• 検索結果がありません。

現代社会における「教育という仕事」の一つの見方

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "現代社会における「教育という仕事」の一つの見方"

Copied!
1
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

巻頭言

現代社会における「教育という仕事」の一つの見方

専門職という言葉はある意味ではすばらしく聞こえる一方で「専門バカ」という言葉があるよう に、それ「しかできない」という意味も含む。いいかえれば、「単機能」職でもある。「専門的」

ということは必ずしも一定の範囲について「総合的」な知識や技能を備えていることを意味しない のだ。では、何が「専門職」という名の「単機能職」化、「没個性」化をもたらしたか?

事務職については、コンピュータの全面的普及だ。導入初期は「コンピュータ」であり、その後、

急速に「端末」(機械全体が見えない部品の一部)化して用いられると、レジスターや電卓と同等の 単なる「オフィス」の事務処理機(いわゆる、OA 機器)になる。それを使う能力も少しの知識と 技能のキー操作へと急速に縮減し、全体の構造や仕組みなど知っている必要はない。うまく作動し なくなっても、機器の一般的機能不全に対処できる専門性は別の技能職の専管事項になる。技能職 については、機械化を中心に組織された「自動化」である。材木を処理するのに「かんな」を駆使 する能力は不要で、電気かんなを当てるだけ。釘を打つにも「かなづち」は不要。打ち付けるだけ。

それらに大工の「プロの技術」はいらない。こうした中、「促成栽培的」に多くの「代替可能な」

労働者を養成でき、余人をもって変えられないはずの技術的「専門性」が希薄になった。どちらの 職種の場合も、仕事の内容に深く関わらずに、一定の結果を保証してくれる機械化がそれを支えて いる。現代の企業が要求する大学の学生の出口での学力保証の議論となんと整合性を持っているこ とか。

現代社会は、人間を機械に置き換えることにより、人件費を節約し、また機械化を通して、単機 能化、没個性化することで、さらに人件費を切り下げ、人間の労働をできるだけパック詰めにした。

そう考えると、今ある仕事の多くが何十年後にはなくなるなどというのは当たり前のことでしかな い。仕事と人間を切り離すことは、社会全体における、労働からの人間の切り離しだけでなく、人 間同士の関係の切断をももたらしていた点にはもっと注目されてもよい。

「専門職」とは、その仕事に関わる文脈で必要な知識と技能について1 人の中に「人的に統合さ れている職種」。「余人を持って変えられない」性格、いいかえれば、機械の部品ではないことが その中核にある。矛盾する表現ではあるが、その仕事について「一芸に秀でている」ことでもある。

こうした現実認識をもち、それを乗り越える力をこれからの子どもは備えていなければならないと したとき、専門職としての「教育者」には何が必要だろうか?教師においての一芸とは「子ども好 きなこと」では決してない。教師における「一芸とは」、それぞれの教師が胸を張って示せる「一 芸とは」。教師の専門性とは、むしろ「総合職的専門職」である。では、その構成要素は何か?そ の追求が不明になれば、代替可能な機械の部品となってしまうことに甘んじざるを得ないがそれを あなたは受容するか?

栗原 秀幸(福島大学人間発達文化学類)

Akita University

参照

関連したドキュメント

( 同様に、行為者には、一つの生命侵害の認識しか認められないため、一つの故意犯しか認められないことになると思われる。

ㅡ故障の内容によりまして、弊社の都合により「一部代替部品を使わ

あれば、その逸脱に対しては N400 が惹起され、 ELAN や P600 は惹起しないと 考えられる。もし、シカの認可処理に統語的処理と意味的処理の両方が関わっ

非正社員の正社員化については、 いずれの就業形態でも 「考えていない」 とする事業所が最も多い。 一 方、 「契約社員」

ぎり︑第三文の効力について疑問を唱えるものは見当たらないのは︑実質的には右のような理由によるものと思われ

第一五条 か︑と思われる︒ もとづいて適用される場合と異なり︑

 Rule F 42は、GISC がその目的を達成し、GISC の会員となるか会員の

神はこのように隠れておられるので、神は隠 れていると言わない宗教はどれも正しくな