目 次
序
第1節 医療における労働移転
1.医療費の高騰と
DRG
の導入2.病院利用の減少と在宅ケアの増加
3.セルフケア化の要因と条件
第2節 病院労働の変化
1.看護労働者の序列と職務内容
2.「職務統合」
3.非正規労働者化と新たな階層化
4.失業と労働低質化
序
前稿(鈴木
, 2
004)では,労働移転をアメリカのスーパーマーケットにおけるセルフサービス化 の事例にそくして検討し,セルフ化の原因,条件,結果についていくつかの結論を提示した。本稿 ではひきつづきノーナ・グレイザー『女性の有償労働と無償労働』(Glazer, 1993)に依拠して,労 働移転をアメリカの医療労働の事例について検討してみたい。医療における労働移転はセルフケア化のかたちをとった。すなわち,それまで病院看護師を中心 におこなわれていた有償のケア労働が患者の側に移転されて,患者やその介護人が,おもに自宅を 中心に無償のケア労働をおこなうというかたちをとる。
本稿の関心は,前稿と同じく,接客サービス労働の統制構造の観点から労働移転がはらむ問題を とらえることにある。すなわち,労働移転の要因,実現条件,諸結果にたいし,接客サービスの統 制構造がどのように作用し,あるいは逆に,この独自な統制構造が労働移転によってどのような影 響をこうむったかという点にある。すでに前稿で小売業の事例を考察しているので,本稿では,2 つの事例を比較対照しながら,労働移転を検討することができる。
本稿をつぎの順序で展開する。第1節では,アメリカの医療産業における労働移転が開始された
労働移転 ― 病院における経験 ―
鈴 木 和 雄
第3節 在宅介護労働 1.新たな三極構造の形成 2.在宅介護の困難 3.介護労働の強化 第4節 検討
1.労働移転の要因と条件 2.三極構造の残存と形成 3.失業をめぐる対立 4.労働低質化 結 論
背景と,医療産業における労働移転の条件を考察する。第2節では,医療労働のセルフケア化がは じまったとき,病院内の看護労働者にいかなる影響が現われたかを検討する。第3節では労働移転 が,移転先の患者の家庭で在宅介護労働にいかなる問題をうんだかを論じる。第4節では小売と医 療における2つの労働移転を比較しつつ,労働移転の問題を全般的に考察し,結論でかんたんなま とめをおこなう。
第1節 医療における労働移転
まず,医療における労働移転がはじまった経緯をみておかなくてはならない。労働移転が開始さ れた要因を中心に考察しよう。
1.医療費の高騰と
DRG
の導入[1]アメリカでは1970年代以来,医療費高騰が問題になり,「マネジドケア」(後述)の試みがは じまる。とくに公的医療保険であるメディケアとメディケイドのコストを抑制するために,1985年 以降,これらの公的保険が出来高払い方式から
DRG
(後述)にもとづく一括払い方式に転換された。これが病院の入院患者の早期退院や,外来患者化や,在宅介護化を増加させる。こうして病院の ケア労働の患者への移転が生じた。かつて病院で賃金労働者がおこなっていたケア労働が,患者本 人や家族介護人がおこなう在宅ケア労働に転換された。この労働移転は,小売のセルフサービス化 よりも複雑で危険をともなった。複雑というのは,在宅ケアには在宅ケア代行業者から派遣される 看護師や看護補助労働者が介在したからであり,危険というのは,在宅ケアが患者の生命にかか わっていたからである。
[2]他の諸国と同じくアメリカの医療保険制度もたいへん複雑であるが,本稿の展開とかかわる かぎりでふれておく必要がある。よく知られているように,アメリカには全国民をカバーする公的 医療保障が存在しない。公的医療保障には,65歳以上の高齢者と一定の障害者を対象とする連邦政 府のメディケアと,州政府が実施し連邦政府が補助金を出す低所得者対象のメディケイドしかな い。民間の医療保険は大不況期まではまれで,ブルークロス・ブルーシールドと呼ばれる非営利保 険しかなかったが,労働組合が第二次大戦中の賃金凍結を補う付加報酬として民間保険加入を勝ち 取ったので,1960年までに民間医療保険が被用者の60%以上をカバーするようになる。民間保険で は一般に,各企業が民間保険会社数社と契約し,被用者はそこから一社を選んで加入する。被用者 は保険をつうじて自分と扶養者のケアを受ける(Glazer , 1993
: 1
15-
116;
西田 ,1999:
40;
西村 , 2003;
広井 , 2003)1)。
1)ただし90年代のアメリカでは,無保険者は4
,
000万人いたという(西田 , 1999: 4
1;
広井 , 1999:
4)。公的医療保障は以上のように貧弱であるが,それでもこれが整備された結果,医療産業はもうか る投資先となった。高額の政府医療支出(連邦,州,地方)と,政府の第三者的支払い保証が存在 するようになったからである2)。
メディケイドとメディケアはともに1965年に成立したが,これらの開始後すぐに,医療費高騰が 問題となる。60年代にジョンソン大統領は議会に医療コスト抑制をもとめ,ニクソン大統領は医師 手数料の上限を定めた。80年代のブッシュ政権はコスト抑制のために,HMO(後述)を中心とした コスト管理方式である「マネジドケア」を試み,クリントン政権も国民皆保険とともに医療保険コ スト抑制を政策目標とした(藤田 , 1999
:
26-
27;
砂田 , 2003; Glazer,
1993:
116)。この「マネジドケ ア」のメディケアとメディケイドへの適用が労働移転をうみだすことになる。[3]「マネジドケア」は3つの内容からなる。(1)予防・健康増進の医療保険への取り込み,(2)
出来高制ではなく定額制の医療費支払い,(3)医療内容への第三者(保険者)の介入,である。(1)
をめざす
HMO
からみよう。1970年代から急増するHMO(Health Maintenance Organization,
健康維持組織)とは,保険会社,病院,ブルークロス・ブルーシールドなどが経営主体となって,
医療保険と医療サービスをセットにして提供する組織である。HMO は医師を雇用したり,医師グ ループと契約を結んで医療サービスを提供する。企業は
HMO
の利用によって被用者医療保険の高 コストを回避する(西田 , 1999:
33;
広井 , 2003)。というのはHMO
では,医療保険のカバー範囲に よって企業負担が変わるような医療給付メニューが用意され,被用者はこのカフェテリアプランの 中から医療給付を選択するので,HMO
を利用すれば企業は負担額を定めることができるからである。HMO
に似た組織として,企業に医療費割引を約束するPPO(Prefered Provider Organization)
があり,このばあい企業は
PPO
が提供する医療のコストの全部か大半を保険会社をつうじて支払 う。HMOやPPO
がマネジドケア組織をなし,メディケイドやメディケアといった公的保険も,こ れらマネジドケア組織をつうじて医療を提供するのである(西田 ,1999 : 46-48)。「マネジドケア」の核心は(2)にある。すなわち,出来高払い方式(retrospective,fee-for-service
system)から一括払い定額方式(prospective payment system ; PPS)への転換である。従来の
出来高払い方式では,保険会社は病室や食事,薬や医療品,看護など保険が認める診療費をすべて2)
1
929年には民間医療支出は全医療支出の86%であり,政府支出は14%でしかなかった。その後,民間支出の 低下と政府支出の上昇が続き,1984年に後者は40%となった。これは政府による第三者的支払保証をとも なった。第三者的支払人とは,(1)連邦政府,(2)州政府,(3)HMO
(後述)のような非営利保険業者,である。これらがメディケア・メディケイド患者にかんする請求書を監査し,支払い額を決める。政府医療支出と 第三者的支払い保証とは医療産業をもうかる投資先にした。投資先は1960年代に医薬品のほかに医療・手 術器具と医療・保健サービスに広がり,73年に在宅ケアがつけくわわった(Glazer,1993
: 1
22-
124)。いまや 医療は「1兆ドル産業」であり,「従業員数でいっても製造業と小売業に次ぐ第三の産業規模であって50万 人の開業医,300万人の看護婦と補助技術者と5500の病院を擁している」(藤田,
1999: 2
6)。支払ったので,病院には患者を長期入院させ,高価な設備や薬やサービスを提供するインセンティ ブがあった。だが一括払い定額方式では,じっさいにかかった診療費にかかわらず,診断関連グ ループ(diagnosis-related Groups ; DRGs)が指定した医療行為に一定額の診療費しか支払われな い3)。このようにして
DRG
では,(3)医療内容に第三者(保険者)が介入することになる。DRG
を説明しよう。DRGとは,病名を460以上の診断名グループに分類したうえで,患者を診断名ごとに区分し,医療費を患者別ではなく疾患別に支払う医療費のパッケージ化システムである。
病院は,診断名のそれぞれの均一料金にもとづいて保険会社から,メディケアとメディケイドのば あいは政府から,一括した払い戻しを受ける。DRG料金は,患者が病院を利用しようとしまいと同 一である。だから病院にとっては,患者が早く退院すればするほどそれだけもうかる。患者が退院 して外来クリニックや自宅で治療するとしても,それは
DRG
料金にははいらず別に支払われる。そこで
DRG
のもとでは,患者の入院期間が短いほど病院は金を節約できるので,早期退院が誘発 される(Glazer,1993:
110-
1121,
39)。当初は予防を含む包括的医療給付をうたっていたHMO
も,じつは,DRG導入による医療コスト引き下げに,そのねらいがあった。
1980年代に,DRGにもとづくマネジドケアが,メディケアとメディケイド患者に適用される。
1980年の「包括的予算調整法
Omnibus Budget Reconciliation Act」は,在宅介護サービスの即
時利用を認めて入院に代替させ,営利機関がメディケアとメディケイドの患者をあつかうことを認 めた。また82年の「租税公平および財政責任法the Tax Equity and Fiscal Responsibility Act」
は,病院によるメディケアとメディケイド患者への一括払い制度を認めた。DRG導入によって,病 院利用の低下と在宅ケアが増加する(Glazer , 1993
: 1
10)。2.病院利用の減少と在宅ケアの増加
[1]当初はメディケアとメディケイドは病院利用を増加させたが,保険制度への
DRG
導入(1983 年)は,患者の病院利用(頻度と在院期間)の減少と在宅ケアの増加をもたらした。メディケア患 者の入院は,1970年の10,
00人の登録者あたり302人から84年の381人のピークに達したが,DRG導 入とともに85年の352人,87年の330人に減少した。平均在院期間も1970年の130日から8.
5年の86.
1 日に短縮した。重病ケアのための病院利用率も低下した。467の病院のサンプルからとったデータ では,在院期間は1980年の177日から8.
5年の129日に減少し,退院して在宅ケアに移るメディケア患.
者数は倍化した。そこで「quicker and sicker」と呼ばれる現象がおこった。患者は「以前よりも 早く」,また「以前の退院時よりも重症の状態で」,退院するのである(Glazer ,1993: 1
261,
30,
147)4)。DRG
によって「脱病院化」(Hill , 1995: 1
27)がおこった。3)このため
DRG
方式は,DRG/PPS方式とも呼ばれる。4)米国病院協会が実施した調査でも,マネジドケアが医療へのアクセスを制限し,質を低下させ,患者の犠牲 で医療費を抑制しているという患者の不満が確認されている(西田 ,1999
: 2
4)。病院利用の減少に対応して,メディケアとメディケイド患者の在宅介護サービスの利用は,1965
-
1983年に5倍にふえた。とくに1980年の「包括的予算調整法」以後は,1,
000人のメディケア登録者 あたりの利用は80年の27人から83年の45人に増加した。DRG は病院利用をへらし,外来ケアと在 宅ケアを増加させた(Glazer ,1993: 1
261,
28-
129)。こうしてケア労働は病院から家族に移転された。逆にいえば,労働移転が
DRG
方式を支えたの である。グレイザーのいうように,DRG 方式は診断分類の標準化とケア労働を患者に押しつける という意味で,まさに製造業における製品標準化と,サービス業における顧客労働の利用とを結合 するものだった(Glazer ,1993: 2
7,
111)。[2]在宅ケアの増加をみておこう。メディケアとメディケイドの初期には,患者は自己ケアでき るまで在院したのちに在宅ケアに回された。だがいまや短期在院のために,病状が不安定な患者さ え在宅ケアに回される。またかつて病院でなされていた膝の手術や白内障手術は,外来クリニック でおこなわれる。美容整形,扁桃摘出,膀胱括約筋手術,嚢胞腫切除,ヘルニア修復も外来患者あ つかいである(Glazer ,1993
:
156-
157)。DRG導入後には,退院して在宅介護代行業者にむかう患者は2倍になった。1985年には,以前の 3年間と比べると153%の増加率だった。退院後に在宅ケアにむかう5つの
DRG(発作,肺疾患,
心不全とショック,大きな関節処置,股関節・大腿骨の処置)のメディケア患者も同じく増加した。
85年には,この種の患者の半分以上(531%)
.
がリハビリ病院に,かなりの数の患者(222%).
が在宅介護 サー ビスに回された。だが短期入院のために完全に治癒しないまま,あるいは病状が不安定なまま患者 が退院するので,患者の死亡率が高まり,再入院の可能性が高くなった(Glazer , 1993: 1
57-
158)5)。
3.セルフケア化の要因と条件
[1]こうしてセルフケア化が強要された。セルフケア化の要因と条件を考察しよう。セルフケア 化の要因は,民間保険では
HMO
における一括払い定額料金制であり,公的保険制度(メディケア とメディケイド)でもDRG
導入にもとづく一括払い定額料金制だった。いずれのばあいも,医療 費高騰にたいする民間企業と国家の対応がその要因だった。小売業の労働移転も労働コスト引き下げをめざして開始されたが,異なっていたのは,医療産業
5)現代世界のマクドナルド化を主張するリッツアは,マネジドケアにおける合理化過程を指摘する。「…専門職 もマク ドナルド化を免れているわけではない兆候をみてと る ことができる。たとえ ば 医療において,『管理された ケア』が劇的に増加してきたことによって,外科医たちはより効率的に手術を行い,その行為をより計算可 能で予測可能なものにし,人間によらない技術体系の制御を強める方向に向かっている」(リッツア,2001
:
96-
97)と。他方で彼は,ウェーバーにならって,マクドナルド化の合理性には非合理性がともなうと強調する(リッツァ , 2001
: 1
91以下をみよ)。この主張はマネジドケアにも妥当する。DRGによって手術が効率的で「より計算可能なもの」となるとしても,再入院などの予測不可能な非合理性をたえずともなうからである。
では(1)民間企業ばかりでなく国家も積極的に労働移転を推し進めた主体であったこと,また(2)
医療費高騰から利益を得た民間企業も存在したことである。(1)については,労働移転によって企 業ではなく国家が無償労働を領有するケースがあることは注目しておくべきである。つまり労働移 転には,それの実施主体の点で,大きくは,①民間営利企業型と,②政府(中央・州・地方)型と がある6)。
(2)では,資本間の利害分裂が重要である。医療費上昇は,民間保険をつうじて民間企業の負担 を,またメディケアやメディケイドでは納税者の負担を高める7)。だから第1に,民間保険をめぐっ て保険を販売する会社と購入する会社との利害対立がある。第2に,医療費上昇は民間企業と納税 者の負担を増加させるが,医療関連企業の利潤を高める。最大の利益を得るのは医薬品・ハイテク 設備・医療器具の製造業者であり,小さな利益を得るのは保健労働者,医師,器具販売業者,補助 員,建設労働者である。また医療費抑制のために在宅ケアがふえれば,在宅介護代行業者の利潤獲 得機会が高まる (Glazer,1993
:
115,
124,
213-
214)。だから医療費上昇とその抑制をめぐっては,民間 企業間の,また医療関連企業と納税者との利害の分裂があり,これも,スーパーマーケット,チェー ン店,独立店の対立がセルフ化以後は消失した小売業ではみられなかった事情である。医療産業で は,労働移転は,一枚岩的な企業利益にそっておこなわれたわけではない。[2]医療の労働移転の実現条件としては,まず在宅介護代行業者の存在をあげなければならない が,これはのちにみることにし,ここでは(1)イデオロギー,(2)在宅医療テクノロジー,(3)大量 生産体制,をとりあげる。
医療費高騰という事情によって
DRG
が導入されたのであるから,DRG によって医療費を抑制す ることは保険料の引き下げや減税を可能にするというイデオロギーをともなった8)。これは,小売 の労働移転において,小売業者がセルフ化は価格引き下げに役立つというイデオロギーを散布した のと相応する。しかしここでは,家族主義イデオロギーに着目しておきたい。患者自身に在宅ケアをおこなわせるために,国家と企業は,家族主義,個人主義,自助のイデオ ロギーを必要とした。以前は,病人には病院が最善だと主張してきた病院管理者は,いまでは在宅 ケアのほうがのぞましいという。いわく,家庭なら自分の居場所や安心感があるので早く回復す る,好みの食物,自分のベッド,家族と一緒の生活は好影響をあたえる,と。同じく病院労働者も 在宅介護代行業者も,家庭のほうが回復が早く,死も安楽だという理由で在宅ケアを支持する。こ
6)そのほか,民間非営利団体によるものなども考えられるであろう。
7)メディケアもメディケイドも社会保障税を主な財源としているが,メディケアは加入者の保険料も財源の 一部としている(西村 , 2003)。
8)たとえば,70年代に保険会社が入院期間の短縮を考えたとき,患者の不満は,コスト低下による保険料低下 によって抑えられたと指摘される(西田
,
1999: 1
8-
19)。うした個人主義や自助の尊重は,自助単位として家族を想定し,患者にたいする責任は家族にある とみなしている(Glazer,1993
: 1
321,
82,
184-
185)9)。
病人のケアという重い負担を患者や家族介護人に負わせるためには,こうした家族主義イデオロ ギーは不可欠である。これも,小売のセルフ化が,消費者の自律性,選択の自由,プライバシーの 尊重などの本来の消費者イデオロギーとならんで,メイドを不要にするドゥ・イット・ユアセルフ とか,主婦の社会化とか,何でもこなせる主婦などの家族主義イデオロギーを必要としたのと同じ である。
[3]労働移転の実現条件としての,(2)在宅医療テクノロジーと,(3)大量生産体制に移ろう。在 宅ケア自体は高度な医療テクノロジーを要さない。グレイザーもいうように,病院の普及以前には 在宅医療はふつうであり,そこでは往診医師と看護師しか必要なかった10)。だがひとたび病院でハ イテク医療が発展し,これと同水準の医療を提供しなければならない段階で在宅ケア化がなされる ならば,(2)在宅医療テクノロジーが必要条件となるのはとうぜんであろう。
医療テクノロジーの発展は,まず病院用のハイテクが開発され,つぎにこれが在宅介護用に改善 されるという経過をたどる。在宅ケア用の主要なハイテクには,透析機器,化学療法・抗生物質・
輸液の静脈注入管理,呼吸停止のモニタリング装置,新生児のための光線療法,経血管的あるいは 経鼻的な栄養補給,酸素吸入,人工呼吸装置用に室内空気から酸素をつくるコンバータ,などがあ る。これらにもっと一般的な,家庭用の人工肛門バッグ,パッケージ化された無菌針や包帯や成人 おむつ,規格化された抗生物質,鎮痛剤,静脈注入薬などがつけくわわる(Glazer,1993
: 1
88-
189,
192-
195)。一見して在宅ケア用の設備や用具は,操作がむずかしいハイテク装置を含んでいる。他方で,パッケージ化されたいろいろの医療器具や薬品に目をむけると,これらが大量生産体制 のもとではじめて提供が可能になる規格化製品であることはあきらかである。この点で,在宅ケア における労働移転は,小売業の労働移転が製品の規格化やパッケージ化を前提していたのと同じ く,(3)大量生産体制を成立要件としている。
在宅介護が(2)と(3)を成立要件としている点に,それが企業の投資領域を拡大して利潤を高める 理由がある。たとえば,在宅介護用の静脈注入薬品の販売業者の純収入は,1983年の4千万ドルか
9)このイデオロギーにグレイザーは反論する。第1に,早期退院と在宅介護を支持する医学調査はなにもな く科学的根拠はない。あるのは早期退院させる必要だけである。第2に,現在の在宅ケアは,1960年代
-
70 年代の在宅ケア運動がもとめた患者の自己決定権を認めない。第3に,在宅ケアはコスト効率的でもない。コスト効率的なのは,有償労働を無償労働化してコストを移転するからである,と(Glazer,1993
: 1
32-
133,
185-
186,
202-
203)。10)
アメリカでは20世紀初めまで病院利用は一般的でなく,富者も貧者も自宅でケアを受けた。病院利用は 1910年代から大不況期にかけて進んだが,ケアの場が病院に決定的に移行したのは第二次大戦後である
(Glazer,1993
: 1
12-
113)。ら1988年の15億ドルに増大した。また在宅介護用ハイテク支出は,1983年の3兆677億ドルから 1987年の5兆4347億ドルまで増加し,今後の増加が予想される,と(Glazer, 1993
: 1
25,
189-
191)。第2節 病院労働の変化
労働移転は,移転元の病院と移転先の家庭の双方に変化をひきおこした。本節ではまず,病院内 労働に生じた変化をみる。
1.看護労働者の序列と職務内容
[1]病院労働の変化を理解するためには,看護労働者とくに看護師の序列と職務内容を知ってお く必要がある。
看護労働者は以下の序列をもつ。(1)上級の登録看護師(registered nurses ; RNs)1
1),(2)中級 の免許実務看護師 ( licensed practical nurses ;
LPNs)
,(3)下級の看護助手(Nursing Assistant)である12)。(2)は1年の
Licensed Practical Nurse Program
の修了が,(3)は6ヶ月のNursing
Assistant Program
の修了が資格要件となる。(1)の登録看護師は法的にはみな同じ身分だが,取得資格によって3種類に分かれる。①4年制大学での学士課程の修了(看護学士の学位
bachelor
of science in nursing ; BSN
の取得),②短期大学やコミュニティカレッジでの准学士課程の修了(看護准学位
associate degree in nursing ; ADN
の取得),③3年間の看護学校でのDiploma Program
の修了(diplomaの取得),である。だが『全米看護師協会』(American Nurses Association ;
ANA)
は,①だけを「専門職
professional」看護師とみなし,②と③を「技術 technical」看護師と呼ぶ
(佐藤/小柳
,
2001: 1
0,
28;
菅原,
1999:
142-
145; Glazer, 1
993: 1
34,
141-
142)。看護労働者について注意すべき点が2つある。1つは,(1)(2)(3)の看護労働者は,いずれも圧倒 的に女性が優勢であることである。小売のばあいと同じくこの点が,労働移転がおこなわれるさい に生ずる有償労働者間の,また有償労働者と無償労働者との対立が特有のジェンダー的色彩をおび てしまう理由をなしている。いま1つは,(1)(2)(3)の序列には,人種とエスニシティの序列が対応 する点である。白人女性とアジア人女性が登録看護師の大部分をなし,アフリカ系アメリカ人とヒ スパニックの女性は最下級の補助職務につく傾向がある(Glazer,1993
: 1
34)。11)
登録看護師のさらに上級には,看護リーダーとしての臨床看護専門職(Clinical Nurse Specialist ; CNS)
やナースプラクティショナー(Nurse Pactioner ; NP)などがあるが,いずれも認定資格として大学院修士号 を必要とする(佐藤/小柳
,
2001: 1
0,
33-
34; 菅原 ,
1999:
147-
152)。12)
グレイザーはここで病院内看護労働者を上級・中級・下級労働者に分け,免許実務看護師を中級労働者に
位置づけている。だが本稿は,登録看護師と対比するさいには,煩瑣をさけるために,免許実務看護師を補 助看護師や看護助手などと一括して低級労働者と呼ぶことがある。
[2]看護師の職務内容は変化してきた。まず大不況期に登録看護師は家庭看護から病院職務に 移った。第二次大戦期以後に,ゼネラリストだった登録看護師の労働は諸タスクに分割・専門化さ れ,階層化された労働者群(免許実務看護師,助手,付添人,専門セラピスト,病棟係など)のあ いだに配分された。登録看護師は監督業務をふやされ,実務ケアをへらされた。免許実務看護師と 助手は,登録看護師の助手としてベッドメイクや食事提供のようなルーティン的タスクをおこなっ た。1970年代中頃には,登録看護師は「スカット(くず)仕事」のすくない「専門職」となり,免許 実務看護師と助手とがかつての登録看護師のタスクをおこなった(Glazer,1993
:
144-
145)。DRG導 入以前はこのような状況だった。DRGの導入は病院労働を変化させ,(1)病院における「職務統合
job consolidation」
,(2)看護労 働者の解雇と非正規労働者化,(3)看護労働者の二層化,をひきおこした。2.「職務統合」
[1](1)「職務統合」はチーム看護から,DRG導入後のプライマリケアや全員登録看護師制への移 行によって生じた。DRG導入以前には,病院は病状の重い患者にも軽い患者にも完全なケアをあ たえ,以前の機能を回復し,歩行か在宅ケアが可能になるまで入院させた。
ケアはチーム看護によって,すなわち登録看護師,免許実務看護師,補助看護師,看護助手からなる 混合スタッフの分業によって,あたえられた。チーム看護では,登録看護師がケア計画を作成し,医薬品を あたえ,医師のために患者の状態を評価した。日常職務では医師を助け,免許実務看護師と補助看 護師を監督しつつ,最低限の直接的ケアだけをお こ
なった。免許実務看護師は血圧を測定し,包帯を換え た。看護助手は患者に食事や水をあたえ,リ
ネ
ン を
交換し,患者を運んだ(Glazer, 1993
:
135-
137)。DRG
導入後のプ ライマリケア13)では,補助員 (セラピスト,
病棟係,
家政婦)
な しに,3人の登録看護師が 日勤・準夜・夜勤のシフトを担当し患者の全責任を負う(これが病院管理者のいう看護師の「自律性」
である)。全員登録看護師制では,できるだけ登録看護師がス タッフ
と
なり,助手などの低級労働者が へらされる(これが病院管理者のいう看護師の「専門職」化である)。プライマリケアや全員登録看護 師制では,登録看護師は免許実務看護師・補助看護師・助手の助けなしに,通常職務のほかに,重 病患者をケアし,食事や便器や患者を運び,リネンを交換し,療法を監督し,退院計画をチェックする。
「職務統合」によ っ て,免許実務看護師,補助看護師,助手は職務を失った(Glazer, 1993
:
137,
146)。[2]「職務統合」がおこなわれたのは,患者の重病度の上昇と労働コスト削減のためだった14)。
13)
プライマリケアとは,マネジドケアの考えにしたがって患者をまず家庭医,内科医,小児科医などのブライマリケア
医に受診させ,そこでできるだけ問題を解決させるやり方をさす(西田
,
1999: 2
1)。この段階で解決できない患者 だけが専門医や病院に紹介される。だ か ら プライマリケアの もとでは,病院 で は 重病患者の ウ エ イトが高
ま
る。
14)
すでに6
0年代から70年代にかけて,病院はコスト削減とケア改善のために,できるだけ患者に自己ケアさせる「最小ケア単位」の実験をはじめていた(Glazer,1993
:
136-
137)。DRG
導入後,病院は重病患者以外は引き受けなかった。白内障や膝の手術,化学療法を要する患者 は,外来クリニックや「日帰り」手術で処置され,外来患者と短期在院ガン患者とは在宅ケア化さ れた。患者は,在宅介護登録看護師やセラピストに在宅ケアの仕方を教えられ,通院や電話でケア を監督される。重病人だけが病院でケアを受け,そうでない患者は外来クリニックかナーシング ホームでケアを受け,重病だが回復しつつある患者は在宅ケアサービスを受ける15)。診断・手術前 処置・検査は外来クリニックと短時間入院でおこなわれ,処置終了後は病院では最小のケアしかあ たえられず,できるだけ外来クリニックや自宅にまかされる(Glazer,1993:
138,
146-
147,
229)。 もう1つの理由は労働コスト削減だった。チーム看護の混合スタッフが重病人だけをあつかう態 勢では,免許実務看護師や助手の不生産的な作業「中断時間」が生じた。そこでプライマリケアで は彼女らが排除され,登録看護師が監督と専門的ケアだけではなく,低級労働者の技術的仕事や「スカット仕事」もおこなう。つまり,重病人のチーム看護では低級労働者が余剰人員化したので,
病院管理者は,戦前のように登録看護師をゼネラリスト化することで労働コスト削減を考えたので ある(Glazer, 1993
:
147-
148,
149-
150,
176-
177)。[3]だが「職務統合」には登録看護師の戦略も反映されていた。一方で看護師間には地位の格差 があった。免許実務看護師と看護補助員は登録看護師と同じリスクを負うが,肉体労働をおこない 地位は低かった(低賃金,低い職務保障と手当)。他方で,登録看護師は自分たちを自律的ケアので きない安価な「女中」とみなす医師と闘ってきた。そこで看護リーダーはプライマリケアや全員登 録看護師制によって,病院管理者に登録看護師の専門職的地位と自律的ケア能力を認めさせようと した。具体的には,教育水準を重視し,看護学士の学位をもつ「専門職」看護師と,ディプロマや 看護准学位をもつ「技術」看護師との差別を強めて,登録看護師の地位を向上させようとした
(Glazer, 1993
:
140-
144,
149)16)。
しかし管理者がプライマリケアや全員登録看護師制を採用した目的は,労働コスト削減にあっ た。そこで登録看護師は,看護職員や助手なしに,訓練が必要な技術的労働と技術の要らない不熟 練労働をともにおこなうことになった。彼女らの「職業」は格上げされたが,「職務」は格下げされ た。専門職化イデオロギーが,登録看護師の責任増加(職務拡大)と補助職員の削減を正当化した
15)
グレイザーはこれを
「場所の特化」と呼ぶ。これは,各職場の病人の認定範囲が狭く,各職場では異種の労働者が中心 と な る が,しかし職場間で作業が均質的となる事態をさす(Glazer,1993
:
146-
147,
217,
229)。たとえば病院 には重病人しか引き受けない「専門職」看護師しかおらず,ナーシングホームや患者宅には不熟練看護労働者 しかいなくなるが,しかし不熟練看護労働(ベッド入浴,食事提供,リネ ン交換)はどの場所でもおこなわれる。
16)
この戦略は,看護師の上方移動を高学歴者に制限し,准学位登録看護師やディプロマ看護師や免許実務看護
師の上方移動を困難にしたが,グレイザーは,じっさいには3種(学士・准学士・ディプロマ)の登録看護 師のあいだの,また登録看護師と免許実務看護師とのあいだの相違はあいまいにされ,登録看護師は自分た ちの労働過程の管理権を確立できなかったという(Glazer,1993
: 1
44-
145)。(Glazer, 1993
:
149,
175,
214)。その結果,登録看護師の労働のスピードアップが生じた。登録看護師は重病患者に高質のケアを あたえるとともに,補助員の仕事もこなさなければならないので,昼食もとれずトイレにもいけず,
超過労働による「燃え尽き」をおこす(Glazer,1993
:
148-
1491,
77)。以上の変化はつぎのように理解できる。病院が重病人だけをあつかうプライマリケアや全員登録 看護師制を採用したのは,病院が二重のコスト削減をめざしたからである。第1に,DRGの定額 料金制のもとで,重病患者以外は早期退院させてコスト削減をはかること,第2に,看護師の専門 職化イデオロギーを利用しつつ,職務統合によって「不生産的」な免許実務看護師や助手などを解 雇して登録看護師をゼネラリスト化し,彼女たちに技術的労働だけでなく不熟練作業もおこなわせ ようとしたことである。その結果,登録看護師の労働は強化された。だから病院が重病患者しかあ つかわなくなったためにプライマリケアや全員登録看護師制を採用したという説明は正確でない。
そうではなく,重病患者しかあつかわなくなったことも,その結果生じたプライマリケアや全員登 録看護師制の採用も,いずれも病院側のコスト削減戦略に起因していたのである。プライマリケア や全員登録看護師制への移行理由としての重病患者の増大は,派生的理由にすぎない。
こうして「職務統合」の結果は,①低級労働者(免許実務看護師,補助看護師,助手など)の解 雇,②登録看護師の「職業」の格上げと「職務」の格下げ,③登録看護師のスピードアップ,④「専 門職」看護師と「技術」看護師との差別強化,となった。
3.非正規労働者化と新たな階層化
[1]
DRG
の導入はさらに,(2)看護労働者の解雇と非正規労働者化,(3)看護労働者の二層化,をも たらした。職務統合によって,病院が免許実務看護師や助手を解雇したのはいまみたとおりである。だが患 者の病状レベルの上昇と経験ある登録看護師の不足とは,登録看護師をルーティン作業から解放す る必要もうんだ。そこで病院管理者はいったん解雇した低級労働者を,臨時労働者やパートタイム 労働者として再雇用した。あるばあいには低級労働者をレイオフし,つぎに「渡り労働者」として 不定期作業のために再雇用した。別のばあいには有色女性の免許実務看護師をレイオフし,つぎに 解雇者を低賃金で休日や休暇のない短期臨時労働者として再雇用するとともに,新規雇用の登録看 護師全員を白人にした。さらに別のばあいには,パートタイム免許実務看護師を解雇し,のちにそ の半数以下の新規の登録看護師を雇用するとともに,解雇した免許実務看護師を手当なしのパート 労働者として再雇用した(Glazer,1993
:
1391,
49-
151)17)。
17)
さらに不熟練労働者の必要は,登録看護師と似た仕事をする「フィジシアン・アシスタント」や,登録看護
師や医師より低所得の「フィジシアン・イクステンダー」といった看護労働者の新たな階層をつくりだしも した(Glazer,1993
:
139)。臨時労働者は,病院や病棟の手続きやルーティンを知らない。正規職員である看護師は彼女らを 訓練しなければならないので,臨時雇用に反対する(Glazer,1993
:
1481,
50)。[2]既雇用労働者の解雇と再雇用は,(3)正規職員と非正規職員とへの看護労働者の二層化をうん だ。二層化はいろいろのかたちをとった。あるばあいにはそれは,(登録看護師と免許実務看護師)
〈対〉(再雇用された助手,食事療法労働者,家政婦)の二層システムをうんだ。別のばあいには,再 雇用者が,以前より,また同一職種の既雇用労働者より,賃金と手当を引き下げられた。さらに看 護労働が下請に出され,下請企業が免許実務看護師を提供するばあいもあった。このばあいには,
少数の正規職員と下請労働者からなる二層システムがつくりだされた(Glazer,1993
:
152)。 こうして職務統合は看護労働者間に,従来の階層化とは別の,(正規職員)〈対〉(臨時労働者・パートタイム労働者・下請労働者)という階層化をうみだしたのである。
職務統合の結果についてグレイザーはいう。労働移転によって,労働者はますますパート的・臨 時的となっている。下級労働者が急速に増加しつつあり,中級労働者は職務喪失に直面し,上級労 働者は職務拡大とスピードアップに直面する,と(Glazer,1993
:
213)。4.失業と労働低質化
[1]労働移転によって病院労働に生じた変化をまとめよう。第1は,低級看護労働者(免許実務 看護師,補助看護師,助手など)の解雇である。病院労働のばあい,これは,重病人の増加→プラ イマリケアや全員登録看護師制への移行→低級労働者の解雇,というやや複雑な経過をたどった が,基本的には,病状の軽い患者が退院して彼(女)らを看護する必要がなくなったので,病院は 低級看護労働者を解雇したのである。解雇された低級労働者がかつておこなっていた看護労働は,
いまではむろん患者と介護人がおこなう。これは労働移転が直接もたらした結果であり,有償労働 者の解雇にいたる筋道は,小売業の労働移転のばあいとまったく同じである。
第2に,登録看護師の「職業」の格上げと「職務」の格下げ,登録看護師のスピードアップ,「専 門職」看護師と「技術」看護師との差別強化,がある。これらは低級労働者の解雇によって生じた,
病院内の労働者構成の変化にかかわる。低級労働者を欠いた職場は「専門職」労働者が中心とな り,彼女らが低級労働者の仕事を担当しなければならなくなった。そこで彼女らの「職業」の格上 げと「職務」の格下げ,これにともなうスピードアップが生じ,「専門職」看護師と「技術」看護師 との差別が強化された。
第3は,看護労働者の臨時労働者化,パート化,下請労働者化と,看護労働者の二層化である。
これは,病院管理者の政策の訂正ないし補整とみることができる。管理者はいったんはプライマリ ケアや全員登録看護師制にもとづく看護師のゼネラリスト化によって,労働コスト削減をはかっ た。だが重病人の病状レベルの上昇と経験ある登録看護師の不足によって,登録看護師を低級仕事 から解放しなければならなくなった。このためいったん解雇した低級労働者を,臨時労働者やパー
ト労働者として再雇用したのである。結果からみればもとの状態への復帰といえるが,しかし病院 における重病人の増加という事情から推測して,再雇用された低級労働者はもとの労働者よりもす くなかったにちがいない。だとすれば,これは管理者の政策の部分的訂正にとどまるが,それでも 臨時労働者やパート労働者としての再雇用は,看護労働者の新たな階層化をうんだのである。
[2]以上から,医療における労働移転が,低級労働者の解雇,労働者構成の変化とスピードアッ プ,有償労働者間の差別強化,非正規労働者(パート労働者,臨時労働者,下請労働者)化,労働 者の地位低下をともなったことがわかる。これらの点と,それにかかわるグレイザーの主張を,小 売における労働移転と比較しつつ検討しておこう。
解雇からみると,病院では一般患者の在宅ケア化(労働移転)による重病患者化のために,低級 労働者の解雇が生じたのであるが,これは病院労働に固有の事情ではけっしてない。労働移転がお こなわれるばあい,移転される労働は顧客にも遂行可能な労働であり,したがってサービス提供組 織の側では低級労働だけが消失し,低級労働者が解雇される。もし労働が,顧客が遂行できない高 度な知識や技能を要する専門的労働であれば,労働移転は不可能である。
低級労働者はこうして解雇される。だが奇妙なことに,グレイザーはこうして生ずる失業が,こ こで(女性)労働者間の対立をひきおこすことに言及しない。病院患者の重症化によるプライマリ ケアと全員登録看護師制への移行を可能にしたのは,一般患者の在宅ケア化(労働移転)であり,
その結果低級労働者が解雇された。だからここでも低級労働者と無償労働者(患者と介護人)との 失業をめぐる対立が存在したはずである。さらに職務統合によって「専門職」看護師が低級労働者 のタスクをもおこなうようになったために低級労働者が失職したのであるから,有償労働者間の対 立も存在したはずである。だとすれば失業をめぐって,前者では女性有償労働者と患者の主たる介 護人である女性無償労働者とが対立し,後者では女性有償労働者どうしが対立したのであり,労働 移転は,小売におけるそれと同じく,女性有償労働者と女性無償労働者のあいだの,また女性有償 労働者のあいだの分断と対立をもたらしたのである。
労働移転によって非正規労働者化がおこった点も,小売のばあいと同じである。病院は職務統合 の結果を政策的に補整した。つまり,低級労働者の仕事を「専門職」労働者だけで負担することが できなかったので,結局は,解雇された労働者を非正規労働者として再雇用した。労働移転によっ ても低級労働者の仕事が残った点は,小売業のばあいと同じだった。小売業では,労働移転の結果 として二段階の労働者構成の変化があったものの,ルーティン作業のために低級労働者の必要が残 り,女性レジ係が最終的にこれを担った。そしてレジ係のような低級職務であれば,パート労働者 や臨時労働者などの非正規労働者でまかなうことができたのである。
[3]以上の職務統合とその結果を理由に,グレイザーは,病院労働ではブレイヴァマン(1978)が 定式化する労働低質化はおこらなかった,と主張する。すなわち,ブレイヴァマンの流れをくむ労