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駒澤大学佛教学部論集 36 004岩永 正晴「面山瑞方における坐禅観の一側面 : 仮名法語『自受用三昧』を中心として」

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全文

(1)

駒澤大學佛 教 學部論 集 第三 十六 成十七年十月 一一一 赦 徘

山瑞方

における

坐禅観

一側面

――仮名

法語『自受

三昧』を

中心とし

て――

〔本稿

構成

はじ めに 一 、『自 受用 三 昧』が 指摘す る 坐 禅 の邪解 二、 面山当時 に流布し た 坐禅法語 三、各法 語 類 の検討 1 . 『 大 覚 禅 師 坐 禅 論 』 『 東 福 聖 一 国 師 法 語 』 『 中 峰 和 尚 坐 禅 論 』 2 .『法燈 国師法語 』『法燈 国師 坐 禪 儀 』『 塩山 仮 名 法語 』 3. 『 夢 中 問 答 集 』 4. 『 盤 珪 和 尚 法 語 』 等 5. 潮 音 道海『坐禅論』 6.洞門の法 語 類 まと め

はじ

めに

面山

瑞方和

(一六八三~ 一七六九、以下 面山と略 称 )

は坐禅

を主題と

する

在家

者向けの仮名

法語『自受用三昧』を

その際面

が道元禅

師の教え

に背くと判断

した坐

観を

確認

し検討を

加え

その結

果を

しようと

のが

稿の目的で

以下

討を

行った

由と

、法語『

受用三昧

』の

につい

述べ

る。

周知のとお

『自受用

筆者面山は、

江戸時代中期

以降の洞門における

』受容に多大な影響

与えた。

その影

は、具体

的に

は以下の

ような

とが挙

られ

よう。

面山はそのライフワークとも云える

蔵渉典録』

完成させ

、実

証的方法を踏ま

る『眼

』参

究の途を

た。

法眼

撰述

『眼

蔵』の

立流

布に関

見解

を提示

た。ま

た義雲和尚撰『正法

眼蔵

品目頌并

序』

(義 雲頌著)

を讃

仰しつ

作成

『正

目述賛』

(面 山述 賛)

『眼

蔵』全巻の

通し

した。さらに

面山

がそ

の生

て『

道話』

の他、坐禅に関

『眼

蔵』

諸巻の

行ったこ

とが

『年譜

( 『 面 山 広 録 』 巻

(2)

面山瑞方にお け る 坐禅観の一 側 面( 岩永) 一一二 二十 六)

から

伺われ

現存

する「

道話

現成

解」

「三昧王

三昧聞

」がそ

説法を編んだ『

説』

平広

録』よ

抄出

だ『永平

家訓

綱要

』等

、道

元禅

師の

旨が

正法眼

涅槃妙

、自受用三昧と

ての

坐禅にあ

を明

た。

『眼蔵』参

の態

(実証的な方法 )

の書誌

(成立 ・ 流布・全巻 の 特 徴 等)

、さらに『

蔵』

の宗旨

(その 根 本が 坐 禅 であ ること )

等を

明らか

示したと思われ

他『仏祖正伝大

『得度

問』

や『洞

清規行

鈔』

等を

し、

蔵』

に即し

的な修行態

とし

の菩薩

の理

解や

の整

なっ

とも見

まい

無論、面山の主張すべ

かっ

た訣

なく、現在の

からは訂

正さ

れるべ

点も多い

。ま

た主立っ

た系統

を挙げ

も、

江戸時

ける『

蔵』注

の嚆矢『正

法眼

天桂

伝尊

(一六四 八~一七三五)

派下、

特異な

戒思想を

展開する

となる

山道白

(一 六三六~ 一七一五 )

の派

関東の

林を

拠点と

た指月慧印

(一 六八 九~ 一七 六 四 )

・瞎

道本

(一 七一〇~ 一七七三)

の学

系な

どが

あり、

戸時代中期以降

の洞門

はなく、彼等が面

山の説を

すべて

とは

なかった

ろう。

、その影

力が多

ったこ

に変わ

い。

目下筆者の関

心は、

戸時代における『眼

』注釈書に

特に

、面

山の

る斧

(一 七一一 ? ~ 一 七 八九 )

の『

』提唱

『正法

解』

を中心

する

研究の

山は

当初面

の直

とも思われ

その

影響を強

く受け

いる。

って、

『眼

蔵』の

道元禅

の宗旨と見定

めた坐

につい

要がある

本稿

を作成する

ある。

次に面山

撰の

仮名

法語『自

三昧

』の概要を

さら

に面山

坐禅観を

するに際し

『自受用三昧』を

対象

中心に

える

理由を述べよう。

現存する『自受用三昧』とし

栃木県海潮寺所蔵

の面

筆本

があ

影印

澤大

学図

書館に

る。

また

(一 七三八)

戊午正月吉日

付の面山

自序を

附し

て柳枝軒小川多左

より刊行さ

た板本がある。

洞宗

索引」

よれば

『續曹

所収の該本は、面山

筆本

を底本とし

翻刻収載したという。

但し『曹全』本は、

三丁裏六行目の「木色

」とする誤り

(自筆本 は「本 色 」 に 作 る )

作業

過程に

は疑問が残

る。とは云え、

細部に至るま

く一

致し

り、一

を除

はな

稿

曹全』本によっ

本文の所在

とする

(3)

面山瑞方にお ける 坐禅観の一 側 面(岩 永 ) 一一三

自受用三

昧』の成立は、面

山が肥後

禅定

寺にあっ

て、若

空印

受け

た享保十三年

(一 七二八 )

に遡る。

面山

の全著

すれ

較的

のと

る。

面山みずから

撰んだ

は、その成立

や刊行に到る事情を

のよう

いる

余ノ 西國ニ在シ時 、在家 ノ 男女 ア リ 、佛祖要機ノ打 坐 ヲ 仰 慕シ テ參學 ス 。 因 ニ 、 古徳 ノ 言 句ヲ看讀シテ修證 ノ助ケトセン事ヲ 願フ 。シ カレ ドモ 、漢語通 ジ ガ タキニヨ リ テ 、カ ナノ 法語ヲア タヱ ン ト 思ヒテ、我 朝古今 ノ 禪師 ノ示セル册 子 ヲト リア ツメ テ 檢ス ルニ 、我 永平 祖師ノ訓ニ 合 セルハ、一卷モ無シ。ユヘニ 筆 ニマカ セ テ、新タ ニコノ法語 ヲ 書 キ テ與ヘ ヌ 。祖師 ノ 辨道 話 ニ 、 コ ノ 行ハ 在 俗 ノ男 女モ ツトムベ キ旨ヲ示 サレ、タダ コ レ、 ココ ロザシノ ア ル ナ シ ニ ヨ ル ベ シ 、 身ノ 在家出家ニ ハ カカワ ラ ジ 、 ト ト カル レバ 、 祖 師訓 誨 ノ 跡ヲ 慕フ ベシ。今夏、參州ヨリ 知己 ノ尊宿 一 兩 人 來リテ 助 化ス。 コ ノ法語ヲ電 覽 シテ 、印刻流 通ヲ ス ス ム。 ユヘニ法 語 ノ 末ニ、祖師ノ訓 誨 ヲ集メ附シテ、并セテ 在俗 男 女 ノ 辨 道ニ 便 リ ス ル モ ノ ナ リ 。 于元文二年丁 巳 蘭 秋二十八日 若州空印主 人方杜 多 識 (傍 線筆者 。『續曹全 』「 法 語 」四八八頁下段)

面山が

の跋

んだ

元文二年

丁巳蘭秋

(七 月 )

二十

は、西暦千

百三

十七

年八月二

十四

自署

寺住

山時代

ある

面山広

』巻二十六「

『自受用

』撰述と開

の事

つい

(一 七二八 )

の条には、

師四 十 六 歳 。 …略…秋 、受食五 観の訓蒙を 述 す 。 又 、 自 受 用三 昧を述す。倶に 檀 越 平 野氏、小笹氏、内藤氏等の篤請 に酬 ふ 。

と記

し、

に元

文二

年の

師 五 十五歳。此夏 結 制 、龍河知 客 を 請 し て 首 座に充て、 始 めて 僧堂清 規 を 行 ふ 。 参州東漸寺覚仙力生、同 龍 源寺万光力生、来 会し て 化 を助 く 。 夏中、 綉 道話 を 開 示す 。両 禅師 感激 し 、 毎 夜 永祖 の正 宗 を 請益 す 。 二 師 、 自 受 用 三 昧 の 写 本 を 借 り て こ れ を 看る 。両 師、深旨 に 透 徹し、これを再写 す、且つ印刻して 一派 に流 布 せ んこ とを 願 ふ 。 師 許 さ ず 。 解 制 に 及 ん で 告 暇 し て 、 頻 りに これ を願 ふ 。 師これ を 諾す 。秋 に 到 りて 参州より 、二師浄 貨を京 師 に 贈 て 印 板 成 る 。 師 、 新 本 二 十 部を 贈り て こ れ を 謝 す 。 この 秋 、 永平家訓を撰 す 。

と記

いる。

ここ

で筆者が関心

を抱い

のは、面山が

自受

用三昧』の

撰述

に到

った

動機で

れば

面山は

在家者

行の

標となる仮名

法語を

、我が国古今の

祖師の

語を

調べて

、道

師の訓

に合

なか

った

ので

自受用三昧

いう。

(4)

面山瑞方にお け る 坐禅観の一 側 面( 岩永) 一一四

時、面

る坐禅

語を

閲覧

した

のか

なわ

なる

坐禅

道元

所伝

しな

判断

した

か、

という点

に興味をも

た。

らの坐

確認できれ

ば、

該本本文に見られ

る面山の主

確と

なり、面

、坐

禅観の一

面が明

かになる

はな

た。

なお本稿

、石

道氏

禅箴』考」

( 『 駒 澤 大 学禅 研究所年 報』第 八 号)

において

禅師の

禅観

を確認さ

れる

用い

こと

記し

てお

たい

また

、本稿

られて

るものば

かり

であ

てい

のはない

。筆

上の確認作業という以上の意義を

えないと思う

願い

たい

さて

、こ

察を

した

『自受用三昧

』は後

する通り、誤った坐禅観を

イ.

公案を提撕し

ロ.

見聞の主

を尋

ねる、

ハ.

無念

無心

を目指す、

にま

てお

り、

これに

致する

法語を

面山が参

照し得た範

索す

る。

2.1

「範囲」に関し

用三昧』

が面山に

とっ

較的初期の著作

であ

とか

ら、本師損翁宗益

(一 六四 九~一七〇 五 )

の教誡が色濃

く反

映し

てい

るの

はないか、と推測し、面山が学地に在りし日、

損翁

の教

誡を

損翁老

(以下 、 『宝永 記』と 略 称)

にお

る坐

を考

入れ

3.同様に1

囲につい

自受

用三

昧』は

道話」に

大きく

拠し

。幸い面山の提唱

道話

聞解」

現存

いおり

その

国師法語』

『大覚禅師

禅論』に

言及し

「手

開山

ノ家

格別ジヤ

『永 平 正 法 眼 蔵 蒐 書 大 成 』 十 七 、 三 八 〇 頁 下 段 )

と断じて

いる。仮

名法語

はないが、

察の

囲に入

る必要

以上の観点から

面山

伝の坐禅

に合致

ない

と判断し

た坐

を確認

の結果

以下に報告する

稿

では

が、

』刊

その

末尾に「永

祖師

要語」

示する

正法

眼蔵』

道話」

(抄 文 )

(全 文 )

「坐禅箴

(抄文 )

(全文 )

(抄 文)

を掲

であ

れ『

眼蔵

られて

代の挙で

あっ

れば

、英断で

あった

『自受

』刊

行の

年間に面山が依拠し

『随聞

』の

本文がい

るもの

あったか

いう点

は興味深

い。

いずれ

稿

を改

検討

みた

い。

(5)

面山瑞方にお ける 坐禅観の一 側 面(岩 永 ) 一一五

一、

面山は『自

用三

昧』におい

誤っ

た坐禅観につい

シカルニ、坐禪トテ修スル 人多 シト イヘ ドモ 、ミ ナ凡夫 二 乘 、 權 乘 ノ 菩 薩ノツ ト ムル修行 ノ 樣 子ニシテ、諸 佛本證 ノ 境界 ナ ル 自受 用 三 昧 ヲ 知レル人希 ナ リ。 ユヘ ニ、 或 ハ イ 公案 ヲ提撕 シ テ悟 ヲイ ソ グ ア リ 、或 ハ ロ 見聞ノ 主 人公ヲ タ ヅネ テ心念ヲ 勞スルア リ、 或ハ ハ 妄念ヲハラヒテ無念無 心ヲ好 處 ト思 フモア リ 、 コ ノ外ニ宋 元明ノ ア イ ダ 坐 禪 ノ 功 夫サ マザマ多シト雖ドモ、佛 祖 正傳 ノ 本 ● 色ノ 三 昧 ヲ シ レ ル ハ 、 百 ニ 一 人 モナ キ ガ ゴ ト シ 。 ●本 ― 刊 本・ 『 續 曹全 』 と も 「 木」 に作 る 。 自筆 本 に 依 り 訂 す 。 ( 『 續 曹 全 』「法語」四六五頁上 段 、傍線等 は筆者 が 補った)

と述べ

さまざ

にある誤った坐禅

の功夫の内、代表的なも

のとし

三点を挙げる

。す

イ.

公案

ヲ提

テ悟

ヲイ

ロ.

見聞

ハ.

ヲハラヒテ無念無心

好處ト思フ

の三

る。こ

三点につい

に詳述されて

いる。

イ.

公案

ヲ提

テ悟

ヲイ

ソグ」につい

夫レ 公 案 提 撕 ト 云 コ ト モ 、 宋 朝 ヨ リ ハジ マレ ル コ トニ テ、 四 七 二 三 ノ 前 後ニ聞 ヘ ズ、青原 南岳 以來ノ 古 轍 ニ ア ラ ズ、タタ宋 朝 ノ人 師一分 ノ 了 簡 ナリ。 黄 檗希 運ヨ リ 始 レル ト 云 フ人 ア レ ドモ 、 コレハ 無 根 ノ 浮 談 ナ リ 。 黄 檗 ノ 滅 後 ニ、 趙 州 ノ説 カ レ シ 狗 子 ノ 話 ヲ 、既ニ 入 滅セシ黄 檗ガ提撕セヨ ト參學 エ ススメ ラ レシト云 フハ、 ツ マ ラ ヌ事ナルベ シ 。 又 一 切 ノ公案、モ ト ヨ リ 坐 禪 ヲ修 セ シ メン 爲ニ 設ケ タ ル コ ト ニ ハ アラ ザ ル ナ リ 。 ( 『 續曹全 』「 法 語 」 四 六 五頁 上段 ~下 段 )

と述べて

いる。西天

十八祖、東土六祖、或

いは青

南岳の

時代に公案の提撕、

えれ

ば公案禅、看話禅はな

かっ

、黄檗希運の頃から

案禅があっ

とするのは妄説

である

とが

この

は、

成立後間

もない

印寺時

の説法

集め

た『建康

普説』

指摘されて

る。

『建康普説

「第五

夜普説」

には以下の記

述がある。書き下

挙げて

く。

際各種括弧は筆者が

補っ

たもの

ある

或 る 者曰 く、 「 公 案を 提撕 するこ と 、黄 檗 希 運禅 師 よ り 始 れ り 、 豈に 様に依 ら ざ ら ん や 」 と 。 嗚 呼 、 是 れ 何 の 言 な る や 。 若 し古 轍に 依 ら ば、則 ち 六年端 坐 、九 白面壁 あ り 。 何ぞ これ を 於 いて 希 運 を用 ふる や 。 況 や 看話禅 は 宋よ り起 り、 唐 に 聞くこ と な し 。 汝等、未だ 審 ら か な ら ずんば、則ち為に弁明せん 。『 緇門警 訓 』 に「黄檗禅師示衆」 な るもの一篇 ( 大正 四八 、一〇七五 頁 上~ 中)を載 す 。 中に謂 く 、 若し是れ 丈夫の漢なら ば、箇の 公案を看ぜよ 。「僧 、趙州に問 ふ 、 『狗子、還た仏 性 ありや』 と 。 州曰く『無』 と 。 」ただ二

(6)

面山瑞方にお け る 坐禅観の一 側 面( 岩永) 一一六 六 時 中、 箇 の 無字を看 ぜよ 。 昼 参 夜参、行住坐 臥 、著 衣喫飯 処、 導 屎 放 尿処 、心 心 相 顧み て 、 猛に精彩 を著 け、箇 の 無 字 を守れ 。 日久しく歳 深 くして打 成一 片 せ ば、忽然 とし て心華 頓に発 ら き、仏祖 の機を悟 る と 云 々 。 こ の 一篇 、ただ 題 し て 「黄檗禅師示 衆 」とのみ曰 ひ 、希運と 謂 わ ず 。憶ふ に 是れ 趙 宋 に 黄 檗に 住せ る 漢 の 作 なら ん 。 …中略… 況 や 黄檗、大 中四年庚 午(八五 〇年)の八 月 に入寂 す 。この 歳 、 趙州 年七 十三 なり 、是 れ 正 しく行脚の時に当る。趙州の行状を 按 ず るに 曰く 、「 年 八 十 に 至りて 方 めて 趙 州 城東 觀 音 院に 住す」 と。若 し 然 か らば 則 ち 開 法 の 後 、 当 に 狗 子・ 栢 樹 子等 商 量 あ る べし 。 『 趙州録』を検みす るに 、なお 洞 山・ 臨済 とも化を並べず 、 多 く 雪 峯 ・ 雲 居と 唱 酬 す 。 ここに 依 りて これ を 考 ふ る に 、 黄檗 、 豈に 趙 州 の話 を 挙 す る こ と あ ら ん や 。 ( 『 續 曹 全 』 「 語 録 」 五 〇 九 頁 下 ~ 五 一 〇 頁 下 、 原 漢 文 )

この

り、

張す

は明

確に

れよ

ば、

元禄

(一七 〇 三 )

、面

が初め

損翁と相

見し

た折り

師 徐 問 余 曰 、 子 今 在青 松、則毎夜當商 量 古 則 、 頃 者 什麼本 則 。 余云 、玄 沙遍 參話 。師 曰、達 磨 不來 東土 、二 祖不往西天、子 如 何會 。 余 云、 不 増 不減 。 師 笑 曰 、 天 地 懸 隔 。 ( 『 續 曹 全 』「法語」 四一 二頁上 段 、傍線筆者 )

との

おり

出逢

とって

公案の工

夫は

当然

なさ

るべきこ

、注

目さ

話禅

その

ている

同じく『

宝永

記』に、

余因 問 云 、提撕公案者起 從 何比 耶。師曰、從 圜悟大慧 之 比 起 云 。 少林 面 壁 、實 佛祖 正 傳 三昧 也 。 與 如 來 常 日 端 坐 惟 同矣 。 是 名 寶 鏡三 昧。 如是 之法 、佛 祖密 付者 、竺土大仙心、 東 西密相付者 、 便是也。 彼提撕 公 案 者 、後人 之 私案也。豈可比 佛 祖正傳 而 論 哉 。 然而知 者 鮮矣。可悲。 ( 『 續 曹 全 』 「 法 語 」 四 一 二 頁 下 段 ~ 四 一 三 頁 上 段 )

との

問答が

録されて

いる。こ

の師資の間

自受用三

昧』

や『建康

普説』に

見ら

れる

内容

詳し

く教誡

たこ

とと想

され

る。

またさら

に同じく『宝永記

』に、

師示曰、昔 宏 智 禪 師主張 佛 祖 正 傳 之 打坐 、作 黙照銘。 大慧 杲禪 師毀 謗 之 云、黙 照 邪 禪 。然所 自 倡之禪、則提撕公案也。嗚呼 、 佛 祖 正 傳 三昧也邪 歟、後人私案之禪也正歟。眞歇和尚爲信 心銘 拈古、專彈杲老者 、因 之也。 永 平祖師法兄 無外遠 和 尚跋拈古 略 露 其 意 。 永 平 祖師 亦彈大慧 之詞最多。永覺禪師等雖洞上而專擔 荷 大 慧 、 支 那 之禪 所 以 失 却 正 傳 要機 也 。 支 那 且 置 。 今 日 酌 永 平 流者、無擇法眼 。 正歟邪 歟 、混 合莫分。可恨 哉。 ( 『 續 曹 全 』「法語」四一 四 頁 上段~ 下段 )

(7)

面山瑞方にお ける 坐禅観の一 側 面(岩 永 ) 一一七

示誨が記録されて

いる

。大慧の看話禅と宏智

の黙照

るの

は珍

しく

ないが

その

禅が「

伝之

坐」

と見

做され

目す

う。

面山当

禅に

おい

て公案

工夫する

ことは当

然と

ていた

損翁が宏

智の黙照

禅と仏祖正

の坐

禅とを

視し

(或いは面山が損翁の教訓とし て か く 見 てい たこ と)

を指摘し

後節

で再度論

ずる

とする

次い

ロ.

ノ主人公ヲタ

ヅネテ

念ヲ

勞スル」邪解

につい

『自

受用

』は以下の

うに説

又見聞ノ 主 ヲ タ ヅ ヌルモ 、 尋ル物ト 尋 ネ ラ ル ル物 ト、 二人アル ベキ ニ モ アラ ネ バ 、尋 ヌ レ バ尋 ヌ ル ホ ド 辛 勞 ヲ マ シ テ 益ナ カ ル ベシ 。眼ノ 眼 ヲ 見 ザル道 理 ヲモ思 ヒ 見 ル ベシ 。 ( 『 續 曹 全 』 「 法 語 」 四 六 五 頁 下 段 )

これ

はや

はり『建康

「第

三始行晩

参普説」

に、

我永祖截海 入 宋 面 授 其 印。歸 唱 之 日 國者 。或 曰。 佛佛要機祖 祖 機要 。或 曰。 自 受 用三 昧。或曰。三 昧王三 昧 。不是大疑大悟小 疑小 悟底 螯貿 。 不 是 株 守 話頭底頑闇 。不是不知生從何處來則疑 來處 不知 死向 何處去則疑去處底匆忙。不是尋 覓 見聞 主人公 底 演 若。是 故其揀異也不用傳燈・普 燈 所 載坐 禪儀 及箴銘等。 ( 『 續曹全 』「 語 録二 」五〇四 頁下段 )

と云い、

同「

第十二

祖要機

説」

でも、

或有尋 覓 見聞主人公底禪。且道 。能覓與所覓是一是二。眼不見 眼。 滅 火 灑 油 其 焔 彌 増 。 ( 『 續 曹 全 』 「 語 録 二 」 五 二 〇 頁 下 段 )

と云う

面山がし

ばしば

誡し

た誤

あっ

とが知

られ

る。

さら

に「

ハ.

妄念

ヲハラヒテ無念無心

好處

フ」につ

いて

る。

又妄念ノ 起ル ヲ止 メントシ テ 拂 フコ コ ロ ヲ起 スハ、 モ ユ ル 火 ヲ 滅サ ン ト テ油 ヲ 濺 ク ガ 如シ 、 火 愈増 ベシ 。 ( 『 續 曹 全 』 「 法 語 」 四 六 五 頁 下 段 )

以上

イ・ロ・ハ

の邪

解は

それ

ぞれ

別個

もの

でなく

所謂「有所得の坐禅」とし

理解

され

るも

思わ

自受用

昧』は

法眼

「辧

道話

坐禅

箴」

および

永平

広録

』四

(卍 山開 板本第 三 〇一 上堂・門鶴 書 写 本 三〇四上 堂)

等を

え、以

して

いる

コノユ ヘ ニ 、 永 平 和 尚 ハ 景 徳 傳 燈録 、 嘉 泰 普 燈録 等 ニ ノセ タ ル 坐禪 儀、 坐禪 箴、 坐 禪 銘、ミナ 正傳ノ 道 理ニ アラ ズト テヱラ ビ 捨テ 玉ヘ リ 。 或ハ 禪 苑 清規 ニ 出 ル 、 長 蘆 ノ宗 院 禪師ノ 撰 セル坐 禪儀 ハ、 支那 日本ノ 諸 禪師ミナコ レ ヲ肝要ト用ヒ玉ヘドモ、永 平 ハ 、百丈ノ古風 ニア ラズ、祖宗 ヲ 昧 沒 スル ノ失ア リトテ 、ト リ 玉 ハズ 。今 世ニ 、四部 録 ト云モノノ 末 ヘニ イデタル坐禪儀ノ

(8)

面山瑞方にお け る 坐禅観の一 側 面( 岩永) 一一八 コトナリ 。イ カ ナ ル道理ニシテ、カ ク 古 人祖 師 ノ 作 リ ヲケル指 南ヲ正理 ニ ア ラ ズ トシテ 擇 ビ ス テ玉 フゾ トイ フニ、中古 ヨ リ コ ノカタ祖師 ノ 思 ヘ ル樣ハ 、 我 レ 人 ト モ ニ ミ ナ 迷 ノ 衆 生 ナル ヲ 、 坐禪 ヲツト ム レ バ 、 ソ ノチカ ラ ツモ リテ 、 サ ト リ ヲ得 ナリ、悟 サヘ得レ バ 、 ノチ ハ坐 禪 ス ル ニ ヲヨ ブベカ ラ ズ。 タトヘバ舟 ヲ カリ テ ム カ ヘ ノ 岸 ニ 到 ルニ、 イ タラヌ間コソ舟ハ用フ ベケレ 。 イタリ 著 テハ 舟 ナ ニニ カハス ベ シ、トイフ 樣 ナリ 。今世ノ 坐禪 モ、皆 コ ノ 流 ナリ。 是 ハ 凡 夫 二 乘 權 乘 ノ 菩 薩 ノツ トム ル坐 禪 ニ シテ、迷ヲ除キ悟ヲ求メ、妄念ヲステ、眞理ヲトル、 取捨 ノ作 業ノ ミ ナ リ 。 シ カ ノ 如 キ ヲ 佛 祖 ノ 正 傳ト セ バ 、 如 來ノ 三 昧 王三 昧モ 、 祖 師ノ 九 年 面壁 モ、ミナ 迷ヲ 除キ 、悟リ ヲ 求ル作 業 ナ ル ベキナ リ 。イタ マ シカ ラズ ヤ、震旦モ日本モ、五六百年 ノ コノ カタ ハ、 カカ ル事 ヲ固 執スルモノノ ミ多ク シ テ、大法ノ訣ケヲ 審細ニ 參 得 セ ザ ル ユヘニ、瓦礫ヲ 黄 金トヲモヒ、魚目ヲ明珠ト アヤ マ ル 輩 ノ ミナ リ 。 ( 『 續曹全 』「 法 語」四 六 五 頁 下段 ~四六六頁下段、傍 線 筆者)

つまり、

イ・

いず

る「

取捨

して

して

文で

るが

して

ソノ有 念 無念ヲコ ヘテ修證スルト云 ハ、譬ヘ バ一面 ノ鏡ノ 如 シ 。 妍モ ウツ リ醜 モ ウ ツ ル 。 コ レ 鏡 ノア キ ラ カ ナ ル 徳 用 ナ リ。 シ カ レド モ、 ウツ レル 妍ト醜トハ、鏡ノ 本體ニ ハ ア ラ ズ、タダムカ ヘ ノ 質 ノ 、鏡ノナ カ ニ ウツリシカゲ ナリ 。シカ ノ ゴトク、イマ 有念 ニ善 惡 ノ 差別 アル ヲ見テ、 コ レ ヲ 我 ガ本 心 ナ リト思 フ ハ 、 ウツリシ 影 ヲ トラ ヘテ鏡 ノ 本體 トスル ニ ヲ ナ ジシ、ア ヤマ リナ ルベ シ。 コ レ ハ、 有 念 ノ散 亂 ニ ト ド マ ル コト ヲイ マ シ ム ル 道 理 ナリ 。 サ ラバ無念コソ本體 ト ナ ラメトテ、善惡 ノ 念 ノ 少シモヲ コラ ヌ所 ヲト ドム ル ト キ ハ 、 コ レ 影 ノ ウ ツ ラ ヌ 所 コ ソ 本 體 ナレ トテ、鏡ノ背 ヲ愛スル ガゴ トシ。 ウ ツ ラ ヌハ石瓦 トヲ ナ ジ クシ テ、鏡ノ光明ノ 徳 用ハ無キナリ 。 コ レハ昏沈 無記ヲイマシムル 道理 ナ リ 。シカレ バ、光明 赫赫タル鏡ノ 本光ハ 、 影 ニ モ ア ラズ 、 背 ニ モ ア ラ ザ ルガゴトク、有念無念ノ二ツヲ コ ヘ テ、佛知見ノ 大 圓 鏡 智 アル道理 ア キ ラカニシ ラルル ナ リ 。 タトヘバ坐禪 ノ時 、 無 念 無 記 ニ シ テ 色 モ見 ヘズ、聲 モ聞 ヘズ、イタク 、カユキヲ モ シラ ヌ 樣 ニナ ルハ 、空忍 無 記ニ トドコ ヲ ルナ リ 。 ソ レ ト テ 色ヲ 見テ 色 ト 思 ヒ 、 聲 ヲ 聞 テ 聲 ト ヲ モ ヒ 、 イ タ ク 、 カ ユ キ ヲ シ リワ ク ル ハ、 有縁 散亂ニトド コ ヲル ナリ 。トモニコ レ 情 識 ナリ 。ユ ヘニ三 祖 大 師 ノ 云 ク、勿逐有縁、勿住空忍、 コ レヲ參ジテシル ベ シ 。 タ ダ色モ 聲 モ 、明カニテラシテ 了 簡 ヲ 加 ヘ ザル ト キ ヲ 、 佛知 見ト 云 ナ リ 。 シカ レド モ、 先 ノ 鏡 ノ 喩 モ 的 當 ニハ ア ラ ズ 。 總ジテ 喩 ト云 ハ 、 直 ニ 其境界ヲ 顯 コ ト ナ ラヌユヘ ニ、似 タ ルモ ノヲ 以テ ナ ゾ ラヘ テ 、 其 境 界 ヲ シ ラ ス ル ナ リ 。 コ ノ ユ ヘ ニ 、 喩 ヘ ラ ルル 所マ デハ タトユレドモ、カタガタハトドカヌモ ノ ナリ トシ ルベ シ。 生盲 ノ人 ノ、 日 輪 ハ イ カ ナ ル モ ノゾ ト 問 シ ニ 、 マ

(9)

面山瑞方にお ける 坐禅観の一 側 面(岩 永 ) 一一九 ロキ トコ ロヲ シラ セン トヲ モヒ テ、カ ナ ダラ イノ ア リ タルヲサ シ出シテ 、 コ レ ニ ニタリトイイシ ニ 、盲人コレヲタタイテ ミテ 、 サテ ハ日輪ハ 音 ノ 好キモ ノ ナリトイヒシト同ジ。ユヘ ニ、タト ヘ ヲ コ コ ロ ヘ チ ガ ユレバ、大イ ナ ル 誤リ出來ル ナ リ 。 今 ノ 鏡ヲ タト ヘニ スル モ、 タダ念 起 ト無念ト、ソノ 念 無念ヲ 超 タル光明 ヲコソタ ト ヘ テシ ラスレ。 餘 ノ 委 細 ハ タ トヘ ガタ シ。 イ カ ニゾ ナ レ バ、 元來 鏡ト 影ハ二ツ モノニ テ 、妍モ醜モミナ 外 ヨ リ 來ル モノナ リ 、 今 ノ 念 起 ノ トキハシカ ラ ズ。善惡憎愛ノ念イ ク 種ア ルモ、 皆吾心ノ 變 ズルトコ ロニ シ テ 、 外 ヨリ 來 ル モノ ハ 無 ナリ 。 本光 ト念起ト 、全 ク二 ツ ニ ア ラ ザ レ バ 、 鏡 ノ 譬 ヘ 的當 ナラズ ト 云ハ コ ノ 故ヘ ナリ 。 ( 『 續曹全』 「 法 語」 四七〇 頁 下段 ~ 四 七二頁上 段)

ここで

イ・ロ・ハ

の邪

解は

」の坐

と「散乱」の

坐禅

との

る。

以上

『自

受用三昧

』が誡め

ると

ころ

の公案を提撕

する

、見聞の主

公を

尋ねる坐禅

無念

指す坐

「取捨

作業」た

る有所

禅で

あり

、鏡の

面の

照用を是と

る「昏沈」と、鏡にうつる像の上

偽を選ぶ

「散

の二

辺に陥

ものと

いる

が確

る。

しか

もこ

禅は

自受用三昧

が「今世ノ

モ、皆

ノ流

ナリ

いう

如く、面山当時に

も盛んな

あっ

以上

認を踏まえ、節を改め

てこれら誤

坐禅

る。

二、面

当時に流布した坐禅

本節で

、面山

した

坐禅

法語を

前述

した

ように面山

提唱を筆録

た「

正法眼

道話」

には、

唐モ日本モ 文 字 文 章ハ好 ケ レ ド モ 、 此話 ノ 様 ニ 一 代藏経 ノ 結局 骨 目 ヲ 括 テ 云 ル ル コ ト ハ、唯 手 前ノ 祖師 ヨリ 外 カ 無ヒ 。大 覚禅 師ノ 坐禅論ト 云ガ ア リ 、聖 一國 師ノ 坐禅法語ト云ガ ア レドモ 、 手前 ノ 開 山ノ 家 訓 ト ハ 格別ジ ヤ 。辨道話ノ 坐 禅 ノ 勧 メ 方ハ、釋 迦如來、達磨大 師 以來、 少 シモユガ マヌ 坐禅ノ 法ジ ヤ 。 ( 『 永 平 正 法眼 蔵蒐書 大 成』 十七、 三 八〇頁 上 段~下段 、傍 線筆者)

とあり

『大覚

禅論』と『

福聖一

師法語

が面山

の視野

入っ

とは間違いない

江戸時代

禅師

(駒 図一 八 〇 ―八一 )

には

「大覚禅師省行文」

「大慧

願文

」と

『中

峰和尚坐

禅論』

附載さ

ており、

これも

逃す

きまい

れも漢文

はある

本稿におい

慮する

ととした。こ

論につい

面山と同時代

きた無

(一六五三~一七四四)

も、

林象

器箋』

類」の「坐禅」

におい

指摘し

てい

(10)

面山瑞方にお け る 坐禅観の一 側 面( 岩永) 一二〇 忠 曰 く 。 坐禪の 用 心、 諸祖、箴 有り 銘有 り、 儀有 り 論 あ り 。 悉 く 録 す 可 から ず 。 今且く其の目を挙 げ て 、 辨 道の士の檢尋に備 ふ。 杭州の五雲 和 尚、坐 禪 箴 傳燈 録載 鵝湖の 大 義禪師、 坐禪銘 緇門警訓載 天台 の 大 靜 禪 師 、 坐 禪 銘 諸祖 偈 頌 載 同安の察禪師、坐禪銘 諸祖 偈 頌 載 佛眼 の 遠 禪 師 、 坐 禪 銘 緇門警 訓 載 長蘆の 院 禪師、 坐 禪儀 禪苑 清規 載 佛心の 才 和 尚 、坐 禪 儀 普燈 録 載 中峯の 本 禪師、坐禪論 蘭溪 隆 禪 師 、 坐 禪 論 明極俊禪師、坐 禪 訣 焔慧 語要載 永平 の 元 禪師 、坐 禪 儀 并銘 瑩山 瑾 禪 師、 坐禪 用心 の記 、及び三 根坐禪の 説 (『 禅 学 叢書 之九』 三 五 三 頁 下 段 ~ 三 五 四 頁 上 段 、 原 漢文 、 傍 線筆 者)

正保

刊本

『東福

師法

(駒 図 一 八〇 ―二二七)

は仮

名法語

あっ

論外

とは

い。但し

『大覚

禅師

とほ

ぼ同

内容

る。

さら

に『宝

記』

師 曰 、 東 渡隱 元禪 師晩明英 傑。出門下 者 莫 越 木 庵 。嗣木 庵 者潮 音爲 最。 潮 音 之所倡 乃 隱元 木庵之直指 也 。 潮 音所 著坐 禪 論 一册 、 今行 于世 。讀 之即 知、明朝 實失 佛 祖 正傳 之修證也。其所論也唯 據元 明禪 師之私案 、似 未 及 二 乘 之觀 練 、 何望 摩 訶 衍 之 三昧 。 況 擬之 少 林 壁 觀 哉 。 汝 等 以 禪 餘讀之 與 永平 祖師家訓 坐禪、對 決則 黒 白 立分。古人謂之 揀 異。努力耶 。 ( 『 續 曹 全 』「法語」 四一七 頁 下段、傍線筆者 )

との記

があ

り、潮

道海撰『

坐禅論

(延 寶七〈一六七八 〉 年七 月日 刊 、 駒図一八 〇― 二四 六)

も検

としよ

同じく『

宝永

記』には、

有 白 蓋老 宿 者 、奧 州永 徳 寺 前住也。 因事退院 、來寓 泰 心。 自 謂 、 壯年 參網干盤珪禪 師。或僧因問 盤珪禪師法要、白蓋謂、珪禪師 常 示 人云、但 守 不 生。人人各各本有佛性、爲妄念見蔽。是故妄 念 不 生即 是佛 性 。 欲委 悉、則 更 聞 。 譬如定中聞 鐘 聲 、 時 思 量 是 鐘聲者妄念也。不思量而知鐘聲底物、是 即本 有 圓 成活 佛心也 。 以故 、但 守不 生、 則 便 當人耳 。 師聞之云、 盤 珪止如此歟。若實 如 此 見 解 、 則 未 出 凡 夫 之 窟 。豈及佛性佛心之 談哉 。何 者、不 思 量而 領納 底是 名受、即 五蘊第二耳 。 是故 古徳云、不受諸受、是 名正受。 若認此受 以爲 本 有 圓成 活 佛 心、 則北 轅 向 越 也 。 未 入 二 乘之 小徑 、況 佛 祖 大道乎。祖師云、毫釐有差、天地懸隔。實是 天 地 懸隔。洞山祖師 云 、驢前馬 後漢。長 沙云、無量 劫 來生死 本 、 癡人 喚作 本來 人。 皆指此也。可不恐而惶哉。雖然、疑珪老者不 如是、 但 塗 説 也 耳 。 ( 『 續曹全 』「 法 語 」 四二二 頁 上段 ~下 段 )

(11)

面山瑞方にお ける 坐禅観の一 側 面(岩 永 ) 一二一

との

(一 六 二 二 ~ 一六九 三 )

も意

てい

たろ

盤珪の法語の刊行は面山

はあるが、

元禄

三年龍門

寺における結制

の説

法を筆録

した法語

等、そ

語類

は写

して

して

と思

討の

要が

山祖

仁編

『盤

尚法

には

奥州 仙臺の 僧 來 り 問 、 「本 心には 、 いか よ う に覚 悟い た し 、 か の ふ べ しや 。 」 答曰、 「 今 尋 ね ら る ゝ 外本心なし。此本心は、念を 離 れ て 一 切に 通じて 分 明也 。其 證據 には、仙臺の事を問 へば 、 分 別 なしに 答 へ ら るゝ にあら ず や 。」 ( 『 盤 珪 禅 師 全 集 』 一 二 九 頁 )

との

一段が

『宝永記

』の記事に見

寺前

白蓋

関連

も想像

れ、興

の他、坐禅に関

纂〕禅

目録』により

検尋し

みるなら

〔 由 良開山 〕

法燈

国師法

(正 保二年 刊 、 大日 本 仏 教 全 書 九 六 )

及び

『法

禅儀』

(前書 附 載)

が挙

げら

たれ

派の

(一 三二七~一三八七)

の法語『

塩山

仮名

法語 』( 寛永 二十年 〈 一六四三〉刊行 、 駒図 一八 〇―一三)

は、

抜隊の

禅観

、大悟観を

よく

表し

る。また、夢窓疎

中問答集

』は、無論坐禅

つい

ての

が見られ

る上

当時ま

に数次

の刊行がなさ

これまで

山の批判的に見た

法語、との前提から洞

外の

法語を

、面

山が「

朝古今ノ

子ヲ

トリ

した

洞門

る必

要が

無著道忠が

摘する

山禅

師『坐禅用

記』并に『三根坐

禅説

(延 宝 八 年 〈 一 六 八 〇 〉 、 卍 山 道白序刊 )

や、例

ば道

元禅

師に仮

承応二年

(一 六五 三)

の刊

行が確

れる

平和尚業識図

( 『 續曹全 』 「 宗 源補 遺 」 、底本 は 承応二年 〈一六五三〉刊 。 以下 業 識 図と 略 称 )

なども

検討の対象とす

べき

かと

思われ

かく概観するなら、面

山活

十七世紀

中頃、各宗各

派ともみずか

らの

派祖の坐禅観を

す法語を競

て刊

観があ

。とまれ

本稿

検討の対象とする法語類を

以下に列挙し

こう。

蘭溪道隆『大覚

師坐

円爾

弁円『

師法

中峯明本『中峰和尚坐禅

無本覚心『

由良

開山〕

師法

『法燈

抜隊

山仮

名法

語』

夢窓

疎石

『夢

中問答集

盤珪永琢『盤珪和尚法語』

潮音

道海『坐禅

瑩山禅

『坐禅用

心記

三根坐禅説』

(12)

面山瑞方にお け る 坐禅観の一 側 面( 岩永) 一二二

『永

識図

三、各法

語類

の検討

、本

は、

前節

挙し

た法語類における坐禅観の

実際

但し本稿

の目的は『

三昧

りとし

の坐禅観のを考察する

であり、

そのために

面山が手に

たと

思しい法語類を

討する。

よっ

取り上げ

る各法語

者の思想信仰の全貌を

題と

いな

で各法語

る坐禅への言及を指摘

るこ

とを

お断

1.

師坐

禅論』

聖一

国師

法語

中峰

和尚坐禅

論』

『大

禅論』

聖一

国師法

、後

者は

が、その内容が

似し

いる。始めに坐禅を大

の道、諸法の根源と総括した

と、

坐禅の功

徳等につい

者は三十五、後

は二十四の問答

で論

を進

いる

藤即應博士

『正法眼

説―辨

道話義解

(昭 和三十四年、 岩波書店刊)

におい

らくは面山の

「辨道話

聞解」に

導かれて

と思

われ

の両

書を取り上

げ言及されて

いる。

下長

文となる

が、その

一部を

げる。

この 兩 書 は い ず れ も 問答體 であ る が 、坐 禪 論 は漢 文 で 三 十 五 問 答 、法 語は 和文 で二 十 四 問答 よ り 成 つ てい る。 こ れ を比 較 し て見る と 、大 體 に お い て同じ疑問を呈出し て いるだ け でなく 、 答えも ま た 趣 旨 に おい て は 、ほぼ同じ で ある といつ て もよ い 。 答 話 が同じになる の は 、 同 じ宋 朝禪の 達 者 で あるか ら である と いえ ない こともな いが、そ れに し て も質 疑の 順序 ま で が、 二 、 三の前後があ るだけで、大體一致 し ているの であるか ら、この 二 書 は 獨 立した 著 作 で はなく、必ず いず れか一 方 が、 他方によ つ た も の であることは、一讀し て明瞭である。 聖一 國師 法語の 最 後 に 「 聖 一 國 師 密 カニ 開 ニ 示 スル 九條大臣 一 坐禪 論終 」 と ある 。 九 條大臣の求法の請 に應じて 、か ねて畏敬する 大覺禪師の 坐 禪論が手 近に あつ たの で、 とりあえず こ れを和文 に敷 衍し 、取 捨し 解脱し て 密かにこれを 與 え たもの で 、一般に 公 表 し た も の と は 思われ な い 。 九 條 大臣と い え ば 、左大臣 藤原 道家 公の こと で 、 公は早くか ら 聖一國師に 歸 依し、その爲に國 師 の 入 宋 中 に 東福寺を 起工したが、國師歸 朝 後もなお未だ竣工 しな かつ た の で 、 寛元三年に 普 門寺を建立して 國 師を居住 さ せ たという。しかし 公は晩年 出家し て 、東 山入道 と 稱 し た禪の 求 道の 士 で あ つ た か ら 、 平生 國師 の提 撕を 受 け て い られた の で 、 こ の 法語と も な つ たので あ ろう。 こ と に 法語の最 後の 問いに 「若見性 成佛 の宗を明めずし て 臨終におも む かん時、末期の用 心 い かにす べ き や 」 と いう大覺禪師坐禪論にない一 問が 設 け ら

(13)

面山瑞方にお ける 坐禅観の一 側 面(岩 永 ) 一二三 れ 、 と く に心 して 諄々と 説 示 さ れて い る こと は 、 對 機 相應 の法 話とし て 、 意 義 深 きもの と 思 う 。 …略… 質疑 の 内 容は、 榮 西禪 師の 場合とは まつたく 趣を異 に し 、 宋 朝禪の 宗 要 に 觸 れ た宗 義上の 疑 問を中心 とし て 、 轉迷 開悟 とか 、 ある いは 讀經 、持戒 等 の 善 根 功 徳 と か い うよ う な 、宗 敎 生 活 の 實效的方 面 が 取り 上げ られている。 從つ て 、 宋 朝 禪の本義 であ る 「 無心 」と か「 一念 不生 」と か「 見 性 成 佛 」と か い う こ と が 、 種々 の方 面から 、 か ら み合つ て 問いと な り答 えとなつ ている 。 し か して そ の 答えは 、 要領を捕 捉するの が 難 し い、通常の禪問 答で も な く 、 と い つて 禪 匠 の 高 い 見 識 の 提 唱 で も な い 。 大 體 に おい て 一 般教 學を 應用 した きわめ て 低 調 な答 話 と な つ てい る 。 ( 『 正法眼 蔵 序説』一 五五 頁~ 一五六頁)

右の解説を

まえ、いま試み

前者

本の訓点に従っ

読み下し、両本

対象

その際

》内に板本の

丁数

を示し

各問

答の始

に▲

を附し

通し

を振っ

訓読『大覚 禅 師坐禅 論 』 『東 福 聖 一 国 師 法 語』 底本 江 戸 時 代 刊 本 ( 駒 図一 八〇― 八 一 ) 底本 正保 三 年 刊 本 ( 駒 図一 八〇―二 二 七 ) 《1 オ》 《1オ》 大覺 禪 師 坐 禪 論 東福聖 一 國師 法語 夫レ坐 禅 ハ大解 脱 ノ法 門ナ リ。諸法、 是 レ従リ流 出シ 、 萬 行、是 レ 自 夫坐 禅ノ 宗 門 ト 云 ハ、大解 脱ノ 道ナリ 。 諸 法 ハ 皆 此門 ヨリ 流出シ、万 リ 通 達 シ 、神 通智慧 ノ 徳、此 ノ 内ヨ リ起 コ ル 、人天ノ性命ノ道、此ノ 行モ ミナ此道ヨリ 通達 シ、智 慧 神 通 ノ妙用モ 此中ヨ リ 生ジ、 人 天ノ 性 内ヨリ 開 ク 。 諸 佛 已ニ 此ノ 門従 リ出入 シ 、 菩 薩行 即チ此 ノ 門ニ入 ル 。 命モ 此中ヨ リ 開タリ 。 故ニ 諸佛 スデニ 此 門 ニ 安 住 シ 、 菩薩モ亦行 ジ テ 二乗 ハ猶 オ半 途ニ 在リ、 外 道、行ズ ト雖モ 正 路ニ入ラズ 。 凡ソ 顯密ノ 此道 ニ入ル 。 乃至 小 乘及ビ 外 道 モ行ズ ト イヘドモ、 未 ダ正路ニカナ ハ 諸宗、此ノ 法 ヲ 行 ゼズ シテ 佛道ヲ成ズ ル 者 ア ラズ 。 ズ。 凡ソ顕密 ノ諸宗モ此路ヲ得 テ 自 證トス。故ニ祖 師 曰 、 十方ノ知者 ミナ此宗ニ入ト宣タマヘリ。 ▲ 問テ曰ク、坐禅ハ 諸法ノ根 源 爲 リ ト 、意 旨如 何 。 答 ヘ テ曰ク 、 禪 ▲ 問曰 ク。此 禅 門 ヲ 諸 法 ノ根 本トイヘル コ ト如何。 答曰。禅 トハ佛 01 01 ハ佛 ノ内 心 ナ リ、 律 ハ 佛ノ 外相 ナリ、 教 ハ 佛 ノ 言 語《 1 ウ 》ナリ 、 念 心 ナ リ 。 律ト ハ外相 ナ リ、 教 ハ 言 説 ナ リ 、 称 名 ハ 方 便 ナ リ 、コ レラ ノ 佛ハ佛ノ名 号 ナリ、皆佛 心 従リ出ヅ。 是 ノ故ニ根 本ト爲 ル ナ リ 。 《1 ウ 》 三昧 ミナ佛心ヨリ出タリ 。故ニ此 宗 ヲ 根本トス ル 也 。

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