スエーデンの技術教育における学習書
一一 @製 図 編
技術科教育研究室 永 島 利 明
製図領域のない学習指導要領
日本の教育では生徒にとっても教師にとっても最大の学習書と思われているのは,検定教科書であ る。しかし,スエーデンの技術教育であるスmイドには,日本の教科書にあたるものがない。かって はあったそうであるが,教材の決定は教師の自主性にまかされているために、,なくなったそケである。
しかし,教師たちが自主的に編集した学習書があり,これが教科書がわりに用いられている。この学 習書は工作室に一定部数そなえられていて,教師と生徒が共通に利用できるようになっている。
筆者は教材会社であるルナ社(L、una AB)の出している「技術の実際」 (Ting och Tekni}◇
を入手したのでその一部を紹介したい。この自主テキストは「製図」,「木材加工」,「道具と材料」
の珊からなっているが,ここでは製図篇のみを紹介し,わが国との比較を試みる.D
スエーデンの1969年のスロイドの学習指導要領では製図の領域が廃止されている。そこでは投 . 影法についての説明はまったくない。廃止の理由は生徒達がフルに自分の創造性を生かしていくため
には,必ずしも製図は必要ではないというのが理由のようである。しかし,教師の作った学習書には 依然として設計製図があることは注目に価する。
一方,わが国においても1977年に学習指導要領が改訂されて,製図領域が廃止されている。し かし,製図が全廃されでいるわけではなく学習指導要領には「木材加工1」には「使用目的に即して 製作図の構想を具体化し,斜投影図や等角投影図によって構想図をかくことができること」とあり,
「木材加工2」には「構想図をもとにして,製作図でかくことができること」とある。
金属加工1,2にもまったく同様なことが書かれている。このように両国の学習指導要領が製図の領 域をもうけていない点は一致している。
技術科の教師の一部には,製図はものを作るためのものであるという考え方がある6ある教師は
「瞠の蠕では澗単な物を製作するの1こ・そ耀離な図面をかかなくても+分一で》し・
またその必要もないのではないか。……製図のために製図の学習をしている。」とのべている。これ は製図がものを作るための図面をかくという一面しかみていない考え方である。現代社会では生産工「
場の労働者だけではなく、家庭生活や日常生活においても,図面は切りはなせない関係をもっている。
工業製品はよほど簡単なものでない限り説明書がついている。そUr(この説明書には必ずといってよい ほど図面がついている諏扱い説明蔀技術鯉解する上でもっとも基本になるのであ説すなわち,
図面はものを生産するために不可欠のものであるが,それだけがすべてではない。あらゆる領域の技
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術を,理解する上の基礎になるものである。こうした認識があったからこそ,製図の領域がなくても,
製図の学習書がスエーデンでも作られているのであろう。
ここでは製図は技術教育の基礎であるという立場に立って,前掲のスエーデンの製図学習書(以下 スエーデンという)とわが国の中学校一年生の53年版技術科教科書「新しい技術⑳家庭(男子向)」
(東京書箱版)とを比較する。 (以下東書版教科書をN本という)。
目 標
スエーデンはスロイドの実施方法にっき「生徒がスロイドの実習を自主的にする」ことを強調して いる。さらに生徒が図面をみて授業の内容を把握できるようにし,生徒のもつ情報により,自主的に スロイドが実習できることをめざしている。このように生徒が自己の意志でものを作ることに重点を 置いている。わが国の教科書は「文字のかき表し方に約束があるように,図面の表し方にも一定のや くそくがある。やくそくにしたがってe図面を正しくかいたり,読んだりすることができるように学 習しよう」と書いている。製図の約束とはJISの製図通則のことであるがpこの記述が示すように,
H本の教科書は製図の規則を教えることに重きを置いている。製図を教えることがJIS規格を教え ることと同じ意味にとらえられている。このことが生徒が製図に興味をなくす理由のひとつであると いわれているカ㍉この点ではスエーデンに学ぶべきものがある。
投 影 法
立体の表示法では臼本では斜投影法,等角投影法および正投影法がのせられている。斜投影法とは 立体の正面となる図面を実物と同じ型にかき,奥行きを示す面を斜めの方向から見たように書き表す 方法をいう。日本の教科書では奥行きの線を30慧たは45。の角度でかき奥行きを実際の長さの3分 の2,または2分の1にちじめてかくのがよいとしている。側面の長さを実寸法の2分の1とする方 法をキャビネット法というが,これが推奨されているのである。等角投影法は立体の縦,横、高さの 辺が実際の長さと同じ割合で,たがいに12◎。をなして交わるように書き表す方法をいう。斜投影法 は考案設計する場合に見取図をかくのに欠かせない方法である。スエーデンの教科書にもこれを加え
るべきである。
さて,製図を学ぶ場合にもっとも重要なのは正投影法である。この方法は両者ともに加えている。
しかし,大きな相違がある。それは日本が第三角法を重視しているのに対して,スエーデンはeg 一角 法のみしかのせていないことである。日本の教科書はそれでも第一一一・ 角法の展開法について2頁を費や
しているもののsスエーデンは第三角法にはまったくふれていない。
この相違は日本の工業が第三角法を重視していること,特に第三角法は立体の右側面図が図面の右 側に書かれるのでe労働者が作業中に誤った作業をしないことによるのである。他方e正投影法はガス パル⑳モンジェ(1746〜1815)によって第一角法がはじめて開発されたことは周知のことで ある。このためにヨーロッパでは伝統的に第一角法が広く使われている。わが国では正投影法を99 一角 法で教えるべきかs第三角法で教えるべきか,という論争があるが,スエーデンの教師がこのことに ついて,どのような見解をもっているか,将来現地で調査したいと考えている。
正投影法の教え方にも大きな相違がある。N本では3っの画面にかこまれた第3角の空間に立体を
躍き,各画面をとおして図面を作るという図学的な方法をとっている。これに対してスエーデンでは マッチ箱の不等角図で書いた見取図をのせ,それを第一角法で展開している。更に箱,本棚,机,工 作台,おもちゃの自動車,自転車を第一角法で書いている。この第一角法の学習法は生徒の身近にあ る教材を使って,図学や幾何学のきらいな子どもにも投影法を親しみやすいものにしており,学ぶべ き方法であろう。
図面の書き方の相違
図面の書き方で相違の大きいのは寸法の記入法である。日本の教科書は寸法線を中断して数字をい れる方式をとっているが,スエーデンの学習書は寸法線の上部に数字を記入する方法をとっている。
スエーデンの方法は日本の機械製図と同じ方法をとっている。また,日本の教科書は引出線,直径,
マル,半往R,厚さt,正方形口(カク),面取り。などの記号,仕上記号,穴基準方式,面基準方 式,寸法記入上の注意などが詳細に書かれているがeスエーデンの学習書にはpこうしたことは一切 書かれていない。第一角法で書かれた図面は11枚あるカ㍉寸法が記入されているのは僅か1枚だけ である。図面を書くことで共通しているのは,数学や文字がのせられているだけである。しかも,H 本の教科書は数字は750で書でかくことが説明されているが,スエーデンのものにはふれていない。
スエーデンの学習書の基本理念はつぎの如きものであろう。自主的に製図が書けるようになるには,
細かな規則を教えることは不要である。寸法は製作するとき、生徒が任意な方法で記入すべきである。
eg 一角法による図面をかくことに習熟する必要がある。これは国情の違うわが国ですべて通用するわ けではない。しかし,時間数削減が行われるようになると,こうした観点からの実践も必要になろう。
機能性と黄金分割
上にR本の教科書に掲載されていて,スエーデンにないものをあげたカ㍉ここでは逆にスエーデン の教科書のみにあるものをとりあげたい。そのひとつは機能性ということである。これは製作したも のが実用性をもっか否かという問題である。学習書のなかでは窮屈ないす,高すぎるいす,身長に合 わないベットが図示されていて,機能の重要性を考えさせている。N本の教科書で機能について考え させているのは,考案設計である。この考案設計は木工,金工などの各分野ごとにみられる。r設計 の要素」や「構想のまとめ方」がある。日本の教科書は構想のたて方まで一定の枠にはめようとする 傾向がある。
また,黄金分割についても詳しく書かれている。Eil本で製図を教える場合は数学の応用であるから 黄金分割は必要ないであろう。
考 案 設 計
先に日本の教科書は各分野に考案設計があるとのべたが,スエーデンではこれは製図だけにおかれ ている。ここではフリーハンドで書く方法,製図用具を利用して書いた図面の良否,トリやキリンな
どを例とした絵画の略画法などが書かれている。更にろうそくたてを題材とした考案設計が詳細にの べられている。12本のろうそくたてが図で示され,どのような心理で作るかpを追求している。ろ うそくたては日本では現在はあまり使われないが,スエーデンでは行事のなかで使用されている。初 心者は作ることだけで満足してしまうことが多いがsデザインを考える人は改善するために形を変え
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たり,スケッチをしたり,どうしたら利益があがるか,ということを考える。日本の教科書では具体 的な教材の考案設計をする場合には経済性を重視していないけれども,スエーデンでは利益について 考えている。
スエーデンでは図形や線の組み合せが重視されている。正方形、長方形,三角形,円および直線の 組合せて出来るものが掲載されている。これらは幾何学的な図面であるがe最も単純なものから複雑
なものまで6っの組合せが図示されている。5っのものをひとつひとつの要素としてその組み合せを したり,動かしたりして試みるよう配慮されている。その要素の組み合せば針金で作ることを推奨し ている。ここで溶接技術が紹介されている。しかし,溶接技術といっても生産技術についてのべてい るのではなくs「2階やバルコニーの窓のドアはたいてい溶接しなければならない」というように生 徒の身近かなもので説明している。
身近かなものといえば透視図をたんすで説明しているのもその例であろう。透視図は建築製図には 欠かせない。だが,わが国の教科書では住居の領域のある女子向きの技術・家庭科の教科書にも掲載 されていない。ζの点では建築製図の基本を理解させようとしているスエーデンの学習書は学ぶべき ものをもっている、,また,板金加工のための展開図があることも評価してよい。
学ぶべきもの
スエーデンの学習書のよい点はそうした身近かな生活のなかにある方法で正投影法を書いているこ と,寸法記入で自転車,乗用車など記入させ,生産技術にもせまろうとしていること,単なるJIS 規格のような規則d])注入をさせていないこと,など大きな長所をもっている。
テキスト編集上の特色としては,重要な点には「テキストをよくよむこと」とゴジックで書かれて いて,生徒に要点をつかませる工夫がされていることである。それがあるのは製図用輿の使用法,三
〜八角形の書き方,正投影法,縮尺で図面を書くこと(2ケ所),自転車および乗用車で寸法を記入 すること,とり箱の製作,部品図e透視図など10ケ所である。ただ,とり箱の製作にまでそれを書
いてあるのは乱用しているのではないかという感じがする。
こうした編集上の配慮にもあらわれているように,スエーデンの技術教育は生徒自らが重点を理解 し,それを実習のなかで自由に使用できることをめざしている。日本の教育は教えこみが多いが,そ れを否定している。こどもが忘れることは当然であるとし,学習書は備忘録の役割をしている。スエ ーデンの授業の基本理念は「学習はエリートを育成してはならぬ。そこには性の平等と,でき過ぎる 子ができない子を待つ」という教育がある,といわれいる鬼その理念は学習書にも生かされている。
この論文を書くにあたっては東京学芸大学の吉尾二郎先生と同大学のスエーデンから来日された留 学生のカリン・・ボーリさんにお世話になりました。記して感謝の意を表します。
略1234 Per Gartel och ian J ohanssoR, Ting och Tanl〈e om P lanering, Ting och Teknik197!
大谷良光「製図の削除は製図学習の抹消」技術教育311号 1978年6月号 7頁,
向山玉雄「中学校における製図教育の変遷と今日的課題」向上 3頁。
ビヤネール多美子「スエーデンの性教育と授業革命」昌平社 1976年。
Textbook on Drawing in S loyd of Sweden
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