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社会科教育分科会     公民教育論序説←う一

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(1)

社会科教育分科会

    公民教育論序説←う一

    自   次

.(1)はじめに

(2)公民の観念(以上本号)

   (一)はじめに

 (1)「目標を明確に定めて,社会科の基本性格を明らか」にするという意図の下で改訂さ       (1)

れた新学習癖導要領は,社会科全体を貫通する基本目標として,公民的資質の育成を挙げ

た。

 すなわち,小学校学習指導要領は,目標として,

 「社会生活について正しい理解を深め,民主的な国家,社会の成員として必要な公民的 資質の基礎を養う」

 と謳い,さらに具体的目標にある,「家庭,社会および国家に対する愛情を育てる」こ と,「自他の人格の尊重が民主的な社会生活の基本であることを自覚させる」こと,「わ が国の歴史や伝統に対する理解を深め,正しい国民的自覚をもって国家や社会の発展に尽

くそうとする態度を育てる」こと等を以って,公民的資質の内容とした。

 中学校学習指導要領においても事情は同じである。社会科の目標として,「民主的,平 和的な国家・社会の形成者として必要な資質の基礎をつちかう」ことが据えられ,具体目 標においては,「個人の尊厳と人権の尊重が民主的な社会の基本であることを自覚させる」

こと,「国家・社会の進展に進んで寄与しようとする態度を養う」こと,「国民としての 自覚を高めるとともに,国際理解を深め,国際協調の精神を養う」ことが強調されて,公 民的資質育成の方向が指示されている。さらに,従来の政経社分野が公民的分野と改称さ れ,「国民主権をになう公民として必要な基礎的教養をつちかう」ことがその冒標とされ

ている。

 ② 指導要領の改訂にあたり,「公民」の語の採用がなされたことは,幾多の問題を孕 むことになった。それは,いうまでもなく,「公民」の語のもつ特殊日本的ニュアンスに 基因する。

 すなわち,国体明徴。祭政一致運動を背景として,「皇国の臣民たる信念と立憲政治下

(2)

の国民の資質とを瀕養せんとする」ことを目的とする,昭和6年に設置された「公民科」

      (2)

の教授要目の根本的改正であった昭和12年の「公民科」の内容が,「公民」の語に接した 多くの人々の脳裡に蘇ったのである。果して,轟然たる批判がまき起った。宮田光雄は,

今回の指導要領の改訂により

 『社会科のどの内容項目にも民主主義という表現が全く姿を消し,代わって《公民的分 野》が登場している。《公民》とは,「国民と市民の概念を加えた新語」として文部省側か らは説明されている。しかし,すでに戦前の《公民》教育がファシズム期以前の段階にお いてすら,本来の市民的自由を媒介するものでなかった事実を想起すべきであろう。した がって,従来の指導要領の規定のもとでは,なお個人の尊厳にめざめた民主的社会人の形 成がとかれる可能性が皆無でなかったとしても,いまや愛国心に支えられた義務意識をも つ国家成員としての《公民》の育成が正面にかかげられるにいたったのである』

      (4)

 とし,伊ヶ崎暁生も,

 『文部省の官僚や御用学者はこの「公民」の説明に困って「市民と国民のあいだ」とか

「市民和合の一aとしての市民,国家の成員としての国民」(「中等教育資料」68年2月)と いう意味だとこじつけている。教育課程審議会中等教育分科会長平塚益徳氏は,戦前の「公 民科」とは全く異質のもので,教基法第八条にも「良識ある公民」という語が使われてい るではないかと強弁しているが,それは従来の「政経社」を「あまりにも社会科学的だ」

と非難し,「養務,責任の観念」に徹する必要を説いているところ……にその本心をのぞ かせている。これらはともに,「政治上の能動的地位における国民」という,主権者形成 とはかけはなれた「国家」に忠誠をつくす「公民」であって,教育基本法第八条一項の立 法趣旨から逸脱し,これに背をむけるものであるといわなければならない』

      (5)

 と厳しく批判する。類似の批判は他に求めることもできよう。

       (6)

 もちろん,以上の論者達は今回の指導要領改訂と昭和12年の公民科の直接的連関を説く ものではないが,「公民」の語のもつ戦前的遺産が,これらの論者の所論に影を落してい ることも否定出来ない。

 (3)文部省もかかる批判は予想していたであろう。文部省は如何なる意図において「公 民」,「公民的資質」,「公民的分野」等の語をとりあげたのであろうか。

 小林信郎教科調査官は

 「公民という概念としては,市民社会の一員としての市民,国家の成員としての国民の 両義を含むものという立場をとっており,いずれか一方の否定の上に,一方をことさら強

く押し出そうと考えているわけではない」

       (7)

 と述べて,新奇な公民概念を提示し,梶哲夫教科調査官はこれをうけながら,さらに,

(3)

国民主権下にあって,「有権者として参政権をもって主権に参加していく国民」を公民と 定義づけた。しかし,これだけでは不充分とみたのか,梶は,「公民」の語が教育基本法 をはじめとする現行実定諸法制に採用されている事実を取りあげて,「公民」の表現が時 代逆行的,時代錯誤的でない所以を強調する。

 小林が,「市民社会の一員としての市民」と「国家の成員としての国民」を構成要素と して「公民」概念を構成したことは,「公民」の語を意味不通にした。従って,小林を受け た梶が,「公民」の具体的内容として,参政権者としての公民をとりあげるにとどまらざ るを得なかったのである。文部省は,「公民」の表現が呼び出すであろう批難iを危惧しす ぎてかえって,自ら混乱に陥いった嫌いがある。筆者は,本稿において,まず,「公民」

概念の史的展開を尋ね,それをもととして,公民教育に関する一つの試論を提示したいと

思う。

(註)

D高橋早苗編「改訂小学校学習指導要領の展開」一社会科編一9頁

2)三省堂新撰公民教科書(宮原兎一一・梶哲夫・中川浩一「中等社会科教育の研究」152頁より引  用)。なお,この時期の憲法教育に関しては,みよ,家永三郎,「日本近代憲法思想史研究」

 293頁以下

3)内容の大体に関しては,宮原・梶・中川前掲・書;52〜153頁Vこ説明がある。

4)宮田光雄「現代日本の民主々義」129頁。

5)伊ヶ崎暁生「教基法第八条第一項の現代的意義」(現代教育科学蜘142所収)23頁 6)例えば,堀尾輝久「権力のイデオロギーと学習指導要領」(教育No.224所収)13〜14頁 7)梶哲夫「公民的分野」と改称することをめぐって(社会科教育Na 49所収)13頁より引用 8)梶・前掲論文および,榊原康男・平田嘉三・梶哲夫「中学校学習指導要領改訂の要点」79頁

   (二)公民の観念

 (1)「公民」は,古く日本法制史上にもみられる用語であるが,今日,われわれが使用す       (1)

るこの語は,日本古代の用法とは関わりなく,西欧語のCitoyen, StaatsbUrgerの訳語 であること云うをまたない。したがって,公民教育を論じる際,われわれは,まず,「公 民」観念の西欧的由来を念頭に置かねばならない。ゆえに,この小論を西欧における「公 民」観念の展開史の素描をもってはじまる。

 (2)「公民」観念を成立せしめる最も基本的要素は,国家の構成要素の一つである定住的

住民が単なる統治の客体から,なんらかの意味において能動的に統治に参与する資格を得

るという所に存する。この資格は,国民主権の体制下と君主々権の体制下においては,そ

(4)

の理念的基礎づけを各々異ならせるが,なによりもまずわれわれは,近代憲法思想史上絶 大な影響を及ぼしたルソーの「社会契約論」に現われた思想を一瞥しなければならない。

       、(2)

 ルソーは,各人が社会契約によって,一つの精神的で集合的な団体である国家(Etat)

を創設する場合,その国家の構成者は集合的には人民(Peuple)と呼ばれるが,個々には 公民(Citoyens)と臣民(Sujets)とに分れる,という。前者は主権に参加するものであ り;後者は国家の法律に服従するものである。「主権に参加する」公民とは,具体的には 投票権をもって国家意思の形成に参与する国家構成員の謂であり,「国家の法律に服従す

る」臣民とは,主権者(社会契約を結んで一体となった人民全体)への義務を命ずる議決 物に服従する国家構成員の謂である。社会契約に基づく政治体,すなわち,国民主権下の 民主主義国家の構成員は,すべてこの二面性をもち,Citoyenは,二面性中の能動的側面 に着目してたてられた観念である。

 ルソーのCitoyen観念は,後に,ドイツおよび日本に換骨奪胎されて採用されたが,近 代公民観念の出発点である。

 ルソーの「社会契約論」と並んで,フランス革命の理論的基礎となったシェイエスの

「第三階級とはなにか」も公民観念を知るうえに看過することはできない。

         (3)

 シェイエスは,貴族および僧呂という封建制度の特権階級を第三階級の行なう有用な労 働の無益な用益者であり,就中,貴族階級はその私法上および公法上の特権によって,社 会組織中の「異邦人」であるとして1政治的権力全体が彼自身も属していた中産階級(=

第三階級)に移行することを主張した。

 彼によれば,第三階級はあらゆる有用な労働を行ない,そのために必要な人材をもれな       ナシヨン

く包含している。第三階級は一個の「完全な国民」である。しかしながら,この国民(=

第三階級)は従来政治的に零であった。それは政治的に「相当なもの」にならなければな らない。国民とは,「共通の法律の下に生活し,同じ立法機関によって代表される共同生 活体」である以上,第三階級は民衆によって与えられた一般の利益をまもるという使命を

もつ真の国民の代表者をもたねばならぬ。シェイエスは,そのために次の諸事項を要求す る。(i)第三階級の代表者は真に第三階級に属する市民の中からのみ選出せらるべきこ と,(ii)第三階級選出の代議士が二つの特権階級の代議士と同数であること,(iii)三部 会における票決は階級別によらず頭数によるべきこと。

 ルソーの絶対的民主政治とは異なって,シェイエスは代表制民主政治を説いたが,第三 階級をナションと等蔑し,唯一の立法議会と多数決原理を主張したことにより,近代的公 民の創出に多大の貢献をなした。

 1789年の「人権および公民権宣言」(D6daration des Droits de l  homme et du cito一

(5)

yen)は,「公民」観念に法規範的に内容を賦与するものであった。国民主権が宣言され公 民の活動領域は権利保障と権力分立を柱とする憲法国家であると明示された。自由かつ権 利において平等なすべての市民は,総意の表明である法の作成に,自身でまたはその代表 者を通して協力する。すべての市民は法の前において平等であり,徳性および才能以外の 差別をのぞいて,平等の公務就任資格をもつ。

 まさしく「公民制と民主的憲法国家は相関概念」であり,ルソー,シェイエス,「人権        (4)

および公民権宣言」は,国民主権下における公民の範型を創造した。

 (3)フランスにおけるCitoyen観念にについで,次にドイツにおけるStaatsb撫ger観 念を検討してみよう。

       (5)

 Staatsbttrgerの語は十八世紀末にドイツにおいて成立したが,この語のもつ領域は,

      (6)

臣民(Untertan),市民(BUrger),共同市民(Mt塊rger),国民(Staatsgenosse),国家 構成員(Staatsglied),住民(Einwohner),国家の市民(BUrger des Staates)といった 様な諸表現を包含するものであり,これらすべての諸表現に共逓するものは,十七世紀以 来,国家(Staat)と名づけられた人間の主要な社会団体の一つにおける構成員という観 念であったと云われる。従って,ここにおいてはまだフランスのCitoyen観念と共通する ものは何もない。当時にあっては,BUrgerという表現は Bitrger und Untertanen と 併記されて用いられているが如く,臣民の観念を内にふくんでいた。しかしながら十八世 紀中葉以降における近代的国家権力の形成と,それとうらはらをなす臣民団体の平準化:

旧等族的支配秩序の漸次的空洞化が進行する中で,臣民の国家直属性が貫徹され,身分的 権力関係においてではなく,一般的国家的権力関係において,臣民は位置するようになっ たのである。UntertanまたはBtlrgerは国家の一員として位置づけられたのである。こ こに,ドイツにおいて近代的公民(Staatsb敢ger)の観念が確定する第一の素地が存在す

る。

 以下の如き官房学(Kameraiwissenshaft)の理論も 国家におけるBUrgerを対象とす るものであり,公民観念の前史をみるうえに興瞭深い。十八世紀末の官房学者の一人ユン ク・シュティルリンク(Jung−Stilling)は1779年に, Versnch einer Grund1ehre stimmt licher Kamera五wissenshaftenにおいて,市罠社会一ここでは未だ完全に国家と社会の分 離がなされていないので,もちろんヘーゲル的意味におけるそれではない一を,欲求の体 系として定義し,次の如くいう。

 「君主から国家の細民にいたるまでのすべてのStaats bgrgerは一つの職務Gewerbを もっている」。この職務とは,「欲求を充足するために人々があてるところの……全努力」

と解される。国家の欲求は,「国家の収入所得者の租税により」充足される。「かくして

(6)

官房学はStaatsbOrgerの職務科学(Gewerfwissenshaft)の上に建設される」。

 ここで用いられている語義は明白である。職務遂行者は,彼が,NX国家の中で。・,すな わち,その財政体制内部で経済活動を行ない,かつ間接的に,NX国家のためにNN,すなわ ち,納税ということで,国庫に奉仕する限りにおいて, Staatsbitrger と呼ばれるので ある。Staatsb(l rgerという統…的カテゴリーは,同一の財政体制に,国家の全成員が参 加することにより正当視されているのである。

       (7)

 さらに,われわれは,啓蒙絶対主義のクリマの下に,StaatsbUrgerの語にNX自然かつ 生得の人楓並びに一般的平等の思想が結合したことに注目しなければならない。その平 等主義的内容は決して充分のものでなかったが,特権的貴族や君主に対する限りある種の 激しさをもっていた。v.グロシンク(von Grossing)は1784年に,

 「すべての君主はもっともいやしい乞食:と同じくStaatsbUrgerである。何故なら,

国家はすべて,人々の共同意志中に存するにすぎないのであり,かつ国家はその人々の結 合によって成立するのであるから」

 と書いたのは,その一一証である。しかし,未だ公民観念に必須の国家への協同という民       (8)

主的要素がStaatsbUrgerの語に欠けている。 StaatsbgrgerがCitoyenと同義的に用い られるのは,ドイツにおいても,フランス革命の到来を待たねばならなかった。

 1789年はStaats btrrgerの語に新らしい内容をあたえる。この内容は云うまでもなく,

シェイエスを通し,「人権および公民権宣言」と1791年憲法によって定着したフランス語 のCitoyen観念の影響の下にたつ。早くも,カントは次の如く云う。「この立法において 投票権をもつ人々は,StadtbUrger, bourgeoisではなく, B蟹ger, Citoyen, Staats bttrgerと呼ばれる」と。

      (9)

 革命運動と立憲運動の経過の中で,StaatsbUrgerを定義づける「立法における投票 権」の観念が確定し,1810年カムペ(Campe)は「ドイツ語辞典」において,「Der Staats bUrger.国家の市民。国家と呼ばれる社会の成員。特に,国家のための立法において投票 権を有するそれ」と定義づけている。

       (10)

 ドイツにおける立憲主義の発展は,フランスにおけるそれと異なって,君主による国家 権力の独占的掌握を中核とする君主主義原理を基底にしているため,フランスにおけるが 如く,国民主権の下において主権の行使に参加する公民一Ci宅oyenという観念は成立しな かったが,原則的には他のあらゆる人々と平等であり,法律の下で生活すべく義務づけら れ,立憲的意識をもって自己の権利を主張する国家の一員としてのStaatsbUrger観念が 成立したのである。十九世紀の十年代後半以降に成立する諸憲法は,この観念を実質化せ

しめた。

(7)

 3) 以上の如き,フランスおよびドイツにおける公民観念の成立史より,われわれは,

主権論の相違に基づく理念的基礎づけを度外視し,外面的機能型態に着目して,一一一s応,公 民とは,近代憲法国家の次元において投票権をもって国家意思の形成に参与する資格をも

?た國家構成員の謂であると,定義づけることが出来よう。この公民観念の基本的トーン は近代憲法国家の成立と共に誕生し,現在に至るまで修正をみていない。今般,文部省の 調査官の提示した公民観念は,歴史的にみてもまことに奇異としなければならぬ。しかし 公民の語の採用をもって,社会科教育の反動化,民主主義理念より遠:ざかった愛国心と国 家への義務意識のみを育てる教育への志向と新指導要領を論難するのもいかがかと思われ る。公民とは,くり返して云う如く,近代立憲主義と共に成立した観念である。論議の出 発点はここになければならない。況んや,国民主権を基本原理とする日本国憲法下にあっ ては,公民の用語はフランス的Citoyenの意味においてしか用いられないのである。われ われは公民の観念より昭和十二年の公民科的ニュアンスを早急に消しさらねばならぬ。

 〔註〕

(1)石井良助「β本法制史概説」参照

(2) ルソー・桑原武夫・前川貞治郎訳「社会契約論」

(3) シエイエス・大岩誠訳「第三階級とは何か」なお,シェイエスについては,K.レーヴィッ   ト。柴田治三郎訳「ヘーゲルからニーーチェへ」 Il 8頁以下, J、 P.メイヤー・五十嵐豊作訳   「フランスの政治思想」12頁以下を参照した。

(4) Kerschensteiner, Der Begriff der staatsbUrgerlichen Erziehung, S.]O.

(5)以下の記述は,Paul Ludwig Weinacht, Staatsbtirger Zur Geschichte und Kritik  eines polltischen Begrlffs, in:Der Staat,8. Band 1969 Heft 1, S.41以下による。

(6) Paul R6hrig, Politishe Bildung, S,39.

(7) Weinacht, aaO S.49.

(8) F. R. von Grossing, Die Kirche tmd der Staat, ihre beyderseitige Pflicht, Macht

 und Granzen, Berlin, 1784.

(9) 1. Kant, Uber den Gemeinspruch, in:Kleine Schriften zu Geschichte, Ethik und  Politik.

(IO) Carnpe, W6rterbuch der deutschen Sprache (Brawnschweig) 1810.

(本稿執筆時にあたり,筆者が顧問をしている山岳部において事故が生じ,年末から年始にかけ て身辺あわただしく,ためにかかる未完成にして蕪雑な稿を提出することになってしまった。

所員御一同に対し深くお詫びする)。

(社会科研究室 前田光夫)

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