生活科と教育の方法
一文部省教育学批判一
赤堀哲雄*
は じ め に
現代はヴィデオテープで記録できると思われることは,すべてヴィデオテープに収めておいて誰もが それを見ることができる時代である。ヴィデオテープに収めることができるのに,それを拒否すること ができるのは,プライヴァシーにかかわる部分だけで極秘の機密事項などそうあるものではない。ただ 映像の作法如何によって事実を曲げることはいくらでもできるわけだから,すべてを信じるわけにはい かない。だが,とにかく真実を隠すのではなくて,それを公表するという態度でありさえすれば映像ほ ど真実を伝えるものはないだろう。
生活科の新設や教職員免許法の改定案に対する教育大学協会の対応のしかたを記録したヴィデオテー プはないのだろうが,仮りにそれを見ることができたとしたら,教育大学協会というのは何なのだろう かという疑問を禁じえないことだろう。教育大学協会の代表たちには,教育「大学」「学部」を代表し ているのだという自覚がなく,いつものことながら,文部当局に鼻面を掻まれ,文部当局のいいなりに なるばかりで日本の教育に対して責任を持っという姿勢を持っているとはいえないのである。
それは,われわれが生活科の新設や教職員免許法の成立過程における文部省当局者たちの行動を正確 に伝える映像を持っていないし,また持とうとしないところにも問題があるといっていいだろう。
われわれの眼前にあるものは,新しい学習指導要領と改正された教職員免許法とだけだが,それがど のような事実を産み出すことになるのかは容易に想像することができる。それを映像化するのは簡単だ が,それは,そうあってはならない何かである可能性が強い。われわれに必要なのは生活科そのものの 未来像ではなく,現在の日本の学校教育の問題と,それをどのように改革するかという問題にっいての 大学において教員養成をする者の立場からの日本の学校教育の問題点を指摘する映像と,諸外国におけ る教育改革などとともに日本の学校教育の未来像についての映像なのだろう。それを製作することを可 能にする条件は整っていないが,そのための下書きを描く程度のことなら片手間にでもできる仕事だろ
う。
茨城大学教育学部教授会と生活科
わたしには茨城大学教育学部での生活科にっいての審議経過がよく捉えられていないのだが,眼の前 を過ぎっていった事実の経過は次のようになる。
*茨城大学教育学部
茨城大学の教育学部の教授会では,教職員免許法の改正を受けてのカリキュラム改正についての提案 も承認もされないままに,事実上,生活科を受け入れることになってしまったようである。
一この教授会には教授会で承認された議事録がないので,この点にっいて確かめることができないの である。前学部長の教授会の席上での発言では,それは庶務係が管理していて,いつでも見ることがで
きるものなのだそうであるが,そういうものを議事録というのはオカシイのである。
わたしが茨城大学に来る前にいた宮城教育大学は,いわゆる単科大学だったから教授会は学長を議長 とする大学における最高の議決機関であったし,大学は文部省とは対等の関係にあると考えられていた から,そのくせが抜けずにいて困るのだが,この教授会にはカリキュラムは教授会の審議(決定)事項 なのだという自覚がないらしくて,教務委員会に任せっぱなしで,報告(承認)事項ですらないらしい のである。生活科の問題も委員が各学科から出ているから,そこでの談合で済ますことができるような のである。教務委員会は教授会のなかの専門委員会なのだろうと思われるのだが,生活科の新設に伴う カリキュラムなどは実務担当者会議としての機能と権限において処理してしまったようなのである。ほ んとうは,これらの経過について教育学部教務委員長に執筆してもらうべきところであったのだろう。
わたしは,戦後の日本の大学における小学校教員養成は,とっくに失敗してしまっているのだと思っ ているので,それを維持することに使命を感じているわけではない。さりとて廃止してしまえというほ ど威勢がいいわけでもない。ただ,もしも真剣に日本の小学校教員養成についての責任を負うというこ とであれば,かなり抜本的な改革が必要なのではないかとは思っているのである。そしてそれは教職員 免許法に寄り添うことでも,それを推進することでもないし,むしろそれを否定的に乗り越えていくこ
とだと思っているのである。
日本の大学における中学校,高等学校の教員養成は論外である。大学は,その卒業生のために使われ もしない中等教員の免許状を濫発してきたのである。免許状がなぜ必要なのかということ,なぜ大学が 責任を持っのかということが忘れられているのである。それは免許状を取得する本人の利益のためでは なくて,教育を受ける子どもたちの権利を護るたあに必要なのである。
いいふるされて来たことだが,教員の資格と資質とは別のものであり,両者を分けて考えることが必 要であり,それが,大学における教員養成のありかたを考えることになるに違いない。国立の教育養成 大学/学部が小学校の教員の資格を取りやすいカリキュラムを持っており,小学校の教員養成にっいて は独占的な立場にあったのは事実である。しかしながら中学校の教員養成にっいていえば,他の大学/
学部と比較して優位にあるわけではないのである。ただ,教員養成大学/学部の教官の配置が教職員免 許法と対応したものになっているから資格の取得が容易であることと,小学校の免許状を取得すること
もできるようになっていることが他の大学/学部に比して有利だということで,これもまた資質ではな くて資格の問題なのである。中等教員としての資質と,それぞれの教科に対応する学問芸術における資 質とは同じではないが,仮りにその点で他の国立大学/学部と比較するならば,教員養成大学/学部の 学生の資質もカリキュラムも二流三流なのである。旧制度の中等教育では,それが資格でもあり資質 でもあったが,戦後の新教育のなかでは,そうしたことが,まかり通るのは量的にも質的にも部分的な
ところでのことであって,全体としては,もっと別の資質が期待されているに違いないのである。たと
え学問芸術の資質に優れていても,教授法など意に介しないといったタイプの教員は歓迎されなくなっ
たのではないだろうか。
茨城大学の教育学部だけのことではないが,小学校の教員養成と中学校の教員養成とをワンセットに しているということは,小学校,中学校どちらの教育にも無責任で無関心であることの証拠だといって もいいだろう。茨城県の教育委員会が,両方の免許状の所持者を求あているということが理由だとした ら,このくらい大学における教員養成を資格の問題に解消してしまって,その内実を作る努力を放棄し てしまっていることを明らかにする証拠はないといっていいだろう。二っ以上の教員の免許状を取得す るたあに教室に出続けている学生は,いよいよ教員としての資質というものから遠ざかることになるだ ろうし,出席をごまかし試験をごまかして単位を集めることに汲々としている学生も資質としては問題 だろう。もしも教員の資質というものを素質といわれているものと置き換えてしまうことができれば,
別だが。
(この場合でも小学校の教員の素質といわれるものと中学校の教員の素質といわれるものとは同じで はないことになるだろうから,これも逃げ口上になるとは思えない。)
これまでの経過からすれば,教員養成大学/学部では,生活科にっいても,特別活動や教育相談につ
いても教職員免許法の改正に伴う教官の配置や非常勤講師時間の増配があるのが当然であったというこ レ
とができる。今回もまた,そのようにして教員の資格の形式にっいての独占体制を強化することができ る筈だったのだろうし,教員養成大学/学部にとっては教職員免許法の改正は歓迎すべきことだらけだ った筈なのである。しかしながら文部当局は教官の配置も,非常勤講師枠の拡大も行わないというのだ から,その無責任さに呆れるほかはないのだが,それが文部省当局による教員養成制度の再考,再編に っながる一連の措置であるとすれば,いよいよもって大学の自治と大学における教員養成についての大 学人としての思想と行動とが要求されることになるのではないだろうか。
生活科はなぜ必要になったのか
日本の学校教育は,文部省の定めた法令や規則に基づいて管理運営されている。その面からみれば日 本の学校教育の制度は国際的に見ても抜群のものである。実際日本の学校教育の現場で語られている
ことは,法令や規則に定められた通りのことをやっているのだから,自分たちのやっていることには間
違いがないということであり,また常にその観点から間違いがないように,間違いがないようにと心が
けられているといってもいいだろう。だが,一人ひとりの子どもを中心にして学校教育を検討してみる
と,日本の学校教育は決して成功しているとはいえないのである。ごく平均的な教師の語るところによ
れば,自分のクラスの子どもたちは集団としてはみんな明るいのだけれども個人個人になるとみんな暗
くて常に不安な状態に陥っているということだ。平均的な教師の語るところだというのは,こうした話
に同意し同調する教師が多いということである。これは教師もまた決められたことを決められた通りに
やっているのだから,間違いがないという反面,それは,だからといって授業がうまくいっているわけ
ではないということを表しているといってもいいだろう。(子どものほうの不安は実は年齢相応のもの
として説明できる場合もあるのだが,教師のほうの不安は具体的には他人に授業を見られたくないとい
うことだろうが,実質的には学校教育の制度そのものの不安を表しているのだということであり,それ
に気づいていないということからくるものかもしれないのである。)一っ一っの授業を取り上げてみる
と,決められた通りにやっているからといって,すべての子どもが授業のなかにいるとはいえないので
ある。管理を強化すれば,子どもたちは確かに物理的には教室(英語では教室も授業も同じくクラスと
いわれる。)のなかにいるのだけれども,心理的には授業(教室)の外にいる子どもたちのほうが多い のである。しかも,それは学年を追って増えているわけだから,それだけ授業というのは管理的色彩の 強いものになってしまうのである。もしもこれまでの授業がうまくいっていたのならば,生活科が登場 する必要はなかったに違いない。習熟度別学級が必要だということが,いわれなければならなくなった のも,そのせいである。それは文部省にいわれるまでもなく採用されていいことだったように思われる のだが,それが管理的な指導の結果であり,その完成形態であるとしたら教師にとっても子どもたちに とっても逃げ場のない牢獄になってしまうことは明らかなのである。
教職員免許法の改正のためには国会の承認が必要だが,その内容にっいては国会で審議されたわけで はない。国会議員のなかで,小学校の教員になるためには生活科にっいての内容と方法それぞれ2単位 ずっ,合計4単位の取得が必要になったということを承知している議員などほとんどいないだろう。し かし,それはそれでいいのである。こうしたことが論ぜられるべきなのは国会ではなくて,教育の現場 なのである。そうした議論を充分にやらずに法律の改正のためには国会の承認が必要だということを逆 用して,教育の現場での論議を無視するというのは,国会を舐めていることでもあり,国を滅ぼす行為 だといってもいいだろう。
学校教育の改革もしくは改善というのは,学校教育の現場での実践的な研究を通して実現されるので あって,その成果が報告され,それがさらに実践的に裏づけられて一般化されるべきものであろう。改 革には常にモデルが必要なのである。もっとも,カリキュラムの改造運動には,間違ったカリキュラム の結果として,すでに失敗が明らかであるために,試行錯誤で改善をはかることから出発することにな らざるをえない場合も多いのであって必ずしも典型となるモデルがあるとはかぎらないし,それを外国 の教育改造運動のなかに求める場合もあるだろう。文部省の学習指導要領が作成されるまでの手続きは,
文部省当局の自己批判を必要としない仕組みになっているが,実際は文部省の教育課程行政に問題があ るから学校教育は良くならないのであって,それが改造されなければならないのだが,文部当局はいっ でも現場のほうに問題があるかのようにして自らの過ちにっいては口を閉じたままなのである。
日本の学校教育を改善するためには,生活科が必要なのではなくて,こうした教育課程行政の自由化 が必要なのである。生活科をどうするかを論ずるまえに,現在の学校教育の制度そのものにどのような 問題があるのかを検討しておくべきなのである。
ハッキリしていることは従来のような管理主義の教育課程(指導)行政では,一人ひとりの子どもた ちの教育要求に応えるような教育実践は生まれて来ないということである。
誰でもよく知っていることだが,現在の受験中心の学校教育の体制そのものが改められない限り,学 校教育はよくならないということである。そのためにも,学校教育の自由化は必要である。生活科の教 科書を作るというような愚行はやめるべきだし,教科書のいらない教科として発展させていかなければ ならないのである。受験産業が偏差値地獄を作り出しているのではなくて,個性ある教育実践を抑圧し,
学習指導要領と教科書とで学校教育を支配し統制するから,受験の成績だけがものをいうことになって
しまうのである。生徒指導や進路指導が,進学体制の歪みをモロにかぶっていることが問題なのであっ
て,教職員免許法を改正して生徒指導や教育相談の単位の必修化によって問題を解決することはできな
いのである。学校教育の制度を,ほんとうの意味で子どもたちの個性を尊重するものに変えていくこと
ができれば問題の解決は容易になるだろうことで,大学の講義で個々の教師に臨床的な指導の技術を身
にっけさせることなど不可能だし,そうした専門家を養成するとしたら教員養成大学/学部のなかにで
はなく,大学院レヴェルに,そのための特別の養成課程をっくることでもしないと不可能だろう。生兵 法は怪我のもとというではないか。
生活科と教育の方法
いくらか,前置きが長すぎて,過激な論調になり過ぎたようである。ここからは,赤堀流のフランス 教育学,もしくは教育方法学としての生活科論になる。
一人間を創ったのは人間ではないから,人間には人間がどういうものであるかがわからない。
ルソー流にいえば,それは造物主だけが知っていることであって,人間は自分勝手に自分たちに都合 のよい人間を作りあげようとすることによって,結果として,子どもたちを傷っけたり腐らせたりして きたのである。それはフランス革命以前のフランスでのことであったとして済ませられる問題ではなく て,現代の日本の家庭での教育や学校教育についてもいえることなのである。それはっまり,人間とは どういうものであるのかが,わかっていないことの結果だということもできる。
ルソーは家政婦のテレーズに産ませた5人の子どもを次々に孤児院に棄ててしまったが,わたしは生 活苦にめげずに妻に産ませた4人の子どもを育ててきた。ルソーのrエミール』の副題はEDUCATION/
教育論だが,この場合の教育(エデュカシオン)というのはエミールが一人前の大人になるまでの過程 と教育の方法にっいて述べたものであるから,教育というより子育てといったほうがいいだろう。
ルソーがrエミール』を書いたのは40代の後半のことだが,自分の子どもは捨ててしまったのだから,
子育てにっいて書くときに自分の子どもの教育について触れる必要はなかった。エミールもまた孤児で あった。(日本語では親子関係でいう子どもと成人と未成年者との関係でいう子どもとの区別がっきに くいので,わたしは,親子関係のときには親と子ども,成人との関係でいうときにはオトナとコドモと いうふうにして区別することにしているので,以下の文中では,その区別をすることになる。ルソーは 自分の子どもを捨ててしまったので自分の子育てにっいては書く必要がなく,一般論としてコドモ育て にっいて書くことができたが,わたしの場合には60歳になろうとしているのに,まだ高校生の子どもを 抱えているのでコドモ育てにっいて書くことができずにいるのであるという具合である。)子育てとい うのは予め考えていたように,うまく展開されるというものではない。とくに,展開がうまくいかなか ったときには,そういうように育てようと思っていたわけではなかった,ということはハッキリした事 実だといえるだろう。だが,ラまく展開されているからといって,それが親や教師の用意していた教育 の課程と方法によるものだなどとはいえないのである。はからずも,そうなってしまったというのが真 実だろう。だが,それは期待や希望とは別だったということだけのことで,あらためて振り返ってみる と,デタラメでもメチャクチャでもなくて,そこには一定の範囲で一定の法則が働いているのが感得さ れるに違いない。子育てを終わった老人たちのなかに,そうした豊富な経験を体系化してはいないもの の,子育ての,それぞれの時期や,それぞれの場にふさわしい的確な方針を打ち出すことができる者が 多いのも,そのためであろう。
ルソーが採った方法は自分自身の個人的な体験を子細に吟味することによって,子育ての過程での失
敗を回避する方法を帰納的に識ることであった。それは英雄や偉人の伝記などから演繹された特殊な教
育の方法のなかに子どもを投げ込むのとは異なって,英雄や偉人にはなれなかった親の共感を呼ぶと同
時に,人間のアカチャンが一人前のオトナになるまでの一般的な法則を発見するための一っの研究方法 を提示することになったといえる。だが,子どもを持つ親の多くは,教育とはなにかということよりは 教育に期待できることはなにかということの方に関心を持っているのだろうから,後の祭ということに なるのが常なのかもしれない。
実際,人間の教育にっいては,アカチャンからオトナになるまでの過程を,できるだけ細分して綿密 に観察し,それを分析総合することによって結論を出すことができるわけのものではなく,オトナがど のようにして,さまざまな個性を持ったオトナになってしまったのかを,それぞれの個人の成長/発達 の経過を分析総合することによって識ることができるだろうということである。同じ教育課程と教育方 法を経過したからといって同じ個性を持ったオトナができるわけではないのである。アカチャンの時代 に観察されることは,あたかもすべてのアカチャンに適用されることであるかのようにみえる。だがこ のようにして観察されることが,すべての子どもに適用されるかのように見られるのは,せいぜい学童 期までのことであって,(それはっまり,それだけ観察したり計測したりすることが可能な項目が僅か しかないので,それがあたかも,真実であるかのような装いを呈するのだが)思春期には,そういう方 法では子どもたちの思考や行動にっいて説明することができなくなってしまうのである。同じ教育を強 制しても,それぞれに違った個性を持った人間になるのであれば,それぞれの個性に応じた教育の方法 があってしかるべきだし,それこそ教育と名づけるに相応しいものだろう。人間の教育というのは学校 教育のなかに閉じ込められてはならないのであって,学校教育は人間の教育の過程の一部分なのだから 人間の多様性に対応したものであるべきなのである。
個性を主体にしたときには,教育というのは生まれてから成人するまでの過程での教育の課程と方法 の総体を意味しているのである。これは教育基本法でいう教育(の目的)に相当する概念であるけれど も日本語になりきっているとはいえないのだろう。政府自民党や文部官僚のなかでは教育勅語での教育 概念のほうが優勢で,教育基本法でいう教育を受ける権利というものが,教育勅語の教育体制のような 間違った教育が横行しやすいことにっいての反省と警告なのだということが忘れられているといってい いだろう。
ルソーの時代には強制的な学校教育の制度はなかったし,学校教育を受ける者はごく僅かであったか ら,それだけ子どもの教育というものが見えやすかったのだということもできる。それに一人前のオト ナになるという、ことには(特権階級のコドモのほかは)取り立てて困難があるわけではなかった。コド モはたくさん生まれたが,病気や栄養不良でたくさん死んだ。オトナになるということは生き残るとい うことと同義であるとすれば,死んでしまうかもしれないというのに,将来のたあに現在を犠牲にする ということは無意味ではないかということになる。コドモにはコドモとしての生活があり,それを充実 したものにすることができれば,それが自由な市民の基礎をっくることになる。人間の天職は人間であ ることであり,ある特定の職業のための教育というのは人間の教育とはいえないということになる。教 育の原則はオトナになるまでの時間をできるだけ短縮することではなくて,オトナになるまでの時間な どを気にしないでいられることだ,ということになる。それは親からみると,子どもが充実した生活と 時間を持っていることが観察されるということであろう。
だが,近代の学校教育の制度はコドモの生活をコドモたちから取り上げてしまうことになる。コドモ
はコドモの時間を失うことになる。オトナへの時間を短縮することが使命になるのだが,職業的な意味
での一人前の人間への道程はどんどん遠くなるいっぽうだから,時間の短縮もまた加速される。オチコ
ボレという悲しいコトバがピッタリのコドモが増えに増えてしまうのは,そのせいである。いろいろな
道程といろいろな速度の学校教育が必要だという,学校教育の改革の方向もあるだろうが,コドモには コドモそれぞれの道程と時間があるのだということで,学校教育の改革をはかる道もあるに違いない。
人間の教育が複雑でわかりにくいものとして映るのは学校教育を中心にして考えるからで,本来,そん なに複雑なものではない筈だということであれば,一人ひとりの子どもを中心にして(コドモがオトナ になるまでの過程と対照しながら)学校教育のほうを吟味することによって,わかりやすいものになる
だろう。
アカチャンからオトナになるまでの過程,っまり教育の過程にはいくっもの段階があって,それぞれ の段階には,それぞれの特徴をもった生活の(思考と行動の?)様式と課題があり,それらの段階を通 過していくときのコドモの変化のようすから,それを教育の段階(ステップ)として捉えることもでき る。これもまたルソーの着想だといってもいいのかもしれない。コドモ育ての過程を一っの物語にたと え,そのなかの教育の段階を物語を構成する一っひとっの章にたとえたのは現代のフランスの心理学者 でもあり教育学者でもあるモーリス・ドベス(堀尾輝久/斎藤佐和訳r教育の段階』岩波書店)だが,
彼の方法もまたオトナのほうからコドモを捉えることで,それによって,教育の段階がいわば誰にも訪 れる生得的な段階であることを明らかにする。こうした教育の段階があるということは,教育とは教育 にかかる時間を節約することだとか,逆に時間をかければかけるほどよいとかいう議論ではなくて,そ れそれの教育の段階ごとに,子どもが経験する教育の共通課題があるということだから,それぞれに個 別的なそれでいて段階としては共通の課題を提示することが可能になりさえすれば,コドモ育ての方法,
っまり教育の方法というものは自ずから明らかになるだろうということだ。ドベスが,教育の段階を物 語の章のようなものだとしたのは,あらかじめ物語の筋がわかってしまっていたのではオモシロクナイ ということも含意されているのであろう。物語を読んでしまったときに初めて全容がわかるということ は,それぞれの段階の間には意外性や異質性があることが観察されようし,まったく同じ現象のように 見えることでも,その意味内容が異なることもあるということをいっているのである。この場合には教 育というのは知識を増やすとか技能を獲得するとかいうこととは違った,個人の内部における,いわば 生き方におけるメタモルフォーズだろう。学ぶことは変わること/同じ人間でありながら別人のような 存在になることを意味している。こうした意味では教育をするということは,それぞれの教育の段階で のコドモたちの生活を充実したものにしてやること(課題を解決すること)であり,そのことが,次の 段階への出口をっけてやることになり,次の段階での充実した生活が,その次の段階への出口をつけて やるというふうにして,断絶しているようでいて継続性を持つ教育の過程を形成することになるのであ
る。