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注目の学部 学科 概説 あらゆる生命体とその生命現象を扱い生命の仕組みや営み 歴史などを追究する 東京大学副学長大学院理学系研究科生物科学専攻福田裕穂教授 の基本的な知識は現代人に不可欠な素養最初に 学校等において一般的な素養としてを学ぶ意義について触れる 生命の設計図ともいえる DNA の発見によ

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 「21 世紀は生命科学の時代」だといわれている。 生命の謎を解き明かす技術革新が急速に進んだた め、より詳細な生命像が形成され、それが農学や医学、 薬学、工学といった科学技術分野だけでなく、法学 や経済学、文学、芸術学などあらゆる学問分野に影 響を与えている。このことは同時に、人間生活のあ らゆる面に生命科学的な知識と理解が必要になって きたことを意味している。  生命科学は現在、特に研究が盛んな学問分野であ る。科学技術政策研究所「科学研究のベンチマーキ ング 2012」によれば、2009 年から 2011 年に 世界中で発表された科学論文の 26%が「基礎生命 科学」、26%が「臨床医学系」であり、生命科学関 連の論文が過半数を占めている<図表>。そして、 その生命科学の研究の中心となる学問が生物学であ る。生命現象の全てを研究対象とし、生命とは何か を探究する学問だからだ。  今回は、発展著しい研究動向とともに、大学での 生物学の学び方、そこで身につけられる能力などに ついて紹介する。概説では、現代社会を生きるため の一般的な素養として生物学を学ぶ意義から始まり、 大学での生物学の研究や教育の動向を紹介する。各 論では、広範囲にわたる生物学の領域の中から、物 理的な手法で生命を構成する分子の機能や働きの解 明をめざす「生物物理学」、人類の生存に欠かせない 存在である植物の仕組みを扱う「植物生理学」、生命 の歴史を解き明かす「進化生物学」について詳しく 掘り下げ、合わせて生物学科の教育の大きな特色で ある野外実習の実例も取り上げる。

生物学

シリーズ   注目の学部・学科 

第 28 回

C

ONTENTS ………

p66

………

p70

………

p72

………

p74

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p76

………

p78

………

p80

◆概説 あらゆる生命体とその生命現象を扱い 生命の仕組みや営み、歴史などを追究する 東京大学 福田裕穂 副学長 ◆入試情報 ◆生物物理学  大阪大学 難波啓一 教授 ◆植物生理学 中部大学 中村研三 教授 ◆進化生物学 首都大学東京 田村浩一郎 教授 ◆教育 富山大学 山崎裕治 准教授 ◆卒業後の進路 <図表>研究論文の分野別割合(2009 〜 2011 年) 「科学研究のベンチマーキング 2012 −論文分析でみる世界の研究活動の変化と 日本の状況−」(2013 年3月、文部科学省 科学技術政策研究所科学技術基盤調 査研究室)より作成 化学 12% 材料化学 5% 物理学・宇宙科学 10% 計算機科学・数学 5% 工学 9% 環境/生態学・地球科学 6% 臨床医学& 精神医学/ 心理学 26% 基礎生命科学 26% 未分類 3%

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東京大学副学長 大学院理学系研究科生物科学専攻

福田 裕穂

教授

あらゆる生命体とその生命現象を扱い

生命の仕組みや営み、歴史などを追究する

概説

将来的にこうした技術が確立す る可能性はあると思います。世 間の人々にもう少し生物学の知 識があれば、STAP 細胞もそう した文脈で科学者の注目を集め たことがわかると思いますし、 研究発表後の一連の報道や、そ れに対する反応も、もう少し落 ち着いたものになった気がします」  遺伝子組換え食品に関する反応も同じだ。組換え食品 に対する最も大きな不安は「自然界にないものを食べて 大丈夫なのか」というものだろう。  しかし、自然界では常に遺伝子の組換えが起こってい る。例えば植物や動物の「受精」では、親同士の遺伝子 がそのまま伝わるわけではなく、親の遺伝子の間で頻繁 に組換えが起こる。これも遺伝子の組換えの一種である。 その際に食用となる植物の中に人間にとって有害な物質 が生まれている可能性もゼロではない。また、放射線を 照射して突然変異を起こし、新しい品種を作る「放射線 育種」は以前から行われており、それらの品種を我々は 毎日普通に食べている。この方法は遺伝子組換えに比べ て社会的な関心が高くないものの、放射線照射は多くの 遺伝子に影響を与えるため、どこにどんな変異が起きた のかを全て調べることは困難である。それに対して、遺 伝子組換え食品の場合は、どの遺伝子を組換えたのかが わかっているため、それによってどのような影響が出る か、など安全性を検証することもできる。外来の遺伝子 についても、生物は常に外敵からの遺伝子アタックにさ らされていて、これまでの長い歴史の結果として植物や 人はそれらの外敵の遺伝子をたくさん自分の DNA の中 にため込んでいる。  「遺伝子組換え食品が、自然界での変異や放射線育種 に比べて危険という根拠はありません。そもそも、遺伝  最初に、学校等において一般的な素養として生物学を 学ぶ意義について触れる。  生命の設計図ともいえる DNA の発見によって生物学 は大きく発展し、医療や農業、エネルギーなど人類が直 面する課題の解決に向けて、生物学への要請は日増しに 強くなってきている。こうした課題に関わる話題は日々 のニュースの中で取り上げられることも多いが、それら をきちんと理解するには生物学の基本的な知識が欠かせ ない。しかし、生物学があまりに急速に発展したために、 ニュースの背景がよく理解できず、冷静な反応ができな いケースも増えている。  例えば今年、特に大きな話題となった万能細胞につい て、東京大学の福田裕穂教授は次のように語る。  「近年、iPS 細胞については京都大学の山中伸弥教授 のノーベル賞受賞、臨床研究の発展などが大きな話題を 集めたほか、今年は STAP 細胞に関する報道が過熱し ましたが、ニュース等では内容をあまり理解せずに、上 辺だけの議論がなされている気がします。  iPS 細胞は、決まった細胞にしかならない体細胞に、 数種類の遺伝子を入れることで、あらゆる細胞に分化で きる可能性を持った細胞に変化させたもので、細胞の性 質を変える技術が完成したことを意味しています。ただ し、遺伝子を入れるとガン化するリスクが高いため、最 終的には化学的な処理で細胞の性質を変えたいという大 きな目標があるはずです。植物の研究では、化学的な処 理によって、細胞を根や葉など異なる器官に変える技術 は数十年前に確立しており、動物の細胞でできても不思 議はありません。そこで、酸による化学的な刺激によっ て細胞の性質を変える STAP 細胞の作製方法に大きな 注目が集まったのです。現在は立証されていませんが、 福田裕穂 教授 生物学の基本的な知識は 現代人に不可欠な素養

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子そのものや遺伝子がつくるタンパク質は胃で分解され ますから、組換えられた遺伝子は体内には残りません。 そうした生物学の知識があれば、遺伝子組換え食品を食 べることに、必要以上に不安を感じることはないはずで す」(福田教授)  近年は有機栽培や無農薬の作物の安全性が強調され、 農薬の使用を不安に思う人も多い。  「しかし、無農薬にすると、病害虫にさらされますから、 植物は害虫に食べられないように、また病気にならない ように、有毒な物質を体内に蓄積することもあります。 それが人間に良いわけがありません。現在の農薬は、散 布時期や散布量などを徹底的に管理し、収穫時にほとん ど残留しないようになっていますし、人体への影響など も研究されています。対して、植物が自分で作り出す物 質は完全には解明されていませんから、無農薬の方が安 全とは言い切れないのです」(福田教授)  遺伝子組換え食品にしても、農薬にしてもリスクはゼ ロではないが、リスクを減らすようにさまざまな努力が 払われている。重要なのは、そのリスクをどう判断する かだ。  「サイエンスの世界におけるリスクの考え方は、非常 に重要です。自然界のものも、人が作り出したものも 100%安全なものはありません。リスクを常にきちんと 評価することが大事で、リスクがわかれば対処方法は考 えられます。そうしたリスクを考える上で不可欠になる のが生物学の基本的な知識であり、それが現代人にとっ ての生物学を学ぶ意義でもあります。そのためにも、生 き物のことをきちんと理解する教育がもっと早くから行 われるべきだと感じています」(福田教授)  大学は、そうした生物学の基盤となる研究を積み上げ る教育研究機関である。ただ、生物に関してはわからな いことがまだ膨大にあるため、学生時代に新しい生物の 法則が発見される瞬間に立ち会える可能性は、他の自然 科学系の分野に比べて極めて高い。  大学で行われる先端的な生物学の研究は、主に2つの 方向性がある。1つは、まだわかっていない生物の原理 原則を解明する研究だ。iPS 細胞にしても、特定の遺伝 子を入れると細胞が初期化されることはわかったが、な 生物の原理原則の追究と 人類に貢献する技術開発を推進 ぜ通常の体細胞は他の細胞に変わらないのか、それが幹 細胞にすると再び他の細胞に変わるようになるのはなぜ かといった根源的な仕組みはわかっていない。これらの 性質は細胞の基本的な特性であり、その仕組みの解明は、 ある状態を保つということはどういうことか、生きてい るとはどういうことかといった根源的な問題につながっ ていく。本当に革新的な発見は、そうした不思議なこと への探究、原理原則の追究から生まれる。DNA の二重 らせん構造にしても、何かの役に立つと思って見つけた わけではないが、結果的に人類に多大な貢献をすること になった。  「生物学の世界では、偉大な発見につながるチャンス は、他のサイエンスと比べて多いと思います。巨額の予 算と大掛かりな設備を使い、多国籍の多くの研究者と共 同で行う研究プロジェクトもありますが、個人での研究 も盛んですから、その人なりのアイデアで新しい分野を 作ることも、独創的な研究もできます。これは生物学の 大きな魅力です」(福田教授)  もう1つの方向は、生物学を技術的に応用する研究で、 農業、医療、創薬、繊維素材、エネルギーなど非常に幅 広い分野がある。  エネルギー分野については、現在多く使われている石 油や石炭は近い将来の枯渇が予想されており、原子力も 原料のウランは有限であり、事故に対する不安も大きい。 そこで、植物が作り出す糖を原料としてエタノールを製 造するなど、バイオエネルギーに注目が集まっている。 また、無限である太陽光エネルギーの利用も進んでいる が、電気エネルギーへの変換効率が低い点が課題である。 植物は光合成という、太陽光のエネルギーを最も効率的 に利用する仕組みを持っているため、植物のエネルギー 変換の仕組みや植物そのものを利用してエネルギーを創 出できれば、持続可能な世界を作り出すことに大きく貢 献できる。  さて、かつての生物学は、「植物学」「動物学」「人類学」 「微生物学」などに分かれて研究が進められていた。対 象とする生物の種類によって、体の仕組みや行動など、 生命現象が全く違うと思われたからだ。しかし、DNA の発見によって遺伝子がわかり、ゲノムが解読できるよ 生体分子から全生物種まで多彩な研究対象も ゲノムレベルで比較が可能に

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うになると、どの生物も基本原理は同じであることがわ かってきた。  「ゲノムや遺伝子までさかのぼれば、どの生物も共通 の議論をすることが可能になりました。植物の遺伝子と 動物の遺伝子に共通性を見出したり、『植物(動物)に こんな遺伝子があるなら動物(植物)にもあるのではな いか』と探索が進んだり、似たような現象でも全く異な る仕組みがあることが判明したり、生物種を超えた研究 も広がっています」(福田教授)  現在、生物学の研究にはさまざまな領域がある。その 領域の分け方はいろいろあるが、ここでは、文部科学省 の科研費(科学研究費助成金および学術研究助成基金助 成金)に応募する際の区分を例に挙げる<図表1>。  「科研費の区分は、研究手法を示すものや、研究の視 点を示すもの、研究対象を示すものなどが入り交じって いてそのままではわかりにくいので、少しだけ並べ替え てみましょう。生物学の研究領域は、生命現象の階層性 に注目すれば、細胞内の物質を扱う分子生物学、構造生 物化学、機能生物化学、生物物理学などのミクロレベル から、細胞生理学などの細胞レベル、生物の形がどうで きるのかを追究する発生生物学や動物生理・行動などの 個体レベル、そして進化生物学、生物多様性・分類、生 態・環境というマクロレベルの研究領域があり、さらに 自然人類学や応用人類学などの統合領域と、大きく3つ に分けることができます」(福田教授)  ここで、生物学で最近注目されている研究をいくつか 紹介しておこう。  まずは、iPS 細胞に代表される、「細胞の初期化」に ついての研究だ。細胞の能力を調節する仕組みの解明を めざす非常に大きなトピックスである。病気のメカニズ ムの解明も、医学の隣接領域として盛んに研究されてい る。特にガンは異常増殖と転移という細胞の問題であり、 ガン化した細胞のコントロールなど、今後も生物学の領 域で多くの研究が行われていくと予想される。  脳の研究も盛んだ。ヒトの脳の仕組みの解明をめざし、 その前段階としてもう少し単純な動物の脳を理解するた め、「線虫の記憶」などの研究が進んでいる。ヒトの脳 研究に関しては、他の動物の脳との比較や、人文系の研 ゲノムレベルの研究が進展すれば 新しい生物学を拓く可能性も 究者と共同研究で「正義とは何か」といった、人間の行 動規範を作り出す脳の仕組みを解明する研究など、新し い研究も行われるようになってきている。  植物の研究については、持続可能な地球をどうつくる かという観点での研究が注目されている。先ほどのバイ オエタノールを含めバイオマスの効率的な活用のために は、生物の原理原則をさらに追究する必要がある。食糧 問題の解決にも生物学が不可欠だ。近い将来に地球の人 口は 90 億人を突破すると予想されているが、そうなる と現在の農業生産の方法では全人口を賄うことはできな い。そのためには作物の収量を上げる必要があり、植物 の仕組みをもっと詳細に研究する必要がある。  「生態学やフィールドサイエンスも大きく変わりつつ あります。これまで野外での観察と、実験室におけるゲ ノムの分析などは別々に行われることが多かったのです が、両者を融合した研究が進んでいます。それによって、 例えば夜間のある温度になったときに植物が大きく成長 し、そのときに特定の遺伝子が活発に働いている、とい った新しい発見が生まれています。  また、現在の生物学は採取し培養できる生物を主な対 象としており、土中や海中の微生物はほぼ手付かず状態 でしたが、これらの微生物のゲノムを解読する技術が発 達してきました。すると、有用な機能を持った遺伝子を はじめ、新しい生き物の断片が見つかるかもしれません。 地球上の全ての生き物のゲノムを解読し、そこから興味 深い事実を探るような新しい研究も動き出すと思いま す」(福田教授) (『平成 27 年度科学研究費助成事業 系・分野・分科・細目表』より抜粋) <図表 1 >科研費の生物学関連の申請区分 分野 分科 細目名 生物学 生物科学 分子生物学 構造生物化学 機能生物化学 生物物理学 細胞生物学 発生生物学 基礎生物学 植物分子・生理科学 形態・構造 動物生理・行動 遺伝・染色体動態 進化生物学 生物多様性・分類 生態・環境 人類学 自然人類学 応用人類学

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すれば、自分の知りたいことが得られるのかという『課 題設定能力』を身につけるのに、非常に適した教育方法 でもあるのです」(福田教授)  生物学を学ぶことでどのような能力がつくのか。福田 教授は次のように締めくくる。  「第一に、論理的な能力が身につきます。生命現象と いう基本的に複雑な事象を扱うため、論理的に検証を進 めていかないと、何を明らかにしようとしているのか、 途中でわからなくなります。生物学は、きちんとした論 を立てることが求められる、かなり論理的な学問なので す。第二に、ものを見る力がつきます。複雑な現象を漫 然と見ても何も見い出せないからです。細胞などの変化 を見ることも多く、違いを見抜く力もつくでしょう。第 三に、失敗に強くなります。生物学では失敗がつきもの ですから、タフになります。こうしてみると、これらの 力は一般社会のどこでも求められる力であり、生物学を 学んだ学生はどの世界に進んでも活躍できるはずです」  最後に、大学における生物学の 教育について触れておこう。生物 学科や農学部、医療系の学部の学 生は、それぞれの専門領域を追究 する前提として、生物学全体に関 する基本的な理解が欠かせない。 扱う内容は学科や専門のコースに よって異なるが、一例として東京 大学で使われている教科書の目次 を紹介する<図表2>。生物学の 素養は全ての現代人に必要という 観点から、文系用、理科Ⅰ類用(理 工系学部への進学が中心)、理科 Ⅱ・Ⅲ類用(生物学、医学、薬学、 農学などへの進学が中心)に分け て、それぞれの進路で必要な内容 が含まれている。最も詳しい教科 書では、生命の基本的概念から仕 組み、ヒトとの関係まで網羅して いる。  「これらの教科書は、いずれも 1~2年次で使うもので、教養としての基礎知識です。 生物学科などに進めば、教科書の章にあたる部分をさら に詳細に勉強することになります。現実的には、教科書 の内容を全て理解するのは難しいと思いますが、大切な のは分子から生態系、進化まで生命現象の全領域を一通 り勉強するということであり、そのために将来の進む道 の異なる学生に向けて3冊の教科書を用意しているわけ です」(福田教授)  生物学の教育においては実験と実習が重視される。生 物学の実験は、影響因子が多くて失敗する確率が高い。 しかし、失敗を通して考える力が身につくため、詳細な 実験レポートの提出と合わせて、実験に力を入れている 大学は多い。また、実習は、生物が本来暮らしている自 然環境そのものに目を向ける重要性に加えて、生物学の 基本的な素養を身につける役目も果たしている。  「自然界は極めて複雑な現象の集合体です。だからこ そ、どんな切り口で、何を見て、何を採取し、何を計測 複雑な世界を対象とするが故に 論理性が身につく生物学科 文系 『文系のための生命科学 第2版』(2008 年3月) 第Ⅰ部 ヒトの基礎  1 章 生命科学はどのように誕生したか  2 章 細胞:生命の基本単位  3 章 生命の設計図:ゲノム・遺伝子・DNA  4 章 エピゲノム:ゲノムの後天的修飾 第Ⅱ部 ヒトの生理  5 章 発生と分化  6 章 脳はどこまでわかったか  7 章 がん  8 章 食と健康  9 章 感染と免疫 第Ⅲ部 ヒトと社会  10 章 生命倫理  11 章 生命技術と現代社会  12 章 生物多様性と生態系の保全 理科Ⅰ類 『生命科学 改訂第3版』(2006 年2月) 序説  1 章 生物の多様性と一様性 第Ⅰ部 細胞と遺伝情報の関係  2 章 遺伝情報の複製  3 章 遺伝子の発現  4 章 遺伝子発現の調節 第Ⅱ部 個々の細胞を機能させる原理  5 章 細胞の膜構造と細胞内小器官  6 章 細胞骨格  7 章 代謝  8 章 生体エネルギー  9 章 細胞周期 第Ⅲ部 細胞集団の組織化  10 章 シグナル伝達  11 章 発生と分化  12 章 生殖と減数分裂 理科Ⅱ・Ⅲ類 『理系総合のための生命科学 第3版』(2007 年2月)   第Ⅰ部 生命科学の基本概念  1 章 生物の基本概念と基本構造  2 章 生物の増殖と恒常性  3 章 個体 – 環境相互作用 第Ⅱ部 生命現象のしくみ ─ 遺伝,膜構造,代謝を中心に  4 章 タンパク質と酵素  5 章 核酸の構造と DNA の複製  6 章 遺伝子の構造  7 章 遺伝子の発現  8 章 有性生殖と個体の遺伝  9 章 生体膜と細胞の構造  10 章 代謝と生体エネルギー生産  11 章 光合成 第Ⅲ部 生命現象のしくみ─ 増殖,形態形成,恒常性と 環境応答を中心に  12 章 細胞内輸送  13 章 細胞骨格と細胞運動  14 章 細胞間シグナル伝達系  15 章 細胞内シグナル伝達系  16 章 神経伝達と機能  17 章 細胞周期  18 章 動物の発生  19 章 植物の発生  20 章 遺伝子発現の制御  21 章 ゲノムと進化  22 章 生物群集と生物多様性 Advance ヒトと生命科学  23 章 感染と免疫  24 章 がん  25 章 創薬と生命科学  26 章 生活・環境と微生物  27 章 生物情報科学  28 章 脳 付録  1 バイオテクノロジー  2 倫理に対する配慮と法の整備 (いずれも東京大学生命科学教科書編集委員会編、株式会社羊土社発行) <図表2>東京大学で使われている教養としての生物学の教科書の目次

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 ここでは生物学系の学科・専攻の近年の志願動向や 2015 年度の入試科目について見ていく。生物学は医学 や農学系、教育系など幅広い学部・学科で学べる分野で あるが、ここでは理学系で学べる生物学に限定している。  文低理高を追い風に人気  私立大理学系では志願者数最多の分野  生物学系の学科・専攻を持つ大学は、国公私立大を合 わせて 70 校ある。国公立大に 39 校、私立大に 31 校と いう内訳で、私立大では他分野と比べて学べる大学は限 られる。  <図表1>は、国公立大、私立大の生物学系志願者数 の推移である。近年、学部系統の人気は文低理高となっ ている。そのなかで生物学の志願者は、国公立大では2 千人台前半で推移、倍率(志願者/合格者)も2倍台後 半で安定している。一方、私立大では今春こそ前年並み の志願者数にとどまったが、それまでの4年間は増加を 続けており、この間に志願者数は1万人以上増加した。

入試情報

現在では理学系の中で最も志願者が多い分野となってい る。倍率は3倍台中ごろで推移している。  新課程センター試験理科の科目設定状況  生物学系の入試科目の特徴を見てみよう。国公立大前 期日程のセンター試験必要教科・科目数を見ると、富山 大が5教科6科目を課すほかは、全大学が7科目(理型) を課す。一方、私立大では4割が3教科を課すほか、2 教科が 26%、1教科は 16%と、多くの大学は3教科以 下で受験可能だ。立命館大、関西学院大には国公立大と 同様の7科目を課す方式があるが、教科数の少ない方式 も用意されており、必ずしも7科目の準備が必要なわけ ではない。  2015 年度入試から数学・理科は新課程に移行する。 センター試験の理科は、基礎を付した科目(基礎科目) を理科①、基礎を付さない科目(4単位科目)を理科② のグループとし、別時間帯で実施する。受験生は理科① ②の組み合わせと科目数で分かれた4つの科目選択方法 (旧課程生は6つ)から1つを選んで受験することにな った。 <図表1>生物学系の志願者数推移 (河合塾調べ、倍率は志願者/合格者) 国公立大(前期日程) 私立大(一般入試) (年度) 2009 '10 '11 '12 '13 '14 2.6 2.7 2.9 2.8 2.7 2.8 2,291 2,283 2,496 2,351 2,255 2,418 倍率 志願者数 (年度) 2009 '10 '11 '12 '13 '14 24,170 26,770 30,354 32,330 35,053 34,881 2.8 3.2 3.5 3.4 3.6 3.4 倍率 志願者数 (千人) (倍率) (万人) (倍率) 0 2.5 3 2 3 3.5 4 2 1 2 3 4 0 1 2 3 4 2.5

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 私立大では2~3教科を課す大学が主流となる。英語、 数学、理科の3教科で準備しておけば、ほとんどの大学 で対応可能である。なお、慶應義塾大と早稲田大では理 科2科目必須の3教科4科目が必要で、他大学と比べ負 担が重い。  理科は新課程では基礎科目と4単位科目に分かれ、入 試ではどの範囲まで出題されるのかが注目された。生物 学系では、国公立大で基礎科目のみで受験できる大学は ない。私立大でも基礎科目で受験できるのは4大学のみ である。学問分野の特徴上、理科は全範囲の学習を求め られている。なお、指定される科目は物理、化学、生物 の3科目から選択というのが主流だが、千葉大、お茶の 水女子大、静岡大などは生物が必須となっている。また、 東京工業大(7類)、大阪大(理-生命理学)、慶應義塾 大は物理、化学が必須となっている。  数学の範囲は、国公立大では数学ⅢBが主流で、一部 に数学ⅡBで受験できる大学がある程度である。一方、 私立大では、数学を課す大学のうち半数以上は数学ⅡB で受験できる。残りは数学ⅢBまで必要な大学と数学Ⅰ Aまたは数学ⅡAで受験できる大学が各々2割程度とな っている。理科に比べ、数学は比較的軽い範囲でも受験 できるのが特徴だろう。  <図表2>はセンター試験理科の科目指定パターンで ある。国公立大では9割の大学が理科②2科目を課して いる。一方、私立大では大学により指定科目が分かれて いる。科目パターンは2~3割ずつ各パターンに分かれ ており、さらに理科が必須か他教科との選択かで多くの バリエーションに分かれる。理科②2科目を課す大学は 2割、このうち国公立大と同様に理科②2科目を必須で 課す大学は 12%である。一方、理科②1科目または理科 ①でも受験可の、理科は1時間分でよい大学が半数を超 えており、国公立大と比べ負担は軽い。  2次試験・私立大入試の状況  国公立大の2次試験については、前期日程では3教科 4科目(英語、数学、理科2科目)を課す大学が約4割 となっている。理科1科目の3教科3科目を課す大学を 合わせると、3教科で受験できる大学は約6割となる。 なお、東京大、名古屋大、京都大の3大学は国語を加え た4教科5科目を課す。  後期日程では学科試験を課す大学とともに面接を課す 大学の割合も高い。面接は生物を中心とした理科など教 科に関する口頭試問を含む大学が多く、学科試験同様の 対策が必要だろう。 <図表2>生物学系のセンター試験理科 科目指定パターン 国公立大(前期日程) 私立大 パターンA(理科①)または パターンB(理科②1科目) 2% パターンC(理科①+ 理科②1科目) または パターンD(理科②2科目) 7% パターンD(理科②2科目) 91% 課さない 5% パターンA (理科①) 29% (必須 12% 選択 17%) パターンB(理科②1科目) 27% (必須 17% 選択 10%) パターンC (理科①+ 理科②1科目) 19% (必須 3% 選択 16%) パターンD (理科②2科目) 20% (必須 12% 選択 8%) (河合塾調べ 理科①は基礎を付した科目、理科②は基礎を付さない科目で、理科①は2科目を1時間で解答する)

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ます。そこで、全反射する角度で光をガラスに当てたと きに、エバネッセント光(近接場光)という、光の当た る場所が非常に狭い特殊な光が発生する原理を応用した、 全反射照明蛍光顕微鏡が考案されました。その結果、電 子線を照射しなくても数ナノメートルの分子の挙動を見 ることが可能になり、ミオシンやアクチンが働く様子が 観察できるようになったのです。  医学、神経科学、心理学などの分野で活用されている fMRI(機能的 MRI)も、生物物理学の研究の中で生み 出された機器の一つです。脳のある部分が活性化すると、 その部分を流れる血流が大きくなり、その際に血液中の 成分の影響で磁気的な信号が強まるボールド効果が生じ ます。その物理的な原理を応用し、脳のさまざまな神経 活動を見ることを可能にしたのです。  私は、X線や電子顕微鏡、そして光学ナノ計測法など の手法を駆使しながら研究を続け、細菌のべん毛モー ターの構造と機能を明らかにしてきました。細菌は数本 のらせん状になったべん毛を高速回転させながら泳ぎ回 りますが、べん毛の根元には、人間が作るモーターに似 た構造を持ち、タンパク質で構成される極めて高性能な 回転モーターが存在しています<図表>。  モーターには、中心で回転する回転子と、その周囲で 細胞膜に固定された固定子があり、固定子には水素イオ ンの通り道があって、水素イオンが通り抜けるときその  生物は細胞で構成されているが、細胞の主要な機能を担っているのはタンパク質であ る。タンパク質は一定の構造を持った分子であり、細胞内で機械のような振る舞いをする。 その機械の仕組みを解明しようというのが生物物理学だ。分子や原子の運動は物理法則 に従うので、研究では物理学的な手法を駆使する。その際、タンパク質が機械として運 動する様子や構造などを観察することは非常に重要で、そのための技術開発もまた生物 物理学に求められている。

大阪大学 大学院生命機能研究科

難波 啓一

教授

 生物物理学は、物理学の考え方や手法を用いて、生物 の仕組みを解明しようとする学問です。細胞生物学や生 理学などもミクロな視点から生物の仕組みの解明をめざ していますが、どちらかといえば化学的な反応を重視し ています。生命現象を分子のレベルから説明しようとす る分子生物学は、もともとは生物物理学の一分野でした が、1970 年代に遺伝子を操作できるようになってからは、 遺伝子操作という手法を使うことに重点が置かれ、現在 の生物物理学とは異なる方向に発展し、現在は再生医療 への応用などで大きな注目が集まっています。  生物物理学では、さまざまな物理現象や物理法則を応 用しながら、生物を構成する分子や原子を観測すること で、その構造や働きに迫っていきます。そのときに、観 測する方法や機器を同時に開発する場合がある点も、特 徴の一つです。  生物物理学の代表的な研究成果の一つに、筋肉が収縮 するメカニズムの解明があります。筋肉は、筋肉を構成 するミオシンとアクチンという2種類のタンパク質が動 くことで収縮しますが、その様子を観察することは困難 でした。ミオシン分子は 10 ナノメートル程度の大きさで すが、光学顕微鏡では数百ナノメートルの大きさの物体 までしか見ることができません。電子顕微鏡ではもっと 小さなものが見られますが、観察する試料を真空中に置 いて電子線を照射するため、タンパク質は壊れてしまい 観測装置を自ら開発しながら タンパク質の運動や構造を見る

物理的な運動法則に則った

生物の作る分子機械の仕組みを解明

生物

物理学

難波啓一 教授 超高性能モーターである べん毛モーターの構造を解明

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タンパク質の構造が変わり、回転子のタンパク質と結合 したり乖離したりします。そのとき、回転する力が生ま れるのです。  モーターが回転する仕組みを観察しようとしましたが、 べん毛の回転速度は毎秒 200 ~ 300 回転なので、通常の カメラでは撮影できません。そこで毎秒 100 万コマを撮 影できる高性能 CMOS カメラを使い、マイクロ秒単位で 何が起こっているかを見られる装置を開発して解析した ところ、このモーターは一度に約 14 度ずつ動く、ステッ プモーターのような動きをしていることがわかりました。  モーターの構造を詳しく見るために電子顕微鏡でも観 察しました。前述の通り、電子顕微鏡は真空中で電子線 を当てるため、タンパク質でできているモーターは「焼 いた干物」のようになってしまいます。しかし、観察方 法の工夫により、試料を− 269 度ほどの極低温に冷やす と、電子線を当ててもタンパク質があまり壊れないこと がわかりました。そうした物理的な原理を応用し、クラ イオ電子顕微鏡という特殊な顕微鏡が開発され、べん毛 モーターの構造についてもいろいろな角度から撮影する ことができるようになりました。そして画像解析技術を 使って立体像を作成すると、モーターの回転する部分に 26 個のタンパク質がリング状に並んでいる構造が見えて きました。360 度を 26 で割ると約 14 度で、先ほど示した、 モーターが一度に動く角度と一致します。ここから、回 転する部分のタンパク質が1個分、歯車のように動くた びに力が発生し、モーターが回転することがわかったの です。  その後もいろいろと研究を進めて、べん毛モーターが どのようにして作り出されていくのかを明らかにするこ とができました。まずモーターの回転子ができ、その周 りに固定子がリング状に集まり、べん毛繊維を形成する タンパク質が先端に送られてべん毛が伸びる様子や、そ の過程でのタンパク質の働きなどがわかってきたのです。  生物物理学の魅力は、何といっても生物や生命現象に ついて、これまで見えなかったものが見えるようになる ことです。比喩的にいえば、神様だけが知っていること がわかってくるというわけです。  生物物理学の世界は、科学技術の進歩と呼応するよう に急速に発展しています。蛍光顕微鏡を工夫することで、 生体のエネルギー通貨ともいわれる ATP(アデノシン三 リン酸)合成酵素に回転する構造があることもわかって きましたし、大型放射光装置 SPring-8(注1) を活用するこ とで、光合成に関わる膜タンパク質の構造も明らかにな りました。また、以前は結晶化が難しい膜タンパク質の 構造解析をする際、大きな結晶を作る必要がありました が、SACLA(注2) が稼動したことで、極めて小さな結晶か らでも構造を解析できるようになりました。こうした技 術開発によって、生物の分子機械の仕組みがさらに詳細 に解明されることが期待されています。  分子機械が働く仕組みの解明と同時に、応用への夢も 広がっています。例えば、べん毛モーターは毎分2万回 転という F1 レースカーのエンジン以上の回転性能を誇 りますが、使われるエネルギーは 10−16(1京分の1)ワッ トにすぎません。しかもこの非常に小さなエネルギーを ほぼ 100%近い効率で利用しているのです。また、モー ターの製造プロセスは自動化されています。タンパク質 を構成するアミノ酸の配列情報が遺伝子に入っていれば、 あとは自動的にさまざまな機能を持ったタンパク質がで きて集まり、複雑な機能を持つ機械構造を作り上げてい くのです。こうした、高いエネルギー効率を可能にする 仕組みや、構造を決定することで自動的にものづくりの できるセルフアセンブリの仕組み、さらに多少の欠陥さ えも補う柔軟性など、生体ナノマシンの特長から得られ た知見は、工学への応用などを通じ、いつか人類の役に 立つだろうと希望を抱いています。 高効率な分子機械のエッセンスを 人間の世界に応用できる日を夢見て <図表>べん毛モーターの構造 (注1)SPring-8…光速近くまで加速した電子ビームを磁場で曲げることで得られる非常に明るい放射光を使って、物質を原子レベルで観測できる国の研 究施設。 (注2)SACLA…電子を加速して得られる X 線の位相を揃えた X 線レーザーを使うことで、原子の瞬間的な動きも観測可能にした国の研究施設。 (難波教授提供)

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状態を変えることです。動物と違い自ら移動できない植 物は、置かれた環境で生育の様子を大きく変化させて柔 軟に対応する性質を備えています。例えば水分が少なく なると、アブシジン酸を生成して細胞を守る物質を作っ たり、気孔を閉ざしたり、側根を増やしたりして、水分 が少なくても生き続けられるように体を変えていきます。 こうした環境応答も代表的な研究の一つです。  私たちは植物の「栄養貯蔵」を大きなテーマとしてい ます。光合成でできた糖は、成長期には体の生長点に運 ばれて細胞分裂や成長に用いられますが、成熟した植物 では糖は種子や塊根などの貯蔵器官に運ばれてデンプン や油脂に作り変えられて蓄えられます。例えばサツマイ モの塊根(イモ)は、水分を吸収する通常の根(吸収根) の一部が肥大してデンプンを蓄える貯蔵根に変化したも のです。こうした塊根のタンパク質の大部分を構成する 「貯蔵タンパク質」の遺伝子は体のどの細胞にもあるもの の、通常は根が肥大してイモになるときにだけスイッチ が働いてイモの中に大量の貯蔵タンパク質が作られるよ うになります。その仕組みを調べる中で、サツマイモの 切り取った葉を砂糖水に漬けたところ、葉の細胞内で本 来は塊根でだけ働く貯蔵タンパク質の遺伝子が働き始め ることがわかりました。このサツマイモの塊根貯蔵タン パク質の遺伝子をタバコやジャガイモに組み込んだ遺伝 子組換え植物を作ると、これらの植物でも糖に応答して、  植物は人類が登場するはるか以前から地球上に存在し、人類は衣食住全ての面で植物 の恩恵にあずかってきた。太古から栄養源、薬、繊維材料などさまざまな用途に利用さ れてきたが、近年はバイオ燃料の原料としても注目を浴びている。植物の有効利用を促 進するには、植物の生命現象への理解が欠かせない。そこに寄与する学問が植物生理学 である。植物の生理現象を探究する基礎学問であるだけでなく、その知見を利用して人 間生活のあらゆる側面に貢献できる可能性を持っている。

中部大学 応用生物学部長

中村 研三

教授

 植物には、種子が発芽して成長し、やがて花を咲かせ て種子を作るというサイクル(生活環)があります。植 物生理学は、そうした生活環の過程で起こるさまざまな 現象を研究対象としています。中でも「代謝」「植物ホル モン」「環境応答」は代表的な研究分野です。  「代謝」とは、生物の体内で起こる化学反応のことで、 一次代謝と二次代謝があります。一次代謝は、生命の維 持に必要なエネルギーを得たり、タンパク質や脂質など を合成したりすることです。植物に特有な代謝としては、 光エネルギーを使って水と CO2から糖を生成する光合成 があり、植物生理学の古くからの主要な研究テーマにな っています。二次代謝では、生命の維持には不可欠では ないものの、その生物の営みに深く関わる色素や抗菌物 質などの化合物を作り出します。これらは医薬品の原料 をはじめ、人間の生活にさまざまな用途で活用されてい ます。そこで、二次代謝の研究も盛んに行われています。  「植物ホルモン」は、植物が生長し、根、茎、葉など が発生する過程や、体のいろいろな部分が機能を分担で きるように調整したり、さまざまな環境刺激に応答した りする際に、重要な役目を果たしています。5大植物ホ ルモンのオーキシン、ジベレリン、サイトカイン、エチ レン、アブシジン酸を中心とした植物ホルモンの働きを 分子レベルで解き明かす研究も非常に進んでいます。  「環境応答」とは、環境の変化に対応して代謝や体の 代表的な研究分野は 代謝、植物ホルモン、環境応答など

植物の営みを解明する研究を通して

食糧、薬、環境などの分野にも貢献

植物

生理学

中村研三 教授 成長から栄養貯蔵に切り替える スイッチ機能を持つタンパク質を発見

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サツマイモの塊根貯蔵タンパク質の遺伝子が働き始める ことが確認できました。こうした研究から、植物には、 糖栄養源のレベルに応じて、イモや種子で働く栄養貯蔵 に関わる遺伝子や葉の光合成に関わる遺伝子の発現を調 節する仕組みがあることがわかってきました。  その後、モデル植物のシロイヌナズナで、糖の量に応 答し、種子の中で糖を油脂に変えて蓄積させる働きをす る遺伝子の指令役を担う WRI1 というタンパク質を見つ けました。一方で、種子が発芽し生育する過程では、油 脂を分解して生長に使うため、油を作らないように WRI1 とは逆に油脂合成の遺伝子を抑制するものもある はずです。私たちは HSI2 と名づけたタンパク質がその 働きをすることも発見しました。WRI1 の働きを強くす ると種子の中の油の量が増えますし、HSI2 の働きを壊す と、発芽した後も糖を油に変換して蓄え続けます<図表>。  こうした研究成果は、植物油脂の増産に貢献できる可 能性があります。植物油脂は食用油など多くの用途に広 く使われていますが、近年はバイオディーゼルの原料と しても注目されています。食用ではない植物の種子の中 により多くの油を蓄える性質を持たせたり、将来的には 種子以外の部分、例えばイモなどで油を蓄えるような植 物を生み出せるようになるかもしれません。  植物生理学の研究は多種多様な植物の生活環、いわば 生きざまの謎に迫る学問です。近年は分子生物学の発展 もあり、遺伝子レベル、分子レベルでのメカニズムの解 明が進んでいます。例えば、日長の変化を葉でシグナル として受けて茎の先端での開花を促す植物ホルモン「フ ロリゲン」の存在は 1930 年代から知られていましたが、 それがどのような物質なのかは特定できていませんでし た。数年前、フロリゲンの本体はタンパク質であること を日本人研究者が明らかにしました。遺伝子組換えの手 法を使ってシロイヌナズナやイネが持つフロリゲン候補 タンパク質に、緑色に発光する GFP 融合タンパク質をつ なぐような遺伝子を作り、植物体の中での葉から茎の先 端へのタンパク質の移動の様子を調べたことなどが発見 につながりました。  植物の営みには数多くの遺伝子やタンパク質が関与し ていますが、それら一つひとつの働きに関する研究成果 が蓄積し、またさまざまな植物の全ゲノム情報の解読が 進んできました。現在では、ゲノム全体を対象に、シグ ナルが伝達されるメカニズムや、その際にどのような遺 伝子やタンパク質がどう関係しあって動いているのかと いった、遺伝子やタンパク質のネットワーク全体の解明 をめざした新しい研究分野の開拓へと向かいつつありま す。  このように植物生理学は、植物の営みを一つひとつ解 明していく基礎科学ですが、その研究成果は人間生活の さまざまな面に応用されてきました。とりわけ農業には 大きく貢献しており、最近では除草剤耐性を持たせた大 豆など遺伝子組換え作物の普及が急速に進み、世界の大 豆生産量の7~8割を占めるまでになっています。  日本では反対派の人も多く、遺伝子組換え作物は普及 していませんが、農薬の消費を抑えて環境負荷が減るな ど、生産者側だけでなく環境面でも大きなメリットがあ ることが普及につながっています。今後は、作物の安全 性を評価し、丁寧に説明した上で付加価値の高いものを 作るような、消費する側にメリットのある遺伝子組換え 作物の開発が進むでしょう。また、遺伝情報の詳細な理 解が進んだことで、遺伝子組換えを伴わない品種改良を より早く、確実に行う技術も開発されています。  農業以外にも、植物生理学の研究は創薬や機能性食品 にも応用できますし、環境応答などの仕組みを利用して、 環境問題の解決への貢献につながる可能性も高まってい ます。日本植物生理学会に所属する研究者は、理学部、 農学部、薬学部、工学部など広範にわたっているように、 植物生理学の知見は幅広い分野に応用できるのです。  植物は身近な存在ですが、ちょっと立ち止まってその 生きざまを考えると、まだまだ謎はたくさんあります。 分子レベルで植物を研究し、その謎を解き明かすことで、 人間社会に広く貢献できる可能性があることに、植物生 理学の大きな魅力を感じています。 個々の遺伝子やタンパク質の研究から それらのネットワーク全体の解明へ <図表>種子成熟遺伝子の活性化と不活性化 (中村教授提供)

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 3分野のうち進化遺伝学は、進化生物学の中でも基礎 となる分野です。親の遺伝情報が子どもに 100%完璧に 伝達されるシステムであれば進化は起きません。突然変 異による親との微妙な違いが蓄積していって新しい生き 物となるのが進化であり、遺伝情報の変化を研究する進 化遺伝学は、進化を考える上で非常に重要な位置を占め ます。  従来の生物学の研究の多くは、飼育法やさまざまな実 験手法が確立している少数のモデル生物(マウス、キイ ロショウジョウバエ、酵母、大腸菌など)で行われてき ました。代謝や発生などの基本的な生命現象はほぼ全て の生物で共通であるため、研究に適した生物が選ばれて きたのです。しかし、進化の研究は、生物の多様性を対 象としており、モデル生物だけでなく、いろいろな生物 を対象としなければならないため、研究は容易ではあり ませんでした。ところが、近年、遺伝情報を読み取る装 置(次世代 DNA シーケンサー)の技術開発が急速に進 んだ結果、ゲノムを短時間に読み取ることができるよう になりました。そのため、さまざまな生物のゲノムを比 較することが可能になってきました。  また、遺伝子操作の技術も向上したため、ある生物の ゲノム上の特定の遺伝子に変異を起こし、その影響を調 べることも可能になりました。将来、遺伝子操作によっ て祖先形に戻した生物について、別の進化が可能かどう  現在地球上で存在が知られている生物は 141 万 3,000 種に上り、まだ人類に発見され ていない生物を含めると1億種以上の生物が地球上に存在しているといわれている(注1) 生命は 30 ~ 40 億年の時間をかけて、現在のような多様な種へと進化してきた。進化生 物学は、この多様性がどのように生じてきたのかを解き明かそうとする学問だ。かつては 遺伝子レベルでの研究が中心だったが、今ではゲノム(全遺伝情報)の解析を通してそ の謎に挑もうとしている。

首都大学東京 大学院理工学研究科 生命情報研究センター長

田村 浩一郎

教授

 あらゆる生命は、たった1つの生命からスタートした と考えられています。そこから現在に至るまでに、どの ようにして多様な生物に進化してきたのかを研究するの が進化生物学です。  進化生物学は、進化のどの部分に焦点を当てるかに よっていくつかの分野に分かれます。中でも進化遺伝学、 進化生態学、進化発生学の3分野が中心となっています。 擬態を例に、それぞれのアプローチの違いを説明しま しょう。擬態とは、体の形や色を枝葉に似せるなど、生 物が周囲の環境に合わせて自分の形態を変化させること です。  進化遺伝学は、遺伝情報の変化に注目します。すなわ ち、ゲノムの遺伝情報にどのような突然変異が生じて擬 態するようになり、それがどのようにその生物の集団全 体に広まっていったのかを調べようとします。進化生態 学は、生物と生物の関係から擬態を研究します。視覚が 発達した捕食者が同じ環境に存在するためなど、生態系 の中で擬態が生じる理由を明らかにしようとします。進 化発生学は、変異した遺伝情報がどのように擬態を可能 にする形状に変化するのか、発生過程に注目して進化を 考えようとします。  このように、進化生物学は遺伝や生態、発生などさま ざまな視点から進化の様相を捉えていくのです。 進化遺伝学など3つの分野を中心に 生物の多様性に迫る

生物多様性の謎を求めて

ゲノムレベルの研究へ

進化

生物学

田村浩一郎 教授 次世代 DNA シーケンサーの登場により 進化を実証できる研究も可能に

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かを実験的に再現する可能性も期待できます。進化は過 去の出来事であり、これまで進化の説明は推測の域を出 ない部分がありました。しかし、今後はゲノム情報と遺 伝子操作の組み合わせで、生物の進化過程を人工的に再 現するなど、実証的な研究が行われる可能性が高まって きたのです。  現在、自然保護や生物多様性の保全の必要性が説かれ ていますが、そもそもなぜこれほど多様な種が生まれた のか、確かなことはまだほとんどわかっていません。遺 伝情報の変化がどのように進化や多様性に結びついてい くのかを網羅的に解き明かそうとする進化遺伝学の研究 は、そうした人類の直面する課題の解決の糸口となるこ とでしょう。  一方、進化生態学や進化発生学の分野でも、注目すべ き研究成果がもたらされています。進化生態学では、最 近、昆虫と腸内細菌との新たな共生関係が明らかになっ てきました。例えば、農薬耐性を持つ昆虫は、昆虫その ものではなく、腸内に共生する細菌が宿主の昆虫に農薬 耐性をもたらすことがあるなどです。このメカニズムが 成り立つ理由についても遺伝子レベルで研究が続けられ ています。  進化発生学では、カメの甲羅の研究が注目を集めてい ます。甲羅は肋骨が板のように広がって隣り合った肋骨 同士が接してできたものです。カメも元々は他の脊椎動 物と同様の肋骨を持っていましたが、それが甲羅になる 発生過程が遺伝子レベルで明らかになってきました。カ メは天敵から捕食されることを防ぐために甲羅を獲得し たと考えられるため、甲羅を獲得する以前のカメを取り 巻いていた生態系を考える手掛かりにもなっていくはず です。  進化遺伝学の研究例として、私の研究室で進めている 研究を3つほど紹介します。  1つ目は、「ショウジョウバエのゲノム進化と環境適 応」に関する研究です。南方産のアカショウジョウバエ には低温耐性がありませんが、低温環境に慣れさせる(順 化)ことによって低温耐性が向上します。その順化の際 に発現する遺伝子を、モデル生物であるキイロショウ ジョウバエの遺伝子操作技術を利用して強制発現させた ところ、低温耐性が向上することがわかりました。まだ 低温耐性が向上するメカニズムまではわかっていません が、遺伝子操作によって、進化過程で獲得した生理学的 な特性の変化を再現できることが実証できました。  2つ目は、「分子系統解析に関する理論的な研究」です。 生物の進化を考える上で、進化の流れを樹木の枝分かれ のように示す系統樹は非常に重要です。かつては形態か ら種の系統関係を推定していたため、30 年ほど前には チンパンジーよりオランウータンの方がヒトに近いとさ れることもありましたが、現在ではゲノム情報の違いか らチンパンジーの方がヒトに近いことを示す系統樹が一 般的です<図表>。  しかしゲノム情報は膨大で、そこから種間の系統関係 を推定するのは簡単ではありません。そこで、そうした ビッグデータをいかに早く、正確に処理して系統関係を 推定するかという理論的な計算手法の研究は、進化生物 学においては不可欠な研究テーマなのです。  3つ目は、「分子進化遺伝学的解析のためのバイオイ ンフォマティクス(注2) 」の研究です。具体的には、生物 種間の系統関係を推定するための使いやすいソフトウェ アを開発しています。多くの研究者がしのぎを削るなか、 我々が開発・改良を続けている「MEGA6」は、現在、 世界のトップを争っています。  進化生物学の世界は、研究が進めば進むほど謎が増え てくる世界です。アカショウジョウバエで見つかった低 温耐性に関わる遺伝子は脳でしか発現しません。なぜか はまだわかっていませんが、進化の過程でそのようなシ ステムを作り上げたことは確かでしょう。次々と生まれ る「なぜ」を追い求めていくことに、進化生物学の醍醐 味があると感じています。 進化の基本的な関係を明らかにするには 分子系統樹解析に関する理論研究が不可欠 <図表> mtDNA 全ゲノム塩基配列による霊長類の系統樹 (田村教授提供) (注2)バイオインフォマティクス…生命情報学。生物学等に関連した、データの取得、蓄積、体系化、データベース化などを目的としたコンピュータツー ルの研究開発を行う学問分野(『統合生物学分野の展望』2010 年、日本学術会議)。ゲノム研究とともに発展してき た分野であり、ゲノムの塩基配列など大量のデータから生命のシステムをどのように読み解くか、またその発信の方 法について扱う。 ミトコンドリア DNA のゲノム情報から見ると、ヒトに近い種はチン パンジー、ゴリラ、オランウータンの順であることがわかる。 ヒト チンパンジー ゴリラ オランウータン テナガザル

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 富山大学理学部生物学科では、主に学部2年生を対象 に、海の生物を扱う『臨海実験Ⅰ』、昆虫を中心に動物 群集を観察する『野外実習Ⅰ』、薬用植物を含む植物を 観察する『野外実習Ⅱ』の、3種類の野外実習科目を設 置している。いずれも、立山連峰、能登半島、県内の植 物園や水族館など、富山県内のフィールドや施設におい て行われる。選択科目だが、ほぼ全ての学生がいずれか の実習に参加する。  「近年は、生物学科でも、自然や生物のことをあまり 知らない学生が増えています。富山県は標高 3,000 mを 超える立山連峰と水深 1,000 mを超える富山湾に囲まれ ています。そうした豊かな自然の中で学生生活を送って いるのですから、まずは富山の自然と生き物に触れ、そ こから生物学のものの見方や研究方法を身につけてほし いと思っています」(山崎准教授)  山崎准教授が担当する『臨海実験Ⅰ』は、生物調査・ 分類の技法を習得することを目的として、講義と実習で 構成されている。講義ではまず、日本海や富山湾の生成 過程、沿岸から急に深海へと切れ込む独特な地形、海流 と海洋深層水の違いなどを含めて海の環境を説明すると 同時に、海の生物に関する基本的な知識を解説し、安全 に実習を行うための注意事項も伝えている。  実習は夏休み中に、富山湾の入り口と奥の2回に分け て実施する。富山湾は対馬海流の影響を強く受ける入り  大学における生物学の教育では、教室内で行う実験のほか、野山や臨海部、島とう嶼しょ部など、 さまざまなフィールドでの実習に力が入れられている。野外実習を通じて経験する、生 物の採取や標本作製、同定などは、多様な生物が複雑に関わり合う自然を理解するため に不可欠なスキルだからだ。ここでは、富山大学理学部生物学科の『臨海実験Ⅰ』と生 物多様性の研究室での活動を例に、生物学におけるフィールドワークの意義や研究との 関わりなどについて紹介する。

富山大学 理学部生物学科

山崎 裕治

准教授

 生物学の研究は、生命のメカニズムを分子レベルで解 明することをめざす研究から、生態系や地球規模の生物 多様性を扱うようなマクロな視点を持つ研究まで、非常 に幅広い。専門分野によっては実験室での研究が中心と なる場合もあるが、生物や生命現象を理解するためには、 自然界のどこで、どのような生物が、どのように生活し ているのか、実体験をもって学ぶことが重要である。そ のため、多くの大学がフィールドワーク(野外実習)に 力を入れている。生物学の教育におけるフィールドワー クの意義を、山崎裕治准教授は次のように語る。  「なぜ生物がこんな行動をするのか、なぜ遺伝子にこ んな特徴があるのか、実験室にいてはわからないことも、 フィールドワークで納得できることはたくさんあります。 例えば、ある池にすむサンショウウオは、池の中の決まっ た場所に産卵していましたが、産卵する場所としない場 所の水質や水温、水深などには違いがなく、なぜそのよ うな違いができるのか不思議に思っていました。しかし、 何度も観察するうちに、そこは季節が変わって池の水が 減っても、最後まで干上がらない場所だったことが判明 しました。これは、何度もフィールドに出たからこそ気 が付くことです。そしてさらに、なぜサンショウウオは 水が干上がらない場所を知ることができるのかという新 しい研究テーマも生まれました。フィールドワークは研 究の幅を広げ深化させる源泉なのです」

ありのままの自然を観察することで

生物の多様性を実感する野外実習

教育

山崎裕治 准教授 採取、観察、分類、スケッチを通して 生物学的な“自然の見方”を養う 富山の豊かな自然を対象に 海、山、里の生物に触れる

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口と、あまり影響を受けない奥で、海水の 成分も水温も違っており、すんでいる生物 も異なっている。そうした環境と生物の関 係を実感し、湾の中での生物多様性を理解 することも、実習の大きな目的である。  1回目の実習は富山湾の入り口付近に ある連携研究室「ひみラボ」(氷見市)を 利用して、1泊2日で行う。海岸で、海中 に生息する生物や、生物が付着している海 草や石を採取する。その際、どこにどのよ うな生物がいたのかを記録していく。集め た生物は、ひみラボの実験室に持ち帰り、 顕微鏡などで観察し、図鑑を使って分類す る。名前がわかった生物については詳細なスケッチも行 う。例年、約 60 種類の生物が採取でき、こうした活動 を2日間かけて行っている。  「大学内での実習でもスケッチをさせていますが、ど うしても死んだ生物の固定標本になってしまいます。し かし、新鮮な生き物でなければ見られない形もあります。 そうした様子を観察できることが、この実習を行う大き な意義の一つです」(山崎准教授)  2回目の実習は、湾の奥にある魚津水族館(魚津市) で行う。水族館前の海で生物を採取し、館内の施設を借 りて、水族館職員の説明も受けながら、1回目の実習と 同様の活動を行う。実習後は、富山湾の入り口と奥にお ける生物の違いや、その理由などをレポートにまとめる。  「『臨海実験Ⅰ』を通じて、場所によって海中の生物が 非常に多様であることに気付き、実習後に『海水浴に行 くときも、見る場所が違ってきたし、生物の見方も変わっ てきました』と話す学生も少なくありません。学生が生 き物に目を向け、生物学的なものの見方を身につける きっかけになっていると思います」(山崎准教授)  富山大学理学部生物学科では、4年次からは研究室に 配属され、学生のテーマに応じた研究を進めていく。山 崎准教授の研究室では、「フィールドワークから DNA まで」をモットーに、遺伝子実験とともに野外での生態 調査を重視して研究を進めている。対象とする生物は、 山岳地帯に生息するライチョウから、里に出没するクマ やイノシシ、湧き水や川や海の生物と多岐にわたり、調 査のフィールドも学生によって異なる。  イノシシの研究では興味深い事実もわかってきた。狩 猟捕獲が進み、富山県では戦後間もなくイノシシがほと んどいなくなったが、近年は増えている。採取した糞や、 猟師から提供を受けた遺骸などを遺伝子解析することで、 隣接する県から移動してきたことが判明するとともに、 フィールドワークによって移動の経路や、県内で広がっ ていく様子なども判明したのだ<図表>。こうした知見 は、農作物被害の対策にも生かされている。  天然記念物の淡水魚イタセンパラ(注) の生態研究、遺 伝子研究も続けている。フィールドワークを繰り返すこ とで、幼魚はミジンコなどが豊富に存在する、水田の水 が流れ込む場所でよく成長することなどが明らかになっ てきた。また、DNA 解析によって、氷見市周辺の個体 群は淀川や木曽川に生息している個体群とは全く異なる 系統であることもわかった。研究結果は、「農薬を使い すぎない」といった耕作方法や、「他から連れてくるの ではなく川の中で個体数を増やすことが重要だ」といっ た保護政策への提案にも結び付いている。  このようにフィールドワークを通じた生物多様性の研 究は、その実態を解明することだけでなく、環境保全や 生物の保護に向けた対策にもつながっている。  「自然界には、教科書やインターネットに載っていな い世界が広がっています。我々研究者が知らないことを、 学生が現場で発見することも少なくありません。生物学 におけるフィールドワークは、まさに『自然に学べ』を 体現する重要な要素だと思っています」(山崎准教授) 現場は新しい研究テーマの宝庫 実験室での疑問もフィールドで解決 <図表>富山県周辺のイノシシに見つかった6つの遺伝的グループと進入経路 (山崎准教授提供) (注)イタセンパラ…タナゴの仲間で、日本の固有種。淀川水系、木曽川、氷見市周辺でしか存在が確認されていない絶滅危惧種。

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