても, 6m に も及 ぶ

を形成 する と は考烈 任い か ら, こ の岩 型 を変 成 ア ノ

ソサ イ ト とす

と 化学組 成と産 状 を 調 和 的に説 明 で きる

  この岩 型の存 在は, こ の地方の角閃岩 体を変成はんれ い岩と決 定 する重 要な根 拠と な る

こ の岩 型は肉ぶ ち谷 で最 もよく観察さ れ る が, 類似 岩相は ほかの谷で も見 ら れる

ただホル ン ブレ ン ドを 全 く含ま なレ石 型は 肉ぶ ち 合以 外にはほ とん ど み られ な い

平岩 体か ら 坂

野 (1957)ab;

ltし た

の母岩は

類 似h 相 だ が 少

のホ ル ンブレ ン トを含む

ζの標本は旧林用 軌道沿 いに あっ た 転 石で現 在の道 路 沿 いの露 頂のぞ

と完 全に 日じ で はな恥

 

5) ホル ンブレ ン ト岩 大 部 分ホル ンブレ ン ド より成 る 岩 石で 肉 ぶち谷では最 大 Im の層を な して ゾイサ イ ト岩と互 層 する

 

ざ くろ

岩体がグ ラニ

ト 相で再 結 晶した時に形 成さ れ た単斜輝石を残 晶とて少 量含むこと

が あ る 

TSUBOI

1986

)が化 学 組 成を記載 し たホル ン ブレ ン はこ の君型

もの で, 東 干岩 体の 旧東 平 部 落に近い

本 松 附 近力ら採集され たものであ る

ホ ル ン フ レ ン ド岩は hornblendite を想像させ るが, こ の 岩型は変 成 岩 なφで, ホル ンブ レ ン ド単鉱 物岩と呼んだ 方 がよいか も 知れない

ホル ン ブレン ド岩とゾイサ イ ト 岩に はあ らゆる間的段階があ るが

その時は ノ イ サイ トは単

ゾイサイ トであ事が普 通で, その様な 岩 型は 次の緑れ ん石角閃#と し て取 扱 う

 

ゾイ サ イ ト岩が ア ノ

ソ サイ トの変 成し た もの と考え られるの に対 応して,ホル ンブレ ン ド岩は苦 鉄 質 鉱 物,多 分 単 斜 輝石に冨んだ層の変 成さ れ たもの と考えられ る

しか し, ホ ル ンブレン ド岩は 輝 石に少量の 斜 長石 が含ま

れ ていた岩 石 が 原 看で あろう

YOKOYAMA  and  MORi

(1975)に よっ て記 載さ れた ス ピネル輝石岩 も その候補 の

1

っで あ ろう

また輝 石に冨む

ret

らホ ルン ブレ ン ド が形成さ れ る際にH20 の ほか に Na20 が供給さ れ た 可 能 性もある

     

 

6) 緑 れん 石角 閃 岩

 

以上の べた岩 型は角 閃岩 体の成 因を考え る上 に重 要 な 岩 型であるが, 量的に は角閃岩 体 の大 部 分は こ こ に述べ ん石, ざ くろ石, ア ル バ イ ト, ホル ンブレ ン ド, 白色 雲母, 石 英な ど か ら成る岩型 で ある

通 常はホル ン ブ レ ン ドと緑れ ん石 が岩 石の

80

% を占め る

こ こ で緑れん石 と呼んだもの は通 常は単斜ゾ イ サ イ トであ る が

時には ゾ イサイ トで あっ た り

相当 量の Fc3+ を 含 む と が あ る

こ こ で と して

括した

こ の岩型 に は肉眠的に黒 白の縞 模 様のあ るもの と, そ れ が あ ま り著し く ない もの と に二分さ れ る

縞 挨 様の ある岩 相れ ん石 が多く, そ れ が縞ま た は レ ンズを なし て い る

緑れ ん 石 は単 斜 ゾ

i

サイ トであ る

図版 IC や皿D にみ られ る片麻岩状の 部 分がその代 表 的な構造 で あ る

縞 模様の著しく なレ君 型は

般に緑 れ ん石が少な く

かっそ れ は Fe3+ 富ん だ単 斜ゾイサ イ トで あ

片 麻 岩 状角閃岩は布が広い上 に

肉 眼で

(5)

地質翻…

 82  (3 ) 四国 中 央 部 三 波川変 成 帯の緑れん石 角 閃 岩 休の成因 203 識別 し易い ので, 角閃岩 体の分 布を決定する た めの最も よい 目安と な る

  緑れん石の少ない岩 型が, 片理 だ け強く なる と, 岩 体 周 辺の ホル ン ブレ ン ド片 岩 と 区別が しに くい

ホル ンブ レン ド片 岩は石 英, ア ル バ イ トに富ん だ層と ホル ンブレ ン ドに富んだ層とか ら成る 縞 状構造を 作る 傾 向が強い が, 角閃岩は緑れ ん石に富ん だ層を作る傾 向が強い

ホ ル ンブレ ン ド片 岩と角閃 岩と は, 全 岩 組成から区 別 でき る か も知 れ ないが, ま だ十 分に検 討さ れて いない

た と え ば国領川沿い の角 閃 岩の北 端で, 厚い ホル ンブ レン ド 片岩 と角閃岩の問の黒雲母 片 岩の巾に爽在 する数 枚の塩 基性 変 成 岩は

肉 眼的には ど ちらの岩 型に属 するかわか らず, 顕 微 鏡 下で も どち らかに属 させ る決 定 的 な根 拠 を 見 出し難い

  7) ア ルバ ト斑 状 変 晶 を 持緑 れん 石角閃岩 緑れ ん石 角 閃 岩 体の構 成 岩 石の特 徴は, ア ル バ イ

トが 斑 状 変 晶を作 らない ことであるが, 岩 体 周辺部に は時に斑 状 変 晶を持つ 岩 型が あ る

両 者の関 係は肉ぶち谷 下 流で観 察 さ れ る

ここ では片 麻 岩 状涌閃 岩とアル バ イ ト斑 状 変 晶 を持っ粗粒なホル ンブレン ド片 岩 とが接し て産 する

鉱 物 組合せ は両 者 共に ア ル バ イ ト, 単 斜ゾ イサイ ト, ホル ン ブレン ドを主と して い て, それ を基 準に しては両 者は 区別で き ない

両 者の境 界 部 付 近で は, 斑 状 変 晶 を持 ち, 片理の よく発 展 する ホル ン ブレン ド片 岩 中に, 片理 にそっ て, より塊状で斑 状 変 晶のない角 閃 岩様の岩石 レ ン ズ状に存 在 する こ とがある

ま た逆に塊状の角閃岩中 に, 薄 く層 状に, 斑 状 変 晶 を持 ち片理 の明瞭な岩石 が存 在する

これ らの観察か ら, 両 者は漸 移し, ア ル バ イ ト 班状 変 晶を持つ ホル ンブレ ン ド片 岩は

角 閃 岩 体の周 辺 部が せ ん断 されて成 さ れ た と考え られ る

 三 波 川 変 成 帯の ア ル バイ ト斑状 変 晶の成 因 は よ く わ か っ てい ない が

TORrt

Mi (工975)の研 究に よれ ば 少 な く と も その粗 粒 化に は

岩石の流 動 変 形が大き な役 割 を 占めてい る

角閃岩 体 周辺で せ ん断 を 受け易い 部 分に ア ル バ イ ト斑 状 変 晶が存 在 するは, 彼の考え方と調和 的で あ る

 肉ぶち 谷に は さ らに, 上述の 露 頭で角 閃 岩と漸 移 する 粗 粒 なアル バ イ ト斑 状 変 晶 を持つ石と似た 岩 石が あ る

この岩石 は泥質岩に よっ て角閃岩 本 体と切り離さ れ てい る が, あ るい は片理の強 く なっ た角 閃 岩かも知 れ な い

 以 上 1)

7)まで の岩 型は角閃岩 体内 部で 目立つ 岩 型 や 分布の広い岩 相である

これらは岩石の全 岩 化学組 成 以 外には直接に原 岩を推 定 する乎がか り を 与 え ない

し か し角閃 岩 体 内 部に は, 緑 れん石 角閃岩 がグラニ ュ ライ ト相の変成岩で あ り, ま た さらに以 前に は分 化したは ん れい岩で あっ たこ と を 示 す 組 織 や構造 を残して いる岩 石 がある

   ロ

岩 の組織

造 や残留鉱 物 を  五 良津や東 平の角 閃 岩 体の大 部分は緑んれ 石角 閃 岩 相 の鉱 物 共生開係を持っ てい る が, その

部, 特に肉ぶち 谷か ら二 つ 稜 線に 至 る 地域では塊 状で かつ 緑れん石 角 閃岩 相の変 成 を 受ける 以前の生 成条 件を残 留 組 織や残 留 鉱物と して保存してい る岩石が よ く産 する

これらの 岩 石は し ば し ば転 石と し てのみ見 出さ れ る が, これらが 角 閃 岩 体よ り来た もの で あ ることは疑 う余地 が ない

 残 留 鉱 物の性 質か ら, 角閃岩 体 が以前に グ ラニ ゴラ

イ トで あっ た こ と が言え る岩石が ある

最近横山 (1975) に よっ て肉ぶち 谷で発 見 され た 転石では, 斜 長石

(AN 91, 単 斜 輝 石, 斜 方 輝 石から なる層 状 岩 石が,

ざ ぐ ち 石

緑れん石角 閃 岩に 移 化し てい る

.・

ま た岩田が卒論調

査中に発 見し, YoKoYAMA  and  MoRI (1975)に よっ で

記 載 され たス ピ ネル を含む岩石 で も

グ ラニ ラ イ ト で安 定で あっ たス ピ ネル と

AlaO3

に審む輝石 と が 反 応 し て

東 赤石山のざく ろ石単斜輝石 岩ま た はエ ロ ジ ャ イ ト と同じ 元素分配に従うざく ろ石 と輝 石を形 成 して い る

これ らの石が 以前グ ラニ ラ イ ト

は, 鉱 物 組合せ だけ で な く, 共 存 する 2種の輝石間の

Fe−

Mg 分 配

 

Ca

す る組 成 間 臨 輝 石 中の Al203 な どに はっ き りと記 録さ れてい る

ま たゾイサ イ トやホ ル ン ブレ ン ドを持つ粗粒な塊状岩のには, ホル ンブレ ン ドの中心部に

6

%のAl,

O

,を持つ単斜輝石 が残 留して い て

その岩石が 多分グ ラニ

イ ト相にあっ た ら しい こ とを 示 してい る (あ るい はAI203の量は原 岩が グ ラニ ライ ト相にあっ た とい う説 明と調和的で あ る)

Al20,に 冨ん だ輝石がホル ン ブレ ン ドに置換えられ て い く過 程 は, 薄 片 観 察に よっ て復 原 することがで きる, ほ と ん ど 輝石 で ホル ンブレ ン ドを含ま ない場 合か ら, 輝石のへ き 開にそっ て ホル ン ブレ ン ドが生 長し, つ い に は輝石の仮 像を持っ た ホル ン ブレン ド集合体とな る

輝 石が全 く消 失し粗粒な ホル ン ブレ ン ドのみ (FerMg 鉱 物と して は) になっ た 岩 石で も

輝 石の外形は塵 状の包有物の配列に よっ て 識 別 で き る こ と が あ る

こ の ようなグラ= イ ト相の輝石の ほ か に, 緑れ ん 石角閃岩 相で の変 成 作 用で 形 成 されだオン アァ ス輝 石

透 輝石系列の輝 石が存 在 す る が, それらはざ くろ 石と輝石間の Fe

Mg 分 配か ら見 て, グラニ

ラ イ ト相の もの で は あ り得ない (BANNO ,

(6)

204 坂 野 昇 平

横山

己 r 岩田  修

寺 島 進 世 意 1976

$ 1970)

この種の低 温の輝石は, 片理 の 発 達し た 岩石に も産 する上に, ざ くろ 石 と輝 石が平 衡にある組 織を示 す もので, グ ラニ ュ ラ イ ト椙のそれ と容易に区別 で き る

 この よ うに微鏡観察 や 鉱 物の化学組 成か ら, 角 閃 岩 体は 三波川変成を受け る 以前に グ ラニ

ラ イ ト相の変 成 岩であっ たこと が確認で き る

しか し鉱物は

旦 グラニ

ライ ト相で平 衡に達した可 能 性が強い から, グラニ ュ ライ ト相 以前の状 態は鉱 物の分 析で は推 定でき ない

角 閃 岩 体が変 成は んれい岩か否か は, グラニ ュ ライ ト相で の再 結 晶の影 響 を受けない ものを 通して でない と判 断で きない

以 下にの べる ように, 野 外で の露 頭の観察や 標 本の 肉眼 的観 察で

グ ラニ ニ ライ ト相 以 前に形 成 され た らしい 構造が みられ る

 図版 1は標本の写真で

,A

は はんれい岩ペ グマ タ イ ト

        ぼ

と思わ れ る岩石

Bはその 近 接写真で ホ ル ン ブレン ドの 中に単 斜 輝 石 が 残 留して い るこ と を 示す

白色 部はゾイ サイ トを主 とし, 少 量の単 斜ゾ イ サ イ ト, ホル ンブレ ン ド, パ ラゴ ナ イ トを伴い , 本来 斜 長石 を主と した部 分で あ る

この石は輝石+角閃石集合 体の大 き さを 主 な理 由にベ グマ タ イ ト と し た が 斜の申に輝石岩がス ラン ピングで入 りこん だ とい うこと も否定は で き ない

ペグ マ イ ト とみなすと, その有 色鉱物は ホル ン ブレ ン ドで あ るのが普 通で, 図版B にみ ら れ る単斜 輝石は初 生 的 な ホル ン ブンン ドが グ ラニ

イ ト相で

旦輝 石 化し たも の か も 知 れ ない

図 版 1の G は黒 色 部 (ホル ン ブ レ ン ド を 主 とする)と白色部 (ゾイサイ トを主とする)の関係 を示 し たもの で

黒 色 部に次 第に 白色 部が多くな り, 片 麻岩 状角閃岩になっ て, 再び突 然に あ るいは 不 連 続 的 に 黒色 部に なっ てい る様 子 を 示 す

黒 色 部は輝 石に冨む 層

白 色 部は斜 長 石で あっ た部分とする と

これ は玄 武 岩 質マ 溜 りの 中で結 晶 分 化 作用 を行っ てい た時期の級 化 層 理 を あ らわして いるもの と見ること が で きる

はんれい 岩 体 中にあ る級 化 層理 は

SKAERGAARD

貫入岩体を始め 多 くの岩 体で知 られて いる (WAGER  and

BRowN ,

1968 ;WADswoRTH , 1973)

図 版D は ゾイサイ ト岩の標本写真で

,2cm

に近い 藍 晶岩 結 晶が 生 成して い ること を 示 す

 図 版

1

は露 頭写真で あ る

.A

はゾイサイ ト岩 中に ホ ル ンブレ ン ド岩の産 する様子 を 示す

こ こ で は は っ き りと し た級化層理 は見 られない

B は, ホル ン ブレ ン ド岩と 粗粒で塊状の ゾイサイ ト

ホ ル ン ブレン ド岩が互 層して 産 する様子 を 示 す

C は 級化層 理 に 由来 すると思わ れ る 岩型の変 化が

方 向に くり返 し てい る様子 を 示 してい る

これ ら は変 成 作 用に よ る変 形 をあ まり受けて いない 岩 相を表 わ してい るミ, D はBま

C

に類似し た互

が変成 作 用に よる変 形, 特に組 成 縞に平行 なせ ん断に よ っ て変 形 された様 子 を示し て い る

 

これらの事 実か ら, 角閃岩体は初め層 状は ん れい岩

であ り, 後に構 造を あ ま り変 化さ せ ないで グ ラニ

ライ ト相の変 成 作 用を受け, そ れ が さ らに緑れん石角閃 岩相 の変 成 作 用を受 けた岩 体で あ

結論さ れ る

は ん れい 岩の形 成 期や グ ラニ ラ イ ト相 で変 成

受 け た温 度

圧 力 条 件は, 近い将来横山によっ て詳しく報 告 され る予 定である

  角閃 岩体 周辺の ホ ル ン ブレ ン ド片 岩に は, しばしば電 気石が存 在し, そ れ らが海 水 中で の堆 積 岩 あるい は海 水 に浸っ た岩 石 が 変 成 された もの であるこ とを 示 すが, 電 気 石は角 閃 岩 体か らは見 出さ れてい ない

こ の こと は 角 閃 岩 体が変 成は んれい岩 体である とい えに都合が よ い

また角 閃 岩 体 中に は, 周辺部を除く と泥 質 岩を は さ ま ない こともこ こ に述べ えに都 合がよ い

周辺部に 時に はさま れ る泥 質 岩は, 岩 体の境 界が不 規 則 な場 合 (五良 津 岩 体, 東 南 方 ), 断 層の ある場 合 (東 平 岩 体 西 南 部

国領川沿い のほか は, 周辺部で角 閃 岩とホル ンブ レ ン ド片 岩の区別 が 困 難 なため におこる見かけ上の もの で あろう

変成はんれい岩 体モデルでは説 明 しに くい岩石  前 節 まで の考察は当地 方に存在する角閃 岩体

特に五 良津 岩 体は, 変 成は ん れい岩 体と考え ると, その岩 石 学 的な

ま た 地 球 化学的 な特 質を説明で きる こ と を 示 し た

し か し

方で は

この考え で は説 明し難い事 実 もい くっかっ てい る

大理 石の存 在はその ような 事 実の最 た る もの であ る

これにつ い て現 在 我々が言 え る こ と は

角閃岩体 が 変 成はんれい岩 体である ことは最 早 疑 う 余地 は少ない から, 大理石の存在は, そ れ を前 提と して 説 明さ れ るべ であ る とい うこ とだ けである

大理石は 角 閃 岩と共に褶 曲して いる か ら, 褶 曲以前に角閃岩 体に 存在していた はずで あ る (秀,

1961

大理 石は は んれ い岩を作っ た分別結 晶 作用の後期に 生 じ た流 体か ら沈 殿 した炭 酸 塩に起 源 を持つか, あるい は いつれか の時 期の 交 代 作 用に よ るもの で あ ろ う

成 因の説 明がつか ない鉱 物 と して は

,SHIBATA

(1972) が 記 載した東 赤石 山か ん ら ん岩 体に産 する硬 石 膏 が ある

SHIBATA はかんらん岩 と角 閃 岩 を

括 し て超 苦 鉄 質 (〜) 複 合 岩 体 と して 扱 い , 火成 岩 起 源と し て い るが, 硬石膏の成 因に説明を与 え て はい ない

赤石山か ん らん岩 体に は ほ か にもかん らん 石

方 解石岩 も存在 し, こ の 場 合に も

CO

,の 起 源

(7)

地質 雑 82 (

3

) 四風 中 央 部三波川変 成 帯の緑れん石角 閃 岩 体の成 因 205 はきな

赤 石 山か ん らん岩体が貫 入時に蛇 紋 岩で あっ た可 能 性 (YOS削 NO ,

1961

)は 今否 定 する こと は でき ない が

か ん ら ん岩体は蛇 紋 岩を経ていない とい う立場に立てば

かん らん岩 体, は んれい岩体共に方 解 石 を 沈 殿 させ る交 代作 用を受 け たが, その機構は不 明で ある とい うことになる

 

角 閃岩体周辺部で の漸 移 的 な岩型につ い ては前に の べ た

 

東平角閃岩体北端で黒 雲母片岩 中に夾 在する1

2m の厚 さの塩 基性 変成岩の成 囚 も ま だわ か ら ない

こ の よ うな 中闇的岩型の理解の た め に は, ホル ン ブレ ン ド片 岩 の組 成縞の状態の理 解 が不足し てい る

別 子 鉱 山第 4通 洞の角閃岩体の北 側の黒 雲母片岩 中に径 30cm 位の塊状 かつ 閃 岩 状の薀 基 性岩の球状 岩 体があ り, その周 囲に 反応 帯と して生 じた黒雲母が密集して い る (こ の岩石 が

MILLER

 et al

, 1961

に よっ て年代 測 定に使わ れ た)

こ の岩 石は角 閃 岩の片が周 囲の黒 雲 母 片 岩に取 り込 ま れ た もの と考えられる から, 角閃 岩体北 側に存 在 する小 さな 正体 不 明の廃 基 性 岩のに は

角閃 岩の破 片が 固体 貫入時また は褶曲時に辺の岩 石の 中に と りこま れ た も の もあ るか も知れない

 この よ うに角 閃 岩 体は変成はん れ い岩 体であ る とい う 考えで は説 明困難 な事実がい くっ かあるが, それ ら は変 成は んれい岩 体 説 を直接否 定する もの ではない

角閃岩体の 成因

 

岩 体 や その周辺 の変成岩につ い ては, その相 平衡 を中心 と し た面 だ けにつ い ても

ま だ解 明さ れてい ない

t と が

それ で も 四国 中央部の相 平 衡に基づい た変 成 岩 研 究は, 三波川帯の他の地 域のそれ と比べ れ ば 比較 的 進ん でい る

角閃岩の成 因を周 囲にある普通の変 成 岩 と関 連づ けて説 明して み よ う

そうする こ とに よっ て 我々が何 を 知 らないか も明瞭にな る だ ろう

三 波川変 成 作 用を受 け る以 前の角 閃 岩 体の状態につい て の叙述 は

横山の現 在 進 行 中の研 究に 基 づいて い る

 

角 閃岩体は層 状ほんれい 岩 体であっ た

その結 晶分 化 作用 は 比 較 的高い圧 力 (12

18kb )でこっ た

こ の圧 力 値は 40km よ り深 く

した がっ て層 状は ん れい体は

地向斜堆 積

tm

i

の 中で形 成さ れ た もの では なく, マ ン ト ル上部, 圧力推 定の誤差を見 込めばあるい は 地殻 最 下 部で形 成さ れた

 このは ん れい岩 体は, その後さ らに グ ラ= = ラ イ ト相 の変 成 作用 を受けた

こ の変 成 作用 は

は ん れい岩 体の

影 響 を 与え た とい うよ りも, 岩体 全 体 を再 結 晶 させ たもの ら しい

こ の グラニ イ ト相変 成 作 用は 広域 変成 作 用 と考えて よ い で あ ろう

そ れ はペ グマ タイ

 

ト状構造, 厚い ア ノ tr

ソ サ イト層, 粗粒なは ん れい岩構 造

級 化層理 な どの巨 視 的 構 造は破壊せず, 鉱 物の平 衡 関 係だ けに影響を与えた もの ら しい

は ん れい岩の鉱 物 は全てこのグラニ ュ ラ イ ト相の変 成で再 結 晶したか否か はわか っ ていない

他形の ス ピネル を粒間に析 出して い る輝石 岩, ス ピネル を離 溶し てい る輝 石な ど は, あるい は, はんれい岩 形 成 時の化学組成に近い組 成を保っ てい る か も 知 れ ない

こ の よ うに角閃岩 体は グ ラ=

L ライ ト 相の変 成 作 用を受 けて い て, それ は 通常の三波 川 変 成 岩 の原 岩堆 積以前に起こっ て いた は ず で あ り

し たが っ ては ん れい岩 体は地 向 斜の初期火成活 動の産 物で もな く, ま た変 動時に貫 入したマ グマ か ら形成さ れ たもの で ない こ と は明 瞭である

  グ ラニ ラ イ ト変 成 され た は ん れ岩 体 , さ ら に 三波川 変 成作用を受 けて現 在 観 察さ れ る鉱 物の大 部分 を形 成 した

し た が っ て変 成は んれい 岩体は 三波 川 変 成作用の最盛期 以前に, 秩 父 累層 を原 岩とする 三波 川 変 成 岩 中に貫入 し

自ら も 三波 川 変 成 岩になっ た

こ の岩 体の貫 入温 度は

7

〜 800℃ よ り も低か っ たので, それは 固 体 貫入岩 体で ある

貫入にあ たっ て, 岩 体に浮力が働 いた とはえ られない か ら

岩体は 三波川 帯の左黄臥褶 曲 形 成 時に, いわ ばもみ込ま れ る よ う な形で貫入 して き た もの らしい

こ の場 合 intrusionよりもemplace 語を使いたいが, 後者に適 切な訳 語が思い 当たらない の で

貫 入 とい う言 葉を使い続 ける

 角 閃 岩 体で現 在みられ る鉱物共生関 係は大 部 分三波川 変 成 作 用に よ る もの で あ る

その変 成 温 度は ア ル バ イ ト

緑れ ん 石角閃岩相で あ り, 変 成 相 とし ては 周 辺 に あ る泥 質や塩 基 性の成 岩の そ れ と同じ であ る

その生成 温 度と

ffi

力は

今の ところ

ゾ イ サ イ ト

藍晶石

石 英 の組合せの存 在

ざく ろ石

単 斜 輝 石 間の Fe

−Mg

分 配 で しか測ることができ ない

東赤石 山か ん らん岩 体で の 共 生 関 係 も五 良津 角閃岩 体のそ れ と同じ温 度

圧 力を表 すとすれ は, さ らに単 斜 輝石

斜 方輝石

か ん らん石 間 の

Fe−Mg

配, 斜 方 輝石

ざく ろ石の平 衡 な どが利用 で きる

これ らの指 標で測 られた温 度

圧 力 は 全て 400 〜

550

°

C ,7

13kb

この温 度

圧力の見 積り はあま り精 度がよ く ない上

塩 基 性 岩に対 して は泥 質 岩 の温 度 推 定 と異 なっ た指 標 を用いなけ はなら ないた め 角 閃 岩 体と周 囲の黒 雲母片 岩の溜 度の 大 小関係の情 密 な 比 較は で きて い ない

岩 体 周辺部の ア ル バ イ ト斑 状 変 晶 を持つ 角 閃 岩 , 現 在の地 質 構 造 が 形 成 され た時期には

(8)

206

野昇 平

横山

岩田 修

寺島 進世意 1976

− 3

周囲の黒雲母片 岩と同じ温 度にな っていたであ ろ う

  角閃岩体のに記録されて い る 三川 変 成 作 用に は, 三波川変成のい ろいろ な時

の ものが あ る

た と え ばオ ン フ ァ ス 輝を持つ

h

1

で は, ざく ろ 石

オン フ ァ ス輝 石

ル チ ル より成る時 期に ひ きつ づき

ア ルバ イ

F

緑 れん石

ホル ン ブレ ン ド になる時 期が あ り, さらに緑 泥 石 やスヘ

ンを生 ずる時 期 を経てい る

最 後の鉱 物 共生 関 係はおそ らく三波川帯の上昇に ともなうもの で

2番 目の共 生 関 係は黒雲母 片岩の形 成との も の で あ ろ う

エ クロ ジャ イ トか ら繰れん石角 閃 岩へ の変化が黒雲 母 片 岩の生 成 温度で行な わ れ た か ど うか は わ か らない

つ ま り現 在位 置に貫入 す る 以 前に すで に黒雲母 片 岩 に 伴っ てい たの か, あるいは グ ラ= ユ ラ イ ト相の 岩石が, 現在 位 置に貫 入した時に初め て三波 川 変 成 を受 け たの か は

今の ところ決定でき ない

 以 上が鉱 物共 生 関係と岩石の野外観察か ら導か れ る角 閃 岩 体の成 因 論である

グラニ イ ト変 成作 用を 受 けて い る点を考え る と, こ の岩 体は 三波川変 成帯と し ては異 質な 岩 石で C

秩 父 地向斜

の岩石では な い

この 岩体とおそ ら く類 似した温 度 履 歴 を持つ 東 赤かんら ん岩 体が, 三波川 帯に運び 込 ま れ る 以前に} 三波 川 帯に 対 して どの ような位 置にあっ たか は

今の ところ想 像の 域を出ない

いずれ に して も

そ れ らは

種の羞 盤岩 類 で あっ た と みなして よい

 は ん れい岩 体を作っ たマ グマ の 化学的性 質は

そ れか らマ マ の貫入 した場所の地 質学的環 境を推 定で きる 程 に は わか っ ていない

しか しその温 度

圧 力 履 歴か ら見 る と

マ の貫入場所 と して

MIYASHfRO 6‘畆 (1970) が 大 西洋中央海嶺の岩石学的 モ で提 唱した海 嶺 下の 異 常マ ン トル が候 補の 1つ にあげ られ るで あ ろう

こう 考え る と

マ の固結 後p

はんれい 岩体 が グ ラニ

ラ イ ト相の変 成作用を受け てい る こ とも容 易に説 明で き る

三波川変 成 岩の原岩は下 部にその ようなマ ン トル を 持つ場 所に堆 積したの か も知れない

三波

f

1

成帯に おける緑 れん 石角閃岩 体の位 置  角閃 岩体は三波 川 変 成帯 で最 も温度の高い部分 に存在 する

刎子 地域では

BANNO

(1964)の 研 究があるめみ で

成相と し て し か変成

は とらえ られ ない が

東方 の佐々連鉱 山

近の猿 剛 日

見 川断 面では変成温 度は 連 続量と し て と ら え られでい る

後 者と

子 地 域の変 成 度発布 を庇

す ると;

角 閃 岩 体は KURATA  and

BANN6

(f974)

bc

帯の 高温

,重

野 (1975)の 黒雲母帯の高 温 部に貫 入して いる

猿虫川

汗 見」[[断 面で も

S∴2 試錐コ アは角閃 岩が存 在し, その周 囲に五良津岩 体 周辺 と岡じ粗粒な 黒雲母片 岩を伴っ てい る ド  四国三波川帯に は北か ら南へ か う大 規 模な横 臥 褶 曲 が あ り (秀

吉 野

小 島, 1956;KAWAGm ,1968;秀, 1972), 変 成 温 度の最大の地域は褶 曲の軸部に近い と ご ろにあ る

黒 雲 母 帯に局部的熱源 が存在 しなければ, こ の ような 温度構造は褶曲に よっ て しか説 明できない

島 所 的な熱源とな り得るのは か ん らん岩 体 や 角閃 岩 体であ る

別子や 五 良津付近では 変 成 温 度の極大 はこれ ら の 岩 体の 存在 する場所にあるか ら》 こ の地方で は局 所 的 熱 源 を直ちに否 定はで きない

猿田 川

汗 見川断面で}ま, た し か に角閃 岩や 蛇 紋岩は存 在す るが, 角閃 岩は地表で は 知 られて お らず試錐に よっ て 30m 位の幅の もの が検出 さ れ た程 度で ある

それに対し て高 温の鉱物帯はKURA

TA and  BANNO 1974断 面示 さ れ る よ う層 状連 続し, 断続的 に存在するグ ラニ

ラ イ ト相 以下の温 度に あ る岩 体で説 明で きるようなもの では ない

さらに温 度 構造の逆 転は場 所によっ ては中央構造 線か ら清水構 造帯 に至る広大 な 地 域に認め られ る (坂野

鳥 海

東野, 1975ので

現 在の変 成度の分 布は大 規 模な横 臥褶 曲に よっ て決定 さ れ た もの と考えた方がよさ そ うである

温 度 構 造の成 因は こ こ で十分に論ず る準備 がで きて い ない が

横 臥褶 曲は変 成 帯 がまだ 変成 作 用を受けてい る聞に 起こり

櫂 曲形 成 後, 変 成帯は冷 却を始め る と同時に上 昇を開 始した と考えられる

1975)

 角閃岩体の貫入は, こ の横 臥褶 曲時に起こっ た もので あ ろう’ 束 平

五良 津あるいは東赤石 山の ような巨大 な 岩 体は

固 体 貫 入を行なっ ても岩体 内 部に は せ ん断や褶 曲の及ぼ ない部 分も あ り

せ いぜい片 麻 岩 状角 閃 岩 を形 成し た に と どまっ たが, 岩体周 辺部で は周 囲の ホ ル ン ブ レ ン ド片 岩 と似たアルバイ ト斑 状変 晶を持つ 石 を 程 度に変形

せ ん 断を 受け た

ま たS身 試錐にみ られ る よ う な 小 さ な 角閃岩体の破片 も

P

つ くられ たで あ ろう

五 良津岩体周辺で泥 質 岩のア ル バ イ ト斑 状 変晶が巨 大化 す る傾 向が あ る が

,.

こ れは角閃 岩体が流 動 変 形の強い 部分 に貫入し てきてい る ため であろう

角 閃 岩 体 周辺1 特に 岩 体 北 惻の黒雲母 片岩は

黒 雲母 が大き な鱗片 を作 る之 と で

般 め黒 雲 母 片 岩と肉 眼 的にち がっ てい る が 广 これ は黒雲母片 岩が角閃岩体貫 入あ潤 滑 剤の役 割 を果た した た あ ではないだ ろ うが

小 さ な角 閃 岩体は貫入に伴 う変 形で片 麻 岩状構造を持たな くなる程 度まで変 形さ 鷲 る ら じい

別 子 山村瀬場 谷上流に分 布する塩 基 性 変 成 岩を角 閃 岩体と見な すか否が について は, 古く か ら意

ぶ勞か れてい るが

々 の観 察で はそれ は激じ い変 形を 受 けた

(9)

地質 染臼… 

82

 (

3

四国 中 央 部三波川 変成 帯の 緑 れん石 角 閃 岩 体め成 因 207

角 閃 岩である

  角 閃 岩 体 を現 在 位 置に もたらした横 臥 褶 曲は巨 大 な も

の であっ た に 違い な い

その 根の 部 分は, KAWACHl

(1968), 秀 (1972)

KuRATA  and  BANNo 〈1974)な どの

断 面か ら見ると中央構造 線よ りずっ と北にあっ た ことに な る

もっ と も褶 曲の方 向は変 成 鉱 物の相 平衡では定め られない し, 現 在 知 られてい る変 成 度の分 布には北か ら の横 臥 褶 曲で は説明しき れ ない もの も あ る

 別 子

五 良 津 地 域の角 閃石 は古 くから研究され てい る が, 他の地 域に も類 似 した 岩 体 が 存 在 す る

ISHIMOTO (1973,

74

)は 八幡 浜地域で 五良 津 角 閃 岩と類 似し た岩 石 が, 小 歩 危 層 と断 層で接し て産 するこ とを 報 告した

こ の閃 岩に は エ ロ ジ ャ イ トの共 生 関 係があ り, ざ く ろ 石と輝石の Fe

Mg 分 配 係 数は約

7

で東 赤 石 山か ん らん 岩 体に含ま れ るそれ と よく似て い る

た だ四国 中央 部の 地質と比べ る と角閃 岩歩危層断層接 すが や や不可 解で ある

角 閃岩体が直 接 小歩危層に貫入 した と する と, 四国 中央 部の熱史の解釈も多少変 更せねばな ら ない

四 国 申央 部で は銅 山川屈 曲部の藤 原部落 附 近の 蛇 紋 岩 体 中に変 成は んれい 岩 が あっ て

鉱 物 組 合せ は単 斜 ゾイサイ ト

ホ ルン ブレ ン ドで 三 川変成 帯高灘 部で 定 な 組 合せ で ある

大局的に は五 良 津岩体 な どに似た成 因を持つの で あ ろ うが

温 度 履 歴は 多少 違っ てい るか も 知れ ない

中部四国で は, 白髪 山の か ん らん岩は東 赤石 山 とほぼ同 位 置に貫 入し てい る

変成はんれい岩か も 知 れ ない岩 体と して は, 徳 島 市 眉 山 南 方のバ ロ ワサ イ トを 持つ や や 塊 状の岩 体がある (IWASAKI, 1963)

中 部 地 方 の渋 川の角閃岩 (SEKI, AIBA and  KATo , 1969> も恐 ら

く この論 文で使っ た意 味での角 閃 岩であ ろ う

こ うして みる と, 角 閃 岩 体は単に別 子 地 方に のみ産 する岩 相で は な く, 広 く三波 川 変 成 帯に分 布 する可 能 性があ り, それ らの温 度 履 歴, 構 造 的 位 置が 明 らか に なると

三波 川 変 成 帯の成 因の解 釈がもっ と具 体 的になっ て くるで あろ う

ま     と     め   この論 文では, 五良津 や 東 平の角 閃 岩 体は 三波川変 成 帯に固体 貫入 した岩 体で あ り

そ れ らは元 来 層 状 分 化は ん れい岩 体で あっ た ものが 三波 川 変 成 時 以 前に グ ラニ

ラ イ ト相に変 成して いた もの であること をの べ た

ま た これ らの岩 体は 三 波川変 成 岩とは原 岩として は異質であ り, 三波川 変 成 帯の大 規 模 なナッ ペ 構 造の形 成 時に現 在 位 置に貫入 した もの と考え ら れ る

交 献 坂 野 昇 平, 1975 :別子 鉱山附近の Kyanite

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丿b蹴

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ση

 

lour

  ceol

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θ eo

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 d

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81

431

4

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..

1

/our

 Sci

参照

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