駒澤大学佛教學部硏究紀 第七十二號 成二十六年三月 八七
はじめに
仏道における究極的目標が成仏であることは大小両乗に 通底する根本眼目であり、ここに仏教の本義が存すると言 い得る。釈尊の入滅以降、仏教が多岐に分派し、各方面に おいて様々な修行論や成仏論が樹立されたことは既知の通 りである。成仏が仏教の根幹であるとすれば、種々に体系 立てられた修道方法は、全てこの実現を思索する過程で形 成されたものと言えるであろう。 古くより、仏道者にとって最も理想的な在り方は、実際 に仏に参じて聞法し、教義を実践して証覚を得ることと思 われる。見仏の原義は、仏道者や仏教に携わる者が直接仏 にまみえる行為や営みを指す。しかし、釈尊滅後の仏道者 にしてみれば、それは決して現実には成就し得ない最大の 希求でしかない。こうした仏に対する追想等の念を淵源と して、後世に諸種の多仏思想や仏身論等が発生・展開した ことは知られる通りである。それに伴って、見仏も拡大的 な意味を有するようになる。 見仏の起源は初期仏教に求め得るとされるが、ジャータ カ文献や阿毘達磨論書においては、本生菩薩の波羅蜜行や 授 記 と 並 び、 逢 事 仏 の 教 説 ( 過 去 世 の 諸 仏 に ま み え て 聞 法 修 行 す る こ と ) が 釈 尊 成 道 の 重 要 な 契 機 と し て 位 置 付 け ら れ ている。そのことから、大乗菩薩道の見仏説は逢事仏・値 遇 仏 の 説 を 源 と し、 こ れ と 軌 を 一 に す る と さ れ る。 ま た、 字義の面からすれば、見仏はその当初より仏の身を見るこ とに主眼があったように受け取られるが、本義は仏を無常 と見ることによって空法を諦観し得る可能性を示したもの とされ る (1) 。即ち、見仏は見法に相即するのである。こうし た状況を見ると、見仏は仏教の展開に伴って極めて精神的 な領域の事象として昇華され、空思想に基づいて無常なる 仏身の諦観を通した法の把捉を第一義としながら、成仏に 到る肝要の一つとして意義付けられてきたと言い得よう。 更に時代が降ると、見仏は観仏三昧・見仏三昧等と言わ道元禅師
の
見仏思想
―『法華経』の視点から―
清
野
宏
道
道元禅師の見仏思想(清野) 八八 れるように三昧思想と重なって発展し、三昧の境地におけ る 仏 の 感 得、 乃 至 は 法 身 ( ま た は 報 身 ) と の 一 体 化 に よ る 悟境をも意味するようになる。或いは、夢中見仏や定中見 仏、平常見仏や臨終見仏等と言われるような、様々な見仏 の意義が立言されるようにもな る ( 2 ) 。ただ、見仏が現実の事 物的な範疇を越えて思考された時点で、そこには少なから ず神秘的要素が含まれることを弁えなければなるまい。 古 来、 仏 道 者 は そ う し た 性 質 を 把 握 し た 上 で ― む し ろ、 そこに妙なる理想を見出したとも言い得るが―多種の見仏 論 を 構 築 し た と 思 わ れ る。 そ れ ら が 一 貫 し て 成 仏 と 関 連 し、現実の修道を基底として構造化されていることからす れば、見仏は仏道の実践上、極めて重要な意義を有すると 言い得る。 見仏を仏道修行に照らした場合、特に観仏や念仏が想起 されよう。知られるように、前者は三十二相等と表現され る色身相の観察を始め、観像と言われるような仏像を通し た 観 想 ま で を も 含 み、 こ れ ら に よ る 三 昧 の 体 得 を 目 指 す。 一方、後者は仏を憶念することから出発し、それによる三 昧の体得を目指すようになったのであり、更には念仏三昧 による見仏が立言された。従って、観想念仏や称名念仏等 として形成された様々な念仏の在り方は、悉く見仏に帰結 すると言い得るのである。観仏と念仏の密接な関連性は広 く認められているが、殊、念仏については、浄土思想や往 生思想等と結ばれながら、これによる臨終見仏をも説くよ うになった点が特徴的と言い得る。 そもそも、念仏は六念・十念の一つとして数えられるよ うに観想を主体とする。その原義には、把住性から念誦性 までの六意があり、前者によって観想念仏が成立し、後者 に よ っ て 称 名 念 仏 が 形 成 さ れ た と も 言 わ れ て い る。 特 に、 念仏が把住性を有することから観想による観相念仏が発展 し、この中に見仏が包括されたとされる。また、後世には 念仏が見仏の必須条件として位置付けられ、念仏三昧は見 仏を以て証果と定めるに到ったとされ る (3) 。 念仏と見仏の関連性は初期仏教の段階においても考えら れていたと言われるが、これが最も整った形で経典上に示 されたのは『般舟三昧経』と言われる。同経の成立状況に ついては諸説あるが、先行研究に従えば、原初形態と見な される 「行品」 が 『大阿弥陀経』 の思想を継承しながら 『道 行般若経』の空思想を承けていることが確認されているた め、 『道行般若経』 と同時期かそれに先立つとされる。また、 教説内容は阿弥陀信仰と空思想を基準としながら、三昧思 想や往生思想を受容して構築されたと言われ る ( 4 ) 。 経題の 「般 舟三昧」は「仏立三昧」 「現前三昧」 「念仏三昧」等と別称 されるが、同経では盛んに三昧・念仏を打ち出し、これを 中心に見仏による往生を説く。その一端を「行品」の経文 によって示せば、一念を立てて法を信受する諸念の在り方
道元禅師の見仏思想(清野) 八九 を説いた上で、 「持 二 是行法 一 便得 二 三昧 一 。現在諸仏悉在 二 前 立 一 … 仏 言。 専 念 故 得 二 往 生 一 。 常 念 三 仏 身 有 二 三 十 二 相 八 十 種 好 一 … 用 二 念 仏 一 故 得 二 是 三 昧 一 … 欲 レ 得 三 見 二 十 方 諸 現 在 仏 一 者。 当 下 一 心 念 二 其 方 一 莫 上 レ 得 二 異 想 一 。 如 レ 是 即 可 レ 得 レ見」 (大 正 一 三、 八 九 九 上 ― 下 ) と 示 し、 三 十 二 相 等 を 拈 じ て 三 昧 を 体得すべき旨を説いている。続く「四事品」では、観像の 必要性が示され る (5) 。こうした記述から、同経が打ち出す念 仏は色身に対する観想念仏であり、見仏はその結果として 三昧を体得し、諸仏・阿弥陀仏 (法身とも報身とも理解され る ) を 見 る こ と と さ れ る。 三 昧 の 体 得 に よ っ て 諸 仏 が 現 前 するという教説は『十地経』や『首楞厳三昧』等にも見ら れるが、そこで説かれる見仏三昧や般舟三昧に一貫してい る点は観想念仏とされる。従って、後世の観経類等で展開 する来迎見仏のような、極めて神秘的な見仏説に比して理 性的とも言われ る (6) 。 こうした諸経の所説に基づきながら、見仏は種々の念仏 と 共 に 発 展 す る わ け で あ る が、 そ の 過 程 に お け る 要 目 は、 第一に観想的であった見仏が観仏等による現実的な在り方 を求めるようになったこと、第二に臨終を境とする浄土往 生の観念が発達したこと、第三に阿弥陀仏の来迎による往 生 を 説 く 易 行 道 の 思 想 が 宣 揚 さ れ た こ と と さ れ、 こ れ に 伴って称名念仏行が展開して浄土教義の本流として位置付 けられるに到ったこととされ る (7) 。このように、本来、実在 の仏にまみえることを意味した見仏は、念仏等の諸概念と 重なって仏滅後の修道者に開かれたと言い得るのである。 『正法眼蔵』 (以下 『眼蔵』 、 底本は春秋社 『道元禅師全集』 〈以 下『 全 集 』 〉 ) に 見 仏 の 語 が 散 見 さ れ る こ と に 加 え、 独 立 し て「見仏」巻が撰修されていることからすれば、見仏は道 元 禅 師 ( 一 二 〇 〇 ― 一 二 五 三 ) に お い て も 仏 教 思 想 上 の 重 要な一概念として把捉されていたと言えよう。従って、禅 師における見仏思想の考察は、その思想体系の解明に繋が ると共に、思想形成の背景を表出することにもなると考え る。本稿は、道元禅師における見仏の意義、及びその基盤 を探るものであるが、それに先立って把握しておくべき点 がある。 先 述 し た 見 仏 思 想 の 展 開 か ら す れ ば、 見 仏 は 念 仏 と 重 なって発展したと言い得る。しかし、そもそも道元禅師は 得 道 と 念 仏 の 相 即 を 容 認 し て い る と は 言 い 難 い。 例 え ば、 『 辦 道 話 』 十 八 問 答 中 の 第 三 問 答 で は、 坐 禅 辦 道 の 重 要 性 を示しながら諸仏における自受用三昧の実証を説く中、読 経 ・ 念仏について「ただ、 したをうごかし、 こえをあぐるを、 仏事功徳とおもへる、 いとはかなし」 ( 『全集』二、 四六六頁) と明言している。ここに、念仏に対する批判的姿勢を見る ことができよう。ただし、 「発無上心」巻では、 「しかのみ にあらず、知家非家捨家出家、…読経・念仏するなり、… かくのごとく、 八万法蘊の因縁、 かならず発心なり」 ( 『全集』
道元禅師の見仏思想(清野) 九〇 二、 一 六 一 ― 一 六 二 頁 ) と 示 し て い る。 こ れ ら の 説 示 を 踏 ま えれば、禅師は念仏を仏道会入の機縁と見なしてはいるも のの、正しき修道の在り方としては認めていなかったと言 い得るのである。そうであれば、道元禅師は念仏以外の背 景を以て見仏の在り方を構想していると考えられよう。 今 回 は、 『 眼 蔵 』 全 体 を 視 野 に 入 れ つ つ、 特 に「 見 仏 」 巻に焦点を据えて考察を進めるが、とりわけ同巻の引用文 に 注 目 し た い。 「 見 仏 」 巻 は、 禅 師 の 説 示 と 一 五 種 類 の 引 用文で構成される。従来の指 摘 (8) に準じて引用の典拠を概述 すれば以下の通りである。尚、本稿では便宜上、引用文に ①~⑮の通し番号を付し、これを基準に考察を進めること とする。 ①『金剛般若経』 (或いは『宏智録』巻三「拈古」一六) ②『宏智録』巻三「拈古」一六 ③『法華経』 「法師品」 ④『法華経』 「安楽行品」 ⑤『法華経』 「普賢菩薩勧発品」 (以下「勧発品」 ) ⑥『法華経』 「分別功徳品」 (以下、 「分別品」 ) ⑦『法華経』 「如来寿量品」 (以下「寿量品」 ) ⑧『法華経』 「見宝塔品」 (以下「宝塔品」 ) ⑨『法華経』 「如来神力品」 (以下「神力品」 ) ⑩『法華経』 「妙荘厳王本事品」 (以下「妙荘厳王品」 ) ⑪『法華経』 「寿量品」 ⑫『如浄録』巻二「頌古」八 ⑬ 『禅宗頌古聯珠通集』 (以下 『聯珠通集』 ) 巻三 「菩薩機縁」 ⑭『保寧録』巻一「頌古」七 (或いは『聯珠通集』 ) ⑮『聯灯会要』巻六「趙州章」 (或いは『趙州録』巻上) 引 用 文 の 構 成 を 見 る と、 「 見 仏 」 巻 は 経 文 と 語 録 に 基 づ いて展開していると言えるが、とりわけ『法華経』の経文 が巻の中央部分を担っている状況が窺える。この点に同巻 の特徴を見出せば、道元禅師における見仏思想の礎は『法 華経』の思想と考え得る。従って、今回は特に同経の引用 文、及びそれに対する説示の要点を取り上げて論考を進め た い (9) 。勿論、引用されている語録等との思想的関連性も検 討を要する重要な課題ではあるが、その点については稿を 改めて検討したい。
『法華経』の三昧と見仏
『 法 華 経 』 は、 観 経 類 や 浄 土 経 典 の よ う に 見 仏 を 中 心 と する経典ではないが、見仏に関する具体的な記述が見られ る。 その特徴は、 これが特に三昧と関わることであ る ) (1 ( 。 従っ て、先ずは、同経における三昧の把握から始めたい。 『 法 華 経 』 の 枢 要 が「 方 便 品 」 と「 寿 量 品 」 で あ る こ と は言うまでもなく、その根拠が開三顕一と開近顕遠である ことも既知の通りである。特に、前者は原始八品における 三周説法の根幹として位置付けられ、後者は本迹二門よっ道元禅師の見仏思想(清野) 九一 て開示される仏陀観の要綱とされる。 同 経 に お け る 三 昧 の 初 出 は、 「 序 品 」 に 記 さ れ る 無 量 義 処三昧であ る ) (( ( 。ただし、経典の成立状 況 ) (1 ( を踏まえれば、原 初の記述は 「方便品」 冒頭の 「爾時世尊従 二 三 昧 一 安 詳 而 起 」 ( 大 正 九、 五 中 ) と 言 え る。 従 っ て、 本 来「 方 便 品 」 に お け る三昧の内容は不明確であったと考えられ、これを以って 三昧を無量義処と規定したのは「序品」等を著した作者達 と言い得る。 「 方 便 品 」 で は、 こ の 後 に 甚 深 未 曾 有 な る 一 切 法 を 成 就 して種々の因縁・譬喩によって言教を広説し、無数の方便 を用いて言辞柔軟に衆生を教化してきた仏の在り方が示さ れ、次いで三止三請の教説が展開する。その第一止におい て無量無辺未曾有にして希有難解の法である唯仏与仏の諸 法実相・十如是が明示され、後に舎利弗における説法の請 願と仏の応諾があり、五千起去の教説を経て、仏出世の本 懐である一大事因縁の四仏知見や五仏章が開示される。こ れを端緒として三周説法が展開し、一切衆生に対する授記 が 示 さ れ る わ け で あ る が、 『 法 華 経 』 は 諸 法 ( 十 如 是 ) 実 相の内容を具体的に明示していないとされ る ) (1 ( 。ただ、例え ば「 譬 喩 品 」 ( 舎 利 弗 の 領 解 段 ) の「 世 尊 知 二 我 心 一 抜 レ 邪 説 二 涅 槃 一 我 悉 除 二 邪 見 一 於 二 空 法 一 得 証 」 ( 大 正 九、 一 一 上 ) と い う 重 頌 や、 「 薬 草 喩 品 」 の「 復 有 下 住 レ 禅 得 二 神 通 力 一 聞 二 諸 法 空 一 心 大 歓 喜 放 二 無 数 光 一 度 中 諸 衆 生 上 」 ( 大 正 九、 二 〇 中 ) と い う 重 頌、 並 び に「 化 城 喩 品 」 の「 若 如 来 自 知 下 涅 槃 時 到。 衆 又 清 浄 信 解 堅 固。 了 二 達 空 法 一 深 入 中 禅 定 上 。 便 集 二 諸 菩 薩 及 声 聞 衆 一 為 説 二 是 経 一 」 ( 大 正 九、 二 五 下 ) という長行の記述を根拠とすれば、従来指摘されているよ う に ) (1 ( 、同経は空観との関係が深いと言い得 る ) (1 ( 。これに基づ け ば、 「 方 便 品 」 で 諸 法 実 相 と 示 さ れ る 一 乗 法 は、 空 思 想 に基づく仏智と考えられよう。先述の通り、同品の冒頭で は仏が無量義処三昧より安詳として起つ状況が説かれてい る。その教説を念頭に置けば、一乗法の開顕は、三昧を基 礎とした仏智の発揮と考え得るのである。 原始八品における三昧の記述は「方便品」の冒頭以外に も散見される が ) (1 ( 、そこに一貫するのは、三昧が衆生を導く 仏の境地、即ち唯仏与仏の法が開示される以前の仏の在所 として記されていることである。 従って、 この部分における 三昧は、―授記による未来成仏を範疇に含めなければ―現 前の衆生が会得し得る境地として示されていないことにな る。 また、 舎利佛が仏に対して説法を請願していることから 明らかなように、 三周説法の主眼は聞法と言えるのであり、 仏にまみえるという見仏は、それに付随する必然的な事象 と考え得る。 つまり、 教説の主眼は、 見仏を前提とした聞法 ( 見 法 ) と 言 え る の で あ る。 従 っ て、 こ の 段 階 に お け る 三 昧 は、見仏と密に関わるものではなく、むしろ一乗法の開示 と連絡していると考えられよう。
道元禅師の見仏思想(清野) 九二 『 法 華 経 』 に お い て、 三 昧 が 仏 以 外 に 開 か れ る の は「 従 地涌出品」 (以下「涌出品」 ) 以降と言い得る。 而此大衆諸菩薩等。已於 二 無量千万億劫 一 。為 二仏道 一 故懃行 精 進。 善 入 二 出 住 三 無 量 百 千 万 億 三 昧 一 。 得 二 大 神 通 一 久 修 二 梵 行 一。 善 能 次 第 習 二 諸 善 法 一。 巧 二 於 問 答 一 人 中 之 宝。 一 切 世間甚為 二 希有 一 。 (大正九、四一下) 『法華経』では、 「法師品」より対告衆が基本的に菩薩と なる。これ以降、迹門では仏滅後の衆生を主体とする教説 が展開し、同経の受持・読誦・解説・書写・信解・弘経等 が 強 調 さ れ る。 「 法 師 品 」 で「 如 来 の 衣 室 座 」 が 示 さ れ る のも、 「宝塔品」で釈尊が諸菩薩を虚空に接引し、 『法華経』 の 弘 経 者 を 募 る の も こ れ に 関 連 し て い る。 「 安 楽 行 品 」 で 菩薩の親近処や四安楽行が説かれるのも同様の理由によろ う。これらの教説は、経典の保持・弘経を主意としている が、それは『法華経』の弘経者を仏と同等の立場に昇華す ることに繋がる。言わば、 一乗法を開顕する仏と『法華経』 弘経者の同格性を示すことによって、同経の真実性やこれ を敷衍するものの聖性を主張しているのである。 こうした迹門の教説を背景として本門が示されるのであ る が、 先 述 し た「 涌 出 品 」 の 経 文 は、 「 寿 量 品 」 に お け る 本仏開示の布石となる弥勒菩薩の擬宜に当たる。 『法華経』 二門六段の分科に従えば、同品は本門の序分として位置付 けられ、地涌の諸菩薩に対する釈迦仏の説法教化が既に成 就していることを説く。即ち、現前の諸菩薩は一乗法を具 え、弘経に堪え得る境界にあることが示されているのであ る。弥勒菩薩による擬宜の一文とは言え、先の経文で三昧 が 菩 薩 会 入 の 境 界 と し て 示 さ れ て い る 点 は 注 意 を 要 す る。 言わば、 迹門において仏陀所入の境界とされていた三昧が、 本門に到って菩薩に開かれるのである。また、ここで既に 三昧を得ている地涌の諸菩薩が釈迦仏にまみえている点は 重要である。要するに、三昧を背景とした菩薩の見仏が示 されているのである。 『 法 華 経 』 に お い て 三 昧 が 顕 著 に な り、 具 体 的 且 つ 重 視 されるようになるのは、 「薬王菩薩本事品」 (以下「薬王品」 ) 以降である。 「薬王品」では、 是 一 切 衆 生 憙 見 菩 薩 楽 習 二 苦 行 一 。 於 二 日 月 浄 明 徳 仏 法 中 一 。 精 進 経 行 一 心 求 レ 仏。 満 二 万 二 千 歳 一 已。 得 二 現 一 切 色 身 三 昧 一 。 (大正九、五三上) とあるように、薬王菩薩の前身である一切衆生憙見菩薩が 日月浄明徳仏の法中において『法華経』を聞き、現一切色 身三昧を得たと説く。この菩薩は、三昧を得た後に焼身を 以て一千二百歳の間、仏を供養したとされる。また、身が 尽きて後に再び日月浄明徳仏の国土に生じ、同仏の入滅に 際して法及び国土・衆生等を付与され、仏を荼毘に付して 後、八万四千の宝塔を起てたというが、更に、 即於 二 八万四千塔前 一 。然 二 百福荘厳臂 一 。七万二千歳而以供
道元禅師の見仏思想(清野) 九三 養。令 下 無数求 二 声聞 一 衆無量阿僧祇人発 中 阿耨多羅三藐三菩 提 心 上。 皆 使 レ 得 レ 住 二 現 一 切 色 身 三 昧 一 。 爾 時 諸 菩 薩 天 人 阿 修羅等… (大正九、五三下―五四上) とあるように、今度は七万二千歳の間、百福荘厳の両臂を 灯して仏舎利を供養すると共に無数の衆生を発心させ、同 三昧を得させたと言われる。 これまで具体性に乏しかった三昧であるが、ここで現一 切 色 身 三 昧 と い う 具 体 性 を 以 っ て 示 さ れ て い る 点 は 重 要 で あ る。 そ の 内 容 に つ い て は 詳 述 さ れ て い な い が、 同 三 昧 は 現 諸 身 三 昧 と か 普 現 色 身 三 昧 と も 別 称 さ れ る。 ま た、 「 妙 音 菩 薩 品 」 ( 以 下「 妙 音 品 」 ) で は、 妙 音 菩 薩 に お け る 三 十 四 身 の 変 現 説 法 の 根 拠 と し て 記 さ れ て い る。 従 っ て、 意味するところは、あらゆる機根の衆生に一乗法を開示す ることを主眼とした色相的な力用と考えられよう。 ここで、 三昧 (現一切色身三昧) が菩薩 (一切衆生憙見菩薩) に即して説かれていることは 「涌出品」 の内容と重なるが、 注目すべきは、それが菩薩のみならず天・人を始め、阿修 羅等にまで敷衍されていることである。言わば、 三昧は 「薬 王品」に到って仏・菩薩の範疇を超え、広く衆生所入の境 界として開示されたと考えられるのであ る ) (1 ( 。 現 一 切 色 身 三 昧 の 名 は、 「 妙 音 品 」 に も 見 ら れ る が、 そ こでは、 得 二 妙 幢 相 三 昧。 法 華 三 昧。 浄 徳 三 昧。 宿 王 戯 三 昧。 無 縁 三 昧。 智 印 三 昧。 解 一 切 衆 生 語 言 三 昧。 集 一 切 功 徳 三 昧。 清浄三昧。神通遊戯三昧。慧炬三昧。荘厳王三昧。浄光明 三 昧。 浄 蔵 三 昧。 不 共 三 昧。 日 旋 三 昧 一 。 得 二 如 レ 是 等 百 千 万 億 恒 河 沙 等 諸 大 三 昧 一 。 (大正九、五五上―中) とあるように、同三昧を含む一六種の三昧が記される。こ こ に、 『 法 華 経 』 に お け る 三 昧 の 更 な る 展 開 が 見 ら れ る の である。これらは全て、浄華宿王智仏の法中に在する妙音 菩薩が得ている三昧として記されている。従って、これは 菩薩所入の三昧と言い得るのであるが、中でも注目すべき は法華三昧であ る ) (1 ( 。 同品では、この後に妙音菩薩の娑婆世界来至、及び多宝 仏との相見、三昧に関する釈迦仏と文殊・華徳菩薩のやり 取り、更に三十四身の変現が記されている。三昧に関して 特 に 重 要 な 点 は、 妙 音 菩 薩 の 三 十 四 身 変 現 が 示 さ れ た 後、 華 徳 菩 薩 が 釈 迦 仏 に 対 し て 妙 音 菩 薩 の 住 す る 三 昧 を 問 い、 同仏が「現一切色身三昧」と応答していること、並びに妙 音菩薩が本土に帰り、浄華宿王智仏に対して娑婆世界で諸 菩 薩 に 現 一 切 色 身 三 昧 を 得 さ せ た 旨 を 申 し 述 べ た と こ ろ、 華徳菩薩が法華三昧を得たと記されていることであ る ) (1 ( 。 妙 音 菩 薩 の 三 昧 が 現 一 切 色 身 三 昧 と 規 定 さ れ る の は、 三十四身の教説を前提とするからであろう。これが法華三 昧 と 結 ば れ る の で あ れ ば、 両 者 は 同 義 の 三 昧 と 言 い 得 る。 即ち、その三昧は、弘法、及びそれによる衆生の三昧会入
道元禅師の見仏思想(清野) 九四 を前提とした『法華経』弘経の菩薩が住する三昧と考え得 るのである。 「 妙 音 品 」 に お い て、 三 昧 は 種 々 の 具 体 的 名 称 を 以 て 示 されているが、 同様の状況は「妙荘厳王品」にも見られる。 そこでは、 又 得 二 菩 薩 浄 三 昧。 日 星 宿 三 昧。 浄 光 三 昧。 浄 色 三 昧。 浄 照 明 三 昧。 長 荘 厳 三 昧。 大 威 徳 蔵 三 昧 一 。 於 二 此 三 昧 一 亦 悉 通達。 (大正九、五九下) とあるように、七種の三昧が示されている。ここで最も特 徴的な点は、これが雲雷音宿王華智仏の法中における妙荘 厳王の二子である浄蔵 ・ 浄眼 (菩薩道を修しているとされる) の境界として説かれていることである。 知られるように、同品では二子が『法華経』の力によっ て 父 ( 妙 荘 厳 王 ) と 母 ( 浄 徳 ) 、 及 び 宮 中 の 八 万 四 千 人 を 同 仏にまみえさせ、 仏道を得させたことが説かれる。従って、 浄蔵 ・ 浄眼の有する三昧は、先と同様に『法華経』の弘法 ・ 教化を前提とするものと言い得よう。更に、同品では二王 子の通達している三昧が離悪趣三昧・法華三昧であり、そ の力用によって雲雷音宿王華智仏にまみえる妙荘厳王・浄 徳が一切浄功徳荘厳三昧・諸仏集三昧を得ることが示され る。 こ こ に、 三 昧 ( を 有 す る も の ) の 働 き に よ っ て 仏 に ま みえ、三昧を得るという、三昧の展開とその力用による見 仏との関連性が看取されるである。 こ う し た 三 昧 と 見 仏 の 関 係 は、 「 勧 発 品 」 で 一 層 明 白 に なる。同品における三昧の記述は一箇所のみであるが、そ こでは、 爾時受 二 持読 三誦法華経 一 者。得 レ見 二 我身 一 甚大歓喜。転復精 進。以 レ 見 レ 我故。即得 二 三昧及陀羅尼 一 (大正九、六一中) と、 『 法 華 経 』 の 受 持・ 読 誦 を 条 件 と し た、 見 仏・ 三 昧・ 陀羅尼の成就が示される。同品が、釈迦仏と普賢菩薩を中 心に展開することは周知の通りであるが、この一段が仏滅 後 に お け る 衆 生 の『 法 華 経 』 会 得 ( 四 法 成 就 ) を 基 に 説 か れていることを念頭に置けば、これは仏滅後の衆生を対象 とした教説と言えよう。ここで『法華経』を根幹としてい る点は銘記すべきであるが、それによる三昧・見仏が諸仏 の法中に在する菩薩等ではなく、広く滅後の一切衆生に敷 衍されていることは、同経における三昧の発展と言えるの ではなかろうか。 以 上 の よ う に、 『 法 華 経 』 に お け る 三 昧 は、 当 初、 一 乗 法を説く唯仏与仏の住する境地であったと言えよう。それ が、仏・菩薩とまみえ、聞法・精進することによって会得 されると共に展転に作用するという性質を有し、同経を成 就・敷衍するに堪え得る菩薩、或いは衆生所入の境界とし て発展していると言えよう。そして、品の進展に伴い、見 仏との関連がより密になりながら、 『法華経』を聴聞 ・ 信受 ・ 奉行する衆生が成就するものとして展開している状況が窺
道元禅師の見仏思想(清野) 九五 え る。 特 に、 「 勧 発 品 」 に 到 る ま で の 三 昧 は、 基 本 的 に 諸 仏の会座における菩薩、或いはそれと親密な関係にあるも のが得るものとして説かれていたのに対し、 同品に到ると、 『 法 華 経 』 の 受 持 等 に よ る 見 仏 を 前 提 と し た 上 で、 広 く 仏 滅 後 の 衆 生 ま で に 開 示 さ れ て い る 点 は 注 目 す べ き で あ る。 即 ち、 こ こ で 法 を 先 と し た 見 法 と 見 仏 の 同 格 化 が 為 さ れ、 現前の衆生が成就し得る境界として位置付けられているの である。 『 法 華 経 』 に お け る 三 昧 の 展 開 は 大 凡 以 上 の 通 り で あ る が、 見 仏 に 関 す る 教 説 は こ の 限 り で は な い。 例 え ば、 「 法 師品」には、 『法華経』の弘経者を対象として「我雖 レ 在異 国。 時 時 令 説 法 者 得 レ 見 二 我 身 一 」 ( 大 正 九、 三 二 上 ) と 記 さ れており、 「安楽行品」には、 髻中明珠喩の重頌の後に「又 見 二 自 身 一 在 二 山 林 中 一 修 二 習 善 法 一 証 二 諸 実 相 一 深 入 二 禅 定 一 見 二 十 方 仏 一 」 ( 大 正 九、 三 九 下 ) と 記 さ れ て い る。 また、 「涌出品」には四大菩薩に対する「此諸衆生。始見 二 我 身 一 聞 二 我 所 説 一 。 即 皆 信 受 入 二 如 来 慧 一 」 ( 大 正 九、 四 〇 中 ) という記述がある。同様の記事は随所に散見されるが、そ もそも『法華経』の教説は仏・菩薩にまみえて聞法するこ とを基軸に示されているのであるから、教法の開示に伴っ て見仏が示されるのは必然と言えよう。ただ、先述の経文 を始め、その殆どが釈迦仏、乃至は諸仏諸菩薩の言葉とし て記されている点は注意すべきである。言わば、同経にお ける見仏は、三昧を得て仏智を開顕する側から菩薩等の衆 生に向けて語られる三昧成就の予告、或いは保証として認 められるのである。そうした中、会座の衆生から発せられ る見仏の請願も幾つか確認されるが、 特に 「宝塔品」 と 「寿 量品」に明確な記述が見られる。 「 宝 塔 品 」 に お け る 教 説 の 中 心 は 二 仏 並 坐 と 考 え て 差 し 支えなかろう。そこでは、地涌の宝塔に在する如来全身の 多宝仏と釈迦仏の並坐が説かれ、一乗法及びそれを開顕す る釈迦仏の真実性が示されるわけであるが、その部分の前 に会座の衆生 (菩薩) による見仏の請願が記されている。 是 時 大 楽 説 菩 薩。 以 二 如 来 神 力 一 故。 白 レ 仏 言。 世 尊。 我 等 願 欲 レ 見 二 此 仏 身 一 。 (大正九、三二下) この後、経文では釈迦仏が三変土田を為して十方世界よ り諸仏を集め、その後に宝塔を開いて多宝仏と並坐すこと が説かれ、それに続けて仏滅後における『法華経』弘経者 の召募が記されている。その状況からすれば、宝塔の出現 と開扉は仏滅後の弘経と結ばれながら一乗法の久遠の展開 を象徴していると考えられよう。 先の経文で注目すべきは、釈迦仏が大楽説菩薩の要請を 受け入れ、 宝塔を開いて多宝仏を示現していることである。 言わば、 仏の力用によって衆生における現前の仏 (釈迦仏) 以 外 の 仏 ( 多 宝 仏 ) と の 相 見 が 成 就 し て い る の で あ る。 同 様の内容は「妙音品」にも見られ る ) 11 ( が、特に「宝塔品」の
道元禅師の見仏思想(清野) 九六 記 述 は、 衆 生 に よ る 聞 法 ( 見 法 ) の 要 請 を 主 体 と す る『 法 華経』の展開から見て留意すべきと考える。 『 法 華 経 』 に お い て、 見 仏 が 最 も 高 調 さ れ る の は「 寿 量 品」と考える。同品が四誡四請に始まり、本仏の開顕によ る仏及び一乗法の久遠性を中心とすることは周知の通りで あ る。 「 方 便 品 」 に お け る 三 止 三 請 に 照 ら せ ば、 両 品 が 共 鳴していることは明らかであり、 従って「寿量品」は仏身 ・ 仏寿に焦点を据えた開近顕遠の枢要として位置付けられる のである。経文は、一貫して仏寿の無量性を示すと共に一 乗法の無窮性を説いており、更にそれを良医治子喩によっ て譬説している。その重頌に、 衆 生 既 信 伏 質 直 意 柔 軟 一 心 欲 レ 見 レ 仏 不 三 自 惜 二 身 命 一 時我及衆僧 俱出 二 霊鷲山 一 (大正九、四三中) と い う 一 行 半 が あ る。 ま た、 こ の 後 に も「 諸 有 下 修 二 功 徳 一 柔 和 質 直 者 上 則 皆 見 二 我 身 在 レ 此 而 説 一 レ 法 」 ( 大 正 九、 四三下) という同意の経文がある。これらは、 久遠の仏寿 ・ 一乗法を背景とした上で、釈迦仏が滅後における衆生の在 り方を示す部分の記事である。従って、厳密な意味で衆生 の文言と言うことはできないが、ここで仏に直接まみえる ことが不可能となった衆生が想定されている点は重要であ る。即ち、仏滅後の衆生もひたすら仏とまみえることを心 に 願 い、 身 命 を 惜 し ま ず に 精 進 す れ ば、 『 法 華 経 』 の 教 え を受け、霊山の釈迦仏と相見し得ると言うのである。ただ し、それは単に見仏を願えばよいというのではない。重頌 の最後に、 我 常 知 二 衆 生 行 レ 道 不 一 レ 行 道 随 レ 所 レ 応 二 可 度 一 為 説 二 種 種 法 一 毎 自 作 二 是 意 一 以 レ 何 令 丁 衆 生 得 丙 入 二 無 上 慧 一 速成 乙 就仏身 甲 (大正九、四四上) とあるように、同経においては『法華経』を行ずるか否か が問題となるのである。 先述の通り、三昧は仏を始めとする様々な菩薩等が会得 し 得 る 境 界 と し て 示 さ れ て い る が、 そ こ に 通 底 す る の は、 受持・読誦を始めとする『法華経』の実践と言い得る。そ こに見仏が関連するわけであるが、先の「宝塔品」におけ る諸菩薩は一乗法を聴聞・実践し、後に同経を敷衍する弘 経 者 と し て 記 さ れ て い る。 ま た、 「 寿 量 品 」 で は 滅 後 の 衆 生における『法華経』の聴聞・実践を前提とした上で見仏 が 示 さ れ て い る。 こ う し た 状 況 か ら す れ ば、 『 法 華 経 』 に おける見仏は、三昧と共に、同経の実践上に成就するもの と考え得るのである。
『眼蔵』における見仏の諸相
『 眼 蔵 』 を 通 覧 す る と、 見 仏 の 語 は 二 二 巻 に 見 ら れ る。 その特徴は、 殆どの記述においてこれが聞法と共に示され、 更にそれが而今における種々の行に重ねられていることで ある。中でも、 「梅花」巻における、道元禅師の見仏思想(清野) 九七 見仏、といふは作仏なり、作仏、といふは策起眉毛なり。 『全集』二(七六頁) と い う 記 述 は、 後 述 す る「 見 仏 」 巻 の 説 示 と 結 ば れ る が、 ここで見仏と作仏の同義を明言しているところに、見仏に 対 す る 道 元 禅 師 の 基 本 姿 勢 が 現 れ て い る と 考 え る。 以 下、 その実態を検討したい。 「 仏 性 」 巻 に は、 弘 忍 と 慧 能 に お け る「 嶺 南 人 無 仏 性 」 の因縁話が示された後に、 見仏聞法の最初に、難 レ 得難 レ 聞なるは、衆生無仏性なり。 『全集』一(二三頁) という説示がある。これは、 弘忍が示した「嶺南人無仏性」 に 対 す る 道 元 禅 師 の 見 解 で あ る。 「 難 レ 得 難 レ 聞 」 と い う 記 述 に 弘 忍 の 教 示 を 肯 定 的 に 捉 え る 姿 勢 が 認 め ら れ よ う が、 ここでそれを 「見仏聞法」 と示している点は注意を要する。 言わば、見仏と聞法が同時であることを前提として、仏祖 にまみえることを見仏と見なしているのである。こうした 見仏と聞法の同時性、或いは見仏と見仏祖の同義性は「仏 道 」 「 密 語 」 「 四 禅 比 丘 」 「 深 信 因 果 」 等 の 諸 巻 に も 散 見 さ れ る が、 「 行 持 上 」 巻 で は 更 に こ れ を 面 授・ 行 持 と 重 ね て いる。 いまの見仏聞法は、 仏祖面面の行持よりきたれる慈恩なり。 仏祖もし単伝せずば、いかにしてか今日にいたらん。 『全集』一(一八〇頁) これは、 同巻において達磨の行状を示す中の記述である。 その部分が、特に法の正伝を旨としていることから、焦点 は伝法の在り方・重要性を示すことにあると考える。この 説示において、仏祖による法の単伝が強調されているのも そのためであろうが、ここで而今の「見仏聞法」の根拠を 「仏祖面面の行持」と定めている点は重要である。言わば、 諸仏祖が面授によって単伝してきた行持によって而今の見 仏・聞法が成就すると言うのである。従って、見仏・聞法 は、面授による行持と密接に関連し、それを背景として構 想されていると言い得よう。 こうしたところから、見仏並びに聞法は而今の行に関わ る 種 々 の 事 柄 と 結 ば れ て い る。 例 え ば、 「 帰 依 仏 法 僧 宝 」 巻 に は、 『 大 方 等 大 集 経 』 巻 四 四「 日 蔵 分 中 三 帰 済 龍 品 」 の「盲龍女授三帰」話に対する、 いまは、まのあたり釈迦牟尼仏にあひたてまつりて、三帰 を乞受す。ほとけより三帰をうけたてまつる、厚殖善根と いふべし。見仏の功徳、必ず三帰によれり。 『全集』二(三八一頁) という説示がある。ここでは、釈迦仏との相見、並びに三 帰の懇請を根拠として龍女における三帰の得受が示されて い る の で あ る が、 「 見 仏 の 功 徳、 必 ず 三 帰 に よ れ り 」 と い う一文からは、 三帰を背景とした見仏の認識が読み取れる。 また、 「発菩提心」巻には、 「発心」と「畢竟」を共に自
道元禅師の見仏思想(清野) 九八 未得度先度他とする『涅槃経』の偈 頌 ) 1( ( に対する、 発心とは、はじめて自未得度先度他の心をおこすなり、こ れを、初発菩提心、といふ。この心をおこすよりのち、さ らにそこばくの諸仏にあふたてまつり、供養したてまつる に、見仏聞法し、さらに菩提心をおこす、雪上加霜なり。 『全集』二(三三四頁) という説示がある。即ち、自未得度先度他の心である菩提 心を発して後は諸仏にまみえ、これを供養し、見仏聞法し て、更に菩提心を発し続ける要を説いているのである。こ こ で「 雪 上 加 霜 」 と 示 さ れ て い る 点 は、 「 発 無 上 心 」 巻 の 「 一 発 菩 提 心 を 百 千 万 発 す る な り、 修 証 も ま た か く の ご と し 」 ( 『 全 集 』 二、 一 六 四 頁 ) と い う 記 述 と 関 連 し よ う。 そ う であれば、 見仏 (見仏聞法) は無量の発心と同時に現成し、 修証と重なりながら向上に成就し続けるものと考え得るの である。 この点を念頭に置いて「仏向上事」巻を見ると、結びの 一段に、 いはゆる仏向上事といふは、仏にいたりて、すすみてさら に仏をみるなり。衆生の、仏をみるにおなじきなり。しか あればすなはち、見仏もし衆生の見仏とひとしきは、見仏 にあらず。見仏もし衆生の見仏のごとくなるは、見仏錯な り。いはんや仏向上事ならんや。 『全集』一(二九四頁) という記述がある。同巻は、祖師一〇人の行履を取り上げ て、 無 窮 に 精 進 し 続 け る 修 証 の 在 り 方 を 示 す 一 巻 で あ る。 従って、この説示もその立場を前提に示されていると言い 得よう。ここでは、仏向上事、いわゆる無際限である向上 の修証が仏の上進的実証であり、且つ向上の見仏であるこ とが明言されており、続いて、それが衆生の見仏と隔絶し た も の で あ る こ と が 示 さ れ て い る。 文 脈 よ り 判 断 す れ ば、 衆生の見仏とは、修証一等ならざるものの見仏と考えられ よう。こうした、而今の修証を基調とした見仏は、先述し た「梅花」巻の「見仏、といふは作仏なり」という説示と 結ばれるのである。 こ の 他、 『 眼 蔵 』 に は 造 塔・ 起 塔 等 を 発 心 の 表 顕 と 決 定 信解し、その増長を以て見仏聞法と定める説示や、安居の 当体を見仏と認める記述なども見受けられる が ) 11 ( 、これらに 共通する点は、見仏が而今の行履と関連付けられているこ とである。即ち、道元禅師の説く見仏は修証と一体の事象 であり、諸祖師の行に同ずる自己の行に見出されるものと 理解し得るのである。従って、その見仏観は観念的なもの ではなく、極めて実践的な思考を基に構築されていると言 えよう。そうであれば、その仏は観想的に感得される仏と は言い難い。 仏祖として位置付けられる諸祖師の行を仏 (仏 行 ) と 認 識 し、 そ こ に 仏 ( 釈 迦 仏 ) の 当 体 を 見 出 し つ つ ) 11 ( 、 それを目の当たりに実証することを以て見仏を意義づけて いるのであれば、それは実際の行に見い出される仏の在り
道元禅師の見仏思想(清野) 九九 方と考えられよう。
「見仏」巻の実態
「見仏」巻は、①「釈迦牟尼仏、告 二 大衆 一 言、若見 二 諸相 非 相 一 、 即 見 二 如 来 一 」 ( 『 全 集 』 二、 九 八 頁 ) と い う 経 文 に 始 まるが、これを解釈するには次の、②「清涼院大法眼禅師 云、 若 見 二 諸 相 非 相 一 、 即 不 レ 見 二 如 来 一 」 ( 同 前 ) と い う 一 文 も併せて考察する必要がある。 先 行 研 究 に 従 え ば、 ① は『 金 剛 般 若 経 』 ( 大 正 八、 七 四 九 上) 、 ②は『宏智録』からの引用とされている。確かに『金 剛般若経』に同様の文は認められるのであるが、該当箇所 では「即」の字が「則」となっている。これによって文意 に 異 同 が 生 じ る こ と は な い で あ ろ う が、 『 宏 智 録 』 に は 従 来指摘されている巻三「拈古」一六 (大正四八、二八下) の 他、 巻 四「 上 堂 」 ( 大 正 四 八、 五 五 上 ) に も 全 く 同 じ 記 述 が 見られる。 若 見 二 諸 相 非 相 一 。 即 見 二 如 来 一 。 法 眼 云。 若 見 二 諸 相 非 相 一 。 即不 レ 見 二 如来 一 。 この文頭に、 「拈古」では「挙 レ 経云」 、 「上堂」では「経 云」という文言が冠されているが、 文章は全く同じである。 この文と「見仏」巻の引用文を対照すると、 『金剛般若経』 か ら の 引 用 と さ れ て い た ① の 文 と も、 『 宏 智 録 』 か ら の 引 用 と さ れ て い た ② の 文 と も 合 致 す る こ と が 解 る。 従 っ て、 両者は『宏智録』を基準として引用されたものであり、特 に①の文は『宏智録』を介した『金剛般若経』の引用と考 え得るのである。 道 元 禅 師 は 両 文 の 引 用 に 対 し て 各 々 説 示 を 為 し て い る が、特に注目すべきは、①の文に対する、 いまの見諸相と見非相と、透脱せる体達なり、ゆえに見如 来なり。この見仏眼、すでに参開なる現成を見仏とす。… 恁麼の見仏、ともに無尽面・無尽身・無尽心・無尽手眼の 見仏なり。而今脚尖に行履する発心発足よりこのかた、辨 道功夫、および証契究徹、みな見仏裏に走入する活眼睛な り、活骨髄なり。…しるべし、諸相を見取し、非相を見取 する、 即見如来なり。 『全集』二(九八―九九頁) という説示と、②の引用文に対する、 この相すなはち如来相なるがゆえに、諸相は諸相なるべし と道取するなり、…諸相は如来相なり、非相にあらず、と 参究見仏し、 決定証信して、 受持すべし、 諷誦通利すべし。 …いはゆる諸相すでに非相にあらず、非相すなはち諸相な り。非相これ諸相なるゆえに、非相まことに非相なり。喚 作非相の相、ならびに喚作諸相の相、ともに如来相なりと 参学すべし。…しかありといへども、この一大事因縁、さ らにいふべし、若見諸相実相、即見如来。かくのごとくの 道取、みなこれ釈迦牟尼仏之所加被力也、異面目の皮肉骨 髄にあらず。 『全集』二(九九頁)道元禅師の見仏思想(清野) 一〇〇 という説示と思われる。 前 者 で は、 「 見 諸 相 」 と「 見 非 相 」 の 不 二 を 示 し つ つ、 その実証的体得を説き、 それを「見如来」と規定した上で、 そうした見仏の眼を見開き、体現することを以て見仏と定 めている。続いて、それが面・身・心・手眼に尽きないこ と を 示 し、 而 今 の 行 履 を 見 仏 の 境 界 に 入 る「 活 眼 睛 」 「 活 骨髄」と説いているが、この点に而今の修証と不離の見仏 が明示されていると考える。その後の、 「諸相」と「非相」 の見取を同格の「即見如来」としている部分は、 「見諸相」 と「見非相」を一等の「見如来」とする冒頭の説示を前提 とした上で、②の引用文、及び説示に連絡すると考える。 後 者 の 部 分 で は、 主 に「 諸 相 」 「 非 相 」 の 弁 え 方 が 示 さ れている。ここで、 「諸相」は「諸相」 、 「非相」は「非相」 として道取すべきことが説かれ、更にそれらを同じく「如 来相」 と把捉すべき旨が示されている。言わば、 「諸相」 「非 相 」 「 如 来 相 」 の 同 格 を 明 言 し て い る の で あ る が、 重 要 な 点 は、 「 若 見 諸 相 実 相、 即 見 如 来 」 と あ る よ う に、 そ の 見 解が「実相」を背景に構想されていることである。管見の 限り、この一文の典拠と見なし得る記述は経論・語録に見 られない。従って、これは道元禅師の独創とも考えられる のであるが、私見では『金剛般若経』の教説を総合的に把 握した上での立言と考える。 同経が、一貫して釈迦仏と須菩提の対話によって構成さ れていることは既知の通りである。仮に、教説内容に準じ て全体の構成を正説・領解・述成・授記・重頌に分けた場 合、 「 見 仏 」 巻 に 引 用 さ れ て い る 経 文 は 正 説 段 に 当 た る と 言 い 得 る。 該 当 部 分 の 前 に は、 「 如 来 を 見 る の は 身 相 を 以 て 見 る べ き か 否 か 」 と い う 釈 迦 仏 の 問 い 掛 け と、 「 如 来 の 説くところの身相は身相に非ざるため、身相を以て如来を 見るのではない」 という須菩提の応答が記されてい る ) 11 ( 。 従っ て、そもそも引用文の「若見 二 諸相非相 一 、即見 二 如来 一 」と いう経文は、空思想に基づいて身相の見仏を否定する教説 と理解し得るのである。 正説段には、 これ以外にも種々の説法が記されているが、 それらを承ける領解段に、 世尊。若復有 レ 人得 レ 聞 二 是経 一 。信心清浄則生 二 実相 一 。…世 尊。是実相者則是非相。是故如来説名 二 実相 一 。 (大正八、七五〇中) と い う 記 述 が あ る。 即 ち、 『 金 剛 般 若 経 』 の 教 説 を 聞 い て 信心清浄なれば「実相」を生じ、 この「実相」こそ「非相」 なると言うのである。更に、これに続けて、 若 当 来 世 後 五 百 歳。 其 有 二 衆 生 一 得 レ 聞 二 是 経 一 信 解 受 持。 是 人 則 為 二 第 一 希 有 一 。 何 以 故。 此 人 無 二 我 相 人 相 衆 生 相 寿 者 相 一 。 所以者何。 我相即是非相。 人相衆生相寿者相即是非相。 何以故。離 二 一切諸相 一則名 二 諸仏 一 。 (大正八、七五〇中) という記述がある。ここでは、 後世において『金剛般若経』
道元禅師の見仏思想(清野) 一〇一 を信解 ・ 受持する衆生は第一希有の人であることが示され、 その根拠として、我相・人相・衆生相・寿者相のないこと が説かれている。特に注目すべきは、それに続く経文がそ れらの相を「非相」と定め、そうした「諸相」を離れるこ とを以て「諸仏」と為している点である。つまり、我相等 の「諸相」と「非相」 、 及び「離相」を結び、 それを「実相」 である「諸仏」と決しているのである。 そして、領解段を承ける述成段には、こうした相の把捉 について、 「如来説 二 一 切 諸 相 即 是 非 相 一 」 (大正八、七五〇中) という記述があり、ここで「一切諸相」の「非相」である ことが明示されるのである。 以上の内容を見れば、 既に 『金剛般若経』 において 「諸相」 と「非相」が「実相」の「諸仏」として示されていると言 える。この点を踏まえると、先述した「若見諸相実相、即 見如来」という一文は『金剛般若経』の教説を総合的に把 握した道元禅師の所見と考え得るのである。更に、該当箇 所で「一大事因 縁 ) 11 ( 」 の一句を用いていることから、 「実相」 の概念が以下に続く『法華経』引用の呼び水になっている と考える。 ③の引用文は、 「法師品」 (大正九、三二中) の経文である。 爾時釈迦牟尼仏、在 二 霊鷲山 一 。因薬王菩薩告 二大衆 一 言、若 親 二 近 法 師 一 、 即 得 二 菩 薩 道 一 。 随 二 順 是 師 一 学、 得 レ 見 二 恒 沙 仏 一 。 『全集』二(一〇〇頁) 『法華経』において、 「法師品」以降、滅後の衆生を対象 とした同経の実践が強調されることは先に触れた通りであ る。この経文は、 「高原穿鑿喩」 「如来衣室座」が示された 後に説かれる重頌の末尾の一行である。 ここでは、 『法華経』 の法師に親しく参じれば菩薩道を得て恒沙の仏とまみえ得 る こ と が 示 さ れ て い る。 即 ち、 「 随 二 順 是 師 一 学 」 と あ る よ うに、師に従い学ぶことを根拠として見仏の成就が説かれ ているのである。これを承け、道元禅師は、 随順是師学は、猶是侍者の古蹤なり、参究すべし。この正 当恁麼行李時、すなはち得見の承当あり。そのところ、見 恒沙仏なり。 『全集』二(一〇一頁) と説示している。この見解が引用文の教説に準拠している こ と は 明 ら か で あ る が、 注 意 す べ き は「 正 当 恁 麼 行 李 時 」 と述べている点である。言わば、而今の行履において師に 随順べきことを強調しつつ、その当所に見仏の実現を認め ているのである。ここに、祖師の行に見仏の当体を見出す 姿勢が現れていると言えよう。 ④の引用文は、先述した三昧の考察の中でも取り上げた 「安楽行品」 (大正九、三九下) の経文である。 釈 迦 牟 尼 仏、 告 二 一 切 証 菩 提 衆 一 言、 深 入 二 禅 定 一 、 見 二 十 方 仏 一 。 『全集』 二 (一〇一頁) 「安楽行品」では、 文殊菩薩に対して後の末法悪世に『法 華 経 』 を 敷 衍 す る 心 構 え が 説 か れ る。 同 品 に お い て、 「 菩
道元禅師の見仏思想(清野) 一〇二 薩の親近処」 「四安楽行」 「髻中明珠喩」が示されているこ とは先に触れた通りである。この経文は、それらを重頌で 説いた後、夢の中で一乗法の妙なる有り様を見ることが五 つ説かれる中の一つである。従って、この文は夢中見仏の 性格を有すると言えようが、ここで禅定を基準とする見仏 が示されている点は、道元禅師における坐禅重視の立場に 重なると考える。また、典拠の箇所には、引用文の直前に 「 又 見 二 自 身 一 在 二 山 林 中 一 修 二 習 善 法 一 証 二 諸 実 相 一 」 ( 大 正 九、 三 九 下 ) と い う 一 行 が 認 め ら れ る。 し か し、 禅 師 は この部分を引用していない。その所以は、禅定の境界こそ を諸々の実相を証する修証一等の坐禅として把捉していた からであると思われる。先の経文を承け、道元禅師は、 尽界は深なり、十方仏土中なるがゆえに。…この深入は禅 定なり、深入禅定は見十方仏なり。…見仏より見仏するゆ えに、禅定より禅定に深入す。 『全集』二(一〇一―一〇二頁) と説示している。この部分の「尽界は深なり、十方仏土中 なるがゆえに」という一文を「法華転法華」巻冒頭の「十 方 仏 土 中 者、 法 華 の 唯 有 な り 」 ( 『 全 集 』 二、 四 八 七 頁 ) と い う文に重ねると、禅師が法華一乗の立場から十方仏土を捉 えている状況が看取される。即ち、而今の修証に一乗法が 遍満していることを前提として、禅定の当所における見仏 の現成を立言しているのである。それを向上に実現し続け る旨を「見仏より見仏するゆえに、 禅定より禅定に深入す」 と示しているのではなかろうか。 ⑤の引用文は、 「勧発品」 (大正九、六一下) の経文である。 釈 迦 牟 尼 仏、 告 二 普 賢 菩 薩 一 言、 若 有 下 受 二 持 読 三 誦 正 四 憶 念 修 六 習書 七 写是法華経 一 者 上 、当 レ 知、是人則見 二 釈迦牟尼仏 一 、 如 下 従 二 仏 口 一 聞 中 此 経 典 上 。 『全集』 二 (一〇二頁) 「 勧 発 品 」 は、 普 賢 菩 薩 に 対 し て 仏 滅 後 の 五 濁 悪 世 に お ける『法華経』の流布とそれによる衆生救済を主眼に展開 している。この文は、釈迦仏が四法を教示した後、普賢菩 薩に 『法華経』 の実践を示す部分の記述である。ここでは、 受持・読誦等という同経の実践に伴う釈迦仏との見仏が示 されている。 「勧発品」はもとより、 『法華経』全体の展開 からすれば、この箇所は見仏よりも『法華経』の実践・敷 衍に力点を据えていると言えるが、 「見仏」巻における、 おほよそ一切諸仏は、 見釈迦牟尼仏、 成釈迦牟尼仏するを、 成道作仏といふなり。…いまの此経典にむまれあふ、見釈 迦牟尼仏をよろこばざらんや。生値釈迦牟尼仏なり。身心 をはげまして受持・読誦・正憶念・修習・書写、是法華経 者、則見釈迦牟尼仏なるべし。 『全集』二(一〇二―一〇三頁) という説示からすれば、道元禅師の意識はむしろ「見釈迦 牟尼仏」にあると考え得る。ここに、一切諸仏を釈迦仏と 見定め、見仏の対象を釈迦仏と為す禅師の見解が明示され
道元禅師の見仏思想(清野) 一〇三 て い る の で あ る が、 「 い ま の 此 経 典 に む ま れ あ ふ …」 と 言 う部分からは『法華経』の実践を前提とした見仏成就の意 識を読み取ることができる。それが、経文を承けた提言で あることは弁えるべきであるが、ここに道元禅師における 『法華経』受容の意図の一端を察し得ると考える。言わば、 同経を「久遠の仏・一乗法を展開し、一切衆生にその実証 による仏道成就を認める釈迦仏主体の実践経典」として把 捉していることが推察されるのである。だからこそ、而今 における自己の行に重ねて『法華経』を引用するのではな かろうか。 ⑥の引用文は、 「分別品」 (大正九、 四五中) の経文である。 釈迦牟尼仏、告 二 大衆 一 言、若善男子善女人、聞 三 我説 二 寿命 長 遠 一 、 深 心 信 解、 則 為 見 下 仏 常 在 二 耆 闍 崛 山 一、 共 大 菩 薩・ 諸声聞衆圍遶説法 上 。又見 二 此裟婆世界、其地瑠璃、坦然平 正 一 。 『全集』 二 (一〇三頁) 「 分 別 品 」 は 前 半 と 後 半 に 分 か れ、 前 半 部 は「 涌 出 品 」 の後半、及び「寿量品」と併せて一品二半と称される本門 の正宗分である。一方、後半部では一品二半が主題とする 仏寿の無量性と一乗法の無窮性を承け、 特に「在世の四信」 と 「末後の五品」 が説かれる。この文は、 四信の第四で 『法 華経』を深く信じて正しい見方や思惟の方法を完成させる 「 深 信 観 成 」 を 説 く 中 の 一 文 で あ る。 こ こ で は、 正 宗 分 の 教説を前提として、仏が久遠実成であることを信じれば霊 山における仏の説法にまみえ得ることが示されている。つ ま り、 「 深 心 信 解 」 を 強 調 し つ つ、 諸 処 に お け る 聞 法 と 見 仏を説いているのである。この経文を引いて、 道元禅師は、 この深心といふは、裟婆世界なり。信解といふは、無廻避 処なり。…如来の神力・慈悲力、寿命長遠力、よく心を拈 じて信解せしめ、身を拈じて信解せしめ、尽界を拈じて信 解せしめ、仏祖を拈じて信解せしめ、諸法を拈じて信解せ しめ、実相を拈じて信解せしめ、皮肉骨髄を拈じて信解せ しめ、 生死去来を拈じて信解せしむるなり。これらの信解、 これ見仏なり。 『全集』二(一〇三―一〇四頁) と説示している。ここの、 「深心といふは、裟婆世界なり。 信解といふは、無廻避処なり」という記述からは、現実の 境界における「信解」を強調する意識が読み取れよう。言 わば、 而今の「信解」による見仏を説いているのであるが、 その対象を仏の神力 ・ 慈悲力 ・ 久遠の仏寿と定めつつ、身 ・ 心・尽界等の究尽を説いているところに、信の実践による 実証的な見仏の在り方が看取されるのである。 ⑦の引用文は 「寿量品」 (大正九、四三中) の経文である。 釈迦牟尼仏、告 二 大衆 一言、一心欲 レ 見 レ 仏、不 三 自惜 二 身命 一 、 時我及衆僧、倶出 二 霊鷲山 一 。 『全集』二(一〇四頁) この一文は、先述の通り「寿量品」における重頌の一行 である。ここでは、無量の仏寿を前提として、仏滅後の衆 生がひたすらに仏にまみえることを願い、身命を惜しまず
道元禅師の見仏思想(清野) 一〇四 に『法華経』を行ずれば、釈迦仏は衆僧と共に霊山に現れ ることが示されている。教説の要点は、仏の入滅に際して 恋慕・渇仰の心が生じた衆生を対象とし、不惜身命の『法 華経』の実践を条件として見仏の成就を保証していること である。ここで、特に注意すべきは、道元禅師がこの「一 心」を、 い ふ と こ ろ の 一 心 は、 凡 夫・ 二 乗 等 の い ふ 一 心 に あ ら ず、 見仏の一心なり。見仏の一心といふは、霊鷲山なり、及衆 僧なり。而今の箇箇、ひそかに欲見仏をもよほすは、霊鷲 山心をこらして欲見仏するなり。 『全集』二(一〇五頁) と解釈し、凡夫・二乗のような「ひたすらに」という意味 ではなく、 「見仏の一心」と定めている点である。 「寿量品」 の重頌では、 「一心欲見仏」の前に、 衆 見 二 我 滅 度 一 広 供 二 養 舎 利 一 咸 皆 懐 二 恋 慕 一 而 生 二 渇 仰 心 一 衆生既信伏 質直意柔軟 (大正九、四三中) という一行半の偈頌がある。禅師は、引用に当たってこの 部分を取り上げていない。 その意図は、 説示の焦点を 「一心」 に絞ると共に、後述する引用文⑪の「柔和質直者」によっ て『法華経』の引用を締め括ることを構想していたためと 考える。この経文と「見仏の一心」を重ねると、それは仏 に対する恋慕・渇仰等によって成熟された「質直にして柔 軟なる心」と考えられよう。更に、その直後の「見仏の一 心といふは、霊鷲山なり、及衆僧なり」という説示を踏ま えると、 釈迦仏、 或いはそれに同ずる心と理解し得る。 特に、 こ の 部 分 は、 「 法 華 転 法 華 」 巻 の「 一 心 欲 見 仏 は、 み づ か らなりとや参究する、他なりとや参究する。分身と成道せ しときあり、 全身と成道せしときあり」 ( 『全集』 二、 四九二頁) という説示に重なるのである。従って、 その 「一心」 は 「而 今 の 自 己 に お け る 質 直 柔 軟 な る 心 」 で あ る と 同 時 に、 「 霊 山会上における仏の心」と言い得るのであり、それを行ず る一瞬一瞬に霊山の釈迦仏と見仏が適うことを示している と考える。 ⑧の引用文は、 「宝塔品」 (大正九、 三四上) の経文である。 釈 迦 牟 尼 仏、 告 二 大 衆 一 言、 若 説 二 此 経 一 、 則 為 見 二 我、 多 宝 如来、 及諸化仏 一 。 『全集』 二 (一〇五頁) 先 述 の 通 り、 「 宝 塔 品 」 で は 三 変 土 田 に 続 い て 二 仏 並 坐 が示され、これによって釈迦仏・一乗法の真実性が顕示さ れた後に、仏滅後の娑婆国土における『法華経』弘経者の 召 募 が 行 わ れ る。 同 品 で は、 こ れ を 長 行 と 重 頌 で 説 く が、 この文は釈迦仏が『法華経』の弘経者を募る重頌の一行で ある。ここでは、同経の敷衍による釈迦仏・多宝仏・諸仏 との見仏が示されているが、道元禅師はこの経文を「寿量 品」 (大正九、 四三中) の、 我 常 住 二 於 此 一 以 二 諸 神 通 力 一 令 二 顛 倒 衆 生 雖 レ 近 而 不 一 レ 見 『全集』 二 (一〇五頁) という重頌を以て説いている。ここで、仏の常住性を背景
道元禅師の見仏思想(清野) 一〇五 とし、神通力によるその隠伏が示されていることからすれ ば、これは開近顕遠を端的に示した一行と言い得よう。説 示としてこの重頌が使用されていることから、禅師は仏の 常住性を前提としながらも、見仏の容易ならざることを暗 に説いていると考える。言わば、⑧の引用文とこの経文は 補完的に対応しているのである。そうであれば、 ここで 「寿 量品」を用いることにより、見仏の表裏が表顕されている とも考えられ、更にこれは次の引用を喚起する一文とも言 い得るのである。 ⑨の引用文は、 「神力品」 (大正九、 五二中) の経文である。 釈 迦 牟 尼 仏、 告 二 大 衆 一 言、 能 持 二 是 経 一 者、 則 為 已 見 レ 我、 亦見 二 多宝仏、及諸分身者 一 。 『全集』二(一〇五頁) 「神力品」 は、 仏滅後における 『法華経』 の弘経者 (菩薩) に対し、仏が種々の神変を示して同経の玄妙なる玲瓏さを 明 示 す る 一 品 で あ る。 同 品 は 長 行 と 重 頌 で 構 成 さ れ る が、 重頌の中に諸仏・諸菩薩を見る持経者の功徳を説く一行半 の偈頌がある。該当箇所の経文は、前半の一行が仏を見る 功徳、後半の半行が菩薩を見る功徳である。その前半部分 がこの引用文に当た る ) 11 ( 。従って、道元禅師は教説内容を的 確に読み解いた上で、引用を行っていると言える。この経 文 で は、 『 法 華 経 』 を 受 持 す る こ と に 焦 点 を 絞 り、 そ の 功 徳による見仏の成就を説いているが、 これに対する説示が、 もしおのづから持是経者あるは、すなはち見仏なり。はか りしりぬ、見仏すれば持経す。持経のもの、見仏のものな り。しかあればすなはち、乃至聞一偈一句受持するは、得 見釈迦牟尼仏なり、亦見多宝仏なり、見諸分身仏なり、伝 仏法蔵なり、 得仏正眼なり、 得見仏命なり、 得仏向上眼なり、 得仏頂潼眼なり、 得仏鼻孔なり。 『全集』 二 (一〇六頁) と、持経の重要性を基準としていることから、禅師は「神 力品」の教説を十分に踏まえていることが解る。ただ、そ の在り方については、見仏のみならず正法の伝法や仏正眼 の会得等を加味している状況が知られる。従って、持経は 而今の仏道を実証する要として意義付けられていると考え られるのである。 ⑩ の 引 用 文 は「 妙 荘 厳 王 品 」 ( 大 正 九、 六 〇 下 ) の 経 文 で ある。 雲雷音宿王華智仏、 告 二 妙 荘 厳 王 一 言、 大王当 レ 知、 善知識者、 是大因縁。所謂化導、令 レ 得 三 見 レ 仏発 二 阿耨多羅三藐三菩提 心 一 。 『全集』 二 (一〇六頁) 先 述 の 通 り、 「 妙 荘 厳 王 品 」 で は、 浄 眼・ 浄 蔵 と い う 二 子の勧奨によって父である妙荘厳王と母である浄徳が雲雷 音宿王華智仏にまみえ、三昧 ・ 授記を得ることが説かれる。 こ の 一 文 は、 妙 荘 厳 王 が 雲 雷 音 宿 王 華 智 仏 に ま み え た 際、 二 子 が 善 知 識 で あ り、 我 ( 妙 荘 厳 王 ) を 仏 に 導 く た め に 当 処に生じたと述べることに対し、同仏が「善哉」と王の言 葉 を 認 め る 部 分 の 経 文 で あ る。 こ こ で は、 衆 生 を 教 化 し、
道元禅師の見仏思想(清野) 一〇六 仏にまみえさせ、発心させる善知識は大因縁であると説か れている。この経文を以て、道元禅師は、 いまこの大会は、いまだむしろをまかず。…化導は見仏な り、見仏は発阿耨多羅三藐三菩提心なり。発菩提心は、見 仏の頭正尾正なり。 『全集』二(一〇六頁) と 説 示 し て い る。 即 ち、 『 法 華 経 』 に お け る 開 三 顕 一・ 開 近顕遠の展開を総合し、而今にも仏行である仏の説法が行 われていることを背景として、見仏と発心の同時現成を示 しているのである。この説示は、先述した「発菩提心」巻 の「この心をおこすよりのち、さらにそこばくの諸仏にあ ふたてまつり」という記述や、①の引用文に対する説示等 と重なろうが、例えば「行持上」巻の冒頭で「発心 ・ 修行 ・ 菩提 ・ 涅槃、 しばらくの間隙あらず、 行持道環なり」 ( 『全集』 一、 一四五頁) と説き示されるような行持道環の論理を考え れば、こうした発心の見仏は修証論に重ねて構想されてい ると考える。また、先に取り上げた「発無上心」巻の「一 発 菩 提 心 を 百 千 万 発 す る な り、 修 証 も ま た か く の ご と し 」 という記述を踏まえた上で、ここの「発菩提心は、見仏の 頭正尾正なり」という一文を解釈すれば、その見仏は、修 証に伴って久遠に生じ続ける一発心ごとに成就するものと 理解し得るのである。 ⑪ の 引 用 文 は、 再 び「 寿 量 品 」 ( 大 正 九、 四 三 下 ) の 経 文 である。 釈 迦 牟 尼 仏 言、 諸 有 修 二 功 徳 一 、 柔 和 質 直 者、 則 皆 見 二 我 身 在 レ 此而説 一 レ 法。 『全集』 二 (一〇六頁) ここでは、あらゆる功徳を修めた柔和にして質直なる者 が霊山の釈迦仏、及びその説法にまみえ得ることが説かれ ている。これが、⑦の「一心欲見仏…」という引用文と結 ばれることは推して知られよう。先述の通り、そこでは直 前の 「質直意柔軟」 という一句は引用されていなかったが、 説示の展開を見ると、道元禅師はその点を十分に踏まえて いることが推察される。 ここでは、 「質直意柔軟」 と結ばれる 「柔和質直者」 が見仏 ・ 聞 法 ( 見 法 ) の 前 提 条 件 と し て 位 置 付 け ら れ て い る。 こ の 経文に対し、禅師は、 あ ら ゆ る 功 徳 と 称 す る は、 拕 泥 帯 水 な り、 随 波 逐 浪 な り。 これを修するを、 吾亦如是、 汝亦如是の柔和質直者といふ。 これを泥裏に見仏しきたり、波心に見仏しきたる、在此而 説法にあづかる。 『全集』二(一〇七頁) と説いている。ここでは 「功徳」 を 「拕泥帯水」 「随波逐浪」 と示し、而今における仏の説法教化と規定している。それ を背景に、 その功徳を修するものを「柔和質直者」と定め、 而今における見仏の成就を立言しつつ、常に仏の教化を受 けている自己の在り方を示している。ここに、常恒に敷衍 する仏化を前提として、修証の当体に見仏を見出す道元禅 師の認識が表れていると言えよう。