◎書 評
本書を読み進めながら︑不思議な感覚にとらわれた︒有数のプロパーがそれぞれ多岐に亘る研究メソッドや分析の視点を駆使し︑本書名に冠された的確かつ魅力的なフレーズ││「時間のプリズム」が放つ叙事の拡散に斬り込んでいく︑という侯孝賢の「フィルム読解」論集でありながら︑読み手に更なる思考の拡がりを求めてくる︒だが︑各論考により現われた思考の拡がりは︑ある「収束点」へと帰着していくように感じられる︒これは侯孝賢のフィルムが一種の“引力”を有しており︑論者︑読者諸共にその“引力”に惹き込まれる現象だろうか︒先に白状するが︑私は『憂鬱な楽園』鑑賞以来︑侯孝賢映画の“引力”から一たび逸脱した者である︒本書に触れ︑侯孝賢の“引力圏”に再度進み入ることによって生じた感慨や思考を︑この書評を借りて記録しておきたいと思う︒
以下︑各論考の概要と︑評者の印象を極々簡潔に記しておく︒
収束点へと拡散する思考
── 『 侯孝賢の詩学と時間のプリズム 』 書評
あるむ/2012年1月/266頁/2625円
好並 晶
朱天文、沈従文との〈めぐりあい〉
──侯孝賢の自伝映画
葉月瑜、
ダレル・ウィリアム・デイヴィス
侯孝賢をめぐる論述には過去三種のアプローチ││国外で行われた東洋/西洋二元論︑国内で展開された台湾政治文化論︑作品に見る詩的言語論││が見られた︒本論はこの侯孝賢研究史の延長線上に新しい言説を見出すことを求め︑二人の作家との出会いに注目する︒先ず︑侯孝賢が自作を流動的かつ弾力性あるテクストへと転換する「自伝的叙事」を成熟させるには︑作家・朱天文との邂逅が不可欠であった︒歴史価値の転換と文化系譜の見直しが求められた八〇年代初期に︑朱天文は国民党軍人家庭の住居となる「眷村」を舞台とした自伝的創作を発表する︒台湾客家の田園を描き表層的な本土主義を描いていた侯孝賢は︑朱天文との合作により厚みのある観点を獲得した︒もう一人︑侯孝賢が出会ったのは沈従文である︒台湾新電影の旗手たちが標 榜する西洋映画理論に触れ︑混乱状態に陥った侯孝賢が朱天文から受け取ったのが『沈従文自伝』である︒郷土小説家でありながら事物に対する冷厳な観察者でもあった沈従文は︑侯孝賢映画の主人公たちに傍観者としての「沈黙」と「凝視」を与えた︒これが︑残酷なる出来事も全て生命の歴程=「自然の法則」として尊重する︑という侯孝賢の創作思想の礎となった︒侯孝賢研究史を総括し︑尚且つ『恋恋風塵』までの侯孝賢初期作品の成熟プロセスに欠かせない存在を指摘する本論は︑侯孝賢映画のみならず︑八〇年代台湾文芸全体のうねりを概観してみせる︒
侯孝賢が台湾百年史映画を創るとき
──『百年恋歌』における歴史の記憶
藤井省三
侯孝賢二〇〇五年作品『百年恋歌』はなぜ一九六六年/一九一一年/二〇〇五年の時代を舞台に択んだかを説く概論である︒第一幕「恋の夢」では二浪する大学受験生とビリヤード場のスコアホステ スとの淡い恋を描いている︒本節では台湾におけるビリヤードの歴史やスコアホステスの「期間労働者」性が紹介されており興味深い︒なぜ一九六六年か︑との問いについては︑侯孝賢と蓮實重彥氏との対談から︑日本の援助とベトナム戦特需で経済成長を始めた旧国民党統治期の︑束の間の安定期であったことを指摘する︒第二幕「自由の夢」は︑上流階級の青年と妓女の束の間の恋を描いているが︑論者は一八九五年以降に展開された台湾人の対日抵抗運動の歴史を繙き︑大陸では清朝崩壊期であった一九一一年が︑台湾では日本統治前半期の「折返し地点」とみなす︒また︑辮髪を結った青年のモデルが台湾民権運動に身を投じた林献堂であり︑解放と自由恋愛の間で悩む知識人としての彼を侯孝賢は描こうとしたと見做す︒最後の「青春の夢」については︑論者は先ず中国との経済的緊密化に伴い台湾のアイデンティティが揺らぐさまを︑「台湾独立」か「一つの中国」かを尋ねるアンケートを基に浮き彫りにする︒劇中の男女の不安定な恋は︑
台中関係の中でアイデンティティが揺らぐ台湾の二〇〇五年を象徴していると述べる︒大陸︑台湾両者にとっての一九六六年/一九一一年のコントラストを明快に開示する論であり︑二〇〇五年の不安定な現代台湾をトイカメラ“Lomo”に喩える視点も興味深いが︑この点については末尾で改めて触れたい︒
侯孝賢の『悲情城市』
──国内外の文化大使
ジェームズ・アデン
一九八九年︑台湾が国際政治力の弱さを経済力で補う状況の中にあって︑侯孝賢の代表作『悲情城市』がヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を獲得することにより︑本作は「文化大使」としての役割を持った︒国際的には︑「台湾」の名で映画出品ができずにいた経緯を経て︑中華民国としてはじめて文化外交上の突破口を開いた事象としての功績が大きい︒それに牽引されるように国内での人気を博した本作は︑歴史的総括もできず︑また八九年末に総選挙を控える国民党にとっ て禁忌であった「二・二八事件」の傷跡を民間に再認識させた︒それは直截的ではなく︑上映禁止措置を回避する侯孝賢独自の曖昧な叙事方法と表現形式によってこそ成し得た功績だ︑と論者は述べる︒アジアニューシネマ群が「国際映画祭受賞」を競り合っていた時代を懐かしく思い出すと共に︑ヴェネチアやカンヌ︑ベルリンの映画祭の開催発端が「政治的パフォーマンス」の応酬にあり︑映画が「外交的道具」であったことを改めて認識させられる︒
二十年後から『悲情城市』再考
──音声・映像・時間・空間
陳儒修
前章のJ・アデンの論考が『悲情城市』公開当時の政治文化的見取り図だとするならば︑本論は歴史的テクストとして扱われがちな『悲情城市』を︑現代の視点から美学テクストとして再分析するスタンスを採る︒論者は本作に対する多元文化的研究を縷々紹介して分析素地を敷いた後に︑「女性の声・男性の映像」 の節において︑本作の音声を主導しているのが寛美という女性のナレーションであり︑他の音声を凌駕して寛美の周囲観察のありさまを浮き彫りにする点に着目する︒それに対し︑周囲状況を「目で見る」方法で理解しようとするが︑幻の映像しか見出せず落胆する男性の姿を立ち上らせる︒本作のラストが︑「文清」にとっての「家族団欒」という「幻影」だとする論者の指摘は︑一見曖昧なラストシーンを︑本作を貫くテーマに対する明確な帰結点と解釈する一作法を与えてくれている︒「歴史の時間・個人の空間」の節では︑本作の叙述時間が直線で進行せず︑公的歴史事件と個の生活体験をジグザグに進行する形を採っている点を切り口に︑侯孝賢の映像空間表現である「空ショット」が前後二ショットを繋ぐことにより各ショットの余韻を有機的に結ぶと指摘する︒それは小津安二郎の作法と異なり︑個人と時代を結びつける侯孝賢独自の時空感覚を形成している︑と結論する︒「空ショット」を九箇所摘出し︑分析を加えるその手法は極めて緻密
であるが︑個人は「歴史の巨大な流れから逃れられない」︵八九頁︶という前提の上で分析が進められている所為か︑鮮明さは「女性の声・男性の映像」に勝らないように感じられる︒
パリの長境頭
──侯孝賢と『レッド・バルーン』
張小虹
本論は︑バザンやミザンセンに敷衍した「従来のロングテイク論を覆し︑侯孝賢映画の軌跡にふさわしい」︵九七頁︶新解釈を試みる論考である︒論題の“長境頭”とは「ロングテイク」の中国語訳“長鏡頭”からの造語であり︑“鏡 shot頭”への執着を棄て︑“情 milieu境”││環境より開放的かつ空間と時間を想像する多義性を持つ単位││を連ねた“長境頭”こそが侯孝賢作品解釈の関鍵だと定義する︒この“情境”は侯孝賢が主体となって映画の舞台を如何にコード変換し︑「自然の法則にもとづいた人々の活動」︵一〇四頁︶を如何に表現するかを把握するために不可欠なものとする︒論者はこの“長 境頭”理論を用いて『レッド・バルーン』に描かれる日常生活を「微分」し︑街角のカフェのロングテイクを外在/内在の“情境”にコード変換する結果「光と影がまたたく︑多層的で生き生きとし︑軽やかで無重力感のパリの街角」︵一〇八頁︶が表現されると論じる︒また︑通行人の「ミスショット」が「自然法則に基づいた人々の活動」を視覚化している点をも発見する︒次に論者は︑主人公たちが棲むアパルトマンの空間に目を向け︑色調のリズムや︑私的/公的環境の結合を分析し︑その上にトランスアート化した「レッド・バルーン」の自由自在な現出により︑流動し変形し続ける「軽やかな」パリを創出すると述べる︒最終節では︑エキゾチズムに偏向したためパリを捉え切れなかったとの批判の起点となった『レッド・バルーン』の「布袋戯」登場場面を︑グローバル化映像時代の“情境”コード変換で捉え直す試みがなされている︒本場面では︑登場人物による台湾語/フランス語翻訳という文化コード変換︑人形劇の舞台上/下とい う舞台の“情境”変換︑男性の福佬語/女性のフランス語という音声コード変換が抽出可能であり︑その精査により「文化の“現地化”の地域的隔たりを強調しつつも︑同時にトランス‒カルチャーの歴史的情動を感知」︵一二一頁︶し得るとする︒これにより︑多重都市パリの創造的な「転換」と︑日常生活の“情境”の「流動」を捉えたところに本作の成功点があると結論付けている︒本論は︑『レッド・バルーン』の分析を既存の美学論から「逃走」︵九三︑一二二頁︶させるところに力点が置かれている︒その文体は非常に晦渋であり解読に労を要するが︑「モダニティ」とは「多層構造が領土化した動態」として現れるのであり︑伝統/現代の二項対立や東/西洋間の文化交流にあるのではない︑という叙述︵一二二頁︶に張小虹氏の基本スタンスが仄見えて興味深い︒ただそれを『レッド・バルーン』解読に援用する際︑「指人形」と「棒使い人形」の発祥に触れて本作批判への反証とする点には若干の違和感を覚える︒多層の文化「褶曲」コードをこ
こに見出すならば︑芸能の考古学領域にまで踏み込む必要があろう︒
侯孝賢の「記憶」との対話
──『珈琲時光』
ミツヨ・ワダ・マルシアーノ
論者は『珈琲時光』を題材に︑台湾人たる侯孝賢が「日本映画」を撮ったという矛盾が︑観る者の分析を「誘う」力となり得ている点に注目し︑この矛盾を可能にしたのが「記憶」であると定義する︒第二節「地図の記憶」では︑地図を頼りに風景ショットを構築︑登場人物を風景と混在する「気配」として描く侯孝賢の技巧によって観る者が「日常記憶」を惹起し︑その「記憶」が本作に内在する「歴史」や「物語」とも呼応した結果︑映像が多層の時空間を交差する記憶群の表象として現出する︑と分析する︒第三節「音の記憶」では︑登場人物の肇と陽子が聴く音楽家江文也のCD音楽が︑陽子にとっての「意識経過の内在的時間」︵フッサール︶として表現され︑江文也が存在した事実の「記憶」︑陽子 自身の私的物語としての「記憶」︑更には江文也の家人から聞く彼に関する「記憶」を交差させていくと解読し︑陽子はその「記憶」の媒介者となって観る者を「過去」へと誘う︑と分析する︒本論からは︑侯孝賢映画に導かれていく「映画研究者」という名の「詩人」が︑「過去」への誘いに身を委ねたゆたうさまが立ち上るようで︑読み手側さえも過去の交差点に思いを馳せたくなる︒また︑「結びにかえて」の末尾に述べる小津安二郎作品『東京物語』と『珈琲時光』との類似というコミカルな語りによる指摘は︑『珈琲時光』の魅力の本質︵時代錯誤のズレこそ小津映画という「記憶」との対話︶を突いたものであろう︒
時の鳥瞰──侯孝賢映画の時間性
盧非易
写真は空間を平面に展開し︑鳥瞰的視点で認識されるものであるが︑映画は時間により展開される︒しかし侯孝賢の映画作品を鑑賞する際「鳥瞰的視点」が不可欠だ︑と本論は説き始める︒論者はこ こで『百年恋歌』の第二幕「自由の夢」を例示して十三場面に分解︑「ストーリーライン」︵S・フィールド︶における典型的な感情起伏と比較し︑「自由の夢」の起伏が低く平坦であることを立証する︒この感情の抑制により︑ストーリーはそれを時間的に前進させるプロットの因果関係や語りの順序を失う︒これは︑出来事が起きる前の状況過程や事後の影響を重視し︑出来事自身の描写を省略・抑制するという侯孝賢の創作姿勢によるものであり︑観衆はしたがって時間の中に留まり︑時間の切れ端=写真を観察することが可能になる︒こうして観衆は「鳥瞰的視点」を獲得するに至る︒ならば「時間」を失い︑「鳥瞰的視点」を得た映画が語るものは何かというと︑人生の些細な事の積み重ねと︑人物の平凡なくらしの中の共鳴︑人としての微かな共通点だと結論づけている︒本論中に反復される「人生を鳥瞰し︑世事を全体的にとらえられてこそ︑人生を完全に理解することができる」という文言が︑侯孝賢作品鑑賞における「鳥瞰」の優位性を
力説する︒朱天文の言︵一八五頁︶のように︑本論も読み手の想像力を「放射状」に拡げてくれるが︑映画を「鳥瞰」する能力は「変わらない暮らしの中にある人情や世故を捉える」︵一八六頁︶ため︑という意外にも身近な終点に辿り着く︒『百年恋歌』「自由の夢」の恰好な手引書であるに違いないが︑映画を「鳥瞰」する︑というダイナミクスをもう少し堪能したい︒
以上の七篇の論考の後に︑愛知芸術文化センターで行われたシンポジウム記録「侯孝賢の詩学と時間のプリズム」と︑関西学院大学で行われた侯孝賢・朱天文講演会記録「私の映画人生/私と侯孝賢映画」が掲載されており︑貴重な談話録となっている︒侯孝賢映画は美学・哲学領域にまで渉り︑複雑な思考を要求する︒が︑シンポの壇上で話す侯孝賢は平易な語り口で話し︑「話すのは本当に苦手」︵二二一頁︶と衒わない姿からは彼の人となりが見えて微笑ましい︒また︑朱天文は侯孝賢との関係を︑「独り言の 反響板」︵二〇六頁︶と比喩し︑彼らの映画創作過程をリアリティをもって再現している︒リアリティといえば︑『珈琲時光』の列車内場面を「盗み撮り」するリアルな撮影現場の紹介は︑出来上がった映像が「多層の時空間を交差する複数の記憶の表象」︵一四〇頁︶である分︑その「ズレ」が際立って興味深い︒そしてこの侯孝賢の撮影状況説明が︑「台湾と日本との関係について如何なる考えを持っているか」という問いに対する回答であるという二重の「ズレ」を生じさせ︑侯孝賢が持つ思考の多重性を尚更身近に感じさせる︒ さて︑冒頭に述べた「収束点」についてだが︑それは侯孝賢を評する朱天文の文言に他ならない︒例えば︑やや難解であった“長境頭”論と映画「鳥瞰」論が︑各々朱天文の評論を引用して分析作業の着地点とするところ︵一一六︑一八五頁︶からそれが見える︒まるで侯孝賢の「反響板」役である朱天文の審美眼の正確さを︑より多岐に亘る思考で裏打ちするかのようだ︒ が︑その多岐に亘る思考は︑読者の映像への想像力を否応にも掻き立てる︒盧非易氏が行なった『百年恋歌』「自由の夢」の場面解説に沿って映像を確認すると︑芸妓が義妹に心構えを「話しているうちに思わず義妹の手をとる」︵第七場面︑一六〇頁︶あとに︑フレームアウトした主人公の女の袖が彼女の顔の辺りまで上がっていくのを僅かに目視することができる︒それが「思わず義妹の手をとる」彼女の感情の高まりならば︑袖の動きは彼女の涙を示唆するのか︑涙ならばそれは義妹と離れることへの寂寞か︑それとも遊郭に残り続ける自身への憐憫か︒沈黙の中に人生の機微を捉える思考は玉突き状に異なる思考を生み︑映っていない箇所に何かを読み取ろうとする「洞察」への興味を惹き起こすのである︒
その「洞察」への興味をあと少し延伸して本書評のむすびとしよう︒藤井省三氏が︑二〇〇五年の台湾は︑中国大陸との関係の中で自我が揺らぐ二〇〇五年台湾を解読する時︑トイカメラ“Lomo”を比喩アイテムに挙げているが︑藤井
氏が引用する通り︑二〇〇五年時点の“Lomo”はまだ鳳凰光学儀器公司のOEM機「LC-A+」型ではないので︑「不安定な画像を特徴とする中国製カメラ」︵五八頁︶にはあたらない︒ならば︑不安定な台湾を表象した男女の恋を比喩するアイテムとは何か︑と言えば︑彼らがタンデムするバイクであろう︒バイクで想起するのは︑『憂鬱な楽園』の約三分に及ぶバイク走行シークエンスだ︒根無し草のようにバイクを駆る若者たちを冷淡に「観察」する視線は︑突き放そうとしながらも何処かで彼らに「寄り添う」ような距離感を保っている︒それに対し︑『百年恋歌』「青春の夢」の視線は︑疾走する二人のバイクを背後から懸命に追いすがり︑タクシー越しに彼らの実像を捉えるや否や︑バイクは加速して見えない場所へと消えていく︒自己を繋ぎとめる人間関係を失くした者同士が危うく不安定な恋にすがるという現代に「寄り添」えない視線が︑ここに投げ掛けられているだろう︒疾走しなければ倒れてしまう単車こそ︑現代台湾表象のアイテム である︒ 繰り返しになるが︑評者は侯孝賢の“引力”に一度放擲された者であり︑本書の評を書くには凡そ相応しくない︒が︑この書に耽溺することで︑嘗て自分が『悲情城市』に魅了されたのを機に︑侯孝賢の「自伝的映画」群へと逆走して︑その儚く清爽な映像に揺らぎに似た感銘を抱いたことを鮮明に思い出した︒今回︑この収束点へと拡散していく侯孝賢論集の“引力”に惹かれた僥倖に感謝しつつ︑侯孝賢八〇年代作品集DVDボックスに手銭を擲つこととしよう︒