脳性麻痺患者の開口障害治療
13 岐 歯 学 誌
35巻1号 13〜18 2008年6月
脳性麻痺に鬱病を伴い発症した開口障害の1例
長谷川 誠 実 本 田 公 亮 清 水 明 彦
A Case of the Mouth Opening Disturbance which Developed with the Depression in the Cerebral Palsy
HASEGAWAMAKOTO,HONDAKOUSUKE andSHIMIZUAKIHIKO
緒 言
脳性麻痺は発達期に生じた脳損傷,異常に基づく運 動障害の総称を意味し,それらの障害の発現は多様で 複雑であり,また多くの要素が考えられる1).同様に,
脳性麻痺は皮質性機能障害であることから,四肢の運 動障害のみならず口腔機能にも多くの障害をもたら し,摂食嚥下障害や構音障害以外にも,口腔顔面の随 意運動障害により著しいクレンチングやブラキシズム を生じることも多い2).しかし,複雑多様な機能障害 であっても,脳性麻痺患者における機能上の障害に対 し,様々な機能訓練が考案され,早期から計画的な訓 練を実行することにより良好な結果が得られることが
報告されている3).口腔機能障害に関する機能訓練に も多くの報告を認めるが,それら口腔機能訓練の内容 は,いわゆる摂食嚥下訓練がほとんどで,咀嚼機能や 咬合機能 に お よ ぶ も の は 皆 無 と 言 っ て 過 言 で は な い4〜6).さらにクレンチングやブラキシズムに対する 有効な機能訓練の報告はなく,歯科治療学的にも対症 療法に終始しているのが現状である.また,脳性麻痺 患者は,種々の精神疾患に罹患しやすく,その精神疾 患により様々な機能障害が増強されることが報告され ている7).今回,脳性麻痺に鬱病を伴い,鬱病発病と ともに生じた強い開口障害とクレンチングおよびブラ キシズムから激しい歯痛を生じ,更には摂食機能を失 うに至った患者に対し,咀嚼訓練を実施することで開 脳性麻痺に鬱病が関与し,強い開口障害と食思不振を生じ,その結果,経口摂食が不可能となった患者の 開口障害に対する治療を経験した.開口障害改善目的に咀嚼訓練を行ったところ,開口量が早期に増加し,
約50日で摂食機能の改善を果たした.さらには,咀嚼訓練と同時に,鬱症状にも改善の傾向が認められ,咀 嚼訓練後に行った種々の機能訓練に対しても積極性が得られた.現在,脳性麻痺患者の口腔機能障害に対し て,咀嚼訓練の重要性は論じられてはいないが,これらのことから,咀嚼訓練の機能訓練としての有用性,
種々の機能訓練の導入に適していること,また,術者とのコミュニケーションを確立させ,情緒の安定に有 効であることが示唆された.
キーワード:脳性麻痺,開口障害,咀嚼訓練,鬱病
We treated a mouth-opening problem in a cerebral palsy patient, who was depressed and developed an eating disor- der as a result of trismus and anorexia. Masticatory functional training was applied to treat the trismus. The result was that extent of the mouth opening increased within about50days, with the result that anorexia has improved. Mas- ticatory functional training may be useful to maintain mental stability. These results suggested that masticatory func- tional training may be an effective method to recover from mouth opening problems in cerebral palsy patients.
Key words: Cerebral palsy, Trismus, Masticatory functional training, Depression
兵庫医科大学歯科口腔外科学講座
〒663―8501 兵庫県西宮市武庫川町1―1 Department of Dentistry and Oral Surgery Hyogo College of Medicine
1-1Mukogawa-cho, Nishinomiya-shi,663-8501Japan
(平成20年3月28日受理)
本論文の要旨は,第12回口腔顔面神経機能学会(平成20年3月1日,
東京)において発表した.
14 経験した.そこで,その治療経過について報告する.
症 例
症例報告にあたり,患者および患者の家族に症例報 告の歯科医学的意義を説明した上で,顔貌および口腔 内写真の撮影を行わないことを条件に,報告の許可承 諾を得た.
患者:初診時年齢27歳11か月,女性.
主訴:開口障害,摂食障害,噛み締めおよび歯痛に て来院した.
既往歴:出生時に脳性麻痺を発症し,同時に出生時 白内障により両眼を失明している.さらに,頚椎歯状 突起奇形,変形性頚椎症および腰椎症を伴い,歩行は 松葉杖により可能であるが,日常的に車椅子を使用し ている.また,その他の既往として甲状腺機能低下,
慢性肺気腫をも有している.2年前より鬱病を発症 し,それに伴い嚥下困難および神経性食思不振を呈し,
低栄養により周期性四肢麻痺を繰り返している.
家族歴:特記事項なし.
現病歴:幼少時から食事に介助は要するものの大き な問題はなかった.クレンチングも認めていたが,不 随意運動に伴い生じていたため,家族は特に気にかけ ていなかった.しかし,2年前に鬱病発症に伴い開口 障害を呈し,次いで摂食障害も生じた.その後,食思 不振となるとともにほとんど開口不可となる.医師と 相談の上,流動食で食事を行っていたが,栄養障害か らしばしば周期性四肢麻痺を発症した.また,強いク レンチングとブラキシズムを継続的に生じ,始終歯軋 り音をたてているような状態である.クレンチングと ブラキシズムに伴い歯痛を認めるようになり,歯痛発 現時には杖で部屋の器物を破壊したり,食事の介護者 の手を払いのけたり,唾液をかけるなどの暴力的行動 を示すようになった.鬱病以後発語がなく,家族に対 しても週に1,2回の会話を交わす程度である.精神 科医から,摂食を阻害する歯痛と噛み締めについて歯 科医に相談をするように勧められ,精神科の紹介によ り,当科受診となった.家族の希望としては,精神科 医から,歯痛が暴力的行為の原因であるとの説明を受 けており,まず歯痛を解決して欲しい,また可能なら,
摂食機能を改善して欲しい,とのことであった.
現症:開口量は,強制的に約1横指を示し,自力で はほとんど開口不能であった.ブラキシズムによる歯 軋り音を始終たてていた.図1に,初診時パノラマ断 層エックス線写真を示す.右側中切歯相当付着歯肉に 瘻孔を認めた.意思の疎通が困難なため,歯髄診断は,
体動で判断した.両側中切歯は電気診で9の値の時に
顔を激しく背けた.また打診に対しても激しく顔を背 けた.これらをもって,生活歯および打診痛ありとし た.また,左側上顎第三大臼歯に深在性齲蝕を認めた.
診断:左右上顎中切歯の上行性急性全部性化膿性歯 髄炎,左側上顎第三大臼歯の急性一部性漿液性歯髄炎 疑い,両側性顎関節症とした.
結 果
まず除痛処置を,開口障害および摂食障害治療に先 立って行うこととし,歯痛の原因となっていると考え られる両側中切歯の抜髄処置を行った.唇側アプロー チで髄室開拡を行ったところ右側中切歯は壊疽歯髄,
左側歯髄は急性歯髄炎を示唆する多量の出血が認めら れた.治療回数を最小限にする目的で,抜髄即日根管 充填とした.根管充填は,根管内を5%次亜塩素酸ナ トリウム,3%過酸化水素水および5%EDTAで化学 的清掃後,ガッタパーチャポイントと酸化亜鉛ユージ ノールセメント(キャナルス,昭和薬品化工社製)を 用いて,側方加圧根管充填とした.初診時のデンタル エックス線写真所見において,歯頚部歯根膜空隙に著 明な拡大像を認めることから,咬合性外傷が疑われた.
従って,歯冠修復後,咬合調整を行った.瘻孔は2週 間後の再診時には,完全に消失していた.この段階で 除痛は果たせたと考えた.図2に初診時および処置後 のデンタルエックス線写真を示す.
次に,開口障害および摂食機能治療を行うにあたり,
歯科主治医(保存治療専門医)のみで全ての対応が困 難であることが予測されたことから,精神科医(現在 の精神科主治医),リハビリテーション医,理学療法 士および歯科補綴専門医による共観システムを計画し た.そして,歯科では開口障害および摂食障害に対し,
咀嚼訓練から開始することとした.
咀嚼訓練開始時点の開口量は11mmであった.咀嚼 訓練方法は,マウスフィットネス(デンタルデータバ ンク社)を,食事のサイクルに合わせ(午前7時30分,
図1 初診時のパノラマ断層エックス線写真 左側上顎第三大臼歯に深在性齲蝕を認める.
脳性麻痺患者の開口障害治療
15 午後12時30分および午後7時の1日3回)40回の咀嚼 を行うこととした.訓練後,理学療法士の指導により,
顔面のツボ(下関,頬車および風池)のマッサージを 行った.患者の家族から,ツボのマッサージにより非 常に心地よい表情をするとの申告があり,訓練後に加 え,就眠前にもツボのマッサージを行うこととした.
図3に訓練に用いたマウスフィトネスおよびツボの部 位を示す.
咀嚼訓練開始から24日経過時で,開口量は20mm以 上に増加した.次いで,咀嚼訓練に加えて,直径25mm に調整したガーゼ棒を用いた開口訓練を行った.さら に歯科補綴専門医の対診を受け,即時重合レジン(オ ストロン,ジーシー社製)を用いたスプリントを,口 腔内で直接作製した.スプリントは常時装着とした.
いまだ流動食で,食後の嘔吐も認められるが,術者と 会話をするようになった.精神科を受診後,精神科主 治医から,術者との会話は,咀嚼訓練および開口訓練 が日常生活にリズムを与え,情緒の安定が得られた結 果であるとの回答を得た.
咀嚼訓練開始から34日で,開口量は30mmに達した.
特に歯痛の訴えはなかったが,今後の歯痛予防の目的 で,患者と相談の上,左側上顎第三大臼歯の抜去を行っ た.固形食の摂食が可能となったが,同時に食物が口 角から漏れるとの訴えがあった.流涎対策も兼ね,ヒッ トスポット(パタカラ社)による口唇および舌の訓練 を開始した.
咀嚼訓練から54日後,咀嚼訓練および開口訓練に加 え,歯科補綴専門医および理学療法士対診の上,2横 指を口腔内に挿入し30秒間維持,60秒間の休憩をはさ み3セット行う咬筋のストレッチを加えた.食欲が改 善し,通常食を問題なく摂食可能となった.
現在,初診から1年を経過し,摂食は完全に問題な く行えており,その後,四肢麻痺も発症していない.
不随意運動時や疲労時にブラキシズムを生じることが あるが,その際,適宜スプリントで歯をガードするこ とで歯痛も生じることなく経過している.図4に,初 診から1年後のパノラマ断層エックス線写真を示す.
考 察
脳性麻痺患者の障害構造から考えると,日常生活活 動の低下や社会参加を阻む原因の中で,生活スキルに 直結する種々の口腔機能の障害は重要な問題であると 考えられる8).本症例では,脳性麻痺による摂食嚥下 機能障害が,鬱病発病とともに強い開口障害となって 出現し,日常生活に著しい支障を来たした.脳性麻痺 患者の多くは,成長と筋の不均衡からしばしば関節の 変形が認められ,顎関節も例外ではないとされてい る9).本症例においても,パノラマ断層エックス線写 真だけでは断定はできないが,初診から1年後のエッ クス線写真所見から,左側顎関節頭の変形が観察され,
関節頭の形態も関与していたかも知れない.従って,
本症例における開口障害には,脳性麻痺としての口腔 機能障害に併せて顎関節頭の形態異常も関与していた 可能性がある.また,本症例では,鬱病が開口障害の 図4 初診から1年後のパノラマ断層エックス線写真.
このエックス線写真から左側顎関節頭の変形が観察 される.
図2 中切歯のデンタルエックス線写真
A:初診時.咬合性外傷による歯周疾患を認め,瘻孔を生 じている(瘻孔よりガッタパーチャ・アクセサリーポ イントを挿入).
B:処置後.根管充填の状態を示す.
図3 A:咀嚼訓練に用いたツール(マウスフィットネ ス).
B:マッサージの目標としたツボのシェーマ(①下 関,②頬車,③風池)
16 語は,鬱の身体症状として,多くの鬱病患者に認めら れる10).すなわち,脳性麻痺による障害を強い開口障 害として発症させた要因の一つが,鬱病であることは 十分に考えられることである.これらのことから,本 症例における開口障害,クレンチングおよびブラキシ ズムは,脳性麻痺としての機能障害,顎関節頭の形態 異常,さらには鬱病の身体症状が関わり生じたものと 考えている.そして,鬱病の発病後に生じた神経性食 思不振が,開口障害から摂食機能を失うという結果に 至らせたものと考えられる.さらに摂食機能を失うこ とによる栄養障害は,周期性四肢麻痺を惹起し,患者 から頻繁に四肢の自由を奪うこととなった.その状態 で発症した急性化膿性歯髄炎による歯痛の苦痛が,鬱 病による精神的不安定と重なり,暴力的行為の原因に なったと考えられた.以上のように,多くの要因から 成り立った症例の治療を行うには,各要因に関わる専 門医を選定し,集学的治療を行う必要があると考える.
精神面は精神科医,嚥下機能はリハビリテーション医,
除痛および開口障害は歯科医,および訓練のサポート として理学療法士が共観するシステムを組むことで,
紹介による内容照会のやり取りのみと異なり,十分に 専門的な相談が可能となった.そこで,歯科では,開 口障害の治療法として咀嚼訓練を選択した.まず,治 療上特筆すべきことは,患者の家族が最初に希望した 歯痛治療に関して,歯髄炎診断が困難な状態でありな がら,比較的正確な歯髄診断が得られ,その結果早期 に除痛が果たせたことにより,患者に,咀嚼訓練に対 する積極性を与えることができたと考える.このこと により,本症例の治療方針が,より明確になった.あ らためて,歯科治療における除痛の重要性が示唆され た.抜髄処置上留意したことは,開口障害であっても 十分な処置が行えるように,唇側アプローチとしたこ とと,咬合性外傷に由来した上行性歯髄炎が疑われた ことから,根尖部の封鎖性を上げるため根管の化学的 清掃に際し,5%のEDTAを用いるなどし,スメアー の処理も十分に行ったことがあげられる.その結果,
根尖部の根管側枝にもシーラーが入り込んでいること が観察され,1回治療であっても予後に対して良好な 経過が確信できる,根管処置として精度の高い結果が 得られたものと考える.
次に,本症例の最も重要な問題である,開口障害お よび摂食障害に対してであるが,現在,脳性麻痺患者 に対する摂食指導も様々検討はされている.しかし,
現行の摂食訓練は,すべて嚥下機能訓練を意味し,摂 食の開始である口腔期,すなわち噛むということに関 する訓練法が全く欠落していることを実感する.実際,
機能は正常であっても咀嚼機能が全く認められない場 合もあると明記されているにもかかわらず,摂食訓練 の内容は嚥下訓練に対する記述のみで,咀嚼訓練に関 す る 訓 練 法 に つ い て は 全 く 記 載 さ れ て い な か っ た4〜6).そこで,歯科における咀嚼訓練について,ま ず,咀嚼訓練を大塚の方法11)に準じ,ガーゼ棒を咀嚼 させることで開始したが,脳性麻痺患者の咀嚼訓練に おいて,片側ずつの咀嚼ではかえって強い不随意運動 を惹起することが分った.従って両側同時にしかも均 等な咀嚼を可能とするために,マウスフィットネスの 使用を試みたところ,訓練中に不随意運動を惹起する ことなく咀嚼訓練が行えた.本来,認知症患者の開口 摂食機能障害治療を対象として考案された咀嚼訓練で あるが,摂食機能障害発症メカニズムの異なる脳性麻 痺患者の治療に対しても,咀嚼訓練の効果は十分に認 められ,開口量は早期に増加した.また咀嚼訓練は,
きわめて容易な訓練で,患者にとって抵抗なく行える.
従って,様々な訓練の導入に有効であると考えられた.
本症例においても,当初リハビリテーション医による 嚥下訓練に非協力的であった患者も,咀嚼訓練後は反 抗的行動も漸減し,咀嚼訓練が日常的に行われるよう になってからは,嚥下訓練にも積極的に取り組んだ.
しかし,容易な訓練であっても当然多少の苦痛は伴う.
本症例でも咀嚼訓練に伴い関節痛や咀嚼筋の疲労など の問題を生じたが,今回,理学療法士の指導で行った,
咬筋のストレッチやツボのマッサージは,それらの苦 痛を緩和するのに有効であった.このことが,長期に わたる様々な訓練の持続につながったと考える.ツボ や鍼といった東洋医学は,決して補助的治療学ではな く,実際,脳性麻痺患者に対する鍼治療で流涎が抑制 されたとの報告12)もある.今後,神経機能障害に対す る東洋医学はもっと重要な治療法としての評価を受け るものと考える.また,咀嚼の精神鎮静効果13)は科学 的にも証明されている.認知症患者の摂食機能改善目 的で,咀嚼訓練を施行した大塚11)も,咀嚼訓練により 認知症患者の知的活動の改善が著しかったことを報告 している.われわれも,歯科治療に対し非協力的であっ た認知症患者に咀嚼訓練を施し,情緒の安定とともに 完全な歯科治療が行えたことを報告した14).本症例に おいても,治療前は全く発語が失われていたが,咀嚼 訓練開始後は会話をするようになった.精神科からは,
咀嚼訓練開始時期と鬱症状の顕著な改善を認め始めた 時期が一致することにより,咀嚼訓練が鬱病改善の一 助になったと考えられるとの評価を得た.精神科のコ メントは,訓練に伴う生活の脱単調化,訓練成果への 期待,および訓練に携わる多くの人々との関わりに
脳性麻痺患者の開口障害治療
17 よって得られた精神活動の変化としているが,われわ れは,認知症患者に対する経験から,咀嚼訓練による 精神鎮静効果もあると考えている.本症例において,
除痛に次いで特筆すべきことは,前述のように,多要 因により発症した開口障害および摂食障害に対し,各 専門医が紹介し合う形ではなく,治療開始当初から,
常に連絡を取り合う共観システムの中で治療を行った ことがあげられる.それにより,歯科医としては,歯 科的対応に専念でき,結果的に効果的治療が果たせた ものと考えている.従って,本症例における摂食機能 の改善と精神状態の改善は,共観システムの中で施行 された咀嚼訓練により得られ,両者は同調して生じた と考えられる.
ここで脳性麻痺のリハビリテーションに焦点を絞 り,考察してみたい.脳性麻痺のリハビリテーション においては,麻痺の評価,訓練成果の評価,訓練の予 後予測は必須とされている.これは,脳性麻痺患者の 様々な訓練開始が幼児期であることから,成長に伴う 機能の完成期に生じる障害であり,訓練そのものが,
この発達段階での介入であるだけに,その効果評価や 予後予測 が 重 要 な 意 味 を 持 つ こ と に な る か ら で あ る15).しかし,本症例の患者は27歳という年齢で,発 達そのものが終了していること,また,発症原因とし て多くの精神的要素が考えられたことから,様々な訓 練の成果評価は行ったが麻痺の評価は厳密には行わな かった.ただし,本症例において心がけたことは,同 じ目標をいたずらに繰り返すことのないよう,多角的 内容を検討しつつ新しい訓練法を次々と選び行うこと にした.また,目標としては,機能面だけで考えるこ となく,患者の日常生活を包括的に考え,生活スキル の改善に主眼をおいたものとした.
今回,本症例の患者は,対麻痺の患者で比較的精神 発達は正常であった.これは,訓練に対する理解も得 やすく,咀嚼訓練を行う上で条件がよかったといわざ るを得ない.精神発達に遅れの見られる患者に対する 訓練法なども今後は考えたい.また,全身的運動機能 に対する客観的評価法はあるが,現在,口腔機能に対 しては明確な客観的評価法が存在しない.脳性麻痺患 者に対する咀嚼訓練法を確立する上で,今後,咀嚼訓 練を脳性麻痺患者のあらゆる年齢層への適用を考える ならば,機能の客観的評価法は考えなければならない 大きな課題である.
以上より,脳性麻痺患者における開口障害が鬱病に より強化されることで生じた摂食機能障害に,咀嚼訓 練が障害改善に効果的であることが分った.脳性麻痺 の様々な機能障害は治癒せず,障害は一生涯続き,多 様な精神的身体的問題を生じ続ける.しかし,本症例
の治療経過から,多様な問題には各専門医が集学的に 対応し,口腔機能障害に対しては,咀嚼訓練を始めと する種々機能訓練を継続的に行うことにより,障害の 改善が期待でき,より良い生活が可能であることが示 唆された.
結 論
本症例から以下の結論を得た.
1)脳性麻痺に鬱病を伴い生じた開口障害に対して,
咀嚼訓練の効果は十分に認められた.
2)咀嚼訓練を先行して行うことにより,その他の訓 練も抵抗なく行え,訓練の導入に有効であることが考 えられた.
3)咀嚼訓練に生じる顎関節痛等のコントロールに,
ツボマッサージは有効であり,訓練の持続につながっ たと考えられた.
4)咀嚼訓練により鬱症状や食思不振が改善され,咀 嚼訓練に情緒を安定させる効果があることが示唆され た.
5)本症例のように多くの要因により発症した疾患の 治療においては,それぞれの専門医が,常に連絡を取 り合い,共観の形で治療にあたることが有効であると 考えられた.
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